榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

56 / 183
リクエスト作品(高野さん編)後編・ネタバレ編

リクエスト(高野さん編)後編

 

 自宅マンション前で警察に逮捕された。手錠を掛けられ所轄の警察署に連行、直ぐに各種検査をされた。

 特に念入りに調べられたのが、榎本さんの言う発射残渣(はつしゃざんさ)と言うらしい。

 拳銃を撃つとスス、鉛、アンチモン、バリウム、亜硝酸塩が飛散し、発射したもののまわりに付着する。

 だからアレだけ発射した時の煙を浴びるなって言ったのね。その後に指紋や毛髪の提出も求められた……検尿までされたのは薬物検査なのかな?

 漸く検査が終わり午前三時過ぎに所謂牢屋に入れられた。初めて牢屋の固いベッドで寝たが寝心地は悪くはない。

 

 翌朝は7時に起こされ朝食を食べた。

 パック牛乳に食パン二切れ、サラダにハムが二枚。ジャムはマーマレードだった。コレは苦いから嫌い。

 九時から取調室に入れられて二人の刑事から色々と聞かれた。

 だが言われた通りに下を向いて黙秘を続ける。怒鳴られたり諭されたりと緩急つけた尋問が繰り返し行われた。

 初日は夕方まで昼食と休憩を挟みながら尋問が続いた。

 

 昼食はチャーシュー麺だった。六時に夕食、八時にシャワーを浴びて九時に消灯。

 夕食は炊き込み御飯に味噌汁、白菜の浅漬けに肉ジャガと蜜柑。飲み物は日本茶だ。麦三割米七割の炊き込みご飯が意外と美味しい。

 楽しみが食べる事だけなので、考える事が食べた献立ばかりだ。年頃の女性としては、どうなんだろうか?

 しかし、思った以上に辛い。だけど約束通り、あと二日は我慢しなきゃ。

 

 二日目……

 

 同じ様に七時に起こされて朝食を食べた。パック牛乳にロールパン二個、それにハムエッグと蜜柑。

 イチゴジャムは嬉しいが、目玉焼きは半熟が好きだ。カチカチに焼かれた目玉焼きは嫌い。

 また辛い尋問が始まるかと思えば、九時を過ぎても誰も呼びに来ない。

 

 何故かしら?十時過ぎに女性警察官が何故だか女性誌を数冊差し入れてくれた。

 去り際に「もう少しだから頑張ってね」と言われた。何を頑張るのだろうか?

 

 十二時、お昼だ。

 

 昼食はカツ丼と珈琲と蜜柑が運ばれて来た。同じ女性警察官だ。

 

「何か欲しい物は有る?」と優しく聞かれたが、これが飴と鞭だと思い何も要らないと言った。

 

 情に訴えても無駄よ。三時にオヤツが運ばれてきた。浜うさぎのどら焼きが二個と日本茶だ。

 やはり同じ女性警察官が運んでくれた。

 

「貴女を心配してくれている人が頑張ってるわよ。羨ましいわ」

 

 謎の言葉を残していった。羨ましい?投獄中の私が?

 

 夕食は何故か豪華だった。ビーフシチューに山形パン、サラダに蜜柑。何故に毎回蜜柑?

 そしてコレが最後の晩餐?昨日はシャワーだったのに、今日はお風呂に入れた。付き添いは何時もの女性警察官だ。

 

「ゆっくり入ってね。綺麗にしないと駄目よ。明日が楽しみね」

 

 明日が楽しみ?明日で約束の三日目だが、私の刑が決まるのかしら?

