榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第193話から第195話

第193話

 

 暫くは調査ばかりだったが、久し振りの除霊だ。しかも今回は野外で洞窟も絡むフィールドワーク。

 洞窟と言うか防空壕の中に入る予定は無いが、一応照明の用意はしている。万が一の時には突入する必要も有るかもしれないからね。

 何時ものマグライトにケミカルライト、それに発煙筒の三点セットは当然だがランタンも用意している。

 今日は黒の背広でなく何時もの除霊用に特別に誂えた衣装だ。

 下から軍用ブーツにカーゴパンツ、厚手のシャツにポケットが沢山付いているチョッキ、その上から革ジャンを羽織る。

 腰のポーチには御札や清めた塩、それに消毒液等の簡単な医療品。特注品の伸縮警棒を両脇に差して背中には大振りのナイフを仕込んでいる。

 勿論脛や腕には鉄板を入れて防御力を高めているし、インナーには防刃ベストを来ているから少し動きにくいが仕方ないかな。

 今回の相手である餓鬼の纏う水が呪咀を介するので、一応ポンチョタイプの雨具も用意した。

 本当なら距離をおきたい相手だから長柄の武器が良いのだが、洞窟と言う狭い空間では取り扱いが難しいので却下だ。

 全て装備を確認し山荘の駐車場に着いた時、何故か他の連中も集合していた。

 僕が頼んだ工事関係者は当然として、阿狐ちゃん率いる伊集院一族に高槻さんの巫女集団。知らない女性も二人程居るな。

 まるで示し合わせた様に朝九時集合って何故なんだろう?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お早よう御座います、榎本さん。今日は宜しくお願いしますわ。此方が加茂宮一子様です」

 

 駐車場に車を停めて小俣さんの所に向かおうとしたら、高槻さんに呼び止められた。

 しかも加茂宮一子を紹介されたが、やはり関西巫女連合は加茂宮の傘下なんだな。妙な笑顔の高槻さんを恨めしく思う。

 出来れば出会わずにやり過ごしたかった……

 

「おはよう、高槻さん。初めてまして加茂宮一子様。亀宮一族の派閥に属す事になりました榎本です」

 

 内心の煩わしさと何れは食う事(性的な意味でなく捕食的な意味で)になる相手に感情を表に出さず、仕事用の笑みを浮かべる。

 こんな腹芸が出来る様になるなんて、僕も薄汚れたと思う。だが亀宮派を主張しておかないと、面倒臭くなりそうな予感がしたので強調しておく。

 

「初めまして、榎本さん。噂は高槻から聞いてますよ。随分とつれない態度の殿方だとか……」

 

 色気を含んだ笑みの後に本当に恨めしそうに見つめられた。所作が洗練されていて、あからさまな媚びじゃないのが凄い。

 

 加茂宮一子

 

 これは、世間一般で言えば相当な美人だと思う。気の強いタイプのゴージャス美人、まだ20代半ば位だろうか?

 体付きもボッキュンボンなグラマーさんだ。亀宮さんや桜岡さんも十分に美人だが、彼女は更に手間暇とお金を掛けて自分を磨いているタイプ。

 つまり人工的な作り物めいた芸術品……それが僕の感じた印象だ。

 だが駐車場に集まっている男性陣の殆どが注目している。

 

 珍しく御手洗達も見惚れているね……霊能力者としても上位なんだろう、加茂宮は名前の数字が少ない程強い筈だ。

 

 だが、二子があの程度だったから信憑性は低い。

 

『胡蝶さん、一子は誰かを食べているのかな?』

 

 蟲毒の件も有るので、胡蝶に確認する。もし一人でも食べていれば同等の強さだから……

 

『いや未だだな……未だ弱い力しか感じぬ。コヤツの力は魅了系だな。人を取り込む瞳術だと思う。

正明、奴と目を合わせるでないぞ。我が居る限り瞳術は効かぬが相手に警戒されよう』

 

 二子は操作系だったが一子は魅了系ね。瞳術とは初めて聞く能力だが、確かに自分の得意とする術が効かなければ警戒するよね。

 

「何も言っては下さらないのかしら?」

 

 しまった!脳内会話に集中して「私に見惚れているのね?」的な取り方をされたか?

