榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第178話から第180話

第178話

 

 鳳来寺(ほうらいじ)

 

 愛知県新城市の鳳来寺山の山頂付近にある真言宗五智教団の寺院だ。本尊は開山の利修作とされる薬師如来。

 参道の石段の数が1,425段あり、徳川家光によって建てられた仁王門は国の重要文化財。

 また、愛知県の県鳥であるコノハズク(仏法僧)の寺としても有名。

 問題の山林からも10kmしか離れてなく、岩泉一族の菩提寺でも有る。

 何時もなら真っ先に関係する周辺の神社仏閣・庚申塚・祠・お地蔵様を調べるのだが、今回は後回しにしてしまった。

 

 この鳳来寺は天皇家や徳川幕府とも繋がりが深い。 寺伝では大宝2年(702年)に利修仙人が開山したと伝える。

 利修仙人は霊木の杉から本尊・薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将、四天王を彫刻したとも伝わる。

 文武天皇の病気平癒祈願を再三命じられて拒みきれず鳳凰に乗って参内したという伝承があり、鳳来寺という寺名及び山名の由来となっている。

 利修の17日間の加持祈祷が功を奏したか天皇は快癒。この功によって伽藍が建立されたという。鳳凰に乗れるなど伝説級の高僧だ。

 また徳川家光が家康の生母・於大の方が当山に参籠し家康を授けられたという伝説を知って、大号令を発し徳川幕府から手厚い庇護を受けた。

 この寺ならば、あの餓鬼の事も知っているかもしれない。

 高野山に属する同じ真言宗の鳳来寺の住職に会うのは、伝手(つて)が有るので何とかなった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「1425段……正直舐めていた。結構キツい」

 

「私達、スーツに革靴ですからね。衣装変えましょうよ。街中と大自然は違いますよね」

 

 鳳来寺山の山頂近くに有る鳳来寺まで何とか到着した。足腰ガクガクだが、少し休めば回復するだろう。

 伊達に鍛えてはいないのだから……山門の前に立ち、今まで登って来た階段を見下ろす。

 一番下まで見通せるが駐車場に停めた車がミニカーサイズに見える。

 周りの山々は春の息吹きの所為か新緑に囲まれ清々しい。

 観光で来るなら新緑か紅葉のどちらかだが、僕は生命力溢れる新緑が好きだ。

 紅葉って枯れる寸前みたいなイメージだがら最後の灯火と思ってしまう、実際は違うけど……

 

「榎本さん、飲み物の自動販売機が有ります。奢りますから何が良いですか?」

 

 先程ペットボトルの水を少しあげた為か、わざわざ滝沢さんが飲み物を奢りますと言ってくれた。

 彼女は見た目は残念な格好だが義理堅く細やかな性格だ。但し料理に関しては壊滅的らしい……

 

「炭酸なら何でも良いよ。炭酸を補給しないと辛い」

 

 滝沢さんの申し出を有り難く受ける。兎に角、冷たい炭酸飲料をゴクゴク飲みたいんだ!

 亀ちゃんから降りた亀宮さんも自動販売機で何かを選んでいる。

 美女二人が二人並んで和気藹々(わきあいあい)と何かを選んでいるのは見ていて楽しい。

 今回の調査で亀宮さんは配下の人達との垣根が取れた様な気がする、勿論一部の人達だけだけどね。

 幸い約束した時間には余裕が有り、他に観光客も参拝者も居ないのでノンビリだ。

 居たら亀に乗った美女が飛んでいる姿を見て驚いただろうな。海辺なら竜宮城の乙姫と間違えられただろう。

 

「榎本さん、炭酸飲料ってコレだけですよ」

 

 滝沢さんから手渡された缶を見れば……

 

「国産梨サイダー?しかもプレミアムタイプ?知らないメーカーだな……」

 

 何故コーラもペプシも無くて、しかも梨なんだ?

 

「私は微妙ですが不二家ネクターにしました。亀宮様は明治の宇治抹茶ミルクです」

 

 どれも微妙だが、普通は自動販売機のメーカーで統一されてないか?不二家に明治なんて中々お目にかかれないぞ。

 

「あそこの東屋で少し座って休みましょう。約束の時間より15分早いですから……」

 

 立ち話もアレだし、彼女達を東屋に誘う。漸く座れた……足首をグリグリしながら凝りを解す。

 

「国産梨サイダー、美味しいですか?」

 

 何故か隣に座る亀宮さんが、僕の持つ国産梨サイダーに熱い視線を送っているが……飲みたいのかな?

 

「梨果汁が少し薄いし果肉はシャリシャリしてますが、不味くはないですよ」

 

 インパクトは強いが味は悪くない。

 

「少し下さい」

 

「え?」

 

 僕から梨サイダーを奪うと躊躇いなく一口飲んで……けふって可愛い音を出した。

 

「亀宮さん、炭酸苦手じゃなかった?確か岱明館でも飲み切れずに残したよね」

 

 彼女から国産梨サイダーを受け取り飲み干す。やはり炭酸は喉越しが大切だ!

 

「そうでもないですよ。はい、お返しです」

 

 そう言って飲みかけの宇治抹茶ミルクを差し出された。飲めって事かな?

