榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第72話から第74話

第72話

 

 桜岡さんのオフィスから転送された電話。結衣ちゃんが学校に行っている時間帯だった。留守電に入っていたメッセージは、例の小原氏から相談したい事が有るので一度お会いしたい。

 そして連絡先の電話番号が入っていた。結衣ちゃんが帰宅後にメッセージをチェックし、僕と桜岡さんにメールしてくれた。

 結衣ちゃんは小原氏の事は知らないし、僕等も同姓同名かと思った。念の為、電話番号をパソコンで調べてみたら小原氏が所有する会社の代表電話だ。

 僕等はホテルをチェックアウト寸前にメールを貰った。

 

「さて、どう思う?」

 

「どうって言われましても、私は小原氏とは面識が有りませんし……」

 

 ホテルの喫茶店で珈琲を飲みながら相談する。時刻は9時7分。チェックアウトには少し時間が有る。

 

「僕等は管理会社がテレビ局に持ち込んだ、彼の所有する廃業したホテルを調べている。しかし実際に管理会社には接触せず、問題のホテルにだって入って無い」

 

 頷く桜岡さん……しかし、僕は不法侵入をしてるし祀られていた稲荷神と戦った。しかしバレてはいないと思う。

 防犯カメラも無いし目撃者は居ない筈だし、居てもあの霊障の中で無事と言う事は同業者だ。だが胡蝶が霊能力者を見逃す筈も無い。

 

「仮に管理会社の暴走を止めるならテレビ局にクレームを入れる。僕等は依頼されてるだけだから、僕等が辞退してもテレビ局が変わりを雇えば意味がない」

 

 安っぽい珈琲を飲もうとして、空なのに気付く。ああ、もう無いや。仕方無くお冷やを飲む。

 

「私の事務所に掛けてきたのは、仕事の依頼ではないでしょうか?テレビ局に任せずに直接私達と契約したい、とか?」

 

 んー有り得る話だけど、散々放置していたホテルの霊障を今は被害が収まってるのに頼むかな?それとも神泉会と結託して罠に嵌めにきたか?

 

「確かに何かの仕事を依頼したいんだろうけど……僕等が彼の所有しているホテルを調べ回ってるのを知ってるかが問題だ。

メッセージを受け取った以上、連絡はしないと駄目だろう。でも八王子から掛けるのも不自然だ。一旦家に戻ろうか」

 

「私達が彼の事を調べてるのを悟らせない為ですわね?」

 

「知っていれば無意味だけど、情報が少ないからね。わざわざヒントをあげる事は無いでしょ?」

 

 そうと決まれば、即行動!レシートの奪い合いが始まる。共に社会人だし毎回僕に奢られるのが、お嬢様的には気に入らないらしい。

 

 だがしかし!

 

 大抵の場合、男女で来れば男性側にレシートは置かれる。つまり僕の方が早く取れるんだ。

 

「もう!毎回奢られるのは嫌なんです」

 

 そうは言っても男の見栄が許さないのだよ……僕等はホテルをチェックアウトし自宅に向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 帰り道は順調だった。平日の昼間に都心から反対方向へ走るのだから当たり前かな?

 高速道路を使い横浜横須賀道路の佐原インターを下りた時は未だお昼前だ。今朝は慌ただしかったので朝食バイキングは控え目だったから……

 

「桜岡さん、お昼はスシローにしない?昨日は焼き肉だったし」

 

「あら?昨夜も和食で〆にお寿司を頂きましたわ」

 

 確かににぎり寿司は一人前で物足りなかったが、船盛りは十人前は有ったな。でも桜岡さんが、此処まで言うって事は他に食べたい物が有るのか?

 

「さては他に食べたい物が有るんだな?」

 

「ふふふっ、分かりますか?前に榎本さんが横須賀の134号線沿線はラーメン街道だって言いましたわ。私、ラーメンが食べたいです」

 

 現在、佐原インターを出て京急線北久里浜駅に向かっている。このルートで思い浮かぶラーメン屋は……長谷川家・きたくり家・どんぐり・平松家・北京・三和……

 

「何杯食べる?ラーメン屋は食券制が殆どだし量を頼むのは面倒臭いから、食べ歩こうか?」

 

 まさか食券を何枚も買ってオーダーするのも嫌だし、替え玉の有る店は近くに無いし。

 

「小原氏に連絡するのを考えると90分位でしょうか?」

 

 少なくとも2時前には事務所で電話をするとなると……確かに自由な時間は90分位か。

 

「じゃ最初はトロけるチャーシュー麺の三和から行こうか?」

 

 一番近いラーメン屋を思い浮かべる。流れ的には、三和・北京・平松家・どんぐり辺りでタイムアップだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ゲフッ……90分で四件は無理が有ったよね」

 

「でも美味しかったですわ」

 

