榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第172話から第174話

第172話

 

 御三家の二大勢力、加茂宮と伊集院の現当主って仲悪いんだ。一触即発、互いにやる気満々なんだけど……睨み合う三人。

 

「あの……落ち着きましょうよ。此処で争っても問題の解決にはなりませんよ?」

 

 すっかり僕からヘビ少女に五郎の意識が移った。当事者の筈の僕が蚊帳の外な状況だ。

 コレを彼女が意図的に行ってくれたなら、僕は伊集院側に加勢しなければならない。

 

 善意には善意で、悪意には悪意を。

 

 それに加茂宮の連中は七郎が僕に何かするのを承知だった訳だ。

 

「これは私達の問題、口を挟まないで」

 

 やはり僕の問題をすり替えてくれたのか。このヘビ少女、義理堅いな。

 だが未成年少女の善意に甘えるだけでは成人男子としてはね……

 

「いえ、加茂宮七郎は僕に害なすつもりで出て行き消息を断った。だから原因が僕だと慌てたんですよね?

つまり加茂宮は最初から亀宮の一員たる僕に危害を加えるつもりだった。伊集院阿狐様、加勢しますよ。

濡れ衣でもあるし、そもそも僕は危害を加えられ様としたんだ。

のこのこ出て来て言い掛かりを付けて無事で済むと思うなよ、加茂宮五郎」

 

「加勢を許可するわ、伊集院阿狐の名において。じゃ五郎だっけ?覚悟は良いかしら?」

 

 亀宮さん、御免ね。一族を巻き込むかも知れないけど、加茂宮も承知で僕を襲ったんだから。このまま、五郎を喰う!

 

『くっくっく……追い込まれて腹を括ったか。または我と同化しつつある事による感情の変化か……

良い心掛けだが、残りの女が来るぞ。無理なら今回は断念でも良いぞ』

 

 せっかくのやる気が殺がれたぞ。イケイケ胡蝶さんにしては珍しく控え目だ。

 それにしても、普段の僕なら一旦引いて準備をしてから再戦するのに……

 胡蝶と混じるとは、こういう事なのか?性格が変化させられるのだろうか……

 額に脂汗を滲ませる五郎、何時の間にか渋谷が彼の後ろに回り退路を断っていた。

 しかも獣化を始めたのか、服がはち切れそうな程パンパンだ。上半身が三回り位膨らんでいるが、人間では無理な筋肉量だ。

 既に顔もモジャモジャだし骨格も変わり初めている。

 

 流石はヒグマと言う事か……

 

 阿狐ちゃんも犬歯が5㎝位の牙に変化させて威嚇しているし、何故かユラユラと体を動かしている。

 これはオオアオムチヘビの独特な動きだ。「変態ヘビ」の由来でも有るが、これは言えない。

 彼女は複数のヘビの特長を取り込んでいるのかな?阿狐ちゃんが体を揺らして攻撃のタイミングを計る。

 だが戦闘開始前に二子が間に合ったみたいだ。裸足で走ってくるのは、急ぐ為に履いていたハイヒールを脱いだからか?

 深夜なのにケバい化粧もバッチリなのが凄い。

 

「ちょ、一寸待ちなさい!五郎、何で伊集院と事を構えるのよ?」

 

 そのまま五郎の近くに行こうとするが、渋谷さんが彼女を遮る様に体を動かす。

 二子も五郎の退路を確保する様に牽制した動きをしながら、息を整えている。

 七郎は右足が強化されていたが、彼等は何処だろう?

 

「姉さん、すまない。だけど……」

 

 苦しい表情の五郎。確か七郎を片手で引き摺った程の力持ちなんだが……

 

「二子さんでしたか?我等伊集院一族を獣風情と蔑まれては、もう止められないよ。貴女が加わっても三対二だから私達の有利は覆せないわ」

 

 阿狐ちゃん、僕の為に加茂宮と伊集院の争いにする気なんだな。渋谷さんの上半身の服が弾け飛んで、殆ど熊になった。

 凄い筋肉だ、人間では有り得ない肉の盛り上がり……

 

「貴方も呑気に見てないで止めなさいよ!」

 

 伊集院との対立をかわす為に、殺そうとした僕にまで頼るのか?何とも図々しい一族だな。

 ご隠居の貸し借り無しって、この辺の面倒臭いのを意味してたのか?

 

「いや、五郎は僕を襲った七郎を返り討ちにしたのかって言い掛かりを付けてきたんですよ。無実だが、何故僕が襲われるのが前提だったんですかね?

何故、貴女に加勢しなければ駄目なんですか?此処で禍根を断った方が余程建設的です」

 

 今更和解も無いだろう。胡蝶も敵対する気だったし、兎に角加茂宮は数を減らさないと勝てないんだ。

 

「あら、そう?亀宮一族を巻き込むの?それと貴方の大切な巫女さんにも危害が及ぶわよ。何たって関西は私達の縄張りなのだからね」

 

 小憎らしい表情を浮かべて見下す感じで言ってくる。確かに一大勢力のトップに君臨してるから、周りに対する態度なんて悪いものなのか?