 

「つれないとは酷いですね。僕等は同業者でありライバルでもあります。

不用意に親しげな態度は余計な誤解を生むでしょう。ですから必要な距離感を保っているのです。

今回、加茂宮から亀宮に共闘のお話を頂きましたが、我らの方針は既に決定しており岩泉氏にも了承を頂いております。

よって協力出来る事は少ないと思いますが、宜しくお願いします」

 

 既に全ての手配は済んでいるから、今から共闘は不要だ。一礼して彼女達から離れようとしたが、一子に手を掴まれた。

 両手で包み込む様に優しく、しかし力強く。突然の事に周りも少し騒ついたが、僕がゆっくりと腕を引いて離れたので注目してるだけで済んでいる。

 正直気持ち悪かったのだが、振り払ったら大変な事になったかもしれない。

 

 良かった、我慢出来て……

 

 桜岡さんや亀宮さんに腕を抱かれても何ともないのだが、彼女に触れられた瞬間に凄い悪寒を感じた。

 だが周りから見れば妙齢な美女と筋肉ムキムキなオッサン。男性陣がどちらに好意的かなんて分かり易いだろう。

 不幸にして此処は工事関係も合わせて男性が多い。

 

「不用意な行動は控えた方が宜しいですよ。周りは男ばかりですし、変な誤解はお互いの為になりません」

 

 僕の目を真っ直ぐ見上げてくる、潤んだ瞳に霊力を乗せて……だが胡蝶の防御は抜けないし、そもそもロリコンの僕は彼女に1mmの魅力も感じていない。

 直ぐに視線を逸らす。周りは筋肉ムキムキのオッサンに縋る、か弱き美女に見えてるのだろうか?

 そして僕の関係者の女性陣の視線が首筋辺りにチリチリと突き刺さるんだ。僕は悪くないのに、状況は最悪だろう。

 

 男女どちらからも良く思われてない。

 

「少しで良いので私の話を聞いては頂けませんか?」

 

「申し訳有りませんが、準備が忙しいので……僕は亀宮一族に雇われていますが、現場の決定権は亀宮様に一任されております。

岩泉氏にも今回の件も全て任されています。僕の決定は覆しませんし、時間も有りません。

共闘の件は大変有難いのですが、既に除霊完了への方法も決まっています。同行は構いませんが、何か変更等は聞きかねます。

亀宮様、一子様の事をお願い致します。僕は準備に取り掛かります」

 

 御三家の件は僕の管轄外なので、大変申し訳ないのだが当事者に振る事にする。

 此方を睨む様に伺っていた亀宮さんが、嬉々として近付いて来たので一礼してその場を離れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「なっ、何て無礼な態度でしょう!加茂宮に対して非常識過ぎます」

 

 確かに態度こそ丁重だったけど、あれ程一方的に指図されたのは初めてだわ。まぁ、この女が憤っているのはゼスチャーでしかない。

 私を出し抜いてアノ秘密を独り占めするつもりの女狐め!

 

「良いのです、高槻さん。榎本さんは自分の仕事に忠実なのです。先程のお話では、既に解決迄の道筋が出来ているのでしょう。

それを途中から割り込んだ私がいけないのです。ねぇ?亀宮さん」

 

 あの男……私の美貌と魅力に耐え切ったのも凄いが、瞳術すら防いだ。一瞬で霊力を散らされたのは、既に私の力を知っていたから対応出来たのね。

 でなければ、即対応は無理でしょう。私の力も一部では知れ渡ってるから、彼が知っていても不思議じゃない。

 しかし亀宮と岩泉氏から除霊を一任されてると言ったわね。

 

 御三家当主が集まっているのに、私達を押さえて……って何よアレは!伊集院阿狐と随分と親しげじゃない。どう言う事かしら?

 

「お久し振りね、一子さん。御隠居様から共闘の件は聞いてますが、今回は無用ですよ。ですが同行は許可しますので、我々の手際を見てなさい」

 

 天然ボケの亀女、だけど私の瞳術が効かない忌々しい女でもあるわ。今も私を威嚇する様に両手を腰に当てて此方を見ているし……

 

「あら、強気な態度ね。でも良いの、アレ?伊集院阿狐と随分と親しげよ。仮にも亀宮に属している霊能力者が他家の当主と親しいなんて良くないわよ」

 

 視線で話す二人に視線を誘導する。亀女もチラリと見て一瞬だが、顔を曇らせたわ。

 確かにあの一族以外にはドSと噂される冷酷女が、普通に一族以外の人間と会話している。表情こそ普通だが、会話が成立する事自体が凄いわね。

 

「構いません。榎本さんは私達を裏切らないと言ってくれてます。彼は亀宮一族から離れませんわ。だから無用な心配なのです。

さて、一子さん?」

 

 ふーん、随分と信用と信頼をしているのね。これは良いわ。

 

「何かしら?」

 

 この女にコレだけ信頼されてるなら、あの男を奪った時が楽しみだわ。どれだけ嘆き悲しむかしら?

 嗚呼……考えただけでゾクゾクしちゃうわね。自分と他の女を比較して優越感に浸る……女に生まれた以上は競ってこそ華、咲き乱れてこその華。

 世界で一番美しいのは私、私が世界で一番美しいのよ!

