榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第181話から第183話

第181話

 

「お久し振り、でもないですわね。先日夕食を御一緒しましたし……」

 

「ええ、確かに静願ちゃんと結衣ちゃんと四人同席で留守を頼みますとお願いした時ですね」

 

 魅鈴さんは僕が一番苦手とする色っぽいムチムチ系の美人さんだ。

 てっきり直ぐに祭壇の前にでも行くかと思えば、和室に通されて向かい合わせでお茶を飲んでいる。

 お茶は静願ちゃんが煎れてくれたが、普通に美味い。静岡産の新茶らしいが、銘柄は分からない。

 

 因みに茶請けは仙台銘菓の「萩の月」

 

 しっとりカステラ生地で野暮ったいカスタードをくるんだ逸品だ。艶っぽく此方を見詰める魅鈴さんは悪い人じゃないし、霊力も高く信用出来る数少ない霊能力者仲間だ。

 だが過剰なスキンシップを求めてくる困った人でも有る。彼女の仕草は天然なんだろう。

 だから勘違いする奴も多く、先程のストーカー騒ぎに繋がる。所謂「俺に気が有るんじゃね?」だ。

 

「ふふふふ、娘達も仲が良いですし保護者同士も仲良くしても良くなくて?」

 

「ええ、ご近所さんとして同業者として節度ある良い関係を結びましょうね」

 

 この手の会話で日本人特有のあやふやな対応は良くない。バッサリ切らないと周りが誤解して余計な噂が広まる。

 

「榎本さんと小笠原さんって普通の関係じゃないらしいよ?」

 

 何て言われたら噂を消すのが大変なんだよ。彼女から言い寄ってるみたいな感じだから、誤解を訂正しても良くてテレてるとか謙遜とかに思われる。

 悪けりゃ自慢か?ああん?とかだろ。この会話の最中、周りを横目で確認すれば、亀宮さん滝沢さんは普通を装った能面顔。

 風巻姉妹はニヤニヤ、御手洗他は会話を放棄し警備に専念している。

 

「まぁ前置きはこれ位にしてさ。本題に入って良いかな?」

 

 先代岩泉氏の手帳と風巻姉妹がパクッてきた石渡先生の愛用していた蔵書をテーブルに置く。

 それとプリントした必要なデータ、生年月日・性別・年齢・没年月日そして写真だ。

 

「先ずは何方からにしますか?」

 

「本命は最期にして先ずは石渡教授からかな。岩泉氏と対話する前に情報の裏を取りたいから」

 

 分かりましたと言って立ち上がる魅鈴さん。漸く口寄せをしてくれるんだな。

 

「では本堂の方へ。静願、準備をお願い」

 

「うん、お母さん。榎本さん、コッチが本堂だよ」

 

 静願ちゃんが僕の腕を掴んで引っ張るが、何度も言うが優先順位は亀宮さんなんだ。

 

「さぁ亀宮さん、移動しようよ」

 

 彼女に声を掛けて先に行かせる、静願ちゃんは軽く肩に手を置いて傍に立たせている。

 小笠原魅鈴さんは僕が調べた限り本物だ。

 だが恐山のイタコとかと違い、ただ故人に会いたいからと頼む依頼人は実は少ない。

 一番多いのが行方不明者の生死確認だそうだ。呼べれば死亡確定、原因や死体の場所を聞く。

 だが依頼者は余り彼女に感謝しないらしい。

 それは行方不明者の生存を望んでいたのに、死と言う信じたくない現実を突き付けるから……

 理性と感情は別物とは良く言ったモノだね。

 

 前に聞いた「辛いお仕事なんですよね……」と。

 

 アレを下を向いて耐える様な仕草で言われた後に、ウルウルした目で見詰められたら……大抵の男は同情その他でクラクラって墜ちただろうね。

 普通ならさ……僕はロリコンだから平気だったし、「箱」の為に散々他人の霊を喰わせていたからな。

 

 同情心が沸かなかったのは、つまり僕の感情が壊れかけてるんだろう。

 確かに普通の人間なら死んだ親族の為に他人を犠牲にし続けたら、良心が耐えられないだろう。

 

 だが僕は……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 神道系の祭壇の前に魅鈴さんは座っていた、普通に白い袴姿だ。

 流派は分からないが、本堂が清浄な空間として機能してるのは分かる。

 祭壇に渡辺教授の写真を置いて、正座した膝の上に蔵書を置いて両手で押さえる。

 

「では始めます……」

 

 聞いた事の無い不思議な言い回しの祝詞だ。彼女は体を前後に揺すり一心不乱に祝詞を紡ぐ。

 

 5分程だろうか?

