榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第63話から第65話

第63話

 

 あの鷺沼では沢山の人が亡くなっている。最初は沼の名前の由来ともなっている、遊女お鷺。彼女は村人により1900年位に沈められた。

 次は1986年、あの鷺沼で母娘無理心中が有った。被害者はオーナーの妻と娘だ。

 次は2006年に地元小学生が沼に浮かんでいた。事故死扱いだ。

 

 だが桜岡さんを襲った使役霊の女の子は、彼女よりも数年前に亡くなった子だ。何故分かったかと言えば、着ていた服の柄のキャラクターが古いから……

 勿論、最近亡くなった子が古い服を着ていた可能性も有るし、あの沼で死んだとも限らない。だけども霊感が訴えるんだ。

 遊女お鷺の怨霊の仕業なのか全くの別物か分からないが、あの鷺沼は女性の霊を惹き付けるナニかが有ると思う。勿論、悪い意味でだ。

 使役霊を神泉会の仕業と決めつけたが、早合点だったかも知れない。古く強い霊は、下級の霊を使役する事も有るし。

 気になったので高田所長に、八王子市内で大人から子供迄の女性の失踪事件を調べる様に頼んだ。沼の周辺だけでなく市内での失踪に。

 足取りが確認出来ないだけで、沼に引き寄せられた人も居るかも知れないしね。未だあの沼で亡くなった可能性が有る人が居るかも知れない……

 だけど何故、桜岡さんを狙ったかが分からない。

 

 鷺沼の調査時に狙われたのなら分かるが、廃ホテルを見た瞬間に狙われた。

 鷺沼のヤツと廃ホテルのヤツは別物なのか、ホテルと鷺沼を移動可能なのか?

 

 情報が少ないから判断がつかないな。でも一度、墓参りには行ってみよう。何かを感じるかも知れないし……

 幸い佐々木さんは、小原家の墓の場所を知っていた。八王子霊園と言う落城の悲劇の有った八王子城趾の近くだ。

 この話は佐々木さんから身振り手振りで事細かく詳細に聞いた。

 

 小一時間程……

 

 確かに戦国時代大好きな郷土史研究家、佐々木さんの真骨頂のテーマだろう。ただ残念ながら今回の件では、八王子城趾の話は全く関係は無いと思うのが……

 彼の話を聞き終えてから、八王子霊園へ向かう事となった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 廃ホテルのオーナー……

 

 人間的には最低な部類だろう。もし彼との交渉するなら、損得勘定で先方に利が無いと無理だな。勿論、交渉する気なんて無いけどね。

 ただ廃ホテルに侵入しバレた場合が問題か……管理会社も神泉会の息がかかってるから、基本的には接触したくない。

 それに……

 

「榎本さん……」

 

 佐々木さんの家を出てから黙っていた彼女が話し掛けてきた。

 

「何だい?桜岡さん」

 

「その小原と言う男。許せませんわ、自分の妻と娘を権力の為に切り捨てるなんて……」

 

 女性視線だけでなく客観的に見ても確かに許し難い男だろう。権力強化の為に妻子を犠牲にしても平気なんだからな。

 だが保身の為に「箱」に生贄を捧げ続ける僕も、奴の事を悪くは言えないか。桜岡さんや結衣ちゃんにも秘密にしているし……

 

「そうだね。せめて墓前で読経位はしよう。彼女達の冥福を祈って……」

 

 出来れば彷徨っているだろう娘の霊も成仏させてあげたい。だが、母親か娘の霊が悪霊化してる可能性も有る。慎重な対応が必要だ。

 色々考えていると、八王子霊園に到着した。ここは都営の霊園、つまり東京都が運営している公営霊園だ。

 八王子城址城山の東側に位置し、なだらかな丘陵と林を生かした緑豊かな霊園……つまり広くて広くて広くて、ここから小原家の墓を探すのは大変な訳で。

 

「榎本さん……広大な敷地ですね、で?」

 

「で?うん、どこから手を付けて良いか分からない広さだね」

 

 二人して広大な園内を見渡して呆然とする。総工画数3万5千を誇る霊園をどうやって調べれば良いのか、皆目見当がつかない。

 因みに来る前にネットで霊園の事を調べたが、此処に眠る有名人は小説家の藤沢周平しか載ってなかった。だが僕も僧侶の端くれ!