 

「山登りをするのだけれど、その格好で良いの?ハイヒールじゃ無理じゃないかしら?」

 

 確かに美を優先した衣装を着ていたので、動き易さは犠牲にしているわ。

 今回ばかりは私自身が洞窟の再奥まで行かなければならないから、久し振りに仕事服を着ましょう。

 

「……着替えますわ。少しお待ちになって下さい」

 

 仕事服は美しく華やかでないから嫌なのよね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「榎本さん、良いのですか?亀宮と加茂宮が火花を散らしながら話しているよ」

 

「だから逃げ出し……いや、亀宮さんに一任したんだよ。では僕等は僕等の方法で洞窟を見付けて塞ぐよ。

タイムリミットは夕方五時迄だ。それ以上は待てないから、そこは頼むよ。加茂宮一子が騒ぎだす前に仕事を終わらせたいんだ。

悪いが岩泉氏も了解は貰ってるから、変更は出来ないよ。じゃお互い頑張ろう」

 

 実は伊集院さん達は、アレから山荘に泊まっていたらしい。彼女達が居れば山荘は安全と言う事で、大多数の使用人も残ったそうだ。

 そして地元から腕のたつ連中を集めたらしい。総勢20人からの一族の方々が集まっている。因みに全員が同じ様なフードを被っているが、制服か?

 

「だから私に対して頑張ろうとか言う奴は珍しいのだけど……良いわ、五時には外に出ます。良いわね、みんな?」

 

 少し距離をおいて此方を伺っていた連中が一斉に返事をする。そして国分寺さんが近付いてきた。

 

「阿狐様、そろそろ出発しましょう。渋谷も準備が済んだみたいです」

 

 犬君が頼りの追跡調査だからな。でも人間の形状でも匂いで追跡可能なんだ。てっきり犬に変身するのかと思ったよ。

 

「ええ、分かりました。では榎本さん、後程に……」

 

 フードで表情は掴み悪いのだが、何となく笑ってくれたみたいだ。少し離れた位置に居る彼に手を挙げて応える。

 渋谷さんは目礼してくれたが、周りの連中は訝しんでるな。まぁ亀宮の派閥の僕が、阿狐ちゃんや渋谷さんと親しそうなのが不思議なんろうね。

 伊集院一族への説明は終わった。後は工事関係者だけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お待たせしました、小俣さん。じゃ準備は宜しいですか?」

 

 軽トラック三台、トラック五台。荷台にはミニユンボや資機材が山と積まれている。小俣さん以外に10人以上の職人さん達が車座になって座っている。

 

「ええ、良いですよ。先ずは地図の枝道まで行きましょう。洞窟迄の道を造らないと駄目でしょうから。

榎本さんが岩泉先生に口利きをしてくれたお陰で、私達も全力で事に当たる覚悟が出来ました。楽しみにして下さい。おぅ、お前等!死ぬ気で頑張るんだ!」

 

「「「「「へい!任せて下さい!」」」」」

 

 岩泉さん、秘書に言っておくって事だったけど、随分と話が早いな。でも今後の開発に絡めるとあって、小俣さんのヤル気は満々だ!

 

 これなら問題無いだろう。

 

 

第194話

 

 加茂宮一子。

 

 加茂宮一族の最強当主の筈だが、彼女自身より彼女の力で魅了された連中が本来の力なのだろう。

 彼女自身の戦闘力は低い。もしかして二子から九子?迄は全員彼女に魅了されてるのかも……いや、ならば既に彼女に喰われているだろう。

 着替えを待てと言われて10分、そろそろ待ちくたびれた。女性の着替えは時間が掛かるのは理解しているが、好意を抱いてない女性を待つのは苦痛でしかない。

 伊集院さん達は既に出発してしまったし……

 

「お待たせしましたわ」

 

 持ち込んだコーラをチビチビ飲みながら待っていると、漸く一子が来た。

 先程のゴージャス美人からイメージが一新、野暮ったい正統派巫女服を着て髪の毛を無造作に首の後ろで結わいている。

 だが足元は登山ブーツを履き、腰にポーチを巻いている。お洒落に気を使うかと思えば、アンバランスなコーディネートだが実践向きな格好でもある。

 その点は素直に感心した。

 

 それと、見掛けたけど挨拶を交わしてない女性も居るな。此方も普通に巫女服で足元は足袋を履いている。

 因みに高槻さんは改造巫女服にスニーカーだ。彼女は高槻さんの取り巻きでもないみたいだが?

 

「では出発しましょう。一子様達は亀宮様と一緒にワゴン車に乗って下さい。僕は先頭のトラックに乗ります。えっと、貴女のお名前は伺いましたっけ?」

 

 素性位は知っておかないと不味いと思い挨拶をする。

 

「桜井です、宜しくお願いします」

 

 何と無くだが、敵意を持たれているっぽい態度だ。彼女に何かしたかな?だが桜井、桜井だと?思わず高槻さんを見れば、ニヤリと笑いやがった!

