榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第284話

 八郎に猿島に誘い込まれて、幽霊スナイパーに襲われている。此方の被害は猟犬の一人、井上が射殺された。

 猿島唯一の売店に逃げ込んだがジリ貧だ、プレハブ造りの売店の壁では銃弾は防げない。ダメージ覚悟で攻め込まれたら一子様を守り切る自信がない。

 いや僕が肉の盾として守れば霊体銃弾でも数発は守れるが、何発も撃たれては保たない。八郎に辿り着く前に射殺体となり負けるだろう。

 

 応援を呼ぶにも御丁寧に携帯の電波を妨害している、近くには米軍基地も海上自衛隊の港もあるのに電波妨害?相当の下準備をして僕等を誘い込んだんだ。

 先代当主、加茂宮保(かもみやたもつ)の仕掛けた次期当主選抜の為に仕掛けた兄弟姉妹を使った蠱毒を仕掛けた。自分の子供達を競わせて共食いさせて最後の一人を後継者にする。

 人として親としては最低の部類だが、日本霊能界の御三家の一角の当主として家の存続の為には正しい。古参の亀宮と新参の伊集院、気を抜けば勢力減少待った無しだったのか?

 

 亀宮さんは勢力争いに積極的じゃないけど御隠居衆は違ったもんな、今回の件でも相当な要求をしたみたいだし。星野家とか星野家とか……

 八郎を一子様に食わせる事が出来れば、能力の底上げは可能だ。多分だが九子との戦いは熾烈になるから一緒に戦う事は不安を感じる、守り切れる自信がないし何より……

 

『何より我が食うからだ、奴には借りが有る。我が直接引導を下さないと気が済まぬ』

 

『いきなり思考に割り込まれると驚くぞ!それと此処を出て新しい篭城先に移る、トンネル内にある旧日本海軍の弾薬庫か兵舎だが堅牢だし敵の侵入ルートを限定出来る』

 

『ふむ、前門の虎後門の狼か……確かに狙撃は防げるな、直進の筒であるトンネルなら姿を見せないと銃撃出来まい。どちらにしても我等は接近戦を挑まねば駄目だからな、誘き寄せるしかない』

 

 切り札の雷撃の攻撃範囲は精々10m、それ以上だと命中精度が下がる。攻撃力特化の単発雷撃と、広域制圧の拡散雷撃。これが勝利の決め手になるだろう。

 赤目に灰髪は強力だが、九子には食われる可能性が有るから接近戦は仕掛けられない。他の式神犬は大丈夫だが牽制程度にしか使えない。

 特注品の特殊警棒に大振りのナイフ、式神擬態の胡蝶が使える戦力だ。霊能力戦に霊体でも銃とか持ち込むなよな、三郎なんて地雷まで用意していた。法治国家日本でだぞ、どんな入手ルートだよ?

 

「榎本さん、準備が出来たわ」

 

「良し、ジグザクに走ると陣形が狂う。真っ直ぐに全力でハイキングコース入口まで走るぞ」

 

「了解です。もし最後尾の僕が倒れたら見捨てて走れ、そしてケリィが代わりに最後尾を守れ。清須は最後まで一子様と行動を共にしろ」

 

「本庄、お前……」

 

「リーダー……」

 

 猟犬全員の名前が分かった。亡くなった井上にリーダーの本庄、多分サブリーダーの清須。そしてハーフだと思っていたのがケリィ、彼が一番下っ端みたいだな。

 確かに最後尾は一番危険だ、敵に背を向ける訳だから。それをリーダーが率先し、もしもの時にサブに引継ぎ指示をだしておくか……

 本来ならリーダーは最後迄生き残って欲しい、まぁ彼等の決めた事だから尊重はする。もしかしたら事前に役割分担は決めているのかもしれない。一子様の配下って狂信者ぽくって怖いや。

 

「狙撃は山側からだと思う、そっちに消火器を噴いて視界を霍乱する。残念ながら少し風が有る、気持ち右側に噴いて風の流れで拡散させよう」

 

 僕の説明に全員が頷く、さて行動開始だ。消火器の黄色い安全ピンを抜いてホースを外して手に持つ。入り口に築いたバリゲートごと蹴って扉を開け、そのままレバーを強く握り消化剤を噴霧する。

