弥栄の力がマギウスのアリナが使用した力と同じだと言う事は分かる。
「うぅ!」
あの手は、何処までも私を追いかけてくる。私だけを…
あの3人には目もくれず、ひたすらに私だけに手を伸ばしてきている。
言えば執念…私に復讐するという執念だけで私を追い続けてくる。
「…逃げ回りやがって…何処までもちょこまかと……
なんで逃げてばかりなの!? 戦えよ…戦えよ!」
「……」
「答えないって言うの? また無言のままで私の前に立つの!?
そしてまた無言のままで私から離れようって言うの!? 答えろ!」
また……あぁ、そうか。あの時か…病院で最後にすれ違った…あの時。
「何でさ…何で涙を私達の前で隠した…」
「……泣き顔を見られたくなかったからだ、そんな情けない姿を見せたくなかった」
「じゃあ何? お姉ちゃんが必死にしてたことは意味なかったっての!?
あんたが自分らしく居られるように、必死に頑張ってたお姉ちゃんの努力は!?
全部無駄だったっての!? ふざけるな……ふざけるなぁ!」
彼女が操っていた手が更に肥大化したと思ったら弾け
小さな手が無数に飛び出してきた。
「っ!」
流石にその無数の手を避けきるのは不可能だった。
私は後方に下がり、回避をしつつその手を短刀で振り払いながら逃げ回る。
しかし、私がどれだけ手を打ち落とそうとも何処からか新しい手が生えてくる。
そう、この手は私を殺すまでいくらでも蘇る。
弥栄を…弥栄の意識を奪わない限り、永遠に私に襲いかかるだろう。
この無数の手をかいくぐり弥栄に接近することは…………不可能だ…。
「あんたは人の期待に応えてばかり! それしか取り柄の無いピエロ!
それなのにあんたはお姉ちゃんの期待に応えようともしなかった!」
ピエロ…七美にもたまに言われていた…人の期待に応えようとしかしない。
そんなのただのピエロだよ、梨里奈ちゃんは所詮ピエロだよって。
でも、その言葉には何故か優しさがあった…何でそんな風に感じたのか。
私の事をピエロと呼ぶ度、七美は辛そうな表情だったからだ。
分からないと思っていたんだろうか…本当は私に気を遣ってくれている事に。
私よりも傷付いているのに…あいつは何かを隠すのが下手だった。
「なんで!? 何で本当に自分の事を大事にしてくれている!
自分の事を分かってくれてるはずのお姉ちゃんの期待には応えなかったの!?
何で答えてあげようとしなかった!?」
…変ろうとした、何度も変ろうとした。
でも私は変われなかった…恐かったんだ…
私に期待してくれている人達の期待を裏切ることが。
裏切ったらどうなるか…それも分からなかった、だから恐かった。
慰めてくれるのか? もう一度チャンスをくれるのか?
それとも怒るのか…幻滅されてしまうのか…期待されなくなるのか…
存在を否定されるのか…陰口を言われるのか…
ショックを与えてしまうのか? 抱き続けた幻想を砕かれ
相手に何かを思ったり、期待したりすることが出来なくなるのか?
いつもそんな不安に潰されそうになって、最終的に行き着くのは
皆が私に抱いてくれている幻想を潰さないために答え続けなくては…だった。
それなのに私は七美の期待に応えることが出来なかった。
最初も…最後も…そしてその後も…私が七美の期待に応えることは結局無かった。
「お姉ちゃんの事が大事じゃ無かったの!?
あんたの事を何も考えてない、ただ期待することしかしない!
ただあんたの実績やあんたが残した結果にしか興味が無い連中!
そんな何もしてくれない馬鹿な連中の方が大事だったの!?」
私は何も答えられなかった…私の事をずっと大事に思ってくれていた親友。
その親友の願いに応えられる事が出来なかった私…
七美はずっと、私が変ってくれることを願っていたのに…
私は変われなかった。結局今までと何一つ変らない…
臆病で、人の期待に応えることしか出来ない、
自分の意思さえ持とうとしない。
ただ与えられた演目をこなすだけの道化師のままだった。
そして何より…最も自分を本当の意味で応援してくれていた
必死に手を貸してくれた…一緒に頑張ろうとしてくれた…
そんな大事な人の期待には答えられない…最悪な奴だ。
「そうだよ、きっとそうだ! そうに違いないんだ!
だから私はお前が憎い! 憎いんだよ!
私が1番憧れてて、大好きだったお姉ちゃんを裏切ったお前が憎い!
きっとお姉ちゃんは辛い思いをしたままなんだ!
お前が居るから! お前がこの世界に居るから!
だから私はお前を殺さないといけない! だから死ね!
どうせ大事でも無い奴の期待に応えることしか出来ないピエロなんだろ!?
だったら私の期待に応えて死ね! 私に殺されろ!
そこでピエロみたいに笑いながら死ねよ! 裏切り者!」
……そうかも知れない、私は大事でも無い奴の期待に応えることしか出来ない。
大事な人の期待には応えられない…そんなろくでなし。
「……その通りだ…私は大事じゃ無い奴の期待にしか応えられないだろう。だから」
「―!」
私は全方位から迫ってくる黒い手を前に立ち止まる。
そして、その全ての手を斬り裂き、私はその場に立ち続けた。
「だから、お前の期待にも応えることは出来ないだろう…弥栄」
「はぁ!?」
「私にとって…お前も大事な奴だからだ。
七美が可愛がってたお前らの事を大事でも無いと思うわけがない」
「……は、はは、あはは! あはははは! …ふざけるな!
ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁ!
私はお前の事なんて大事なんて思って無いんだよ!
だから死ねよ! 私に殺されろよ! 私に握り潰されろ!」
彼女が再び巨大な手を召喚した…こんなのに叩き潰されれば間違いなく死ぬだろう。
「それは出来ない…分かるんだ、お前に殺されたりしたら」
だが、その巨大さ故に避けやすい攻撃でもあった。
私は彼女が呼び出した手の、指と指の間をすり抜ける。
「う!」
「七美が悲しむだろう? 大事な妹の手が汚れてしまったって」
「あ…」
そのまま彼女に接近し、彼女を強く地面に叩き付けた。
その一撃で弥栄は意識を失い、呼び出していた巨大な手が消滅する。
「……ごめん、弥栄…許さないでも良いから、今は眠っててくれ。
…私は少しでも七美の期待に答えたいんだ…
今まで答えられなかったけど、最後の願い位は…答えてやりたい。
私は幸せに生きる…その為にも、ここでは死ねないんだ」
弥栄の目に大粒の涙が見えたような気がした。
だが、私はそんな弥栄を放置していろは達の元へ向う。
……弥栄、また会うことがあっても…私は決してお前に殺されたりはしない。
私と同じ様に、姉の思いを裏切って欲しくは無いから。