 重要な情報を握っていると交渉を持ち掛けて来たネタが、彼女の存在だ。だが既に方針が決まった今となっては、もうどうでも良いのだけど……

 

「榎本です、宜しくお願いします。なるべく一子様達から離れない様にお願いします」

 

 そうお願いすると、黙って頷いた。問題児は目の届く場所に纏めておいた方が対処が簡単だ。

 彼女は祖母の情報をつまり最悪の場合、洞窟内の秘密を握ってるかもしれない。独断専行されたら大変だからね。挨拶もソコソコに出発する事にする。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 地図を頼りに暫く走ると、伊集院さん達に追い付いた。彼女等は犬化した渋谷さんを先頭に徒歩で移動してるので、車だと直ぐに追い付くか……

 

「あの集団は同業者だから、徐行して追い抜いてくれるかな?」

 

 運転手さんに頼んで窓を開ける。ちょうど阿狐ちゃんの隣を走り抜ける所だったので、手を上げて挨拶しておく。

 多分だが、犬君は僕等が向かう洞窟に向かっている筈だ。事前調査で場所を特定した風巻姉妹の功績はデカい。

 何たって入り口を三ヶ所も特定したんだからね。特別ボーナスは確定だ、10万円位は渡しても良いだろう。

 伊集院さん達を抜いて10分程の距離を走ると、林道から目的の脇道に入る場所に到着した。

 因みに場所はハンターマップを元に座標を調べてGPSで小まめにチェックしている。他の連中を車内で待たせて僕だけ降りる。

 

 先ずは安全確認だ!

 

『胡蝶さん、近くに餓鬼居るかな?』

 

 林道から脇道への入口の辺りで立ち止まり周りを確認する。風が有る為に草木が揺れているが、僕では奴等の気配は分からない。

 

『居るぞ、正明!正面から三匹が近付いて来る。奴等は厄介だ、手をかざせば我が吸い込む』

 

 流石に胡蝶レーダーは優秀だな。良かった、強い回復力を持つ連中だから消耗戦は避けたかったんだ。

 左手で吸い込むから、右手に特殊警棒を持つ。軽く腕を振ると小気味よい金属音と共に特殊警棒が伸びる。

 緊張の為にグリップを握る掌が汗でジットリしてきたな……暫く待つと雑草を掻き分けて奴等が、奇声をあげて飛び掛かって来た。

 三匹一斉に飛び掛かかるが、来るのが分かれば対処は出来る。

 

 左側に避けながら一匹目を掴む。ギュポンと言う音と共に左手に吸い込まれる餓鬼。

 態勢を建て直し、此方を威嚇する手前の奴の脳天に特殊警棒を振り下ろす。グシャリと不快な音と手応えを感じながら更に蹴り飛ばす。

 

 残り一匹が飛び掛かってくるが左手で掴んで吸い込む。頭部を陥没させた奴は再生中の為に動きが鈍い。近付いても此方を睨んで威嚇するだけだ。

 

 左手をかざせば吸い込んで終わりだが……最後の奴はドッグタグを首から下げていた。

 これは兵士が戦場で負傷し意識が無くても基本的情報が分かる名札だ。名前・血液型・連絡先等が金属のプレートに掘り込まれている。

 

『胡蝶さん、あの首飾りは吸わないで残して。何かの手掛かりになるかも』

 

 そう頼むと、ドッグタグを残して餓鬼を吸い込んだ。ポトリと草むらに落ちる金属の塊を手に取って見れば……

 

「これは、レナさんのお兄さんの名前だ。やはり餓鬼に喰われたか……」

 

 手に取ったソレのプレートには、クロード・ロッソと掘られていた。

 

『いや、あの食った餓鬼は人間だった。奴等は人間の成れの果てだ。あの水を介した呪咀だが、肉体を餓鬼に変化させるのだろう』

 

 人間があんなモノに変化するのか?

 

『じゃ、じゃあ不老不死の正体って……』

 

 嫌な秘密に辿り着いてしまった。

 

『胡蝶さん、未だ周りに餓鬼が……奴等が居るかな?』

 

 何時までも他の連中を車の中に閉じ込めている訳にもいかない。早目に餓鬼を除去して、洞窟を塞ぎたいんだ。

 

『ん?少なくとも100m以内には感じられないな』

 

「もう安全だ!作業を初めてくれ。亀宮さん、僕と周囲の警戒を御手洗達も作業員の周りに配してくれ」

 

 僕の呼び掛けに、恐る恐るだが車から降りてくる作業員達。先ずは洞窟迄の伐採と作業導線の確保だな。

 洞窟の前まで車で移動したいから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「凄いですね、簡単に餓鬼を倒すなんて。私が調べた限りでは、それ程強力な技を持ってはいない方だと思いましたが?