 思った以上に勢い良く白い消化剤が散布されるが噴霧距離は3mか4m程度だ、ホースを左右に振って拡散するが十五秒程度で空になった。だが大分視界が白い煙で覆われたぞ。

 空になった消火器を力一杯反対側に投げる、地面に落ちたと同時に狙撃され穴だらけなったが命中率は悪そうだ。

 

「走るぞ!」

 

 掛け声と共に走り出す、両手を顔の前でクロスして頭部を守りながら一子様との距離が離れない程度の速さで走る。もどかしい、僕が一子様を抱えて走った方が速いが肉の壁で守れない。

 猟犬達は流石に慣れているのか、彼女の身体が狙撃されない絶妙な位置取りで囲んでいる。ウッドデッキを走り抜けた所で階段が有る、僅か三段程だがスピードが落ちてしまう。

 そよ風でも消火器の煙を吹き流すには十分だったのか煙幕が晴れてしまった、そして狙撃が開始される。足元に着弾して弾けた、命中率上がってないか?

 

「本庄さん?」

 

「おい、本庄?」

 

 叫び声に振り向くと、リーダーの本庄の右肩と右太股から血を流して倒れる所だった。そして倒れた背中にトドメの一発が……クソったれ!

 海老反りに身体が跳ねた後に動かなくなった、助けたいが時間が無い。早くハイキングコースに逃げ込まないとヤラれる。一瞬止まりそうになる足を動かす、今は本庄の犠牲を無駄に出来ない。

 直ぐにケリィが最後尾に移動する。此処からは砂場で走り難い、砂に足元を取られるんだ。残り20mの障害物の無い直線を急いで走る、敵からの狙撃は……止まった?何故だ?

 

 いや、一旦止まったが右側……つまり一子様狙いじゃなく、清須の方に狙撃が集中している。何故だ、何故狙いを一子様から外すんだ?生け捕りを考えているのか?

 ハイキングコースに入った所で一子様をお姫様抱っこして更にスピードを上げる、今度も狙撃が止まった。弾切れか?いや銃弾は霊体だから弾切れは有り得ない。じゃあ霊力切れか?

 ケリィやサブリーダーの清須、僕も十分に狙えた筈だ。なのに一子様を抱きかかえたら急に狙撃が止まるなんて事が有るのか?まさか逃走方面に伏兵でも居るのか?

 

 一子様の頭に右手を添えて守る、整備が行き届いてないのか伸びた蔦が顔に当たって痛い。だが十分に距離は稼げたし、胡蝶レーダーにも反応が無い。取り敢えずは逃げ切れたみたいだ。

 森の中のハイキングコースを抜けると要塞エリアだ、此処は切り通しみたいな谷間の両脇にレンガ積みの壁が有る。某天空の城の廃墟そっくりな風景、レンガ積みの壁に絡む蔦。

 整備はさせているが基本的には当時のままだ、狭い通路を一列に並んで走る。レンガ造りの廃墟の中を美女を抱えて走るとは、映画か漫画の主人公みたいだ。

 

「有った、トンネルだ。中に入るぞ!」

 

 ぽっかりと開いた真っ黒なトンネルに入るのを一瞬だけ躊躇した、地獄への入り口みたいに感じたからだ。僧侶の僕が地獄に入る?笑えない冗談だな。

 地獄落ちは確定している、だが現世に居る内は幸せに生きて老衰で大往生と決めている。結衣ちゃんと結ばれる前に地獄に落ちる事などお断りだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 レンガ積みのトンネルは湿度が高く温度が低い、驚いた事に人工の照明器具が無いぞ。観光地として整備しているのに出入口からの明かりだけで終わらせているのか?

 警戒しながら小走りに進む、トンネルの天井には空気抜きか採光の穴が開いており昼間は明るい。だが曇りや夜間は視界が悪くなるだろう。もっとも午後五時には閉鎖だから必要ないのか?

 湿度が高いからかトンネル内の床には所々に水溜りが有る、壁はレンガ積みだが床はコンクリートだ。パチャパチャと水音をさせながら中央付近までくると左右に扉を見付けた。

 

 古い鉄製の扉、全体的に錆が浮きリベットが打ち込まれている。取っ手はハンドルを下げて開けるタイプだ。鍵穴が見えるが施錠されているのか?