 現在、事務所のソファーで一休み中です。ラーメン8杯はキツかった。しかも全て大盛りだったし、餃子や焼豚とかサイドメニューも頼んだし、当然白米も一緒だ。

 ラーメンにご飯は外せない。時間が無いから早食いなのも僕的には辛かった。スピード勝負なら桜岡さんがダントツだし……

 ソファーにだらしなく座り休んだ事で少し回復した。

 

「さて、電話を掛ける準備をしますか?」

 

 実は自宅の電話を使うのが嫌だったので、結局横須賀中央の事務所迄やって来た。流石に携帯電話や公衆電話もないだろう。

 何故、僕のと言うか他人の事務所から電話を掛けたかと聞かれれば協同作業中だからと言えば良い。まぁ桜岡さんの上大岡の事務所でも良かったんだけど、そこまで行くのが大変だったから……

 念の為、通話の録音準備をする。僕のデスクに座って貰い机にメモ帳を用意。

 

「では、掛けますね……」

 

 固定電話のボタンを押していく桜岡さん。

 

「あっあの……私、office sakuraoka の桜岡霞と申します。昨日、留守番電話にメッセージを頂きまして……はい、はい……そうです」

 

 彼女の後ろに立ちながら話を聞いている。メモ書きを覗けば、霊障・女の幽霊・自宅に現れる・何人かの霊能力者に依頼中……か。

 どうやら小原氏が霊障に合い、それの除霊依頼らしいが。

 

「はい、少々お待ち下さい。あの……榎本さん。小原さんが霊障について除霊をお願いしたいので、お会いしたいと。今日なんですが……」

 

 受話器を押さえて聞いてくる。つまり一緒に行って欲しいかな。頷いて了承の旨を伝える。

 

「はい、分かりました。場所と時間は……はい。それで私以外にも同行させても宜しいでしょうか?

はい、何時も協力して頂いている同業者です。はい、では二名で伺いますわ……」

 

 そう言って受話器を置いた。ソファーに促して向かい合わせに座る。

 

「榎本さん。小原さんは女性の悪霊に襲われているそうです。お抱えの霊能力者の手に負えず、何人かの同業者に声を掛けているみたいです……」

 

 嫌な記憶が蘇る。エム女の悪霊に小原氏の身代わり札を押し当てた……まさか、あのエム女が?確かに僕じゃ祓えない強力な悪霊だったけど。

 

「本当に襲われたなら悠長な事は言えないよね。今日と言われても仕方無いだろう。

でも手持ちの除霊道具は少ない。話を聞いて今晩から対応はキツいよ」

 

 お札も清めの塩も事務所のストックだけじゃ心許ないな。

 

「でも、こう言ってはなんですが……罠ではないでしょうか?タイミングが良すぎる様な気がしません?」

 

 確かに僕等が調査に行った日に小原氏に霊障が有った。出来過ぎな感じもするが、僕には心当たりが有るからな……

 

「場所と時間は?」

 

「場所は港区高輪の小原氏の東京の別宅。時間は5時です……」

 

 港区高輪?ああ、品川駅の近くの高級住宅地か。此処から電車なら1時間掛からないし、駅からタクシーを使えば1時間半もみれば着くな。

 

「罠かもしれないが、行くと言ったからには一度は行かないとね。仕事を請けるかは話の内容と条件次第。

もしかしたら……廃ホテルの霊が関係してるかも知れない。この話は避けられないよ」

 

 女癖が悪いと有名な小原氏に女の悪霊が現れる、か……

 

「一旦自宅に戻って有るだけの除霊道具を用意しよう。最悪そのまま夜を迎える事に……ああ、車で行かないと駄目かな?」

 

 どれだけの荷物を用意すれば良いかな?最悪は向こうで用意して貰おうかな。

 

「でも廃墟では有りませんからランタンとかは必要無いのでは?」

 

 力有る連中なら停電なんて当たり前。人間は明かりが無ければ行動出来ないんだよ。

 

「デジタル温度計・カメラやモニター類。本来なら拠点を構えて各種センサーで見張るんだ。

幾らなんでも小原氏にベッタリ付きっ切りは嫌だし、護衛対象の目の前に現れるのを待つのは下策だよ」

 

 幾ら力ある悪霊とは言え、結界を張り巡らせれば簡単に目的地には行けない。途中で現れた所を察知し迎撃したい。

 

「本当に榎本さんって普通の霊能力者とは違いますわ。何か研究者みたい」

 

 クスクス笑ってるけど安全第一なんだよ。

 

「さて荷物の用意をしようか。品川に5時だと3時半には出たい。そんなに時間は無いよ」

 

 パンパンと手を叩き、桜岡さんを急かす。ああ、結衣ちゃんに会えずに又仕事か……でも桜岡さんを一人で行かせる訳には行かないし。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 東京都港区高輪の高級住宅地に小原氏の別宅は有った。

 

「デカい……敷地だけでも400坪位有りそうだ。洋風建築三階建てか」

 