 

 急に首がガクンと落ちるとトランス状態になったみたいだ。

 

「えっと、石渡教授ですか?」

 

 恐る恐る訪ねる。

 

「ああ、そうだ……君は?此処は?何故、私は呼ばれたんだ?」

 

 魅鈴さんの口から紡ぎ出される言葉は……完全に男の、それも老人の声だ。

 

 口寄せは成功したみたいだ。僕は用意していた質問をする。

 

「家族の事を教えて下さい」

 

「家族?妻は佐知子、私よりも三年前に他界した。

息子の孝文は未だに結婚せずに研究に没頭している。困ったものだ……」

 

 正解、大正解だ!魅鈴さんには教えてない内容だ。僕は風巻姉妹を見る。彼女達も頷いた。

 これは悪いが魅鈴さんの力を試した質問なんだ。

 僕は信用していたが、亀宮さん達には初めて会う人だから確証が欲しいと言ったから。さて本題に入ろう。

 

「石渡教授、教えて下さい。岩泉前五郎氏との関係を彼が何を求めていたかを……」

 

「岩泉先生は……彼は事故で亡くなった許嫁に会いたがっていた。

黄泉比良坂(よもつひらさか)を探していたんだ。だが、あの場所には、あの場所には……」

 

 凄く苦しみだしたぞ、まるで会話するのも辛いみたいに……

 

「あの場所には?あの場所とは何処で何なんですか?」

 

「言葉にするのも苦しい……苦しいのだ。あの場所は、人間が訪れてはいけない。人の欲望の最終型なのだ……」

 

 人の欲望の最終型?何か重要なキーワードなのか?

 

「石渡教授!教えて下さい」

 

「私達は神の領域に踏み込んでしまった。あの場所は封印した。誰も入ってはいけない……アレは……奴等は……元々……ああ、駄目なんだ……」

 

 謎の言葉の後にパッタリと倒れて反応しなくなった。慌てて静願ちゃんを見る。

 

「平気、でも霊は還っていった。口寄せされて質問されても言えなかったんだと思う。

余程の恐怖が有る事。お母さんは憑依中の事は何も知らないから。榎本さん、お母さんを横にしたいから運んで」

 

 魅鈴さんを運ぶ?正座から崩れ落ちる様に倒れた彼女をお姫様抱っこの要領で持ち上げる。

 

 軽いな……多分50kg無いだろう。

 

 意識が無いから首がカクンと仰け反り、真っ白な首から胸元が強調されるし僅かに汗をかいている為か髪の毛が肌に貼り付いている。

 ほんのり頬に赤みもあり大変色っぽいが僕は全く平気だ、完璧だ。

 

「静願ちゃん、何処に運べば良いんだい?」

 

「応接間のソファーに寝かせて、コッチだから」

 

 取り敢えずソファーに寝かせた所で最初に通された和室に戻る。女性が寝ている部屋に同席はマナー違反だ。和室に入ると静願ちゃんが新しいお茶を煎れてくれた。

 

「此処で待っていて。私はお母さんを見てる。大抵30分も掛からずに起きるから平気」

 

 そう言って和室から出て行った。さて、先程の話を検討してみよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「亀宮さん」

 

「ええ、大変に色っぽい未亡人さんね。いえ、バツイチだからシングルマザーですか?」

 

「分かり易いアプローチだが、本当に榎本さんとは……その……」

 

 亀宮さん、滝沢さん……ソッチに食い付くの?もっと大事な内容だったよね、石渡教授の話は!

 

「魅鈴さんは信頼している同業者ですが、男女の関係では有りません。アレ、天然の仕草なんですよ。

本人は意識してないから、ストーカーみたいな奴等も多いらしいです」

 

 本当に困りますよね?と笑う。

 

「「アレが天然?無い無い絶対無いですって!榎本さん騙されてますって」」

 

 風巻姉妹からハモった御意見を頂きました。

 

「まぁ僕は魅鈴さんと、どうこうなりたい訳じゃないから良いんです。それより石渡教授の言葉……

黄泉比良坂(よもつひらさか)を探していた。ドンピシャじゃないですか!」

 

「でも人の欲望の最終型とも……何でしょうか、人の欲望って?」

 

 亀宮さんの質問を考える。人間の欲望なんて際限ないからな……

 

「一般的になら地位・名誉・名声・権力・財産あたりかな?」

 

「容姿端麗とか、要は美男美女になりたい」

 

「単純に彼氏彼女が欲しいとかじゃない?」

 

 どれも欲望丸出しだが、最終型じゃないな。特に風巻姉妹の意見は若い世代の願望だろう。

 

 でも……もっと、こう……

 

「不老不死じゃないか?大抵の権力者が最後に望むのはコレだろ?」

 

 そう、それだ!滝沢さん、ナイス意見だ。他のは金と時間が有れば何とかなるモノばかりだ。

 だが寿命は誰にでも等しく同じに少なくなっていくモノだ。老いは努力で止まらない……

 アンチエイジングだって進行速度が緩やかになるだけだ。

 

「確かに永遠の若さとか命とかは欲望の最終型だね。でも先代岩泉氏は黄泉比良坂(よもつひらさか)を探した。

亡くなった許嫁に会いたいからだ。でも会えなかった。

多分だが、あの山林の洞窟には黄泉比良坂(よもつひらさか)は無くて、彼は人間の欲望の最終型を見つけた。

なぁ?最近調べた伝説に同じ様なモノがなかったっけ?」

 

 昨日の新幹線の中で調べた興味深い伝説が有った筈だ。関わりの有りそうな寺にも行った。

 

「徐福伝説ですわね」

 

「そうだ、徐福伝説だ!