 もし鍵が掛かっていれば最悪だ、流石に鍵開けは出来ないから壊すしかない。唯一の入り口を壊したら篭城の意味がない。覚悟を決めてハンドルを握り回して扉を手前に引く。

 ギギギと鈍い音がして鉄製の扉が開いた、中から冷たく黴臭い空気が流れてくる。天井に明り取り兼通風孔が開いていて室内を照らす。何もないレンガ積みの壁が剥き出しだ。

 

「少し待ってくれ、安全を確かめる」

 

 右側の扉を開けたままで一人で入る、中は10m四方の正方形の狭い空間。大戦時から有りそうな古びた木製の棚が一つだけポツンと壁際に置かれている。

 壁には今では懐かしい、碍子(がいし)引き配線か?白い陶器の円柱みたいな物が均等に四列並んでいる、そこに引かれた配線は所々切断されていて機能していない。照明器具も裸電球を捻じ込むタイプ?

 残念ながら電球自体が付いてない、電気も通じてないから点かないだろう。左側の扉は施錠されている、同じ様な扉だし間取りだと思うが、何故此方だけ鍵が閉まっている?倉庫か何かか?

 

『正明よ、中に何か有るな。呪術的な何かだ』

 

『呪術的?危険な物かな?状況からして八郎が仕掛けた物だと思う、他には考えられないぞ』

 

 ガチャガチャとハンドルを回しても開く訳が無い、今は一子様の安全確保が重要。先に右側の部屋に避難させるか。

 

「一子様、此方の部屋に入って下さい。隣の部屋に呪術的な仕掛けを感じますので、僕は調べます。ケリィと清須は前後の見張りを頼む」

 

「ちょっ、此処まで来て別行動は嫌よ。私も榎本さんと行動を共にするから」

 

 強引に左腕を捕まれて抱き付かれた、これじゃ護衛も出来ない。一子様は僕から離れる事に不安を感じているな、もう八郎と九子しか当主候補は生き残ってない。

 離れていた時に倒されたら食う事が出来ない、今までの失敗を考えても別行動は嫌だって事だな。幸いだがトンネルは直線で見通しは良いので気を付ければ奇襲は防げる。

 文句を言っても始まらない、掴んだ手に力を集めてハンドルを回して強く引っ張る。すると僕の怪力でハンドルではなく扉と枠を固定する蝶番が音を立てて外れた。此方はビス固定なので弱かったんだな。

 

 枠から外れた扉は盾として使える、感じからして現代の防火扉と同じ確か1.2mm程度の厚みが有りそうだ。合わせても3mm以下、ライフルの弾なら紙程度の気休めだが視線は隠せるし威力は減らせるか?

 昔のニュースで浅間山荘事件でジュラルミンの盾を二枚重ねても犯人の銃撃は貫通したって聞いた事が有る、斜めに持って弾くのも有りか?だが銃弾は霊体だし普通とは違うか?

 

「榎本さん?その凄い力で扉を外したのは良いけど、何を固まっているのかしら?」

 

「思考を止めるのは危険です、片手で鉄の扉を持ち上げているのは凄いが今は一子様の安全を最優先にして欲しい」

 

「ああ、済まない。この扉が防弾の盾にならないか考えていたんだ、ライフルだと10mm位の鉄板は撃ち抜けるから厳しい。先ずは僕が入るから外で待機してくれ」

 

 室内は同じ大きさ同じ作りの部屋だが右隅に不自然にガラクタが積まれている、土嚢袋に脚立に薪みたいな木片に枯葉の詰まったビニール袋か……

 怪しいな、不自然にならない様に周囲に有る物で何かを隠した感じだ。当然だが怪しい気配も同じ場所から感じる。このガラクタの中に呪術的な何かが有る。

 

『胡蝶さん、何か分かる?』

 

『む?反魂(はんごん)の外法みたいだな、此処から何かに繋がっている霊的な絆が見えるぞ。三本だな・・・・・・取り敢えずガラクタを退かすぞ』

 

 反魂?それって死者を蘇らせて操るって事だろ?そんな漫画みたいな事が出来るのか?ゾンビやキョンシー、それともグールみたいなアンデットモンスター?急に変な方向に向かったな。

 取り敢えずガラクタを慎重に退かす、物理的な罠が仕掛けられている可能性も有る。退かした瞬間に弓矢が飛んで来たりとか。犬飼一族の試練で経験したし注意は必要だな。

 