 

「ああ、うん、頂きます」

 

 勢いに押されて缶を受け取り一口のむ。

 

「甘くて薄いね……」

 

 僕的評価は10段階で4だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 鳳来寺の住職と話す事が出来た。そして幾つか興味深い事を教えてくれた。

 岩泉氏絡みの怪異について、鳳来寺にも情報は来ていたそうだ。情報管理、やばくないかな?住職に口止めが必要かも……

 特に先代岩泉氏と交流が有った住職はとても心配していたが、相手が相手だけに悩んでいたそうだ。

 現役国会議員に「お宅の所有する山荘周辺で怪奇現象がおこってる。何とかしてくれ」とは言い辛いだろう。

 非公式なオファーは近隣神社仏閣にも有ったらしいが、御三家参加を聞いて止めたらしい。

 そりゃ餅は餅屋だわな。それを踏まえて教えてくれた事は4つ。

 

 ①先代岩泉氏が探していた・求めていた物は知らない。

 

 ②怪奇現象について戦時中も噂になった。しかし戦争中と言う事で怪奇現象だ何だを調べる余裕なんて無かったし、そんな事の調査に人員を割く余裕も無く自然に立ち消えてしまった。

 

 ③先代岩泉氏の墓が荒らされ遺骨が盗まれた。これは事件直後の写真を見せて貰ったが骨壷が粉砕され墓石も倒されていた。現在も犯人は不明。

 

 ④確かに戦時中にあの山林の中には兵器工場が有り、工場用水として利用する為に溜め池も有った。洞窟は知らないが戦時中に周辺で防空壕を掘っていた筈だ。

 

 住職も今回の事件について悩まれており、今後の協力も約束してくれた。因みに住職が此処までの話をしてくれたのは、亀宮さんの存在だ。

 日本の霊能界の御三家の一つ亀宮の当主を証明するに有り余る存在。亀ちゃんを見てから、凄く協力的になった。

 

 流石は亀宮さん&亀ちゃんだ!

 

 業界内でのネームバリューは半端無い。拠点に戻る途中、ベンツの後部座席に深々と座り込み先程の住職との会話を思い浮かべる。

 一番気になるのが遺骨の件だ……呪術的に遺骨は重要な意味を持つ。

 遺骨を触媒として血縁者に災いを呼ぶ事も出来るし、亡くなった本人の魂を使役したり縛ったりも出来る。

 だが遺骨を奪うなら何故骨壷を壊す?わざわざ移し替えるより、そのまま盗めば良い筈だ。

 大きな音を立ててまで墓石を倒した事もそうだ。何故、わざわざバレる様な音を立てたのか?

 怨恨の線が強いのだが、息子に殺された案は却下だな。

 警察沙汰にする意味が無いから、遺骨を盗んだ奴は岩泉一族に恨みが有るのだろう……

 

 考えながらも横目で亀宮さんを観察する、何故ならお菓子の包装を破いているから。

 口に突っ込まれる前に亀宮さんの手を軽く握る。その手にはアーモンドクラッシュポッキーが!

 

「毎回口にポッキーを突っ込むのは止めて下さいね。しかも今回のはイボイボ付きで痛そうだよ」

 

 掴んでいた手をヤンワリと離してアーモンドクラッシュポッキーを受け取る。一口かじれば口の中にチョコレートの甘さが広がる。

 

「難しい顔をしてましたから……考え事に糖分は良いんですよ?」

 

 ニッコリ微笑む亀宮さんは天然なんだろうな。

 

「何故に疑問系?いやね、何故遺骨を盗むのに墓石や骨壷を破壊する意味が有るのかなって考えててね。

遺骨自体に利用価値は有るけど、ワザワザ危険を犯してまで発見されやすくするかな?」

 

 更にポッキーを三本貰いポリポリとかじる。信号待ちを利用して、亀宮さんは滝沢さんにも渡している。

 暫し車内でポッキーを食べるポリポリ音が響く……

 

「今回の怪異、呪術的に先代岩泉氏の遺骨を使った呪詛だと思うんですか?」

 

「いえ、そうは思ってないです。呪詛は明確な対象が居る筈です。

確かに無作為に結界に入った奴を殺す事は可能ですが、何故ワザワザ最初の犠牲者を結界の外へ運んだのか?

これは何者かの意思表示で有り、呪詛で操られた何かが単独で行うとは考え辛い。誰か黒幕居ると思うんだ」

 

「黒幕なら人間の仕業なのか?岩泉氏の政敵か個人的な怨恨か……特定は難しいぞ」

 

 滝沢さんも会話に参加してきた。確かに生きている人間を探し出すのは大変だ。

 何故なら霊能者の仕事の範疇を越えてるから……警察や興信所の仕事だよ、ソレは。

 

「そうなんだよね。人間の犯人探しは霊能者の範疇じゃない。そもそも罪に問えるかも疑問だよね。

呪詛を立証するのは不可能だから、返して殺すしかない。しかし……

呪詛を掛けた奴が黒幕とも限らないから厄介だ。依頼されて呪詛を請け負う奴も居るからね」

 

「殺すって……榎本さんからは考えられない言葉だな」

 