 ある程度の絞込みは出来るのだ。

 開園が昭和46年の八王子霊園は何度かの公募をして区画数を増やしてきた。つまり、小原氏の妻子が無くなった以前の区画を調べれば良い。

 それと資産家の一族だからそれなりの大きさを持つ一般墓地だろう。垣根の無い芝生墓地とかは調べなくても構わない。

 これで全体の1/3に絞れたので、あとは園内配置図を見て一般墓地以上の大きさの区画を……

 

「榎本さん、管理事務所が有りますわ。聞いてみてはいかがでしょう?」

 

「個人情報だから教えてはくれないだろうし、変に記憶に残る様な行動は控えないと駄目だ。この辺の名士だし、年代的にも初期の区画に有ると思う。

大変だけど、片っ端から見ていこう」

 

 辛く単純な作業の始まりの鐘がなった……

 

 幸いと言うか、この八王子霊園は公園施設も併設しており一面の墓・墓・墓ではない。適度に遊歩道やテニスコート・ゲートボールに噴水等、1区画を見終わると気分転換が出来る。

 それに延々と墓地を調べている事が周りからは分かり辛いのが良い。1時間も見回ると、「小原家代々の墓」と書かれた黒御影石の大きな墓を見付けた。

 

「立派な和型墓石だ……墓誌を見れば埋葬された人が分かる……アレ、無いな。

母親と娘の名前が無いな。最後に刻まれた小原徳三(おばらとくぞう)は小原拓真(おばらたくま)の父親だからこの墓で間違いない筈だけど……」

 

「どう言う事でしょうか?少なくても奥様の遺体は発見された訳ですから、ここに埋葬されていないのは……」

 

 暫く小原家の墓の前で立ち尽くす。亡くなった妻の遺骨が納められていない。

 考えたくないが、可能性としては亡くなった小原愛子(おばらあいこ)夫人は小原家の墓でなく自分の実家の墓に入ったか……

 

「考えられるのは実家の墓に納められたか……或いは共同墓地か何かに納められたか?もし共同墓地なら大変だな。この霊園とは限らないぞ」

 

 共同墓地は墓誌に名前しか載らないから、年代の特定も難しい。それに小原家の墓に入れないなら旧姓の場合もあるし……

 もし彼女が怨霊化したなら遺骨か遺品を清めれば成仏させる事も出来るのだが、特定出来なければ怨霊と直接対決しか方法が無いな。

 

「何時までも此処に居ても仕方ない。共同墓地の墓誌を調べて、無ければ諦めて他の方法を探そう。多分同じ霊園に納めはしないから無駄かも知れないけどね」

 

 無駄かも知れないが、八王子霊園内に有る3箇所の共同墓地の墓誌を調べた。しかし小原愛子、または愛子と言う名前は見付けられなかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 チェックインする為に一旦ホテルに向かう。JR八王子駅前の私鉄が経営するシティホテルだが、料金の割にはサービスも良い。

 1階から3階までに飲食店やコンビニが入っているので、基本的に朝食しか付いていないが昼飯・夕飯共に困らない。僕らは14階の1405号室・1406号室とシングル部屋を隣同士で借りた、連泊で3日間だ。

 この3日の間で、一度単独で夜間に廃ホテルに突撃しなければならないのは気が重いな……フロントで宿帳に記載しキーを受け取る。

 

 僕が1405号室、桜岡さんが1406号室だ。

 

「一旦部屋で休んでから方針を考えよう。少し疲れたから休みたいけど……はい、御札と清めの塩!簡易結界を張るのを忘れずにね」

 

 ホテルのシングルだから窓と入口に結界を張るだけで良い。あと部屋の四隅に盛り塩をすれば簡易結界とは言え完璧だ!

 

「歩き回って少し汗もかきましたから、シャワーを浴びますわ。では2時間後に内線で連絡します」

 

 そう言って一旦別れた。自分の部屋に入り神経を集中する……曰わく有る部屋を宛てがわれた可能性も有るからね。

 1分程意識を集中し気配を探るが、特に悪い気はしない。次に額縁の裏やクローゼットの天板部分。

 ベッドの下等を念入りにチェックし、変な御札とか貼ってないか確かめる。

 

「うん、大丈夫そうだな。じゃ簡易結界を張りますか……」

 

 持参の御札と清めの塩で結界を形成する。これで最低でも不意打ちは防げる筈だ。持ってきた荷物からノートパソコンを取り出しインターネットに接続する。

 ダメ元で小原愛子について調べてみる。GoogleとYahoo!で検索するも該当は無し。

 

 これは難しい……

 

 特に何かした訳でもない彼女だからな。確か佐々木さんは彼女が廃ホテルの近くの集落の出身者だと言っていたな……

 

 Google earthであの集落を表示する。航空写真表示にして墓地が無いか探してみる。昔の山村では集落の近くに墓地が有る場合が多い。

 

「これは……墓地かな?」

 

