榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第175話から第177話

第175話

 

 亀宮さん、何となく僕と阿狐ちゃんとの事を疑っているのかな?

 

 女の感か霊感か……悪い事はしていないが、秘密を持ってしまった事は確かだ。

 

 だが新興勢力と言われる伊集院一族のトップは、比較的マトモな連中だ。亀宮一族もトップである亀宮さんと亀ちゃんは、信じて良いだろう。

 

 加茂宮?アレは駄目だな、ダメダメだ。

 

 胡蝶が彼等を敵対してるし僕もそうだ。色恋沙汰で当主の一人が殺しにくる位だし、他の連中も黙認していたし。

 二子・五郎・七郎の反応が消えた事を残り六人は既に感知してるだろう。僕の存在が残りの奴等に知られているかが気になるが、さてどうするか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 高級外車ベンツの中での密談(尋問)が終わり外に出ると未だ高槻さんが立って待っていた。

 どうやら嫌な感じの話は回避出来ないらしい。ニコニコと此方に近付いてくる。

 先程亀ちゃんに邪魔された所為か、今回は1mくらい手前で止まる。

 

「榎本さん」

 

「はい、何ですか?」

 

 僕を見上げながら、何故か手を胸の前で組んでいる。胸を挟み込んで強調してるのだろうか?思わず苦手意識で目を逸らす。

 高槻さんがクスッと笑う。見掛けによらずウブね?とか思ってるのか?

 いや違う、僕はスットンが好きなんだよ!ブルブル震える肉塊は苦手なんだよ。

 

「お知らせしておきますが、私達に応援が来ます」

 

 応援?関西巫女連合の応援?

 

「そうですか。それは心強いですね」

 

 高槻さんの笑顔、この笑顔は嫌な感じがヒシヒシと……僕にワザワザ報告する程の応援、つまり僕の知り合いか関係者の可能性大。

 巫女の知り合いは二人しか居ない。金髪ヤンキー年増巫女と、その娘の大食いお嬢様巫女……

 

「我々は一旦名古屋市内に戻ります。独り言ですが僕は大事な知り合いに、こう言ってます。

危険な仕事をしようとしたら力ずくでも止める。具体的には監禁か腹下しの呪詛で。勿論、仕込んだ連中も軒並み同じ呪いを掛けます。

女性には辛いかもしれませんが……命に関わる事ですから、後で土下座してでも謝りますよ」

 

 高槻さんの笑顔が引きつる。やはり桜岡母娘のどちらかを応援に呼んだのか?

 

「それは……その……アレですよ。横暴だと思いますよ?一般論ですが、彼女達にも理由が有るんじゃないですか?

それに嫌々じゃなく望んでいたら……」

 

「自分でも強引な事を言ってるとは理解してます。ですが、それ以上に心配なんですよ」

 

 あの二人は関西巫女連合に所属している。同じ連合に所属する高槻さんが名指しで応援要請をする可能性は高い。

 それが上層部で承認されれば、桜岡さん達の連合での地位や立場・柵(しがらみ)とかで断れないかも……

 

「結婚前から亭主関白はどうかと思いますが……応援は桜井さんと言う関西巫女連合所属の巫女です」

 

 してやったり的な顔をして聞き覚えの無い名前を言う高槻さん。

 

「桜井さん……ですか?」

 

 きっと間抜けな面を晒していただろう。アレだけ啖呵を切って人違いとは恥ずかしい。

 熱を帯びた頬に夜風が当たるのが気持ち良いのは勘違いではないだろう。つまり今の僕は恥ずかしくて真っ赤だね。

 でも桜岡じゃなくて桜井?ん?桜井……何か記憶に引っ掛かる名前だぞ。

 

 確か最近……何処かで……

 

「亀宮の手の者が探しているらしいですね?桜井さんを……榎本さんもご存知なんでしょ?

本部に問い合わせが有ったんです、彼女本人から亀宮から接触が有ったんですと。何でも現在請けている仕事で重要なお話を聞きたいとか?」

 

 そう言えば手帳に書いてあった名前……石渡先生・真田・桜井君の三人だった。

 

 なる程、年の離れた若い女性なら君付けも分かる。

 当時既に初老の先代岩泉氏なら若い巫女(基本的に巫女は若い、中年の巫女は居ない、何故なら神職の巫女には年齢制限が有るから)になら君付けで呼ぶだろう。

 風巻姉妹も数日で桜井さんに辿り着いたのは凄いが、相手も何か有ると所属する関西巫女連合に連絡を入れたのか……

 

「そうですか……確かに書斎で見付けた大学ノート(手帳)に桜井と名前が書き込んで有り、我々も岩泉氏と交友関係が有ると探っていたのですが先を越されましたね」

 

 手帳や写真、古銭をパクった事は未だ内緒にしたい。大学ノートは高槻さんに見せたが流し読みの程度の筈だ。

 だが、このドヤ顔の下に何を考えているのかが問題だ。100%僕に良い話じゃないのは分かる。

 