 滝沢さんの疑問は正しい。僕は常日頃から契約に重きを置いて法に照らし合わせた行動をしている。

 そんな僕が殺人とか言うのは普通に変と思われるだろう。

 

「滝沢さん、死を纏う呪詛はね……返せば確実に相手は死ぬんだよ。

元々殺す気の呪詛を返せば、相手だって無事には済まない。だが手加減すれば僕等が危険なんだ。だから呪詛を返せば相手は死ぬ」

 

「でも榎本さんは山名一族の呪術者をげ、下痢だけで済ませたじゃないか!多種多様の呪いを統一して返したんだ。今回だって……」

 

 確かに亀宮本家に出向いた時は酷い扱いだった。だが奴等も明確な殺意は一人だけで残りは他愛ないモノだったんだ。

 

「相手が格下なら手加減も出来るけどね。今回は肉体を変化させる程の呪詛だよ。迷ったり手加減出来る相手じゃないんだ」

 

「格下ですか?ウチの第一線の呪術部隊がですか?それに肉体を変化させる?

私達聞いてませんよ、そんな危険な呪詛なんて!そんな危険が有る書斎に一人で行くなんて!」

 

 アレ?そうだったっけ?ああ、そうだ。水を介して呪詛が発動するとしか言ってないや……

 私、怒ってます的な表情と態度の亀宮さん。ヤバイ、少し目尻に涙が!

 

「詳細はマンションに戻ってから説明するつもりだったんです。隠すつもりなんて無いですよ。

ほら、朝から立て込んでたじゃないですか?だから……」

 

「榎本さん、心配を掛けたんですから、ごめんなさいは?」

 

 えっと、謝るの?確かに心配してくれたんだし、僕は胡蝶に奴らを喰わせる為に事実を隠して侵入したんだから謝るのが当然だな。

 

「えっと、ごめんなさい……」

 

 素直に頭を下げる。心配されるのって何故か嬉しいな。

 

「もう無理はしないで私達を頼って下さい」

 

 右肩に縋りつかれて泣かれてしまった。こんなオッサンに何故懐いてくれるのかが不思議だ。

 風巻姉妹の態度が普通なんだよね……

 

「榎本さん、亀宮様を泣かせた罪は重いですよ」

 

「あーうん、反省してるよ。立場上安全行動だけをする訳にはいかないけど、今後は気を付けるから」

 

 そう言いながら亀宮さんにポケットテッシュを渡す。良くハンカチとか言うけど未使用品の物なんて持ち歩いてないからね。

 僕はタオル地のハンカチ、ポケットテッシュ、ウエットティッシュを常に持っている。

 特にウエットティッシュは汗拭きから傷口の清掃・消毒まで幅広く使えるからね。

 

「榎本さん、心配だから私も宮城に行きます。その霊媒師の方に会いますから」

 

「えっと、風巻姉妹の護衛に御手洗達だけだと心許なくないかな?ねぇ滝沢さん?」

 

「愛知県から宮城県までなら新幹線か飛行機でも日帰りだ。

もう午後だし向こうで一泊、翌日に霊媒師に会えば明日の夕方には戻ってこれます。榎本さん、諦めて下さい」

 

 小笠原さんの所に亀宮さん御一行を連れて行くの?確かに戦力の分散は加茂宮の連中の動きが分からない内は危険なんだけど……

 

「そうだね。飛行機か新幹線のチケットと宿の手配が必要か……

滝沢さん、最寄りのJTBに寄ってくれる。あそこなら当日でもJRのチケット取れるし宿の手配も出来る。

どうせなら観光ホテルに泊まって温泉も満喫しよう」

 

 もうヤケクソと言うか、反対しても無駄だから皆で楽しんだ方が健全だよね?

 

 

第179話

 

「駅弁って高いよね。ホカ弁の二倍以上するよ。でもこんなに高いの食べて良いの?」

 

「本当に榎本さんって食に妥協無しですね。胃袋を抑えられると何も言えない自分が悲しいです」

 

「佐和さんも美乃さんも漸く榎本さんの良さが分かりましたね」

 

「餌付け……いや、しかし私は違います」

 

「滝沢さん、特製海老フリャア味噌カツ弁当をしっかり握り締めていては説得力が有りませんよ」

 

「亀宮様だって江姫膳に柔らか生姜焼きサンドを二つも持っているではないですか!」

 

「私は良いのです。残っても榎本さんが食べますから無駄にはなりません」

 

「姉さん、オカズを少し交換しようよ」

 

「良いですけどレートは同じでなければ駄目よ」

 

 女性陣が和気藹々と駅弁トークで盛り上がっている。美女四人が二人掛け座席を向かい合わせにしてるので賑やかだ。

 途中、ナンパ目的で近付く野郎共を御手洗達が威嚇している。

 

 楽しい楽しい新幹線の旅だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 鳳来寺から帰る途中、亀宮さんの提案で全員で宮城県仙台市に向かう事となった。

 移動手段は飛行機か新幹線だが、最寄りのJTBで新幹線のチケットが取れた。

 名古屋駅18時06分発のぞみ247号東京行きに乗り、東京駅で20時8分発はやて47号新青森行きに乗り継げば21時42分に仙台駅に到着だ。

 夕食は名古屋駅で駅弁を大量購入したが、彼女達は駅弁が珍しいらしく中々決められないでいた。

 