 集落の南側の隅に、それらしき物を見つけられた。それと廃ホテル周辺を探索した時の道の反対側の山側に、生活道路らしき物も見付けた。

 その道路は集落に繋がっている。多分だが鷺沼で見付けた獣道は、位置的に集落に繋がっていそうだな。明日は集落と墓地、出来れば獣道から祠を調べてみるか……

 上手くいけば夜に侵入するルートに使える。前回通った道では廃ホテルに向かう事がバレバレだからね。

 管理会社、いや神泉会の連中の探査に引っ掛かる可能性が高い。こっちの生活道路を通れば集落の連中にバレるかも知れないけど、あからさまな敵よりマシだ。

 地図をプリントしてパソコンの電源を落としたら、既に2時間近く過ぎていた。あと少しで桜岡さんから内線電話が掛かってくるだろう。

 

 先にトイレを済ませておくか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 これから三日間、榎本さんとホテル暮らし……部屋は別々でも二人で三泊四日の旅行に行ったのは事実。確実に既成事実が積み重なってますわ!

 部屋に入り中を見渡す。シングルですからベッドにサイドテーブル、小さな冷蔵庫に金庫。お風呂とトイレが一緒のユニットバス……

 一泊朝食付き10000円にしては狭いと思いますわ。

 

 先ずは結界を張らないといけないですわね。榎本さんから頂いた清めの塩と御札をサイドテーブルの上に並べる。先ずは四隅に盛り塩を配置する為に、小皿の上に塩を三角錐に整える。

 それを部屋の四隅に置く。次に御札ですが、両面テープで入口の扉と窓ガラスの内側に貼り付ける。念の為にジップロックに入れた御札をバスルームの壁にも貼り付ける。

 全てを終えてベッドの上にポスンと座る。結界を張ったせいか、部屋の中が清々しく感じますわね。

 

「でもシングルベッドですから二人で寝るには狭いですわね。榎本さんは体が大きいですから……」

 

 一緒に寝る?眠る?

 

「いっイヤですわ!まっ未だ早いですわ。一緒に寝るなんて……」

 

 それに初めてがビジネスホテルは嫌だわ。念の為に、お気に入りの下着は用意してきてますが……

私としては大胆な薄紫色のレースの下着を。

 

「でっでも夕食でお酒を多目に飲んでしまい、酔って過ちを……とか、独りで居るのが怖くなり深夜に榎本さんのお部屋を訪ねるとか……」

 

 これが事実上の婚前旅行になるのかしら?

 

「先ずは体を清めましょう……」

 

 気がつけば時計の針は待合せ時間の30分前だ。一時間以上も妄想してしまったわね。服を脱ぎながら、これからの事を考えて顔が火照るのが分かる。

 

 楽しい夜になると良いですわ……

 

 

第64話

 

 八王子市に拠点を構えて探索二日目。

 

 ホテルの朝食バイキングに舌鼓を打つ。中々どうしての味とボリュームだ。僕は最初は和食、桜岡さんは洋食。

 勿論、最初のトレイを平らげたら次は洋食だ。

 

 僕が選んだのは……ご飯に味噌汁、温泉卵・シラスとナメコと大根おろし・ヒジキの煮物・揚げ出し豆腐・鳥の竜田上げだ。

 向かいに座る彼女は……コーンスープにパンが小皿山盛り、スクランブルエッグ・スライスハム・フライドポテト・ミニハンバーグ・ジャーマンポテトだ。

 

 殆ど全てのメニューを二人で制覇した。後はデザートのフルーツ、オレンジ・パイナップル・葡萄を食べればコンプリートだな。

 クロワッサンにバターを塗りながら、彼女が話し掛けてくる。クロワッサン+バターはカロリーが高いぞ!

 

「榎本さん、今日も小原愛子さんのお墓探しでしょうか?」

 

「うん。彼女は例の廃ホテル近くの集落の出身者だ。だから今日は集落に行ってみようと思う。Google earthだと付近に墓地らしき物も有ったからね……」

 

 本音は今の段階で、廃ホテルには近付きたくない。危険だし準備も不十分だし。でも今晩、単独で侵入する予定だから事前準備も兼ねて下見もしたいんだ。

 

「少し危険ではないですか?まだオーナー一族と集落の関係が分かっていませんし……」

 

 見事に一口でクロワッサンを食べる彼女に見とれる。僕だって15㎝程度のクロワッサンを一口では無理なのに、何故喉に突っかえずに食べれるんだ?