 

 三日目の朝、同じ様に七時に朝食が出た。

 

 珈琲にハムサンド、ポテトサラダに蜜柑。もう毎回デザートは蜜柑で良いわ……

 九時に初日の刑事二人が迎えに来た。昨日は事件か何かで出払っていたのね。

 

 また辛い尋問の始まりか……牢屋から出る時は手錠をされるので黙って両手を差し出した。

 

「いや、今日は良いんだ……」

 

 言い辛そうにゴニョゴニョ言って先に歩き出す刑事達。訳が分からないが後に付いて行く。

 今日は取調室じゃないのかしら?何故か第二会議室ってプレートの部屋に通された。室内には何時もの女性警察官が既に居た。

 

「あー少し話をしておいてくれ。署長を呼んでくるわ」

 

 刑事が部屋から出て私は入り口近くで、ただ立っている。署長を呼ぶ?

 

「あの……」

 

「座って高野さん。ごめんなさいね、誤認逮捕だったの。貴女の彼氏さんがアリバイを証明してくれたわ。彼氏さんが迎えに来る前に状況だけ説明するわね」

 

 彼氏?私、フリーですけど年齢=フリー期間なんですけど?今回の騒動で思い当たる人は……

 

「彼氏?榎本さん?」

 

「そう、榎本さん!彼凄いわね。

普通、警察に任意同行でも呼ばれたら萎縮するのに、署内に響く大声で貴女の無罪とアリバイを証明したのよ。

流石に裏も取らずに逮捕しちゃったって聞いたら片手で会議テーブルを殴ってヘシ折るんですもの。

幾ら被害者本人が貴女が犯人だって騒いでも、確たる証拠も無しに逮捕は横暴だってね。

貴女も酷い人見知りらしいけど、アリバイが有るなら言わないと駄目よ」

 

 被害者本人の証言?すると奴は生きてるの……

 

「あの……」

 

「失礼するよ」

 

 奴の生死を確認しようとしたが、恰幅の良い制服を来たオッサンと刑事二人が入って来た。

 向かいに署長と刑事二人、私の隣に女性警察官が座る。

 

「先ずは謝罪をさせて欲しい。すまなかった、誤認逮捕だった」

 

「あの……」

 

「高野さん、ちゃんとアリバイが有るなら何故初日に言ってくれなかったんだ。

その、君が極度の人見知りで両親の件で警察を信用してないのは彼氏から聞いたよ」

 

「彼氏?榎本さん?」

 

 榎本さん、警察に何を言ったのよ?私が極度の人見知り?

 

「そうだ。君の自宅を家宅捜査してる時に彼が訪ねて来てね。任意同行をお願いしたんだ。

最初は共犯者の疑いも有ったからね。彼は素直に警察署まで来てくれた。最初は君が事件に巻き込まれたと思ったらしい。

だが殺人容疑で逮捕・拘束中と聞いて驚いて、犯行時間を聞いてキレた。彼女と僕は、その日は東北に日帰り旅行に行っていた。ふざけるなとね。

この会議室だったんだが、片手でテーブルをヘシ折られた時は慌てたよ」

 

 東北に日帰り旅行?訳が分からない、そんなの不可能だわ。

 

「勿論、公務執行妨害で逮捕なんてしてないよ。彼の証言の裏を取るのに昨日丸一日掛けたからね。

二人で一日中部屋に居たとか、知り合いだけの証言なら我々も信じなかった。

だが、幾ら被害者本人が騒いでも君のアリバイを証明する物が沢山出て来ては……」

 

 そう署長が言葉を止めると、刑事が鞄から紙を取り出した。

 

「これがJR上野駅の防犯カメラの映像。君と彼氏が仲良く駅弁を買っている。電車内で車掌が覚えていたよ。

切符を拝見する時に仲良く駅弁を食べてたカップルだってね」

 

 粗い画素数の写真だが、確かに私と榎本さんが写ってる。どうやって私に似た人を用意したの?

 

「勿論、降りた駅の防犯カメラにも写ってたよ。

そして彼氏が椀子蕎麦の大食い大会に出場、それを応援する君を複数の人間が証言した」

 

 差し出された写真には、優勝した榎本さんが私の腰を抱いてトロフィーを持っている写真が……

 新記録、第59回時間無制限椀子蕎麦大食い大会700杯完食優勝?過去の記録568杯を抜く大記録樹立?

 

 ナニコレ、私シラナイワヨ?