 だから迷っているのを全て購入し今に至る。

 

 美女四人野獣六人の変則メンバーだが、四・四・二で座席を分けている。座席移動でBOX席になる列車って良いよね。

 勿論、女性陣と男性陣で席割りしているしグリーン車なので僕と御手洗が並んで座っても余裕だ。

 

「なぁ、何故に特製幕ノ内弁当は駄目なんだ?美味そうだったぞ」

 

 隣に座る御手洗が名古屋コーチン焼き鳥弁当の包み紙を剥がしながら聞いてくる。

 

「確かに美味そうだったが、アレな。名古屋以外でも東京・品川・新横浜でも売ってるんだよ、同じ物が。やはり駅弁はさ、その土地の物を食べないとね」

 

 そう言って信長膳の包み紙を剥がす。僕が選んだのは、信長膳・秀吉膳・家康膳だ。

 

 信長膳は本能寺の変の切欠になった安土御献立と戦国時代の陣中食を復元している。 秀吉膳はヒョウタンの形をしており、魚・とびこ(飛び魚の卵)・カニのほぐし身がご飯の上に乗っており、他に筑前煮がメインのバランスの取れた弁当だ。

 

 家康膳は……質素倹約、我慢の人らしい駅弁だ。つまり質素なオニギリ弁当だ。

 

 値段も信長膳・秀吉膳の半分くらいだし、人となりを表した弁当シリーズだな。

 途中で亀宮さんが乱入し、僕の弁当から気に入ったオカズを奪い自分の食べ切れない弁当を置いていった。

 

 食べろって事かな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お腹も膨れた所で調査を再開する。新幹線内はインターネットが使えるんだ。

 なので気になる名古屋周辺の伝説を調べているのだが……凄く気になる伝説を見付けた。

 昼間に寄った鳳来寺にも関係し、書斎で見付けた古銭にも関係する。

 

「徐福(じょふく)伝説か……前に櫃まぶしを食べた時に、蓬莱と名古屋と言う単語が霊感に引っ掛かった。まさかコレじゃないよな?」

 

 

 

 徐福(じょふく)伝説

 

 

 

 今から約2200年位前の秦の時代、中国に徐福(じょふく)という人物が居た。

 最近まで徐福は中国でも伝説上の人物として扱われていた。

 1982年江蘇省において徐福が住んでいたと伝わる徐阜村(徐福村)が存在することがわかり、実在した人物だと思われ始めた。

 徐阜村には石碑が建てられ村には現在も徐福の子孫と言われる一族が住んでいて、徐福について語り継がれている。

 大切に保存されていた系図には徐福が不老不死の薬を求めて東方に行って帰ってこなかったことが書かれていた。

 彼が子供を残していたのか、単に親戚が残っていたのかは分からない。系図は直系子孫らしいから徐福の子供が残っていたんだよな?

 徐福は始皇帝に、はるか東の海に蓬莱(ほうらい)・方丈(ほうじょう)・瀛洲(えいしゅう)という三神山があって仙人が住んでいるので不老不死の薬を求めに行きたいと申し出た。

 

 ※司馬遷の『史記』がもとになっている。

 

 この願いに始皇帝は莫大な資金を費やして旅立たせるが、最初の航海は得るものが何も無くて帰国。

 何も無かったとは報告が出来ずに「鯨に阻まれてたどり着けませんでした」そう始皇帝に報告。

 

 ※台風を大鯨に例えて言い訳をした。

 

 不老不死の妙薬が是が非でも欲しい始皇帝は、今度は大勢の技術者や若者を伴って再度船出することを許可。

 

 徐福は今度は老若男女三千人を伴った大船団で再び旅立つ。そして、何日もの航海の末に何処かの島に到達した。

 

 実際、徐福がどこに辿り着いたかは不明だが「平原広沢の王となって中国には戻らなかった」と中国の歴史書に書かれてはいる。

 

 この「平原広沢」は日本だと言われている。

 

 実は中国を船で出た徐福が日本にたどり着いて永住し、その子孫は「秦」(はた)と称したとする「徐福伝説」が日本各地に存在するのも確かだ。

 想像の域を出ないが、徐福は不老不死の薬を始皇帝に渡す気持ちなどなかったと考えられている。

 何故ならば万里の長城の建設で多くの民を苦しめる始皇帝の政治に不満をいだき、一族及び優秀な人材を率いて東方の島へ新たな地への脱出を考えていたからだ。

 なのに何故、直系子孫が中国に残って系図が有るのかが不思議だ……徐福らの大船団での旅立ちは一種の民族大移動だったのだ。

 

 中国には徐福=神武天皇とする説も有り大変興味深い。

 

 徐福は中国を出るとき、稲など五穀の種子と金銀・農耕機具・技術(五穀百工)・貨幣も持って出たと言われている。

 一般的に稲作は弥生時代初期に大陸や朝鮮半島から日本に伝わったとされているが、実は徐福が伝えたのではないかとも考えると徐福が日本の国造りに深く関わる人物にも見えてくる。

