榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第287話

 八郎が使っていた、過去の亡霊を使役する反魂の法をアレンジして偉大なる過去の大戦で亡くなった英霊の力を借りている。呼び出しに応じてくれた英霊は四柱。

 当時の日本の成人の平均身長は今よりも低かったらしく英霊達は身長160cm前後、カーキ色の略帽を被り防暑衣を着て、足にはゲートルを巻いている。良く戦争映画で見る姿だな。

 武装は三八式歩兵銃に銃剣、腰には手榴弾ぽぃ物を吊るしている。肩章は赤地に黄色の星が三つ、上等兵らしい。

 

 この四柱は生前も同じ部隊だったみたいで連携が取れている。敵の亡霊二体を簡単に倒した手際の良さは、初めてとは思えない。当たりを引いたな。

 英霊が山頂の展望台か砲台跡を指差した、物言わぬ彼等の意思表示は敵の居場所を教えてくれたに違いない。砲台跡は円形の基礎だが展望台は鉄筋コンクリート造の2階建て。

 過去には子供向けライダーシリーズの特撮番組で敵側の秘密結社のアジトとして撮影に使用されていた。八郎が隠れるには丁度良い場所だろう。

 

 最終決戦の予感がする。英霊四柱が力強く素早く走っているので、後を追うだけでも大変だ。だが必ず八郎が居る予感がする、いや霊感か第六感か?

 一子様も何かを感じたのか、疑問も文句も言わずに後ろを走っている。整備された歩道から土が剥き出しの獣道を抜けて、石で組んだ階段を登れば少し広い場所に出た。

 奥には朽ちかけて立ち入り禁止となった展望台、その2階展望部分に中年の男が立っている。その周囲には六体の亡霊、その核は展望台の中か?

 

「ほう?お前も反魂の法が使えたのか?しかも敗戦国の兵士を蘇らせるとはな、馬鹿なのか?」

 

「ふざけるな、護国の英霊だぞ!貴様それでも日本人か?」

 

 シニカルな笑みを浮かべる落ち着いた地味目なイケメン中年、コイツが八郎か。岐阜の白山(はくさん)が本拠地の土着信仰の一族。山岳信仰の修験者で本名は若王子(にゃくおうじ)実篤(さねあつ)、カラス天狗の異名を持つ。

 山伏を配下に持つと聞いているが、今回は使役した亡霊だけだ。周囲に他の人間の気配はしない。事前情報では毒蛇を使役するらしいが今回は使用していない。野外で山の中など、今毒蛇を使わないで何時使うの?

 優雅に外部階段を下りて来る。まるで無警戒だと思ったが、奴を取り巻く様に六体の亡霊が動く。軍服を見れば全てアメリカ兵、八郎は世界最強の軍隊の亡霊を自分の守りに残したのか……

 

「久し振りね、八郎。最後まで逃げ回っていたと思ったら、どう言う風の吹き回しかしら?」

 

「ふん、一子か。亀宮を頼るとか、お前には加茂宮のプライドが無いのか?売女には困ったものだな」

 

「他国の亡霊に頼る、お前も日本人としてのプライドは無さそうだな」

 

 三人が三様の嫌味の応酬だが、奴はアメリカ兵の亡霊の配置を変えて、僕も合わせる様に英霊の配置を変える。後は腰のポーチから式神札を十枚取り出す。力は弱いが弾除けにはなる。

 三郎との戦いで実証済みだ。配置としては最前列に英霊四柱、その後ろに僕と一子様。清須とケリィは彼女の左右を守る。あと周囲が林と草むらなので、悪食と眷属を集める。

 奴は毒蛇を操る。何匹か分からないが、悪食は猿島中の眷属を集めつつ自分の影の中からも眷属を召喚出来る。有る意味では最強の昆虫、金属以外は何でも食べる悪食の眷属なら生きた蛇など餌でしかない。

 

「はっ?腐れ坊主め。なにが日本人だ、なにが国粋主義だ。お前等の考えは古いんだよ、歴史有る一族の末裔?カビの生えた古臭い家の因習など糞食らえだ」

 

 コイツ、日本霊能界の重鎮で御三家の一角、西日本を支配下に納める加茂宮一族の当主の一角で、当主の座を独占する為に戦っているんじゃないのか?兄弟姉妹の生き残りゲームの参加者だろ?

 中学生みたいな反抗期に陥った男の顔は醜い、目が血走り口から泡を吐いて怒鳴っている。何かが致命的におかしい、八郎が僕と一子様を罠に嵌めて猿島に誘い込んだのは何故だ?

 散々逃げ回っていたのに最後には自ら警戒網に引っ掛かり、逆に罠に嵌められた。その手腕は認めるし亡霊部隊も大したものだ、此方は仲間の猟犬二人を失った。だが何故最後の詰めが甘いんだ?

