榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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バレンタイン記念挿話(平成25年版)

バレンタイン記念挿話

 

A面

 

 

「愛染明王よ、何故毎回仏教徒の僕が他宗教の神の家に呼ばれるのですか?」

 

 数珠を握り締めて敬愛する愛染明王様に祈る。

 

「男手が足りないからよ、修道院なんだから女性しか居ないの。毎年バレンタインにはチャリティーバザーをするのよ。

テントの設営とか寄付された品々の運び込みとか、か弱い女性にやらせて平気なの?」

 

 多少強引だが男としてこの様に頼まれたら断れない、いや断る事が出来難い。

 日本でのバレンタインは恋人達のイベントで、年間のチョコレート消費量は二月がダントツだろう。

 今は自分にご褒美チョコとか友達と交換する友チョコも有るらしい。頭の中で昨年の成果を思い浮かべるが……

 

 結衣ちゃんからだけだった。

 

 貰えただけでもよしとするべきだけどね。朝からフリーマーケット用のテントを設営し寄付された品々を運んで行く。

 それをワゴンに並べていくシスター兼保母さん達。確かに謝礼は貰えるのだが、チャリティーの協力だから全て寄付するつもりだ。

 偽善かもしれないが、困っている人々には個人の感情なんて関係ない事だから。

 

「榎本せんせーい!こっち終わったから遊ぼー!」

 

「肩車してー!」

 

 園児達には懐かれたが、後5年位は成長してから来て欲しい。僕はロリコンだがペドでは無い……と思うが最近自信が揺らいで来ているのも事実。

 

「僕は先生じゃないからね?お手伝いのお兄さんなんだよ、分かるかな?」

 

 全く人の言葉を聞かないチビッ子ギャングめ。ワラワラと集まる園児達の安全に注意しながら、高い高いをする。

 

「オジチャーン、もっとやってー!」

 

 純真無垢な言葉が痛い……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「いらっしゃい。はい、ありがとう……えっと300円になります」

 

 園児達の母親からの寄付の品々には手製の衣類や小物類とバラエティーに富んでいるが、シスターさん達が付けた値札を確認しながら売っていく。

 まさか筋肉ムキムキ気な僕が売り子まで手伝わされるとは思わなかった。

 しかもメリッサ様とペアを組まされたので凸凹コンビだが、不思議とお客は寄って来る。

 

「メリッサ様、柳さんは居ないの?」

 

 吹き荒ぶ庭での露店故に寒さが足元から来るが、ヒートテックにホッカイロで何とか凌ぐ。

 因みにメリッサ様の足元には電熱器が有りますね、男女差別だよね?

 

「ごめんなさいね、叔母様は榎本さんを凄い警戒していて……今日は用事で外出してるの」

 

 物凄い申し訳なさそうな顔で謝られてしまった。確かに胡蝶に本気で脅かされたら警戒もするよな、首を掻き切ったジェスチャーしたらしいし……

 

「いや気にしてな……」

 

「メリッサ様、繁盛してますね」

 

 途中で声を掛けられ振り向けばダンディな中年の外人男性と若い可愛い系の日本人の女性が並んで立っていた。

 ジョージ・クルーニーみたいだな、殺意が沸くが連れの女性はどこか野暮ったい垢抜けない感じがする。

 派手目な娘より僕的好感度は高いが、このダンディには吊り合わないような……

 

「これはピェールさん、美羽音さん。わざわざご足労、有り難う御座います」

 

 にこやかに会話する三人を見て思う。ピェールさん、日本人の若い女性を嫁に貰ったのかな?

 感じとしては夫婦だけど温度差か距離感が有るみたいな……暫く会話をして手編みの手袋を買ってくれた。

 

「ねぇメリッサ様?微妙な距離の有った方々ですが夫婦なんですよね?」

 

 ピェール氏の半歩後ろを歩く彼女を見て思う。

 

「そうね、端から見れば逆玉なんだろうけど……美羽音はね、私達と同僚だったのよ。

年の差婚だけどピェールさんが彼女を大切にしてるのは確かよ。

猛烈なアプローチが有ったけど最終的には弟さんが仲を取り持ったのよね」

 

