亀宮さんから緊急の呼び出し、解決当日に呼び出さなくても良いと思うのだが理由が酷い。一子様が、あの写真を送りつけたみたいだ。牽制?嫌がらせ?それとも……
亀宮さんも少し常識から逸脱した行動が伺える。数時間で三桁に届く着信とかさ、現代社会のルールで判断すればストーカー疑惑濃厚ですよ。勿論だが、心配してくれているのは分かる。
だが彼女の手元には署名と捺印を済ませた『婚姻届』が有る。委任状など捏造出来るし、亀宮一族の権力を使えば僕の戸籍謄本だって手に入る。後は実印と身分証明書だけあればOK。
僕と亀宮さんは日本政府が承認し保障する夫婦関係となる訳だが、僕は結衣ちゃんと結婚したいので即日離婚協議に入る事になり亀宮一族との関係が悪化する。非常に不味い状況だ。
胡蝶の言う『庇を貸して母屋を取られる』じゃないが、亀宮さん以外の連中が反発するだろう。当然だ、当主の伴侶は自動的に序列第二位となり他の連中は玉突きで序列が下がる。
僕に反対か中立の連中だって既得権を侵されたと反発するだろう。結果的に亀宮一族と敵対してしまい、身を守る為に他の御三家を頼る事になる。困った事に加茂宮一族も伊集院一族も受け入れてくれるだろう。
つまり加茂宮の支配体制が強化された、一子様を中心に固まった状態だと御三家同士の争いの天秤はどちらに傾くか分からない。誰も手を取り合わないとは思うが、今迄通り三竦みとも思えない。
必ず動きが有る。救いとしては、一子様には時間が必要で阿狐ちゃんは地理的な問題と戦力が足りない。直ぐに御三家戦争勃発とはならない……筈だよな?嫌だぞ、折角落ち着いたのに今度は日本全土の覇権争いとか。
心配なのは、亀宮さんの強行姿勢だが妙に焦っている感じがした。一子様を警戒していたのに、あの写真を見せられたら普通に怒るよね。ご隠居様や風巻のオバサンを巻き込んで、他の連中にバレない内に処理する。
高難易度ミッションだが、何とか誤解を解いて『婚姻届』を回収する。達成出来ない時、僕は自分の了承も得ずに妻帯者となる。それは勘弁して欲しいんだ。
◇◇◇◇◇◇
夜の久里浜港から金谷港までフェリーで向かう、19時45分の最終便の為か利用者は定員の二割も居ない。愛車キューブをガラガラな駐車スペースに残して船外デッキに登る。
横須賀の街の夜景を見ようとしたが、浦賀水道を行き来するライトアップされた他の船も綺麗だな。18時前なら夕日を見ながらのサンセットクルーズだが、今は夜景を楽しんで焦る気持ちを抑えるしかない。
御手洗と滝川さんから、亀宮様が黒い笑みを浮かべながら『一子死すべし慈悲は無い』と言い続けていて怖いとメールが来ている。風巻姉妹も亀宮本家に詰めているらしい、彼女達からのメールには『浮気は犯罪』と書かれていた解せぬ。
夜風に吹かれながら約40分の船旅は終了。愛車キューブに乗り込み下船開始の放送を待つ、気分は死刑囚か?いやいやいや、難題を乗り越えた功労者の筈なのに扱いが雑で酷い。
一応は亀宮一族に利益を齎せた今回の仕事だが、感情的な面で最後の最後で駄目出しを食らった気分だ。売店で買ったコーラを一気飲みする、未だ冷たく炭酸が喉を通る刺激が素晴らしい。
気分を切り替えて車のエンジンを始動、誘導員の合図に従い下船する。微妙に揺れていた船内から揺れない大地に移動した事に安心する。桟橋付近から広い駐車場スペースに移動しハザードを点けて駐車する。
金谷港のターミナル周辺には、土産物屋や個人経営の飲食店が散在している。僕が到着した事を何処かで監視していたのだろう、直ぐに携帯電話に着信が有る。
「亀宮さんからか……もしもし」
『榎本さん、予定通りに到着しましたね。そこで待っていて下さい。滝沢と向かいます』
そう言って電話が切られて、直ぐに後部座席のドアが開いた。左右から乗り込む女性二人、右側が滝沢さんで左側が亀宮さん。直ぐに亀ちゃんが具現化して首を伸ばして僕に巻き付く。
凄く怯えて何かを訴えているのだが、多分宿主の異常な行動に怯えているのだろう。亀宮さん、亀ちゃんが怯えていますと言おうとバックミラーに映る姿を見て理解した。
やべぇ、ハイライトが仕事してねぇ。職務怠慢だ、何処に逃げ出した?
