慎太郎の扱いは誰並みに悪いんでしょうかね。
喫茶店で勘定を済ませた後、真尋、慎太郎、レイラの三人は相川と合流した。喫茶店から出て角をすぐ曲がったところにワゴン車が止まっていた。それが相川の車と分かれば、レイラがブンブンと手を振ると運転席の窓が開いて相川が顔を見せた。
「合流、出来たようね。須藤くんとレイラちゃん、ちゃんと時間間に合った?」
最初に慎太郎、続いてレイラ、最後に真尋を確認すると運転席の扉が開いて相川が降りてきた。相川の服装は「学生!」といった印象を持たせる慎太郎、「厨二病少女」のレイラは黒と白のフリルが付いたゴスロリ。脱色した慎太郎の髪とレイラのシルバーブロンドがより目立たせる二人と地は緑で赤のラインが入っている、半袖のシャツとデニムの真尋が二人の間に入ると、目立つことこの上ない。
二人の言う、「相川さん」とやらは世間一般的に見て普通の服装だろうか、と相川の服装を創造してみると。
「いやあ、間に合いませんでした。具体的にリィちゃんのせいで」
「バ、馬鹿!同胞が我が
「は?それで遅れたの?馬鹿じゃないの?いや、馬鹿でしょ?」
相川才華の服装はライダースーツだった。それも身体のラインを強調するぴちぴちなサイズの。女性としては背が高いほうらしく、背中まであるこげ茶色の髪は風が吹くたびに揺られ、完全に閉じられていないジッパーから彼女の胸が作りだす谷間が見える。レイラより高い身長も相まって大人の女性の魅力が彼女の回りを漂う。
そんな彼女が慎太郎とレイラを叱りつける様子はまるで、三人が兄弟のように見える。
「ごめんね、真尋くん。私は相川才華と言います。九鳴高校寮の寮母してます。親戚の人から聞いてるよ、今日からウチの寮に住むんだよね?」
「はい。はじめまして、平坂真尋です。今日からお世話になります」
相川は胸ポケットから写真を取り出し、開けっ放しになっている運転席からクリアファイルに入った資料を確認する。そのクリアファイルは九鳴高校寮に住まう学生たちの個人情報が詰まっている。その一つ一つを確認しながら、ずいっと相川は真尋に詰め寄った。ライダースーツ着てバイクに乗ってくるなら、まだ理解は出来るが、まさか車に乗ってくるとは予想外だったので真尋は一瞬のけ反りかけた。しかし、八十稲羽でのコワモテな雇い主に面接され、そこで雑用として使われた経験があるからか、真尋は後方に下がらず立ち止まって相川の出方を窺った。
「うん、いい返事。礼儀正しくて何より。ただ、もう少し元気があるとよかったかな?須藤くんと大違いね、レイラちゃんから聞いてないかな?須藤くん、開口一番に付き合ってください、って言ったんだよ?」
「あ、言い忘れてた」
「いや、リィちゃん、それは言い忘れていいことだから!相川さん、何いってんすか!?」
自らの腰に資料を持った手を回し、真尋に近づいて相川は困ったように笑った。レイラは貴族の高慢な令嬢のような口調が抜け、思い出したように手のひらをパーにした状態でぽん、と拳を載せた。過去の失態を蒸し返され、食って掛かる慎太郎の顔はトマトのように真っ赤だった。怒りが感じられず、慎太郎は相川によくからかわれているようで恥ずかしがっている様子は見られても、まんざらでもなさそうだ。相川、レイラ、慎太郎の中では慎太郎は所謂「いじられキャラ」らしい。
「とまあ、おふざけは置いといて。光陰矢のごとし、時間が経つのは早いからね、トランクに真尋くんの荷物載せて頂戴」
相川が運転席に近づき、窓から手を通してボタンを押すとトランクがガシャッ!と開閉する独特の音がした。
「わかりました」
「マヒロ、私も手伝うよ」
「おうおう、この俺をほっとくたぁ寂しいじゃないの!」
「じゃ、私は先に車に乗ってるから、トランクに入れ終えたら、すぐに車に乗って」
