榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第278話

 一子様の手下(ファンクラブ)から齎された八郎の情報。

 

「東海道新幹線に乗っている情報を掴み追跡、品川駅で横須賀線に乗り換えたのを確認して新川崎駅から配下が乗り込み車内を捜索。保土ヶ谷駅で気付かれて降りた」

 

 この最終段階で亀宮一族の勢力圏内で僕の地元に現れて痕跡を残す、僕らと九子をブツける罠だな。

 奴は僕達と九子の共倒れを狙っている、この三竦(さんすくみ)の状況では他の二つが消耗してくれるのが望ましい。

 だがこの条件は僕達と九子には当て嵌まらない、先に相手に八郎と接触されたら駄目なんだ。

 

「だから僕は八郎を捕まえる前に九子と決着を付けたいと思う」

 

 理想は八郎を一子様に食わせて戦力を増強して共に九子と戦い勝つ、だが八郎を食っても一子様が戦闘系能力を劇的に増強する保障は無い。

 一子様には話してないが、八郎の策に嵌った振りをして九子との戦いに雪崩れ込んだ方が良い。

 

 八郎の罠に踊らされて時間を無駄にして先に九子に八郎を食われるのが最悪のストーリー、九子さえ倒せば八郎だけなら一子様と配下(ファンクラブ)でも可能だ。

 流石の一子様の配下(ファンクラブ)も九子の足取りは掴んでない、影を使った移転の術を使える彼女を探して捕まえるのは至難の業だ。

 だから八郎の策に乗った振りをして誘き出して倒す、これが一番有効なんだが一子様は先に八郎は食いたいんだろうな……

 

 14時32分JR広島駅発の「のぞみ34号」のグリーン車に乗って3時間42分、新横浜駅に18時14分に到着、神奈川県に乗り込んだ。

 

「あの、腕を離してくれませんか?周りの視線がですね、突き刺さるんですが……」

 

「嫌よ、敵地に乗り込むか弱い女性に酷い対応よね」

 

 一子様の本拠地である16時14分に京都駅に停まった時に乗り込んできた新しい配下の四人は諜報部隊(ファンクラブ)ではなく珍しく戦闘系術者だ。

 しかも全員若い男性でイケメン共だ、ホームに降りると女性達の注目を浴びて黄色い声が漏れる程の。

 そんな連中が僕に鋭い熱視線を送っているので悪循環だ、珍しく一子様の注目度が下がり僕の注目度が上がる。

 

「ねぇ、あのイケメン達に熱い視線を送られている筋肉中年ってアレかしら?」

 

「腐の付く関係?ケバイ女が貼り付いてるけど間違い無くアレよね。ケダモノと貴公子って感じだわ」

 

「いや女王様を蛮族に取られた騎士達じゃないかしら?あの視線に情欲はないわね」

 

「あらヤダ、それは良い線行ってるわよ。女王様の方が蛮族にゾッコンみたいね。私より美人は皆死ねば良いのよ」

 

 酷い言葉が耳に刺さる、しかし最後の奴の呪詛の言葉は霊力みたいな何かが籠ってたな。もしかして同業者か?

 用意された黒のスーツは「タケオ・キクチ」のタグが付いているが所謂英国風スタイルは僕には似合わないと思うんだ。

 ネクタイからカフスボタン、革靴も靴下から下着まで全て一子様セレクトだ……完全にヒモだな。

 

 2番線ホームに降り立ち周りの乗客達からの奇異な視線をモノともせずに颯爽と僕を引っ張り歩く一子様と後ろに続くイケメン達、何の集団だか気になるだろう。

 エスカレーターを降りて新幹線改札口を抜けると直ぐに横浜線の5番ホームに繋がる便利な構造だ。

 

「一子様、我々は此処で一旦お別れです」

 

「分かったわ、後は本庄の判断で動きなさい。ここは亀宮の勢力圏であることだけは忘れずに」

 

 イケメン四人が横一列に並んで90度腰を曲げてのお辞儀って周り乗客の動きが一瞬止まった、こういう注目は集めたくないのだが……

 

「彼らは別行動なのかい?」

 

「ええ、あの子達は私の猟犬よ。独自に八郎を追いかけて貰うわ、期待は薄いけど手足は多い方が良いから。さぁ、榎本さんの自宅に行くわよ」

 

「何でさ?」

 