 正門の前で見上げているとインターホンで話し掛けられた。

 

「どちら様でしょうか?」

 

 思わず見つめ合うが、桜岡さんを促す。

 

「今日の5時にお約束をしています、桜岡です」

 

 そう言うと自動的に両開きの正門が開いた。

 

「車を右側の駐車スペースへ。お迎えにあがります」

 

 気を付けて見回せばドーム型の監視カメラも有る。言われた通りに車を敷地内に入れる。

 駐車スペースとは言え、楽に10台は停められるだろう。既に先客が居るのだろう。ベンツやBMWが停まってるがナンバーが柏とか足立とかだ。

 一番手前に愛車cubeを停める。車を出ると如何にも執事っぽい中年が現れた。

 

「お待たせ致しました。office sakuraoka 代表、桜岡様とお連れ様ですね。主人がお待ちしております。どうぞ、此方へ」

 

 まさに慇懃な態度はプロの執事っぽい。流石は悪どい金持ちだ。執事さんを先頭に室内に案内される。

 20畳は有りそうな洋間に案内されると、何人かの先客が居た。

 

「あと一組のお客様が御座いますので、もう暫くお待ち下さい」

 

 執事さんが退出したので、空いているソファーに座り周りを見回す。三人掛けのソファーに桜岡さんがピッタリ寄り添って座るのをヤンワリと距離を……

 握り拳一つ分空けて貰う。

 

 改めて見回せば……

 

 アレってシスターの衣装だぞ。窓際には3人の若いシスターが居た。皆さん20代後半から30代前半だろうか?肌の露出は全くないが、肉感的な淫靡さが漂う。

 僕はロリコンだから平気だが。斜向かいに座る一団は……見覚えが有るんだけど。

 

 一人掛けソファーに座る20代後半?の女性。周りにも20代と思われる女性が2人立っている。全員ビジネススーツ姿だからキャリアウーマンの団体に見える。

 だが座っている女性に見覚えが……

 

「アレは亀の霊獣を使役する……確か亀が丘八幡宮、いや亀宮さんだっけ?」

 

 同期で飛び抜けた霊能力を持ち、霊獣をも従えた女性が居たのだが。霊視をすれば彼女に纏わり付く亀が見える。

 亀の霊獣が此方を睨んでいるが、警戒されてるのかな?此方の視線に気が付いたのか、軽く会釈をしてくれた。

 此方も軽くお辞儀をする。彼女は強大だが、悪い噂は聞かない。ただ業界最強の一角には間違い無いけど……

 

 最後に隅の方に1人で座っている女性。若い、この中でも若い。多分10代半ば、高そうな着物を着こなしているが僕には分かる。

 着痩せするタイプだし大人びてい過ぎている。全員が美女・美少女だが、僕のタイプは0。そうロリは0だ。

 

「帰りたい……帰って結衣ちゃんと話がしたいんだ」

 

「お待たせ致しました。最後のお客様が到着致しましたので、主人からお話しが有りますそのままお待ち下さい」

 

 最後の客ね。一体誰なんだろうか?

 

 

第73話

 

 東京都港区高輪の小原邸に集められた霊能力者達。僕を除いて全員が女性だ!これは女癖の悪い小原氏の趣味なのか?

 

 先ずは3人の若いシスター達。次はビジネススーツ姿の3人、亀の霊獣を使役する亀宮さん御一行だ。最後に高そうな着物を着こなしている少女。

 

 亀宮さん以外は知らない連中だ。そして最後に現れたのが……

 

「あら、霞じゃない。貴女も呼ばれたのね?」

 

 摩耶山のヤンキー巫女、桜岡さんのお母さんだ。確かに摩耶山のヤンキー巫女は一人で神泉会と神泉聖浄をボコボコにした猛者だ。

 つまり呼ばれた彼女達の実力は確かなのかもしれない。でも生霊専門の梓巫女を呼んだ事を考えれば美女・美少女を集めたとも考えられるし……

 男は僕1人ってのも居心地が悪いよね。桜岡さん母娘が近状報告をしているのを聞きながら溜め息をついた……

 

「ああ、帰りたい」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 暫く待たされると、先程の執事さんが現れた。どうやら小原氏の登場らしい。

 

「お待たせ致しました。主人が参ります」

 

 そう言うと壮年の男性が部屋に入って来た。その後ろには右腕と頭に包帯を巻いた女性が……上座に設えたソファーに座る小原氏。

 その両隣に包帯を巻いた女性と執事さん。

 

「皆さん、良く集まって下さいました。皆さんを日本で有数の霊能力者の方々と見込んでお願いが有ります」

 

 周りを見回しながら丁寧な言葉を使う小原氏。しかし僕を見た時に「何で男が居るんだ、コラ?」的な顔をした。

 

 つまり女性ばかりを集めたんだ。自分が悪霊に襲われているのに、余裕なのかな?

