第54話
神泉聖浄(しんせんせいじょう)を教祖とする神泉会。
関西系の宗教団体の筈なのに、東京都にまで進出してきてるとはね。結構大きな教団みたいだ。一般信者が居るのが厄介だね。数の暴力、特に教祖に心酔してる連中は怖い。
しかし……摩耶山のヤンキー巫女か。
最近噂を聞かないけど、引退したのかな?確か同世代だと思ったけど。
「あの……その摩耶山のヤンキー巫女って、多分私の義母様ですわ。ヤンキーかは別として、摩耶山の師匠の下で修行したのは義母様と私だけです。
義母様は私の姉弟子でもありますから……」
おずおずと、とんでもない事を言ったぞ。お母様だって?一時期有名だったし、確か何かの物件で鉢合わせした事も有った筈だが……
アレと桜岡さんが親子?記憶の中のアバズレとは全然似てないぞ!てかアイツ若作りだったのか?
25歳の娘が居るって事は少なくても今は40歳半ば……10年位前に見た時には、既に30歳を過ぎてたのか。30歳過ぎても髪を金髪に染めたヤンキーってのも、今思うとアレだな。
そもそもヤンキーは清純な巫女じゃないだろ?年齢的にもアウトだ!当時は20歳ソコソコに見えたが、既に中年ヤンキーだったのね。
「そっそうなんだ……ふーん。って親子って事はバレてたら、彼らは桜岡さんに恨みが有るって事か?」
「自分の兄を再起不能にした奴の娘か……確かに恨むわな」
男二人が、彼女を凝視する。何故か恥ずかしそうにしているな。まぁ身内に若作りのヤンキー巫女が居れば、恥ずかしいけどね。
「私も義母様の武勇伝の幾つかは知ってましたが、まさか宗教団体の一つを壊滅まで追い込んでいたなんて……全く知りませんでしたわ」
確かに当時、桜岡さんは15歳くらいか?中学生だし、親の仕事の詳細は知らなくても仕方ないだろう。心霊関係なんて、下手したら秘密だったかも知れないし……脱線したが、話を戻そう……
「摩耶山のヤンキー巫女はおいて、その神泉会と廃ホテル・管理会社との関係はどうだった?」
「神泉聖浄の信者と言うか、奴の所有する管理会社なんだ。霊的不良債権を買い取り、除霊して転売する。
霊が出る物件なんて安く買い叩けるだろ?そして自分が大々的に除霊し、安心だからと転売する。良い商売だな……」
確かに僕の仕事も似たようなモンだ。しかし、何か引っ掛かるな……
「なぁ、最初の霊障って……」
「ああ、自分が仕掛けて自分で除霊。疑いは濃厚だよ。何たってピンポイント過ぎるからな」
ペラペラとファイルを捲り指差すページには、彼が除霊した建物のリスト。結構な件数だ……
「そうか。あのホテルもヤツが廃業に追い込んだのか……」
「なる程、そうなんですね。何て酷い人なんでしょう。許せませんわ」
確かに神泉聖浄が元凶ならば、辻褄は合うな。相手が分かれば対応も考えられるし、これで見通しが立つね。
ファイルを膝の上に乗せて、ソファーにもたれ掛かる。眉間を揉みながら考える……闇しか見えなかった相手が見えた。
これなら……
「いや、ホテルの廃業に聖浄は絡んでないぞ。それにホテルのオーナーとの繋がりも分からん。この管理会社が廃ホテルの管理を任されたのは半年前だ。
バブルの衰退と共に潰れたのは、経営力が足りないだけだ。ただ国の補助金絡みだとな、廃業したから放置や勝手に壊せないんだ。ちゃんと決められた年数は管理する必要が有る。
だからオーナーも何年かは管理し、再開の方法を探したけど駄目だったんだ。国の補助金の償却期間も過ぎた頃には、もうホテルとして再開は無理な現状だ。
だから最低限の管理だけを安い会社に任せきり。今回も聖浄の方から安い値段で交渉したんだろうな。一応前の管理会社にも聞いたが、入札で負けたそうだ。
毎年契約内容の見直しをされてたらしく、厄介な物件から手が引けたって喜んでたみたいだ。コレに関しては違法性は全くないな」
うーん、それだと僕の考えは根本的に違うな。オーナー一族と聖浄がグルかと思ったんだけど。
「榎本さん。リストの物件は、あの八王子以外は全て関西ですわ。もしかして、東京進出の一号なのでは?」
桜岡さんが指差すリストは、確かに他は大阪か京都だけだ。ワザワザ関西から八王子の物件を安く請けるのは普通じゃない。
「つまり、足掛かりって事か?または、桜岡さん母娘の為だけに用意した物件とか……ちくしょう、分かったつもりが余計混乱するな」
頭をガシガシと掻き毟る。もっと良く考えろ!何故、聖浄は桜岡さんの母親を関西で仕掛けずにワザワザと東京まで出張ってるんだ?何故、娘を狙うんだ?
