『魔女の家』から数百年後の世界
『ヴィオラ』になった『エレン』のお話

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孤独の魔女

「馬鹿な子」

 

 見下げる視線の先には下半身と目玉の無い『モノ』。

 醜い醜いそれを見、冷笑する。

 

 私はやっと自由になれるんだ、嫌な過去も不自由で病弱な身体も捨てて。全てを捨てて。

 

「――さようなら」

 

 吐き捨てる様に発したそれは、ついこの前までこの身体の持ち主だった『彼女』にか、それとも『今までの私』か。

 

 それは自分でも分からなかったが、何となく消えて行く『私』と『彼女』から最後目を逸らしてしまったのが、自分でも不思議で堪らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は幸せだ。

 

 健康な身体を手に入れ、親には心の底から愛され、周りの人間からも愛され、辛かったあの頃とは比べ物にならないくらい自由に、幸せに生きられた。

 

 そう、何も不自由無く幸せに、幸せに……幸せに、生きていたはずだった。

 

「……」

 

 あれから数百年が経った。

 私は孤独だった。

 

 お父さんは死に、周りの人間も死に、私を知っている人はとっくの昔に死んでいた。

 私はその父親や周りの人間の死に悲しむ事が出来なかった。

 

『私』は愛されていて、幸せだったはずなのに。

 望んでいた普通の人間としての生活だったはずなのに。

 

「私は……間違っていたの?」

 

 そんなはずは無い、私はただ愛されたくて、普通に生きたかっただけ。

『親』という存在から愛されたかっただけ。

 

 なのに私は、私はどうしてこんなにも心がもやもやするの?

 

 ……私の事を本気で心配してくれた友達を騙したから?

 

「違う……」

 

 その友達を絶望させたから?

 

「違う違う違う……」

 

 そ の 友 達 を 殺 し た か ら ?

 

「違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!」

 

「私は間違ってなんかいなかった、私は自由になりたかった、私は幸せになりたかった、だから簡単に騙されたあの子を利用しただけ! 友達でも何でも無かった!! バカだったあの子が悪いだけ!」

 

 そう自分に言い聞かせる。

 私は悪くないと、私が正義だったと。

 だけど鏡に映る自分は『あの子』で。

 

 そして鏡に映る自分の表情は、酷く醜く、いつの日かあの子に褒めた綺麗な顔はどこにも無かった。

 

 そんな私を、私自身が認められなくて。

 私はどうしようもなくなっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 見知らぬ街から飛び出し、あてもなく彷徨っていた私はいつしか薄暗い森の中にいた。

 

 とてもじゃないけど普通の人間が近付けない様な不気味な雰囲気が漂うそこは、だけど私からしたらとても、とても懐かしい雰囲気だった。

 

「……皮肉ね、あてもなく歩いてたら捨てたはずの場所に来ていたなんて」

 

 そう、そこはかつて『魔女が住まう森』と呼ばれ人々が恐れた森。

 

 ――私がずっと昔、住んでいた森。

 

「……もう何百年と昔なのに変わってないなんて、嫌がらせかしら」

 

 大きな切り株も、周りの木々も見た目もあの時と変わらない。

 そんな景色に、無性に苛立ちを覚えた。

 

「良い思い出の場所は、人はすぐ消えるのにね」

 

 新しく住んだ『彼女の家』は五十年で無くなった。

 優しくしてくれたおばさんもおじさんも、弟や妹の様に見ていた年下の子、お父さんも結局全員百年も生きてくれなかった。

 

 私だけが生きていた、私だけが取り残されていた。

 

 

 

 歩みを進めると、そこには溜息しか出ないくらい予想通りに屋敷があった。

 私が住んでいた、忌々しき思い出のある屋敷が。

 

「ふん……本当に変わってないのね」

 

 忌々しいのにどこか懐かしくて、見たくもないはずなのに何故だか『もう一度見てみたい』そう思わずにいられなかった。

 