 ふむ、逆玉と言うか年の差婚って上手く行かない場合が有るのか。嫁には安らぎを求めたいと言うが、その点では彼女は良いと思う。

 やはり家庭的な娘が嫁には……結衣ちゃんしか居ないではないか!結衣ちゃんと結婚する時の為に考えておかないと駄目だな。

 だけど僕の霊感が何かを伝えている、彼等には遠くない内に関わり合いになりそうな気が……

 半日丸々働かされて謝礼金一万円を貰ったが、当初の考え通り全額寄付した。

 寄付金は国連WFPを通じて世界の子供達の為に使うそうだ。

 大食いの僕としては飢餓で苦しむ子供達には何かしたいので、序に毎月定額寄付5000円も申し込んだ。

 1回の寄付で一人の子供が1年間給食をお腹一杯食べれるらしい。

 やらない善よりもやる偽善の精神で良いだろう、何より僕の気持ちが軽くなる為の行為だから子供達の為じゃない。

 終了後に簡単な打ち上げに参加したがメリッサ様以下から義理チョコを頂いたし、園児達からも義理チョコを頂いた。

 

 意外な事に手作りチョコ率が高い、そして妙に上手い。やはり慣れかな?

 勿論、園児達は10円チョコや母親が用意した物だがシスターさん達の殆どが手作りだ。

 因みにメリッサ様は、スイスのリンドール社の高そうなミルクチョコだったので倍返しが辛いかも。

 今年は義理チョコを既に8個も貰えたぜ!勿論貰った人は名前と顔を覚えておく。

 但し貰う時にメリッサ様達から「ホワイトデーにもチャリティーバザーを催します」と教えられた。

 園児達にも又遊びに来てと誘われてしまったし。

 

 ホワイトデーのお返しは肉体労働が込みになりそうだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

B面

 

 

 進学校だけ有り内容の濃い授業が続くけど、放課後になればクラスメイトと話が弾む。

 昔の暗い引っ込み思案な私だったら考えられない事。

 

「結衣は今年も榎本さんにチョコあげるの?」

 

 クラスメイトの一人から何気なく聞かれた。

 彼女は同じ進学塾に通う男子にチョコをあげるらしいし、他にも友達繋がりや同じ小学校の元クラスメイトとか皆それなりに彼氏が居るみたい。

 

「えっ?うん。帰ったら特大のチョコレートケーキを作るわ」

 

 既にスポンジケーキは出来ていて冷蔵庫で馴染ませている。後はトッピングをすれば完成。

 最近は友チョコと言って友達同士でチョコを交換している。

 ケーキかクッキーで悩み試作品を両方作ったけど、甘党で大食漢の正明さんなら大きなケーキと思いクッキーは友達に配った。

 此処は女子校だし男性は先生しか居ないけど、若くても40代だから人気は無い。

 

「結衣のチョコクッキーって美味しいよね。去年のも凄い美味しかったし。

ねぇ、私の兄貴がさ。結衣と一緒に撮ったプリクラ見て会いたいって煩いんだけど、どう?」

 

 私を拝んでお願いされたけど、大本命が居るから。

 

「ごめんなさい、嫌かな」

 

 アチャーって感じでガッカリしてるけど、会うだけも嫌!知らない男の人に、わざわざ会う意味が分からない。

 

「即答だよね。結衣ってさ、誰か好きな人居るの?まさか、あの筋肉の人……な訳ないか。

ねぇ、お願い!一生のお願い、兄貴しつこいんだ。一回だけ、会うだけで良いから、ね?」

 

 筋肉の人で正解なんだけど、やはり保護者だから里親だから対外的には手を出すには良くないのかな?

 世間的には高校を卒業しないと結婚は駄目っぽいけど、そこまで待ってたら他の人に奪われそうだし。

 やはり早めに結婚の約束をして、式は高校卒業を待って入籍は早めに16歳の誕生日に……

 

「結衣、結衣?平気?ボーっとして大丈夫?」

 

 はっ?いけない、トリップしてしまったわ。

 

「ごめんなさい、無理かな……」

 

 こんなに頼まれたら断るのは辛いけど、正明さんに誤解でもされたら嫌だから会うのは無理だよ。

 

「結衣ちーん、迎えに来たよー!」

 

 最近知り合った高等部の先輩が教室の入口で手を振っている。二人とも美人だし人目を引くから目立つ。

 薊先輩は桜岡さんのオフィスでバイトをしているし、静願さんは魅鈴さんと共に要注意人物だ。

 でも丁度良いタイミングでクラスに来てくれた、今日はウチで一緒にチョコ作りをする約束だから。

 

