俺が戦の世界で得た光   作:ショウキン

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第三十八話「終わらぬ受難」

「はぁ、状況はあいかわらずのようだな」

 

 イクトゥーミーとの戦闘から一週間後の朝、俺は宿泊している宿屋の窓から外の様子をうかがっていた。

 

 何やら武装した市民たちがうろついているようだが、おそらく狙いは俺たちエイキュウカンパニーの人間だろう。

 

 三日前には、別の隊の医療スタッフが市民たち数人にリンチされて半殺しにされたというし、本当に物騒になっているといえる。

 

 当然、任務を放棄して逃げ出したいと思っている社員もいるだろうが、逃げたら逃げたで今度は街の外部の人間たちからひどく責められるに決まっている。

 

 まさに、あちらをたてればこちらがたたずというやつだ。

 

「ちっ、この宿の主人のように協力してくれる者もいるにはいるが、残念ながらごく僅か。はぁ、これからどうなるんだ」

 

 俺はすっかり脱力し、がっくりと倒れこんだ。

 

 市民たちの態度だけでなく、セラピア戦のダメージ、しつこく残るドーピングの反動。

 

 いろいろなものがのしかかってきたからだ。

 

 しばらくしてカホがやってくるも、立ち上がろうという気力すら起こらなかった。

 

「う、うう」

 

「ショウスケさん、こんなところで寝てたら風邪ひきますよ。起きてください」

 

「あ、ああ。ん? カホ、お前よく見ると肌荒れてんじゃねぇか。前は餅みたいにスベスベだったのにどうしたんだ?」

 

「はぁ、おそらく徹夜が続いているせいだと思います」

 

「徹夜って、え? じゃあ、他の隊と連絡をとったり、薬を調合したりするのもか?」

 

「ええ、ほぼ徹夜でやってました」

 

「この状況で徹夜って、メンタル強すぎだろ。よくやろうと思えるな」

 

「この状況だからこそです。だって、今回の任務を一刻も早く終わらせることが今できる最善の策なんですから」

 

 こんな発言を子供であるカホにされてしまうと、もう反論できない。

 

 たしかに早く任務を終わらせる以外に解決策はないわけだし、今は理不尽な状況にも耐えるしかないだろう。

 

 なんて思っていると、近くの窓ガラスが割れ、石やカラーボールのようなものが大量に投げ込まれた。

 

 どうやら、俺たちがここにいることが市民連中にばれたようだ。

 

 応戦するわけにも宿の人間たちを巻き込むわけにもいかないので、とにかく逃げる事しかできなかった。

 

「ったく、ふっきれそうになった途端にこれかよ。とりあえず、裏口から外に出よう。俺の手をはなすなよ」

 

「で、でも、ソウジさんたちは?」

 

「いくら何でも一般市民に捕まるなんてヘマはしねぇだろ。早く出ねぇと、ここが滅茶苦茶になっちまうぞ」

 

 俺はカホの手を引きながら宿を飛び出し、とにかく走り続けた。

 

 そのまま近くの森の中を進み、たどり着いた墓地でヒメと合流した。

 

「ヒメ、お前なんであっちからきたんだ。道に迷ってたのか?」

 

「何の話? あたしは、ソウジちゃんの姿が見えないから今までずっと探してたんだけど」

 

「え? ソウジが。ん? うぉぉぉ!」

 

 いきなり、大きな袋が俺たちの横に飛んできた。

 

 それと同時に長い黒髪の女ワルデットが奥の方から歩いてきた。

 

「はじめまして、私はモスリー。そいつはお返しするわ」

 

「モスリー? たしか、ファンリンファン島を襲った上級ワルデットだな。この袋は一体、う!」

 

 袋の中からは白目を向いた八木が出てきた。

 

 ひどい暴行を受けたらしく、顔だけでは誰だか判別できないくらいの傷を負っていた。

 

「ひ、ひどい。なんてこんな事するんですか!」

 

