榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第209話

第209話

 

 胡蝶との話がヒートアップした所為か、結衣ちゃんへの配慮が足りなくなってしまった。

 彼女は話し声を聞いて部屋まで確認に来たんだ。それは僕だけでなく相手の、胡蝶の声も聞こえた?

 心配そうに扉の外から声を掛けてきた彼女を部屋の中に招き入れる。

 

「ん?誰も居ないよ。入っておいで……」

 

 遠慮しながら入ってくる結衣ちゃんは、何時ものTシャツにホットパンツ姿だった。相変わらず細くスベスベな脚だな……

 

「知り合いから連絡が有ってね。明日か明後日に宮城県に行かなくてはならない。仕事関係の知人が亡くなったんだ……

高齢の高位呪術者だったが、僕に名指しで遺産相続の話が来た。金銭でない呪術的な、ね。だから声が大きくなってしまったのかな?」

 

 枕元に置いてあった携帯電話を片手に説明する。携帯電話は持っているだけで電話で話していたとは言わない。

 騙すみたいだが嘘は言ってない。

 

「そうだったんですか……すみません、お仕事の事に口を出したりして。喪服用意しますか?白のワイシャツにアイロンかけてたかな?」

 

 ぐっ、甲斐甲斐しくお世話してくれる彼女を見ていると心が痛む。僕は何時か結衣ちゃんに真実を伝える事が出来るのだろうか?

 

「何日か向こうに泊りになるかも知れない。明日連絡して出発するよ」

 

 彼女の背中を軽く押しながら作り笑いを浮かべる。彼女を好きと言いながら騙している薄汚い自分が嫌になる。

 

「正明さん、笑ってるけど泣きそうですよ。大切な人だったんですね……」

 

「え?」

 

「では、おやすみなさいです。ワイシャツはアイロンしておきます」

 

 駄目だ、嘘をつく事も出来なくなってるか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 初めて見た、正明さんの泣きそうな顔を……どんな困難も笑って過ごしていたのに、今回は無理して笑っていたのが分かる。

 亡くなっていた人は、そんなに大切な人だったのかな?正明さんは仕事の事を殆ど私に話さない。

 

 最近だ、霞さんや小笠原母娘に亀宮さん……仕事仲間を教えてくれたのは。

 

 何故、あんなに悲しそうな苦しそうな顔で無理に笑おうとしたのかな?子供の私じゃ相談もしてくれないのかな?

 私の幸せを一番にって言ってくれたのに、頼られないのは悲しいよ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 魅鈴さんとの話し合いは拍子抜けする程に順調だった。

 祖母の代で飛び出したと言っても元は犬飼一族だし、詫びの意味も有っただろう金銭的な相続の話も有った。

 だが魅鈴さんは断るそうだ。

 実は「私も着いて行きます」とか言われるかと思ったが、そんな考えは魅鈴さんに失礼だったな。

 

 一人旅は久し振りだ……

 

 少し前は何でも一人で行動していたのに、今は寂しいと感じてしまう。

 京急電鉄の上大岡駅から横浜市営地下鉄に乗り換え新横浜駅へ。新幹線に乗り換えれば2時間と掛からずにJR仙台駅だ、東京駅で東北新幹線に乗り換えが面倒だけど……

 前回は買わなかった幕の内弁当を二つと麦酒、それに魚肉ソーセージを買って新幹線に乗り込む。

 今回は私用だから自由席車両だが、平日の昼間だから半分位しか乗客は居ない。

 運良く二人掛けの空いている席を見付けて窓側に座る。

 

 アナウンスと発車ベルの後に、新幹線は緩やかに加速していった……

 

 新横浜駅付近は未だ自然が残っているが、品川駅に近付いてくるとビルが乱立し所狭しと民家が建ち並ぶ。

 車内販売のワゴンが来たので酔い醒ましのコーラを買う。モグモグと幕の内弁当を食べて麦酒を飲み干す。

 品川駅で旅客が乗り込み満席となったが、食べ終わっていたので問題無い。

 僕の体が大きく厳つい顔の所為か中々隣に人が座らなかったが、隣の車両から歩いてきたお姉さんが物怖じせずに座った。

 特に興味も無くコーラを飲みながら車窓を眺め流れゆく景色を見る。

 

「コーラ、お好きなんですか?」

 

「はい?いや、まぁ好きですが……何か?」

 