仕込みが最近だと考えれば、鷺沼やホテル絡みの自殺者の関係も薄い。それなのに何故、鷺沼で死んだ娘の霊を使役出来たんだ?
駄目だな……全く分からない。
「次は自殺と不審死についてだけどな。次のページに纏めて有る。先ずは最初の首吊りだが……
発見されたのは、平成11年5月16日。
名前は望月宗一郎、47歳。遺書も有り警察も自殺と断定。彼はパチンコ狂いで借金が有り、金融機関からの取り立ても厳しかったらしいな。
二人目の水死だが……
発見されたのは、平成13年10月22日。
名前は石坂寛子、29歳。地元のスーパーでバイトをしていた。彼氏と市内のアパートにて同棲中。朝、仕事に行くと自転車に乗り出勤。
しかし勤め先には行かずに途中で行方不明に。彼氏が彼女の実家に連絡して、父親が地元警察に届けた。行方不明から四日後の事だ。
当然彼氏は疑われたしアリバイも曖昧だった。コイツは所謂ヒモだな……昼はパチンコ三昧で夜も良くない仲間と飲み歩いていた。
警察の追求も厳しかったそうだが、証拠が全く無く不起訴になった。男の名前は、田坂幹夫。現在も八王子市内に住んでいる。
死んだ二人とヒモが、オーナー一族や神泉会と接点は見つけられなかった」
最初の男性は自殺は間違い無さそうだ。でも二人目の女性については疑問点が多すぎる。
「二人目の女性だが、廃ホテルの付近に自転車は有ったのか?それに自殺には動機が有るはずだけど、何か有ったのかな?」
ペラペラと報告書を流し読みしても書かれてはいなかったが……
「自転車は見つからなかったな。しかし徒歩であの廃ホテルに行くのは難しいが、登り坂を自転車も大変だろう。
因みに暴行を受けた跡は認められなかったし、外傷も殆ど無かった。犯人の遺留品が全く無いので調査は難航。目撃者も居ない……」
状況は事件性がバリバリだな……ヒモを怪しむなと言う方が難しい。
「それで彼女が自殺する動機の方は?」
「ああ、金ずるとしてはマダマダ余裕が有ったんだろう。しょうもないヒモだが彼女との関係は良好だったみたいだ。喧嘩もしてないし、彼女も勤め先で惚気てたらしいな……」
ヒモはぶら下がる女の経済状況に敏感だ。金が無くなれば扱いが悪くなるか離れていく。寄生虫と同じだから、宿主が元気の内は……
「つまり全て搾り取って無い内に殺す筈は無い、と?」黙って頷いた。
「つまり、彼女の死は事件性しかない訳か……でも発見したのは、聖浄の配下の管理会社の連中じゃない。
前任の会社の社員だ。それについての調査は?」
問い掛けてみると、高田所長が静かに首を振った。つまり調べ切れてないのか……
「榎本さん、あの子の……あの家に現れた子は、どうなんでしょうか?」
最後は近くの池で浮いていた女の子だ。桜岡さんも自分が祓ってしまった事を気に病んでいる。彼女の調査はどうなんだろうか?
