エスパー少年とオカルト少女   作:ジョン・N

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『ピカチュウじゃないよ、ミミッキュだよ』




11. ミミッキュの話

 

 

 

 トウカシティは、ムロタウンほどではないが“シティ”という名前のわりにはそこそこ田舎な街だった。ビルなどの高い建物がほとんどなく、街の周りは緑豊かな木々に囲まれている。

 まさしく、“自然と人が触れ合う街”って感じだ。

 

 本来ならゆっくり街を見て回りたいところだが、街に入って早々、俺とヒトミはまっすぐポケモンセンターを目指した。

 

 勢いよく入ってきた俺達に、当初ポケモンセンターのジョーイさんと【ラッキー】はビックリしていたが、ヒトミが抱えたミミッキュを見せると、すぐに状態を察して対応してくれた。

 

 

 ミミッキュはポケモンセンターの奥にある治癒室に運ばれ、治療された。

 治癒室は大きなガラス窓がついていて、外から中の様子が分かるようになっている。中にはポケモンを治療するための機械がいっぱい設置されていた。

 

「この子、だいぶ弱ってたみたいね」

 

 治癒室の外にあるコンピュータを操作して、ジョーイさんはモニターに映った数値やグラフを見て言った。

 

「でも大丈夫。ミミッキュはすっかり元気になったわ」

「そうですか……」

 

 ジョーイさんの言葉に、俺は胸を撫で下ろした。

 治癒室の診察台の上では、俺達が運んできたミミッキュが、自分が今どこにいるのか確認しているみたいに、周りをキョロキョロ見ていた。

 

「この子の方は問題ないけど……」

 

 すーっと目線を移してジョーイさんはヒトミに目を向ける。

 当のヒトミは、治癒室のそばにあるソファーにぐったり倒れ込んでいた。息づかいも荒く、わずかに見える肌には、じんわり汗をかいている。

 ミミッキュの風邪がなおって、なんだか今度はヒトミが風邪を引いてるみたいだ。

 

「貴女は大丈夫?」

「はぁ……はぁ……だ、大丈夫、でふ」

 

 あっ、噛んだ。

 

「モシモシ、モシシー?」

「ラルルー?」

 

 ヒトモシとラルトスも、『大丈夫か御主人?』『大丈夫ぅ?』と横になったヒトミを心配していた。

 

 なぜヒトミがこんな風になっているのかというと、ヒトミの日頃の運動部足のせいだ。まぁ、一時間位かけて歩く道のりをずっと走ってきたわけだから疲れるのも無理はないけど、特にヒトミは運動が苦手で、少し運動しただけでバテてしまう。

 俺はミミッキュが治療されてる間に呼吸を整えて落ち着いたけど、ヒトミは今も疲労気味だ。

 

「ラッキー!」

 

 ミミッキュが乗った診察台を押しながら、【ラッキー】が治癒室から出てきた。

 ラッキーは『お大事にぃー!』と鳴いて、ミミッキュを俺達の前まで運ぼうとする。

 

「キュ!」

 

 途端、俺達に気づいたミミッキュは、跳ねるように診察台から飛び降りて俺達に敵意を向けた。

 

「キュぅーーッ!」

 

 ミミッキュが低い声を響かせると、布の中から伸びた黒い手に“影の玉”が収束していった。

 

「あれは、ミミッキュのシャドーボール!」

「ラキっ! ラキラキラキ!」

 

 突然のミミッキュの行動に、ジョーイさんはビックリして、ラッキーもどこかへ逃げていった。

 

「ラルトス!」

「ラルっ!」

 

 ラルトスは俺の呼び声に応えて、ミミッキュと向かい合う。

 

「ラルトス、【サイケこうせん】で撃ち落とせ!」

「ラル!」

 

 ラルトスは力強く頷くと、構えた手の中にエネルギーを収束させた。

 

「ミッキュ!」

「ラァールゥーー!」

 

 ミミッキュの【シャドーボール】とラルトスの【サイケこうせん】がぶつかり、周辺に煙が広がる。

 

「ラルトス、【さいみんじゅつ】!」

「ミキュ!」

 

 ミミッキュが次の動作を取る前に、俺は無理やり落ち着かせるようと、ラルトスに指示を出した。

 だが、ラルトスが放った眠気を誘う念波は、ミミッキュがその場から飛び退いたことで避けられてしまった。

 

「すばやいな……」

 

 ミミッキュは俺たちをかく乱させようとしているのか、目にも止まらない動きでポケモンセンターの廊下を転々と動き回る。

 こういう時は、むやみに動きを追わず相手が動きを止めるまで待つのが良策だ。

 