 無理だろ、人体の構造的に……

 

「昼間に行くし無理はしないよ。出来れば集落を下見し彼女のお墓を見付ける位はしたいな。出来れば集落とホテルの関係とかも聞き周りたいね」

 

 報告書では管理会社は定期巡回しかしてない。麓に有る事務所から週に二回程度の巡回だ。元々あんな場所で常駐は無理だろうし。

 勿論、機械警備は行っているから不法侵入は通報が行く。でも麓から廃ホテル迄は、どんなに急いでも30分程度は掛かるだろう。逃げ道さえ確保すれば、或いは上手くやり過ごせば逃走の成功は難しくない。

 でも最初に通った道でホテルには行きたくない。ライトを付けて、あの道を走るのは目立ち過ぎるし最悪の場合僕らの行動を事前に察知されてしまう。

 待ち伏せとかは、お断りだ。

 

「聞き込み……榎本さんは最初に会った事件の時も、あの雑貨屋さんとかに聞き込みをしてましたわね。どうして知らない人と円滑に話せるのでしょうか?」

 

 私は人見知りだから……とか寂しい笑いをされてしまった。

 彼女は最初高飛車なお嬢様と思ったが、テレビ用と言うか仕事用のキャラ作りらしい。確かに大人しいお嬢様では、海千山千の連中に立ち向かうのは無理か。

 彼女なりに自分を奮い立たせる儀式みたいなモノかな?

 

「坊主は説法と説教が仕事だからね。口下手な坊主は余り居ないよ……さて、二回目に行きますか。僕は洋食とデザートを貰ってくるよ」

 

 そう言って空のお皿をトレイから除いて立ち上がる。

 

「私は今度は和食にしますわ」

 

 彼女もそう言ってトレイを持ちながら立ち上がった。周りが引く位に料理を運んでいた2人が更に料理を求めて立ち上がった姿を見て、周りが少しざわつく。

 

「あの人達、フードファイターかしら?」

 

「大食いタレントかな?何処かで見た様な……」

 

「筋肉は兎も角、あの美女のお腹はどうなってるんだ?アレだけ食べたのに少しも膨らんでないぞ」

 

 ボソボソと話し声が聞こえます。そんなに大食いが珍しいのか?配膳を手伝っているホテルの方の笑顔も固まっているし……

 

 何故なら「お茶碗6杯よそって下さいな」とか桜岡さんが真面目な顔で頼んでいるから。

 

 僕?僕は二杯にしましたよ。確かにホテルや旅館で使われるお茶碗は小さい。普通の半分位しかご飯がよそれないからな。

 しかも係の人によそって貰うのは、沢山食べる僕らは少し恥ずかしい。その代わり、自由に取れるパンはお皿に山盛りだけど。バイキングって沢山食べれてお得だよね!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝食を済ませ少し休んでから、僕らは集落に向かった。事前にルートは調べてナビに入力してある。

 八王子市内の道路は割と渋滞だったが郊外に出ればガラガラだ。その代わりに道が狭くなってきた。県道か市道か分からないが、路面状態は良くない。

 廃ホテル近郊の集落には山の反対側に道が有る。表側の道路は手入れはされてないが、二車線有った。

 だが、此方の道路は一車線しかない。それに曲がりくねっており所々にガードレールの無いコーナーが……

 

「榎本さん、凄い山道ですわね。昔、修行で行った四国の山々を思い出しますわ……」

 

 助手席でシートベルトをしっかりと締めて扉の上に有る手摺に捕まり、両足を踏ん張りながら耐える桜岡さん。荒い運転はしていないが、兎に角路面が凸凹なんだ。

 

「こりゃ私道かも知れないな……狭いし曲がりくねってるし凸凹だし、大変だな」

 

 しかし15分も走れば集落の入口まで到着した。立地的には山の中腹辺りだろうか?4m程の道路の左右に民家が点在している。

 メインストリートには雑貨屋と豆腐屋、それに食堂かな?そば・うどんと書かれた暖簾が見える。駐車場を探しながら徐行するが30mも走れば集落の外れまで着てしまった。

 どうやら行き止まりみたいだ。途中で車の通れそうな脇道は一カ所しか無い。後は狭い路地が幾つか有る程度だった。

 

「桜岡さん、一旦集落の入口迄戻ろう。此処は袋小路だ」

 

 車を切り返し、来た道をゆっくりと戻る。途中車の通れそうな脇道を覗くが、森の深い方へと延びていた。

 メインストリートの雑貨屋は店の奥まで見渡せたが、店員は確認出来なかった。狭い路地は誰も歩いていない。ただ民家の塀と塀の間みたいな道だ。

 

「榎本さん……誰にも会いませんね。ゴーストタウンみたいで怖いです」

 

 確かに人の姿は見えないが、でも視線は感じる……集落の入口迄来てから車を路肩に停車する。

 

「兎に角、一度歩いて行ってみようか?」

 

「そうですね。小原愛子さんのお墓の所在とか聞きだいですし」

 

