榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第286話

 八郎の仕掛けた罠を食い破る方法、外法と評価してしまった反魂の法を実施する。一子様も思う所があるのだろうが、全てを自分の所為だと言い切った。

 彼女の覚悟を無碍には出来ない。僕の出来る事は速やかに、旧日本兵の遺品を手に入れて同じ反魂の法を使いピンチを乗り切り敵を倒す事だ。

 幸い遺品の場所は分かっているし、反魂の法のやりかたも胡蝶が学んだ。この場から移動し資料館に行き展示物を利用する。

 

 終戦から70年以上経っているのだから、戦後生き延びた人も鬼籍に入っているだろう。安らかに眠る英霊を自分の都合で使役する。最低だが生き延びる為だ。

 だがトンネルの中の弾薬庫から資料館に戻るには距離が有る。此処を抜けて発電機棟の更に先の建物だ。走れば五分弱だが、狙撃を避けての五分の移動はキツイ。

 フランス積みのレンガで出来たトンネルの中を警戒しながら小走りで進む。なんでも現存するフランス積みの建築物は四件だけらしい。

 

 通称「愛のトンネル」も今の僕等からすれば「地獄へ向かう洞窟」だな。全長90m、出口が見えてきた。

 

「トンネルの外に出る。周囲を警戒してくれ」

 

「任せろ、一子様は我等猟犬部隊の生き残りが守ってみせる!」

 

 一列にて素早く進む。先頭は僕で次が一子様、次が清須で最後尾はケリィだ。盾代りの外した扉を右手で持ち斜め前に構える。視界は塞ぐが気休め位の防御力は有る。

 胡蝶さんレーダーでも感知出来ない距離に居るみたいで、少しは安心出来る。接近し触れば食えるのだが複数居るし、食ってる時に他の奴が、一子様を狙撃したら終る。

 彼女は僕と違い急所を撃たれたら即死だろう。そうしたら僕等は負ける、この加茂宮の後継者を決める戦いは、要は生き残りゲームだから……

 トンネルを抜けて切り通しを走る。上からの狙撃にはピッタリの場所だ、左右を警戒しながら進むが敵は感じない。逆に不安になる、奴等は何処にいった?

 

「良し、発電機棟だ。資料館までもう少しだぞ」

 

 要塞施設がチラホラと見える。当時のままの兵舎や倉庫、平時に来ていれば興味津々なのだが今は敵が陰から出て来るのを警戒するしか考えられない。

 

『正明、敵だ。先方100mに二体。急に現れた事を考えると移動方法は生前と同じじゃないな』

 

『つまり壁抜けや瞬間移動も有ってか?僕にも見えた、狙撃して来やがったぞ!』

 

 キラッとマズルフラッシュが見えた。本来は発射火薬が銃口付近で燃焼する現象だが、霊的な銃でも再現するのか?

 咄嗟に盾代りの扉を正面に構える。だが狙撃手としての性能は低いのか構えた扉には当たらず、付近の床石が弾けた。戦争経験者でもゴ○ゴみたいな天才狙撃手は居ないか。

 後ろの一子様も気付いたみたいで、僅かに声を上げたが直ぐに押し留めた。流石に肝が据わっている、普通なら自分が銃の標的になっていると感じたら恐れるだろう。

 

「大丈夫、敵の狙撃能力は低い。移動している目標の命中率は本職の狙撃手でも低いから、気休め位には安心してくれ」

 

「全然安心出来ないわ。でも本当に当たらないものね?」

 

 続けて2回狙撃されたが盾として構えた扉に当たったのは一発だけで、しかも端近くで貫通した。やはり威力は削いでも殺傷能力までは奪えないか。

 発電機棟を通り過ぎて資料館に向かう時に、窓硝子が割れて中から飛び出して来たのは骸骨みたいに痩せ衰えたシャツに半ズボンを履いたイタリア兵か?

 たしか第二次世界大戦の初期は貧弱な装備しか無くて、威力の低い壊れ易い武器を使用していた筈だ。そして奴は僕等の前に躍り出て銃身の長い……不味い、ブレダM30軽機関銃か?