 

「地元テレビ局も取材に来ていてローカルニュースだが夕方に放送されたらしいよ。しかし椀子蕎麦700杯も食べるとは凄い彼氏だな」

 

 もう考える事も無理……榎本さん、私のソックリさんを仕立ててアリバイ工作をしてくれたの?

 

「犯行時間の一時間半前の写真だが、東北から東京のホテルに移動は物理的に不可能だ。

優勝した後も各地を観光して夕方7時8分に上野駅に到着となっている。被害者本人が犯人は君だと騒いだが、それは不可能だ。

何故なら椀子蕎麦大会で君が持っていた蕎麦猪口から君の指紋が検出された。偽者疑惑も晴れたよ」

 

 指紋まで用意出来たの?榎本さん、貴方って何者なの?

 

「上野駅に7時過ぎに着いて自宅に11時過ぎに帰った事は不思議だったが……途中で夕食を一緒に食べた後に、アレだろ?

彼氏も言葉を濁したが、恋人同士だし愛を確かめあった……」

 

「署長、それセクハラですよ」

 

「いや、すまない。犯行時間以外の行動には我々は関知しないよ。まぁ説明は以上だが、君は無罪で釈放だ。

本当なら犯人の遺留品から君と同じDNAを持つ毛髪も見つかったり、途中の監視カメラでも似たような人物が映っていたんだが……

彼氏曰わく君が高柳氏を恨んでいるのは調べれば分かる事だし偽装じゃないのか?って言って頑として譲らなくてね。

まぁ犯行は確実に不可能な訳だから、その線でも捜査は続けるよ」

 

 そう言って立ち上がると署長と刑事二人が深々と頭を下げて部屋を出て行った……

 

「全くオヤジ連中はデリカシーが無いわよね。謝罪中にセクハラするんだから……

さて、10時に榎本さんが迎えに来るって。丁度時間よ」

 

 全く当事者の私を取り残して話が進んでいる。訳が分からない。だけど警察署からは釈放されたのは確かだわ。

 

「さぁ行きましょうか。今日は彼氏さんにうんと甘えるのよ。頑張った彼氏さんにお礼をしなくちゃね?」

 

 最初から最後まで親切にしてくれた女性警察官は、佐藤さんって名前だった。

 警察署の裏口まで送ってくれたが、裏の駐車場に見慣れた車と見慣れた筋肉達磨が笑って立っていた。

 私を見付けると軽く手を上げてくれる。佐藤さんにお礼を言ってから、何故か恋人になっている彼に小走りで近付く。

 多分だが抱き付く位しなければ、榎本さんの苦労は水の泡。疑問を持たれてしまう。

 

 榎本さんに正面から抱き付く、嫌だけど。嫌だから涙が溢れ出てしまう。

 

 暫く抱き付いて泣いてしまったが、彼は背中をポンポンと軽く叩くだけだった。

 恥ずかしくて直ぐに離れたけど、佐藤さんはずっと見てたみたい。

 右手親指を突き出して「高野さん、グッジョブ!」とか叫んでたし。恥ずかしくて榎本さんの車に乗り込む。

 

 早く種明かしをして貰わないと駄目だから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 のんびりと車を運転する彼の横顔を見る。確かに助けてくれたのは嬉しいが、奴は生きている。

 なのに呑気にしてはいられないの。ラジオなんか聞いてないで……

 

「現韓国大使、高柳氏が搬送先の病院で亡くなりました。

高柳氏は都内のホテルで銃撃にあい病院で療養中でしたが、医師の発表によると死因は心不全で……」

 

 ナニ……あいつガ死ンダ?心不全デ亡クナッタ?

 

「ああ、発表が早いな。もう少し掛かると思ったよ」

 

 淡々とトンでもない事を言わなかった、榎本さんは?

