榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第275話

 加茂宮の当主の一人、六郎と直接対決に持ち込んだ。

 だがワイシャツにスラックスという洋服の上から日本古来の雨具である編笠を被り簑を羽織るのは、忘年会で行う余興みたいだ。

 しかも抜き身の日本刀、多分だが『妖刀等活丸』だと思うが正しくコスプレだな。

 

「俺を見て笑うな!この『朧(おぼろ)の笠簑』はな、俺が持つ霊具のコレクションの中でも凄いんだ」

 

 オッサンが真っ赤になっても嬉しくはないが警戒は必要だ、朧と言うからには隠密か認識障害かな?

 

「ああ、後は『妖刀等活丸』だろ?在家僧侶に地獄に因んだ武器を向けるとは業が深いな」

 

 八畳程の和室で向かい合う、胡蝶さんは式神バージョンで僕の右側に控えている。

 

「ほぅ?幼女式神か……さぞや三郎と気が合っただろう?何でも一子から鈴代の巫女長を与えられたらしいな、節操無しの生臭さ破戒坊主が!」

 

 は?楓さんの事が悪意有る噂で広まってるのか?風評被害も甚だしいぞ!

 

「誤解だが弁解する必要も無し、悪いが捕縛させて貰うぞ」

 

 呑気に無駄話は出来ない、腰に差した特殊警棒を右手に、十手を左手に持つ。

 流石に長物に十手だけでは心許ない、特殊警棒は特注品で長くて硬い。訳の分からない霊具を発動される前にケリを付ける。

 

「甘いぞ、生臭坊主!」

 

 横凪ぎに一閃、得物と腕の長さを生かした攻撃が簡単に躱された、いや擦り抜けたみたいな……

 狭い室内で長柄の武器を水平に振り抜いたのに当たらない、これが『朧の笠簑』の効果か?

 何度か特殊警棒を振り回すが、六郎は擦り抜ける様に躱す、まるで煙を相手にしているみたいだ。

 

 胡蝶さんとの事前打合せで声を掛ける迄は待機してくれと頼んである、自分の攻撃は当たらないが相手の攻撃も避けられる。

 

「ははは、全く手足も出ないか?そろそろ切り刻んでやるぜ」

 

 手に持つ日本刀で切り掛かってくる、霊具の能力で剣技が強制向上してるからか幾つか切り傷を負った。

 だが攻撃には『朧の笠簑』の効果は発揮されないのが救いだ、強化された動態視力で何とか躱せる、感知出来ない攻撃など悪夢だからな。

 

「しぶといな、何故筋肉達磨の癖に素早く避けられるんだ?」

 

「所詮は霊具で底上げした仮初めの技術だからだろ?」

 

 実際は五分にも満たない時間だが、お互い息が上がっている、殺し合いだから緊張を合わせても疲労は半端無い。そろそろ手詰まりだな、仕方ない。

 

「胡蝶、頼む」

 

 無言で控える胡蝶に声を掛けて連携する事に作戦を変更する、だが始めての連携だよな。

 

「ほぅ、人型の式神とは珍しいが幼女では戦闘力も低いだろう。素直に式神犬を使えば良いのに、なっ!」

 

 台詞の最後に合わせて攻撃を仕掛けてきた、狭い和室でドタバタと戦うのは避ける方向も限定されるので難しい。

 右側から振り下ろす日本刀を避けて特殊警棒を突き出す、だが喉を狙った攻撃は空を切る。

 霞む様に逃げる六郎だが胡蝶には『朧の笠簑』の効果は通用しない、巫女服なのに流れる様な足運びで接近し鳩尾に正拳突きを繰り出す。

 

「グハッ?ば、馬鹿な……通じ……ない」

 

 人体の急所に人外の力で殴られたのだ、胃液を吐きながら畳に膝をついた。

 

「ガハッ、何故だ……朧の効果が……」

 

 屈み込む六郎の顎に膝蹴りを撃ち込む、手加減はしているが容赦は無い。

 そのまま仰向けに倒れ込んだ、二発で沈む不甲斐無さを責めるか、二発耐えた事を称賛すべきか。

 

 胃液と鼻血で汚れた六郎を見て思う、やっぱり僕は何もしてない、胡蝶頼りなのを改善しないと駄目だ。

 手早く六郎の手足を針金で縛り身動きが出来なくし猿轡を噛まし霊具も脱がす、万が一自殺されても厄介だ。

 

「榎本さん、終わったみたいね。あら?可愛い式神さんね」

 

 このタイミングで来たならば戦いを監視していたな、赤目達の方も静かになったし爺さん達を無力化したんだな。

 