 

「先ずは皆様のご紹介をさせて頂きます。訂正が有れば、その場でお願い致します。先ずは……亀宮流除霊会、亀宮様とお連れの鈴木様・西原様」

 

 呼ばれると優雅に立ち上がり一礼する亀宮さん。

 

「続きましてセントクレアの会、代表メリッサ様とお連れのフローラ様・マリエン様」

 

 あのシスター達だ。どう見ても日本人だが、洗礼名だろうか?小原氏も目を細めて彼女達を見ている。

 

「続きまして小笠原様」

 

 あの着物少女だ。名字だけだから何も情報が分からない。軽く会釈をするだけだが、良い所のお嬢様だろう品の良さだ。

 

「続きましてoffice sakuraoka代表、桜岡様とお連れの榎本様」

 

「違いますわ。榎本さんは私が師事しています個人事務所の所長ですわ。榎本心霊調査事務所の所長です」

 

「いや、今日は桜岡さんのお供だから……」

 

 そんなに目立つ様な紹介は、それに師事ってナニ?

 

「榎本心霊調査事務所所長、榎本。中堅の霊能力者と言われながら、除霊達成率は100%の実績を誇る謎の男。主に不動産関係の除霊が専門……」

 

 着物少女が余計な実績を……実績?謎の男?

 

「いや達成率100%は違うだろ?実際解決してない案件も……」

 

「難易度AAA(トリプルエー)の案件も彼が調査すると霊障がおさまる。報告では特に異常無しと言うが、それが謎で異常……」

 

 僕の身に余る悪霊でも胡蝶が喰っちゃうからな……だから異常無しと報告するのだが、この少女は何者なんだ?

 

「それに彼が部屋に入って来てから、亀ちゃんが彼から視線を外さないわ。この子がこんなに警戒するのは初めてよ」

 

 亀宮さんから余計なコメントきたー!

 

「いや、買い被り過ぎだから……」

 

 僕の左手を指差しながら「その左手首の数珠……力を隠してますわね?」と言ってくれたよ。胡蝶の漏れた力を隠す為に取り敢えず付けた数珠だ。

 霊力の漏れを抑える力は弱い。だから力有る同業者と会うのは嫌だったんだよ……溜め息が出るよね。

 

「まぁお互い切り札を隠すのは……同業者なら尚更ですよね」

 

 これ以上突っ込まれない様に、切り札的な話にする。これを言っても詳しく聞きに来るのは業界のマナー違反だ。誰しも自分の力は秘密だからね……

 

「では訂正します……office sakuraoka代表、桜岡様。榎本心霊調査事務所所長、榎本様」

 

 取り敢えずソファーに座ったままだが頭を下げる。皆さん変な目で此方を見てるし、桜岡さんはキラキラした目で僕を見上げてるし……

 

「最後に摩耶山の巫女、桜岡様。桜岡様は先程紹介しましたoffice sakuraoka代表、桜岡様と親子で御座います」

 

 流石は空気の読める執事さん!摩耶山のヤンキー巫女と言わないのは流石だ。執事さんは包帯を巻いた女性に目配せをする。

 

「皆様初めまして。私は小原様専属の霊能力者の高野と申します。昨晩、当屋敷に悪霊が現れました。

幸い私の結界に阻まれ小原様に被害は有りませんでしたが、直接対峙した私はこの有様です……」

 

 両手を広げて怪我のアピールをする。物理的な攻撃手段を持っている相手。それと結界に強引に侵入するとなると……やはり僕の所為かな?

 

「相手は若い女性でした。結界が反応しても強引に入り込み、物質化してるので殴られました」

 

 着物少女が手を上げる。促す執事さん。

 

「恨み辛みで現れる怨霊と思う、心当たりは?」

 

 お前が悪いんじゃね?って決め付けたぞ。この少女、良い根性してるな。

 

「小原様は数々の成功者です。逆恨みも多いですし、商売敵からの嫌がらせも考えられます」

 

 模範解答だな、執事さんは……直訳すると「悪どい事をしてるんだし、怨んでる奴なんか特定出来るかよボケェ!」だな。

 

「それで?私達を集めて全員で対処して欲しいのですか?」

 

 追い討ちを掛ける少女。

 

「そうです。報酬は300万円、成功者には別途500万円をお支払いしましょう」

 

 小原氏が堪えられず金額を提示してきたが……

 

「それは各人でしょうか?それとも団体毎?それと成功報酬は割り勘?それともトドメを刺した者が総取り?」

 

 シスター・メリッサから金の配分確認きたー!本当に聖職者か?