 念の為、ポケットには特殊警棒を忍ばせてある。万が一、暴漢が表れても安心だ。あと唐辛子成分を抽出した痴漢撃退スプレー。

 目や鼻・口の粘膜に当たれば悶絶だろう。車を降りてしっかりと扉をロックする。取り敢えずメインストリートの店に入ってみるしかない。

 まさか民家に「こんにちは!」って訪ねる訳にはいかないから……桜岡さんを左側の少し後ろを歩かせて利き腕はフリーにさせておく。

 ゆっくりと歩いていくと彼女が左腕に抱き付いてきた。怖いのは分かるが片腕が拘束されてしまうのは痛い。

 

 最初に雑貨屋の前に辿り着いた。

 

 日差し除けの暖簾が全面に掛けてあり、商品はワゴン台と木製の棚に並べて有る。奧には冷蔵ケースも有りジュースや酒類、アイスクリームも売ってそうだ。

 意を決して暖簾を潜る。ヒンヤリとした薄暗い店内……天井には古いタイプの蛍光灯が剥き出しの照明器具。

 

「こんにちは……」

 

 何度か店の奧の方に呼び掛ける。暫くして腰の曲がった老婆が出て来た。しかし歩き方はしっかりとしている。

 

「おんや、珍しい。こんな田舎に来るなんてぇ……何かお買い求めかのぅ?」

 

 別に怪しい感じはしない普通の老婆だ。喋ると殆ど前歯が無い口の中が見える。少し聞き取り辛い喋り方と大き目の声。耳も遠いのだろうか?

 さて正直に話すべきか、誤魔化すべきか……

 

「お婆ちゃん、お元気ですね。お幾つですか?」

 

「ああ?今年で80歳じゃよ。まぁーだ現役だぁ」

 

 桜岡さんがにこやかに世間話を始めた。人見知りと言っていたけど、彼女なりに情報収集に頑張っているな。

 しかし……雑貨屋で何も買わないのも不自然だな。見回すと食料品から食器迄色々並んでいるが……コレと言って欲しい物は無いが、何を買おうかな?

 

「お婆ちゃん、これを貰うから」

 

 適当に近くの棚から単四アルカリ乾電池を取って渡す。マグライトの予備にしよう。高いルーメンのマグライトは乾電池の消費も多いからね。

 

「まんず立派な体の旦那さんじゃの。何でこんな田舎なんぞに来ただ?」

 

 千円札を渡すと算盤で計算し手提げ金庫からお釣りを取り出している。使い込まれた算盤に、この店にレジは最初から無いのが分かる。

 

「ああ、僕はこう見えても坊さんなんだよ。昔、この付近に同じ宗派のお寺が有って今は神社になったけどね。

色々調べてるんだよ。お婆ちゃんは知ってるかい?天台宗の鐘蔵寺ってお寺だったんだよ」

 

 お釣りと品物を受け取る。

 

「あーあー知っとるよ。昔、地主が寺を追い出して神社を建てたそうだよ。明治政府から援助が貰えるとかなんとか。確かに鐘蔵寺だったなぁ」

 

 何でもない昔話を話しているつもりらしいが、この婆さんは結構な情報通だ。百年以上前の話を知ってるのは関係者の可能性が高い。

 

「何度か復活させようって話もあったけど、こんな御時世だから財政難でね。今回は別件で、あの廃ホテルの管理者からお祓いを頼まれていてさ。

その事前調査なんだ。お婆ちゃんは何か知らないかい?」

 

「管理者だと?あの潰れたホテルは小原さんの持ちもんだ。勝手な事はしちゃいけねぇよ」

 

 皺くちゃの目を見開いて慌ててるな。小原さんの、か……オーナー一族に面識が有りそうだな、このお婆ちゃんは。

 

「ちゃんとテレビ局に依頼が来たんだよ。あの廃ホテルをテレビで取り上げて調べて欲しいって……

彼女はお茶の間の梓巫女で有名な桜岡さん。で、僕は依頼を受けた現役のお坊さんさ」

 

 不審者で無い様に身元を教える。勿論、正確には教えないし依頼を受けて正当に調べに来た事をアピールする。

 

「ふーん……あんた達は、あの廃ホテルを調べなさるんか?」

 

 さり気なくお婆ちゃんの様子を窺うが、最初に驚いてからは冷静だ。

 

「もう調べてるけど稲荷神は放置だし、変な噂も多いし嫌になるよ。お婆ちゃん、あの廃ホテルの噂を何か知ってるかな?又は詳しい人を知っていれば、教えてくれない?」

 

 ダメ元だが出来るだけ笑顔でお願いしてみる。

 

「お婆ちゃんお願いします。私達、ふざけ半分や見せ物にしようとしてる訳じゃないの。ちゃんとお祓いをしたいんです」

 