「……」

 

 手は勝手にドアに向いていた。

 一瞬取っ手に掛ける手が何故か震え、躊躇するが、それでも、どうしても、開けねばならない――そんな気がした。

 

 

 もう何百年と放置していた屋敷は、それでも放置された魔力のお陰か全く傷んでいる気配は無かった。

 ドアもしっかり開く、風化しているはずの壁も当時のまま。

 

 そんな『あの日』を思い出させる屋敷に嫌悪感を抱くが、足はお構い無しに最上階にある『元』自分の部屋へと動いていた。

 

「……何やってんだか」

 

 ため息をつきながら最上階、自分の元いた部屋の前まで辿り着く。

 その間はたかが数分でしか無いはずだったのに、何故か私には何時間……いや、何日と掛かった様にすら思えた、それだけこの屋敷には様々な忌々しい思い出が詰まっていた。

 

「――開けたところで何がある訳でも無い、か」

 

 開けた先はただ散らかり、どす黒いシミやらが散漫しているだけだった。

 それだけだ、その他に変わったところは見当たらない。

 

「この血の跡……ま、消えないわよね」

 

 来るまでもやはりあったが、この部屋にもあの子が這いずった血の跡があった。

 ……だからどうという事は無い、無いはずだ。

 

「……帰ろ」

 

 何がどうして私をここに誘ったかは分からないが、それが何か分からない以上見れば見る程苛立ってくるこの屋敷に長居など毛頭したくも無かった。

 

「そう言えば引き出しは見てなかったわね」

 

 だけど、丁度視界の端に捉えた机の引き出しが気になった。

 たかが何の変哲もない引き出しだが、妙に気になって仕方なく開ける事にした。

 

「これで……最後なんだから」

 

 そこを開けて何も無い様ならさっさと立ち去って二度と来ないだけ、そう決めてサッと勢い良く開けた。

 

「――紙?」

 

 開けると、そこにはやけに綺麗な二つ折りになった紙が一枚入っていた。

 流石に何百年と経っているなら紙程度は跡形も無く消えているはず……イタズラで誰かが入れるにしたってこんな何人も死んだ不気味な場所に近付く物好きなんて存在しないし、そもそも最早その噂すら何百年も前の話。

 この森の奥深くに存在する屋敷を知っている人間なんているはずも無かった。

 

「……まさか」

 

 思い当たる節が、あった。

 

 ここにわざわざ来て、この屋敷を友好的に見ていた子が。

 

 

「そんな訳無いわ」

 

 有り得ない、そう首を振りながらも紙から漂ってきた魔力の『匂い』で本当は察していたのかも知れない。

 

 

 ――動悸が激しくなる。

 

 それを抑えながら、ゆっくりと紙を開いた。

 

 

『エレンちゃんへ』

 

『まず、この手紙はエレンちゃんがもう一度この屋敷に来た時に現れる様に作りました』 

 

『そしてこの手紙を見ているという事は、エレンちゃんは自分の選んだ答えを後悔しているんだと思います』

 

「馬鹿馬鹿しい……」

 

 その手紙を書いたタイミングを察し思わず呟いた。

 アレは絶望して、父親に撃たれて、何もかも終わっていたと思ったのに。

 

 でも、そうやって一蹴しながらも、目線は間違いなく手紙へ向いていた。

 

『確かにお父さんに撃たれた事、エレンちゃんに裏切られたのは悲しかったし怖かったです。でも、エレンちゃんがそれだけ生きたかったって事もよく分かってます』

 

『今でも、こんな死にかけでも、私はあなたの事を親友だと思ってます』

 

『あなたが本当は優しい人なのを知っています』

 

『私を最後に見たあの時、気付かなかったかも知れないけど、悲しそうな目をしていたのを見ました』

 

『だからせめて、あなたは『ヴィオラ』として生きてください』

 