 亀宮さんや阿狐ちゃんは違うのに。つまり関西巫女連合に、桜岡さんにチョッカイ掛けるって事か?この状況で言う内容じゃないぞ。

 

 馬鹿な女だな……

 

「貴女を取り逃がせば……の、話ですよね?

この場を無事に逃げ出して亀宮と伊集院の両方に勝てるなら、その脅しも有効ですよ。でも現状は貴女は僕の餌でしかない。

その脅しは無意味だ!僕は大切な人の為に貴女をこの場で葬らねばならないと確信したよ」

 

 しまった的な顔をしても、もう無理だ。しかも阿狐ちゃんも「何故、餌?」とか呟いたし。阿狐ちゃんには不審に思われたかな、餌扱いは?

 今は些細な事に意識を向けては駄目だ。ゆっくりと数珠を外し五郎に近付く……五郎も二子も戦闘は避けられないと思ったのか、各々が構えをとる。

 

 時刻は既に明け方に近いが、窓がないので人工の灯りの元で霊能者の戦いが始まった。

 

 五郎、奴は右腕を中心に右半身に力が集まっている。なる程、取り憑き場所は僕と同じ様なものか。

 

 二子は……目だ!目に霊力が集まっているが、視力強化なのか?それとも他に能力が?

 

『胡蝶、五郎を左手で掴めば平気か?あのニ子だが、目に力を感じるんだけど……』

 

 霊視と言う習い始めの術を駆使して、敵を観察する。

 

『やれやれ、勢いで二人も相手にするとはな。五郎よりも二子を相手にするぞ。あの目は人を操る呪いをかけられる。

奴は人心を操り害を為す事に長けていた。二番目は伊達じゃないみたいだな。五郎は単に肉体強化だ。

ならばクマに相手をさせれば相応だな。だが中途半端に右側だけとは、奴も力の分配を間違えたのか?』

 

 胡蝶と因縁の有るナニかは、人心を乱す事が得意だったのか。だが対策が分かれば簡単だ。

 

「阿狐様、二子は操作系の術者だ!目を見ると危険だ。五郎は右腕に力を感じるが、全体的に肉体を強化してるみたいだ!」

 

 一応、情報を伝える。阿狐ちゃんは笑ってるな。口が耳の近くまで裂けているし、瞳も金色に輝いている。当然、瞳孔も横に開いているので正直怖い。

 

「目か……それは大層な力をお持ちだな。だが私を相手にするには分が悪かったぞ」

 

 高校生とは思えない位、肝が据わってる。あのオバサンに負けない迫力だ。

 

「ぬかせ餓鬼が!ツルペタは時代がお呼びじゃないんだよ」

 

 阿狐ちゃんは確かに貧乳だ!だが、それが良いんだよ。

 

「「黙れ、年増!」」

 

 思わず阿狐ちゃんと魂の叫びがシンクロしたぞ?

 

「舐めるな、小娘!」

 

 悪口に反応したのか、僕じゃなく阿狐ちゃんに飛びかかる二子。操作系が肉弾戦を挑むのは間違ってないか?

 いや、ナイフを隠し持ってやがった。所謂アレだ、ヤクザが使う匕首(あいくち)だけど通称ドスだ。

 背中に回した腕から匕首を抜き取り、迷わず阿狐ちゃんの胴体に向けて突き刺す!

 

 だが……

 

「目が……目がぁ……貴様、私に……何をしたんだ……」

 

 阿狐ちゃんが匕首をかわし、すれ違いざまに牙から毒を吐き出したんだよ。毒吹きヘビは結構種類が居るんだよね。

 日本でもヤマカガシとか有名なんだよ。のた打ち回る二子に素早く巻き付き、首筋に牙を突き立てた。

 

 凄いな、人体の骨格では有り得ない動きだ。それに150㎝位の身長が倍近く伸びている。

 

「あ……ああっ……あ……」

 

 呻きながら声を漏らす二子の様子を見るに、阿狐ちゃんは神経毒を持ってるんだな。

 

「姉さん!貴様、許さんぞ」

 

 二子を助け様と駆け付ける五郎を言葉通りのベアハッグで後ろから抱き締める渋谷さん。メキョメキョと凄い音が聞こえます。

 そして背骨が砕ける軽い音が聞こえて、細かく痙攣していた五郎の動きが止まった。

 二子も白目を向いて舌を極限まで出して泡を吹いている。かろうじて生きているのは、胸が上下に動いてるから分かる。

 勿論瀕死の状態だが、神経毒は最終的に心肺能力が低下して呼吸困難で亡くなるんだっけ?

 

 圧倒的な破壊力!