彼は始皇帝に、はるか東の海に蓬莱(ほうらい)・方丈(ほうじょう)・瀛洲(えいしゅう)という三神山があって、其処に住んでいる仙人から不老不死の薬を貰ってこいと頼まれた。

あの洞窟には、不老不死の何かが有る。そして餓鬼はそれを守っているんだ。

だから侵入してくる奴等を無差別に襲う。書斎の暖炉擬きの下は、あの写真の洞窟と繋がっているんだよ」

 

 前に櫃まぶしを食べた時、変な霊感が働いた。

 

 「蓬莱」と「名古屋」って言葉に何か引っ掛かりを感じたんだけど、まさかの徐福伝説とはね。

 

「不老不死の薬が、あの洞窟に眠ってるの?」

 

「薬なのか方法を記した書物か分からないけど、石渡教授はソレを知ってあんなに怯えたんだ。でも何だろうか?」

 

 方法だけなら、あそこまで怯えないだろう。あれだけ怯えるのは、もっと怖いか酷い事が有るからだ。

 

「不老不死の妙薬・霊薬で有名なのは人魚の肉ですよね?」

 

 人魚?八百比丘尼(やおびくに)の伝説か……亀宮さん、良い所を突くな。

 あの餓鬼が水棲の生き物かって疑問も阿狐ちゃんと話したっけ。

 水掻きが無いから違うっていったけどさ、昔の人魚のミイラって正にアレの上半身に魚の下半身だ。

 上半身が美女、下半身が魚は最近のイメージで日本古来の人魚伝説は人面魚に近い。

 あの餓鬼を魚人に見立てた阿狐ちゃんは正しかったかな?

 

 

 

 八百比丘尼伝説

 

 

 

 若狭の国の小浜(福井県)が発祥と言われ全国に伝わる伝説だ。

 人魚の肉を食べた八百比丘尼が各地を周り白い椿や杉を植えていくのだが、彼女が人魚の肉を食べた経緯は大抵同じ。

 父親が手に入れて(仙人に招かれてお土産に貰った事が多い)しまっておいた人魚の肉を黙って娘が食べてしまう。

 彼女は色白で大変に美しい娘に成長し嫁ぐが、夫は次々と老衰で亡くなる。

 39人目の夫が老衰で亡くなった時に、嘆き悲しみ尼となり全国を回る。

 八百比丘尼の八百とは、人魚の肉を食べた呪いにより八百万の神々と同じ年月を生きて苦しめとか色々と有る。

 だが最初の頃は人魚とは人面魚で人の顔をした魚だった。 

 今の上半身美女下半身魚のスタイルは、デンマークに伝わる伝説の影響が大きい。

 所謂マーメイドやセイレーンの伝説だ。近年にゴチャ混ぜになって伝わった感じらしい。

 確かに顔だけ人間の魚より上半身が美女の方が話的には盛り上がるだろうし。

 

「人魚の線も有るかもね。あの洞窟は水に関係しているから或いは……

それの謎を解くのは、先代岩泉氏に聞いてみよう。本人に聞くのが一番確実だからね」

 

 暫く話し込んでしまい30分はアッと言う間だった。静願ちゃんが呼びに来るまで、人魚話で盛り上がってしまった。

 特に御手洗は興味無さそうな感じだったが、凄い食い付いていたな。無表情を装っていたが、鼻がピクピク動いたりしてたし。

 雪女や猫娘が好きらしいから、人魚話はご馳走なんだろう。伊集院一族は完全獣化能力者が多数居るらしいから、彼の理想の女性も実在するんだよな。

 特に結衣ちゃんは獣っ娘だし殆ど理想系に近いだろう。

 

 目をキラキラさせて期待している彼の姿は……大変にキモかったです、ハイ。

 

 

第182話

 

 祭壇の間に戻ると魅鈴さんが元の位置に座っていた。体調は大丈夫みたいだな。

 

「魅鈴さん、体調は平気ですか?もう少し休んでも……」

 

 口寄せにどれ位の体力を使うか分からないが、気を失う程ならもう少し休ませた方が良くないかな?

 

「大丈夫ですわ。でも有難う御座います。お姫様抱っこなんて初めてですわ。でも気を失ってたのが残念……」

 

 ははははっ、さぁ始めて下さいとあからさまに話を戻す。またお姫様抱っこして下さいとか言われそうだし……

 

「あらあら、その話は後程……年甲斐もなく嬉しいものですから」

 

 艶っぽく此方を眺めながら言われても困りますよ。それに、また後で話すのですか?いや遠慮したいです。

 

「この手帳が先代岩泉氏の持ち物です。此方が必要なデータと写真になります」

 

 前回同様に写真を祭壇に手帳を膝の上に乗せて、彼女は祝詞を唱え始めた。

 長いな……石渡教授は5分位だけど今回は既に15分は掛かっている。

 その後、暫くは祝詞を唱えていた魅鈴さんが突然黙り込むと手帳をジッと見詰める。

 前と違いトランス状態ではなく、ただ手帳を見詰めている。

 