「ごめん。私、本命居るからその人には会えないよ。それじゃ、また明日ね」

 

 変な雰囲気にならない内に離れられたので、先輩方には感謝しないと。

 机の上に置いていた鞄を持って二人の方に駆け寄る。

 後ろで驚いた声が聞こえるけど、好きな人が居ると言えば無理に会わせないだろうから丁度良かった。

 正明さんにはライバルが多いから、少しでも確率を下げる事はしたくない。

 最近の魅鈴さんのアタックが露骨になってきて危険なの。もう一度過ちを犯したら、即日入籍位な意気込みで……

 

「結衣ちん、早く帰ろうよ。余り時間無いんでしょ?六時には榎本さん帰るらしいじゃん」

 

「急がないと、失敗は許されない」

 

 薊先輩は彼氏は居なくて単純に自分用として家族と食べるらしい。静願さんは勿論、正明さんに渡す。

 私はチョコケーキ、彼女はチョコクッキー。一緒に作るのは互いに牽制と情報収集の為に。

 料理の腕は私が勝っているけど、その差は日々縮まっているから油断出来ない。

 正明さんの胃袋を掴んだ方が最終的な勝利を得るだろう。

 歩道を並んで歩き笑みを浮かべているが、既に女の戦いは始まっているのだから……

 

「結衣ちん、静願ちん。なんか怖いよ、黒い何かが駄々漏れしてるよ」

 

 一歩後ろを歩く薊先輩から失礼な事を言われた。私は泥棒猫(小笠原母娘)の排除を考えてただけなのに……

 

「薊先輩、気のせいですよ?」

 

「菊里さん、考え過ぎ?」

 

 振り返りもせずに答える。

 

「そこは疑問系じゃなくて、ちゃんと否定してよ!」

 

 薊先輩の悲鳴が聞こえたが、華麗にスルーした……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

裏面

 

 バレンタインデーにキャバクラに行くとは、端から見ればキャバ嬢に貢いでいる男と思われるだろう。

 しかし今夜は臨時休業となっている。なぜならば昨晩から哀れな男達の怨霊が現れ始めたからだ。

 

「まさか出るとは思ったけど本当に今夜も出るとは……人の業(ごう)って本当に恐いな」

 

 羨望・熱望・渇望、望みが叶わず失望し、最後は嫉妬から恨みに変わる。

 好きな異性から突然相手にされなくなり、最悪な手段を講じた男。

 だが女の方も相手の感情を利用して金を貢がせ、有り金が無くなれば捨てたのだから自業自得だと思う。

 

 最近のストーカーは生きている人間だけじゃない、生霊や怨霊も居るんだよね。

 一人は首吊り、一人は溺死だろうか?

 生前最後の姿で、ただ恨めしそうに店の真ん中に立っているだけだ。

 

「榎本さん、早く祓ってよ。アイツ、キモいんですけど!」

 

「全くお金が無いのに会いたいとか、ヤラせろとは馬鹿じゃないの?」

 

 横浜伊勢佐木町のキャバクラ、「ガールズ&ガールズ」。

 

 18歳から24歳迄のギャルを中心としたコンパニオンで構成された中級店だ。

 客層は30歳前の男性が殆どだが、故に自制心が乏しい連中も居る。

 所謂キャバ嬢に入れ揚げる連中が居るのだが、彼女達もノルマ達成の為に彼等の相手をする、まるで恋人の様に……

 指名から始まり同伴出勤、稀にプレゼントを貰い夜の相手もするらしいが……

 同伴出勤から閉店まで居て、それからお楽しみだから最初のデート代からプレゼント代、飲み代も考えたら膨大な金額だ。

 貯金を食い潰しサラ金に手を出し、そして破綻する。

 

「金の切れ目が縁の切れ目」な彼女達は途端に冷たくなり相手にしなくなる。

 

 そして自殺し逆恨み?のキャバ嬢の元に現れる訳だ、何故か夜に店にね。

 多分だが未練の場所なんだろうな、出会いの場所で有り散財の場所でもある。

 何よりキャバ嬢達は彼等を自宅とかに招いたりしないだろうから唯一の接点はお店しかない。

 携帯電話やメール絡みの霊障は聞いた事は有るが、実際に出会った事は無い。

 僕は幽霊が電話やメールをする訳が無いと思うんだよね、精々が通話不能くらいだろう。

 そんなハイテク幽霊がいたらハッキングとか出来たら、凄い大変な事になるだろう。

 

