榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第211話

第211話

 

 JR仙台駅構内で五十嵐さん達と別れた。時刻はオヤツを食べたい頃だが、先ずはホテルにチェックインだ。

 宿泊先は何時もの東横inを予約してある。朝食付で一泊5800円はリーズナブル!

 

 今回は自費の為に節約しないと駄目だから。歩く事数分、目的地に到着。

 国道添いの白亜のホテルは近代的で機能的、出来れば大浴場が欲しいがユニットバスも比較的広いお気に入りのビジネスホテルなんだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ホテルにチェックインをして部屋で寛ぐ。先ずは手紙に書いてあった連絡先に電話をする。数回のコールで先方に繋がった。

 

『もしもし、榎本です』

 

『ああ、榎本さん。わざわざ遠くまで御足労願いまして、有り難う御座います。もう仙台市内ですか?』

 

 皺枯れた爺さんの声だが、丁寧な対応だ。聞き覚えは無いが、前に会った爺さん達の一人だろう。

 

『ええ、仙台市内のホテルにチェックインしました。明日、朝から伺いますが……』

 

『わざわざホテルに泊まらずとも、此方で部屋を用意しましたのに……では、明日お迎えに伺います。どちらのホテルに?』

 

 いや、敵地?に呑気に泊まる訳にはいかない。御隠居達の対応を考えるに、余り犬飼一族と馴れ合うのは駄目らしい。

 

『東横inですよ。場所は分かりますか?』

 

 ホテルの住所と電話番号を伝え、明日の朝9時に迎えに来て貰う約束をした。電話を切ってベッドに横になる……

 五十嵐さん、明日の試練のイメージは黒と言った。黒……闇?夜?黒色?黒犬、黒猫、熊みたいな動物霊か?

 そもそも霊的遺産相続に試練が有るなんて聞いてない。

 だが素直に相続出来るなら、あの現当主が全て貰っている筈だから素直に喜ぶべきか悩ましい。

 

「ふむ、久し振りの二人切りだな正明」

 

 今回は腹から上半身が生えるとかじゃなく、普通に全身を外に出した。寝転ぶ僕の脇に女の子座りをする。

 何時もの古代中国のお姫様みたいな衣装だ。

 

「ん?そうだな。最近は亀宮さん達と一緒が多かったよね。胡蝶さん、試練の黒ってなんだろう?」

 

 寝転んでいた体を捩り胡蝶の方を見ながら、考えていた疑問をぶつけてみる。折角テーマが分かっているのだから準備をしたい。

 だが黒だけじゃ分からない。予知も便利な訳じゃないな……

 

「ふむ、黒か……我の直感では闇だな」

 

 右手人差し指を頬に当てて、考える仕草が愛らしい。

 

「闇、暗闇か……だが闇が遺産なら闇を操るのか、操れるナニかを従えるのか?でも闇なんて、簡単にどうこう出来ないよね?」

 

 それこそ闇使いなど中学二年生が暴れ出すネタだ。

 

「確かにな。闇を操るとなれば、専用の結界を張るとかか?それ程強力な術ならば、古文書を手に入れても使いこなせるかが微妙だな」

 

「だよね……僕が覚えるなら微妙だな。胡蝶と一体化が進み霊力の総量は増えたけど、技術が増えた訳じゃない。

これが秘術を記した古文書とか言われても、覚えられるか使えるかは別問題だ……」

 

 残念だけど使えない確率の方が高い気がする。

 

「む、気を落とすな。我が覚えれば良いだけの話だ。さて、久し振りに邪魔も居ない事だし……その、アレだな。一発ヤルか?」

 

 最初の恥じらいと、最後の本音トークのギャップが激し過ぎますよ。でも最近は添い寝ばかりだし……

 胡蝶の肩を抱いてベッドに横にした時、携帯電話が鳴り響いた。

 

「電話?誰だ……佐和さんからだ」

 

 何と無く微妙な雰囲気を解消する為に通話ボタンを押す。

 

『はい、榎本です。何か有りましたか?』

 

 彼女が僕に連絡する時は、当然だが意味が有る。

 

『榎本さん、お疲れ様です。実はですね……

亀宮一族の御隠居衆に五十嵐家が有りまして、そこの次期当主が榎本さんの携帯電話の番号を教えて欲しいと。

五十嵐巴さんと言って幸薄い感じの苦労人なんだけど……』

 

