榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第292話

本編完結

 

 翌日の昼前に加茂宮一子様が報告に来たのだが、何かしら異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。初っ端から双方の当主の詰問から始まった。

 瞳術と人身掌握技術で他人を操る事に長けた、一子様に対応したのは亀宮さんだけ。その亀宮さんも最初から敵認定の一子様には厳しい対応をしていたし、九子を食って強化された一子様も真っ向勝負だったらしい。

 だったらしいとは、僕はその場には居なかった。女同士の話し合いに殿方は不要だそうです。

 

 だが亀宮さんの護衛として、胡蝶は参加した。一応女性と言うか見た目は幼女の女の子だから参加資格は在る。一子様も式神札を額に貼った状態の彼女は見ていたが使役霊だと思っていた筈だ。

 こんなに自我が有り強力だとは思っていなかったらしい。

 結果的に亀宮一族は当初の約束通りの報酬を貰い、僕は何故か亀宮さんが代理で交渉した結果……諸々含んで五千万円の報酬となった。亀宮一族からも同額を貰い合計一億円、宝くじでも当たらないと縁のない金額だ。

 

 貰い過ぎと最初は断ったが、それでも少ないと何故かその時だけは、亀宮さんも一子様もタッグを組んで説得された。双方同額の報酬じゃないと差が付くので嫌なのが最大の理由らしい。

 まぁ貰えるものは貰う事にしたが、今回の依頼は非合法の為に正規の報酬じゃない。支払う方は使途不明金扱いだな、理由は政治献金とか得意先へのリベート等で処理される。

 勿論税金も多くなるが、彼女達からすれば大した金額ではないのだろう。僕への恩が少しでも売れれば儲けモノ程度なのか?流石は日本三大霊能一族だけの事はある。

 

 彼女達への挨拶もそこそこに、僕は結衣ちゃんの待つ自宅に帰った。もう待てない、時間が過ぎれば過ぎるほど取り返しの付かない結果になると確信したんだ。

 だがそこで問題が発生する。彼女は未成年で未だ中学生だし、法的に結婚が可能な16歳未満。大袈裟なプロポーズは控え目で大人しい彼女が引いてしまう可能性が高いから難しい。

 相手は未だ女子中学生だから、彼女の気持ちを考えなければ最悪の場合は傷付けてしまう。それは避けねばならない、例え振られてもだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 結衣ちゃんの強い要望により、僕が定期的に通っている竜雲寺(りゅううんじ)に同行する事になった。今は亡き師匠の墓に定期的に読経に来ている事と、業者に維持管理を頼んでいるので現場の確認を含めてだ。新たな劣化部分が報告されたら現地を確認し対応の判断しないと駄目だから。

 富山県の辺鄙な場所にある竜雲寺は、僕が初めて霊能者として修行した寺であり、唯一の師匠が家族と眠る場所でもある。北陸地方の中心部にあるが交通手段は限られる秘境と言っても過言では無い場所だ。正直、限界集落なんて生易しい所じゃない。周囲にも廃村が多い。

 電車だと在来線を乗り継いで半日掛かるので車で行く事にした。自家用車でと思ったが、結衣ちゃんが僕が疲れる事と深夜バスに乗りたいと言ったので横浜シティエアターミナルから22時5分発のJAMJAMライナーJX401便という深夜バスを利用した。

 

 まぁそれなりに快適ではあった、前方はゆったり3列シートで後方は左右2列の一般的なシート。中央部分にトイレ有り。休日でも大人6000円と微妙に安い値段だが大体鉄道の半分の価格設定だろうか?

 足元も広くフットレストも有りスリッパにアイマスクも完備されていて結構楽しめた。コンセントも有り携帯の充電も可能、シートを倒せば快適な夜のドライブだろう。

 結衣ちゃんは、亀宮さんの影響でか?水曜どうでしょう?に興味を持ち、サイコロシリーズの深夜バスに大変興味を持ったのが今回の原因だ。あれは非常に過酷な旅なのだが、見ると自分も深夜バスに乗りたくなる呪いでも有るのだろうか?