中堅クラスの手堅い仕事振りの不動産専門の霊能力者だと思ってました」

 

 同行した作業員達は、先ずはエンジンカッターで草木を伐採していく。昔は道として使っていたのだろう、敷き詰められた砕石が見えて来た。

 

「今でも中堅クラスの霊能力者ですよ。亀宮でも派閥の末席ですからね」

 

 草だけでなく低木も生えている為、トラックに積んでいたミニユンボを降ろす。人力より重機の方が低木を根っこから掘り起こせるからね。

 

「まぁ!榎本さん程の霊能力者を末席で?私の所なら直ぐにでも……」

 

「一子様のお誘いは大変嬉しいのですが、僕は亀宮以外に所属するつもりは有りません。僕は亀宮さんと敵対するつもりが無いので、他の組織には入りません」

 

 林道から登り坂を20m程整備すると、目的の洞窟が見えた。随分と近いな……亀宮さんが亀ちゃんを纏わせながら、洞窟に近付いていく。

 当然、僕は追い掛ける。加茂宮一子を放置しても……

 

 洞窟の前は草木が無く、簡易な灯籠と締め縄が張られていた。出入口は古い木製の観音開きの扉が朽ちていて片側が開いている。

 だが両脇の灯籠は倒れ締め縄は地面に落ちている。これが簡易結界だったのかな?

 

「亀宮さん、触らないでね。高野さん、結界だけど洞窟の内側に張ろうよ」

 

 締め縄を拾おうとする亀宮さんを止めて今回のキモで有る結界師、高野さんを呼ぶ。

 

「ヤレヤレ、やっとお呼びね。分かったわ、洞窟から3m入った場所に結界を張るわ。榎本さん手伝ってよ」

 

 ビジネススーツに軍用コートを羽織った高野さんが、鞄を広げだした。

 

「分かった、先ずは洞窟に入って安全を確保するよ」

 

 事前調査では戦時中の防空壕だと聞いていたが、どうやら自然に出来た洞窟を拡張したみたいだな。

 普通は浸水を防ぐ為に入口から少し登り坂を作るのだが、これは最初から急な坂道だ。右手に持っていた特殊警棒を畳みマグライトで内部を照らす。

 入口は直径2m程の半円をしていて、中に入ると殆ど自然のままの岩肌だ。床だけが何とか平らになっている。

 

『胡蝶さん、奴等は?』

 

『ん?この洞窟は深いな……奥に気配はするが、動いてはいない』

 

 気付いてないのか、他に考えが有るのか……奴等は元人間だけに知能が残っていれば厄介だ。どんな手を使ってくるか分からない。

 

「高野さん、奴等は近くには居ない。結界を頼むね」

 

「はいはい、ほら私を肩車しなさい。天井部に水晶を固定するわよ」

 

 脚立を使えよと思ったが、足元が悪いから無理か……後ろを向いて屈むと彼女がのしかかってきた。

 意外だが、結構胸は有るんだな。ゆっくりと立ち上がる。

 高野さんは岩肌にコンクリボンドで金具を付けてから水晶を差し込む。天井部に三ヶ所、左右の壁に二ヶ所ずつ取付けて床には水晶を埋めた。

 壁に付けた水晶に人差し指で軽く触れると……霊力を流したのか、見事に網状の結界が張られた。

 

「お見事!凄いな。でもコレ人間は通れるんだろ?」

 

「大丈夫よ。さて、少し先にも同じ結界を張るわ。二重にすれば、最悪でも逃げる時間は稼げるでしょ?」

 

 流石は防御を専門とする結界師、彼女を頼って良かった。最初の結界から更に10m程進んで二陣の結界を張る。

 序でに用意したランタンを点けて、奴等の接近に備える。本命の洞窟の結界を張り終えて外に出ると、何やら揉めてる声がするんだけど……

 

「榎本さん、何か揉めてるわね?」

 

「あー、御三家Topの女性陣が言い争ってるよ。絶対に面倒臭い話だぞ」

 

 亀宮さん、阿狐ちゃん、一子様が互いに2m位離れて三角形を形成してる。

 亀宮さんには御手洗達、阿狐ちゃんには一族の連中、一子様には高槻さん桜井さんモブ巫女さんが後ろに控えている。

 因みに作業員達は既に道を整備して洞窟を塞ぐ鋼材をトラックから下ろし始めたな。

 

「榎本さん、止めないの?」

 

 早く何とかしなさい的な顔をする高野さん。

 

「僕が?何故?いや、そうだね。凄く嫌な予感がするけど僕の仕事だよね」

 

「はいはい、後で慰めてあげるから早く行きなさい」

 

 別に慰めて貰わなくてもとは思うが、あの件以来僕等は悪友として良く飲み歩いている。

 つまり慰めとは、奢ってくれるって事だ。深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、魔のトライアングルに近付いて行く……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最初に僕に気付いたのは亀宮さんだ。その目線に残りの二人も僕を見る。

 

「結界を二重に張ったけど……何か揉めてる?」

 

 立場上、亀宮さんの隣に立つ。だって派閥の一員だから。

 

「榎本さん、彼女達が洞窟内に入れろと。此処は私達が先に見付けたんです」

 

 伊集院は兎も角、加茂宮達は入りたいのはアレか……アレの秘密を知っている桜井さんが焚き付けたか?または僕等の知らない秘密が有るかだな。

 

