第203話
久し振りのセントクレア教会。
相変わらず清浄な空間を維持しているな。掃き清められた敷地内、所々に配された天使像や十字架が聖域を形成している。
柳の婆さんは力は凄いのだが、神職の癖に腹黒いんだよね。
美羽音さん達も此処へ逃げ込めば取り敢えず安心なんだけど、あの洋館に固執する意味が分からない。
単なる所有権を誇示したいなら誰かに管理を任せれば良いし、本来なら悪い噂にならない様に火消しする筈だろ?
なのに妻の訴えを無視して子供を危険に晒している……
経済的に恵まれていてベビーシッターまで雇っているのに、何故に引っ越しを渋るのか?
思案に耽りながら、それでも普段の何割か増しで安全運転を心掛ける。途中信号で停まる度に周りから指を差されてヒソヒソ話された。
アメ車を運転するムキムキなオッサン、助手席に美人シスターじゃ仕方ないよな。
何人かに写メも撮られたから、ツィッターとかで曝されてなければ良いが……何とか無事故でセントクレア教会に到着したが、心身共に疲労困憊だよ。
鶴子さんに運転席を譲り、教会の近くに借りている駐車場へ移動しに行って貰った。
職員は子供を事故に巻き込まない為に車は敷地外に停めるそうだ。
送迎は基本的にバスだが、自家用車で送り迎えする場合は裏に専用スペースが有り子供達と車との動線を分けている。
安全面を良く考えているな……無断で教会に入る訳にもいかずに入口前で立っていたのだが、子供達に見付かってしまった。
「「「あー!マッスルサンタのオッサンだー!」」」
全速力で走ってくる園児達と見守る保母さん。
「サンタクロースのオジサーン、高い高いしてー!」
「今日はセクスィートナカイのお姉さん居ないの?サンタのオジサンがセクハラしたの?」
キラキラと純真無垢な瞳で見上げられて、言葉の猛毒を吐かれた!
「あら榎本さん、いらっしゃい。シスターメリッサは、どうしました?」
えっと、名前は忘れたがモブなシスターさんが話し掛けてきた。足元でじゃれ付く子供達を両手で一人ずつ丁寧に持ち上げて高い高いをする。
身長+腕の長さ分の高さだから2m以上有る為か子供のはしゃぎ様が凄い。
「車を停めに駐車場まで行ってます。来たら柳さんの所へ一緒に相談に行こうと思いまして……」
最初の男の子を下ろして二人目の女の子を高い高いする。
「ああ高梨さんの相談の件ですね。それで、本当に怪奇現象でしたか?修さんが随分と深刻そうにシスターメリッサに相談してましたが……」
矢張りだ、矢張り高梨修は鶴子さんに積極的に話を持ち掛けたんだな。三人目は男の子だ。
「高梨修さんですね、今日会いましたよ。メリッサ様が随分と入れ込んでましたね」
わざと苦笑を浮かべ、モブなシスターの表情をそれとなく伺う。少し陰ったけど、鶴子さん以外には奴は評価が低いのか?