「諦めて楽になれよ。アンタ等の幸せは此処には無いんだぜ」

 

 左手を振れば化けて出た哀れな二人の霊は霧散した……最後まで固執した相手からの罵詈雑言を受けながら。

 

「榎本さん、有り難う。ハイ、お礼とチョコだよ」

 

「私もお礼とチョコあげるわ」

 

 自分達が破滅させた男の最後を見ても、あっけらかんとしたキャバ嬢に薄ら寒い恐怖を覚える。

 金が無くなると、生きている時は店絡みのヤクザに追い払われ死ねば僕に追い祓われる。

 そのヤクザや店に頼まれて彼等を祓う僕も同類なんだけどさ。

 

「チョコは要らないよ。最後に彼等に供えてやりな。じゃ次の店に行くから、程々にしなよ」

 

 一律20万円の報酬を現金で貰う。帳簿にも書かない完全な隠し収入だ。

 彼女達も領収書も契約書も求めない、求められないから美味しい仕事だ。

 

「今夜だけでも三件で60万円か……女に貢いだ金で自分が昇天しちゃ遣り切れないかい?」

 

 三件の現場は珍しくキャバ嬢の部屋だった。マンションまで招かれたと言う事は、それなりの仲だったのだろう。

 ただ部屋の隅に立つだけの男に話し掛ける。30代後半だろうかスーツ姿の男は、虚ろな瞳を向けてくるだけだ。

 

「早く追い払ってよ。気持ち悪くて彼氏を部屋に呼べないんだけど−」

 

 彼女の毒に反応したのか、男の霊がキャバ嬢に掴み掛かってくる。

 

「ちょ、ちょちょちょ、キモい、いやー!」

 

「成仏しなよ……」

 

 左手を軽く払うと霧散した、哀れな男に黙祷する。綺麗な夜の蝶はね、一皮剥けば雄を捕食する蜘蛛か螳螂なんだよ。

 報酬を受け取りキャバ嬢の部屋を出れば、既に日付が変わっていた。

 僅か四時間で60万円の儲けだが、何とも言えない嫌な気持ちになる。

 こんな夜は酒を飲んで寝るのが一番なんだが、今夜の一人酒はモテない男の自棄酒と思われるから嫌だ。

 タクシーを拾い自宅へと向かう。買い置きの麦酒でも飲んで寝てしまおう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ただいま……」

 

 結衣ちゃんを起こさない様に、なるべく音を立てずに中に入った。

 身を切る寒さの外とは違い玄関扉を開けた瞬間に暖かい空気に包まれる。

 

「お帰りなさい、お仕事お疲れ様でした」

 

 廊下の電気が点いて結衣ちゃんが出迎えてくれた。ドンキホーテで買った狐の着ぐるみが似合い過ぎている。

 

「未だ寝てなかったのかい?」

 

 彼女の寝巻きはTシャツと短パン、又はスエットだから出てきたタイミングを考えても未だ起きていたんだろう。

 

「明日はお休みですし、勉強してたから……」

 

 狐耳の付いたフードを捲り彼女の頭を撫でる。サラサラな髪の毛から、ほんのりとシャンプーの香りがする。

 気持ち良さそうに撫でられ続ける彼女を見て、モヤモヤした気持ちが消えた。

 食虫植物みたいな女性も居れば、ルビナスな様な結衣ちゃんも居る。因みにルビナスの花言葉は「貴女は私の心に安らぎを与える」だ。

 

「お夜食にリゾットを作りますね。先にお風呂に入って下さい」

 

 そう言ってパタパタとキッチンへ走っていった。

 

「ふふふ、僕は間違いなく世界の上位の幸せ者だ」

 

 世の中には色々な人間が居て、男と女か居て、善人と悪人が居る。

 騙し騙され、奪い奪われる世界に生きている僕だけど、純粋な好意を向けてくれる彼女が居るから狂気を抑えられるんだ。

 胡蝶と融合した事による自分の変化が恐かったが、大切なモノ護る力は必要だから……

 僕は敢えて人間をやめても良いと覚悟を決める。

 

 望まぬ力だが今なら向かい合えるだろう。この胡蝶と僕の力に……




バレンタイン挿話については新作もこの後に公開します。

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