ソードアート・オンライン 仮想の城の反逆者   作:奇述師

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西歴2022年11月1日。1000人のユーザーによるベータテストを経て、世界初のVRMMORPG「ソードアート・オンライン」(SAO)の正式サービスが開始され、約10000人のユーザーは完全なる仮想空間を謳歌していた。

しかし、ゲームマスターにしてSAO開発者である天才量子物理学者の茅場晶彦がプレイヤーたちの前に現れ、SAOからの自発的ログアウトは不可能であること、SAOの舞台「浮遊城アインクラッド」の最上部第100層のボスを倒してゲームをクリアすることだけがこの世界から脱出する唯一の方法であること。

そしてこの世界で死亡した場合は、現実世界のプレイヤー自身が本当に死亡するということを宣言した。彼らは仮想空間の住人となり、時間と肉体、そして本当の名前を奪われた。「浮遊城アインクラッド」……その名前が、かつては日本という国で生きていた人々が囚われた仮初の世界の名前だった。





プロローグ
スバル・イン・アインクラッド


 1

 

『まさか……あの後ログインするプレイヤーがいるとはね……。私の世界へようこそ』

 

 私の世界、意味深な含みを持った意味不明な単語に、どういう訳か身の毛もよだつような悪寒が全身を駆け巡る。先ほどまであった眠気は嘘のように吹き飛んでいて、思考のギアは一気にフルスロットルに引き上げられていた。

 

『最初に言っておく。君が今から行く世界はもはや単なるゲームではない、君にとっての、唯一の現実だ』

 

 フードの下で存在しないはずの口が大きく歪み嗤っていた、金属のように冷たい温度で圧せられた言葉が、福音の如く響き渡った。

 

 2

 

 俺はしがない大学生・有馬 統(ありま すばる)。幼馴染で同級生の女の子なんている筈もなく、当然友達と言っていいほどの存在も数少ない。

 

 そんな余談はさておいて、世界初のVRMMOにログインするとフードを被ったお化けのような存在に『まさか……あの後ログインするプレイヤーがいるとはね……。私の世界へようこそ。最初に言っておく。君が今から行く世界はもはや単なるゲームではない、君にとっての、唯一の現実だ』と嘲笑されながら脅迫された。

 

 中世をモチーフにした異世界間ゴリ押しの広場には未だ現実を見れていない人々が阿鼻叫喚している中、よくできたチュートリアルだなぁ……と現実を受け入れられずに空を見上げていたのはよく覚えている。

 

 そこらかしこでいい年したおっさん達がまるで少女のような恰好をしたまま項垂れているところを見ると地獄絵図としか言いようがない。

 

 ただ、ヒステリックに泣きわめいている少女や、この世の終わりに遭遇したような年下の子達を見るとどうやらあのローブが言っていたことは本当らしい。これが全部NPCだというのなら俺はもう人間を信じることは無いだろう。

 

 それほどまでに情緒豊かに泣き叫び、絶望しているところを目の当たりにすると俺は、俺たちは受け入れなければいけない。

 

 この仮初の世界が、俺たちの現実だという事を。

 

取引開始(トレード・オン)

 

 動揺しきった精神に冷や水をかけて落ち着かせる、取引開始、それはまるで呪文のように俺の思考回路を変革させる。

 

 脳裏に浮かぶのは刻一刻と動きを続ける、場合によっては命を奪う数値が示す落ち着きのない線。

 

 大事なのは負けない事、絶対的な法則のもとに自分を律する、そこに邪な感情は入る筈もなく、客観的に、冷静に、機械的に物事を判断そして行動するための引き金としてその言葉は作用していた。

 

 合理的判断に基づき状況理解と脳を整理、淡い希望を抱いてひと眠りにつく。

 

 とりあえず宿で一泊し、爽快に目を覚ますと……案の定何も変わっていなかった。

 

 再び、呪文を口の中で転がす。何度も何度も。

 