「榎本さん、この手帳の持ち主は未だ生きてます。写真とデータで大体の霊は呼べるので持ち物は絶対に必要と言う訳ではないのですが……

手帳から感じる力と写真から感じる力は同じです。だから、この手帳が違う人の物でもないのです」

 

 先代岩泉氏が生きているだって?魅鈴さんの目を見る……嘘を言ってない、真剣な目だ。

 

「いや、それは……でも……いや、魅鈴さんの力を信じるべきだ。だけど調べるにしても、遺骨は盗まれたからDNA鑑定も無理か。

行政にも死亡届は受理されているし埋葬証明書も発行されているな。つまり社会的には死んだ事になっている……亀宮さん、どうする?」

 

 隣に座る彼女を見るが、何時ものポヤポヤじゃなくて真剣な表情だ。風巻姉妹も滝沢さんも彼女の真剣さに表情を引き締めている。

 

「榎本さん、先代岩泉氏が生きているとして……何故、何処に、何の為にと疑問も多いでしょう。

ですが権力者の醜聞や秘密には触れないのが暗黙の掟なのです。この件は私が預かります。

小笠原さん、この件は内密にお願いします。

もし話が広まった場合は……貴女は榎本さんの知り合いですから私達も無理はしたくないのです。分かりますね?」

 

 これが権力者が雇用主で有り、日本霊能会の御三家の裏事情か……

 時の権力者からの依頼を700年も請負い続けるには、人には言えない理由も有るんだ。

 僕が馬鹿だった、もっと考えてから小笠原さんに頼むべきだった。これじゃ彼女達をただ危険に晒しただけじゃないか!

 

「魅鈴さん、静願ちゃん。巻き込むつもりは無かったんだけど御免ね。何か有れば僕が何とかするから、この件は秘密でお願い」

 

 そう言って土下座をする。この件については伊集院さん任せでも良いかと思ったが駄目だ。

 秘密を知った上で解決したのと、傍観者が秘密を知っているのでは意味が違う。

 

「榎本さん、大丈夫です。私達にだって守秘義務は有りますし、良く有る事ですから大丈夫です。それに私達は榎本さんを信じてますから平気ですわ」

 

「うん、榎本さん頭を上げて。私達大丈夫だよ」

 

 突然の土下座に驚かせたみたいだ。小笠原母娘から貰った言葉は嬉しいが、それに安心しては駄目なんだ。

 この秘密を他の連中に掴まれる前に何とかしないと駄目だ。

 

「有難う、この件は早急に解決させるよ」

 

 難しく考えるな、原因解明じゃなくて被害が止まれば良いんだ。要は再び奴等を封印すれば良いんだ、秘密の内容なんて関係無い。

 先代岩泉氏や石渡教授、桜井さんや真田達でも一度は封印出来たんだから本職の僕達が出来ない訳は無い。

 

「亀宮さん、僕に考えが有るんだけど岩泉氏と直接話がしたいんだ。それには準備と方法を承認して欲しい。帰ったら打合せをしようよ」

 

「私は前に言いましたよね?榎本さんに全てを任せているから、私の断りは要らないと……良いわ、後で話を聞きましょう。

小笠原さん、有難う御座いました。約束を守ってくれる限り、私達亀宮も貴女方を守りますから安心して下さいね」

 

 キリリとした表情の亀宮さんが小笠原母娘の安全を保証してくれた。東日本は亀宮一族のテリトリーだから一応は安心だ。

 彼女の言葉をご隠居と風巻のオバサンにも伝えれば良い。直ぐに名古屋に戻る為に立ち上がるが、玄関の方が騒がしいな……

 

「魅鈴さん、お客さんみたいだよ。何か騒がしいし……」

 

 呼び鈴がなってるし玄関扉も叩く音がする。誰だろう?

 

「あらあら、またあの人達かしら?嫌だわ全く……」

 

 あからさまに顔をしかめる魅鈴さん。どうやら招かれざる客かな……

 パタパタと小走りで玄関に向かう魅鈴さんを見て、我々が今帰るとお客さんと鉢合わせになるから待つ事にする。

 立ち上がったが再び座り直す。お茶を淹れ直してくれる静願ちゃんに聞いてみるか……

 

「お客さんって誰なのかな?さっき言っていたストーカーみたいな悪い奴等なら……」

 

「ううん、違う。多分お父さんの親族達……」

 

 言い辛そうに下を向いてしまった静願ちゃんを見て、良い話じゃない事は分かった。確か旦那は失踪中だと言っていたな。

 失踪した連れ合いと離婚を成立させるには、年月が必要な筈だ。確か静願ちゃんが五歳の時に居なくなった筈だから、約十年か……

 ならば大丈夫だな、法的に戦っても負ける事は無い。

 

「亀宮さん達は此処で待ってて下さい。話を付けてきます、平和的にね」

 

 ニヤリと笑う僕を見て風巻姉妹が目を逸らした。全く失礼だな。

 

「静願ちゃんも此処で待っててね。僕はこう見えても僧侶だから、話し合いは得意なんだよ」

 