 日本各地に徐福伝説は存在するので実際には、何処にたどり着き・何処に居住し・何処に行ったかは分からない。実に謎が深い人物だ。

 

 伝説の残る地は、佐賀県・鹿児島県・宮崎県・三重県熊野市・和歌山県新宮市・山梨県富士吉田市・京都府与謝郡、そして愛知県蓬莱山か……

 

 

 関連するキーワードは始皇帝時代の貨幣、制銭。

 

 不老不死の妙薬と蓬莱。

 

 徐福=神武天皇。

 

 

 何か今回の事件に関連が有りそうだが、今は未だ分からない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時刻は21時42分、予定通りJR仙台駅に到着。

 残念ながら宮城県で有名な秋保温泉や鳴子温泉、松島温泉には行けないので駅前のシティホテルを予約してある。

 

「ホテルコムズ仙台」

 

 地下鉄勾当台公園駅の近くだが、仙台市内で一番高級なホテルだ。此処のツインを五部屋、横並びで予約している。

 流石にスィートルームとかは無理だが、それなりの部屋だ。因みに二人一部屋で朝食込み45000円也。

 全員で225000円(税別)になるが立て替えで現金清算になるんだ。

 

 何故、立て替えるか?

 

 必要経費は最後に纏めて経費15%を上乗せして請求するからだ。食費も全て僕が立替ているのは仕事だからです。

 ご隠居から亀宮さん関係はケチるなと言われているので、何時もの東横インは駄目なんだよね。

 タクシー三台に分乗し取り敢えずホテルへ向かう。

 

「榎本さん、杜の都仙台と言われるだけは有りますね。とても活気が有って賑やかです。直ぐにホテルに入るのは勿体無いですね」

 

 国道4号線、中央通り繁華街を通るタクシーの窓から亀宮さんの期待に満ちた声が聞こえる。

 

 ネオン輝く街並みは、いかがわしい店でなく健全なお店ばかりだ。しかし亀宮さん、貴女は僕をグルメガイドと勘違いしてないかな?

 勿論、夜食のお店は設定してますよ。

 

「春先でも東北の夜は冷え込むよね」

 

「そうね、冷え込みますね……」

 

 期待に満ちた目で僕を見る。

 

「熱燗にオデンとかどうだい?」

 

「それは素晴らしいですね!」

 

「榎本さんと行動すると、何時の間にか観光旅行になりますよね?よね?」

 

 滝沢さん、諦めて開き直る位が丁度良いんだよ。そしてホテルから徒歩5分、その店は有った。古風な外観、漂う匂い。

 

「榎本さんってさ。見た目ゴツいのに何故亀宮様が懐いたか分かった。

女性だって美味しい食べ物に弱いもん。それを普段は入れない様な店に連れて行ってくれる。

お洒落なレストランやバーとかって誰でも連れて行ってくれるけど、この手の店って中々無いし。

胃袋を抑えられると多少の事は見えないよね」

 

「確かに年頃の女性は一人では入り辛いわ。でも彼が同伴なら怖いモノは無いから安心出来るもの」

 

 おでん屋三吉の暖簾を見上げて動かない姉妹に声を掛ける。

 

「ほら、暖簾の前に立ってたら邪魔だよ。早く入ってよ、風巻さん」

 

 老舗おでん屋、おでん三吉。所謂関東炊きのオデンだが、ニラ玉やスリ身、丸ごと烏賊等の変わり種も多く全国的にも有名なオデン屋なのだ。

 カウンターと座敷のみだが、閉店23時の為に残り1時間弱しかない。これなら亀宮さんもお酒を沢山飲めないだろう。

 

 座敷のテーブルを三つ繋げて全員が座る。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「取り敢えず乾杯!

明日は10時に先方と約束してるのでホテルを9時にはチェックアウトするよ。朝は全員でバイキング会場に向かうから7時には準備しておいてね」

 

「「「はーい、了解です」」」

 

 隣で大根をパクつく榎本さんを見て思う。何となくだが、亀宮様が入れ込む理由が分かる。

 彼は、榎本さんは基本的に優しく面倒見も良い。頼れるオッサ……いえ、お兄さんかな。

 

 ハンサムでも格好良くも無い。

 

 ファッション関係は壊滅的だ、ブティックとかに一緒に行けないだろう。

 女性に気障な台詞も言わないが、スマートなエスコートは出来る。

 世の中の女性が求める三高、高学歴・高身長・高収入の条件を全て満たしている。

 

 今は三平だったかな?平均的なルックス・平均的な収入・安定した職業。

 此方は微妙ね、ルックスは厳ついし霊能者は安定した職業じゃないし。

 でも最初の見た目で判断されがちだが、付き合ってみると分かる。

 

 彼の最大の魅力は、凄い安心感なのだ!