 

 これが肉体を人間の限界から解き放てる能力。これが完全獣化能力者の力か。

 七郎を含め僅かな間で加茂宮九人の当主の内、三分の一が消えた。圧倒的過ぎる伊集院一族と胡蝶の力だ。

 野生動物の素早さと力強さを兼ね備えてる彼等に接近戦を挑んだら、どんなに頑張っても勝てないだろうな。

 胡蝶も僕から離れて単独の時は同じ様なモノだし……

 

「有難う御座いましたって?いや、すみません」

 

「だ、だだだ駄目です。今こっちを見ちゃ駄目!」

 

 後ろを向いて両手で目を覆う。彼女達に御礼を言おうとして振り向けば、阿狐ちゃんがブラの位置を直していた。

 体型がヘビに変われば、ブラはズレるしパンツは破れるよね?床に落ちていた可愛い白色の布の塊も確認してしまった。

 太股が胴体に変化すれば、パンツも広がって破れて……

 

 今の彼女はノーパンなんだ。

 

 彼等がフードを被る理由が分かった。踝(くるぶし)まで有るマントタイプなら最悪服が破れて全裸でも靴さえ履いていれば誤魔化せる。

 渋谷さんがヒグマのままなのは、服がビリビリに破れたからだ。殆どクマの渋谷さんと二人並んで後ろを向いて、彼女の着替えが終わるのを待つ。

 何とも間抜けな状況だ。しかもシュルシュルと阿狐ちゃんが衣服を直す音が聞こえます。

 

 音だけでも色々と妄想が掻き立てられるよね?

 

「えっと、渋谷さん破れた服を持って部屋の方に着替えに。阿狐ちゃんも、その……着替え必要だよね?

加茂宮の二人は僕が処理しておくから大丈夫。時間が掛かったし人が来るかも知れないから、早く行った方が良い」

 

 ノーパンとは言えないから、誤魔化して聞く。それと死にかけの二人は胡蝶に早く食べさせたい。

 

「榎本さん、もしかして見ましたか?着替えが必要って、見ちゃったんですか?私のその……その、アレを……」

 

「ガゥ!」

 

 見たって破れたパンツ?それとも、おへそ?ソッチを聞くの?しかも渋谷さん威嚇して僕に吠えなかった?

 

「いえ、何も見ていません。今も見えません。さぁ早く部屋へ行って着替えたら駐車場へ。皆さんに説明しなくちゃ」

 

 分かりましたと声を掛けられ、遠ざかる気配を確認してから目を覆っていた手を離す。実は可愛いおへそ辺りは見えたんだ。

 傷一つない真っ白な綺麗なお腹もね。

 

「さて、胡蝶さん。お願い、二人を食べてくれるかな?」

 

 左手首から液体状態の胡蝶さんが出て来る。ズルリと僕の体を伝い二子と五郎に覆い被さる。

 やはり加茂宮に取り憑いたナニかを吸収するのは、スライム状態でゆっくり溶かしながらなのか……

 加茂宮の当主の内の三人、二子・五郎・七郎は倒したが、残り六人も居る。

 次は油断も無いだろうし、この山荘の連中は疑われるだろうな。彼等は霊的に繋がっているみたいだし、本家の方は大騒ぎだろう。

 突然三人の反応が消えたのだから……明日にでも加茂宮の残りから何らかの接触は有ると思った方が良い。

 亀宮さんには内緒で、阿狐ちゃんと方針を相談しないと駄目かな?証言がチグハグだと疑われるだろうし。

 などと考え事をしていたら、すっかり二人を吸収した胡蝶が満足そうに腹をさすっている。

 見れば綺麗に戦いの痕跡も消してくれたし、本当にチートな存在だよね。

 

「正明、満足だ!それに我の力も底上げされたぞ。褒美の夜伽は楽しみにしてるがよい」

 

 胡蝶さん、何時に無くご機嫌だなぁ……

 

 

第173話

 

 加茂宮の二子・五郎・七郎を喰った胡蝶さんはご機嫌だ。彼女にとっては阿狐ちゃんの毒も問題無さそうだ。

 普通に消化していたし……胡蝶が喰った後も一応廊下を確認する。絨毯の上に残置物は無いか?

 服の切れ端や持ち主が特定出来そうな小物なども念入りに探す。指輪やピアスなんかも意外に人物を特定されやすい。

 

「よし、痕跡は何もないな。急いで駐車場に行こう。

さっき工具を取りに行った時は、最奥に皆さん集まってたからな。僕が一旦出たのも気付いてないだろう」

 

 五郎の漏らした排泄物や二子の垂らした涎の痕跡すら、綺麗に無くなっていた。

 安心して一人で無人の廊下を歩く。窓の有る場所に出て漸く明け方近くなのが分かった。

 山の稜線から朝日が差し込んでいて幻想的な雰囲気だ……

 

「日の出か……昨日は夕日にも感動したっけか。殺伐とした世界の一服の清涼感だよね」

 

「意外にロマンチストなんですね?失礼を承知で言いますが、似合いませんよ」

 

「俺も似たようなモノだが、流石に不釣り合いだな」

 

 いきなり声を掛けられたと思えば、双方ダメ出しだ!しかも何気に酷い内容じゃないか?