 そう笑って言ったが、誰も信じてない顔だったので少しだけショックだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 和室を出て玄関に向かうと、やはり言い争いになっている。だが魅鈴さんが一方的に文句を言われているみたいだ。

 彼女はただ立って下を向いている。

 

「だから剛(たけし)が見付からないのはアンタの所為だと言ってるんだよ。私達の老後はどうしてくれるんだ!」

 

「全く……だから霊媒師なんて怪しい商売女を嫁にするのは反対したんです。それを全く貴女ときたら……」

 

「兄さんの捜索費用は出して貰うぞ。アンタがちゃんとしないから兄さんが逃げ出したんだぞ」

 

 立ち聞きは悪いと思ったが、どうやら逃げ出した旦那の親族か。そして旦那は実家や兄弟連中とも連絡を取っていないのか?又はグルか?

 身内可愛さに他人を責めるのは分かりやすいが、夫婦間の問題に口を挟む事はないだろ。

 

 だが……この会話だけで単純に関係を決め付けるのは駄目だな。後で少し調べよう。

 

「魅鈴さん。誰だい、その騒がしい連中は?」

 

 僕的な和やかな笑顔を浮かべて彼等の前に顔を出す。どうだ、爽やかだろ?

 

「ヒッ?だっ誰だ、アンタは?」

 

「そっ、そうだぞ。此処は剛の家なのに、勝手に入り込んで……魅鈴さん、あの男は誰なんだよ?」

 

「全く、剛が居ないからって昼間っから男を引っ張り込むなんて……とんだ売女だね」

 

 腰が引けつつも暴言を吐けるのは大した物だな。

 

「初見で暴言を吐かれるとは、名誉毀損で訴えても良いですよね?魅鈴さん、この人達は誰だい?」

 

 魅鈴さんの肩に手を置いて引き寄せ、なるべく凶悪な笑みを貼り付けて相手の目を順番に見ながら聞く。魅鈴さんは僕の顔は見えないから丁度良い。

 60歳位の男女に40歳前後の男。どいつもこいつも意地の悪い顔だが、迫力では負けてない。

 

「なっ?ウチの息子と嫁の話に他人は口を出すな!」

 

「そうよ。この女が悪いから剛が居なくなったのよ!この女が悪いのよ」

 

 確か失踪した旦那はギャンブル好きだったっけ?だが魅鈴さん程の美女を捨てる気持ちが分からない。

 静願ちゃんという子を成す位だから同類(ロリコン)でもないだろうし……

 

「失礼ながら例え親族といえども夫婦間の事に口出しするのは如何かと思いますね。それは当事者間で解決する事ですよ。

それを捜索費用を払えとか、強請(ゆすり)集(たか)りじゃあるまいし。全く何を考えているのですか貴方達は?」

 

 やれやれ的に溜め息をつく。まだ魅鈴さんの肩から手を離さない。

 彼女が困惑気味に僕を見上げてきたが、困惑と言う事は負い目か何か理由が有りそうだな。

 なるべく優しい笑顔を作って彼女を見る。色々言われて心細いはずだから、せめて彼女には凶悪な顔を見せるのはやめよう。

 単純に喧嘩腰で脅しても追い払っても駄目か。

 

「なっ?まっ、まぁ良い。今日は帰るが覚えてろよ!」

 

 そそくさと引き揚げる連中を見送ってから手を離す。

 

「魅鈴さん?」

 

「すみません、お恥ずかしい所を見せてしまって……」

 

 弱々しく微笑む彼女を見ても情欲も湧かない。単に親しい人が困ってるから何とかしたい気持ちが心の中に広がる。

 

「彼等は逃げ出した旦那さんの親族ですね?」

 

 黙って頷く彼女になるべく明るい声で話し掛ける。

 

「はい、そうです」

 

「何故彼らは、今日魅鈴さんが居るのを分かったのかな?」

 

 偶然にしてはピンポイントで来すぎる。

 

「その……近所に住んでますから、雨戸が開いていれば私が居るのが分かると思います」

 

 近所に居るにしても早過ぎるだろう。この辺は近所と行っても隣の家まで20m位離れてる。都会の密集した住宅事情の感覚じゃないからな。

 

「それじゃ今後の事を一緒に考えようか。応接間に静願ちゃんも呼んで一緒にね」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの人の事は既に諦めているわ。私を私達を捨てて失踪した、あの人の事は……

 私の事を化け物と呼び、代々女性が力を引き継ぐ為に静願も、我が子なのに忌み嫌った。

 

「最初に魅鈴さんと静願ちゃんが、どうしたいか教えて?旦那さんに、お父さんに戻って来て欲しい?」

 

 先ずは私達の希望を聞いてくれるの?他の人達みたいに一方的に別れろとか言わないの?