 

「食らえ!」

 

 亡霊がブレダM30軽機関銃を構える前に、手に持っていた扉をフリスビーの要領で水平に投げる。回転する長方形の物体は亡霊を腰から二分割にする。

 そのまま走り出して亡霊の頭を左手で掴み。心の中で『胡蝶、頼む』と思えば、メキャメキャと嫌な音を立てて掌に吸い込んでいった。残されたのは砂まみれて錆付いたブレダM30軽機関銃だけだ。

 多分だが、アフリカ戦線で使用され壊れた物を反魂の法の核にしたのか?見ていると霧の様に無くなってしまった、具現化出来るのは本体が存在してる間で食われれば消滅するのかな?

 どうでも良い豆知識を一瞬だけ思い浮かべたが今は正面から狙撃されている最中で、盾を無くした状態だよ。

 

『正明、建物に入れ。核の反応が有る、奴等が急に現れたのは此処に核が有るからだ。霊的な絆が三本の延びていたが、今は倒したので二本だな。近くで集中しないと見えないのが難点だ』

 

『分かった。近くに来たら自動で迎撃かよ。なんて嫌な事を平気でする、八郎の奴は準備万端で僕等を此処に誘い込んだのは間違い無さそうだ。だが何でさっき通った時は反応しなかった?』

 

「一旦中に入る、このままじゃ良い的だ」

 

「でも、逃げ込んで篭城しても……分かったわ、榎本さんを信じる」

 

 発電機棟の扉は木製で南京錠で施錠していたので、前蹴り一発で扉を破壊し先に一子様達を入れる。狙撃は行われたが、当たる事は無かったのが幸いだ。

 直ぐに突撃されない様に、近くに有った工具を入れている木製棚とスチール棚を倒して入り口を塞いて室内をグルリと見回す。そこそこ広い室内に近代的な発電機がポツンと設置されている。

 近代化により発電機も小型化した為だろうか?隠された核を探す、大して隠す所など無いがパッと見回す程度では見付けられない。怪しい木棚やロッカーは倒した時に中身を確認したが、工具やオイルしか入ってなかった。

 

『ふむ、隠し場所には苦労した様だな。正明、天井の中だ。霊的な絆の細い線が見える』

 

『天井?昔の作りだから点検口なんて無いぞ。アレかな?天井板を外した形跡があるな』

 

 壁に立て掛けてあったアルミ製の脚立を使い四方の釘かビスが真新しい天井板を力尽くで壊す、今は緊急事態なので許して下さい。後で一子様の伝手で必ず直しますから。

 天井板を外し脚立の最上段に登り天井裏を確認する。直ぐ近くに襤褸布に包まれた何かが有る。掴んで引っ張りだす。中には長い物が入っていて襤褸布を巻き付けたみたいだな、結構重いぞ。

 

「何かしら?もしかして反魂の法の核かしら?」

 

「そうみたいだな。嫌な気配がするかと思えば当たりだった訳だ。イタリア製のブレダM30軽機関銃に旧ソ連製のモシン・ナガンのM1891か?M1944かな?それと軍靴の片方?」

 

 軽機関銃に狙撃銃か、核として直球の銃器を使うとはな。だがこれで襲って来た三体は倒した事になる、左手を翳して壊れた二丁の銃と軍靴を吸い込む。最初の狙撃を考えて、残りは多くても三体前後だろう。

 一子様がタオルをペットボトルの水で濡らして首に当ててくれた?なにかと思えば痛みを感じたが、今更痛みがか?自分で触ってみれば確かに粘着性のヌルヌルした感触……あれ?血だ。

 

『落ち着け、正明。直ぐ直すから安心しろ、あの命中率の悪いと思った狙撃だが掠っていたんだな。的の大きい正明だから当たっても不思議じゃないか』

 

『いや、胡蝶さん。首筋に掠るだけでも大問題だったぞ!下手したら頚動脈損傷とか、ヘッドショットでも狙ってたのか?』

 