 

「榎本さんの仕業なの?」

 

 私の為なら余計なお世話よ!私は自分の手で奴を殺したかったのよ。

 

「君に渡した拳銃の弾に呪いを仕込んでいたんだ。言ったろ?兎に角一発でも当てる為に全弾打ち込めって。

致命傷は無理だと思って保険をかけたんだよ。肉体的にはダメージは無いけど、精神的には発狂する呪いだ。

君が敵討ちを達成したんだ。おめでとう、君の敵は苦しみ抜いて死んだよ」

 

「そんなの聞いてないわ!でも、それじゃ貴方が殺人の片棒を……」

 

 アイツが死んだ……苦しみ抜いて死んだ……両親の敵が死んだ……

 

「何故今になって敵討ちを望んだんだい?五年以上も前の話だろ?」

 

 人を殺して平常心を保っている彼が怖い。そして、それ以上に頼もしいと思っている自分が居る。

 

「私だって半分は諦めていたわ。

でもね、偶然テレビで奴が韓国大使となって反日運動に抗議する為に一時帰国って知ってね。

どうしても我慢出来なかったのよ。可笑しいでしょ?半分諦めていた復讐心が再燃して馬鹿な事をした女がさ……」

 

 溢れ出した思いは止められなかった。理性では駄目だと思っても感情が止まらなかった。

 

 奴をこの手で殺したいって……

 

「今は反省してるかい?」

 

 反省?馬鹿な!

 

「いえ、全くしてないわ。祝杯を上げたい気分よ。何なら一杯付き合わない?何でも奢るわよ」

 

 ふふふ、呆れたかしらね?

 

「何だ、心配いらないな。復讐は成し遂げた後に自暴自棄になる場合が有る。

目標を失って自分の行いの事を考え過ぎてしまうんだろうね。そしてジワジワと良心の呵責の念に苛まれる。

でも達成感を味わってるなら安心だ。祝杯くらいなら付き合っても良いよ」

 

 流石は復讐者の先輩ね。ジワジワと良心の呵責?

 

 全く無いわよ、そんなモノは!

 

「車じゃ無理ね、お酒は。コーラで乾杯でもする?」

 

 彼は炭酸が大好きだった筈よね。ならコーラ位は奢ってあげても良いわ。

 

「良いわ、そこの自販機の前で停めてくれる。ダイエットペプシでもゼロコーラでも買ってあげるわよ」

 

「ダイエットペプシにしてくれ。最近お腹の贅肉が気になる年頃なんだ」

 

 人を殺めた後で普通に会話が成立するなんてロクデナシの悪友ね、私達は。

 百万歩から百歩に譲っても絶対に恋人にはなれない関係……路肩に車を停めて貰い、ドアを開けて外に出る。

 

「でも、こんな関係も悪くはないわね。ありがとう、榎本さん」

 

 そう言ってから恥ずかしくなり、直ぐにドアを乱暴に閉めた。

 

 

リクエスト(高野さん編)ネタバレ編

 

「胡蝶さん、東北の寺巡り呪い人形踊り食いツアーに行かないか?」

 

 我が布団で寛いでいると、パソコンで何かを調べていた正明が話し掛けて来た。

 狐憑きの娘が眠った後は我と愛しい下僕たる正明の二人の時間。肉欲に溺れる事は少なくなったが、我とのコミュニケーションを育む大切な時間だ。

 我と正明は同化してるので企みは丸分かりなのだが、一応話を聞いてやるか……

 

「ん、我の為に贄を捧げるのか?それは良いが、あの雌狐の姿になれと?」

 

 ほら、悪戯がバレた悪童の顔をしおって。

 

「胡蝶は他人になりすませるだろ?アレって精度はどれ位なんだ?」

 

「ふむ、中身は違うが外観は全く同じだぞ。髪の毛の本数から皺の数、傷や痣も全く同じだ」

 

「指紋や声紋は?髪の毛とか採取されてもDNAも同じかな?」

 

 指紋?声紋?DNA?用心深いと言うか何と言うか……

 

「DNAは無理だ、我の霊力を変化させてるのだ。声紋も同様に霊力で相手の記憶に有る声を聞かせているに過ぎぬ。

指紋なら再現出来るから可能だな」

 