「お嬢ちゃん、私はワルデットなのよ。人間をボコるのに理由があるわけないでしょ。つーか、そいつの方から斬りかかってきたんだけどね」

 

「ねぇ、そこ通してよ。あたしたち、急いでるんだから」

 

「フフ、戦わなくていいのかしら? 私は芦川ソウジの今いる場所を知ってるんだけど」

 

「え? 何であんたが?」

 

「だって、夜中に彼を秘密裏に呼び出して捕えたのは私だから、今頃は第四支社のポスと一緒に拷問されているわ」

 

「ボスを? そうか、第四支社の隊を壊滅させた片割れはてめぇだったのか」

 

「そうよ。で、殺し損ねた芦川ソウジがあんたたちの隊にいるって聞いたから追ってきたってわけ。フフ、情報をくれたのは誰だと思う?」

 

 モスリーはそれ以上何も言わなかったが、もう聞くまでもない。

 

 おそらく、俺たちの情報を売ったのは、宿屋に止まっていた他の客たちだ。

 

 思い返せば、外の市民連中が攻め込んだ後にこうしてモスリーに出会ったのも単なる偶然ではないようだ。

 

 すべては仕組まれていたのだろう。

 

「あいつら、友好的なふりをして、俺たちをだましていたのか」

 

「アハハ、この街じゃあんたたちは私ら以上のヒールのようね。ここまでくると同情したくなるわ」

 

「うるせぇ! てめぇ」

 

「ショウスケちゃん、待って。あいつは手負いで倒せるような奴じゃないわ。あたしが戦うから、カホちゃんたちを守ってあげて」

 

「フフ、守り切れるかしら」

 

 モスリーは口から溶解液をドバッと放出した。

 

 ヒメはサッと跳び上がってかわし、冷気を飛ばしてすぐさま反撃した。

 

 それをくらったモスリーの右手は凍結しはじめるが、すぐに左手から放出した溶解液で溶かされてしまった。

 

「ものには相性ってもんがあんのよ。あんたの能力は強力だろうけど、溶解液を操る私の前では無力。勝ち目はないわ」

 

【挿絵表示】

 

「だったら」

 

 ヒメは大きく息を吸い込み、辺りを覆い尽くすほどの冷気を飛ばした。

 

 一瞬で全身を凍結させられたモスリーだったが、直後に全身から溶解液を放出して氷を溶かし、目の前にせまっていたヒメを迎えうった。

 

「さっきのお礼に私も大技を見せてあげるわ」

 

 ツメをリングに突き刺し、ドーピングしたモスリーは両手から大量の溶解液を放出した。

 

 それは渦巻くように大きくなっていき、やがて小さな波が生まれた。

 

 モスリーは背中から取り出したサーフボードのようなものを使ってその波に飛び乗り、素早さ重視の戦法でヒメを攻撃した。

 

 対するヒメは、冷気を自分の背中へと集中させた。

 

 集中した冷気は氷の翼を作り出し、ヒメは空中へと飛び上がった。

 

「へぇ、そんなこともできんのね」

 

「この氷の翼を維持しながら飛ぶのはかなりの体力がいるのよね。早くケリをつけないと」

 

「そう思うんだったら、さっさと死になさい!」

 

 波に押上げられたモスリーがヒメの背後をとらえた。

 

 ヒメは右手に氷のハンマー、左手に氷の盾を装備して応戦した。

 

「う、ぐ」

 

「フン、同じ事よ。しょせんは氷でできた武器でしょ」

 

 モスリーの溶解液が氷のハンマーに直撃する。

 

 それと同時に背後からも溶解液の波がヒメにせまる。

 

 しかし、ヒメはふり向く事もなく、モスリーに氷のハンマーをふりおろした。

 

「ぐっ」

 

 とっさに前に出したモスリーの両腕は大打撃を受けた。

 

 ヒメの氷のハンマーは上の部分が溶けているだけで、まだ十分に武器として使える状態だった。

 