 ゾッとした。流石の胡蝶でも、頭を吹き飛ばされたら治療など不可能だろう。油断した心算は無いが、何処かで慢心していたか警戒が緩んでいたか。気を引き締めないと駄目だぞ。

 未だ敵は二人も残って居る。八郎を倒しても最大の難敵である九子が無傷で残っている。六郎を食い更にパワーアップした彼女は、一度僕等に負けて逃げ延びた。次は相当警戒し準備をしてるだろう。

 八郎と九子の連携や協力は無い、手を組んだ相手を最後に食うんだ。そんなリスクを背負ってまで共闘する意味は無いし、もし共闘しても倒した一子様はどちらが食うかで揉める。

 

「有難う、一子様。弾が掠ったみたいだね。気を付けないと駄目だ、気を引き締めよう。幸い近くの怨霊は核を失ったので消えた、早く資料館に行って味方の英霊を呼ぼうか」

 

「本当に、気を付けてくれないと駄目よ。私達は二人で生き残るの、それが約束でしょ?」

 

 いや契約です。二人で生き残ってから報酬を考えようって話ですよね?後ろを見て下さい、ケリィと清須が僕を視線だけで殺すって感じで睨んでますから!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その後は問題無く資料館に到着した。まぁ小走りで三分と掛からない距離だったが、近代建築で入り口の扉が頑丈なので苦労した。流石に明日からも遣う硝子の自動扉を壊したら問題だろう。 

 展示物は当時の写真がパネルで展示してあり、世界と日本の動きの比較年表や何故か当時の電化製品や食器類が有るんだ?目的の遺品類は再奥の硝子ケース内に展示してあった。

 錆付いた銃弾に一部が凹んだヘルメット、戦地から家族に宛てた手紙には国を思い家族を思う事しか書かれていない。戦時中だし機密情報とか書けない事も多かったのだろう。

 

『胡蝶さん、この手紙を核に使うのは止めよう。外道な事をするのだけれど、最低限の守るべき事は有る。この手紙に綴られた気持ちは悪用出来ないよ』

 

『生きるか死ぬかの瀬戸際なのに甘い考えだな。だがこの手紙には強い意志が残されている、祖国と同じ日本人を守る強い意志がな。それを使わぬのか?』

 

『それでもだよ。私的な事で失ってはいけないモノなんだ、他にも使えそうな物が有るよね?この薬莢とか壊れた丸眼鏡に、水筒とか双眼鏡とかさ』

 

『やれやれ、日常品にも念や意志は残るが弱いのだぞ。まぁ愛しい下僕の願いだし叶えてやるのが、我の優しさだな』

 

 無言で展示物を見詰めて、胡蝶さんと脳内会話に勤しんでいた。一子様は何も言わずに待っていてくれたが、清須とケリィは急かす様な視線を向けている。

 仕方ない、始めよう。展示物を納める硝子ケースは当然だが施錠してある。開けるには鍵を壊すか硝子を割るかだが、時間が無いので硝子にガムテープを貼って飛散しない様にして軽く叩く。

 ヒビさえ入れば後は破片を外していけば中身を取り出せる。胡蝶さんの霊視では反魂の法に反応してくれそうな物は、ヘルメットに眼鏡と水筒。そして何故か軍票みたいな紙?

 

「核と成り得る物は四つ、それで旧日本軍の英霊を呼び出す。一子様も良いね?」

 

「ええ、構わないわ。私の責任で私が決断したの。それを忘れては駄目よ」

 

 未だ責任は自分に有ると主張している。この辺は凄く義理堅いのだが、ケリィや清須など感動で泣いているよ。男泣きって奴だろうが、せめて涙は拭いてくれ。

 遺品らしき核を取り出し床に置く。後は胡蝶さんが読み取った術式で反魂の法を実践するのだが……この外法を僕が使えるとか知れ渡ったら不味いので、情報操作は一子様に頼もう。もうコレが報酬でも良い位だよ。

 

 西行の伝承では鬼の法術を真似たとされる。先ず断食が必要で一週間飲まず食わずで身を清め無人の荒野に生き返らせたい人の骨を並べる。この時点で今から行う遺品を核とする反魂の法とは違う。