 この笑顔は……

 

「彼女に会わせる事は出来ますよ。勿論、タダでは……」

 

「やはり交渉材料として使いますか……僕の一存では答えられません。

返事は亀宮さんと相談してからにして下さい。先に其方の希望を教えて下さい」

 

 メリットとデメリットを秤に掛けるとしても、相手の条件を知らないとね。

 

「ふふふふ、それは此方も教えられませんわ。会いたいなら、その時に教えます」

 

 魅惑的な微笑みを浮かべているが、僕等の本気度を逆に秤に掛ける気だな。

 桜井さんの握っている情報が本当に僕等に必要かは、現段階では分からない。

 大した事が無いのに大きな代償を飲まされる確立の方が高い気がする。

 そもそも事件解決の鍵を握ってるなら、僕等に話は振らないだろう。

 

「余り待てる時間は有りませんよ。加茂宮でも伊集院でも条件を受けて貰えれば教えても良いのですから……」

 

 他の御三家にも教えて構わないって、今度はチクリと脅してきたな。

 

「榎本さん、その情報は必要有りませんよ。交渉すら必要ないです」

 

「亀宮さん?」

 

 僕の右側に亀宮さんが立っている。何時ものユルフワな彼女でなく、厳しい眼差しの……

 高槻さんと話し込んでいて分からなかったが、亀宮さんも近くに居たんだった。

 でも構わないって、誰とも共闘はしないって事かな?

 

「御三家を秤に掛けるつもりでしょうが、逆を言えば御三家にしか解決出来ないのでしょ?

一番条件の良い所に教えるつもりでしょうが、他の二家も乗らないでしょう。さぁ榎本さん行きますよ」

 

 腕を組んで引っ張る亀宮さん。でも何故他の二家も高槻さんの情報が不要と判断したのかな?

 情報は幾ら有っても……腕を組んで引っ張る亀宮さんに黙って付いて行く。

 肘に当たる柔らかな存在が、僕を……こう……悩ませるんだ。高槻さんよりは全然嫌悪感が無いけど、早く外して欲しいんです。

 

「榎本さん、最近ですが女性問題が多過ぎます!少し反省して下さい。

キャバクラ嬢遊び疑惑から伊集院阿狐の件。今度は関西巫女連合の高槻さんですか?」

 

 昼過ぎ迄は山荘に居なければならない。そう約束したから……だから宛てがわれた部屋に引っ張りこまれた途端に、亀宮さんから説教が始まった。

 向かい合わせにソファーに座らされ、私怒ってますオーラが……

 

「いや全くの誤解だ。キャバクラ嬢遊びは情報収集。伊集院さん達は何となく信用出来ると思った。

高槻さんは僕を困らせたいだけだよ。僕は彼女達に1mmたりとも疚(やま)しい事は考えていない」

 

 阿狐ちゃんは守備範囲だが、立場的に無理!真剣な目で亀宮さんの目を見る。アレ?真っ赤になって逸らされたぞ?もしかして厳つい顔だし怖かったかな?

 

「別に浮気を疑ってはいません。でも誤解される様な思わせ振りな態度が駄目なんです。分かりますね?」

 

 分かりません、全く分かりません亀宮先生!僕のあの態度の何処に思わせ振りな態度が?

 阿狐ちゃんも「理不尽な事を言っているのは理解してますが、女性が理不尽なのも理解して下さい」って言ってたが、それがコレか?

 だが僕は空気が嫁る、いや読める筋肉だ。

 

「分かりました、善処します。ですが高槻さんの申し入れを断って良かったんですか?桜井さんの話は聞いた方が……」

 

 情報の大切さは口を酸っぱくして教えた筈だ。あの手帳に書かれた三人の話を直接聞けるのはデカい。

 

「関西巫女連合は加茂宮の息が掛かってます。所属する個人までは分かりませんが、少なくとも上層部は親加茂宮派です。

あの高槻と言う女もそうです。つまり我々が好条件を提示しても情報は独占出来ないのです。

それは伊集院も知っている事ですから、榎本さんが安易に約束をしなくて良かったです」

 

 派閥に疎い僕が陥り易い失敗がコレだよ。もっと調べておけば良かった。でも桜岡母娘は親加茂宮派じゃないよな?

 もし、もしも親加茂宮派だったら僕は敵対するだろう相手になる。彼女達の立場も考えないと……

 

「そうなんですか?では桜井さんの件は切り離して考えてましょう。

午後には山荘を出て名古屋の拠点へ移り、風巻姉妹と今後の方針を考えますか。

あと徳田を探して岩泉氏に連絡を入れて貰わねば駄目ですね。やる事が沢山有るなぁ……」

 

 誤魔化した訳ではないが、御手洗のしょうがない奴だな目線と滝沢さんの浮気者?目線が僕に突き刺さる。

 少なくとも高槻さんに浮気は無いだろう、あの対応でさ?