 まさか話し掛けてくるとは思わなかったので、受け答えが変だったかな?チラリと彼女を見れば、25歳前後で痩せ形の地味で優しそうな感じだ。

 小さなハンドバッグを膝の上に乗せている。

 服装も持ち物も高そうだな、世界的に有名なブランドで統一しているが、香水が控え目なのは好感が持てるし容姿も整っている。

 普通なら話し掛けられたら嬉しいと感じるだろう。

 

 だが……

 

「いえ、美味しそうに飲んでましたから。失礼ですが旅行ですか?」

 

「ええ、知人からの招待で宮城県まで。気儘な一人旅とは言えませんが……」

 

 だが、彼女から僅かながらに霊力を感じる。力が弱いんじゃない、隠し切れない力が滲んでいる感じだ。

 

『胡蝶さん?何故に教えてくれなかったかな?』

 

『む?我は気付いていたぞ。この列車には霊能力者が後二人居るぞ』

 

 つまりは僕の訓練か……胡蝶と魂のレベルで混じり合い始めた僕は、彼女の力の何割かを引き出せるらしい。

 勿論、胡蝶が半径500mの探査範囲が可能なら50m位は分かるらしいが、未だ無理です。でも同じ列車に僕を除いて三人も霊能力者が?

 

「其方は?お友達と一緒じゃなくて平気なんですか?」

 

 さり気なく表情を盗み見ながら毒を吐く。張り付けた笑みは微動だにしない。

 

「何時からですか?私達に気付いていたのは?」

 

 一寸前って正直に言った方が油断させられるかな?

 

『油断は正明を甘く見られるぞ。こ奴らは新横浜駅で二人、品川駅で一人乗って来た。この女は新横浜駅から乗っていたぞ』

 

 油断させる、つまり能力を低く見られてチョッカイ掛けて来るか。

 

「君が新横浜駅から二人で乗り込んで来て、品川駅で応援が一人来た……違うかい?」

 

 先程は表情を変えなかったが今回は目を見開いた。少しは驚かせられたかな?

 

「ふふふ……降参、正解よ。流石は亀宮様の番(つがい)ですね。私達は亀宮一族に連なる五十嵐です。

山名に縁有る犬飼一族から榎本様に接触が有ったと知ってね。私達が単独で動いたの」

 

 五十嵐?五十嵐か……御隠居衆の一人に居たな、五十嵐って婆さんが。彼女が直系は傍系かで対応が違ってくる。

 

「僕の行動と情報って亀宮一族に筒抜けかい?若宮の婆さんに文句を言うかな」

 

 おどけて見せるが反応は薄い。狭い座席でのアクションは彼女に不快を与えるかと思ったが、体が触れても嫌な顔はしないな。

 つまりは引き込みたいか取り入りたい?だが本当に彼等を何とかしないと……結衣ちゃんとの沖縄旅行も散々だったし。

 

 一度婆さんとは膝を突き合わせて話し合いが必要だろう。

 

「御隠居衆は全員が貴方の動向に注目してるわ。ウチは取り入りたい派だけど排除したい派も居るわよ。

それで、犬飼一族に会うのは何故かしら?貴方は山名一族は嫌いでしょ?」

 

 取り入りたい派ね?うーん、まさか霊的遺産を相続しにとは言えない……

 

「詫びを入れたいと申し入れが有った。余人を交えずにね。大婆様の遺言の行使だそうだ」

 

「ふーん、詫びをねぇ?それを素直に信じるの?貴方?」

 

 此方を伺う様に疑問をぶつけてくる。新幹線は品川駅を出たばかりで東京駅にも付いていない。この調子で目的地まで一緒は嫌だな。

 

「故人の最後の願いだ。無碍には出来ない。それに犬飼一族に引導を渡したのは僕だから、最後くらいは看取るさ。

だから邪魔や干渉は不要だよ。分かるよね?」

 

 釘は刺す、それが有効かどうかは別物だが止めてくれと頼んだ事実は残る。この後に御隠居にメールで報告すれば良い。

 

「私を殺すの、衆人環視の中で?」

 

 クスクスと笑っているが、君位なら別に数瞬で跡形無く消せるんだよ。

 

「さて……君達五十嵐一族が山名一族より強ければ問題無いかもね。実際山名一族には随分手加減したんだ。

僕の立場が弱かったからね。御隠居衆の動向が判らなかったかし。だが、今なら……挑発するのは君も覚悟が有るんだろ?」

 

 山名一族の呪術者10人と武闘派を再起不能にした事は亀宮一族内では有名らしい。

 

「ちょ、一寸した冗談です。私達は貴方と敵対しに来たんじゃないわ。ちゃんと最初に言った筈よ。貴方に取り入りたいって……」

 

 ああ、胡蝶と混じり合って思考が危険な方向に……少し五十嵐さんを怯えさせてしまったかな?触れる肩が小刻みに震えている。

 

「なら良いよ。だけど犬飼一族の所には着いてくるなよ。これは僕と大婆様との約束だ、余人を交えず……破るならば僕は不本意な行動を取らねばならない」

 

 脅かし過ぎたかな?