 遺骨に砒霜(ひそう)を塗りハコベとイチゴの葉を練り混ぜ骨に塗し、頭部にはサイカイの葉とクムゲの葉の灰を塗り込む。その後で疊の上に移動させて約一ヶ月放置、最後に仕上げとして母乳を煮ながら祈祷する。

 これで骨に血肉が舞い降りて生き返るらしい。だが今回の邪法は亡霊として使役する為で厳密には反魂の法とは言えない、使役霊の召喚術の方が近い。

 

『胡蝶さん、頼んだ』

 

『ふむ、任せろ……偉大なる過去の武士(もののふ)達よ、子孫の為に今一度現世に身を委ね我等の力となれ……』

 

 胡蝶さんの唱える呪文は、現代風にアレンジされている。仏教の経を読む訳じゃなく、神道の祝詞を唱える訳でもない。途中で理解出来ない言語に変わったが、僕では全く理解出来ない。

 だが効果は確実に現れている。核となる遺品の周囲に金色の粒子が現れ天に昇っていく、神々しい様子だが邪法を使っているんだよね?これ本当に八郎が使っていた反魂の法なの?

 金色の粒子は次第に数が多くなり広がってきた、そのまま直径1m高さ2m位の円柱状となり内部に人の姿が現れ始めた。段々と実体化して半透明の旧日本軍兵士、将校や仕官の軍服じゃないな。

 

 肩章は赤地に黄色の星が三つ、上等兵か?英霊が四柱、静かに立っている。カーキ色の略帽を被り防暑衣を着て、足にはゲートルを巻いている。武装は三八式歩兵銃に銃剣、腰に手榴弾っぽいものが吊るされている。

 あと身長は160cm前後だろうか?意外と背が低いんだな、残念ながら顔はぼやけていて人相は分からない。だが力強さは感じる。現代人では経験出来ない戦争体験者の凄みだろうか?

 思わず息を呑んでしまう。僕は柄にも無く緊張している、今から英霊たる彼等に第二次大戦中の敵国の怨霊を倒す様に頼まなければならないんだ。

 

『そうだ、時間も限られているので早く敵を倒す様に言うんだ。あと、正明の後ろに隠れている男は敵じゃないと言ってはある。術式により、正明の願いを聞く様になっているが今は待機だな』

 

『ケリィの事か……そうだった、敵の怨霊から攻撃されないって事は味方認定だ。呼び出した旧日本軍の英霊からすれば敵国の民間人か』

 

「第二次大戦中に活躍した英霊達よ、当時の敵国の兵士が亡霊となり蘇り我等に危害を加えようとしている。我等を守り敵を討ち倒して欲しい」

 

 緊張して喉がカラカラだが、何とか舌を噛まずに言えた。英霊達は頷くと、三八式歩兵銃を構えて素早く外に飛び出して行く。直ぐに発砲音が聞こえたが、敵側の狙撃していた亡霊が接近して居たのか?

 十発近い発砲音が聞こえた後、音が聞こえなくなったので外の様子を伺う。英霊達が横一列に並んでいるが怪我は無さそうだ。敵を倒したのかと聞けば、頷いてくれた。しかし未だ居るらしい。

 八郎め、何体の亡霊を反魂の法で呼び出したんだ?一柱の英霊が指で指した方向、切り通しから脇道に抜けて坂を上がった先は……

 

「展望台か砲台跡だな。どうやら残りの怨霊と八郎は、其処に居るみたいだ」

 

「榎本さん、最終決戦ね。彼等の力を借りて、八郎を倒しましょう」

 

 ああ、八郎は此処で倒す。だが九子も現れる予感がするんだ。展望台、昔行った事があるが今は老朽化の為に立入り禁止の筈だな。過去には子供向けの特撮ドラマで、敵側の秘密基地にも使われた場所だ。

 八郎さんよ。アンタも其処を秘密の隠れ家にしたのかい?それとも準備万端待ち構えているのか?まぁ良いか、最後の戦いと行こうか?食うか食われるかのね。

 


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