知らない間に喉がカラカラだ。すっかり冷めた日本茶を啜る。
「あっ淹れ直しますわ。少し待って下さい」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる桜岡さん。三人の湯呑みを回収してキッチンに向かう。それを見詰めながら高田所長がボソリと零す。
「桜岡霞……ロリコンのお前には勿体無い美人だな。で?付き合ってるんだろ?少なくとも彼女はお前に惚れてるな」
「馬鹿言え!あんなお嬢様がオッサンの僕に惚れてる訳ないだろ?勘違いだよ、それは」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、トンでもない事を言いやがる。彼女が僕に惚れてるって?確かに懐かれているが、恋愛感情に疎い桜岡さんだからな。
周りが誤解するんだよ。高田所長の誤解を解こうと説明しようとした時に、桜岡さんが戻ってきた。
今度は珈琲を煎れたみたいだ……
酸味の有る強い匂いが鼻腔を擽る。これは八王子の郷土史研究家の佐々木さんの奥様から教えて貰った、大磯自家焙煎珈琲店から取り寄せた物だ。
佐々木さんの家でご馳走になった時は話を合わせる為にブラックで飲んだ。しかし今は砂糖とミルクをドバドバ入れる。隣では桜岡さんも同様に砂糖とミルクをドバドバ入れていた。
「お前ら、これ良い珈琲だろ?勿体無いだろ、そんなに砂糖とミルクを入れたら。それはもう珈琲じゃなくてカフェオレだ……」
ジト目で此方を見る高田所長は、ブラックで飲んでいる。珈琲通ですか?
「「カフェオレで結構!苦いのは苦手なんだよ(です)」」
「ハモるな。お前ら本当にお似合いだよ。見せ付けやがって」
苦い顔をしているのは、珈琲の味だけじゃなさそうだな。馬鹿話で気持ちもリセット出来たので話を続ける。
「じゃ最後の女の子の件だが……前の二人よりも深刻だ。彼女は近藤好美、11歳。
行方不明になったのは平成16年11月28日。学校から帰る途中で忽然と消えた。目撃者は無し。両親は同日に警察に連絡。捜索を始めた。
これが当時の尋ね人のチラシだ。警察も大々的に捜索したが、目撃情報は得られなかった」
渡されたチラシのコピーを見る。小学生高学年位の女の子の写真。失踪当時に着ていた服装等、事細かく書かれている。
しかも情報提供者には賞金50万円か……両親の愛情と必死さが分かるな。
「ねぇ榎本さん。あの子のイメージと重ならないわ。勿論、酷い格好だったから生前の姿と比べるのは駄目かもしれないですが……」
「……ん?」
僕達が見た彼女は、死した後の姿で現れた。多分溺死した状態の……写真で微笑む彼女とは程遠い姿形だった。でも失踪当時と衣装が違うな。
これは監禁されていたと考えれば、着替えさせられたんだろう。
「僕は殆ど彼女を見ていないから分からないが、服装が違うからじゃないかな?
失踪当時の写真は大人し目なワンピースだけど、僕らが見たのはキャラクターのプリントされたTシャツとスカートでボーイッシュな感じだったし……」
「そうでしょうか……確かにプリプリキュアでしたか?写真のイメージではキャラクター物を着るような感じは……小学6年生ならば女の子はもっと精神年齢が高い筈ですわ」
確かにネットで色々調べた時に、あのキャラクターTシャツも調べたんだ。プリプリキュアは対象年齢が3歳から8歳位をターゲットにしているらしいし、平成13年放送開始だし。
可笑しくは無いと思ったんだけど……
「なぁ榎本。プリプリキュアは確かに平成13年からTV放送を開始した9年以上続いている。でも主人公は入れ替わってるんだ。お前の見たプリプリキュアは何人居たんだ?」
何人だって?確かTシャツには5人の少女達が並んで居たな。
「5人だったと思う。なぁ桜岡さんはどうだった?」
「確かに5人だったと思いましたわ」
現実では有り得ない髪の色をした中学生位の女の子達……
「5人だって?それは有り得ないぞ。初回のプリプリキュアは白黒の二人だけだ。5人になるのは平成19年からだ」
この漢、ドヤ顔だ。小さな女の子対象のアニメの蘊蓄(うんちく)を垂れる高田所長……まさかの魔女っ子好きな性癖が役立った瞬間だった!