 

「初めてまともに渋谷さんの声を聞きましたが、酷くないですか?殺伐とした世界なんですから、自然が美しいと思う位良いじゃないですか?」

 

 振り向けば完全に最初の頃のフードを被った三人が立っていた。国分寺さんは左肩が少し変だが、言われなければ気付かない程度かな?

 

「気を悪くしたなら謝ります。さっきは気が動転して加茂宮の二人の処理を頼んでしまいましたが、短期間で処理出来たのですか?」

 

 ああ、パンツを履き替えに行く為に慌ててたからな。普通に考えれば死にかけの人間二人を簡単には処理出来ないもんな。

 普通は埋めるか沈めるかの、ドチラかだろうし。フードを目深に被っているから不信感は分からないが、口調は責めてはいない。

 でも立場上敬語はマズいのだが、今は我々だけだから良いのか?阿狐ちゃんて実は礼儀正しいお嬢様なのかもね。

 丁寧だったり大人しかったりすると、周りから舐められるから態度を変えているとか……桜岡さんもテレビ出演の時はキャラを変えていたからね。

 実際はフードファイターな生粋の優しいお嬢様だし。亀宮さんだって仕事の時はポヤポヤじゃないし……やはり荒事当たり前な世界だからかね?

 

「まぁ大丈夫ですよ。埋めても沈めてもないですが、見付かりませんから安心して下さい。一応、僕の能力に関する事なので方法は秘密ですが……」

 

 只でさえ餌発言を聞き咎められてるからな。正解に辿り着くかも知れないから気を付けなければ、胡蝶の存在がバレてしまう。

 

「榎本さんって見た目は渋谷みたいに脳筋なパワーファイターなのに、色々と技を持ってるんですね。意外と言えば意外です」

 

「人間二人消せるって凄い事だぞ」

 

「阿狐様、それを技だけで済ますのは問題有りますよ」

 

 僕の感想は打ち切りにして、外で待ってる皆さんに早く説明しないと……このまま立ち話に花が咲きそうだから、やんわりと催促をしよう。

 

「もう夜が明けます。早く外の皆さんに事情を説明しましょう。この山荘に寝泊まりは、もう危険かな?」

 

 この山荘は閉鎖した方が良いかもしれない。あくまでも簡易的な結界でしかないし、今後も安全だとは限らないし。

 

「立地の悪い除霊現場など普通に有ります。拠点を市街地に移して通えば良いのです。

榎本さんだから教えますが、我々は三日後に一族の主力が名古屋に全員集まります。そして山林に突撃します」

 

 毅然と言い放つ阿狐ちゃん。敵が餓鬼と分かれば対処も計画出来るからな。水に触れなければ呪詛は発動しないなら、耐水処置を考えれば良い。

 

 悪くない判断だ。

 

「有難う。僕の方は亀宮さんと相談してからだね。君達が三日後に突撃するのは言わないよ。

僕達は書斎で見付けた物の調査結果次第だから……それと岩泉一族は信用出来ないよ。

前代の岩泉前五郎は殺された可能性が有る。僕等は騙されているかもしれないから注意が必要だ」

 

 それだけ言うと出口へと歩きだす。後ろから三人が付いて来るのは気配で分かる。

 絨毯の上を歩いているが、無音と言う訳じゃないし彼等のフードも……

 見た目じゃ分からないが色々と仕込んでいるのか、歩く度に布ずれの音は重たい感じがする。

 多分だが耐水性に防刃性、呪術的な防御も織り込んでいるだろう。

 

「榎本さん個人にお願いが有ります。私達よりも先に亀宮が山林に突撃しても構いません。ですが、万が一私達の仲間が呪詛に掛かり治せない場合ですが……

誰が治したか分からない様にしますので、治療して貰えませんか?お礼は出来るだけお支払いします」

 

 思わず歩みを止めてしまう。一族の当主として、配下が傷付き死ぬのを最小限にしなければならない。

 そして呪詛を祓う事が可能な僕が近くに居る。普通は他勢力に所属する人には頼めないが、僕と個人的な伝手が出来た。

 ならば頭を下げて頼むのは、頼めるのはトップとして凄い事なんだが……

 

「お礼は要りません。個人的な依頼でも……前に言いましたよね?

伊集院からお礼を貰った時点で、僕は亀宮さんを裏切るんだって。

治療は構いません。ですが、時間的に厳しいでしょう。同行しない限り、緊急対処が必要な治療は……」

 

 あの呪詛の浸食スピードは凄かった。僕のお札は勿論、胡蝶でさえ浸食を数分保たせるのが一杯だった。

 山林から被害者を僕の所へ運ぶのには、最低でも数時間は掛かる。

 

 ドクターヘリ?

 

 無理だ、そんな物を飛ばせば世間に知れ渡る。そして僕は伊集院一族とは同行出来ない。

 

「いえ、その返事だけで十分です。貴方の気持ちの確認でしたから……申し訳ありませんが、此処からは伊集院当主として行動します」

 

 ペコリと頭を下げる阿狐ちゃん。僕の気持ち?