『それで僕に断りの連絡かい?五十嵐巴さんだっけ、さっき会ったよ。確かに幸薄い感じだった、配下の質も悪そうだし。

つまり亀宮一族の御隠居衆は一族の膿を僕にぶつけて淘汰するつもりかな?』

 

 素直に疑問をぶつけてみる。風巻姉妹とは付き合いこそ短いが、それなりの絆は築いた筈だ。

 

『うん、私達も調べてるけど五十嵐家は近々代替りするの。次期当主の巴さんは自動書記って珍しい能力の持ち主で期待されてるのよ。

でも取り巻きの何人かが暴走しちゃって、彼女の婿に……出来れば彼女の力になって欲しいけど、無理なら言ってね』

 

 ああ、やはり御隠居の婆さんは僕を派閥争いに巻き込むつもりか……有力な連中と顔合わせをさせて、無能か害有る連中の始末をさせたがっている。

 その中に僕が有利になる情報や協力者を絡ませて。

 

『新しく契約した仕事用の携帯電話なら番号を教えて構わないよ。どうせ亀宮の仕事専用に用意した携帯電話だからね。

それで佐和さんから見て、五十嵐巴さんは信用出来るかい?』

 

『うーん、どうだろ?真面目で義理堅い性格だけど軽い男性恐怖症だよ。一寸前だけど、一族の有力な氏族の男達が夜這い紛いに迫って来たんだって。

次期当主に指名されたからね。だから可哀想な娘なのよ。特に楠木と土井は五十嵐家の重鎮だけど、良い噂は聞かないわね』

 

 楠木に土井ね……彼女に同行してた感じの悪い連中かな?

 

『了解、出来るだけ配慮するよ。電話番号を教えても、これから術具を作るのに集中するから二時間位は電話するなって伝えてね』

 

 そう言って電話を切った。

 

「術具とな?ふふふ、我との睦み事は術具作成か?」

 

 ニマニマと笑う胡蝶の頬を撫でる。

 

「良い所で邪魔されたら嫌だからさ」

 

「ふん、我の相手より他の女を抱いて孕ませろ。それが古の盟約なのだぞ……」

 

 そう言う胡蝶さんも嬉しそうだったのは気の所為じゃない筈だ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 久し振りにハッスルして微睡んでいたが、携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。

 五十嵐さんは約束通り二時間は電話を掛けて来なかった。胡蝶さんは全裸にシーツを巻き付けて眠っている。

 

『はい、榎本です』

 

『すみません、五十嵐です。良ければ夕食を御一緒しませんか?』

 

 あの取り巻き二人と共に夕食?いや彼女と二人切りで夕食も問題有り過ぎだろ?どう返事をするか……

 

『お誘いは有り難いけど、あの二人と一緒は嫌だ。でも君と二人切りだと逆に迷惑を掛けるだろう。

痛くもない腹を探られるのはお互いに不利益だよ』

 

『ああ!確かにそうですね、済みません考えが足りなくて。ではお誘いは辞退します。榎本さん、領収書を……』

 

『大の男が年下のお嬢さんに奢って貰うのは恥ずかしいんだよ。気持ちは受け取るから、そんなに気を使わなくて良いよ』

 

 彼女は彼女なりに僕に取り入ろうとしてるのかな?確かに苦労人でら有るな……

 

『済みません、本当に気付けなくて。あの、良ければホテルの部屋に差し入れを……』

 

『いや大丈夫だから、気を使わなくて良いから。明日から犬飼一族の所へ通うけど何日か掛かりそうだよ。

多分だけど一週間位か……無理に付き合わなくても大丈夫だからね』

 

 そう言って電話を切った。この手の世話焼きタイプは初めてだな。やりにくいなぁ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時間ピッタリに犬飼一族の爺さんが迎えに来た。車はパジェロだ。特に会話する訳もなく45分間のドライブを経て目的地へと到着した。

 丁重な扱いは好感を覚えるが、前回の件を考えれば微妙なんだよね。一際大きな屋敷に案内されて客間に通される。

 10畳の和室は新しい畳か敷かれ庭を一望出来る。良く手入れをされた庭には、何故か子犬が数匹戯れているけど……

 

「榎本さんが心配する様な事はしないですぞ。あの子等は普通に育てます」

 

「畜生霊として使役しないなら良いです」

 

 ヤバいな、顔に出ていたのかな?出されたお茶を一口飲んで気持ちを落ち着ける。

 向かいに座る爺さんは迎えに来てくれた爺さんとは別人だ。前回は八人位の爺さんが居た筈だが、顔に覚えは無い。

 