 

 正直に言えば、自分も深夜バスには興味が有ったから許可したんだけどね。結衣ちゃんも僕の体格を考慮して、三列シートが有るから僕に我侭というお願いをしてきたので無下には出来ない。希望を叶えるのが男としての正解だ。

 午後22時5分に横浜シティエアターミナルを出発し、途中休憩を二回挟んで早朝6時20分に富山駅北口に到着。約8時間半の長距離バスの旅、バス中央のトイレ脇の2列シート部分に乗ったのだが、割とトイレを使用する人が多くて何度か目が覚めた。

 臭いはまったく漏れてないけど、カーテン越しにでも人の移動とか扉の開閉音は分かるから。リクライニングシートは快適だったけれど、やはり慣れない深夜バスの所為か起きたら身体がバキバキだったので柔軟運動をして身体を解した。

 

 そのままJR富山駅に入り、少し時間を潰してから朝7時から開店する立ち食い蕎麦『立山そば』の暖簾を潜る。お店の人が僕と結衣ちゃんの関係を一瞬だけ訝しんだみたいだが、笑顔を浮かべる彼女を見て良好な関係性だと理解したのだろう。

 

「いらっしゃいませ!」と笑顔で大きな挨拶をしてくれた。立ち食い蕎麦と言いながら店内にはテーブル席も有り、開店早々の為か客は僕等しか居ない。注文して料理を受け取り、自分でテーブルに運ぶシステムだろう。

 壁に貼られたメニュー表を確認して券売機に向かう。結衣ちゃんはメニューの写真を見比べて悩んでいるのは、小食だから気になる料理を厳選しているのかな?僕が居るから食べ切れなくても大丈夫なのだが……

 どうやら地元名産の押し寿司が気になるけれど、山菜蕎麦も食べたいのだろうか?サイドメニューには、お稲荷さんやおにぎりもあるな。そばとうどんは暖かいのも冷たいのもあるのか。確かに悩むかな。

 

「僕は海老天蕎麦と押し寿司のマスとブリの両方を頼もうかな。トッピングは白海老天にしよう」

 

 慣れない車内で寝た為か、あまり食欲が無いので何時もよりは少なめにする。本調子なら五杯はいけるのだが、これも加齢の所為だろうか?まさかな?胡蝶と融合したお陰て肉体的スペックは向上してるから、大丈夫だよね?

 

「むぅ?では私は山菜蕎麦とマスの押し寿司にします」

 

 合計で1510円か。千円札を二枚用意して券売機に投入、ボタンを押していく。富山のうどんは柔らかくて癖になるそうだが、今回は暖かい蕎麦にする。食券を店員に渡し調理状況を見ながら待つ。『てぼ』と呼ばれる湯切り器に蕎麦を投入。

 大型の寸胴に入れて茹で始める。蕎麦を茹でている間に押し寿司を小皿に取り分けて、寸胴から『てぼ』を引き抜き豪快に上下に動かして湯切りをして丼に投入。意外に薄い出汁を注いでトッピングを乗せていく。素早い、調理開始から三分も掛かってない。

 プラスチックのトレイに乗せれば完成。『お待たせしましたっ!』と元気良く差し出してくれる。両手で持って席まで移動すると、後続のお客さんが店に入って来た。早朝に可愛く美少女なお客さんが居るので、少し驚いていたな。

 

「へぇ、カマボコは特製なんだね。立山って文字が入っているよ」

 

「そうですね。山菜蕎麦には二枚も入ってますよ」

 

 言われて見れば、僕の丼には一枚だが結衣ちゃんの丼には二枚乗っている。チラリと店員を見れば笑顔でサムズアップしてくれたが、開店早々に美少女が来店したからサービスか?そうなのか?

 正直な所、立ち食い蕎麦と思っていたが美味かった。結衣ちゃんも汁を全て飲み干していたので、料理の好きな彼女的にも満足な味だったのだろう。ご馳走様と言って店を出る際に、結衣ちゃんが僕の腕に抱き着いたのが不審だったのか騒がしかったが無視した。

 言われなくても分かってますよ。でもそんな遠慮が危機的状況まで放置した原因だと理解しているから、周囲が騒いでも通報されても関係無いんだよ。僕にはもう、時間が無いんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 在来線を数駅で降りて駅前でレンタカーを借りる。目的地までのバスの本数は一日に三往復しかないので車で行くのが効率的なのだが、それでも一時間半近く掛かるんだ。本当に不便な場所に有るよね。