 

「私は……あの人は要らない。お母さんと私を捨てた人なんて要らない。お母さんがどれだけ苦労して私を育てたか知ってるから、もう要らない」

 

 静願……貴女、そんな事を考えていたの?悪いお母さんでごめんなさい。

 

「魅鈴さんは、どうかな?」

 

 優しく聞いてくれる榎本さんが、凄く頼り甲斐が有る様に見える。

 

「私、私が悪いんです。私があの人を怯えさせてしまったから……」

 

 あの人の私を見る目が怖い。まるで理解出来ない化け物を見る様な目が、堪らなく怖いの。

 

「ああ、何だ簡単だね。旦那さんは理解と覚悟が足りなかったんだ。魅鈴さんは悪くないよ。

僕達は霊能力者なんだから、他の人と違うのは当たり前だからね。

それを詰(なじ)るのは旦那さんの理解と覚悟が無いからだよ。前提が霊能力者と結婚なんだから……」

 

 僕達……は?霊能力者だから……私は、私達は悪くないの?

 

 ただ此方を見て笑ってくれる榎本さんを見てるのだけれど、何故か滲んで……

 

「お母さん、はいハンカチ」

 

 静願に渡されたハンカチで目尻を押さえる。

 

「魅鈴さんが口寄せを生業にしてるのを承知で結婚したんでしょ?それを怖くなったから逃げ出すのはね、確かに普通の人なら仕方無いかも知れない。

だけど、魅鈴さんが負い目に感じる事は何もないんだ。だってアレでしょ?

カツ丼を注文したらお肉を食べられないからって逃げ出したんだよ。食べられないものを注文したのに、そのせいでお腹が空いたと怒るのは筋違いだよね?」

 

 は?カツ丼?私がカツ丼?榎本さんは私をカツ丼に例えて、食べたいって事なのかしら?

 

「私はカツ丼なんですか?ふふふ、そうですわね。私は何も……」

 

「僕は親子丼を頼んで間違えてカツ丼が来ても食べちゃうけどね!」

 

 ふふふっ、例え話が食べ物なんて意外だけれど、そう言われると納得かも。結局、あの人は私の全てを見てなかったのね……

 分かっていたけど、いえ分からない振りをしてたけど、現実って厳しいわ。

 

 

第183話

 

「結婚に夢が無くなるわね。愛し合って子供まで生ませたのに、怖いとか化け物ってなによ。サイテーの旦那ね」

 

「全くです。恋愛や結婚に夢も希望も持てなくなります。しかし、そんな駄目野郎に未練が有るのが分かりません」

 

「榎本さんが言った理解と覚悟。確かに私達霊能者の恋人や旦那様には必要なモノだわ。

同等以上の力を持つ同業者なら不要かもしれないけど、格下や一般の殿方では不安ね」

 

 出歯亀ばりに扉の隙間から覗く視線は三つ。

 

「亀宮様、覗きは失礼ですよ。しかも夫婦間の話を他人が聞くのは……」

 

 覗かずに隣に立つ人が一人。だが耳は部屋の中の声を拾おうと真剣だ。

 

「でも榎本さんって、意外ですが面倒見は良いんですね。痴情の縺れとか男女間の葛藤とかは、端で見るのは良いんですが……ねぇ?」

 

「魅鈴さんも天然で色気を振り撒いてるらしいけど、逃げた旦那との事は消極的だね。ありゃ誰かがガツンと一発抱かないと未練が断ち切れないんじゃないかな?」

 

 他人の恋愛事は当事者以外は関わりたくはない。対岸で見るには楽しいが、近くで見るには危険極まりない。何時飛び火するか分からないのだから……

 

「美乃さん、何を言うんですか?駄目です、魅鈴さんは人妻なんですよ。浮気ダメ、絶対!」

 

 胸の前で手をクロスしてダメを強調するが、胸も強調された。タユンと揺れる胸に周りの女性陣の視線がキツい。

 

「亀宮様……碌でもない旦那と別れさせる話ですから、人妻や浮気とかは関係無いですよ。

さて、榎本さんは魅鈴さんをモノにする気は無さそうですが、どうするのでしょうか?」

 

 テンパる主に冷静な侍従、いや護衛だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「榎本さん、私はどうしたら良いのでしょうか?」

 

 俯きながら聞いてくるが、聡明な彼女だから自分なりの答えを持っているだろう。静願ちゃんも居るのだから、今更旦那との愛欲に溺れる事も無いからね。

 

「うーん、自分のこれからを他人に質問する時ってさ。実は自分なりの答えを既に持ってるでしょ?

何をしたら良い、何をしなくちゃ駄目だ。他人にさ、背中を押して欲しいんだよね。それで良いのか、理由付けが欲しいんだ」

 

 ハッと此方を見上げる顔には、少しだけ僕を憎らしく思う感じが滲んでる。誰でも他人に言われた事をする方が楽だし責任感も無い。

 でも、それって最終的には長続きしなかったり疑問を持ったりするんだ。

 

 決定は自分で、責任も自分で。

 

「榎本さん、酷い人。他にも貴方みたいに、あの人との事を言う人も居たわ。でも大抵が別れろ、俺が面倒見るからって。

私の体にしか興味が無い人達ばかり。自分から別れるって言わせたのは、榎本さんが初めてよ」

 

 これだけの美女が失踪した旦那の件で相談すれば、普通は自分が面倒を見てあわよくばと考えるよな。恨めしそうに見上げられても困るんです。

 