第55話
あの夜、桜岡さんを襲った女の子……あの池で亡くなった子だと思っていたが、まさかの別人だった。何故分かったか?
それは調査を依頼した高田所長の趣味。魔女っ子コスプレ、イメクラで戯れる彼の趣味の知識により判明した。何でも年代よりメンバーの数が違うそうだ。
「その……高田さんは、小さなお子さんがいらっしゃいますの?」
微妙に距離を取りながら質問したな……
「いや、独身だが何故だ?」
あからさまに距離を取ったぞ。
「…………いえ、何でも有りませんわ。コレがロリコン。はっ!榎本さんは知らなかったからセーフよね?」
ブツブツと何かを呟いているぞ。そこは嘘でも娘が居ますとか言わないと、ヤバい想像をされるぞ。でも確かに風俗プレイの為の知識じゃ、女性はドン引きだよな……
「彼女について、他に何か分かった事は?」
桜岡さんがトリップしているが、話を先に進める。彼女が、あの使役霊じゃなくても何か関連が有るかも知れないから。
「うん。彼女の失踪は謎が多すぎるんだが、実は彼女以外でも行方不明者が居るんだ。それも同時期に同じ小学校でだ」
そう言いながらファイルを捲る。そこには彼女と共に写る同じ年代の少女3人の写真が有った。
「真ん中に写っているのが石坂寛子。右が伊奈真弓、左が高橋久美子。仲良し3人組だったらしいが、石坂寛子と同時期に伊奈真弓も行方不明になった。
此方の方は現在も見つかっていない。高橋久美子は無事だが、当時可笑しな事を周りに喚いては怯えていたそうだ」
同じクラスの小学生の女の子が、同時に二人も?普通ならテレビで連日特集を組む位のネタだけど、記憶に無いのは何故だ?
アレか……誘拐犯を刺激しない様に情報統制か?
でも営利目的の誘拐の線は薄いんだよな。一人は亡くなり一人は行方不明だし……彼女達自身を攫うか殺す必要が有ったのか?
「可笑しな事?何だよ、勿体ぶって……」
高田所長はカップに残る珈琲を一気に飲み干してから言った。
「こっくりさんの呪いだ、とさ」
こっくりさんだって?こっくりさん……狐……稲荷神社……おぃおぃおぃ、いきなり何かヤバい連鎖じゃないか?
「この頃は所謂学校の怪談が流行っていた頃でな。トイレの花子さんや怪人赤マント、テケテケとか……
クラスでもこっくりさんが流行っていたそうだ。それと、例の廃ホテルに探検も行ったそうだよ。子供には堪らない遊び場だろ?
そして彼女達は放課後、クラスに残りこっくりさんをしたそうだ。
高橋久美子が言うには、呼んだこっくりさんが帰らずに怖くなった石坂寛子と伊奈真弓は逃げてしまったそうだ。10円玉から手を離して……そして、その後に失踪した……」
こっくりさん……
子供の可愛い遊びみたいだが、実際は怖いんだ。殆どは霊的現象は起こらず小さい頃の怖く楽しい思い出で終わるが、稀に低級の動物霊とか……
本物のヤバいモノが憑く場合が有る。調べてみなければ分からないが、本物なら相当な相手だ。
人間を呪い殺せるヤツなんて、そうそうは居ない。しかし、こんなヤバい話をしてるのに桜岡さんはトリップしたままだ。
未だにソファーに浅く座り、両手を祈る様に組んで顎を乗せている。そろそろ現実に引き戻すか……
「オラッ!戻ってこいや」
彼女の頭をファイルで軽く叩く。
「イタッ、痛いですわ……最近の榎本さんは横暴ですよ。もしかして結婚したら亭主関白になるのかしら?」
軽く叩いただけなのに、涙目だよ。
「結構ヤバい情報だ。彼女達は廃ホテルに探検に行った事があるそうだ。こっくりさんで遊んでいたが、本物を呼んでしまった可能性が有る。
こっくりさんは低級の動物霊の場合が殆どだが……何か引っ掛からないか?廃ホテルの稲荷神社と」
根拠は無いが、こっくりさんで呼んでしまったのは……あの廃墟の稲荷神社の主が悪化したモノじゃないのか?