 一方で、氷の盾は完全に溶けてなくなっていたが、後方からの溶解液の波を見事にガードしきっていた。

 

「フーッ」

 

 ヒメは手に冷気を集中させ、すぐに氷のハンマーと氷の盾を再生した。

 

 対するモスリーは両腕をかばいながら顔を下に向けてしまった直後、ヒメに頭上から氷でコーティングした足による強烈なカカト落としをおみまいされた。

 

「あぐ!」

 

「あたしのソウジちゃんに手を出した罰よ。まだまだ許さないんだから」

 

 ヒメは大量の冷気を自分の真上に集中させ、巨大な氷塊を作り出し、モスリーめがけて落とした。

 

「これで最後よ」

 

「うっ、くっ」

 

 自分の周囲の溶解液を真上に集中させ、迎え撃つモスリー。

 

 しかし、氷塊が巨大すぎるため、完全に溶かしきる事ができず、溶け残った氷塊の直撃を受けた。

 

 その後は右手で受け止めて支えるも、手からはひどい出血がみられる。

 

 それに耐えながら、手から溶解液を放出して少しずつ氷塊を溶かしていくが、上からヒメが新しい氷塊を作り重ねていった。

 

 当然、どんどん重くなり、耐えられなくなっていく。

 

 数秒後、氷塊はがくんと下がり、地面へと着地した。

 

「さてと、え? わっ!」

 

 何と、氷塊の下から溶解液が飛び出し、ヒメを攻撃してきた。

 

 最初は何が起きたのか分からなかったが、溶解液の中で不気味に動く目や口のようなものを見て、謎が解けた。

 

 何と、モスリーは自分の体そのものを溶解液に変えて動いていたのだ。

 

 こうなると、凍結しないのは当然で、しかも物理攻撃も効かないはず。

 

 つまり、相手の反撃を恐れることなく、ガンガン攻撃ができるのだ。

 

 そして、モスリー自身が変化しているためか、溶解液はさっきまでよりも速くて変則的な動きでヒメを攻撃した。

 

 氷でできた盾やハンマーをすばやく溶かし、再生するスキすら与えず、連続攻撃を繰り出す。

 

 ヒメはとにかく攻撃を避けまくった。

 

 しばらく一進一退の攻防が続いた後、モスリーは天井へ大量の溶解液を集めた。

 

 そして、一気にそれを破裂させ、溶解液の雨をふらせた。

 

 一発一発の威力は低いが、速くて数が多いので、回避も防御も困難だ。

 

 ヒメはとっさに体をまるめるが、それをモスリーが見逃すわけがなかった。

 

 そのスキをつくように背後からヒメの体に巻きつき、溶かしはじめた。

 

 溶解液の雨はこのための陽動に過ぎなかったのだろう。

 

「フフ、まんまと引っかかったわね。ん? ちっ、こいつ」

 

 モスリーが巻きついていたのは、氷のぬけがらだった。

 

 ヒメはこの戦闘中に薄くて固い氷のヨロイを自分の体にまとって戦っていたのだ。

 

 さっき、上から溶解液の雨を被弾した時点で、下部分を自ら溶かし、脱出していた。

 

「私に気づかれないように脱出するとは、そうとうなやり手ね」

 

「はぁはぁ、うっ」

 

 ヒメは息切れしながら、近くの木の後ろに身をひそめていた。

 

 いくら何でもこんなに大量の冷気を一度に使えば、消耗していて当然の話。

 

 それに加え、モスリーの攻撃から逃げる際に左足と背中に溶解液をくらってしまったようだ。

 

 ひどい箇所は骨が微妙に見えており、まともに動かす事はできないだろう。

 

 そして、背後からは元の姿に戻ったモスリーがせまっていた。

 

 溶解液化した影響なのか、髪は真っ白になっている上にかなりやつれている。

 

 しかし、それでも戦う力は十分に残されているようだ。

 