 

「祖国を思う心に古いも新しいも無い。それに我等霊能者に古き因習など付きものなのに拒絶するとかさ、その歳で厨二病を患うなよ。それともパクッたバイクで走り出し学校の硝子を割る口か?」

 

「ふざけるな!もう親父の敷いたレールなんて走れるか。俺は一子を食ってアメリカに渡る、新しき大陸で成功するんだよ。古臭い黴の生えた当主の座なんて、九子にくれてやる」

 

 煽ってみたら想像以上に食い付いた。八郎も蟲毒による影響で性格に異常をきたしているのか?楓さん情報だと、前から横暴だったが当主間の抗争が始まってからは特に性格が粗暴になっていったそうだ。

 一子様には今の所は変化が無い。何故三郎や八郎、九子も性格が凶暴化しているのか?謎ではあるが、先代の加茂宮当主でさえ理由は分からないだろう。この蟲毒を使った生き残りゲームは既に破綻している。

 そして八郎だが、まさかと思っていた九子と裏取引をしている可能性が有る。当主の座を九子に譲る、一子様だけ食えれば良い。それを条件に共闘してる?筋は通るが内容は滅茶苦茶だ。

 

 お前達は最後の一人になるまで食い合う様に言われているし、九子もそうだと言った。つまり兄弟姉妹が全員敵で、九子は一子を譲らないし八郎も食う筈だ。お前の計画は最初から無理が有る。

 自分の周囲に悪食の眷属の配置が終った。悪食経由で毒蛇が二十匹位周囲に集まっているらしい、やはり二重の罠か。奴の操る蛇を包囲する様に悪食の眷属が配置されている。その数は一万匹を超える。

 胡蝶レーダーには八郎以外の人間は捉えていない。つまり八郎は人間の仲間を同行していない、準備はさせたが直接的な行動は自分だけで行うのか?九子は影を利用して移動するから、直前まで感知出来ない。

 

「そろそろ決着をつけようか?」

 

「ふはは、面白い。そんな貧相な亡霊で、世界最強の兵隊に勝てるか?所詮は負けた連中だぞ」

 

「国力が桁違いに違う相手に戦いを挑んだんだぞ、誇りに思うだけで卑下したりはしない。今は加茂宮の当主争いの最中だ、其処に変な思惑を混ぜるな」

 

「負け犬、いや負け熊か?じゃあ死ね、最強の軍隊に蹂躙されて死にやがれ!」

 

「また拳銃か?近代兵器に頼るな。お前達は霊能者としてのプライドを持てよな」

 

 またか、八郎も懐に隠していた拳銃を取り出して構えた。何故、霊能力者同士の戦いに銃器を使う?確かに最強の対人兵器かも知れないが、霊能力者としてのプライドは無いのか?

 此方も式神札を正面に撒き散らす、空中で犬神化して即席の盾とし銃撃を防ぐ。悪食の眷属が一斉に毒蛇に襲い掛かり、奴の眷属を無力化する。残された戦力はアメリカ兵の亡霊のみ。

 六体の敵に向かい、英霊達は三八式歩兵銃に銃剣を装備し、発砲せずに突撃していった。二人ずつに分かれ三人の敵に向かい頭を下げて前傾姿勢で走り出す。

 

 凄い、最初の突撃で銃剣で下から掬い上げる様に正確に喉を突き刺す。痩せ細りぼやけた感じのアメリカ兵が刺された勢いで身体が持ち上がる、それを強引に振り解くと首が千切れたぞ。

 無傷の二体が左右からドラム式の短機関銃、M1928を構えてフルオート乱射した。至近距離からの銃撃に怯む事無く、英霊達は銃剣を構えて突撃、胴体に銃剣を突き刺したが……そこで力尽きたのか光の粒子となり薄れて消えた。

 有難う、幾ら胡蝶の力を使えるといっても、銃器で武装した実戦経験の有る本職軍人を六人も相手にしたら勝てなかった。更に一子様やケリィに清須も守って?無理だったな。

 短機関銃の射線が左右に分かれてくれたので僕等は被弾しなかったが、僕も八郎も其方に意識が向いてしまい動きが止まってしまった。『正明、呆けるな!』胡蝶の脳内叫びで我に返る。

 

「英霊達よ有難う。現世の敵は自分で倒す……雷撃!」

 

「ふざけるな、お前の方がファンタジーだぞ。魔法かよ」

 

 八郎は式神犬を撃つ事を止めて、僕は式神犬の制御も忘れた。なんとも間抜けだが、一瞬で意識を戦いに戻して再起動する。

 式神犬を突撃させて意識を向けさせてから雷撃を放つ。八郎は事前に僕が雷撃を使える事を知っていたのだろう、手を向けた瞬間に右側に跳んで避けた。流石は当主の一人、凄い反応速度だ。