『グールはアンデットモンスターじゃない、ゲームのし過ぎだぞ。奴等は中東の砂漠に生息する悪魔だ、人間の死体や子供を攫って食べる。まぁ実際は盗賊や犯罪者、墓泥棒の別称らしい。お前の蔵書の中のアラブの伝承に書いてあったぞ』

 

 え?胡蝶さん、僕の蔵書とか何時読んだのさ?あれって単にRPGの背景を知りたくてBOOKなOFFのワゴンセール100円で買った本だった筈、未だ読んでないんだけど……

 特に罠は無くガラクタを全て退かした、中には大き目な真っ黒のスーツケースが有った。サムソナイトの軽量タイプだな、同じ物を持っているからわかる。鍵は三桁のダイヤル錠だが当然施錠されている。

 だけどファスナー固定だから、ファスナーの部分を切り裂けば空けられる簡単な構造だ。背中に仕込んだ大振りのナイフを取り出し、ファスナー部分の継ぎ目に突き刺して切り裂く。中に入っていた物だけど、これは何だ?

 

「壊れた古いライフル?メーカー刻印はカルカノM1938?これってイタリア製の軍用ライフルだ、他にはM1カービン?これはアメリカ製の同じく軍用ライフル、他のは服?軍服だ、古いしサバイバルゲームで着る様な第二次大戦中の古い……」

 

『胡蝶さん、これって本物なら第二次世界大戦で実際に使用された物だと思う。これを反魂の素材として使ったって事は、襲ってくる連中は第二次世界大戦中に実際に戦争に参加した連合軍兵士が蘇った事になるよ』

 

『そうだな、戦争経験者とは厄介な亡霊を蘇らせてくれたものだ。人殺しに躊躇しない、日本は敵国だったし日本人は殺す相手だった』

 

 襲ってくる霊体の核であるコレを清めれば反魂の法は解除出来る、だが敵は三体じゃない。狙撃の銃弾数を考えれば他にも同じ様な仕掛けが有る筈だ、だが探して処理する暇は無い。

 カルカノM1938に左手を翳す、ギュポって音がしてライフル銃を吸い込んだ。同じ様にM1カービンと旧アメリカ軍の物らしいカーキ色の軍服も吸い込む、これで八郎が仕込んだ三体の亡霊は消滅した。残りは何体居るのか分からない。

 空になったスーツケースの内側に貼られた御札がハラリと落ちてきた、触媒の核を失い御札の効果が無くなったのだろう。陰陽術とも毛色が違う御札だな、何の宗派のだ?

 

「一子様、敵は八郎が反魂の外法で呼び出した第二次世界大戦中に日本と戦った連合軍の兵士の亡霊だ、三体は祓ったが他にも居る。この仕掛けが何処に隠されているか分からない」

 

「戦争経験者の怨霊が敵なの?八郎め、反魂の外法とか禁術に手を出したの?なんて愚かなのでしょう」

 

「八郎批判は後回しだ、敵は核となる遺品が有る限り倒しても蘇るだろう。術者の力量次第だけど、実際に不死身と考えた方が良いかな。全く厄介だ、忌々しい位に有効だよ」

 

 襲ってくる怨霊の事も対策も分かったが遺品探しに時間を割く訳にはいかない、此方の勝利条件は一子様の生存が最優先で八郎の捕縛はその次だ。だが日本人を無差別に襲う連中なら八郎も危険に巻き込まれる。

 奴は既に猿島から逃げ出している可能性が高い、この島自体が隔離された罠だったんだ。まんまと僕等は誘き寄せられた嵌った訳だな。

 だが一子様を殺すだけじゃゲームの勝者にはなれない筈だぞ。その身に宿した力を食わねば意味が無い筈なのに、八郎は自身も危険に晒される罠を仕掛けた?それとも自分は安全な方法でも有るのか?

 

『胡蝶さん、どうしよう?厄介な相手だよ』

 

『ふむ、反魂の外法か……少々難しいが理解出来ない事も無いぞ』

 

 理解?この外法を解除する方法でも探せるのだろうか?だが探す為には島中を動き回らないと駄目で、敵は何処に潜伏してるか分からない。後手後手に、回って危険な状態だぞ。

 

 


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