 擬態の我は抜け毛など無い。この体から離れた瞬間に霊力に戻り霧散するだろう。

 

「オッケー、指紋が平気なら問題無いや。悪いけど協力してくれよ。

報酬は当麻寺に保管してある人形全てだ。僕が境内を散策すれば自分で喰えるだろ?」

 

 我は既に正明と同化を始めている。我は正明の肉体に縛られている故、半径500m位しか離れられん。

 

「ふむ、確かにな。動かぬ人形など10分も有れば全て完食出来よう。

良かろう、戯れに正明の悪巧みに付き合ってやろうぞ」

 

 報酬が用意されてるなら戯れに付き合っても良かろう。全く霊力の低い雌狐など放っておけば良いのにな……

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自宅を出て最寄りの駅に行く途中で雌狐の姿に化けた。京急線で品川駅までいって山手線に乗り換えJR上野駅に着いた。

 正明曰わく駅には必ず防犯カメラが設置されていて記録は数日残るそうだ。天井に付いている半円球の物体もドーム型カメラらしい。

 途中で売店に寄り駅弁を五個買った。

 

 店員に印象付ける為に「榎本さん、そんなに一人で食べたらお腹を壊しますよ?」と心配そうに話し掛けた。

 

 店員の中年女性は笑っていたな。8時2分発はやて103号盛岡行きの電車に乗り込み、早速駅弁を開いた。

 車掌が指定席券と切符の確認に来た時を見計らい「はい、あーん!」をしてやった。

 車掌の羨ましそうな顔が可笑しくて堪らない。全くの別人を装っている我に気付かないとはな。

 一ノ関駅で在来線に乗り換え10時36分に平泉駅に到着、駅前でタクシーを拾い目的地に向かう。

 

 自然や(じねんや)と言う椀子蕎麦の老舗だ。

 

 正明は第58回時間無制限椀子蕎麦大食い大会にエントリー受付をしている。なる程、第三者の目撃者を沢山作るのだな。

 ローカルだが地元テレビ局も取材に来るらしい。テレビ放映されれば、アリバイとやらは完璧だな。

 予選無し、一発本戦だが300杯以下でリタイアは自費負担と聞いて参加者は少ない。

 正明はフードファイターとして第一線を張れるから間違いなく注目されるだろう。とは思ったが凄まじい勢いで食べている。

 印象に残る為だろう、度々我に手を振るので笑顔で手を振る。地元テレビ局のカメラが我を写しているのが分かる。

 地方局とは言え当日にテレビ放送されればアリバイ証明は何万人もしてくれるな。

 

 ……二時間食べ続けて700杯完食か。

 

 大会規定で1杯10gだから700杯で7000g、つまり7kgの蕎麦を食べた訳か。掛け蕎麦1杯で麺は約100gと言うから70杯分、人の食欲とは凄いモノなのだな。

 更なるアリバイ作りに協力する為に一緒に記念撮影をする。正明に寄り添い腰を抱いて貰えば、周りから黄色い声が上がる。

 

 ふむ、この地味女も優しい笑顔を作れば他人を魅惑出来そうだな。

 

 それと指紋付けの為に正明が食い散らかした蕎麦猪口を一緒に片付ける。その方が好感度も上がり証言も好意的な筈だ。

 ついでに色んな所を触り捲り指紋を付ければ完璧だろう。

 

「我、ミッションコンプリートだな……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ここが当麻寺ね。本当、美味しそうな気配を感じるわ。榎本さんが700杯なら私は700体を完食するわね」

 

 アリバイ工作の為に平泉中尊寺を見学し、最後に胡蝶さんの報酬の為に当麻寺に来た。

 勿論だが無断で納められた曰く付き人形を食べさせる為に……高野さんの姿形の胡蝶が、彼女の口調を真似て僕と腕を組んでいる。

 物凄い違和感が有るが、これもアリバイ工作と胡蝶への報酬だ。胡蝶は僕を起点として半径500m位しか離れられない。

 だから彼女の行きたい場所の近くに僕も行かなければならない。午後三時を過ぎているので、大分太陽が傾いている。

 4時には帰りの一ノ関駅発やまびこ62号に乗らなければならないので、30分位しか時間がない。

 