和気藹々としている三人を微笑ましく思い、弟や妹を見守る姉の表情を見せた相川は三人がトランクを開け、真尋のボストンバッグをレイラが扉を支え、慎太郎と真尋の二人がかりでボストンバッグを入れた。最初は真尋は一人でできるよ、と言うと慎太郎の押しの強さに押し切られ、結局、二人で入れることにした。扉をレイラが支えるのは、どうやらワゴン車、中古車のようでちょっとした衝撃でトランクが閉じてしまうようだ。きっと、トランクのネジが緩んでいるんだろうが、相川は知っているんだろうか。
ボストンバッグを収納し、真尋とレイラと慎太郎は車に乗り込んだ。トランクも含めれば六人は乗れそうだが、相川が助手席に真尋を座らせたがったので、レイラは相川に抗議する慎太郎を後部座席に乗せ、一行を乗せたワゴン車は走り出した。
「へー、染物屋さんでバイトしてたんだねえ。真尋くん、意外と家庭的?」
「そんなことないですよ。偶然、雇ってもらったのが染物屋さんだっただけですし。それに、雑用しかしてませんから」
「ふうん、染物屋さんの雑用って想像つかないな。具体的には?」
運転席と助手席の二人は完全に二人の世界に入り込んでいる、と慎太郎は立ち入れなかった。どこにしまっていたかは知らないが、レイラはレイラでゴスロリドレスによくあったキラキラなラメ付きバッグを持ってきてて、その中に入れてきたゴスロリドレスにもキラキラバッグにも合わない、真っ黒な日記帳のようなものに何かを書き込んでいる。しまった、と慎太郎は感じた。ムードメーカーとして場を仕切ることが多い慎太郎、さっきは相川に先を越されてしまったが、常に明るい話題を提供するのはムードメーカーを自負する慎太郎の常、負けられなかった。
「そうですね、隣町までぬいぐるみの材料を買いだしに行くとか。染物屋さんなんですけど、編みぐるみって言うんでしたっけ?それも取り扱ってるんです」
「へえ、編みぐるみか。昔やったことあるなぁ、クマなのかタヌキなのか分からない代物が出来たけど」
(あみぐるみ、だと…!?馬鹿な、相川さんがあみぐるみだなんて有り得ない!この人、料理とか旨いのに編み物は苦手、って言ってなかったか!?)
慎太郎は耳を疑った。相川が明らかに嘘をついている、と。相川才華は九鳴高校寮で寮母を務めているが、料理が旨く、掃除はそこそこで編み物は壊滅的だと慎太郎は知っている。転入生の平坂真尋は確かにカッコいい、と同性の自分でも思うが、話をあわせるためにそこまで嘘をつくのか、と慎太郎は思った。いや、相川才華のことだ。先日に恋人にでも振られたのだろう、その日は
レイラが相川を介抱し、相川の部屋である「管理人室」へと連れて行ったが、翌日に俺じゃダメですか!?のプロポーズに相川はきっぱり断った。
やはり、大人しそうな平坂真尋のようなのが年上には受けるのか、と慎太郎は悩む。
「はい、着いたわ。ここが九鳴高校寮、改めて宜しくね。平坂真尋くん?」
「はい、二年間、お世話になります。よろしく、ラインハルト、須藤、相川さん」
そうこうしているうちに九鳴高校寮についてしまった。
相変わらずレイラは何かをしきりに日記帳に書き殴っているし、相川は猛獣のように目をギラギラさせて(少なくとも慎太郎にはそう見えた)ハンドルに手をかけたまま、真尋を見た後に後部座席に声をかけた。
どうでもいいことを思い出したばっかりに、転入生に一歩リードされちまったな、と慎太郎は自分のミスを嘆いて大いに反省した。
九鳴高校寮の駐車場に着くと相川は夕食の用意をするため、ワゴン車を駐車後に先に相川が降りた。続いて三人が残されると、先ほどと同じようにレイラが扉を支え、トランクから真尋と慎太郎の二人で真尋のボストンバッグを取り出した。駐車場にはワゴン車と三人が残された。
「いやあ、羨ましいぜ、全くよー。コツあんなら教えてほしいくらいだぜ!」
「何が羨ましいんだよ、須藤」
「そうだぞ、同胞・茶髪ピアスよ。才華に相手にもされなかったくせに」
僅かな静寂が三人を包むが、刹那だけでも静寂であるのが気に入らなかったようで慎太郎は真尋と肩を組んだ。一人、騒がしい様子の慎太郎を煩わしそうにジト目で見るレイラと依然表情が変わらない真尋の視線を受け、慎太郎は焦り始める。