 

「300万円は各団体に、成功報酬は皆様で話し合って下さい」

 

 あらあら、やはりトドメを刺した方の総取りよね?とかお日様の様な笑顔で言わないで下さい。つまりシスターさん達は周りの連中を出し抜いて倒せるだけの自信が有るんだ。

 

「宜しければ、お願い致します」

 

 そう執事さんが纏めに入ったので、手を上げて質問をする。

 

「はい、榎本様。他に何か有りますでしょうか?」大有りです。

 

「先ずは責任区分と仕事の内容を確認させて下さい。この屋敷に現れる女性の霊を祓う迄が仕事でしょうか?何時来るか分からない霊を常に張り付いて対応しろと?」

 

 女性ばかりなのに、小原氏に付きっ切りで良いのかな?

 

「そうです。衣食住は此方で用意させて頂きますが……」

 

 確かに広い家だし当然ゲストルームとかも有るんだろう。

 

「次に除霊に際しての怪我や器物破損、また他の方への怪我等の保障や責任、費用負担は其方で宜しいですか?」

 

「それは……」

 

「我々も命懸けですし、此方のお屋敷の備品を壊したら弁償となれば行動に制限が掛かります。労災保険も入れない業界ですし、怪我したり・させたりが自己負担は辛いですから」

 

 個人で傷害保障とか無理。

 

「いえ、それは……」

 

「他の方々は分かりませんが、私達は契約書を取り交わしませんと仕事は請けられません」

 

 突然の契約書話に戸惑っているのが分かる。でも此方も仕事だから不安な内容では進められない。

 

「契約書とか直ぐには……」

 

 鞄から数枚の基本契約書を取り出す。常に雛型は用意してるから。松尾の爺さんにも確認してもらった珠玉の逸品だ!勿論、僕のリスク回避の為だけどね。

 

「基本契約書は此方に……内容は御確認下さい。って横から取らないで」

 

 着物少女が執事さんに渡す基本契約書を横から奪った。ふむふむと読んでいるが分かってるのか?

 

「この責任と仕事内容の明確な区分、依頼人の責任を確実に記載する内容。良く有る除霊後のトラブルが発生する余地の無さ。

流石です。私も同じ契約書を使わせて欲しいです」

 

 こら、基本契約書を亀宮さんに渡すな。

 

「ふーん、こんな契約書なんて有るの。除霊なんて亀ちゃんが食べちゃうから簡単なのに……」

 

 ああ、シスターさんまで読んでるし……

 

「でも私達の責任や負担が軽減しますね。コレは良いわ……」

 

 皆が読み終わる迄は暫くかかるだろう。ソファーに深く座り直し、目を瞑る。この業界の連中は基本的に丼勘定だ。

 仕事を請けるリスクの重要性を理解していない。もっとも負けたら即死亡や重度の傷害を負う危険も有るから、請負金も高いんだけど……

 

「榎本さん、榎本さん。この基本調査料とか道具の損料ってなに?日割り計算になってるけど、これだと安くない?」

 

 基本契約書には料金体系も書いてある。何日、何人掛かるか分からないし……

 

「霊能力は特殊技能だから、拘束する日数により最低価格を決めている。昼は基本7時間、夜は基本6時間。それ以上は1時間毎で増額。

除霊道具だって無料じゃないしレンタカーや照明器具とかも使う場合が有る。場合によっては興信所に頼んで外部機関の調査も必要だ。

請求額にだって根拠がいるだろ?

後から高い安いとか揉めるなら事前に明確な金額を決めれば良い。もし難易度が高ければ、応援を頼むなり辞退したりも有るだろう。

その場合は、調査だけの費用を請求する。一見提示された300万円は高額だ。

だが危険度や拘束期間が分からないのに仕事は請けない。これは僕のやり方だから皆さんに当てはめるのは……」

 

 何ですか、皆さん僕をジッと見て……

 

「思い出したわ。貴方、駆け出しの頃に狂犬と呼ばれてたわね。当時は大した事なかったけど、10年で見違えたわ。今は事務処理も出来るゴリさんね」

 

 狂犬か……確かに駆け出しの頃は霊に対して怨みしか無かったからな。そんな過去の恥ずかしい徒名を……

 

「違います!榎本さんは私の番クマ、躾の行き届いたクマさんなんです。断じてゴリラじゃないですわ」

 

 ゴリラもクマも大差ないだろう?立ち上がり亀宮さんを睨み付ける桜岡さん。ああ、亀宮さんもニヤリと笑いながら立ち上がらない。

 

「其処までだよ二人共、良い大人なんだから、ね?」

 

 やっとシスターさん達が読み終わった基本契約書を返してくれた。

 

「私達も同じ内容で契約したいです。3頁目からの項目は不要ですが……」

 

 3頁目から?ああ、料金体系の項目か。彼女達はお金にシビアなシスターなんだね。

 

「あの……高野さんも何ですか?」

 

 僕の手元の基本契約書を覗き込んでいる。

 

「いえ、私も専属なんですが契約書とか交わしてなくて。この怪我も自腹なんですよ」

 

 黙って彼女に基本契約書を渡す。ソファーに座り込んで熟読する高野さん。実際に怪我を自前で負担した彼女には、契約書の大切さが身にしみたんだろう。

 