 

「気持ちって?」

 

 頭を上げた彼女の顔は、伊集院一族の当主の顔になっていた。キリリと凛々しい顔だ。

 

「さて、皆の所へ行きます。貴方が説明しなさい」

 

 気持ちを切り替えてくれたんだな。しかし日本の霊能御三家は、女性に負担が掛かり過ぎだろう。

 

 しっかりしろ、日本男児!

 

「分かりました。状況の説明は僕が行います。何かあれば、その場で指摘して下さい」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 甘い、甘過ぎる。

 

 最後の気持ちの確認は、彼が私達を伊集院一族をどう思っているかの確認だ。国分寺の治療は、あくまでも緊急措置の一度だけ。

 今は互いに貸し借り無しの状態の筈だ。それを治療は構わない、お礼は要らないなんて……やはり彼を亀宮から引き離すのは無理ね。

 心霊治療の相場なら命をも脅かす呪詛を祓った事、緊急だった事。それに伊集院当主が無理を言ってやらせた事を考えれば1000万円は請求出来る。

 黙って貰えば分からないのに、自分の気持ちは裏切れないからって断れるものなのだろうか?彼は金銭欲や権力欲が薄いのかしら?

 追加で頼んだ治療も承諾したが、本来は秘密にするって約束を反故にする行為なんだけど……国分寺が教えてくれた。

 

 加茂宮七郎は多分だが、榎本さんが処理した。彼から直前の七郎の匂いがしたと言っていた。

 猟犬の力を持つ国分寺は、付着した匂いの特定は勿論だが、何時くらい前に付いた匂いかも分かる。

 榎本さんに付いた七郎の匂いは30分くらい前。

 つまり榎本さんは五郎の追求に堂々と応じたのは、無実だから自信が有ったのではなく死体が発見されない事に自信が有ったんだ。

 時間的に工具を取りに書斎を離れた10分未満で倒して処理した事になる。

 

 素晴らしい!

 

 敵対する奴は、例え御三家でも容赦なく殺す。だが誠意を持って対応すれは、同等以上の誠意を返してくれる。

 新参者の我々は、兎に角優秀な人材が欲しい。彼は加茂宮の当主の一人を瞬殺する程の使い手。

 しかも数少ない治療系の力も持っている。年下の私や亀宮にも気を使えるのは、力有る者が陥り易い傲慢も無い。

 組織の潤滑油としても期待出来る人物だ。良くも悪くも実力主義の伊集院一族だから、彼になら従うだろう。

 考えれば考えるほど是非とも欲しい人材だ。

 

 今の亀宮は、ゆるふわ女だから甘い。今の加茂宮ズは、前代の加茂宮保と違い弱い。

 

 ならば我ら伊集院は亀宮と手を組み加茂宮を蹴落とすべきだ。別に御三家から加茂宮が減って二家となり、伊集院と亀宮で双璧となれば……

 東日本と西日本に勢力圏を分けても良い筈だ。その為に榎本さんを利用するのは心苦しいが、彼は既に加茂宮に目を付けられてる。

 利害が一致してるから悪い話じゃない。

 

 だが……

 

 彼は義理人情に厚いのだろう。きっと加茂宮と敵対する事で亀宮に迷惑が掛かるなら、もしかしたら亀宮から離れるかもしれない。

 そうすれば伊集院に……は来てくれないな。亀宮に迷惑を掛けるのが嫌だが伊集院なら良いとはならない。

 つまり榎本さんには亀宮に所属して貰いつつ、我らと亀宮の橋渡しを……難しいわね。

 

 今は誠実な対応と私への好感度を上げる事くらいしか出来ないかな。榎本さん、良い男なんだけど色仕掛けは無理そう。

 お色気巫女の桜岡霞が恋人で亀宮と仲が良いって、私とは好みのベクトルが真逆だし。

 でも狐憑きの細波結衣を保護してるなら、爬虫類系は駄目でも哺乳類系なら?

 ウチに彼氏無しの哺乳類系美人って居たかな?狐憑きは何人か居るが、全員旦那さんか彼氏が居た筈だわ。

 

 その娘達はまだまだ幼い。猫憑きは中学生だったし、犬憑きもそう。

 狼憑きは美人じゃないし、熊憑きも……駄目だわ、ウチの一族って適齢期の美人が居ないわ。

 

 確かに数の少ない能力者なんだけど、男ばっかしじゃない。

 

 彼等の子孫達は高い確率で力を受け継ぐから少しずつ一族は増えてるけど、やはり母体が能力者の方が確実に強い子が生まれる。

 強い力を持つ者が一族の能力者と結ばれるのが理想なのだけど……流石に私じゃ榎本さんも相手にしてくれない。

 

 私はヘビ女……獣っ娘は人気が高いのに、爬虫類っ娘は不人気だ。

 

 大体ヘビ女は常に悪役だし気持ち悪く書かれるし、ラノベでもヘビ女が主人公な話は無い。

 

「榎本さんのバカ!」

 

 思わず呑気に歩く彼の太股を軽く叩いてしまった。

 

「えっと……何故?僕が阿狐ちゃんの破れたパンツ見たのバレたの?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 ヤブレタぱんつヲミラレタ?あの時の着替えが必要って、そういう意味で言ったのね?ああ、何だろう。

 無性に神経毒を注入したくなってきたわ。ほら、犬歯が伸びて牙に変わってるし瞳孔も開いて榎本さんとの正解な位置と距離が頭の中に流れていくし……

 

「ごめんなさい、見るつもりはなかったんです。だから噛まないで下さい」

 

 首筋に飛び掛かる前に、見事な土下座をされた。そんなに私って怖いかな?