 市街地を抜けて山道に入り道路のアスファルトが段々と劣化してきて民家や人工物が無くなった頃、道の端に標識だけのバス停を発見。目的地は少し先の階段を登った場所に有る。此処からでも山門は見える。専用の駐車場というか道路脇に三台程度停められる空き地が有る。

 一応定期的な草刈りと除草剤の散布は頼んでいるので利用出来る。当然だが他に車など停まっていない。こんな田舎に廃墟マニアや廃寺マニアなど来ないだろう。一応『関係者以外立入禁止』と『監視カメラ警戒中』の看板は掲げている。

 

 実際に監視カメラや警報装置も設置しているし定期的に記録も確認して貰っているが、異常が確認されても管理会社の社員が駆け付けるのは頑張っても二時間後位だからね。

 二人で並んで石段を上る。その上に山門が有るが此方は閉まっている。隣の小さい潜り戸のバカでかい南京錠を開けて中に入る。小さな境内、石畳みの参道。こじんまりとした本堂と隣の母屋、その裏庭にある元々は小さな無記名の墓石だったが、僕が立派な物に建て替えた。

 興味深そうに、それなりに整備された境内を見回している。一応だが他にも鐘もあるしお手水場所も有るし、何故か来客用のトイレまで有るんだ。昔は墓参りに来た信者さんが使っていたのだろうか?今は廃寺となり誰も利用しないが……

 

 定期的に業者に整備をして貰っているし防犯の巡回も頼んでいるので廃寺でも荒れていない。悟宗さんと妻と息子が眠っている場所だから管理は確り行っているが、やはり人が住まないからか母屋の方は少しずつ痛んでいる。

 思い出のまま風化する迄は維持管理を頑張るが、僕が死んでしまったら子供達に託す事になるのかな?子孫の負担は減らしたいから、僕も死んだら此処に眠るのが良いだろうか?

 家族三人が眠るのだから、少し位は豪華にしても罰は当たらないと思うんだ。結衣ちゃんと墓前に向かい、生花を供えて大好きだった日本酒の剣菱を供える。裏庭も手入れがされていて、此処が廃寺だとは思えないだろうな。

 

「ようやく到着しましたね。こんなにも自然豊かな場所だったんですね」

 

「確かに自然豊かだけど文明から隔離されていると思うよ。ここってさ、電気は通じてるけど水道は無いから井戸水を使用してるし下水は有れどもトイレは汲み取りだし。ある意味ではサバイバル生活?」

 

 線香をあげて合掌し読経する。悟宗(ごそう)さん、ご無沙汰しています。紹介します。彼女が僕のお嫁さん予定の結衣ちゃんです。もう本当に早くプロポーズして結婚のしないと危機感が凄いんですヤバいんです。亀憑きさんとか梓巫女さんとか、色々ヤバいんです。

 一心不乱に読経し心の中で、悟宗さんに愚痴を言う。心の中の悟宗さんは、ニヒルな笑顔で親指をグッと上げた後で思いっ切り下に向けた。痴話喧嘩を持ち込むな?知りません、貴方だって奥さんの死後に風俗三昧だったじゃないですか!これも厳密に言えば浮気では?

 写真でしか知りませんが、貴方の奥さんですが美人ですが相当気が強そうな方でしたよ。あの世で夫婦喧嘩してませんか?息子さんが呆れていませんか?長い読経を終えて一礼する。兎に角、今日は僕に力を貸して下さい。

 

「正明さんが御師匠様のお寺に連れて来てくれたのって初めてですね。竜雲寺ですか、凄い自然が豊かで静かな所……あっ?あの茂みから顔を出しているのって狐ですよ!」

 

「うん。そうだね。この辺にも野生の狐が居たのか。尾が太くて長い、キタキツネと違って足の先が黒くないからホンドキツネかな?」

 

 キツネ関連については、狐憑きの結衣ちゃんを引き取る時に色々と調べて勉強したんだ。同時に子供の養育や教育の件も調べたけどさ。現代の子育ては大変、だけど彼女は真面目で大人しく反抗期も無くて育て易かった。

 いやいやいや、僕が育てたとか烏滸がましい。元々彼女が優秀だったから、僕は少しの手助けをしただけ。今度、結衣ちゃんのお婆さんの墓前にも行って報告しないと駄目だな。

 左腕に抱き着いてきた、結衣ちゃんの頭を撫でる。サラサラした髪の毛の感触が心地良い。そんな僕等を見詰めていた狐が、急に後ろの藪に逃げ込んだ。脅したつもりは無いのだが、危険な奴だと思われたのかな?