「えー、僕の基本契約書は僕の能力を基準にしてます。小原氏が提示した300万円ですが、この契約書ですと……

もし今晩解決すれば一人当たり5万円位にしかなりません。成功報酬は別ですが。それを踏まえて考えて下さい」

 

 執事さんがニコニコしながら「本当に契約を結べば安くなるのですか?後から追加料金の発生は?」と言うが、料金が安いのは直接除霊する以外の責任が無いからですよ。

 

 言いませんけど……

 

「勿論です。安く分かり易くが基本ですし、その分何から何まで全部はやりませんよ」

 

 一式無増減の契約はしない、実数実測が基本だ。

 

「どうせ今夜も襲ってくるのは間違い無い。安いなら、その契約書で構わない。定岡、準備を進めてくれ。さて、皆さん。夕食にご招待しますよ。では後程……」

 

 途中、空気だった小原氏が強引に纏めてお開きとなった。契約書は双方の署名と捺印だけだから直ぐに終わるだろう。でも……

 

「アンタら仕事に対する契約の考えが甘いぞ!自信が有るなら構わないけど、丼勘定過ぎるだろ?人一人後遺症の有る怪我を負わせたら保障だけで大変なんだよ」

 

 取り敢えず契約書を珍しいと騒いでいる彼女達に怒った。仕事を請けるなら契約を舐めるな、と……まぁ全てが自己責任なら関係無いんだろうけどね。

 

 

第74話

 

 小原氏を囲む美女・美少女霊能力者との食事会は大変美味しかったです。洋食フルコースだったが、量は物足りなかったな……

 食事を終えると各自の部屋へ案内された。各団体毎の部屋割りだが、桜岡親子で一室。僕だけが一人で一室だ。

 男一人だから相部屋では困るけど、何故だか彼女達のゲストルームと違い従業員の当直部屋みたいだ。

 ユニットバスもトイレも完備だから文句は無いけど、あからさまな差別?

 部屋に入り鍵をかけ備え付けのトイレに入る。洋便器の蓋の上に座り込んで左手首を見る。

 

「なぁ胡蝶、出て来てくれよ」

 

 呼び掛けると同時に蝶の痣から溢れ出すモノトーンの流動体。盛り上がり人型になれば、全裸幼女の胡蝶さんだ。今回は僕の膝の上で向き合う様に座っている。

 

「正明、アレ食べたい」いきなり贄の要求!

 

「いやアレじゃ分からないから無理。てか、アレって襲ってくるエム女か?」

 

 胡蝶の食事は基本的に霊体だ、人間も生で食べるが……

 

「そうだ。前回は取り残したが、アレはかなりの力が有るな。みすみす他の奴にくれてやるには惜しい」

 

 胡蝶の平らな胸を見ながら思う。あのメンバーを出し抜いて胡蝶に食べさせるのは無理だって。成功報酬500万円にシスターさん達は目の色を変えていたし……

 

「今回は胡蝶が出るの無理。何とかならないか?せめて服を着て下さい」

 

 女性ばかりの今回のメンバーで、全裸幼女召喚は社会的に死ねる。

 

「ふむ……あの亀も旨そうだが、今回はあの怨霊を是非とも喰いたい。仕方無いな……正明、アヤツが来たら数珠を外して左腕で掴め。

そうすれば我が外に出ずとも喰える。チャンスが有れば、あの亀も触れ」

 

「亀宮さんの亀は駄目だ!悪い事はしてないし、アレって霊獣だけど善玉だろ?」

 

 敵対するなら仕方無いが、アレでも亀と亀宮さんは当世最強の霊能力者だ。此方から喧嘩を売るのは良くない。

 

「分かった分かった。面倒臭いのは嫌なのだろ?片方は今晩も来るだろう。我はアレを喰いたい。分かるな、正明?」

 

 そう言って首を甘噛みすると、痣に引っ込んでいった。ヤレヤレ、ウチのお姫様はアレがご所望か……

 しかし、あの連中を出し抜いて掴むなんて出来るのか?本来のトイレの機能を使用して部屋に戻る。さて準備はしますか。

 内線電話が有るので受話器を取ると呼び出し音が……3コール目で繋がった。

 

「はい、榎本様。何でしょうか?」

 

 内線番号だけで分かるのか?声は執事さんだ。

 

「屋敷内に感知用の機器を設置するのは駄目ですか?監視カメラは有るからデジタル温度計と出来ればサーモカメラを設置したいのですが」

 

「デジタル温度計とサーモカメラですか?何故でしょうか」

 

「霊の出現を事前に確認出来ます。大抵の霊は出現する時に何らかの温度変化が有りますし、サーモカメラは見えない彼らを捉えます」

 

「警備主任と高野を向かわせますので、榎本様から御説明下さい」

 