「今晩は、榎本さん。それとも旦那様と呼んだ方が良いかしら?」
「ははは、何を言っているか分からないが、取り敢えず双方の誤解を解こうか。僕は今後、加茂宮一子さんとは絡まないし依頼される仕事も極力請けない、OK?」
「大変良く出来ました。では私達の愛の巣に向かいましょう」
御免なさい、言っている意味が斬新過ぎて僕には理解出来なかったよ。愛の巣って何?あそこは亀宮一族の本拠地だよね?当主の愛の巣違うよね?
だが今は何を言っても無駄だと理解した。亀ちゃんが僕の頬に頭を擦り付けているのは、宿主に恐怖して言う事を聞いてあげてって催促だ。僕も亀ちゃんとの意思疎通が可能になったのか?
ギアをドライブに入れて周囲を確認、サイドブレーキを解除しアクセルをゆっくりと踏み込む。金谷港サービスセンターから国道127号線に合流し保田方面に向かう、金谷漁港を抜けて明鐘岬を通過。
内房なぎさラインのトンネルを抜けて元名海水浴場の脇を通る。対向車と一台も擦れ違わないが、前後に黒塗りのベンツが護衛している。ベンツ2台に挟まれる国産ファミリーカーキューブ、シュールな光景だろう。
保田から国道34号線に乗り換え横根峠に向かう。前は保田の番屋食堂で陽菜ちゃんと楽しく昼食を食べたのに、今回はハイライトが職務放棄した亀宮さんとドライブだ。滝沢さんが緊張で固まって微動だにしない、目だけが僕を非難するのは何故?
鴨川市方面に抜ける長狭街道を走る。途中コンビニの明かりが真っ暗な夜道の途中で現れたので躊躇無く駐車場に車を入れる。ウィンカーで前後のベンツにはコンビニに寄ると伝えるのを忘れない。
「休憩します。何か買ってきましょうか?」
「あら、コンビニですか。私も降ります。普段はコンビニなんて寄らせて貰えないですから」
「そ、そうですか。セブンイレブンは色々と新商品が入荷してますから、見るだけで楽しいですよ」
駐車場に愛車キューブを停める。車外に出ると直ぐに、亀宮さんも降りて腕を絡めて来た。見上げてくる視線には、やはりハイライトさんが居ないので怖いです。少し距離を置いて、滝沢さんも降りた。
亀ちゃんが気を利かせて……え?亀宮さんの身体の中に入らずに、車内で待機?いやいやいや、霊獣亀ちゃんは守護獣ですよね?宿主から離れちゃ駄目でしょ?
前後を警護していた黒塗りベンツから、御手洗と筋肉同盟と方丈家の当主の方丈さん?随分と豪華な護衛だが、護衛対象と微妙に距離を置いているのは何故でしょう?
「方丈さん、御無沙汰しています。御手洗も久しいけど、何故距離を置いている?」
「いや、だってお前アレだろ。痴話喧嘩は他人に迷惑を掛けないでやるのが大人の対応だと思うんだ。巻き添えは嫌なんだが職務上仕方ないと言うか……」
厳つい男達が及び腰だが、ハイライトが逃亡した亀宮さんが怖いのか?僕も怖いが、仮にも御前達の主人だよね?何とかして欲しいんだ、掴まれた腕に胸を押し付けられて苦しいんだぞ。
缶ホルダーに差していた空のペットボトルをコンビニのゴミ箱に捨てて店内に入る、店員が『いらっしゃいま……せ』と言葉を詰まらせる。ゆるふわ巨乳美人に厳つい中年男性陣の来店に、一気に緊張がピーク?