 

 彼と一緒なら、どんな苦難も障害も何もかも物ともせずに突き進める安心感が有る。

 特に自身が強い力を持つ霊能力者達は、自分を守ってくれる存在は貴重らしい。

 私だってSPとして有事の際は体を張っても亀宮様を守る覚悟は有る。亀宮一族に生まれ育ち、当主の為に生きてきた私だから……

 

 こんな庇護欲が私に有った事が驚きよね。

 

「ほら滝沢さん、黄昏(たそがれ)てないで〆はどうする?オデン出汁を使ったお茶漬けかうどん、どっちにする?お薦めはうどん」

 

 全く命を掛けた仕事の最中なのに呑気なものだな。厳つい顔に笑顔を浮かべられると、ギャップの為か凄く愛嬌を感じる。

 

「では榎本さんのお薦めのうどんで」

 

 この笑顔の下には呪詛を返すなら呪術者を確実に殺すとか言う非情な顔も持っているんだから、全く不思議な人だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お腹も膨れ軽い酔いも有るので、腹ごなしと酔い醒ましを兼ねてホテルまで歩いて行く。

 時刻は23時10分だから7時間は寝れるだろう。良く分からないが、風巻姉妹が大分軟化してくれた。

 何か、こう垣根みたいな物が無くなった気がするんだよね。御手洗達は筋肉同盟だから分かり合える。

 滝沢さんも最初の頃は威嚇されたけど、今は普通に接してくれる。

 一時はどうかと思ったが、亀宮一族に所属出来た事は良かったかな……

 

「何をニコニコしているんですか?」

 

 隣を歩く亀宮さんが覗き込む様に僕を見上げる。身長差は20㎝以上だからね。

 

「いや、何となくさ。今まで独りで仕事をしてきたけど、仲間ってのも良いもんだね」

 

 胡蝶の件も亀宮さんには教えたから、僕の秘密の半分以上は知ってる訳だし。

 

「そうですよ!榎本さんは、ずっと私達と一緒なんです。

伊集院に勧誘されても駄目ですよ。もし、他の勢力に行きたいのなら……」

 

「行きたいのなら?」

 

 急に僕の左腕に抱き付く亀宮さん。

 

「…………です!」

 

「え?」

 

 彼女は教えてはくれなかったんだ。

 

 

 

第180話

 

「ふぅ、お腹一杯だ……御手洗、先に風呂に入って良いか?」

 

 割り当てられた部屋に入るなり、同室の御手洗にお願いする。

 

「ああ、構わん。俺は亀宮様の部屋の警戒に当たるから適当に先に寝てくれ」

 

 相変わらずのSPの仕事振りだ。夜間警戒ローテーションから外されているので心苦しいが、手伝うと彼等の仕事範囲を犯してしまうので何も言えない。

 僕は警備でなく調査で雇われているから、契約範囲を超えた口出しは出来ない。

 

「分かった、じゃ亀宮さんの警備は任せたよ」

 

「おいおい、これが俺の本来の仕事なんだぞ。任される迄もないさ」

 

 そう言って漢臭く笑うと部屋から出て行った。二時間は帰ってこないだろう。

 簡単にシャワーを浴びてからベッドにダイブする。浴槽にお湯を溜める時間も惜しい程に疲れた。

 携帯電話の目覚まし機能で朝6時にセット、部屋の灯りを消す。仰向けになり薄暗い天井を見る。足元灯だけでも目が慣れると明るく感じるな。

 

「なぁ胡蝶?」

 

「む、何だ?夜伽の相手は構わんが我等がシテいる所を見られる危険が有るぞ。アレか?露出趣味……」

 

 胡蝶が僕の腹から上半身だけニョッキリと出して答えてくれるが……暗闇でも僅かながらに体が発光しているので良く見える。

 一応服は着てくれている。

 

「違う、そんな趣味は無いから……胡蝶さん、現代知識に毒されてないか?

加茂宮だけどさ、弱過ぎないか?幾ら力を分散してるとは言え、三人が三人共に瞬殺は弱過ぎだろ?」

 

 五郎と七郎、それに二子……確かに肉体強化系や精神操作系は強力だが、御三家の当主にしては弱過ぎだと思う。

 

「流石は我の愛しい下僕だな。良い所に気付いた。奴等に取り憑くモノは我と同じモノ。

奴は自分の力の底上げの為に、有る呪いを掛けた。兄弟姉妹九人を蟲毒(こどく)の毒虫に見立てているのだ」

 

「蟲毒って?確か大陸の古(いにしえ)の呪いだっけ?」

 

「そうだ。蟲毒とは本来は人を呪う呪いの一つ。蟲道(こどう)蟲術(こじゅつ)巫蟲(ふこ)とも呼ぶな。

瓶の中に現存する毒虫や毒蛇等を入れて共食いさせる。最後に生き残ったモノを蟲毒と言い、ソレを呪いの触媒に使う」

 

 蠍(さそり)・毒蜘蛛・百足(むかで)・毒蛇・蝦蟇蛙(がまがえる)、何でも良いから毒の有る生き物を共食いさせる呪いだったか……

 だがアレって生き残りを触媒に呪うのとか、相手に食わせるとか、金銭と共に相手に贈るとか色々有った筈だよね?

 

「本来の用途と違くないかな?僕が知ってる蟲毒とは……」

 

「我が今回食べた連中の魂は捕らえている。

奴等から聞き出した限りでは、二子だけは先代からの遺言で兄弟姉妹で勝ち抜けと言われたらしい。

後は各自に割り振られた力の中に組み込まれた術式を調べたので分かる。我が食った力は我の糧となり力の底上げは成った。

だが……残りの奴等が二人を食えば我と同等、三人目で我より強くなろう」

 

 何だって?