「何か問題でも?まさかメリッサ様が貢いでいるとか?」
少し疲れたが四人目の女の子を持ち上げる。彼女で最後だ。
「いえ、そうではないのですが……あの人、妙に私達の仕事に付いて聞きたがるのです。勿論、シスターとしての仕事の方ですよ。
お仕事がフリーライターと言ってますし、雑誌とかに載せられたら大変な事になります。
私達、セントクレア教会の表の仕事は保育園なんですよ。保母さんがエクソシストとか知れ渡ったら……」
園児の父兄は面白くは無いだろうな、本場では分からないが日本でのエクソシストなど眉唾物だし。
何と無くだが、奴の考えが分かってきたぞ。そして柳の婆さんの思惑も……
「確かにね……ネタとしたら最高だな。はい、次は君だよ。ほーら、高い高い!」
最後の子供はサービスで少し長く高い高いをする。
「わーい、オジサーン!もっとクルクル回ってー!」
くっ、僕は力は有るが三半規管は鍛えてないんだぞ。子供の体力が無尽蔵って本当なんだな。
「わーい、サンタのオジサンが居るー!」
「僕もあそぶー!」
「私も抱っこしてー!」
未だ居るのか?更にワラワラと六人位の子供達が集まって高い高いを強請ってくるが、そろそろ限界だ。
だが期待に満ちた子供達の気持ちは裏切れない。
「よーし、お兄さんが頑張るからね。順番に並ぶんだよ」
気力と体力の続く限り小さな台風達と遊んだ。最後の一人を下ろして、その場に座り込む。
深呼吸をして息を整え、ニヤニヤ笑いの似非シスターを睨み付ける。
「戻って来たなら早く言って下さい。体力はともかく三半規管がヤラれましたよ」
凄く嬉しそうな鶴子さんが、腕を組んで笑っている。
「ふふん、保母の私が子供達を悲しませる事は出来ないわよ。ねぇサンタのオジサン?」
途中、戻って来たのにニヤニヤ此方を見てるだけの鶴子さんを恨めしそうに睨むが効果は無いな。
立ち上がり尻を叩いて埃を払う。高い高いに飽きた子供達は、お遊戯の輪に加わって笑っている。
子供達の体力って本当に凄いわ……しかし、サンタのオジサン呼ばわりは傷付いた。
「ふふふ、榎本さん子供好きなのね。分かるわよ、良いパパになれるわよ」
凹んでいる所を褒められたが確かに子供好きですよ、ロリコンですから……ただ流石に幼稚園児は守備範囲外なだけで。
◇◇◇◇◇◇
鶴子さんの案内で前回も通された園長室に行きソファーを勧められた。
鶴子さんがカルピスウォーターのペットボトルをそのまま渡してくれたので一気飲みする。
「ふぅ、落ち着いた。それで高梨修さんを唆(そそのか)して、どうしたいんですか?」
向かい側で渋い顔をする柳さんを問い詰める。前回は色々と退魔結界が張られていたが、今回は何も無い。
確か胡蝶が全て壊したらしいが、柳の婆さんも僕に鈴を付けようとしたので自業自得だろう。
「唆すとは失礼ですよ。あの人は自ら榎本さんの事を気にしていた。だからチャンスを上げたのです」
「余計に悪質ですよ。ならば事前に一言有るべきですね。僕はアドバイザーとして同行したのです。
アレでは仕事を請けるのを前提で話されてましたよ」
文句を言いつつ婆さんの様子を伺うが、全く変化が無い。凄い鉄面皮だ……
「それは鶴子の説明不足でしたね。申し訳ない、謝罪します」
素直に非を認め頭を下げられれば、何も言えなくなる。実害はないのだから……
「分かりました、この話は此処までにしましょう。それで、どうします?初見では怪しい感じはしませんでした。
ただ、あの洋館ですが少し変なんです。中に居るとピントが合わない様な違和感が……
兎に角、ピェール氏を納得させるだけの証拠を掴んで洋館を出ろと提案しました。後はセントクレア教会を頼るでしょうから、お願いしますね」
アドバイザーとしての責務は果たせただろう。後は美羽音さんの頑張りが頼りだが、愛する我が子の為なら何とかピェール氏を説得するだろう。
「なるほど、そうですか……ピントが合わないですか、私もそう思いました。
あの違和感の原因を探る為に随分と張り込んだのですが、まさか初見で見抜くとは」
ん?随分と張り込んだ?この婆さん事前にちゃんと自分で調べてたんだな。それの確認作業に僕を巻き込んだのか……
「それで柳さんの考えでは白ですか?それとも黒ですか?」