 

「そうですね。岩泉氏の心証を悪くしない為にも徳田さんから報告を入れて貰わないと駄目ですわね。

では私と榎本さんで徳田さんの対応を。他の方は万が一に備えて山荘の警備員と連絡を取り合って下さい。

午前中に全てを終わらせて此処を出ます。榎本さん」

 

「はい」

 

 徳田の説得と岩泉氏に伝える内容を考えるんだな?

 

「皆さんでお昼を食べますから、美味しいお店を予約して下さい。佐和さん達も呼んで食事をしながら今後の方針を決めましょう。

軽くお酒も飲んだ方が活発な意見が出ますよね?」

 

 満面の笑みで言われてしまった……亀宮さん、酒乱だけど自覚がないみたいだからお酒も大好きなんだよね。

 

「えっと、その……分かりました。個室の方が良いですよね。ではお勧めの蟹料理のお店を手配します」

 

 滝沢さんが、ほら見ろ的な表情をして僕を責める。御手洗達は単純に喜んでいるな。

 僕は頭の中で何件かの蟹料理店を検索する。徳田を説得する内容を纏める前に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「毎回邪魔されてしまうわね。あの噂……亀宮の現当主の番(つがい)説は本当かもね」

 

 ウブな筋肉達磨の事を考える。私の分かり易いお色気作戦にウブい反応をする男。

 普通は美人が擦り寄って胸の谷間を強調すれば、ガン見かチラ見はするだろう。

 それを顔ごと逸らすなんてウブよね。調査では良く風俗に通う生臭坊主らしいが、素人女には馴れてないのだろう。

 桜岡さんと奇跡的に付き合えたからか、最近風俗遊びも控えている。片や彼氏を誘惑する女を警戒し威嚇する女。

 亀宮さんは一族の習わしで亀様に認められた男としか一緒になれない。

 だから可愛い嫉妬や分かり易いアプローチをしているが、当人が桜岡さん一筋だから空回りよね。

 

「高槻様、山荘の何処にも加茂宮様達が居ません」

 

「三人共に携帯電話も繋がりません」

 

「他の二人ならいざ知らず二子様までも音信不通?それはおかしいわね……」

 

 今回、関西巫女連合の上層部からは加茂宮一族を補佐しろと指示されている。しかし桜井さんの情報をそのまま伊集院に教えるのは惜しい。

 これは、この情報は私にこそ相応しい。だが、二子様となら上手くいくと思ったのに姿を眩ますって何よ!

 

 亀宮さんも駄目、伊集院阿狐も無理。だけど私と、この子達だけでは力不足だわ。

 無傷で私をあの場所に連れて行って欲しいのに……

 

「高槻様、どうしますか?」

 

「加茂宮本家に連絡を入れましょう。状況を報告して対応して貰うのよ。私達だけじゃ、この計画は無理だから……」

 

 桜岡母娘を巻き込みたいが、先程の話からすると彼女達を連れて来たら私は間違い無く下痢地獄だわ。

 常に便秘地獄には苛まされているけど、だからといって人前でお漏らしは勘弁して欲しい。

 あの目は、あの時の彼の目は奇跡的に出来た僕の彼女を巻き込んだら分かってるだろうな?

 

 って本気の恫喝の目だったから……

 

 

第176話

 

「そんな……先代様の書斎に、そんな秘密が有ったんですか?」

 

 阿狐ちゃんが置いていったビデオの画像を執事の徳田に見せて説明する。如何に今の山荘が危険なのかを……

 

「多分ですが厳杖さんが封印を解いてしまい餓鬼を刺激した。あんなに大量に湧かれては、完全には止められませんよ。

それに奴等は呪詛の籠もった水を撒き散らすから余計に厄介なんです」

 

 厳杖さんには悪いが、周りに分かり易い責任を追求させる為に生贄になって貰います。尻拭いは僕がしたんだし構わないよね?

 

「ですが、怪異の調査は?」

 

「名古屋市内の拠点から通いますよ。普通は安全地帯を確保しながら調査するので従来通りの方法に戻ります」

 

 現場と拠点が近過ぎるのも問題だ。安全の確保されない拠点なんて危険過ぎる。

 

「では、この山荘で働く我々はどうしたら?」

 

「怪異が解決すれば元通り働けますよ。でも今は戦力を分散出来ないから我々は無理です。専属の護衛をつければ大丈夫だとは思いますが……」

 

「それが亀宮様達では無理だと?」

 

「亀宮も伊集院もです。加茂宮は分からないけど、依頼は怪異の解決だから護衛は当初の説明通りに任務対象外です」

 

 がっくりと肩を落とすイケメン執事徳田。だがホモっ気の無い僕には何も感じない、罪悪感も保護欲も。

 自分の部屋は怖いからと我々が借りている部屋に上がり込みソファーで頭を抱えている。

 

「まぁ何です。取り敢えず岩泉さんに報告して下さい。厳杖さんが書斎の封印を解いて屋敷中が餓鬼だらけで危険だと。

我々は簡易な結界を張って、山荘の外から独自に解決に動きます。さぁ電話して下さい。

それが終われば我々も山荘から出ます。特別に徳田さんには御札をあげますから、これで簡易結界を素人でも張れますよ」

 