「自分が言った事なら失敗しても諦めがつくでしょ?どんな結果になってもさ」

 

「ええ、私が決めて私が実行します。静願の為にも、はっきりさせないと駄目なんですものね」

 

「お母さん……」

 

 静願ちゃんが魅鈴さんに抱き付いた。母娘の絆が深まった瞬間なんだが、部屋の外に出歯亀も沢山居るしやり辛いなぁ……

 覗きがバレてないと思っているのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 扉一つ挟んで昼ドラみたいな展開になっている事をリアルに盗み聞きする亀宮一族。

 凄く「オラ、わくわくしてきただ!」的な展開に皆が引き込まれていた。

 

「自分で決めさせるね。確かに他人から言われた事なら、上手くいかないと途中で投げ出しそうだわ」

 

「確かに、これは間違ってるんじゃない?とか否定的になるかも」

 

「うーん、流石は僧籍に身を置くだけの事はあるな。長年未練?タラタラで引き伸ばしていた離婚に踏み切らせるなんて。

しかも自分から言い出したからには、文句は言えない」

 

「ほら、見なさい。榎本さんは素晴らしい方なのです。亀宮一族に必要な方なのですから、伊集院などには渡しません!ええ、渡しませんわ」

 

 ガッツポーズを取るが、反動で胸がタユンと揺れる。タユンと揺れる胸に周りの女性陣の視線がキツい。

 

「「「亀宮様、声が大きいです!」」」

 

「あら、ごめんなさいね……」

 

 出歯亀達も盛り上がってきたようだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「方針が決まれば後は簡単だよ。魅鈴さん、旦那さんが最後に連絡してきたのは?

又は生存を確認する事が有ったのは?例えば手紙や電話、借金の取立が魅鈴さんの方に来たとか、何か有るかい?」

 

 右手人差し指を頬に当ててムーっと考え込む魅鈴さんは、大変に愛らしいですね。

 静願ちゃんはお茶を淹れに部屋を出てしまった。お母さんが方針を決めれば、自分はもう関係無いのかな?

 父親に対して大分ドライな感情を持ってたから、僕に父性を求めた訳か……

 

「直接に電話や手紙は無いです。でも失踪してから三年位経ってからでしたか……

私の所に借金取りが来ました。つい利子だけでもって言われて払ってしまい、結局80万円位でしたが……」

 

 80万円か……カード限度額一杯に借りて利子が膨らんだか。

 

「残りも払わされたんですね?一部でも払うと駄目なんですよ。借金を肩代わりした事になるのです。魅鈴さん……」

 

 彼女の目を見詰める。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 彼女も僕の目を見詰める。後ろの扉の外がガタガタと五月蝿いんですが……

 

「旦那さんの生死を口寄せで確認してませんね?」

 

「はい、何か怖くて……あの人が生きているのか、死んでいるのかを知るのが怖いんです」

 

 僕的には生きてようが死んでようが構わないんだ。だけど、この感じなら生きていて最悪借金塗(まみ)れとかも有りそうだな。

 どうするかな……失踪後、三年以上なら地方裁判所に提訴すれば一方的に公示送達にて協議離婚が成立する。

 失踪後、七年以上なら家庭裁判所に審議をお願いすれば死亡宣言をして貰える。だが文字通り死亡扱いだから、相続が発生するんだ。

 借金塗(まみ)れだと、それも背負わされる可能性が有るし親族の連中も勝手に死亡扱いになれば騒ぎ出すだろう。

 

「失踪時に捜索願は警察に出したかい?所謂、家出人捜索願だよ?」

 

「はい、出しましたが……それが何か?」

 

 特異家出人ならば警察も捜索してくれるだろうが、これは老人や子供等の自分の意志で家出した可能性の低い場合だ。

 成人男子だからな、一般家出人扱いだろうから別件逮捕か何かで身柄が拘束されない以外は見付からないな。

 

「魅鈴さん、地方裁判所に提訴しよう。簡単な申請で済むから安心だ。勿論、弁護士にお願いするから平気だよ。一寸待っててね」

 

 松尾の爺さんに頼めば早い。下手に見付かる前に法的手段で解決した方が良い。

 公示送達後なら、見つかっても名乗り出ても離婚は成立してるからね。相手が騒いでも大丈夫だ、法的に戦っても負ける要素は無い。

 携帯電話を取り出して、松尾の爺さんに電話する。

 

『なんだ、正明?お前から電話なんて珍しい』

 

「離婚調停をお願いしたいんだよ。小笠原さんなんだけど、旦那が失踪して10年近いんだ。

出来れば死亡宣言でなく協議離婚にしたい。大至急だよ」

 

『なんだ、霞君でなく魅鈴さんと再婚するのか?まぁ誰でも構わんが、霞君にはチャント説明を……』

 

「違うって、再婚じゃないから!兎に角急ぐんだ、今日とか会えるかな?」

 

『分かった、分かった。で?何処で会うんだ?』

 

「今は宮城県の魅鈴さんの実家なんだ。電話代わるから打合せしてよ。色々と用意する物も有るだろ?」

 

 そう言ってから魅鈴さんに携帯電話を差し出す。

 

「はい、魅鈴さん。松尾の爺さんは僕が幼い頃から世話になっている信頼出来る弁護士だ。離婚調停の進め方について相談してくれる?」

 

「えっ、はい……えっと、弁護士さんですか?」

 

 丁度、静願ちゃんがお茶を淹れてくれたので一服する。うん、沢山話した後だから喉が渇いたし緑茶が美味いな。

 魅鈴さんの様子を見れば必要な書類を書き留めているし、今週中には提訴出来るだろう。剛さんって言ったっけ?