「ああ、犬飼の試練で手に入れた。見た目と違い接近戦が得意なパワータイプだよ」

 

 値踏みする様に胡蝶さんを眺める一子様だが、やらないぞ。

 そしてダミー情報を教え込む、胡蝶は万能型で接近戦オンリーじゃない、本来は呪術タイプだ。

 

「可愛いのに危険な娘なのね。あら、六郎も居たの?」

 

 蔑む様に見詰めるが、一子様のパワーアップの為に食わねばならないんだよな、見られるのも嫌だろうし席を外すか。

 六郎も自分の末路を理解してるのだろう、芋虫みたいに身体をくねらせて唸っている。

 腕時計を見れば突入から十二分が過ぎた、そろそろ撤収しなければ駄目だな。

 

「一子様、僕は外に出てるから早く食べちゃいなよ」

 

「有り難う、でも少し表現をソフトにしてよね。まるで私が肉食系女子みたいよ?」

 

 いえ、ガッツリ丸かじり肉食系ですよ。部屋を出る為に障子に手を掛けた時、背中に氷柱を押し込まれたみたいな寒気がした。

 

「さっすが、榎本さーん。九子、ドキドキが止まらなーい」

 

 おどけた台詞が背後から聞こえた、まさか振り向いた一瞬で室内に影の移動術で現れたのか?

 九子が床から50㎝位浮かんでいる、文字通り畳には直径1m程の影が有り中心に彼女は浮かんでいるのだ。

 

「影を通じた転移術かな?久し振りだな」

 

 さり気なく一子様の側に移動する、残念だが六郎からは離れてしまった、取り返すのは難しい。

 

「おひさーなのです。そうなのです、影を使った転移術なのですよ。でも不思議、一子よりも六郎よりも榎本さんが一番美味しそうなのです」

 

 それはだな、僕等が一番君達の兄弟姉妹を食べているからさ。

 だが今の九子は前に対峙した時より強く感じる、前回みたいに集団アイドルみたいな制服を着て髪型はツインテール、だが狂気を宿した瞳は薄く緑色に光っている。

 ニィと笑った口が妙に三角で怖い。

 

「ラブコールなら嬉しいが餌的な意味では嫌だな。そっちも大分パワーアップしてるが八郎を食べたのかい?」

 

 空中でクルリと回転してから腹に手を当てて笑い出した、見た目は少女なのに伝わる狂気が凄い、手に汗が……

 胡蝶が僕の後ろから抱き着いて身体の中に入る、彼女と離れてパワーダウンしたままでは勝てない。

 

『正明、ここでケリを付けるぞ!』

 

 一体化すると念話が出来る、これで周りに気付かれずに会話が出来る。

 

『そうだね、雷撃で牽制して接近戦を仕掛けよう。幸い『妖刀等活丸』は奪って持っている、最初から殺すつもりで仕掛けるぞ』

 

「四子のね、配下を皆さんを全員食べたのですよ。でもでも全然美味しく無かったのです、でも我慢して汚い六郎を食べれば更なる力を……」

 

 九子の言葉を遮り先制攻撃を加える。

 

「雷撃!」

 

 右手の掌に仕込んだ勾玉三個に霊力を送り込み、九子に突き出す!

 一瞬視界が真っ白になり爆発が起こる、だが掌から極太の雷が三本九子に延びて行ったのが見えた。

 爆発により埃が舞い上がり狭い室内で視界が悪くなる、一子様を小脇に抱いて後ろに跳び下がる。

 

「やってくれるわね……やりやがったな、テメェ!」

 

「おやおや?はしたない言葉使いだぞ、地が出たかな?」

 

 一瞬、ほんの一瞬悪寒が走り後ろに飛び下がったのが正解だった。

 さっきまで立っていた場所に九子が飛び掛かり伸ばした爪を突き立てていた、毒々しい赤い爪には文字通り毒が仕込んであるのだろう、刺さった畳から白い煙が立ち上る。

 

「集団アイドルかと思えば本性はヤンキーか?だが一気に決めさせて貰うぞ」

 

 九子は右半身に雷撃を喰らったのだろう、顔から胸に掛けて酷い火傷を負っている。

 良く見れば爪が伸びているのは左手だけで右手は火傷により指が炭化して半ばから無い、だが……

 

「その怪我を治癒出来るとはね、大した化け物だ」

 

 怪我をした部分がジュクジュクと治癒し始めた、回復力は高い。

 それに相当な痛みが有る筈なのに爛れた顔には憎悪しか張り付いてない、まさか痛みを感じてないのか?