「おお!簡易結界ですか?」

 

 飴と鞭、それと御褒美を用意して何とか岩泉氏に現状の説明をさせた。

 途中で携帯電話を渡されて直接岩泉氏に説明を求められた。

 だが厳杖さんの所為で結界が解けて山荘が使い物にならないと聞いても、そんなに気にしてない感じだった……

 山林の怪異が速やかに解決するなら構わないそうだ。金持ちだから?では済まされない執着心の無さだ。

 実の父親の思い出が詰まった山荘じゃないのか?やはり実の父親を手に掛けたのか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「「「「取り敢えず、お疲れ様でした!」」」」ビールが並々と注がれたコップで乾杯する。

 

 蟹料理専門店「蟹甲羅本店」。店名通り蟹料理の専門店だ。

 

 参加メンバーは僕・亀宮さん・滝沢さん・御手洗他四名の黒服の現場担当。

 風巻姉妹の調査担当の合計十人だ。

 

 長方形の長い机に五人ずつ向かい合わせに座る。

 本来ならホストの僕は追加注文とかをオーダーし易い様に端に座りたいのだが、真ん中に亀宮さんが座り左側に風巻姉妹。

 右側に僕と滝沢さん。向かい側に御手洗他四名の席割りとなった。僕は両手に花だが、少々辛い。

 

「はい、榎本さんビールをどうぞ」

 

 甲斐甲斐しくお世話をしてくれる亀宮さん。

 

「ああ、有難う御座います。では返盃を」

 

 余り飲ませてはいけないのだが、ビール大瓶二本位なら良いよね?

 

「あら?頂きますわ。でも私を酔わせても何も出ませんよ?」

 

「いえ、酔わせてどうこうするつもりは無いですよ。まぁ折角の美味しい蟹ですから沢山食べて下さい」

 

 蟹を食べる時、人は無口になる。何故ならば美味しい蟹を食べる為には身を解(ほぐ)さなければならない。

 だが、蟹は甲殻類全般がそうだが食べ辛い。専用の器具を使い身をほじくり出さねばならないのだ。

 手元に意識を集中すれば、自然と会話も少なくなるだろう。序でにチョイスした蟹は毛蟹なんですよ。

 身が旨いのには定評が有りますが、一番食べ辛い蟹でも有る。

 

 だから皆さん黙ってホジホジと毛蟹と格闘中なんだな……

 

「この毛蟹は醤油と砂糖で味を付けて茹でてるんですよ。本来ならコース中盤に出ますが、無理を言って最初に出して貰いました。

皆さんに一番お腹が空いてる時に食べて欲しかったんですよ」

 

 本当は亀宮さんの飲酒対策も兼ねてるんです。蟹身をほじくり出す作業に没頭すればお酒を飲む回数も減り、食べてお腹が膨れれば更にお酒を飲まないでしょ?

 予定通り亀宮さんは蟹に夢中になっていた。亀宮さん以上に夢中になっていたのが、佐和さん美乃さんだ。

 

 まるで餓鬼、いや欠食児童みたいに……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 毛蟹の後は蟹の刺身・蟹酢・蟹足の天ぷら・蟹味噌と身の甲羅焼き・蟹雑炊とコースを堪能した。

 デザートに特製豆乳プリンを食べて女性陣は大満足だ。

 

「榎本さんって本当に美食家ですね!私達、最近の食生活が貧相だったんで大満足です!」

 

「お姉ちゃんホカ弁と宅配ピザを交互に頼むんですよ。もう限界だったんです」

 

 佐和さん美乃さんの衝撃の告白。キッチンの有るマンションを借りているのに全て出前で済ませてたのか? 

 

 滝沢さんの「私はそれに中華屋と寿司屋を足してローテーションだな」発言。

 亀宮さんの「私はカレーだけは作れます」宣言。

 

 これらを踏まえて拠点での料理当番は御手洗に決定した。

 何故ならば「俺は調理師免許を持っている」の一言によって、我々の食生活は保証された。

 僕ですか?僕は女性陣と似たり寄ったりですよ。食べるの専門なので……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「さて、そんなに日にちは経ってないけど何か分かったかな?」

 

 拠点のマンションに戻り各々が事務机やソファーに座り寛ぐ。滝沢さんがお茶を煎れて配ってくれる。

 見事なお茶をいれられるのに、何故料理は出前なんだい?

 

「何か?」

 

「いえ、何でもないです……」

 

「……?」

 

 目は口ほどに物を言ってしまったのか?