「さて、本題に入って良いですか?霊的遺産を相続出来ると聞きました。それには当然、条件が有る筈です。

教えて下さい、内容によっては相続を放棄します」

 

 法律や契約については、それなりに知識が有るから騙されないぞ。軽く睨めば、逆に微笑まれた。

 皺くちゃの爺さんだが、笑うと愛嬌が有るな。

 

「此方からの条件は何も有りませんよ。犬飼には八つの倉が有ります。倉には一つずつ霊的な遺産が有りますが、各々に条件が有るそうです。

試練と言い換えても良いですね。一ノ倉から順番に挑んで下さい。途中で止めても構いませんし連続で挑むのもよし。

早速初めますかな?」

 

 五十嵐さんの言葉を信じれば試練は三つじゃないのか?

 

「分かりました、初めましょう」

 

「では私は外します。お帰りの時に声をお掛け下さい」

 

 そう言って爺さんは母屋へと帰って行った。最初に挑んだのは一ノ倉だが、これは普通の土蔵だ。

 重たい観音開きの扉を開けると中に光が差し込むが、不思議と真っ暗だ。

 

 ひんやりとした空気が中から流れてくる……

 

「これが第一の試練の黒か……真っ暗だな、闇が当たりか?」

 

『用心しろよ、正明』

 

 一歩、また一歩と進むが何も反応が無い。外観から判断し倉の中程に来た筈だが何もない。

 試練は闇と思い持ってきたマグライトを点けて周りを確認する……真っ暗だ、いや天井も壁も黒い。

 

 倉の内側が真っ黒だと……マグライトの光が妙に揺れるぞ。

 

『違う、正明!囲まれたぞ、これは油虫(ゴキブリ)だ!』

 

「何だって?うわっ、本当にゴキブリだぞ。天井や壁が動いた?」

 

 何万匹と言うゴキブリが天井と床に折り重なる様に蠢いている。

 逃げようと振り返ったが、唯一の出口もゴキブリが天井からカーテンの様に垂れ下がり隠してしまった。

 

「油断した……まさか床以外にビッシリ張り付いているとはな。でも胡蝶さん、コイツ等を沈められる?」

 

 呼び掛けに応えて左手首からモノトーンの流動体が現れ僕の周りに水溜まりを作る。そこから上半身だけ現れる胡蝶さん。

 

「たかが不快生物の分際で我等に挑むとはな。だが……正明、これも試練だ。

この中に一際大きく霊力を帯びた奴が居る。霊視で探すのだ」

 

 霊力を帯びたゴキブリ?両目に霊力を流し込み周辺を注意深く観察する。

 床を這い近付く奴等は胡蝶さんが沈め天井から落ちてくる奴は霊波で弾く。

 五分程探すと壁の真ん中辺りに他のゴキブリ達に埋まる様に隠れていた奴を見付けた。

 微妙に動き回るので目で追わないと見失いそうだが、確かに他と違う霊波を感じる。

 

「胡蝶さん、奴だろ?」

 

 動く目標を指差しながら答える。

 

「ふむ、正解だ。だが、もう少し早く見付けるのだな。では捕まえろ」

 

「はい?どうやって?」

 

 簡単に捕まえろって言われても虫取り網とか用意してないぞ。

 

「手で捕まえろ。奴は霊力が有るだけに強固だろうから、握っても潰れはしまい。さぁヤレ!」

 

 胡蝶さんの言葉に嘘はなさそうだし本気っぽい。まさかゴキブリを手掴みとか笑えないが……

 

「男は度胸!潰れるんじゃないぞ」

 

 両手を前に突き出しながら逃げる奴に飛び掛かる!掌と足の裏からナニかが潰れる嫌な感触が……だが捕まえたぞ!

 

「でかしたぞ、正明!今、我等が主である事を刻み込んでやるわ!」

 

 両手でしっかりと捕まえた奴を良く観察する。デカい、ビーチサンダル位の大きさが有る漆黒のゴキブリだ。

 胡蝶さんのお陰で僕等を主と認めたのか、倉の中のゴキブリ達が一斉に居なくなった……

 

「最初の試練で手に入れた霊的遺産が巨大ゴキブリかよ。お前、何が出来るんだよ?」

 

 手乗りインコ宜しく掌に鎮座する奴に話し掛ける。大婆さん、絶対嫌いだから自分は試練を受けなかったな?

 


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