 いつもなら一回で入るスイッチが入らない、回路が停滞しているのかスイッチが機能として働いていないのか今の状態では一切判別がつかない。

 

 始まりの町の始まりの地、おそらく100階層あるこの仮想の城の中で最も広い広場に俺は再び足を運んだ。

 

 最下層から見える眼下に広がる果てしない夕暮れのような空は昨日と変わらずそこに存在している。

 

 寂し気な景色を前に、もう一度呪文を唱えた。

 

 もう一度、もう一度、もう一度………………。

 

 走馬灯のように頭を過る思い出は圧縮すればたった1年にも満たないほど空虚なもの、二十歳を目前にした人生にもかかわらず結局のところ俺の人生は何も残っていなかった。

 

 その景色を眺め、呪文を言い聞かせ、規則性に縛られた雲の動きを見続けると、このくそったれた世界の仕様で勝手にあふれ出した涙はもう枯れた。

 

 偽りの名前、語ることのできない経歴、偽りの体に偽りの感覚。

 

 現実世界も碌なことは無かったけれど、それ以上に嘘ばかりのこの世界を、俺は受け入れる事は出来なかった。

 何れにしろ、現実世界での体が生きるためだけに管に繋がれ栄養を無理やり摂取させられて、この世界で機能できるだけの装置でしかないのなら、そう長くこの世界は保たれないだろう。

 

 問題はその金がどこで出てくるか、このゲームの開発者はたんまりとお金を持っていたはずだが……それがいつまでつくのか。

 

 βテストの時は1ヶ月で10階層まで進んだが、難易度の変化、つまりゲームオーバー=死となった今では攻略ペースが大体5倍は遅くなると仮定すれば。100層をクリアするまで単純計算すれば50ヶ月、つまり4年と少し。

 

 何れにしろ、急がなければこの世界でこのまま終わる。偽りで塗り固められた世界で朽ちていくなど本能が許さない。

 

 合理的に判断を下すのなら、このままこの街に滞在し誰かがこのゲームをクリアするまで待つのが元もリスクの低い方法に違いはないだろう。

 

 しかし、それは無理だ。初めて自分を律する呪文が機能しない理由はきっとそこに在る。

 

 誰かがやってくれるなんて何の情報もないまま下せるわけがないし、リスクを冒さなければリターンは決して得られない。

 

 誰かが自分の代わりにやってくれる? 待っていればいつかはチャンスが来る? 

 

 そんな甘ったれた考えがよぎった自分に腹が立つ、自分で動かない限りそんないつかは絶対に来ない。

 

取引(トレード)開始(オン)

 

 ようやく胸の中にストンと落ちた、今度の取引は金銭的、数字的なものではない。

 

 文字通り命を懸けてリスクを冒す。

 

 名前も、今までの経歴も、偽りだらけの世界。仮想現実という檻に囚われたまま変わることがない世界でただ時間が経つことだけを待つのを生きているとは言わない。それはただの経験だ。

 

 心に刻みつけるように始まりの街をぐるりと巡る。希望はなく絶望の雰囲気だけがそこらかしこに漂っていた、果たしてこの街から飛び出してこの世界を出ようとするのは10000程いてどのくらいの数になるのだろうか? 

 

 もしかしたらいないのではないかと過ってしまう位、絶望を身にまとう人が多くて反吐が出る。何もしていないのに、明確にこの世界から出る方法が提示されているのに、何もしないで諦めるなど馬鹿馬鹿しい。

 

 偽りしかないこの現実でただ生きているのは緩やかな死と同じだ。

 

 この先、生きるにしろ死ぬにしろ最善を尽くさなければ何も得られない、幕末さながら剣のみで戦うこの世界、持ちうる武器は己の技術と一振りの剣のみ。

 

 今はまだ心許ないがそれでも力は与えられている、このままこの街のプレイヤーと同じくただ腐っていくだけならば、必死に抗ってこの世界から出ようとみっともなくもがくことに決めた。

 

 

 

 だから…………!

 

 

 

 

 

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