 桜岡さんが頭を下げてお願いする。でも、お婆ちゃんの表情は変わらないな……

 

「この先の食堂のオヤジに聞くといいよ。アタシよりゃ詳しい話が聞けるだろう」

 

 そう言って店の奧に行ってしまった。

 

「食堂か……取り敢えず行ってみようか?」

 

 腕時計を見れば11時22分。食堂が開いているかは微妙な時間だが、確か暖簾は掛かってたから営業中だと思う。

 

「そうですわね。折角お婆ちゃんが教えてくれたんですもの」

 

 あのお婆ちゃんも何か隠している様な、怪しい感じもしたけどね。拒絶されるよりはマシだろう。一旦表通りに出て左右を見回すが、やはり人通りは無い。

 食堂迄ゆっくりと周囲を確認しながら歩いて行く。念の為、ポケットに手を入れて特殊警棒を何時でも取り出せる様に……そして店の前に辿り着く。

 

 紺色の暖簾には「そば・うどん」隅には八幡屋と書かれている。

 

 警戒しながら……「こんにちは。食事出来ますかしら?」桜岡さんは特に警戒もせずに食堂の暖簾を潜って店に入ってしまったよ!

 慌てて後から店内に入った。

 

 

第65話

 

 警戒しながら食堂に向かったが、あっさりと店内に入る桜岡さん。うん、僕が心配し過ぎなのか彼女が剛毅なのか……

 

「こんにちは。食事出来ますかしら?」

 

 声を掛けながら更に中に入っていく。ちょっとは用心しようよ。仕方無く彼女の隣まで歩いていく。

 奥の方を窺うと、話し声が聞こえる。どうやら厨房の中で誰かが電話で話しているみたいだ。

 

「……うん、分かっとる。うん……うん……丁度来たみたいじゃよ……ああ、ではな……」

 

 丁度来た?あのお婆ちゃんが、電話で僕等の事を教えたのか!田舎のネットワークを舐めちゃ駄目だな。分かっとると言った。

 つまり何かをこの集落で取り決めていて、それに準じた対応をしろって事だと思うが……

 

「はい、いらっしゃい。食事かい?」

 

 厨房から出て来たオヤジさんを観察する。70歳位かな?小太りで背は低い、接客業らしく笑顔で出迎えてくれた。縁の太い眼鏡を掛けて大きめの鼻、因みに丸禿だ。

 しかし、あの電話の後で食事かい?は結構な狸爺さんかな?

 

「食事もしたいんですが……僕等色々と調べ事をしてまして。先程、雑貨屋のお婆ちゃんから食堂のオヤジさんが知ってると教えられたんです」

 

 実際はオヤジに聞けと言われただけで、何を知ってるかなんかは言われてない。

 

「ヨネ婆さんがか?耄碌ババァめ……」

 

 やはり何かを隠す為に連絡を取り合ったみたいだな?

 

「取り敢えず何か食べたいので注文して良いですか?」

 

 少しでも長居が出来る様に客として食事をしよう。桜岡さんを促し四人掛けのテーブルに座る。テーブルは木製の天板に鉄パイプの脚、椅子は背もたれの無い丸椅子だ。

 壁に貼ってあるお品書きを見れば……ラーメン・チャーシュー麺・チャーハン・カレー・親子丼・カツ丼・玉子丼・うどん・蕎麦・ジュース・コーラ・ビールか……

 うどんと蕎麦は温・冷両方出来るのか。本当に田舎の食堂だな。ラーメンなんて350円だぜ!

 

「桜岡さん、お腹の調子はどうだい?」

 

 向かいに座る彼女を見る。既にフードファイターの顔だ。

 

「80%って所かしら?全品制覇します?」

 

 流石は桜岡さん!既にコンディションが80%迄回復してるとは。ならばチャレンジするしかあるまい。

 

「オヤジさん、メニューの端から2人前ずつ持ってきて!車だからビールは要らないけどね」

 

「飲み物は私がジュース、榎本さんはコーラでお願いしますわ」

 

 ビックリした顔のオヤジさん!