「叔母様、何を言ってるんですか?」
隣に座り空気だった鶴子さんが詰問調で婆さんに詰め寄る。彼女には知らせてなかったんだな、事前に調べていた事を……
「婆さんは自分で調査済みだったんだ。その確認作業に僕等を利用したのさ。
後は高梨修の目をセントクレア教会から逸らすのもかな?アイツ、この事件をネタにするつもりだと思う。
表看板に教会と保育園を掲げている婆さんと最初から心霊調査事務所を掲げている僕とでは、曝された時のダメージが段違いだろ?」
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべてやる。勿論だが僕だって悪目立ちは嫌だから、合法非合法を問わずに阻止するけどね。
「ふふふ、其処まで考えてませんよ。所詮、高梨修など小者でしかなく私達なら何とでも出来る存在でしかない。違いますか?」
『正明、このババァ教会の敷地全体に張っている結界を反転させるつもりだぞ。
この教会周辺を形成する聖域の力を全てこの部屋に圧縮させるのだが、我々には効かぬな。我は正明に崇められ性質が善に傾いているので無意味だ』
広域の結界の範囲を狭める事で悪を払う力の密度を高めるのかな?やっぱり婆さん胡蝶の事を警戒して罠を張りやがった……
いや暴れた時の保険か?ソファーに深く座り直して腕を組み婆さんを睨む。
「警戒は結構ですが、教会丸々の聖域結界をこの部屋に圧縮させても無意味ですよ。日本の神々は一神教と違い善悪混合、表裏一体なんです。
つまり貴女の警戒する『胡蝶』は善に傾いてますから結界圧縮は彼女の力を増すだけで無意味です」
善悪のはっきりしたキリスト教と違い、仏教の神々は場合によっては祟り神になる。つまり同じ神様でも善神と悪神になるんだ。
柳の婆さんは、その辺を理解しないと駄目だと思う。
「つまり、ソレは悪では無いと言うのかい?」
「今は……ですね。対応によっては祟り神にもなりますよ。どうしますか、僕は構いませんが亀宮に敵対します?」
亀宮さんは関係無いと思うけど、仮にも派閥に所属してるからね。
末端構成員にチョッカイかければ口実にもなり、面子やパワーバランスの関係で介入も有りだ。
だが亀宮本家の介入は僕にとってもマイナス面が大きい。暫し睨み合うが、先に折れたのは柳の婆さんの方だった。
目線を下にずらして深いため息を吐く……
「流石は亀宮に迎え入れられる逸材と言う訳ですか。まさか結界の件がバレてるとは思いませんでしたよ。
分かりました、重(かさ)ね重(がさ)ねの非礼を詫びましょう。それと鶴子を頼みます。
この娘は私の後継者ですが、力は有れど他に不足している物が多い。榎本さんと一緒なら学ぶ事も多いでしょう」
折れてはくれたが、鶴子さんの面倒を見ろってのは嫌だ。彼女が嫌な訳では無いが、結衣ちゃんや静願ちゃんの件も有る。
もしも教育するなら彼女達が先だろう。
「いやいや、柳さん自らが後継者に教えないと駄目だって。僕が教えられるのは契約について位ですよ。
それに彼女は既に確立している除霊方法を持ってますから、僕から教わるのは逆効果になりかねない。宗派も違うしね」
柳の婆さんは鶴子さんを緩衝材か繋ぎみたいな役割にしたいんたな。御三家の一角、亀宮一族への繋がりは切りたくない。
なら何故、僕を排除しようとしたのかが不明だ。
まだ何か……
「もう、本人の目の前で何を言ってるんですか?榎本さんも榎本さんですよ!私の教育は嫌だとか無理だとか……」
結界については黙って聞いていた彼女も、自分の教育方針については口出しせずにはいられなかった様だ。
少し拗ね気味に文句を言ってきた。
「坊主に修道女の教育係は無理って事ですよ。鶴子さんは、しっかりと柳の婆さんに学ばないと駄目だって事です。
よっ、頑張れ後継者!」
パチパチと拍手のサービスも付ける。
「からかわないで下さいな。全く榎本さんまで鶴子って……女性の名前を許可無く呼ぶんだから、責任取って貰いますよ」
最後のオチも彼女が付けて、今回はお開きになった。だが洋館については少し調べた方が良いかもな。
僕の霊感が、今回の件に嫌でも関わるだろうと告げている。
ならば事前に調べるだけは調べてみるか……