「私達は手柄を掠め取るつもりは無い。別に奴等を根絶やしにしても報酬を請求するつもりも無い。ただケジメの為に奴等を生かしてはおけないだけなんだ」

 

 阿狐ちゃんは、あくまでも渋谷さんの復讐だからな。引くに引けないだろう。

 

「亀宮さん、伊集院さん達には協力して貰おう。手柄は要らないって事だし、僕等も作業をするのに中の餓鬼を相手にしてくれるなら助かる。

だが夕方の五時には閉鎖するから、それまでには出て来て欲しい。どうかな?」

 

 最初に打合せした通りに話を持っていく。

 

「私達はそれで構わない。今回の件は榎本さんが岩泉氏と既に話を纏めている。私達の突撃は自己満足だからな」

 

 そう言って軽く頭を下げる阿狐ちゃん。

 

「分かりました。必ず時間内には出て来るのですよ」

 

 渋々だが亀宮さんは認めてくれた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。伊集院達を洞窟内に入れるのは反対だわ!」

 

 ああ、やはり独り占めを考えているな。仁王立ちの一子様を見て、彼女達の考えが何となく分かる気がした……

 

 

第195話

 

 御三家巨頭会談。

 

 事実上の御三家Topの女性陣に囲まれて、この上もなく困惑してます、ハイ。

 

「私達が先に居たのに、伊集院のお嬢ちゃんを洞窟に入れる意味が分からないわ。入るなら先に来ていた私達が先でしょ?」

 

「そうです、わざわざ伊集院さん達を入れる意味が分かりません」

 

 一子様と高槻さんに詰め寄られた。巫女服姿の美人二人に言い寄られても、全く嬉しくないから不思議だ。

 なまじ美人なだけに怒ると迫力が桁違いだ。出来れば同じ御三家当主の亀宮さんに丸投げしたいが、グッと堪える。

 

「逆に何故、伊集院さん達を洞窟に入れちゃ駄目なんですか?此処は塞ぐ訳ですから、これから作業をします。

ならば洞窟内から餓鬼が出て来ない様に、彼等が倒してくれる方が良いじゃないですか?

しかも報酬は辞退するんですよ。何の不満が有るのですか?」

 

 表向きは何故楽できるのにしないの?的な表情をする。心の中では洞窟内の秘密を嗅ぎ付けられたくないとか、独り占めしたいとかだろうなと思う。

 人間、欲望に駆られると余裕が無くなるからね。今の彼女達は、まさにその感じだ。支離滅裂な言い分じゃ納得出来ないぞ。

 それでも何かを言おうとするが、先に言葉を被せる。

 

「一子様も高槻さんも戦闘系術者じゃないだろ?僕も亀宮さんも洞窟内に入るつもりはない。

貴女達だけじゃ死にに行く様なものだよ。だが伊集院さん達は一族の戦闘職を集めている。

当主自身も戦闘系術者で且つ集団戦だよ。ならば依頼達成の為に頼む事は悪くない。

僕と高野さんは残り二ヶ所の穴に結界を張りに移動するから、守りは亀宮さんだけだからね。逆にお願いしたい位の提案なんだ」

 

 言葉に詰まる二人……無理してまで中に入る理由が思い付かないだろ?

 

「伊集院さん、宜しくお願いします。ですが五時迄です。時間に遅れない様に……」

 

 様子見で何も言わなかった阿狐ちゃんを促す。早く出発してくれ。

 

「分かった。我が儘を聞いて貰い感謝する。今回の件は貴方に借りておくよ」

 

 そう言って阿狐ちゃんは、一族を率いて洞窟内に侵入していった。全員がマントを翻しながら……僕に借りは不味いよ、せめて亀宮にして欲しい。

 本当に阿狐ちゃんは義理堅いよな。つい話し込んでしまったが、周りを見れば工事部隊の仕事が速い。

 既に周辺の伐採を終えて持ち込んだ鉄板を敷いている。

 これは簡易プラントを設置して洞窟内にグラウトと呼ばれる流動化材を流し込む準備だ。

 コンクリートより粘りが無く水に近いグラウトは陥没した土台の隙間等に充填する物だ。

 材料を持ち込み現場で加工すれば、休みなく大量のグラウトを流し込める。

 勿論、市内の複数のプラントにも依頼をしているから、準備が出来れば夜通しグラウトを流し込める。これで問題の洞窟の閉鎖は完璧だ!

 

「亀宮さん、此処はお願いね。残り二ヶ所の結界張りに行ってくるよ」

 

 御三家巨頭会談を我関せず的にしていた高野さんを促す。確かに関係無いけど、少しは気にして欲しい。隣で呑気にペットボトルとか飲まれても、ねぇ?