「はぁはぁ、この能力は使うたびに肉体を酷使して蝕んでいく。使いすぎれば醜い老婆のようになる事だってある」

 

「う、き、来た」

 

「あんたはホント文句なしに強かった。これだけの犠牲を払わなければ倒せないほどにね。だから、胸をはって逝くといいわ」

 

 モスリーは用意周到に溶解液を身にまとった。

 

 これでは、今のヒメがありったけの冷気で攻撃しても、凍結させる事は難しい。

 

 かと言って、足をやられたこの状態では、武器を使っての接近戦も無理だろう。

 

「まずいわね。ショウスケちゃん、カホちゃん、すぐにここから離れて! もう命は保証できないわ!」

 

「バカヤロウ、そんな事できるわけねぇだろ!」

 

「そうそう、逃げたって死ぬのが少し遅くなるだけよ。おとなしくそこで殺される準備をしてなさい」

 

 モスリーが向かってきた。

 

 ヒメは木から飛び出し、冷気を放ちながら迎え撃った。

 

 冷気はやがて氷のヨロイを作り出し、ヒメの体をまとっていく。

 

 これが今の彼女の精一杯の防御手段なのだろう。

 

「悪あがきを! せっかく、楽に死なせてやると言ってるのに。溶けるのに時間がかかって苦しみが増すだけよ」

 

 モスリーは溶解液を帯びた手で殴りかかる。

 

 片足を負傷しているヒメは、もはや動こうとはせず、左手でガッチリとそれを受け止めた。

 

 そして、そのまま右手でモスリーの背中をつかみ、体にしがみついた。

 

 みるみる氷のヨロイが溶かされていくにもかかわらず、しっかりと密着している。

 

「う、うううう」

 

「こ、こいつ、一体何を、あがっ」

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 ヒメはモスリーの口に冷気をまとった右手を入れ、奥までぐぐっと突っ込んだ。

 

 モスリーはうずくまり、身にまとっていた溶解液もすべて流れ落ちた。

 

「そ、ん......な」

 

「はぁ、はぁ。体内の臓器をすべて凍らせたわ。もう、終わりよ」

 

 ヒメは頑丈な氷のヨロイを着ていたとはいえ、直接モスリーの手をつかんだ左手と強引に口の中に突っ込んだ右腕、さらにはしがみついた直後におもいっきり殴られた右頬を負傷していた。

 

 完全に溶かされてはいなかったが、溶けかかっている箇所もあり、ジュワジュワと音をたてている。

 

「あっ、うっ」

 

「フフフ、改造されていた事に感謝するのね。普通の皮膚だったら、ドロドロに溶けていたわよ」

 

「うっ」

 

「わ、私をこんなにした代償は重い。ひひひ」

 

「う、うそ。心臓とかも全部凍らせたのに」

 

「ひひひ、う、うわぁぁぁぁぁ!」

 

 モスリーはふらつく足でヒメにせまる。

 

 だが、手をかざした直後についに限界を迎え、倒れた。

 

 そして、最後に一枚の紙きれを差し出し、鉄くずと土の塊と化した。

 

 対するヒメの方もすでに立っていられる状態ではなかったらしく、胸を押さえてうずくまった。

 

「はぁ、う、う、胸が苦しい。破裂しそう」

 

「カホ、すぐにヒメの治療をたのむ」

 

「あ、はい。あ、でも、八木さんがまだ」

 

「ぐ、どうすりゃいいんだよ。敵にいつ襲われるか分からないってのに。ちくしょうが」

 

 ソウジがさらわれ、八木とヒメは重傷を負い、俺も決して万全の状態とはいえない。

 

 にもかかわらず、わざわざ追い打ちをかけるように市民連中がさっき以上の人数で追いかけてきた。

 

 俺はカホを背中に背負い、ヒメと八木を両手に持った状態で短剣ムーブを口にくわえ、あてのない逃走を開始した。

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