 

「はい、古銭を調べましたが……この制銭は本物よ。

AMS方式の放射性炭素年代測定で調べてもらったけど、2000年から2200年位前だって」

 

「2000年以上前だと紀元前か、なる程始皇帝の時代に合致するな。

この時代、日本は弥生時代、いや古墳時代に入っている。紀元前近辺だと……」

 

 パソコンを立ち上げてGoogleで天皇系譜を調べる。

 紀元前208年に第八代孝元天皇が即位、紀元前158年に第九代開化天皇が即位した辺りか……

 

「先代岩泉氏の蔵書の内容に近いな。日本書紀・古事記・日本神話、何故日本の神話を調べているのに中国の古銭を意味有り気に隠していたんだ?

日本と中国を跨いで調べてたのかな?」

 

 日本神話の神々は中国の影響はそんなに受けてないが、時代的に貿易は行い文化は数多く入り込んできてる。

 

「イザナギとイザナミについて熱心に調べていたじゃないですか。かの二柱で有名な出来事ってなんでしょうか?」

 

 亀宮さんの質問を聞いて考える。イザナギとイザナミについて有名な事?

 

「イザナギが亡くなったイザナミに会いに黄泉の国に行く話かな。途中でイザナミの言う事を聞かずに振り返り、腐った彼女を見て逃げ出すんだ。

イザナミは辱められたと怒って追い掛ける」

 

 もう少し分かり易く直すと、産後の肥立ちが悪くて亡くなった妻を思い、死因の原因たる我が子を殺めて死後の国に会いに行きます的な?

 それはそれで理解し難いが、神話なんて理路整然と納得する場合の方が少ないからな……

 

「それは大雑把過ぎです。勿論間違ってはいないけど、詳しくは……」

 

 

 イザナミは火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)を産んだ時に女陰を焼かれ死んでしまう。

 イザナギは大変嘆き悲しみ我が子の首を斬って殺害すると、妻を追って黄泉国へ会いに行く。

 

 黄泉国に到着したイザナギは御殿の扉越しに「私とあなたの国はまだ完成していない。どうか戻ってきてほしい」とイザナミに懇願する。

 

 だが彼女は黄泉国の食物を既に口にしており、黄泉国の住人となってしまっていた。

 しかしイザナミはイザナギの気持ちに応える為に、黄泉神に相談しに行くことにする。

 その間、自分の姿を決して見ないでほしいとイザナギに言うが彼は禁忌を侵して扉を開け、御殿の中を見てしまう。

 そこには死して醜く腐り果てたイザナミの姿があった。

 イザナギは恐れおののき、黄泉国から逃げ帰ろうとした。 

 誇りを傷つけられたイザナミは黄泉の醜女や餓鬼、黄泉の軍勢を遣わしてその後を追いかけさせるが……

 イザナギに上手くかわされてしまう。

 最後にはイザナミ自身が追いかけるが、イザナギは千人かかってやっと動かせるぐらいの巨大な石で黄泉国の入口を塞いでしまった。

 

 そこでイザナミは離別の意を表し「愛しい我が夫よ。あなたがこんな酷い仕打ちをするのなら、私はあなたの国の人間を一日に千人殺すことにします」と言った。

 

 イザナギはそれに対して「愛しい我が妻よ。あなたがそんなことをするのなら、私は一日に千五百の産屋を建てることにしよう」と答えた。

 

 それ故に、この世では必ず一日に千人死に必ず一日に千五百人生まれるという。

 

 

「佐和さん調べたんだ、詳細な説明を有難う。数々の神々を生んだ二柱だが、最後は大変悲惨な別れ方をしているよね。

この話と今回の件を強引に合わせれば、黄泉の餓鬼が今回現れた餓鬼と考える事が出来るかな?

無理が有るかな?先代岩泉氏は黄泉国と地上とが繋がっている黄泉比良坂(よもつひらさか)を見付けたんじゃないかな?」

 

 今有る情報を組み合わせて仮説を考える。悪くはないが無理も有る。

 

「あの洞窟が黄泉の国に繋がっていると思うの?」

 

 亀宮さんが真剣な顔をして質問してくる。僕も確信は持てないが、吾宗さんの敵討ちの為に沢山の餓鬼を倒した。

 だが今回の連中は別格過ぎるんだ。纏う水の呪詛に脅威の回復力。普通の餓鬼じゃない。

 

 そう考えれば悪くはないんじゃないかな?

 

「見付けた古銭は中国の始皇帝の時代、日本では大和朝廷が各地を制圧していた時代だ。

山荘に現れた餓鬼とイザナギ・イザナミを当て嵌めれば、全くの妄想でもないんじゃないかな?勿論、仮説の一つだけどね。他に疑問に思う事は?」

 

 仮説を立てて肉付けをして真偽を確かめる。肯定・否定どちらの意見も出尽くすまで話し合うのが大切だ。

 

「私は否定派かな。では大量の祝詞を書いた大学ノートは?

仮に黄泉比良坂を見付けたとして何故今になって怪異が現れたの?測量会社の社員は封印を解いてしまった?

確かに洞窟が黄泉の国へと繋がっていて餓鬼が現れたのは辻褄は合います。でも神話では1000人以上で動かす巨石よ」

 

 彼女の、佐和さんの指摘は鋭い。確かに普通に測量していて巨石を動かしたとは思えない。

 

「私は肯定派かな。巨石は先代岩泉氏が動かしたんじゃないかしら?