又は廃ホテルに行った時に既に取り憑いていて、こっくりさんを利用して現れたとか?
「榎本さんは……悪霊化した稲荷神が関係していると思うんですか?しかし、聖浄とは別の問題ですわ。頭が痛いですね」
関係してると思った事件は全く別物かもしれない。しかも聖浄なんかより、もっとタチが悪いかもしれないぞ。
「確かにな。オーナー一族・神泉会、それに稲荷神ときた。どれから手を付けて良いかも分からない。
しかし分かる所から地道に対処するしか無いな。幸い稲荷神社は桜岡さんの伝手で何とかなりそうだし、怪しい神社についても僕の方で伝手を当たっている。
天台宗までは掴んだから、後は詳細だけだ」
悪霊・怨霊化した稲荷神か、それとも低級な動物霊かは分からないが……予想の最悪な事が当たってしまったな。カップに残された珈琲もどきのカフェオレを飲み干す。
甘い筈のそれが苦く感じた……
「で?今後の方針はどうするんだ?これで打ち切りじゃないんだろ」
既に100万円以上は掛かっているが、此処で終わりにする事は出来ない。しかし……何処からか予算を取らないと大赤字だな。
せめて稲荷神社の対応については、オーナー一族に払って欲しい。
「新たな問題が色々発生したが……先ずは二人目の不審な死を遂げた石坂寛子の再調査。
オーナー一族・神泉会そして稲荷神社との関係を探って欲しい。次は近藤好美と友人達の事だ。
当時の学校で流行ったこっくりさんの事や何故廃ホテルに行ったのか?そこで何が有ったのか?生き残った高橋久美子に話を聞きたいな」
「あとは神泉会の方もですわ。八王子市に来て他にどんな活動をしているのか、管理会社の動向が気になります。
本当にオーナー一族と関係無いのか?後は変な神社の件ですけど、それは榎本さん任せで良いですわね」
確かに被害を受けた人の関係とオーナー一族・神泉会の動向。人海戦術が必要なコレらを調べるのは本職に任せた方が良いな……
暫し目を閉じて考える。ん?暖かいお茶の香りが……気が付けば珈琲が片付けられて新しいお茶が……それにお茶請けの、コレは草餅か。
さっきオヤツにと横須賀中央駅前の坂倉本舗で買ったヤツだ。
高田所長に二個。僕と桜岡さんが十個ずつ……それを上品に隣で食べる彼女。
僕も一個を手に取りパクリと半分程食べる。うん、粒餡だが甘さは控え目。それに蓬平(よもぎ)の風味が効いた柔らかい餅も良い塩梅だ……
「お前ら、本当に似合い過ぎるぞ。俺は草餅は要らん。見てるだけで胸焼けしそうだぜ……ちょっと外で煙草吸ってくるわ」
そう言って草餅のお皿を桜岡さんに差し出してベランダに出て行った。この事務所内は禁煙だ!食を愛する僕達は味だけでなく匂いも大切だから……
それに煙草は舌にも良くないと思っている。高田所長の気遣いに感謝して草餅を食べ……
アレ?
高田所長の分を含めて僕が十個、桜岡さんが十二個の筈だが……何故、既に彼女の皿には草餅が四個しか無いんだけど?
互いの皿を見て悲しそうな瞳で見詰められた……黙って彼女の皿に草餅を三個程乗せてあげる。食べる量なら互角の自信が有るが、食べるスピードは完敗だ。
しかも上品に食べてるのに何故早いんだ?
「ねぇ榎本さん」
「ん?何だい?もう草餅はあげないよ」
彼女の皿に草餅はもう無い。僕だって未だ六個目なんだ。最後の一個を狙うなよ!