 そう言って切られた。つまり執事さんの管理範疇外だから担当者を説得しろってか?2分も待たない内に扉がノックされた。厳つい筋肉の黒服に高野さん。

 

「良い筋肉だな」

 

「む、貴様も良い筋肉だな。で、何で屋敷内にカメラや温度計を配置するんだ?」

 

 備え付けのテーブルに案内するが、小さめの椅子は筋肉組には窮屈だ。

 

「ああ、監視カメラが有るなら警備室にモニターが有るんだろ?そこに小原氏の周辺の部屋や廊下にデジタル温度計とサーモカメラを設置する。

コードは200m有るから警備室まで引けるだろう。霊の出現を早めに感知出来れば対応も早い」

 

「サーモカメラは駄目だ。画像を撮すのは……デジタル温度計なら問題無いが、あてになるのか?」

 

 撮られちゃマズい物でも有るのか?

 

「ただ不眠不休で小原氏の周りで待つよりは、な。監視カメラと同じ場所に設置したい。異常が有れば監視カメラで確認出来る。

デジタル温度計は5台、モニターは数字しか出ないから配置場所は教えて欲しい。高野さん」

 

「はっはい」

 

 いきなり名前を呼ばれて挙動不審な彼女?

 

「夕食の時に大体の説明は聞きましたが、幾つか確認とお願いが。女の霊を最初に感知したのは庭に張った結界だよね。

その場所にデジタル温度計を一つ設置したい。その後、結界を破りながら来たルートにもう一台。

最後は高野さんが見て、小原氏の寝室の周辺に残りを。監視カメラの配置も考えて設置場所を教えて欲しい」

 

「設置は良いがケーブルを通すとなると戸締まりが出来ないぞ」

 

 警備上、戸締まりが出来ないのは良くない。でも細いケーブルだから……

 

「直径5mm程だからエアコンとかの貫通穴でも欄間や格子の付いたトイレの窓でも大丈夫。無線式も有るけど霊障とかで感度が悪い時が有るから有線が良いんだ」

 

 それなら問題無いだろうと設置を手伝ってくれるそうだ。因みに警備室は、宛てがわれた部屋の隣だ。この部屋は警備員の宿直室かよ!

 デジタル温度計の設置を終えて、数値の読み方を当直の警備員に教える。何か有れば内線か携帯で連絡してくれと、監視業務を押し付ける事に成功。

 少しは仮眠が取れそうだ。高野さんと別れて宿直室に戻る。

 シャワーを浴びてベッドに横になると、眠気が……枕元に置いた携帯の呼び出し音で目が覚める。ディスプレイに表示された文字は桜岡さんか。

 

「はい、もしもし」

 

「榎本さん、桜岡です。あの……今後の方針はどうしましょう?」

 

 そうだった、彼女に何も言ってなかったな。

 

「悪い、言ってなかったね。屋敷の監視室に話をつけてある。監視カメラとデジタル温度計で異常が有れば連絡が来る。

そうしたら僕から桜岡さんに電話するよ。だから暫くは休んでも大丈夫だよ」

 

「流石ですわ。でも準備をなさる前に教えて下さい。お手伝いしたかったです」

 

 そう言って電話を切った。さて、少し寝よう……

 

「榎本さん、榎本さん」

 

 トントンと扉を叩く音で目が覚めた。時計を見れば寝てから20分も経ってない。誰だよ、安眠を妨げるのは?のっそりと起き上がり扉を開ける。

 

「はい……あー今晩は、何か用かな?」

 

 毒舌着物少女が立っていた。しかも無表情で……

 

「文句を言いに来た。皆、嫌々ながら小原氏と一緒に居る。

貴方達が来ないから探したら警備室に話をつけて独自のセンサーまで設置してた。抜け駆け駄目」

 

 無表情ながら非難の籠もった目で見上げられている。

 

「いや共闘してないし、小原氏も僕と一緒は嫌だろうし、僕もアレ嫌いだし」

 

 何で一晩中オッサンがオッサンと一緒に居なきゃなんないの?

 

「小原氏は桜岡親子は呼ぶ気なかった。霞さんは保護者同伴だし、私は未成年。でも亀宮さんは額に井形を作って付き合ってる。お酒飲まされてる」

 

 何ですと?悪霊に襲われてるのに関係者にお酒を強要だと!