 

「九人中残りは六人。なのに三人分で同等?最悪な場合、胡蝶と同等の力を持つ者が二人も生まれるのか?

しかも更に食って一人になれば僕等じゃ勝てない程の力を?」

 

「残念だがそうだ。割り振られた力には、共食いを誘発する術式も組み込まれていた。

遅かれ早かれ奴等は凄惨な共食いを始めるぞ。その前に我等は後三人、最悪でも二人を食えれば対抗出来よう」

 

 加茂宮が弱体化した訳じゃない。そんな兄弟姉妹で共食いさせて力を得る術を行使出来るなんて……

 先代の加茂宮保(かもみやたもつ)とは、何て恐ろしい奴なんだよ。

 我が子を生贄に一族の為に更なる力を求めるなんて……

 

「心配するな。我と正明の同化が済めば、我等はもっと強くなれる。我と汝は一心同体ぞ」

 

 ペタンと倒れて首に抱き付く胡蝶さん。僕の首筋を甘噛みしたり舐めたりする。

 

 ヤバい、雄の本能が目覚めそうだ!

 

 だけど腹から美幼女を生やして抱き付かれてる状況って、他の人には見せられないな。だが加茂宮一族か……

 多分だが七郎の件も有るし、僕は既に目を付けられているかも知れないな。

 共食い……兄弟姉妹で生き残りを掛けて争わせるとは鬼畜過ぎる。でも最後に残った奴はマトモな精神じゃないだろう。

 

 肉親を兄弟姉妹を殺すって事なんだから。

 

 だが食うと言っても文字通りに肉体を食べるのではなく、霊力を食うらしいが……それなら兄弟姉妹だけでなく一般の霊能力者も対象にならないか?

 幾ら考えても纏まらず、僕は知らない内に胡蝶を抱きしめて眠ってしまった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ふざけるんじゃないわよ!早く此処から出しなさい!」

 

「嫌だ、嫌だよ。此処から出してくれよ」

 

「二子姉さん、五郎兄貴!此処は何処なんだよ。嫌だ、おれ嫌だよ……」

 

 何だろう?懐かしい情景だ。これは嘗て僕の家族が捕らわれていた魂の牢獄だ。

 薄暗く何処までも続く黒い沼地、膝まで浸かった状況でずっと歩かされている……

 何時も爺さんと両親が苦しんでいるのを身動き出来ずに一方的に見詰めて詰(なじ)られた世界。

 

「ふふふ、思い出したくはないか?」

 

「ああ、忘れたい忌まわしき記憶だな。胡蝶、何故僕に彼等を見せる?」

 

 何故、爺さんや両親に詰(なじ)られた記憶を呼び覚ます?爺さん達の魂を解放出来たから、関わり合いになりたくない世界なのに……

 

「戯れだよ、正明。これは戯れだ。見ていろ、奴等に仕込まれた術式が解放されるぞ」

 

 術式?何を言ってるんだ?

 

「あが、あがが……嗚呼、貴方達……美味しそうねぇ?」

 

「ぐふっ、ぐふふ。姉さんが食べたい、食べたい、食べたいんだ」

 

「ああ、あ、兄貴……食わせてくれよ。なぁ、少しで良いんだ?」

 

 前と同じ黒い沼に浸かっている奴等が、いきなり狂った様に体をカクカクさせている。まるで安っぽいゾンビ映画だ……

 

「ああ、頂きます」

 

「ふはっ、ふははは!あんたに食われる訳はねえだろ?」

 

「美味そうだなぁ、兄貴は……」

 

 おい、仲間割れと言うか共食いを始めたぞ!霊力を食うんじゃないのかよ?互いの体に噛みついて引き千切る。

 自分の体が毟られているのに嬉しそうに相手をかじる様は……

 

「きゃは!心臓とったわ」

 

 七郎にのし掛かり腸(はらわた)を食い千切っていた二子が、両手で心臓を引きちぎり頭の上へと捧げ持つ。

 それを奪おうと五郎が二子に襲いかかるが、彼女は怯まずに心臓を食べ続ける。

 五郎に左腕を食い千切られても構わずに、右手を五郎の目に抜き手の要領で突き刺す。

 

 のた打ちまわる五郎。地獄絵図とはこの事だ……

 

「どうやら二子が勝者みたいだな。さて、力が漲った所で食うか……」

 

 呆然と見ている中で、二子は弟二人を食い殺し狂った様に笑い出す。黒い沼の中に立ち竦み肩を揺らして笑う姿は、まるで鬼だ……

 

「あは、あは、あははははは……」

 

「勝者はお前か。では、喰らおうぞ!」

 

 体を仰け反らせ狂った様に笑う二子に後ろから胡蝶が食らい付いた。何時もの上半身が巨大なワニの様な顎になり、頭からパックリと飲み込んだ。

 確か胡蝶は彼等が蟲毒の贄と言った。つまり二人を食べた二子は、胡蝶と同等だったのか?