そして封印したけど、測量会社の社員が解いてしまった。

あの山林の航空写真を見て四角いプールみたいな物が並んでたじゃないですか?

アレを調べたんですが、どうやら戦時中に兵器製造の為に造られた工場用水の溜池なんです。

あの山林一帯は防空壕が張り巡らされてます。

終戦間際、本土決戦が囁かれていた頃に造られたのですが事故が続き半ば放置されていたそうです。

その兵器工場の事故で先代岩泉前五郎氏の許嫁が亡くなってるんですよ。

先程の榎本さんの仮説と重ねてみると、死に別れたイザナギ・イザナミの話に重なりませんか?」

 

 兵器製造用の工場用水か……確かに金属加工には大量の水が必要だ。

 横浜市金沢区にも四つ池と呼ばれる戦時中に造られた四連の溜池が有る。

 それに本土決戦に備え松代の地下に数ヶ月で全長10Km以上の巨大な大本営を掘ったのも事実だ。

 ならば防空壕か工場の拡張工事の際に巨石を壊した事で餓鬼が湧いて事故を……

 

「亡くなった許嫁に会いに行く為に、偶然掘り当てた黄泉比良坂を見付けてどうしたんだろうか?

死者に会えて、その後封印したのか?目的は亡き許嫁に会えた事で達成した、と?」

 

 うーん、風巻姉妹の意見はどちらも「らしく」思えるな。

 

「そうだ!手帳に書かれていた名前の人物について何か分かったかい?関西巫女連合から、桜井さんの事を逆に聞かれたんだけど……」

 

 最初に聞こうと思った事を漸く聞けたよ。

 

 

第177話

 

 我々亀宮一族は山荘を引き払い名古屋市内の拠点にしているマンションへと帰って来た。

 あの山荘は餓鬼道があり、不用意に封印を解いた事により地下から餓鬼達が溢れ出した。

 しかも身に纏う水には強い呪詛が掛けられている。

 

 触れれば肉体が餓鬼へと変化してしまう強力な呪詛が……

 

 風巻姉妹が集めた資料と今有る情報を絡めて考えると、あの洞窟はイザナギがイザナミを迎えにいった黄泉比良坂ではないかと?

 あの特殊な餓鬼達は黄泉の国の餓鬼ではないかと?そう仮定してみた。

 だが風巻姉は否定、風巻妹は肯定した。ならば僕は……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「そうだ!手帳に書かれていた名前の人物について何か分かったかい?

関西巫女連合から、桜井さんの事を逆に聞かれたんだけど……」

 

 高槻さんから交渉を持ちかけられたネタの裏を確認する。あの話振りがブラフなのか本当に凄いネタを握っているのかが知りたい。

 

「桜井さんですか?手帳に書かれた名前は、石渡先生・真田・桜井君の三人でした。

桜井君と書かれていた方は既に亡くなっていました。彼女は当時30代半ばであり、巫女を引退し神職の手伝いをされている方でした。

私達は彼女のお孫さんに当たる女性に接触し、故人の話を聞きました。彼女は遺品を調べると約束しましたが、その後で連絡が途絶えました」

 

 佐和さんが分厚いファイルを捲りながら読み上げる。A4サイズで厚みは10㎝くらい有る奴だ。

 

「お孫さんか……彼女は現役の巫女さんで、関西巫女連合に所属してるんだろうな。

連絡が途絶えたのが心配だが、遺品から何か重大な秘密を見付け出したのか?」

 

「ええ、彼女は名古屋市郊外の諏訪神社の神主の娘です。ですが彼女も父親も霊能力者では無いですね。

普通のとは変な言い回しですが、普通の神社の神職の方々です」

 

 ペラペラとページを捲り探しながら答えてくれる。打てば響くとはこの事だが、この姉妹の評価を何段階か上げないと駄目だな。

 短期間で、これだけの事を調べられるとは驚いた。正直、最初は生意気な小娘位に思ってた。

 

「他の二人については分かったかい?」

 

 石渡先生と呼び捨ての真田、彼等と岩泉氏の関係は何なんだろう?

 

「石渡先生も亡くなってますが、元名古屋大学の教授で自然人類学と民族学を教えていました。特に形質人類学には深い造詣が有ったそうですね」

 

 形質人類学?話が飛んでしまって分からないな。民族学なら何となく関係しそうなんだけど。

 亀宮さんも滝沢さんもニコニコと愛想笑いをしているが、目は泳いでいるから話についていけないんだろう。

 

「無知で悪い。形質人類学ってなんだ?自然人類学なら進化の過程を調べるみたいな事だろ?それとは違うのか?」

 

 分からなければ聞けば良い。だが年下の女性に分からないと聞くのは、プライドがガタガタだ……

 

「呼び名が違うだけで自然人類学も形質人類学もカテゴリーは同じよ。

人類やチンパンジー、ゴリラ等のヒト科の共通祖先から、どの様に原生人類が進化したかの過程を解明する学問ね。主に化石などから……」

 

 美乃さんが、此方も分厚く古い専門書を机の上に置いた。見るだけで勉強嫌いな僕は嫌になりそうな奴だ……

 

「ごめん、詳細は良いや」

 

 残念そうに専門書をしまう美乃さんを見て、もしかして説明したかったのかと思ってしまう。

 何時の間にか眼鏡もかけたが、伊達眼鏡か?説明の為の雰囲気作りの小道具か?