「おいおい、お前ら冷たいなー。考えてもみろよ、あのボンッキュッボンなゴイスーボディに当てられて羨ましくない男がいるか?どう思う、平坂!」
「ゴイスーとか、正直死語だろ」
ひんやりとした真尋のオブラートに包まない、ストレートな一言が慎太郎のガラスのハートを打ち砕く。慎太郎は再確認する。間違いない、この転入生、心を開きつつある!と。が、これはあくまで真尋が「花村さん」と関わってゆく上で見につけた面倒くさいからやめてください、という意思表示である。なお、これは気を許した者の前でしか見せないので慎太郎の予測は大方あっているといえよう。
「でもよー、相川さん、綺麗じゃん?俺、あの人に相手にされねえのに羨ましいぜ。なんかコツでもあんのか?」
「ねえよ、んなもん。ただ物凄くモテるセンセイなら居たな。知り合いの旅館の女将がセンセイ、否、一ノ瀬先生にはデレデレだった」
「おい、それって、凄くねえか!?てかなんでお前、旅館の女将と知り合い!?」
おせーてくれよぉ~、と真尋の頬を突く慎太郎。そんな男子二人が絡み合う様子を眺め、レイラはもわもわーと薔薇色の妄想に走る。が、やめた。バシィッ、バシィッ!と手刀を彼ら二人の頭上に落とし、無言で二人を連行する。
「野郎衆、我の後を着いて参れ」
冷静な面持ちで連行される、真尋と対照的に慎太郎はジタバタと抵抗していた。ゴスロリを除けばひ弱そうな少女に見える、レイラのどこにそんな力があるのか不思議に思いながら、真尋のボストンバッグが地面につかないように気を払いつつ、三人はまるで小さな古城のような九鳴高校寮に入った。
「ひろっ」
真尋が九鳴高校寮に入ったときの第一声はまずこれだ。小さな古城のような外装をしている、九鳴高校寮。それはかつて、建設責任者に対し九鳴高校の理事長が「学校っぽくない寮を」との頼みを飲み、責任者が完全に趣味で立てたという逸話があるが、住人は誰も知らない。一貫して誰もが外装を「これ、建築者の完全な趣味で立てているよな?」とまず最初に漏らすのは共通している。
入ってすぐにあるエントランスには「帰宅手帳スペース(はあと)」とおそらく、相川の手書きのダンボールの看板があり、ご丁寧に下方向向きの矢印まである。ぱらぱらとめくってみると、慎太郎やレイラや見慣れぬ名前が二つほどある。
他の住人の名前だろうか。
「広いだろ?けどよ、平坂。こーゆーときは、そう言うんじゃねえ」
カウンター形式のキッチン、エントランスに入ってすぐのくつろぐスペースには大型液晶テレビと大きなソファがある。「花村さん」の話によると、知り合いがかつて住んでいたとされる学生寮はかなり広かったと聞く。こことその知り合いの住んでいたという、その寮のどちらが広いだろうか?出資が桐条グループならば、こんなに中が広い建物を作るのもわけないだろう。奥から鼻膣をつく香りがする。これはキッチンから漂ってきているので、相川が料理しているんだろう。視線を向けると、ライダースーツの上にエプロン、といった服装の相川がニッコリと笑っている。鍋とフライパン。こちらからじゃ何を作っているのか、位置からして見えない。
「どう言うんだよ、須藤。まずひろっ、しか言えないだろう。」
「よくぞ聞いてくれた。こういうときはだな、こういうんだ。せーのっ、「あ、才華ちゃん、私もやるー」…邪魔されちまった」
タイミングを見計らったような、レイラの声が慎太郎の覚悟を邪魔する。慎太郎の残念度が増した。真尋の第一印象はレイラは厨二病を患わったゴスロリ少女、のことだが相川に手伝いを申し出る姿は服装以外では普通の女の子だ。何か理由があるんだろうが、今の真尋の“親密さ”では聞けないだろう。
「まぁ、いいや。俺ら、男衆は何故かクッキング中はキッチンに入らせてもらえねえからな、先輩方が来るまで、寮内を案内するぜ。ドンドンパフパフー!なづけて、『須藤慎太郎の九鳴高校寮ツアー』!」
「凄い旨そうな香りがするんで目が覚めたが、五月蝿いぞ、須藤。…で、そちらは?」
「すすす、すみませんッス、仁藤先輩!」