『後悔の無い様に、どうか』

 

『……殺されかけた私が許すんだから、ちゃんと生きてね。きっとまた会えたその時に、しょげた顔してたら……呪っちゃうんだから』

 

 

 

「ほんと……馬鹿な子……なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 本当はどこかで、愛されていたのは私じゃない事が分かっていた。

 

 周りに愛想を振りまいても、周りから出てくる名前はずっと『ヴィオラ』だった。

 本当は私の事を見てほしかった。

 

 父親に甘えたり褒められたりしても、そこから出てくる名前もずっとずっと、死に際までずっと『ヴィオラ』だった。

 本当は素の私のワガママを言いたかった、素の私で甘えたかった。  

 

 

 ずっとずっと、後悔していた。

 それを無自覚に隠す様に、私は狂気の私を作り上げていた。

 ヴィオラと一緒に、たとえこの先短い人生でも良いから……心の底に残ったそれを、死への恐怖と生への執着でヴィオラごと殺してしまった事を後悔してしまったら、私は壊れていただろう。

 

 でも、もうそれも数百年も昔の話。

 

 どうでもいい……はずだった。

 

「……ふふっ、本当に馬鹿だったのは私、だったのね」

 

 

 

 

 私はその場に立ち尽くす事しか出来なかった。

 笑っているはずなのに、手が震えて、涙が零れて。

 今更後悔してしまっている自分に気が付いて、惨めで、情けなくて、どうしようもなくヴィオラに会いたくなってしまって。

 でも絶対に会えないのも分かっていて。

 

「『生きる』って、結構難しいのね……」

 

 だから私は、決断した。

 

「ねえ、ヴィオラ」

 

 一度間違えた事は戻ってこない。

 その重みと、ヴィオラの純粋過ぎる優しさに触れてまで、私は最早『生きる事』に拘れなくなっていた。

 

「もう……良いわよね?」

 

 

 ――エレンちゃんはワガママだなあ……

 

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 表情こそ固いけど喜怒哀楽のはっきりした『ヴィオラ』の声が。

『私の友達』の声が。

 

 

 ――今度はちゃんと仲良く出来たら……嬉しいかもね

 

 

「…………ごめんね。ありがとう」

 

 誰に届くでもないそれを虚空に呟き、目を瞑る。

 

「今度は仲良くしようね。見たい魔法があったら見せるし、一緒に何か遊びたいなら遊びましょう。色んなお話も沢山聞かせてほしいし貴方の家にも遊びに行きたい…………だから。またいつか。きっと。今度は。あんな出会い方じゃなくて」

 

 

 ボヤけた視界に、あの時初めて会った時の様なヴィオラがいる様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後『魔女の家』が忽然として姿を消したのは一種の怪奇話として語り継がれた。

 

 

 

 そしてそんな魔女の家の跡地の大きな切り株には、仲睦まじく遊ぶ二人の少女が度々訪れていたという――




作中語られはしなかったものの、『エレン』の死因は原作に違わず『絶望』にあります
『生きる事への絶望』をヴィオラへの手紙で感じてしまった彼女には元より生きるタイムリミットはそれ程残されていませんでした
ただ作中に直接的に表現すると雰囲気が壊れてしまうと書けなかったのは単純な力量不足です
『魔女の家』消失に関してはエレンが掛けた魔法で立ち続けていたものがエレンの死と共に魔法が解け、消えた
それだけに過ぎません


そして何とか規約違反にならない様に良い方向に持っていきたかった訳ですが
1年近く掛かってしまったのはその為だったりします
さ、流石にこれは大丈夫だと思いたいんですが…
同一性は失ってない、世界観も違わない、エンディング改変でも無いアフターストーリー
そう、言わば原作後の未来に起こり得る『可能性』を考えただけ……のはず


とにかく構想数分、執筆10ヶ月という作品でしたが上手くやれたと思います、はい

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