 

「石渡先生と桜井君は分かった。もう一人の真田って人は分かったのかい?」

 

 大学の教授に巫女上がりの神職。何となくだが、今回の件に関係有りそうな仕事に就いている。

 彼等と先代岩泉氏との関係は後から聞くとして、もう一人の人物について聞いてみる。

 

「私達は最初に石渡先生から調べたの。先生と呼ばれてるなら職業は限られるし、公的にも知られてる筈だから……

1980年代に名古屋近郊で学者・教育関係者・医者を片っ端から調べて岩泉氏と交流が有るか確認していったの。

それで先代岩泉氏から大学の研究室に寄付金を貰っている石渡教授に辿り着いた。一人が見付かれば後は彼等の交友関係から共通の人物を探せば良い。

直ぐに桜井さんは見付かったわ。でも真田と言う人物は未だ分からないの。だけど……」

 

「だけど?何か気になるのかい?」

 

 アレ?さっき迄は淀みなく受け答えしていたのに、言い辛そうな顔だな。

 二人共、お茶を飲んだりファイルをパラパラ捲ってるし……自分達から言い出す迄、暫く待つ事にする。

 

 1分位だろうか?風巻姉妹が目で合図を交わし、佐和さんが話し始めた。

 

「真田と言う名前で気になるのが、先代岩泉氏の亡くなった許嫁と同じ名字なの。

でも本人は工場の事故で亡くなったけど、彼女の家族も戦災で全て亡くなっているわ。

ただ一人、彼女の兄が戦地で行方不明になっているの。

真田重之(さなだしげゆき)と言って先代岩泉氏とも交友関係が有った……」

 

「その行方不明な兄が真田と呼ばれた人物だと思うのかい?」

 

 共通点は名字だけ……だが友人なら呼び捨ても分かる。

 亡くなった許嫁、行方不明の兄、人類学及び民族学の権威、神職の女性。

 上手く言えないが、このバラバラのピースがキッチリと収まる気もするんだ。

 彼女達も根拠も無く漠然と思っているのかな?でも、この手の霊感や直感って案外馬鹿に出来ないんだよね。

 

「馬鹿げた話とは思うんですが……」

 

「でも根拠も無くてカンでしかなくて……」

 

 風巻姉妹の様子を見ると二人共そう感じているみたいだ。諜報部としては不確定な事は納得出来ないし言えないんだろうな……

 

「君達二人が、そう感じているなら亡くなった許嫁の兄として調べてみよう。

霊感や直感は時として理屈に合わないが当たりな時が有る。君達の霊感を信じて迷わずに調べてみよう」

 

「「榎本さん!」」

 

 アレ?感極まる程の話じゃないだろ?そんなウルウルした目で見られると、亀宮さんが怖い事になるんだぞ!

 

「つ、次は先代岩泉氏と石渡教授と桜井さんとの関係だが、スポンサー以外に何か有るのかな?」

 

 話題を逸らして話を先に進める。幸いだが、亀宮さんは居眠りをしていた。

 コックリコックリ船を漕いでいるので、軽く肩を突っつく。

 ビクッと起きてエヘヘと笑う仕草は大変可愛いのだが、亀宮一族当主として難しい話でも聞いていて下さい。

 亀宮さんを起こした後、彼女達の調べた事を一つずつ聞いていった。

 

 良くもまぁ短期間で此処まで調べられると正直関心した!

 

「石渡教授は先代岩泉氏から接触をしたみたい。1979年から1985年まで石渡教授が大学を辞めるまで援助を続けていたわ。

同じ研究室に居た人達にも確認したけど、記憶に残るのは東海地方の民話や民間伝承に興味が有ったみたいね」

 

 民話に民間伝承か……民族学の方をアテにして接触したのかな?

 

「前に亀宮さんに愛知県に伝わる伝説を調べて貰って中断したけど、風巻さん達は調べたかい?」

 

「いえ、未だです。調べますね」

 

 何故か態度が軟化した?美乃さんが素直に言う事を聞くなんて怖いな。

 だが一度は亀宮さんに頼んだ事だし、今更変えるのもマズいか?

 

「いや、それは僕と亀宮さんとで調べるよ。亀宮さんも、それで良いよね?」

 

「ええ、構いませんわ」

 

 ニコニコと了承してくれたが、美乃さんが調べると言った時に一瞬表情が曇ったのを見逃してないぜ!