僕等はクレーマーでもバカッターでもないので、店内を移動する所を防犯カメラのモニターで確認しなくても大丈夫です。方丈さん、店員を睨んで威嚇しないで下さい。彼は一般人ですよ。
「最近の清涼飲料水は変わっていますね?大人のキリンレモン?では此方は子供のキリンレモン?アルコール入りなのでしょうか?」
「いや甘味が少なくてスッキリした飲み心地とか?レモンの皮の苦味も仄かに入っているらしいですね」
「ペプシブルーハワイ?コーラやペプシって黒色では?ウナギノボリソーダ?ウナギエキス抽出した栄養ドリンクって?」
「透明なコーラも有るんですよ、味は個人の好みに左右されますが。ウナギノボリソーダは僕も初めて見ますが、メーカーさんはタバコ産業の会社ですね。健康に悪そうなタバコ会社が健康飲料を作るのか?」
「つまり味は二の次で話題性でしょうか?あら、おっきくなぁれ?パストアップ補助飲料?女性ホルモンを刺激して?胸なんて大きくても良い事なんて無いのに変ですね」
うん、それは世の中の大勢の持たざる女性達を敵に回す、『持てる者だけが言える台詞』です。なので回答はスルー、僕はペッタンコ派なのでバストアップ補助飲料など要らない。
だが、滝沢さんが食い付いた。君も標準以上に持てる者なのだが、陽菜様の為にとか止めてくれ。陽菜ちゃんは、あのままで良いんだよ。余計な事はしない、自然の姿が一番なんだ。
亀宮さんは興味を失ったみたいで、清涼飲料の冷蔵ケースから離れて隣の冷蔵ケースを食い入る様に見ているが……不味いぞ、あれはアルコールの棚だ。
「榎本さん、ストロング系缶チュウハイのベスト10ですって!アルコール7%って低くないでしょうか?」
ガチで酒好きな、亀宮さんは安いチュウハイとかは飲まないのだろう。炭酸が苦手だからビールも飲まないし、ウィスキーやワインを飲んでいれは7%は弱い部類か。
ストロングゼロに氷結ストロング、7%に12%だけど飲むと結構酔うんだよな。甘い系のチュウハイは女子にも人気だが、酒豪亀宮さんには興味が薄いのか直ぐに棚に戻して日本酒を見始めた。
ふなぐち菊水一番しぼり?何その男らしいチョイス?もしかして今夜は晩酌に付き合え系?不味い、酒を飲ませると絡む系だぞ。
「あら?スピリタス、コンビニでも置いてるのね。値段は500mlで2160円?安いのね、榎本さん、コレを買います。割って飲むと美味しいんですよ」
「ウオッカですか?アルコール度数96%!喫煙しながら飲んではいけませんって、気化して引火するからじゃん!駄目です、消毒用アルコールより酷いので却下!」
お酒の話題で盛り上がった為か、亀宮さんのハイライトが一時帰国して仕事を始めてくれた。だがスピリタスは駄目だ、96%とか割らずに飲んだら口や喉が炎症するぞ。
割るにしても焼酎程度なら四倍、日本酒程度なら六倍、そんな危険なアルコールは許可出来ない。そのまま火炎瓶じゃん。柳の婆さんなら喜びそうだな、日常品で直ぐに火炙りギャハハだってさ。
棚に並ぶ他の商品を見る。地方のコンビニってフランチャイズなのに店長の好みで商品を仕入れるから、たまにトンでもない物が普通に売ってるよね。それが地域に受け入れられて売れるんだよ。
「危ないお酒は止めましょうね?こんなオッサンが愛飲する様な物は却下です。そうですね、無難に久米仙に澪スパークリング、それと加賀鳶にしましょう。あとコーラと午後の紅茶かな」
むくれる彼女の背中を押してレジに向かう、途中でツマミを適当に見繕う。ビーフジャーキーにウズラの燻製、干しホタルイカに割けるチーズ。ド定番の商品をカゴに入れてレジへ。
待ち構えていた店員さんが、引き攣った顔でバーコードを読み込んでいる。後ろに並んで無駄に威嚇している困ったちゃん達は先に車に戻っていて下さい。
料金を払い領収書を貰う。何となく領収書の遣り取りは身体に染み付いているんだよな、個人事業主根性って奴だ。宛名は本来は駄目なのだが無記名で貰う、複写じゃないし大丈夫だろう。
「さて今夜は、榎本さんの言い訳を聞きながらの宅飲みを開催します。憧れだったんですよ、宅飲みって。最近アニメで見まして一人晩酌じゃなくて宅飲み、お洒落ですよね?」
「ああ、あの四人の女性達がシェアハウスで毎晩酒を飲むアニメですね。たまに見ましたが、水曜日のネコの回は楽しめました。ビールはスーパードライ派ですが、水曜日のネコは好きです」
毎回色々な酒を飲んで紹介する、酒メーカーコラボアニメかと思ったんだ。駄菓子メーカーコラボっぽいアニメもやってたが、実際は違ったんだよな。
結衣ちゃんと居間のテレビで一緒に見たのだが、お洒落な結婚プランナーやショップの販売員。外資系OLに大学生と美人ばかりで現実味が無いですねって酷評だったのを覚えている。
だが共通の話題で盛り上がった為か、亀宮さんのハイライトが時差ボケから回復して仕事を円滑にし始めた。もう少し、もう少しで通常モードに移行出来る頑張れ!
「宅飲みですか?滝沢さんは強制参加、風巻姉妹も強制参加。五十嵐さんも誘って、保護者は方丈さんと御手洗な。逃げる事は許さないから、亀宮さんと楽しく宅飲みするよ。ああ、亀宮さんは五十嵐さん達にお誘いメール送って」
「はい、分かりました。でもお酒足ります?もっと買った方が良くないでしょうか?」
「大丈夫です。五十嵐さん達に持ち込みして下さいって送りましょう。宅飲みとは持ち寄りも良いですよね?」
「なるほど、参考になりますわ」
亀宮さんのハイライトが完全帰国、もう出国手続きは許可しない方向で纏まりました。完全勝訴、あとは酔い潰して何とか婚姻届を亡きモノにしてしまえばミッションコンプリート!