「ちっ違いますわ!その……義母様とお会いする件なんですが」
彼女の母親が伏見稲荷からの情報を報告に、わざわざ大阪から来るんだ。同業者だったのは驚きだが、やはり心配なんだろう。でも半ば伝説のヤンキー巫女だったからな。
意外な情報を掴んでいるのかも知れないし。でも直接会うのは気が引けるよな……
「ああ、聞いてるよ。摩耶山のヤンキー巫女の伝手で稲荷神社の件が何とかなりそうな報告だよね?」
元はといえば彼女が留めを刺さずに放置したから、その報復が娘に来ているんだ。その辺をシッカリ言い含めないとな。
しかし僕に、伝説と言われた金髪ヤンキー巫女に意見など言えるかな?そっと最後の草餅を桜岡さんに差し出せば、半分に割って返してきた。
ニコニコと食べる彼女を見ながら思う。すっかり餌付けしてしまったもんだ。
「そろそろ良いか?外は結構寒いんだよ……」
思えば上着はハンガーに掛けっぱなしだったな。Yシャツ一枚で、この時期のベランダは辛いだろう……しかし、何故素肌にYシャツを着れるんだ?僕はアンダーシャツを着ないと嫌だよ。
「済まないな。桜岡さん、熱いお茶煎れてあげてくれる」
その後、次の調査を依頼してから高田所長は帰っていった。さて、もう一度このファイルを読み返してみるか……
◇◇◇◇◇◇
「桜岡さん、ちょっと出掛けてくるよ。例の変な神社について、尋ねていた天台宗の東京教区から連絡が来たんだ。前の寺社の経歴が分かったらしいんだ」
図書館で見つけた古地図に載っていた名前を頼りに、方々に問い合わせをしたが天台宗の知り合いから連絡を貰えた。確かに廃仏毀釈で取り壊された寺が有ったらしい。
「天台宗?東京教区?私も同行した方が良くないですか?」
これから義母様が来るのですが、いきなり出掛けるって……しかし、ちゃんと調べていたのね。流石だわ。
「まぁ東京教区は寺社関係だから、神道系は行き辛いでしょ?それに僧籍が無いと手続きも煩雑だしね。
大丈夫、今日は結衣ちゃんも家に居るから彼女に張り付けた護衛も居るから。じゃ留守番宜しく」
「はい、行ってらっしゃい」
玄関口まで出て、手を振って榎本さんを送り出すのって……ふふふっ、新婚さんみたいね。さて、結衣ちゃんと一緒に家事をしましょう。家に入ると丁度電話が鳴ったわ。
「もしもし、榎本ですわ」
「はぁ?霞でしょ?何を言っているの?」しまったわ、家に掛けてきたのが転送されたのね。
「えっと……その……訳有って榎本さんの家に居るの……もっ勿論健全ですわよ。結衣ちゃんも一緒ですから」
「はぁ……別にアンタ達が同棲しようが構わないけどね。ケジメはちゃんとつけなさいよ。
まだお祖母ちゃんは嫌ですからね!分かった?これから大阪駅を出るから、待合せは横浜中華街の華凄楼だね?」
結衣ちゃんには申し訳無いのですが、色々と生々しい話も有りますから同席はご遠慮して貰ったの。仕事の話も有るし、義母様は平気そうですがお父様は怒りそうですから……
女子中学生には刺激的過ぎますからね。
「そうですわ。榎本さんの名前で予約してますから。それと私達の他に松尾のお爺様も同席しますので、宜しくお願いします」
「全く仕事の話も有るのに、親族紹介みたいな流れじゃないの……お父さん凄い剣幕よ。覚悟しておきなさい」
そう言って電話を切られた。あちゃーですわ。お父様ったら娘が信用出来ないのかしら?私が選んだ方なのよ。
大丈夫に決まっているじゃない。さて、お洗濯と掃除をしましょう。
「霞さん、電話誰からでしたか?正明さんも出掛けたみたいですね」
「私の義母様からよ。夕方に横浜で待ち合わせですから、その確認よ。結衣ちゃんに申し訳無いですが、今夜はお留守番お願いね」
「ええ、大丈夫です。馴れてますから……」
すっかり打ち解けた結衣ちゃんとリビングに向かう。お茶を楽しんでから家事をしましょう。結衣ちゃんの煎れてくれるお茶は、本当に美味しいんですよ。