階段からドスの利いた声とともに降りてきた、大柄な青年は顔に一文字の傷が走っていて一筋縄に行かないことを示す。
仁藤、と呼ばれた青年は次から気をつけろ、と慎太郎に注意すると真尋の方に注目を向けた。わずかにキッチンの方を見て見ると、レイラと相川がニヤニヤしながら此方を見つめている。おおかた、仙道にビビる慎太郎を面白がっているんだろう。
「あ、先輩にはまだ紹介してなかったッスね。こいつは
「よせよ、須藤。お前んとこの道場のお陰だ。それに、あの日見た衝撃は忘れられんな。“あの人”には敵わんだろう…。…と、須藤、早く寮を案内してやれ。“疾風女帝”が起きるまでに」
「ういす!」
感慨にふける仁藤はぽかん、としている慎太郎と真尋の二人の背中を押して恥ずかしげに去っていった。
「…なあ、須藤」
「なんだよ?」
「仁藤先輩、ってさ」
「みなまで言うな」
真尋が何を言わんとしているかが大方理解できた須藤は、真尋にそれ以上言うなの意味合いを込めて案内を開始した。まずは女子の住むフロアの二階。
「疾風女帝こと桐谷さとみ先輩とリィちゃんが住む部屋で、あと二、三個部屋が開いてるな。ま、ここは男子禁制ってのがポイントだ」
誰かが住んでいる気配がある、部屋には『さとみんず・るーむ♪』と書かれた可愛らしいピンクの看板と『我が許可なくして入室するのを禁ず』とある看板が提げられている。誰もそれに突っ込まないのか、と真尋が慎太郎を見やると既に先に歩いていた。
レイラの趣味は出会って理解したが、“疾風女帝”という異名を持つことからイメージしたのは運動部、体育会系。もうちょっと、お堅いイメージをしていた真尋は悪い意味で期待を裏切られた。
主にその少女趣味で。『さとみんず・るーむ♪』の看板がある部屋からは少女が鼻歌を歌っているらしい。
こんなに広大な寮内、浴室の一つもありそうなので入浴中なんだろうか?
「…で、ここが俺と仁藤先輩とお前が住む部屋だな。ようこそ、『男の世界』へ……」
「その台詞はもっとダンディなオッサンが言うべきだ。けどそれ、捉えようによっては……」
「それ以上はいけない」
やってきた三階。部屋が六つあるのを除けば、何もない。仁藤の部屋はシンプルに『ノックしないで入るんじゃない』と書かれていて、他の部屋と比べればずいぶん無骨な看板だ。
「で、ここが俺俺ー!」
慎太郎が指し示すのは、『スーパーな俺の部屋!』と自己主張の激しい部屋の看板だった。プレートタイプのそれは女子のフロアのレイラと『桐谷さとみ』の看板に比べ、肩を並べるほど。
真尋が割り当てられた部屋は一番端っこで左斜め前に仁藤の部屋、その二つ右に慎太郎の部屋がある。
かけられた看板はホワイトボードタイプで書いたり消したりが可能のようだ。
「だいたい分かった。看板、作らなきゃならないのか?」
「んー、別にいいんじゃねえかな?看板作れ!って相川さんは言うけど、だいたいの住人は作ってるよ。もしかして、作り方わかんないのか!?」
目を輝かせる慎太郎は作り方教えてやるよー、と言いたげだ。そんなに頼りにされたいんだろうか、ご丁寧に添えられていたマジックペンでホワイトボードに期待に目を輝かせる慎太郎をよそに真尋は文字を連ねた。
「これでよし」
「え?それにすんの!?」
「シンプルでいいじゃないか。さて、荷物を出来るだけ解いておこうか」
「いや、まだもっと考えられるだろ、別に今書かなきゃいけないわけじゃないんだぜ!?あとでゆっくり考えてもいいんだし」
「面倒」
マジックペンをホワイトボードに添えなおし、鍵が刺さりっぱなしになっていた部屋の扉を開いて真尋の荷物が詰まったダンボールを紐解こうと真尋は部屋に入っていった。手伝うなら、と言うことで慎太郎が後ろからついてきて、夕食に呼ばれるまで出来る範囲でダンボールを開け、荷物をあけた。
真尋が部屋に提げた看板のホワイトボードに書いた文字は、
『平坂真尋』。
ちゃんとトメハネ払いもしっかりできている、力強い文体で。
ここまで、ペルソナのぺの字が出てきてないという・・・。