 ははは、なにかサラリと変な言葉が聞こえたが、僕も未だ若いつもりだが幻聴が聞こえるとはアレだな。右腕に抱き着く彼女を見下ろして聞いてみる。

 

「暫く結衣ちゃんに会ってない貴方への気遣い、それと純粋に気になるのよ。貴方達の関係が……さぁタクシーに乗るわよ」

 

「嫌だって、それは色々と不味いんだ。亀宮さんにだって自宅には招待してないのに」

 

 浮気がバレて自宅に突撃される情けない男みたいな感じが半端ない、大男がか弱い女性に引き摺られる様に新横浜駅構内からタクシー乗り場へと移動させられる。

 途中から諦めて隣を歩いている、ここで抵抗しても浮気バレ男としてツイッターとかで晒されそうで怖かったんだ。

 すでに何人かに写真を撮られたが、その都度一子様の瞳術でパパラッチは自分のスマホや携帯電話を踏み付けて壊す不思議行動を取っている、忠臣が怖いと言った意味がわかる。

 

「もしもし、結衣ちゃん?あら、桜岡霞さん?お久し振りね。ええ、いま新横浜駅よ。これから其方に向かうから準備を……女性のスマホを取り上げるのはマナー違反よ」

 

 この関西地方を牛耳る加茂宮一族の当主様は何時の間に僕の自宅の電話番号とか知ってるんだ?名刺交換してないよな?

 

「もしもし?桜岡さん、あのね」

 

『あら、榎本さん?加茂宮のご当主様と一緒にお帰りですの?』 

 

 久し振りに聞いたお嬢様言葉には多くの棘が含まれている、僕の胃と精神に多大なダメージが及ぶ。

 

「いやそのね、最後の標的が神奈川県に現れたので追ってきたんだって……一子様、もう少し説明をさせて下さい」

 

「お黙りなさい、女同士の電話に殿方が割り込んではいけません。もしもし桜岡霞さん、今夜は其方に私も泊まるから準備して下さいな。駄目なら近くのシティホテルのスィートに二人で泊まっても良いのよ?」

 

 いや君をホテルに泊めて僕は帰るつもりだったんだが……

 

「そうよ、私の気遣いに感謝なさいな。榎本さんが貴女達に会える様にしたのだから、分かったら準備しなさい」

 

 気持ちは嬉しいのだが、人心掌握術に長けた彼女の事だ何か他に思惑が有ると思うのだが?

 躊躇無くタクシーを停めて後部座席に僕を押し込んで隣に座る、密着し過ぎだと思います。

 

「横浜横須賀道路の佐原インターで下りて、その先は誘導するわ」

 

「はい、有難う御座います。急ぐなら第三京浜の羽沢ICから乗って狩場に抜けて良いですか?」

 

「構わないわ、急いでね」

 

 淀みない説明で自宅行きが決定してしまった。確かに結衣ちゃんには会いたい、一子様は前に横浜中華街で結衣ちゃんに会った時に彼女が異性として僕が好きと言った。

 だが僕が結衣ちゃんを異性として好きなのは知らない、気付いてない、僕の紳士フィルターは万全だからな。

 

 その一子様が敢えて僕の自宅に行って僕と会わせたいと言った、気遣い?誰に対してだ?

 

「何故と聞いて良いかい?」

 

 今は一蓮托生・呉越同舟の関係だ。直球で聞いても問題無いだろう。彼女の真意を聞いておかないと後で不味い事になりそうで怖い。

 無表情で窓の外の流れる景色を見ている、都会のネオンの中でこそ彼女の美しさは輝く。人工的に作り出された美女が一子様だ。

 

「今の貴方がね、少し不安定だからよ。状況は大詰めに来ているから最後の息抜きをして欲しい。多分だけど、それは結衣ちゃんにしか出来ないでしょ?」

 

 私と居ると何時も緊張しっ放しでしょって笑われてしまった、こんな気遣いをされると心にダメージがダイレクトアタックだ。

 不安定というか、一子様を切り捨てて自分が勝つのを優先した作戦を進めようとした時にコレか?一言も話してないし態度にも出てないから知られてはいない考え……

 

「参った、降参だよ。一子様は本当に良い女だよ」

 

「なら鞍替えなさいな、今なら伴侶として迎えてあげるわよ」

 

