「待て待て待て!落ち着け、つっちー!」
「須藤、何しに来た?」
タングリスニのジオが決まる前にニット帽でどこかチャラチャラしている同級生、須藤が間を仲裁した。特に本郷を護るつもりはないようだが、タングリスニを見てどこか慌てている。土屋も話半分ではあるが、須藤の噂は聞いていた。レイラ・ラインハルトとよくいることの多い生徒で最近気づいたことだが、トールやタングリスニにタングリョーストと言った者と同じペルソナに目覚めたことを。トールによれば、その名はエンキドゥと言って世界最古の王とされるギルガメッシュの永遠のライバルにして友人だったとされる神が作った泥人形にして兵器らしい。聖書によれば、人間もまた泥から生まれたとあるものだったり他にも人間が泥から神が作り出した神話があることからエンキドゥはある意味で人間かもしれないな、と土屋は思った。しかし、それは普段のこと。須藤は関わりがないときこそどうでもいいと思ったが邪魔をするならば話は別だ。現に土屋と須藤で話している間に本郷は逃げ出した。
「パンピーにペルソナ向けることないだろ。てかお前のそれ、ペルソナだろ?」
「ああ、それがどうした?ペルソナと言う単語を知っているとなると、お前も持っているようだな?」
「ああ、そうだけど。それより!なんでペルソナのスキルをパンピーに放つつもりなんだ!?殺す気かよ!?」
ラインハルトが相手のステータスを見ることができるアナライズを使えるようになってからは須藤はたまに土屋を食堂で見るときにラインハルトに土屋を見てもらっていたので土屋のペルソナのスキルについては把握している。ただし、タングリスニとタングリョーストしか見えず、土屋本来のペルソナであるトールまでは見えていなかったのが土屋にとっては幸いだ。変わり者のいわゆる中二病であるラインハルトとは関わったことはなかったが、自分の邪魔をするならば致し方ない。
「……ペルソナカード、ドロー」
「ちょ、やめろよ!?此処は学校だぞ!?」
「だったら、展開すればいい」
「は?」
すると、土屋が指を鳴らすと狂気的な世界が土屋を中心に展開されてゆく。桐谷さとみの副次能力のようにインスタントで異世界を作り上げることが出来るものを土屋も持っているようだ。タングリスニとタングリョーストという二体のペルソナ以外に自分の力でバトルフィールドを展開できるのは武闘家でもある須藤としては自分が優位に立てる場所を作り出せるのは大きな利点だと思っている。それにしたって世間一般的には不良とされる須藤だってペルソナを誰かにけしかけようとは思わない。明確な敵意でもなければペルソナをけしかけるのは悪だ、と思っているからだ。武道を嗜むからこそ、どこかそういう精神が鍛錬のうちに身についていたのかもしれない。
「出せよ、須藤のペルソナ」
「んだよ、名前バレしてんのか。まぁ、せっかくの舞台なんだし言葉に甘えるとしようか。エンキドゥ!」
刑死者のカードを出現させると、弾けて獣人が現れた。エンキドゥである。そして土屋のまわりに蒼い燐光を放ちはじめると、一気に収束して荒々しい赤毛の大男が現れる。雷を纏う大男――トールの武器であるミョルニルを担ぎ、顕現しただけで校舎の建物が破壊されることから強力なペルソナのようだ。あれから須藤はペルソナについて調べてみたが、ペルソナとは仮面であるらしい。自分が成長するたびに対応してペルソナもまた新しいスキルを覚えていくという。つまり、強い心を持つ能力者であればペルソナもまた強いということ。
「トール、『ミョルニル』」
『応!』
「ガードしろ、エンキドゥ!」
異世界でレベルアップをラインハルトと試みていたのでそれなりの実力は積んできたつもりだったが、武道を嗜む者として北欧の戦の神であるトールと戦えるのは嬉しい。ミョルニルを大きく振りかぶり、投擲するトール。即座にエンキドゥにガードをするように命じると、ミョルニルが勢いを増して巨大化して回転しながらエンキドゥを襲う。天井と床を削り、クレーターを縦に作りながらエンキドゥを襲うと須藤の集中力をエンキドゥのガードに全て回さなければならないので非常に厄介だ。確かにガードを崩さねば最大級のスキルであろうミョルニルを決めることはできない。
エンキドゥの弱点相性をラインハルトに見てもらったところによると、エンキドゥは物理反射で疾風に対して耐性があって頑丈だとのこと。つまり非常にタフでその物量を活かした闘いができるはずだがエンキドゥが物理攻撃に対するカウンターを放たないこととトールのミョルニルが電撃属性を纏っているのもあってか、エンキドゥが反応しないのだろうか。男子トイレは狭いのもあって入り口の扉のある狭い箇所も扉の周りのタイル張りの扉もミョルニルの攻撃の風圧を受けて破壊されている。ただプレッシャーを受けただけだというのにこの威力だ、ガードを受けなかったら須藤の身体は粉々に砕け散っていた。
「とんでもないパワーだな、そのペルソナ……!」
「ワクワクするとでも言うのか?トールのミョルニルを受けてもなお」
「ああ。武を嗜む者としてはこれほどに嬉しいことはないな。強敵と戦って死ぬのは嫌だけど、戦うのは好きだ」
須藤の言葉に土屋の傍に控えるトールの口端が吊りあがったように見えた。戦の神であるトールとしても、ペルソナのままでも自分に似た思考と感性を持つ須藤に対してよい印象を抱いたようだ。自分の最大級のスキルを受けてもなお耐え凌ぎ、それから放たれるエンキドゥの力を溜めた上でのスピンキック。足に回転をかけた風を纏った上での疾風攻撃が物理攻撃に加わった、中級スキル。ミョルニルのそれに比べれば、威力は落ちるであろうスキルだが武術の心得でも備えているのかなかなか良い威力だ。
「パワーで押し切れないならば、数を増やして別の技を見せてやろう」
『だがミョルニルはもう使えんぞ?』
わかっている、とトールに土屋が返すとタングリスニとタングリョースト、それにトールが乗るであろう馬車が現れた。タングリスニとタングリョーストは山羊であるので山羊車であるが、そこに土屋本人も乗ることで指示をするつもりらしい。トール自身の意思があるようなので制御に集中力への負担が軽減される上、それにミョルニルという必殺の一撃まで兼ね備えているトールは今は行方不明になっている平坂真尋のネルガルの火炎のように強力だ。
エンキドゥは原点通りならば、獣人である。その為、飛行戦に持ち込まれれば非常に厄介だ。戦闘を好む性格とペルソナ使いである須藤の性質から副次能力もまた身体能力の強化と言う実にシンプルなもの。壁に空いた風穴から山羊車に乗って飛び出し、エンキドゥが受け止めたミョルニルをトールとの間にある不思議なつながりによって引き寄せると、トールが雄雄しく咆哮を上げている。この異世界がどんなものかは知らないが、ペルソナ使いでなかった生徒会長・仁藤統との闘いの最中に見た平坂の動きのように身体が軽くなっている錯覚に陥る。副次能力による影響で運動神経が上がった、と見るのが普通の見解だろうが単純に物事は考えられない。瓦礫を飛び道具として利用することに決めた須藤はエンキドゥにチャージさせ、力を込めた後に瓦礫を思いきりトールが引いてタングリスニとタングリョーストの引く山羊車へと狙う。
トールの手綱の握り方によって瓦礫は回避され、トールの傍に立つ土屋が笑ったのが見えた。
「このミラージュワールドを良く知らずにいるから僕に届かないのだ」
どうも、この異世界はミラージュ・ワールドというようだ、と須藤は知った。