 彼女はハブられるのを気にしているからね。ちゃんと一緒に行動させないと駄目なんだ。

 亀宮さんの機嫌も良くなった所で風巻姉妹の残りの報告を聞く。

 

「桜井さんの方ですが、此方は元々石渡教授の教え子だったそうです。教え子の中で神職の関係者は彼女しか居なかった為に声が掛かったと思います。

生前の彼女は先代岩泉氏の要望により、宗派を問わず祝詞を集めていたみたいですよ」

 

 宗派を問わず?何故だろう、祓う対象に合わせて探さずに何でも良いってどうなんだろう?

 

「大量に有った大学ノートに書かれた祝詞は、桜井さんが教えたのか……」

 

 だけど祝詞なんて正式に修行した者だけが最大限に効力を発揮するんだ。付け焼き刃で暗記したモノを読み上げても効果は無いだろう。

 肝心な二人は亡くなっているのか……ん?亡くなって、か……

 

「ねぇ、石渡教授と桜井さんの遺品って手に入るかな?何でも良いんだけどさ」

 

 身近に死者の声を聞く事が出来る人が居たよ。確か遺品・本名・性別・没年月日・写真が有れば呼び出せると聞いたぞ。

 

「遺品ですか?桜井さんは無理ですが、石渡教授なら研究室に熟読していた蔵書が幾つか有りました。

それなら借りてこれますよ」

 

 大学の研究室に簡単に出入りして蔵書を借りられるのか?ニヤリと笑う佐和さん美乃さんを見て、正規の手順じゃないと分かる。

 多分だが霊力で容姿を変えられるのだろう。誰か関係者に化けて侵入するつもりかな?

 胡蝶の様に肉体そのものを変化でなく、相手の視覚を惑わす類の術か……使えれば便利だよな、電子機器で判別されなきゃ大丈夫だろうし。

 

「違法行為でも文句は言わないが、最近の大学はセキュリティーが強い。防犯カメラ対策はしてくれよ。出来れば遺品と写真、それに没年月日が分かるかな?」

 

 一寸顔をしかめたな。

 

「私達の能力が分かるの?嫌だわ、それに榎本さんも何か呪術的に調べるつもりでしょ?」

 

 そりゃ能力を予想されたら面白くはないな。素直に謝っておくか。

 

「いや、すまない。別に君達の能力を探っている訳じゃないんだ。

因みに僕がする事は口寄せだよ。最近凄腕の霊媒師と知り合えてね。

折角だから二人の霊を呼んで貰おうと思ってね」

 

 そう言って片目を瞑ってみせる。

 

「「似合いません!」」

 

 即座に否定された。

 

 クスクス笑う亀宮さんや滝沢さんを見て、大分リラックスした良い状態だなと思う。

 訳の分からない餓鬼に襲われ拠点を放棄したにしては上出来だ。

 三日後には阿狐ちゃん達の総攻撃が始まる。

 

 伊集院一族は強力だ。良い所まで行くかもしれない。

 

 だが、此方も調査の方針は決まったから遅れをとる訳でもない。

 

「さて、調査を始めようか!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 急な参道の石段を登る。未だ三分の一近く残っているが、既に1000段は登って来た。

 体力に自信の有る僕と滝沢さんでも額に汗を滲ませている。

 序でに足腰も痛い、明日は筋肉痛かもしれない。

 時折吹く風が火照った体を冷やしてくれるし、見渡す景色も綺麗だ。

 

「凄い参道の石段ですね。全部で1425段も有るそうですよ」

 

 汗一つかいていない亀宮さんがノンビリと豆知識を教えてくれた。

 

「ええ、遥か先に見える仁王門は重要文化財ですよ。何でも徳川家光が建立したそうです」

 

 僕も立ち止まり息を整えて豆知識を教える。

 

「鳳来寺(ほうらいじ)は、鳳来寺山の山頂付近にある真言宗五智教団の寺院ですよね。本尊は開山の利修作とされる薬師如来ですよね?」

 

 負けじと豆知識を披露する滝沢さん。そりゃ皆で出掛ける前に下準備と調査をしたから覚えているけどさ。

 

「さぁ急いで行きましょう」

 

 元気ハツラツ、急いで階段を上りたい亀宮さんが急かす。

 

「「いや、もう一寸休ませて下さい」」

 

 その場で軽くストレッチをして足腰の筋肉を解して持参のペットボトルからミネラルウォーターを一口飲む。

 

「すまない、私にもくれないか?」

 

 無言で滝沢さんに渡す。間接キスとか騒ぐ年でもないし、水分補給は必要だ。

 

「あらあら、体力に自信が有るとか言ってたのに……もう少しですから頑張りましょう!」

 

 元気よく声を掛けて先に登る亀宮さんを見て思う。彼女の体力が凄い訳でも僕等が弱体化した訳でもない。

 

「「亀ちゃんに乗って飛べば疲れないですよね?」」

 

 彼女は亀ちゃんに乗ってフワフワと先へと飛んで行った……

 


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