 

「はいはい、人使いの荒いクマさんね。荷物位は持ちなさいよ」

 

 高野さんにバッグを押し付けられたが、確かに女性が持つ重さじゃないな。バッグを肩に掛けて地図を片手に次の穴へと移動を開始する……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「何故、加茂宮は洞窟内に侵入するのに拘るのかしら?」

 

 残り二ヶ所の穴に結界を張り終えて、最初の場所に戻る途中に高野さんが聞いてきた。やはり第三者が見ても不自然だったんだろう。

 

「あの二人の後ろに地味目の巫女さんが居ただろ?桜井さんと言って、先代岩泉氏と色々企んでいた人のお孫さんだよ。

つまり祖母から色々と聞いてるんだろう。あの洞窟の秘密をね……」

 

 獣道であるが故に起伏が激しく、しかも下り坂なので高野さんの歩みが遅い。仕方なく段差や障害物の有る部分では手を貸している。

 彼女も特に照れもせずに差し出した手を握ってくる。意外に華奢な指だ。

 

「秘密って不老不死の?あの一子って奴、美容に五月蝿そうじゃない。そんなネタを掴んだら、無理しても洞窟に侵入しそうね。引率の榎本さんは大変?」

 

 嬉しそうに話す彼女の手を取り引っ張る。倒木を越えて僕にしがみ付いてくるのだが、亀宮さんにでも見られたら危険な体勢だ。

 

「そうなんだよ。だけど彼女達だけでは餓鬼が居る洞窟の中には入れない。護衛が居ないからね。

護衛出来るのは僕と亀宮さん位だから、僕はあの場所を離れたんだ。亀宮さんは絶対に一子様の護衛はしないだろ?」

 

 どんな条件を付けて無理難題を言うか分からない。仮にも御三家の当主だし、扱い方にも細心の注意が居るんだよね。

 

「巻き込まれる前に逃げた訳ね」

 

 大岩の上に先に登り、高野さんの手を掴み引っ張り上げる。この大岩を越えれば、後はなだらかな下り坂が続いている。

 暫し大岩の上に座って一休みする。バッグからミネラルウォーターのペットボトルを取り出して渡す。

 キャップを開けて一気に半分位飲み干す。少し温いが、緊張していた体が解れた感じだ。

 

 腕時計で時刻を確認すれば、11時38分か……結構時間が掛かったな。

 

「珍しいわね、腕時計をしてるなんて……」

 

「ああ、仕事中に携帯電話なんて開いてられないだろ?だから現場に出る時は腕時計をするよ。普段は数珠もしてるから、一緒だと傷付くんだよ」

 

 水晶と金属を一緒に巻けば、水晶が傷付く。

 

「そうね、榎本さんの秘密の左手ですもんね。愛染明王を信奉してるとか言ってるけど、別の神様なんでしょ?」

 

 何気なく言った様な言葉だが、思わず高野さんを凝視してしまう。呑気にミネラルウォーターを飲んでいるが、何を考えて……

 

「あのね、私を疑うのは筋違いよ。榎本さんの力の源が、只の愛染明王な訳ないでしょ?必ず他に祀る神が居るのは、皆何となく思ってるわよ」

 

 アレ?胡蝶さんの事がバレてるのかな?

 

「いや、その……違くはないが違う……」

 

「気を付けなさいな。力の源を知られるのは、敵に有利になるわ」

 

 流石は悪友、心配されてしまった。

 

「そうだね、気を付けるよ」

 

 思えば最初に小原さんの邸宅で会った時は頼りない結界師と思ったけど、今は数少ない信頼出来る同業者だ。

 今までは頑なに同業者との関わりを避けてきたけど、コレはコレで良いものだな。

 

「さて、出発しますか?」

 

「榎本さん、私の仕事はコレで終わりよね?」

 

 三ヶ所の結界を張って貰えれば、後は予定通りに工事を進めるだけだな。

 

「うん、有り難う。後は大丈夫だよ」

 

 下り坂を並んで歩く。胡蝶さんに周りの警戒を頼んであるが、餓鬼の反応は無い。伊集院さん達が頑張ってるんだろうな。

 

「じゃあ待機で良いわね?結界石は残り三回分有るから、補強するなら出来るわよ」

 

 最近は本当に協力的だよな、怖い位に……

 

「悪いね、報酬は弾むよ」

 

「なら今度マダム道子の店に案内してよ。何度行っても辿り着かないのよね。それと水晶の加工、もう少し増やせない?後は……」

 

 嬉しそうに指折り数えて条件を増やしていく。高野さんは、やっぱり高野さんだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 現場に戻ると随分と工事は進んでいた。洞窟前のスペースは整地され鉄板が敷き詰められている。

 発電機やコンテナハウスも設置され洞窟の入口にも鉄骨で枠が組まれ始めた。小俣さんの手際の良さは想像以上だったな。

 亀宮さん達を探すと長机とパイプ椅子で簡易な休憩スペースが有り、全員そこでお茶を飲んで寛いでいた。

 但し加茂宮さん御一行は苛ついてる感じが漂ってるね。だけど一番イライラしてるのは桜井さんで、一子様は未だ余裕有りそうだね。

 桜井さんはタバコを吸いながら貧乏揺すりをしてるし、大分キテるな。逆に一子様は優雅に読書してるし、高槻さんはPSPで遊んでる。

 

 情報提供者たる彼女が一番苛つき、他の二人が普通となると考えられるのは……桜井さんの情報を一子様は半信半疑だと言う事かな?