「榎本さん、私トイレに行ってきますね。休憩所で待っていて下さい」

 

 そう言うと胡蝶が食事の為にトイレに行った。ん?文法が変だったかな?大きな神社仏閣には参拝客の為に大抵は休憩所が有る。

 自販機やお土産が売ってたり軽食を提供してたりする。参拝客が休める様に椅子テーブルも用意されている。

 当麻寺も社務所脇に休憩所が有った。自販機でダイエットペプシを買い椅子に座る。

 携帯電話でiチャネルに接続、ニュースをチェックする。幾つかの記事を飛ばすと目的の記事を見付けた。

 

「現役官僚銃撃される!

反日運動と大統領の不適切な発言に抗議する為、高柳韓国大使が一時帰国していたが宿泊先のホテルで銃撃される。

幸い命に別状は無く、か……高野さん、失敗したか……さて、どうするかな?」

 

 暫く目を瞑り考える……状況は最悪、彼女の事だから「両親の仇(かたき)!」とか言ってそうだ。

 つまり身元はバレるから逃げ切れるかは疑問だ。想定通り僕も警察に捕まる様に行動しよう。

 彼女の自宅マンションは家宅捜査されてる筈だから、ノコノコ訪ねて行って捕まるかな。

 

 アリバイ工作は完璧だ。

 

 彼女の無罪は確実だから、後は復讐を遂げさせないと高柳氏の反撃が怖い。なまじ官僚なんて国家権力側だから確実に仕留めないと駄目なんだ。

 国を相手に戦いは出来ないから、奴が国家権力を使う前に退場して貰う。奴は直接高野さんと対面した訳だし、アリバイが完璧でも疑うだろう。

 

「榎本さん、お待たせしました。スッキリしましたわ」

 

 スッキリ?満腹の間違いだろ?妙にツヤツヤな高野さんが向かい側に座る。

 

「高野さん、失敗したよ。上手く半日逃げ切れれば、予定通りにアリバイを使えば解放される。

だけど生き残った高柳氏の動きが不安だ。高野さんと対面して撃たれたんだから、アリバイを信じないかもな」

 

「明日、榎本さんが警察に捕まるのでしょ?アリバイの裏を確認する為に明日一杯は拘束されるわね。

明後日に高柳氏を私が食べちゃうわ。魂だけ食べれば死因は心不全になるから平気よ。早めに始末しましょ?」

 

「そうだな。五月蝿い奴は始末した方が安心だね。高柳氏も霊能力者らしいから美味しく頂いて下さい」

 

 少し離れた場所に数組の参拝客が各々休憩しているが、話の内容は聞こえてないだろう。

 にこやかに話すカップルの内容が暗殺なんて信じないよね?現状は最悪の流れだが、何とかフォロー出来るだろう。

 

 胡蝶様々だな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 予定通りの行動を終えて上野駅に到着した。電車内でも情報をチェックしたが、高柳氏の容体を医師団が発表していた。

 腹部と太股に一発ずつ計二発の銃弾をうけたが、弾は貫通してるので命に別状は無いそうだ。

 有栖川病院とか名前まで出して良いのかよ?まだ犯人は捕まってないんだろ?此処で安易に高野さんに電話をしては駄目だ。

 通話記録を調べられたら基地局の記録も残る。東北発で都内受信じゃ笑えない。勿論、裏の世界で生きている僕達には常識だ。

 彼女も抜かりは無いだろう。JR上野駅周辺で適当なレストランに入り食事を済ます。

 此処でもアリバイ工作の為に店員に僕等を印象に残す行動をする。

 

 つまり沢山食べたんだ!