 

「うん、馬鹿なんだな。小原氏は……

でも亀宮さんもシスターさん達もプロだから、皆それぞれ対策をとってるよ。だからお節介は不要だよね?」

 

 おっ?少しだけ非難する様な表情になった。美少女の怒った顔は迫力が違うな。

 

「彼女達は迎撃タイプ。現れる敵に対応。索敵や連携とか無頓着」

 

 うん、亀宮さんは亀の霊獣だけに防御が凄いらしい。来たヤツを喰うが、攻めに行くのは不向きだとか。

 

「そうだね……でも除霊スタイルは人それぞれだから、他人が口を出すのはマナー違反だよ」

 

 霊能力者は自分の能力に自信とプライドが有る。下手な助言は逆効果の場合が多いんだ。

 

「マナー違反は貴方。女性が訪ねて来てるのにドアの外に立たせっぱなしはどうなの?」

 

 いや、逆に紳士的な対応だろ。普通は夜中に女性を連れ込んだりしない。

 もっとも好みのロリなら考えたが、若いけど彼女じゃそんな気分にはならない。

 

「美少女を夜中に部屋に連れ込まないのが紳士的な対応だ。君も少し仮眠した方が良いよ。勝負は23時以降だろう……」

 

 警戒網は張ってある。後は誰よりも早くエム女の頭を左手で掴めば終わりだ。胡蝶なら、あの程度なら瞬殺出来るからね。

 

「私、美少女かな?無愛想だし口調が変って言われてる」

 

 何だっけ、素直クールだっけ?ポンポンと右手で頭を軽く叩く。

 

「標準以上の美少女だから自信を持ちな。オジサンも嬉しいから。じゃ僕は少し寝るから……」

 

 そう言って扉を閉めた。小原氏は彼女達を侍らせて飲んでるのか……女癖が悪いとは知ってるけど、亀宮さんがキレたら大変だぞ。

 僕には関係無いからベッドに潜り込む。少しは休まないと本番で役にたたないからね……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 突然内線で呼ばれ警備室に飛び込んだ。

 

「どうした?何か異常が……って庭の温度がマイナスだって?」

 

 警備員が示すモニターはデジタル温度計が観測した数値を表している。マイナス6℃。雪国では珍しくもないが、此処は東京だ。

 監視カメラのモニターでもハッキリ分かる。霜が降りカメラのレンズも曇ってきた。

 

「人から聞いたら笑い出す状況だよな……庭の一部だけが氷点下になるなんて異常過ぎるだろう。

直接この目で見てるから信じるが、他の人に話したら変人扱いだな。ほら、木の傍に人影が見えるだろ。この場所に案内してくれ」

 

 僕が八王子の廃ホテルで遭遇したのも木の傍だったな。警備員に付いて行きながら携帯で桜岡さんに連絡し、状況を伝えた。警備室の直ぐ脇の扉から外に出て、屋敷を迂回する様に走る。

 直ぐに問題の庭に出れた。

 

「さっ寒いな。吐く息が白いぜ……さて、お嬢さん今晩は……」

 

 前回同様、俯き加減で立ち上半身をクネクネと動かしている。病的に白い皮膚は傷だらけだ。前よりも胸の辺りの爛れが酷い。

 僕が清めの塩を撒いた辺りだな。つまりダメージ蓄積型だ。時間を掛ければ僕でも祓えるだろうか?

 

「わたっ……私の……あの人は……何処に隠したー」

 

 突然大声をあげて騒ぎ出した。慌てず、ゆっくりと愛染明王の真言を唱える。

 

「おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 右手に持っているペットボトルに入った清めた塩に霊力を満たせて行く。

 

「はっ!」

 

 霊力を込めた清めた塩を彼女にブチ撒ける!

 

「うぎゃ……うぎゃぎゃ……私と……あの人……の仲を……邪魔……する……の……ね」

 

 前回同様、顔から胸にかけてブチ撒けた清めた塩は、プスプスと白い煙をあげながら彼女の体を焼いていく。

 だが倒すには至らない。

 

「榎本さん、手助けしますわ!」

 

 桜岡母娘が来てくれた。ならば残りのメンバーも直ぐに来るな。早く片を付けよう。

 

「おまっ……お前……わたっ……私の……彼を……寝取った……売女……め……」

 

 桜岡さんを娘の方を指差して、ワナワナと震えるエム女。彼女を誰かと勘違いしてるのか?

 

「違っ、榎本さん。私違います。寝取ったとか、違いますから……」

 

 彼女が慌てている内に、残りのメンバーがやって来た。もう時間が無い。

 

「おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 再度、愛染明王の真言を唱え左手首に巻いた数珠を外す。

 

「成仏するんだぞ」

 

 桜岡さんを指差して騒いでいるエム女の顔を掴む。やれ、胡蝶!

 

「あがっ…あががが……」メキョメキョメキョ!

 

 悲鳴と何とも言えない生物を砕く音を出しながら、エム女が僕の左手に吸い込まれて行く。

 僅か5秒にも満たない惨劇……全てを吸い終わってから、左腕を軽く振って数珠を嵌め直す。

 やはり胡蝶の力ならエム女程度なら楽勝だったな。

 

「凄い。ライバルをセクハラ野郎に押し付け、自分は警備室を傘下に置いて早期に索敵。

発見後、身内以外の証人が現れるのを待って殲滅。文句の無い一人勝ち」

 

 何時の間にか僕の隣に居た着物少女が、トンでもない毒舌で状況を説明しやがった!

 


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