 

「ぜっ全部お食べになるんかい?お嬢さんもか?」

 

「うどんと蕎麦は温かい方だけで良いや。食べるペースは早いからバンバン作ってよ」

 

 セルフらしい冷水器からお冷やを2つ入れながらオヤジさんを急かす。

 

「あっああ……最初はラーメンからで良いか?無理なら途中で言っとくれ」

 

 腑に落ちない顔だが、厨房に入っていった。慌ただしく調理を始めるオヤジさん。18人分だから大変だろう。向かいに座る桜岡さんを見る。

 ニコニコと微笑んでいるが、一応敵地かもしれないので……

 

「一度やってみたかったの。メニュー完全制覇を……でも9品では楽勝ですわね」

 

「思ったより物価が安いのは驚きだよ。でも……気が付いていたかい?店に入った時に電話してたろ。

アレ、雑貨屋のお婆ちゃんだと思う。丁度来たとか言ってたし彼等は連絡を取り合ってる。僕等の事をね……」

 

「警戒されてるのかしら?」

 

「田舎特有のコミュニティーで部外者が来た事を教え合ってる程度なら良い。良く有る事だから。でも……」

 

 連携して騙してくるとかだと厄介だ。又は知られたくない事が有って、連携しているとか。

 どちらにしても歓迎はされてないんだろう。暫く思考に耽っていると、最初のラーメンとチャーシュー麺が来た。

 

「お待ちどうさま……本当に次を作って平気かの?」

 

 出されたラーメンは醤油べース、麺は縮れ細麺。具はナルトにハム・茹でたほうれん草とスタンダードな昭和のラーメンだ。

 チャーシュー麺はハムの変わりに厚めのチャーシューが5枚乗っている。チャーシューは自家製でなく市販品みたいだな。

 

「余裕ですわ!」

 

 既に割り箸を持って臨戦態勢の桜岡さん。彼女の食べるスピードは脅威だ!各自2杯のラーメンを瞬く間に完食する。

 厨房で様子を窺っていたオヤジさんもビックリだ!

 

「あんた等はアレかい?テレビに出てる大食いの人達かなんかか?」

 

 カレーを持ってきながら尋ねてくる。

 

「只の坊主と巫女だよ。オヤジさん、コーラお代わり」

 

 空の瓶を差し出しながら、コーラを追加注文する。

 オヤジさんはヤレヤレと首を振ると「冷蔵ケースから好きに出しな。料理する時間が無くなるだろうが……」と言いながら厨房に戻って行った。

 

 お許しが出たので冷蔵ケースからコーラとジュースを3本ずつ取り出す。瓶のコーラはラッパ飲みが美味しく飲めるよね?

 全ての料理を完食するのに一時間位か?味は懐かしい田舎のお婆ちゃんの味だった。最後にオヤジさんがお茶を煎れてテーブル迄運んでくれた。

 食後の余韻に浸りながらお茶を飲む。隣のテーブルに座るオヤジさん……話を聞いてくれるのかな?

 

「御馳走様でした。会計の前に少し話を聞いて良いですか?」

 

「ああ、何が聞きたいんだ?」

 

 溜め息混じりに手に持ったお盆を弄くっている。話辛い事が有るんだな。何が知られたく、聞かれたくないんだ?それが分かれば話が円滑に進むんだが……

 

「小原愛子さんと、その娘さんのお墓が知りたいのです……」

 

 ちょ桜岡さん?そんな確信的部分をいきなりぶつけちゃ駄目だって!ほら、オヤジさんも渋い顔になってる。

 

「それを知って、どうなさるつもりかね?」

 

「此方の榎本さんは僧籍を持っています。宗派は違うかも知れませんが墓前で読経を……」

 

「確か東京教区とか……廃仏毀釈で壊した、あの鐘蔵寺の関係者だぞ……」

 

 桜岡さんの偽り無い思いをぶつけられたオヤジさんが、何やら小声でブツブツ言い出したぞ。しかし僕は天台宗ではない。

 宗派の違いは後々問題になりそうだし、早めに正しておいた方が良いかな。

 

「あの……僕は……」

 

「愛子は、愛子は儂の娘じゃよ。あの子が亡くなった後で小原家の墓には入れられぬ。

自殺など一族の恥だと骨壺を送ってきやがった。孫も未だ行方知れず。愛子は……望まぬ結婚をして捨てられたんじゃよ」

 

 重い事実キター!

 

 おぃおぃ、このオヤジさんが小原氏の前妻の父親だと?望まぬ結婚って政略結婚とかか?深く聞くには僕等じゃ……

 

「八王子霊園の小原家の墓に行って不思議に思ったんです。何故、妻と娘の名前が墓碑に刻まれてないのかと。

詳細は言い辛いでしょう。でも、せめて墓前で読経させて下さい」

 

 目を瞑り暫く考え込むオヤジさん……待っていたのは1分位だろうか?

 

「今日は臨時休業だ。あの子の為に経を読んでくだされ。案内するよ」

 

 そう言うと暖簾をしまい準備を始めた。

 

「じゃ行くかいの……」

 

 店を出ると戸締まりせずに歩き出した。慌ててオヤジさんの後を追っていく。年寄りの割に足腰はしっかりしていて歩き方は力強い。

 途中、雑貨屋のお婆ちゃん以外にも住人を見た。普通に主婦や子供達だ。

 メインストリートを途中で左側に曲がり、細い路地をズンズンと進む。道はなだらかな上り坂だ。多分だが方向的には鷺沼の方じゃないかな?