 

 だが新しい力を得るかも知れないのに、最初から情報漏洩は嫌だ。話し過ぎて渇いた喉を潤す為に残っていたコーラを飲み干す。

 空のアルミ缶をクシャクシャに丸める、ビー玉サイズに……

 

「ふぅ、佐和ちゃん美乃ちゃんの情報も嘘じゃない。何が見た目は怖いけど優しいよ。本気で恫喝されてるじゃない。

種明かしするとね、私は若宮の御隠居様から言われて同行してるの。榎本さんが犬飼一族と接触する事を御隠居衆は警戒している。

少なくとも御隠居衆の何人かはね。本来なら風巻姉妹が同行する筈だったけど、力有る男を風巻だけが独り占めは駄目だって揉めたの。

だから五十嵐一族の次期当主の私が選ばれたのに……榎本さんって懐まで入らないと本当にドSなのね。

確かに亀宮様の婿様ですから異性の誘惑に靡かないのは当然なのですが、女としては辛いです」

 

 プクッと頬を膨らましながら種明かしをしてくれたが、それでも納得は出来ない。

 

「ふぅ、この件を亀宮さんは知ってるの?」

 

 フルフルと首を振った。

 

「亀宮様は知らないわ。今は北海道に行ってるから……」

 

 北海道?彼の地は霊的に大変危険な場所も多い。彼女が最後の言葉を濁したのが気になる。

 

「御隠居衆、五十嵐一族の次期当主まで出張ってくるなんて大袈裟だな。一緒に来るのは構わないが、指図は受けないよ。

それに向こうに着いたら霊的遺産相続にも立ち合わせない。君も霊能力者なら分かるだろ?不用意に自分の力を教えたくないのは」

 

 もう同行を拒否する事が無理なら、せめて霊的遺産の相続内容くらいは秘密にしたい。

 

「勿論です。榎本さんに信用して欲しいので私の秘密を教えます。私の霊能力は自動書記で近未来の出来事がランダムに分かるのです」

 

 自動書記?

 

 アレって過去の偉人とかが自分の作品を現世に伝えるんじゃなかったかな?

 有名な話はベートーヴェンだかビバルディだか音楽家が、自分の未発表作品を書かせたとかだっけ?

 未来が分かるなんて凄い能力じゃないか?ランダムで近未来なのはマイナスだが、有り余るメリットが有る。

 

「予知夢とかじゃなく自動書記ね。それで何か分かったのかい?」

 

 未来知識が有る相手に迂闊な態度は取れない。行動予測とかなら対象は有るが、どんなに足掻いても未来を予測されたらお手上げだ。

 

「はい、榎本さんには三つの試練が有ります。霊的遺産相続とは、犬飼一族が隠していた霊的存在を己の配下にする事。

一つは、イメージですが黒です。二つ目以降は分かりませんでした」

 

「試練?黒……闇か……いや畜生霊なら熊とかか?」

 

 試練は何となく予想していた。何も無ければ現当主の奴が全てを奪っていた筈だ。

 

「では私はこれで車両を移ります。これ、私の名刺です。私達は同行しませんが、終わりましたら連絡を下さい。仙台市内に待機しています」

 

 そう言って彼女は席を立った……

 

『ねぇ胡蝶さん。自動書記って嘘っぽくないかな?』

 

 この車両から出たのを確認して胡蝶に話し掛ける。

 

『そうだな、未来を知る過去の偉人などいない。それこそ預言者や神でもなければな。奴自身の霊力は強いから、可能性は無くはないぞ』

 

 神の代弁者って奴か……

 

 厄介だな、それが本当なら彼女は神の加護が有る筈だ。加護持ちはピンチの時に力を発動するタイプが多い。

 名刺に書かれた名前は五十嵐巴(いがらしともえ)か……厄介だな。

 


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