 

「お前が言うかよ、銃で撃たれても無事なんだろ?お前だって十分に化け物だ!」

 

 ふむ、三郎との戦いの詳細も知られているな、又は犬飼一族の試練で土井に撃たれた方かな?

 狂人かと思えば事前調査もしている、不意打ちにも餌である六郎を庇う余裕も有る。

 切り札の雷撃をまともに喰らっても倒し切れずに回復力も半端無い、これが胡蝶と同じ存在か。

 

 だが不味いな、雷撃の音で周りも騒ぎ出したから時間が無い、消防署や警察署に通報されてたら十分以内に到着するだろう。

 

『正明、接近戦を仕掛けて掴め!』

 

『分かってる』

 

 妖刀等活丸を構えて突撃する、突きから横に払うが左手の爪で弾かれる。

 もう時間が無い、六郎に止めを刺してパワーアップだけでも防ぐか?と見せ掛けて隙を誘う方が効果的だな、絶対食べたいのだから。

 悪いが囮として利用させて貰う為に、器用に身体をくねらせて部屋の隅に移動した六郎に切り掛かる。

 

「それは私の餌だぁ!」

 

「隙有りだ、九子」

 

 庇う為に伸ばした右腕を切り飛ばす!

 

「きっ貴様ぁ、私の腕を切ったなぁ。許さない、許さないぞ」

 

 袈裟掛けに切り付けて更に返す太刀筋で横凪ぎに等活丸を振るが左手で掴まれた、掌から血が流れるが凄い力で離さない。

 両手で押し込んでいるのに微動だにしない、何て怪力だ、左手で触りたくても今手を離したら力負けするぞ。

 

「体捌きも力も互角、ならば雷撃で」

 

「させない」

 

 鳩尾に鋭い蹴りを喰らい息が詰まる、だが押し負けて距離を取られたら逃げられる。

 

「灼熱吐息(しゃくねつといき)」

 

 恥ずかしい往年の歌謡曲みたいな台詞を言って口から緑色の炎を吐き出した!

 

 射線が足元だった為にバックステップで避けた事を後悔した、隣接した廊下に障子を破って押し出された、つまり距離を取られた。

 

「くはっ、くはは。流石は榎本さんなのです、右腕一本取られたけど六郎は貰って行きますのですよ」

 

 形勢は不利と理解したのだろう、己の影を円形に広げ六郎の頭を掴んで引き寄せた。

 

「最後まで付き合えよ、逃げるとは怖気付いたか?」

 

 挑発するも焼け爛れた顔に笑みを貼付けている、何を言われようと六郎を手に入れた方が勝利者だ。

 

「八郎を喰ったら先に榎本さんだよ、一子は最後まで生かしてあげるのです」

 

「油断したわね、覚悟なさい!」

 

 僕の背中に張り付いていた彼女が飛び出してボゥガンを撃った。

 

「ムグッ?」

 

「お前、何故六郎を撃ったんだ?一旦引くのです」

 

 一子様の撃ったボゥガンの矢は六郎の首に刺さった、即死とは言わないが致命傷だろう。

 慌てて影の中に入る九子に追撃は出来ずに僕等も引き上げる事にした、因みに九子の腕は胡蝶が吸収したが僅かながら力が増したそうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 帰りの車の中は重たい雰囲気に包まれた、苦労して捜し出した六郎を九子に奪われた。

 反省点は幾つも有る、拘束した時点で胡蝶に食わせれば、又は一子様が食う時も見張っていれば。

 IF(もしも)を話しても意味は無いし油断も有った。

 

「畜生、追い詰めながら奪われた。俺は何をやってるんだ!」

 

「榎本さん、荒れないで。六郎は止めをさしたから大丈夫よ、矢には毒を仕込んでたから……」

 

 隣に座る一子様が膝に手を置いて優しく慰めてくれるが、あの行動も僕に原因が有るんだ。

 

「有り難う、次は八郎を早く捜そう。もう油断はしない」

 

 一子様が六郎を殺せば力を奪えないと勘違いしたのは、胡蝶に食わせた三郎の死体から力を奪えなかったからの勘違いだ。

 あの場で一子様は六郎を食ってパワーアップする事より、これ以上九子をパワーアップさせない方を選んだ。

 もし九子に向かって撃てば僅かな隙を得られて胡蝶が追撃出来たかもしれない。

 

『変な考えは止せ、あの場では仕方ない。まだ挽回出来る、焦るなよ』

 

「ああ、次は油断しない。必ず九子を止めてみせる、必ずだ」

 

 思わず膝に置かれた一子様の手を強く握り絞めてしまった、珍しく赤面する彼女を見れて少しだけ和んだのは僕だけの秘密だ。


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