 思わず窓に写る自分を見ると……金色の瞳・横に広がる瞳孔・裂けた口・覗く牙。

 

 うん、怖いわ。

 

 赤と白の変な色の服が好きなウメヅ何とかが描くヘビ女と同じだわ。

 

「理不尽な怒りなのは理解してますが、女性が理不尽な生き物なのも理解して下さい。

今回は許しますが、次回はもっと気を使って下さいね?じゃないと堅そうな首筋に牙を突き立てたい衝動がおさえられないです」

 

 更に額を絨毯に押し付ける榎本さんを見て、僅かな間に随分と心を許してしまったなと可笑しくなる。この人は基本的に善人なのだろう。

 

「大の大人が小娘相手に土下座は止めて下さい。さぁ起きて……」

 

「うん、本当にごめん。偶然見えただけだから、もう忘れたから」

 

 ほら、ヘビ女の私が怖くて謝った訳じゃない。一人の女性として下着を見た事が悪いと思ってるのが分かる。

 

 ヘビ女を怖がらない人も居るんだな……

 

 

第174話

 

 既に太陽が三分の一くらい頭を出している。春先とはいえ、まだまだ山の朝は冷え込みが厳しい。

 吐く息が白いので、その冷え込み振りが分かると思う。そんな寒空に深夜2時過ぎから外に居て貰った訳で……

 

 現在は5時を過ぎた辺りだろうか?

 

 暖かい山荘からやっと出て来た僕達を見る目がね?キツいんですけど……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 招かれた霊能者達は自分の車が有るから暖はとれただろう。

 通いの使用人の中には車の無い連中も居たので寒さに震えて待っていたんだ。

 途中説明は亀宮さんがしてくれたが、結果が未だなので皆さん僕を注目している。

 

 このメンバーなら普通は伊集院の当主の阿狐ちゃんを見ないかな?格から言ってもさ。

 

 まぁ書斎の暖炉擬きを封印するって言ったのは僕だけどね。暖をとる為に誰かが焚き火をしたのだろう。

 その周りに人が輪になっている。近付けば、徳田と八重樫が詰め寄って来た。

 二人とも無精髭が目立ち目も血走っている。

 

「榎本さん!山荘は大丈夫なんですか?」

 

「おい、もう平気なんだろうな?早く風呂に入って寝たいんだが」

 

 掴み掛からん位の勢いで我が儘を言われたぞ。何だよ、警備員は一緒に対処しろって頼んだのに逃げやがって!

 労りの言葉が全く無い事に絶望した!誰の為に苦労したと思ってるんだよ。

 加茂宮に襲われたのに頑張ったんだぞ。まぁコレは秘密なんだけどね。

 

 二人の騒ぎに周りの連中も集まって来た。事情を説明しないと駄目だな……

 

 皆さんの目が血走っていたり不安に駆られたりと普通じゃないからね。

 遠巻きに僕等を取り囲んでいる……別に襲われても返り討ちに出来るが、依頼人の使用人を無闇に怪我をさせる訳には行かないんだ。

 

「えっと、結論から言えば書斎は封印しました。ですが何時破られても可笑しくない状況です。

山荘は放棄する事を提案します。それと書斎には入らない事!呪詛が生きてるから、不用意に近付けば呪われるよ」

 

 僕の言葉に一瞬皆さんが息を呑み、不満が爆発した!

 

「それは困ります。貴方達はその為に呼ばれたんでしょ?」

 

「何だよ、山荘には入れないのかよ?そりゃ困る、何とかしてくれ!」

 

 言いたい放題な態度だが、だから群集心理は怖い。取り囲んでいた輪が狭くなってきてるぞ。

 集団で理不尽な要求をするのは、たちの悪いデモと一緒だ。悪いが厳杖さんに責任を取って貰おう。

 

「あー、原因を間違えるなよ。僕は厳杖さん達が不用意に餓鬼を招いた尻拭いをしただけだ。あのままなら皆さん襲われて危険だったんだぞ。

それを亀宮が何とか押さえ込んだんだ。今日の昼間迄なら餓鬼を抑えられるから、今の内に必要な物を持ち出したり用を済ませるんだ。

僕等は拠点を移して通いで山林の怪を処理するよ。この山荘は危険だ、何(いず)れは燃やした方が良いだろう」

 

 悪いのは厳杖さん、昼間なら亀宮が安全を保証する、そして今夜以降は僕等は居ない。

 この情報を噛み砕いて理解した連中が、山荘に殺到した。我先にと山荘に入る連中を黙って見る。

 徳田も八重樫も急いで中に入ったが、貴重品を持ち出して逃げるんだろうか?