 

「まぁね。一段落したし報告かな。結衣ちゃんにはさ、悟宗さんにちゃんと紹介しておきたかったんだ」

 

「正明さんの御師匠様ですか。立派な方だったんでしょうね」

 

 立派か?うーん、破戒僧の類だよな。酒と女が大好きだったし、毎週風俗遊びしてたし。でも尊敬出来る人ではあった、悟宗さんが居なければ、今の僕は居なかっただろう。

 だが第二の師匠で二人目の親父には変わりなく、人生の転機を与えてくれた人。問題児の西崎さんとの繋がりを作ってくれたし、その後の吉澤興業っていうかヤの付く事業の、親っさんや軍司さんとの繋がりが出来たりとか。

 狂犬時代という黒歴史が始まった切っ掛けと思うと、懐かしい様な恥ずかしい様な?セピア色の思い出?いや黒歴史ってヤツだろうか?ふふふって思わず笑いが込み上げてくるな。

 

「うん、師匠で第二の親父でもあったよ。立て続けに家族を亡くした僕の面倒を見てくれて、霊能者として一人前に育ててくれたんだ。悟宗さんが亡くなった時は少し荒れたかな」

 

 後は独学だったし誰かに学ぶとか無かったし、そもそも胡蝶が居るから当時の関係では同業者は避けるべき事だった。悪神を憑依させているとか、普通だったら退治されるべき側の存在だな。

 少し荒れたは随分と消極的な言い方をしたが、実際は相当荒れたんだよな。今思い出しても恥ずかしい黒歴史『狂犬』とか仇名を付けられるってドレだけ厨二病だよ最悪だよ。

 しかも情報社会の今なら少し調べたら分かるんだぜ。若宮の婆さんとか風巻のオバサンとか摩耶山のヤンキー巫女とか、僕の素性を調べて色々と知っているんだよ。思い出したら恥ずかしくて堪えようとしたら顔に力が入って変な感じに……

 

 え?腰に衝撃が?結衣ちゃんが腰に抱き着いてきたけど?どどど、どうしたの?何が有ったの?

 

「正明さんは一人じゃないです。私が居ます。ずっとずっと一緒です。だから泣きそうな顔をしないで下さい」

 

 ごめんね。変顔で泣き顔じゃないんだ。勘違いなんどけど抱き着かれて嬉しい。結衣ちゃんを落ち着かせる為に頭を撫でる。その後に彼女の両肩に手を置いてかがんで視線の高さを合わせる。嗚呼、結衣ちゃんはこんなにも小さいのか。

 

「うん、ありがとう。結衣ちゃんに聞いて欲しい事が有るんだ。僕はね、ずっと前からね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の事が好きだ。家族愛とか友愛とかじゃなくて、異性として君が好きだった。ロリコンとか幼女愛好家とか後ろ指差されても良い、世間的に抹殺されても良い。純粋に君の事が好きなんだ。だから、だから結婚しよう。

 

 

 

 




2021年も今日で最後ですね。コロナが続き大変な一年でしたが、この一年は本当に良い事も悪い事も色々有りました。
私生活も仕事もコロナの関係で随分と変わりましたが二年も続けば慣れるし、問題無く乗り越える事が出来ました。これも読者の方々のお陰です。
数年放置した自分勝手に書き殴る素人小説に何年もお付き合い下さり有難う御座いました。今回の話で一応、本編は完結とさせて頂きます。
明日はヒロイン別のIFエンドその1、亀宮さん編を投稿しますが続きは暫く開きます。
本編も完結ですが色々とアイデアは有り、新章を書くかもしれませんが、もう一つの連載が完結してからです。

向こうの作品は毎年最後は来年こそ完結をするする詐欺を行っていますが今年もやります。ええ、またやります。

今年一年間、本当に有難う御座いました。来年も宜しくお願いします。

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