 直ぐに山道に変わり、更に暫く歩くと少し開けた空間に出た。10m四方の小さな広場だ。振り向けば遠くに街が見渡せる。

 向き的には八王子市内ではなさそうだが……

 

「なぁ最近のテレビ局って、そんなに調べなさるんか?儂は信じられないんだ。娘が死んだ時、警察やマスコミも来たが簡単に帰って行った。大して調べもせずに……」

 

 何時の間にか煙草を取り出し一服をし始めたオヤジさん。僕等を見ているが、更に遠くを見ている様な眼差しだ。

 つまりオヤジさんは僕等を信用していない。さり気なくポケットに手を入れて特殊警棒を握り締める。今更ながら人気の無い場所に誘導された危険に思い立った。

 

「小原氏が圧力を掛けたのでしょう。後妻の話が出ていたそうですしスキャンダルは地元の名士として、また娘を嫁がせようとしていた政治家にも都合が悪いですからね……」

 

 裏事情を話ながら周囲を警戒する。当然、当事者なら知っていて苦々しく思っている事だが……桜岡さんが自分の左側に立つ様にして、特殊警棒を振り回した時に利き腕側にこない様にする。

 

「最近の坊さんと巫女さんは探偵みたいですな……そんな事まで御存知とは」

 

「オヤジさんは心霊を信じてますか?僕等は職業上彼等が居る事を知っている。それを祓うのを生業にしてますから……」

 

 初めてオヤジさんが、僕と目を合わせた。

 

「それは……あの子を祓うって事かいな?はははっ、流石は坊さんだ。まさか幽霊を信じちょるとはな」

 

 短くなった煙草を携帯灰皿に押し込む。言葉では心霊を信じてなさそうだが、何故か違う感じがする。あくまでも勘だけど……

 

「僕等もテレビ局に騙された感じなんですよ。何でもない廃ホテルのお気楽な心霊バラエティー。でも調べれば調べる程に危険な内容だった。

放置された稲荷神、周辺で連続する不審死。手を引きたくても彼女がナニかに狙われている。だから僕等は調べているんです……」

 

「そうですか……そこまで調べてるんなら信用しましょう。ふざけ半分であの子を晒し者にしようって訳じゃ無さそうだし。この先に墓が有ります」

 

 そう言って先に歩き出すオヤジさん。でも今の会話……何か可笑しく無かったか?

 僕等を信用して愛子さんのお墓に案内してくれる。確かにそうなんだが……何か引っ掛かる。

 オヤジさんの後について行き獣道みたいな道を2分も進めば、小さな墓地に着いた。10基程の小さな墓地。

 しかし手入れは隅々までなされ、仄かな線香の香りに生き生きとした花も添えられていた。お供え物が無いのは、動物達に喰い荒らされるからだろう……

 オヤジさんが割と大きめなお墓の前に立ち、線香の準備を始めた。

 

 これが愛子さんの眠る墓か……

 

 ポケットから数珠を取り出し、読経を始める。経を唱えながら考える。この墓地の様子を見るに、あの集落の人達は仏教に信仰が厚い感じだ。

 少なくとも毎日、誰かしらが墓地の手入れをしている。信仰が厚いとは……そうか!さっきの違和感はオヤジさんの言葉。

 

「あの子を祓うって事かいな?」

 

 確かにそう言った。廃ホテルで騒がれている心霊現象の事は詳しく話してない。放置された稲荷神と周辺の不審死と言っただけだ。

 それだけで自分の娘が化けて出ていると思うのか?それを僕等が祓うと思うのか?心霊を信じないと言いながら、オヤジさんは信仰が厚そうだ。

 経を読み終えて、オヤジさんに向き合う。

 

「娘さん、愛子さんは成仏していると思いますか?」

 

「何故、そう思いなさるんだ?」

 

「娘を祓うって事かいな?そう言われましたよね。手厚く葬ったなら、そうは言わない筈ですから」

 

 桜岡さんの前に立ち、オヤジさんと向かい合う。左手に数珠を右手はポケットの中へ。幸い墓地は見通しが良く、誰かが墓石に隠れながら近付いても分かる。

 違和感の正体は、自分の娘が真っ先に祓われると思っている事だ。普通は手厚く葬れば極楽浄土に行ったと思う。なのに何故、祓われると言ったのか?

 それは娘さんが現世に未練が有り留まっていると思ってるから……オヤジさんの暗い笑みを見ながら直感する。

 

 オヤジさんは自分の娘が、この異変に関係してると思っているんだ!

 

 


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