 だが雷撃は単発じゃない、連続使用が可能なんだ。逃げた八郎を追う様に、雷撃を撃ち続ける。二発目で背中に当たると雷撃は左足を通り大地に抜けた。そのまま倒れ込むが、此処からが本番だ。

 

「清須、ケリィ!周囲を確認し、一子様を守れ。来るぞ、九子が必ず来る」

 

 一子様を中心に三角形のフォーメーションを組み、ジリジリと八郎に近付く。服は焦げて炭化した素肌が見える、二百万ボルトの直撃だから即死だろう。

 素早く八郎を一子様に食わせたい。だが影の移動が可能な、九子の不意打ちが怖い。一子様が負ければそれで終わり、僕等は敗北する。だから無警戒に近付けない。

 心配のし過ぎだったか?八郎の近くまで辿り付いた、これで一子様が手を伸ばせば八郎を食える。早く食わせて事後処理をしよう、米軍基地の近くで発砲騒ぎとか笑えない。

 

「不味い、八郎ごと取り込むつもりだったか!」

 

 八郎を中心に一瞬で直径5m程の影の円が浮かび上がる。咄嗟に一子様の腕を掴み後ろに飛び去る。

 

「清須?ケリィ?」

 

 だが猟犬二人は間に合わずに、影に足を取られる。既に膝まで埋まってしまった。泥沼に嵌った様に足が抜けず、動くと余計に沈み込む……悪循環だ。

 

「榎本さん、おひさーなのです。八郎を倒してくれて感謝です」

 

「貴様、九子」

 

「ここで倒す、一子様の為にも。僕の為にも、後悔はしない」

 

「五月蝿いです」

 

 影の円の中心に浮き上がる九子だが、禍々しさが増えている。右腕が無くしかも右半身が火傷で爛れている、脅威の回復力でも重度の火傷は治せなかったのか。

 その分凄みがました、右目だけが真っ赤に光っている。清洲とケリィが事務所から持ち出した包丁で攻撃するが、左腕の一振りで弾かれ意識を失ったみたいだ。

 そのまま影の中に沈んで行く。助けたいのだが、九子が僕から視線を外さないので下手に動けない。不味い、八郎の身体も沈んでいく。そして八郎の力を取り込んだのだろう。

 

「きゃは、力が漲ってきた。来ましたよ、今なら榎本さんも美味しく食べれそう。一子は最後、そこで見てなさい」

 

 最後のパワーアップを済ませたのだろう、爛れていた火傷がジュクジュクと蠢き治っていく。今攻撃すべきかとも思うが隙が全く無い。不味いぞ、完全にパワーアップした。

 狂っても女性なのだろう、懐から手鏡を取り出し自分の顔を確認している。完治した事に満足したのか、狂気を孕んだ凄惨な笑みを向けてくれる。何故か右目が赤く光っている。

 

「きゃは、榎本さんにヤラれた傷が治ったよ。右手は復活しないのが残念だけど、これで仕返しが出来るかも。怖い?ねぇ私が怖い?」

 

 正直に言えば怖い。火傷の傷は治ったのに、顔に影が降りて目が光っている。何処のバンパイアだよ?だが右手が復活しないのは良かった、多分だが胡蝶に食われたからだな。

 生き残りの式神犬は僅か、周囲の林の中には悪食と眷属一万匹。だが全然足りない。この正真正銘の化け物を倒すには全く足りてない。

 自分の影から、赤目と灰髪を呼び出す。既に戦闘隊形で左右に侍る、威嚇の為に口を開けて唸っている。胡蝶は身体の中から出さない、自分が弱体化するから。

 

「久し振りだな、九子。正直に言えば怖い、お前は人外の化け物と化したんだぞ。怖くて堪らない、早く滅ぼしたいんだ」

 

「きゃはは。そう、私が怖いの?不思議、本当に不思議、何故一子よりも榎本さんが美味しそうに思えるのかな?かな?」

 

 それは君の兄弟姉妹を四人も食べたからだろうな。何故か加茂宮の当主達を一番食べているのが僕だ、さぞかし美味しそうに見えるのだろう。

 此処が正念場、決戦が東京湾唯一の無人島とか、シチュエーションはバッチリだ。ここで倒さないと、ここで逃がしたら、もう僕等に勝ち目はない。

 

「勝負だ、九子」

 

「ええ、榎本さん。楽しい楽しい戦いの始まりね。きゃは!」

 

 両足を肩幅で開き相手の動きを見逃さない様に睨み付ける。左手に式神札、右手に大振りのナイフを握り締める。結衣ちゃんとのハッピーブライダルの為に、幸せの礎(いしずえ)となれ!

 

 此処で貴様を倒す。異論は認めない。

 


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