 だが、徳田と八重樫には岩泉氏に報告して貰わねばならない。それも厳杖さんが悪いという事でね。

 

「貴方、悪い人ね。あれじゃ密教団体が責任を取らされるわよ?」

 

 隣で黙って立っていた阿狐ちゃんの厳しい一言が胸に突き刺さる。口調も戻ってくれたが、心なしか柔らかい。

 

「伊集院さんも黙って立ってないで何か言って下さい。貴女の方が格上なんですから、連中も黙って言う事を聞くのに……」

 

 愚痴の一つも言って良い状況だよね?

 

「だって私達は貴方の仕事を見ていただけ。手柄は全て貴方の、亀宮の物でしょ?伊集院一族の当主がセコい真似はしない」

 

 正論で返された。

 

「榎本さん、無事だったんですか?結界を張り直すだけって言ったのに、また一人で無理をして……」

 

 使用人の輪の外で様子を窺っていた亀宮さん達が駆け寄ってくれた。

 軽く僕の腕を掴んで心配そうに見上げる亀宮さん。

 不安げな表情、心配してくれる仕草、そしてボディタッチ……普通なら萌えるのだろうが、ロリコンな僕は嬉しいだけだ。

 

「伊集院さん達にも確認して貰いましたが、餓鬼は暖炉擬きから登って来た。あの下は地下水が溜まっていて、餓鬼達はびしょ濡れだったのだが……

その水がヤバかった。濡れると呪詛が発動するんですよ」

 

 そうですよね?と阿狐ちゃんに話を振る。黙って頷く彼女。じろりと睨む亀宮さん。

 

「何故、伊集院の当主が榎本さんと一緒に居たのですか?場合によっては考えが有りますよ」

 

 亀宮さん、警戒心がバリバリだ。亀ちゃんも具現化して亀宮さんを護る様に彼女の前に浮いている……

 そんな態度を取られても阿狐ちゃんは冷静だ。両手を上げて敵対する意思の無い事をアピール。

 

「一緒に居るのは偶然さ。いや、亀宮の当主が惚れ込んだ相手の手際を見たかったんだよ。

榎本さんだっけ?良い男を見付けたじゃないか。大事にしなよ。手放すならウチが貰い受けるからね。

では、我々は名古屋市内の拠点に移るから。伊集院は独自に解決の為に動くわ」

 

 そう言うと手を軽く振って駐車場に停めてある高級外車へと歩いていった。

 国分寺さんと渋谷さんも軽く僕に頭を下げた後で阿狐ちゃんを追った。

 彼等の車が駐車場を出るまで見送ったが、僕の腕を掴む亀宮さんは不機嫌そうだ。

 掴む指に力が入っているので分かる、分かり過ぎる程に……

 

「それで?説明してくれますよね?伊集院の当主が、榎本さんに対してアレだけ軟化した態度を取る理由を」

 

 さて、何処まで喋って良いかの線引きが難しい。全てを話すと亀宮さんは兎も角、ご隠居に知られるのが怖い。

 

「軟化と言われても……彼等は僕が書斎で結界の準備をしてる時に三人で来たんですよ。

別に手伝う訳でもなく、ただ暖炉に格子を嵌めて固定してお札を貼るのを見ていただけでした。

多分ですが、前評判を聞いて直接調べに来たのでは?亀宮さん、僕の事を自分と同等って触れ廻ってたよね?

当主と同等と言われる奴なら調べるさ。御三家のパワーバランスが崩れるかもしれないんだから……」

 

 この回答は卑怯だ。原因が自分に有ると言われれば、優しい彼女は追求出来ない。

 これで阿狐ちゃんとの関係は疑われないだろう。見た目にも意気消沈してる彼女を見て確信する。

 

「だが彼等は敵対するのは加茂宮に絞るみたいですよ。だから亀宮には手を出さないから、僕からも亀宮さんに言ってくれって言付(ことづ)かりましたから」

 

 顔を上げてビックリしたのか目を見開く彼女の表情は幼くて中々良い。

 

「御三家同士が争うなんて……榎本さん、それは本当なんですか?」

 

 予想外な反応だぞ!黙って聞いていた滝沢さんや御手洗も驚いているので、これは御三家の中では異常な行動なのかな?