 悪いがアンタの居場所は、もう小笠原家には無いよ。

 離婚が具体的になって嬉しそうな顔の静願ちゃんの頭を撫でながら、この母娘のこの先の事を考える。

 法的に離婚が成立したら、あの親族連中の所に乗り込んで〆ておくか。

 後はこの家も引き払って、神奈川に新しい拠点を作れば完璧だな。兎に角、奴等から距離を置けばトラブルは避けられるだろう。

 

 違法でなにか言ってきたら、その時は……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「悪いけど一寸寄り道したいんだ。それに車も御手洗の方に乗りたいんだ」

 

 そう言って小笠原家の近所を宛てもなく車でさ迷い路駐している。鮮やかに小笠原家の離婚調停の準備を進めた榎本さんが、未だ何か企んでいるみたいだ。

 御手洗を亀宮様の車に押し込んで、自分でレンタカーを運転するかと思えば路駐してるし……あっ、走り出して中年女性の前で停めて何かを話しているわ。

 

 同じ様に三人位に話し掛けていたけど、何だったんだろう?良い笑顔で戻って来た榎本さんが助手席に乗り込んで来た。

 

 直ぐに先程の行動の意味を聞いてみる。因みに私が運転する車には助手席に榎本さん、後部座席に亀宮様と風巻姉妹だ。

 

「ん?いや田舎ってさ。独特のコミュニティーが有るんだよ。多分だが口寄せを生業としている小笠原家は、周りから疎まれている。

だからさっき来た親族に周りが協力するんだ。奴等の繋がりに亀裂を入れたのさ」

 

 ああ、ニヤリとした笑みは真っ黒だぞ。亀宮様はハテナマークを浮かべてるが風巻姉妹は思い当たる事が有るみたいだ。

 

「亀裂って?複数の中年女性に話し掛けていただけだろ?」

 

「ああ、こんな形(なり)した連中が、奴等の家の場所を聞くんだ。件(くだん)の家の連中がヤクザ絡みの騒動に巻き込まれたと思わせる。

その時に素人の癖に阿漕な真似をしやがって!とか憤ればさ、関係になりたくないって思うじゃん。

田舎だから噂の広まり方は半端無く早いよ。つまり奴等は田舎のコミュニティーで孤立するんだ」

 

 敵対する者には追撃の手は緩めない?普段はアレだけ他人を思いやれる人が、一度敵対するとこんなにも怖いのか?

 

「えっ、エグいわよ……其処まで彼等が憎いと言うか、追い詰めるの?」

 

「そうです、やり過ぎじゃないですか?」

 

 流石に風巻姉妹からも疑問の声が上がった。亀宮様は無言だけど微笑みを浮かべてる。ああ、亀宮様はもう榎本さんの行動を何も疑わない。

 完全に信じ切っているのだな、危険な程の依存度だが責任を取らせるから平気であって欲しい。

 亀宮様の亀宮家の入り婿か、大変だが何とかしそうだから心配は無い。

 

「ええ、僕は自分と自分の仲間が大切なんです。他は極端に言えばどうでも良いんですよ。

奴等は僕の大切な人達にチョッカイをかけた。だから僕は奴等を排除する為に最大限の事をします。勿論、法的にですよ?」

 

 最後だけど疑問系じゃ無かったかな?でも安心という意味では、物凄く頼り甲斐が有るな。

 

「「ねぇねぇ、私達も何か有ったら守ってくれる?」」

 

 風巻姉妹が、からかう様に榎本さんに声を掛ける。今までの対応を見れば無理だろうに?

 

「勿論だよ!」

 

 なっ?ナンダッテー!アレだけ弄られたり反抗されたりしてるのに、彼女達も仲間として認めてるのか?なんて懐が深いんだ!

 

「君達の安全は風巻のオバサンからも頼まれてるからね。ちゃんと契約もしてるから報酬分は頑張るさ」

 

 何だ、契約してるからか……驚いたな。風巻姉妹もブーブー怒っているが、目は笑っている。

 そりゃ裏に表に工作出来る彼の庇護の元に居れば安心だからな。でも亀宮様は確実に仲間認定だろう。

 

 御手洗達も仲良くしているから、多分だが大丈夫。

 

 なら……わっ私は、私はどうなんだろうか?恥ずかしくて聞けないのだが、もしかしたら……いや、駄目だ!

 

 私はSP、亀宮様の護衛なのだ。護衛が庇護を求めてどうするのだ?

 


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