 

 もうお腹一杯で動けないな……夕飯を食べて高野さん(胡蝶)と並んで歩く。少し腹ごなしをしないと吐きそうだし……

 

「あっ!榎本さん、ホテルが有りますよ。少し休んで行きましょうよ」

 

 突然、高野さん(胡蝶)が腕を絡めてラブホの中に引っ張る。

 

「ちょ、おい、周りが……」

 

 こんな事は印象付けなくても良いんだよ!道行く人達が微笑ましく僕達を見ている。

 そりゃ小柄な女性がムキムキなオッサンをラブホに連れ込もうとすれば、面白いだろうよ。

 

「正明、腹ごなしにタップリ運動させてやるぞ。これも我への報酬だ!」

 

「ちょ、おま……あっ、アーッ!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 数々のアリバイ工作を済ませて、翌朝に高野さんの自宅マンションへ向かう。夕べ更にニュースをチェックしたが、容疑者逮捕と報道されていた。

 未だ実名公開はされてないが急がないと駄目だ。彼女の部屋の前に立ち、呼び鈴を押す。

 直ぐに扉が開き、中からヨレヨレのコートを来たオッサンが出てきた。

 思いっ切り不思議な顔をして「貴男は?此処は澄子の部屋のはずだが?」と言うと警察手帳を胸ポケットから出して見せてくれた。

 

「オタクは高野さんの知り合い?」

 

「ええ、そうですが……彼女に何か有ったんですか?」

 

 無理にでも不安そうな顔をするが上手くいってるのかな?

 

「ええ、有る事件の重要参考人として……宜しければ任意同行をお願い出来ますか?少し話を聞かせて下さい」

 

 ヨシ、食い付いたぞ。パトカーに乗せられて警察署に向かう。

 

 神奈川県警だ……

 

 現役官僚だし都内ホテルが現場だから本庁が出張ると思ったが、所轄の警察署が彼女を逮捕したのか。

 まぁ好都合だな、胡蝶と二人で協力して作り込んだアリバイを披露してやるよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局丸一日警察署に拘束と言うか軟禁された。僕は彼女が不法に逮捕された事を憤る彼氏役を演じきれた筈だ。

 つい芝居に力が入り過ぎて会議室の机を一つ壊してしまったが、その方が信憑性が高まるだろう。

 

 しかし、彼女も詰めが甘いな。

 

 現場に毛髪を残したり宿泊した部屋に機材を残したりと、指紋は注意していたみたいだが遺留品を多く残しすぎだぞ。

 兎に角、彼女を陥れる為の偽装工作だと言い続けた。

 それに彼女は極度の人見知りであり自分の両親の件で警察に良い印象が無いと説明、黙秘を続ける理由をそれとなく匂わせた。

 夕方に全てのアリバイと証拠が確認されて帰る事を許されたが、明日の朝10時に高野さんも釈放すると教えられた。

 佐藤さんと言う女性警察官だが、拘留中の彼女は無事だと教えてくれたし警察署の裏口から10時に出て貰いますからとも言われたが、当然迎えに来いって事なんだろうな。

 

 後は高柳氏の始末だが、有栖川病院か……

 

 早朝に近付いて胡蝶を解き放ち彼女が美味しく頂いた後に10時に迎えに来るとなると、明日も早起きになるのか。

 全く高野さんも僕の自宅に自分の預金通帳とカード、それに実印まで郵送してくるとなると最悪の場合も予想してたな。

 

 預金残高1872万円……

 

 僕は知り合いが、むざむざと不幸になるのは嫌なんだ。

 

 だから自主的に動いたので、これは返そう。強欲の高野さんから金銭を受け取るなんて、霊感がヤバイって疼くんだよね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 早朝6時、東京都豊島区東池袋に有る有栖川病院を望む場所にきた。白亜の外壁地上12階地下2階、どうみても報道関係者の車両が回りに路駐されてるな。

 現役大使が襲撃されて入院中なんだから、当然と言えば当然なんだが半径500mに近付くのも至難の業かも。

 

「胡蝶さん、どうかな?高柳氏を感じるかい?」

 