 

「ええ、我々は加茂宮と争うかも知れない。今の奴等は弱体化してるからって……出来れば不干渉で頼むって言われました。

そんなに不思議な事ですか?別に手を繋いで仲良くって訳じゃないですよね?」

 

 しまった、加茂宮の弱体化は二子達の失踪に関わる発言だ。これじゃ彼等が二子達に何かした事の裏付けになってしまう。

 

「亀宮さんは加茂宮か伊集院のどちらかに加勢するの?静観するの?それとも戦いを挑むの?」

 

 彼女の腹の内を聞いておかないと、今後の行動に支障する。

 僕は伊集院当主と個人的な伝手を持ち、加茂宮の三人を胡蝶に喰わせた。

 既に状況も気持ちも伊集院側なんだ。亀宮が伊集院と敵対とか加茂宮に加勢とかは……

 

「この話は拠点に戻ってからにしましょう。私達に話し掛けたいって人達が沢山居るわよ」

 

 はぐらかされたかと思ったが、確かに僕等を遠巻きに見ている連中が何人か居る。

 迂闊に彼等に聞かれたらマズいだろう。周りを見回すと、高槻さんと目が合った。

 ニッコリ笑って近付いてくるが、それは高野さんと同種の笑みだ。僕には分かる、アレは厄介な事を押し付ける憐れみと喜びの笑みだ。

 

「お話は済みましたか?」

 

 僕の正面30㎝ギリギリまで近付いて見上げる高槻さん。キッチリと巫女服を着込み薄く化粧もしている。

 後ろに並ぶ無表情な巫女さん達も同様だ。何故か亀ちゃんが僕と高槻さんの間に入り込んで、僕の右肩に噛み付く。

 

 思わず後ろに下がる。

 

 グルリと僕に巻き付いて高槻さんを威嚇する亀ちゃん。どういう事だ?

 

「あの……亀ちゃん?解いてくれないと締め付けがキツくて内臓が飛び出しそうだよ」

 

 ギリギリ締め付けがキツくなってます、現在進行形で……訝しげに僕を見る高槻さん。

 だが彼女の話を聞く余裕は僕には無い。

 

「高槻さん。ちょ、ちょっと生死の境で立て込んでるから、話は後にして下さい。

くっ、苦しい。亀宮さん……助けて……」

 

「亀ちゃん、一旦車に戻るわよ」

 

 胡蝶が反応しないのは、亀ちゃんの行動が彼女の思惑と同じだからか?

 僕に危害を加えるつもりは無いのかもしれないが、現実問題で死にかけてます。

 だが高槻さんとの会話はヤバいという訳かな?ズルズルと引っ張られてベンツの後部座席に押し込められた。

 バタンと扉を閉められロックまでされたぞ。後部座席には僕と亀宮さん、運転席に滝沢さん。

 そして助手席には御手洗が乗り込んだ。シュルシュルと拘束を解いて亀宮さんの中に入り込む亀ちゃん。

 良く分からないが、どうやら僕は尋問されるみたいだ。

 

「あの……何か?」

 

「榎本さん?」

 

「はい」

 

 亀宮さんの顔が近いです。

 

「あの伊集院一族と何か有りましたか?」

 

「いえ、何も有りませんよ」

 

 一瞬バレたのかと思ったが、バレても困る事はないので何とか表情に出さずにすんだ。

 治療の約束だが、阿狐ちゃんには現実的に無理と言ってあるし。だが内心は心臓がバクバクだ。

 カマを掛けられたのか、それとも何らかの方法で会話を知られたか?御手洗と滝沢さんを見ても責めてる表情ではない。

 

「あの伊集院阿狐は、ヘビ憑きです。それも冷酷無比なサディストって噂なんですよ。

そのヘビ女がアレだけの事を言って、お付きの連中が榎本さんに頭を下げたのです。有り得ない事なんですよ!

榎本さんの事だから信用してますが、不用意に何か口約束とかしてませんよね?」

 

 伊集院一族って、そんなに高飛車な一族なの?アレだけの会話や仕草だけで疑われるなんて、どれだけ非情で非常識な一族だって思われてるんだ?

 

「僕は別にしてませんよ……」

 

「嘘です!さっきの私に言った言葉は伊集院側に立った言葉ですよ?

普段の榎本さんなら中立の立場を取る筈です。アレは伊集院に好意的だから出た言葉じゃないですか?」

 

 鋭いな、亀宮さん。確かに普段の僕なら中立な態度だ。

 事前に加茂宮と伊集院とは共闘しない、貸し借りしないと言われてるんだから。

 それを僕が伊集院寄りな言葉を言うのは変だと指摘された。

 

 うーん、亀宮さんって実は凄いんだな。

 

「本当に何も無かったよ。彼等は迂闊に水に触りそうになったから、現場で怒鳴ったんだ。ヘビ少女だけに毒を見分ける能力が高い彼女に危険だからと怒鳴った。

そして水は呪詛と言う毒が有ったのが分かった。多分だけど一目置いてくれたんだよ。

あのフードの男も鍛えられた肉体をしてた。鍛えた筋肉は嘘をつかない。だから奴らは悪い奴じゃないんだと……」

 

 アレ?

 

 親指と人差し指で目と目の間を揉んでるけど、そんなに嘘臭いかな?

 

「まさか筋肉で人となりが分かるなんて……もう良いです。

ただ覚えておいて下さい。榎本さんは大切な私の仲間なんです。他に移籍は許しませんわ」

 

 そう言って素晴らしい笑顔を見せてくれた。嬉しいが逃げ道が塞がれた事を理解したよ。

 


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