 ニヤリと笑う彼女は肉食獣だ、前と違い全然情に縋るとか女らしさを押し出している訳じゃない。敢えて加茂宮一族の当主の立場で言っている。

 

「先に出会った人が居るからね、叶わぬ夢さ」

 

「後悔するわよ?」

 

「何時も後悔しない様に動いても後悔しっ放しな人生さ。だが後悔も無い人生なんて詰まらないだろ?」

 

 そう見栄を張った、両親と爺さんの事については自分の中で割り切ったつもりだが確かに感情って奴は納得出来ない厄介な存在だ。

 

「そうね、精々強がりなさい。男の子でしょ」

 

 心の機微の理解について彼女程の理解者は居ないのかもしれないな、だが30過ぎのオッサンに男の子は無理が有るだろ?

 まいったな、会話が嫌じゃないんだよ。それっきり横浜横須賀道路の佐原ICを過ぎる迄は嫌じゃない雰囲気の無言だった。

 

「あっ運転手さん、下りたら突き当りを右に曲がって下さいな」

 

「はい、一子様」

 

 完璧な誘導で自宅まで到着した、だが何時の間にか運転手を支配下に置いていたよ。機密保持って言ったけど怖過ぎるだろ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 幾ら支配下に置かれているとは言え無賃乗車は出来ないので料金を払い領収書を貰う、税務署と戦うには領収書が大切だ。

 運転手は暫くすれば瞳術は解けてカップルを横須賀に運んだ記憶しか残らないそうだ。

 

 支払いで時間を取られた所為か車の停車音が聞こえたのか、桜岡さんと結衣ちゃんが玄関扉を開けて出迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ、一子様。お帰りなさい、榎本さん」

 

「いらっしゃい、一子さん。お帰りなさい、榎本さん。珍しい英国風なスーツですね?」

 

 桜岡さんは自身が所属する派閥のTOPなので表情が硬い、一方結衣ちゃんは横浜中華街で友好的に接していたから歓迎ムードだ。

 二人ともエプロンを着ているのは急いで料理を作ってくれたのだろう、流れてくる匂いは唐揚げだ!

 

「久し振りね、桜岡さん。結衣ちゃんも久し振りね、少し髪の毛が伸びたかしら?」

 

 さり気無く結衣ちゃんの髪の毛に触れて褒める、すっかり憧れのお姉さんみたいに見られている、怖いぞ一子様。

 

「外で立ち話も何だから中に入ろうか?お腹空いたよ」

 

 既に時刻は20時30分、もしかしたら夕飯は食べてしまって僕達の為に新たに作ってくれたのかな?

 

「どうぞ、入って下さい」

 

「狭い家だけど遠慮無くどうぞ」

 

 一子様を先に入る様に促す、ゴージャスな彼女が民家に入るって違和感が有るな。

 

「そんな事はないわ、広くても冷たい家庭なんて幾らでも有るわよ。ここは温かいわ、私には場違いな位に」

 

 おぃおぃ、その一言はキツイぞ。結衣ちゃんなんて何かを感じ取ったのか優しい表情になってるし。

 逆に桜岡さんの無表情が怖い、結衣ちゃんのお姉さんは私だけとか思ってないよね?

 無言で腕に抱き着かれたが、この懐かしい雰囲気は本当にリラックス出来る。傍から見れば不安定だったのかな?

 

「ただいま、桜岡さん。留守中なにか有ったかい?」

 

「小笠原親子が頻繁に顔を出す位かしら?あとは特に無かったですわ」

 

 魅鈴さんと静願ちゃんか、そう言えば最近メールしかしてなかったな。明日にでも少し電話するか。

 

「僕等の方は大詰めだよ。あと少し、あと少しでケリが付くよ。でもその前に腹拵えだ、唐揚げだろ?」

 

「ええ、生姜と大蒜をたっぷり効かせた特別製よ。帰るなら先に言って下されば食べずに待っていたんですよ」

 

 プリプリと怒る桜岡さんを宥めながらキッチンへと向かう、久し振りの結衣ちゃんと桜岡さんの手料理は楽しみだ。

 

「じゃ沢山食べるかな、ご当地名物も美味しかったけどやはり手料理も良いよね」

 

 この細やかな幸せを守る為にも九子は倒す、必ずだ。

 




難産でした、終わりに向けて色々考えては書き直しているので次話は少し遅れるかもしれません。

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