 

「違うぞ、正明。奴等に憑いていた力は既に我が吸収した。アレは奴等の魂に刻み込まれた術式なのだ。

蟲毒の様なパワーアップはせぬよ。だから戯れなのだ……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目覚まし機能の電子音で飛び起きる!昨日は……嫌な夢を見せられたな。

 だが二子達の魂は、胡蝶に食われたから未来永劫捕らわれて苦しむ訳じゃない。

 敵対した連中だし、哀れむ必要は無い筈だ。割り切れなくてもね。

 ベッドから起き上がれば、隣では御手洗が鼾をかいて熟睡中だ。二時間おきに二時間ずつ警戒していれば疲れるだろう。

 

 彼を起こさない為に、細心の注意で音を立てない様に起き上がる。先ずは寝汗でベトベトな体をサッパリさせる為にシャワーを浴びよう。

 ユニットバスに入り熱めのお湯を頭から被れば、嫌な汗と共に辛い記憶も流れていく。

 爺さんに両親の魂は救えた筈だ!少なくとも輪廻転生の輪に戻れたのだから。二子達みたいに魂が消滅した訳じゃない。

 サッパリして部屋に戻ると御手洗がベッドの上で胡座をかいている。半分寝ぼけているのか、焦点が定まってないな。

 

「おはよう、御手洗。熱いシャワーでも浴びてシャキッとしろよ。まだ朝食の時間には間に合うぜ」

 

 無言でバスタオルを持ってユニットバスに向かう奴を見て夜間警備って大変だなぁと思った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ホテルをチェックアウトして予約していたレンタカーに乗る事30分、目的地に到着した。

 市の中心地から内陸に少し入った場所だが、非常に自然豊かな場所だ。つまり広大な田園風景が広がり、古風な民家が疎らに建っている。

 子供の頃なら憧れた理想の「お婆ちゃんの居る田舎」だ……その田舎の中心付近に防風林に囲まれた古風な日本家屋が小笠原家だ。

 道が広いので家の前に路駐して車を降りる。

 

「見事な結界に清浄な空間だな……」

 

「本当に……小笠原一族を甘く見ていました。亀宮本家にも勝るとも劣りませんね」

 

 極々普通の和風建築。木造瓦葺きの母屋に広い庭、生け垣も見事に手入れが行き届いている。

 何よりも見晴らしのよい間取りなのに、防御機能が凄い。霊的なモノにだけ……防犯には弱い昔の趣ある日本家屋だね。

 あっ土蔵が有るな。こりゃ泥棒除けの為に人払いの結界か最新式の警備設備を……

 

「あら、セコムしてますね……」

 

 亀宮さんの指差す場所、門柱にセコム警戒中のシールが貼ってある。

 

「其方の心配無用って事かな?」

 

 生け垣を潜り抜け玄関の前に立つ。インターホンはカメラ機能付きか……ボタンを押すと艶っぽい声で返事が来た。

 

「はい……あら、榎本さん。少し待って下さいね」

 

 魅鈴さんの声が聞こえたが、玄関を開けてくれたのは静願ちゃんだった。

 

「ようこそ榎本さん。そして亀宮さんも……上がって」

 

 相変わらずの様子で僕の腕を掴んで室内に引っ張る。だが今は亀宮一族として仕事中なのです。

 

「どうぞ中へ、亀宮さん。静願ちゃん、何故ココに?」

 

 静願ちゃんの肩に手を置いて脇に入口脇に移動させ、先に亀宮さんに中に入って貰う。今回の主賓は彼女だからね。

 

「むぅ、レディファースト?昨夜お母さんから連絡が有った。

榎本さんが実家に来るって。だから朝一番で帰って来た」

 

 魅鈴さん?今日は平日ですよ。無断で学校を休ませては駄目でしょうに……

 

「お母さんが仕事の時は、私も必ず見ている。これも修行だし、仕事中はお母さんが無防備になるから……」

 

 所謂トランス状態?の時は確かに無防備だよな。それに見取り稽古も必要か……

 僕等が話し込んでいる間に、亀宮さん、滝沢さん、風巻姉妹そして御手洗達が入ったので最後に靴を脱いでお邪魔する。

 玄関壁面には防犯関係の制御盤やモニターが取り付けられている。

 皆が入ると静願ちゃんが操作、すると玄関扉が自動的にガチャリとロックされる。

 

「凄い防犯設備だね」

 

 思わず感心して静願ちゃんの頭を撫でる。久し振りのサラサラ感覚だ。

 

「うん、榎本さんの家に行った時にね。お母さんが感心して同じ事をしたの。

最近、お母さん目当ての人が多くて……ストーカー対策?」

 

 目を細めて嬉しそうにしているが、内容は物騒だ。ストーカーか?

 確かに妖艶な未亡人って表現がピッタリの人だけど、未だ逃げ出した旦那との事を清算してなかった様な?

 いや失踪10年以上だから既に相手は不在でも離婚成立だな。

 

「魅鈴さん目当て?」

 

 男運の悪い一族だし、変な相手と再婚したら静願ちゃんが不幸になる。先を歩く彼女の後ろ姿を見て考える。

 

「よし!相手を聞いて、調べて呪うか……なに、社会的に復帰不可能な痴態を晒せば魅鈴さんからも自然と離れるだろ?」

 

「それは……うん、それで良いよ」

 

 年の離れた師弟の会話は物騒だった。

 


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