「ああ感じるぞ。愚か者め、良かれと結界を張っているが逆に位置がバレバレだ。

結界の強度はマァマァだな。だが存在をアピールし過ぎなのが愚かなのだ」

 

「あとどれ位近付けば良いかな?周辺は報道関係者で一杯だから、不用意に近付くのは拙いぞ」

 

 こんな筋肉の塊が、ましてや昨日警察に一日拘束されてたんだ。見つかったら疑われるのは確実だな。

 

「ふむ……あと50m位は近付きたいな。正明、あのファミレスに入ればギリギリ届くだろう」

 

 ファミレス、ジョナサンか?有栖川病院の国道を挟んで向かい側に確かに見慣れた看板が見える。

 

「分かった、モーニングでも食べて待ってるからお願い」

 

「我に任せろ、美味しく頂いてくれるわ」

 

 待つこと15分、モーニングプレートを食べ終わる前に胡蝶さんが高柳氏の魂を食べて来た。

 

「正明、我に贄を沢山捧げているのは良い事だが、早く一族を増やせ。子宝繁盛・直系一族が増えれば増える程、我の恩恵が強く受けられるのだぞ」

 

「これ以上の恩恵は要らないよ。胡蝶と結衣ちゃん、桜岡さんに小笠原母娘、晶ちゃんに亀宮さん達が居れば、それで良いかも……」

 

「そうだな、全員女性だな。正明がハーレムメンバーをちゃんと考えているなら構わんぞ。だが折角此処まで面倒を見ている雌狐が居ないのは哀れだな……」

 

 高野さん?

 

 うーん、彼女は悪友だからね。

 

 それに本命は結衣ちゃんだし、他の連中は大切な仲間なんですけど?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 高柳氏が心不全で無くなったニュースは何時流れるだろうか?警察署の裏側の駐車スペースに愛車のキューブを停めて高野さんを待つ。

 確か10時に釈放と言ったから……携帯電話を開いて確認すれば9時57分、そろそろかな?

 彼女の復讐は最終的には胡蝶が手を出したが、それでは納得しないだろう。適当に保険の為に銃弾に呪いを込めていたと話すか……

 自分の手で討たないと復讐は完結しないからな。おっ、扉が開いて高野さんと佐藤さんが出てきた。

 キョロキョロと駐車場を見回して、こっちに気付いたな。軽く手を上げて応える。

 

 聞こえないほど小さな声で「お帰り、僕の悪友」と呟く。

 

 何故か小走りに近寄ってくる高野さん。おっと、まさか抱きつかれるとは思わなかったな。

 そのまま泣かれてしまっては、振りほどく訳にもいかず軽く背中を叩く。扉の前で佐藤さんがニコニコと見守っているのが恥ずかしい。

 

「高野さん、グッジョブ!」

 

 嗚呼そうか、これは貴女の差し金ですね?真っ赤になって急いで車に乗り込む高野さんを見て、可愛い所も有るんだなと思った。

 今だに入口で手を振る佐藤さんにお辞儀をして運転席に乗り込んだ。

 

「さて帰ろうか、君は大切な悪友だから家まで送るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、魅鈴さんから電話が有った。

 

 彼女は口寄せとしての仕事場は宮城県にある訳で、東北地方で放送された椀子蕎麦大食い大会をTVで見たそうだ。

 

「榎本さん、椀子蕎麦大食い大会優勝おめでとう御座います。

それでTV放送を録画して有るので、お渡ししたいんですけど……優勝記念ですもの、欲しいですよね?」

 

「ももも、勿論ですハイ」

 

「それで、チョットお願いが有るんです。榎本さんにしか頼めない大切なお願いが……」

 

「ななな、何でしょうか?何でも言って下さい。誠心誠意お応えしますですハイ」

 

「ふふふふ、実はですね……」

 

 新たな物語が始まった。

 

 

************************************************

 

 そして新たな幕間話に伏線を張ってみました。次は小笠原母娘のお話に……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。