 

「お待たせ、残りの穴も塞いできたよ」

 

 空いているパイプ椅子に座ると、滝沢さんがお茶を淹れてくれた。紙コップにペットボトルのお茶を注ぐだけだが、有難い。一息に飲み干す。

 

「何か変わった事は?」

 

「特に無いわね。アレから餓鬼も出ないし工事は順調みたい」

 

 亀宮さんは亀ちゃんを具現化させて警戒しているから、亀ちゃんの探査範囲な餓鬼は居ないんだな。

 

「亀ちゃん、グッジョブ!」

 

 僕のサムズアップに頷く亀ちゃん。大分僕に慣れてくれたのが嬉しい。

 

「榎本さん、すっかり亀ちゃんと友達ね。それとお昼どうします?」

 

 昼ご飯か……

 

「買い出しに行くしかないかな……僕と亀宮さんは此処を離れる訳にはいかないし、御手洗達に車で……」

 

「私達が行ってくるわ。どうせ暇だし、此処に居るのも飽きてきたし……」

 

 一子様が立候補してくれたが、幾ら何でも不味いだろう、いや不味いよね?

 

「加茂宮の当主に買い出しなんて頼めませんよ。御手洗、悪いが行ってくれるか?亀宮さんのガードは引き継ぐから」

 

 見た目筋肉の塊の御手洗だが、調理師免状を持つ本格的な料理人だ。彼が選ぶ物なら間違い無いだろう。

 

「ん?分かった。一人車番で連れてくぞ」

 

 そう言って筋肉の塊二人が買い出しに向かった。多分だが往復一時間は掛かるだろうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 現場での昼ご飯など、仕出し弁当かコンビニだろう。御三家の内、二人も当主が居るのが用意出来る物には限りが有るよね。

 つまりゴージャス美人もユルフワ美人も同じ物を食べる訳です、ハイ。

 

 御手洗が買ってきた物はコンビニ弁当だ。幕の内・唐揚げ・ハンバーグ・焼肉弁当。菓子パン・サンドイッチに各種おにぎり等、種類は豊富だ。

 普通にサンドイッチを食べる一子様に違和感を感じた。まるで独身男性が住んでる六畳一間に孔雀♂が居て羽根を広げてるイメージだろうか?

 いや一子様は女性だがら極楽鳥かフラミンゴかな?高槻さんは普通に、桜井さんはガツガツと幕の内弁当を食べている。

 

 会話は全く無いので、葬式みたいだ……味気ないハンバーグ弁当を食べる。

 

「ねぇ榎本さん?」

 

「何ですか、一子様?」

 

 昼食にハム卵サンドイッチ一つしか食べない彼女が、ハンカチで口を押さえながら聞いてきた。

 

「あの鉄の大きな箱や機材の山は何です?」

 

 指差す方を見れば、水を貯めるコンテナとグラウトを撹拌するミキサーだな。

 

「あれは洞窟に流し込むグラウトを作る機材です。水を貯めるコンテナや撹拌ミキサーとかですね。

午後から給水車やグラウトの材料が運びこまれます。五時を過ぎて伊集院さん達が出て来たら流し込みますよ。これで洞窟を完全に埋める事が出来ます」

 

 流動化したグラウトは洞窟に流れ込み、完全に塞ぐ事が出来る。仮設プラントまで用意したんだ。

 市内のプラント工場からも運ばせるが、不足分は現地で作れば……

 

「あの洞窟を塞ぐんじゃなくて埋めるですって?貴方達はどんなに愚かなのです!あの洞窟には……」

 

「桜井さん、お黙りなさい」

 

 興奮した桜井さんを一言で黙らせた。彼女の脅えようからして瞳術を使ったと思うのだが、良く分からなかった。

 

「榎本さん、本当に洞窟を直ぐに埋めるのですか?私に中を調べる時間を貰えませんか?」

 

 彼女に真っ直ぐ見つめられると瞳術が効いてるのか分からないが、居たたまれない気持ちになる。

 気持ちを切り替える為に、ペットボトルのお茶を飲む。温いが気持ちは落ち着いた。

 

「そうです。岩泉氏の山荘まで繋がってるので1㎞以上は有るかも知れませんが、市内のプラント工場も三ヶ所押さえてます。

10000㎥までなら調達出来る準備をしてますよ」

 

「そう……分かりました……」

 

 それっきり無言でファッション誌を読み始めたぞ。諦めてくれたのかは無表情な彼女からは掴めなかった……

 


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