「ミキュ、キュぅぅ!」

 

 やがてミミッキュは動きを止めてラルトスと俺を睨みつけた。その黒いふたつの眼光からは、どこか憎しみのようなものを感じる。

 俺とラルトスは再度、ミミッキュと向かい合う。

 

「今だラルトス、【サイコキネシス】!」

「ラル!」

「待ってカズヤ!」

「えっちょッ!」

 

 俺たちとミミッキュの間に割って入るように現れたヒトミに、俺は慌てて「ラルトス、ストップストーップ!」と停止の指示を出す。

 

「ちょっとヒトミ、危ないって!」

「大丈夫……」

 

 そう言って、ヒトミは身をひるがえしてミミッキュと向かい合った。

 大丈夫とは言うものの、今のミミッキュに対して無防備に近づくのは、とても危険だ。

 にもかかわらず、ヒトミはいつものニヤリと笑った顔で、ゆっくりとミミッキュに歩み寄っていく。

 

「怖がらないで。私はあなたを傷つけたりしないわ」

「ミッキュ!」

 

 ミミッキュは『近寄るナ!』と前に立つヒトミを威嚇する。

 このままだと、今にも【シャドーボール】や【ウッドハンマー】でヒトミを攻撃してしまいそうだ。

 

「……お腹すいてるでしょ?」

 

 ある程度、ミミッキュに近づくと、ヒトミは身につけていた旅のカバンから、ヒトモシ用のポケモンフーズと皿を取り出す。

 そしてフーズを皿に盛ると、そのままミミッキュの前に差し出した。

 

「さぁ、食べて……」

「ミッキュ、ミミ、ミキュ!」

 

 ヒトミが穏やかな口調で食べるように促すが、ミミッキュは警戒したまま被った布(化けの皮)の端を逆立てた。

 

「『人間ガ出す食べ物ナンテ信用できナイ』だって……」

 

 俺がミミッキュの気持ちを通訳すると、ヒトミは一瞬ピクリと動きを止める。その一緒、ヒトミの引きつった笑顔はそのままだったけど、その眼は、どこか悲しんでいたように俺には見えた。

 

「……大丈夫、毒なんて入ってないから」

 

 そう言って、ヒトミは皿に盛ってあるフーズのひとつを摘み取って、自分の口の中へ運ぶ。

 そして、しっかりと咀嚼した後、ゴクンと飲み込んだ。

 

 あのフーズ、人間にとっては、あんまり美味しくないんだよなぁ……。

 

「……ね?」

 

 なんともないでしょ、と言った感じの笑顔で、ヒトミはミミッキュを見て顔を傾けた。

 

「…………ミ、ミッキュ!」

 

 しばし疑うような眼でヒトミを睨んでいたミミッキュだったが、やがて化けの皮の中から黒い手をふたつ伸ばして、フーズをごっそりと取って食べ始めた。

 余程おなかが空いていたのか、ミミッキュはムシャムシャとフーズを食べていき、あっという間に皿に盛ってあったフーズを食べつくした。

 

「まだあるけど……食べるかしら?」

「……ミッキュ」

 

 ヒトミがおかわりを皿に盛ると、ミミッキュは『……食べル』と短く答えて、また勢いよく食べていく。

 

『あぁ……僕のごはん……!』

「よーしよーし、あとで買ってやるから」

「ラールー!」

 

 途中、ヒトモシが涙目になっていたので、俺とラルトスでなだめておいた。

 

 やがて、袋に入っていたフーズも空になった。

 ヒトミが持っていたすべてのポケモンフーズを平らげ、ミミッキュは満足したのか、さっきまであった荒々しい雰囲気が落ち着いた。

 

「ミッキュ……!」

 

 しかし、相変わらず人間への不信感は残っているようだ。

 攻撃や威嚇はしなくなったが、俺やヒトミを見る化けの皮に開いた穴から見える眼光が尖っている。

 ヒトミは更に一歩前へ出てミミッキュに近づき、なるべく威圧感を持たせないよう膝をついた。

 

「ねぇ、あなたについて、いろいろ教えてくれないかしら?」

「ミッ?」

「わたし、あなたのこと、もっと知りたいの。どうしてあなたがそんなに人が嫌いなのか、教えて欲しいわ……」

「ミッキュ……?」

「……お願い」

「…………ミミッ、ミキュ、キュミキュ」

 

 最初は戸惑っていたようだったけど、ミミッキュは自分に起きた過去を語り始めた。

 

「ミッキュ、ミミキュ、キューミキュ!」

「………」

「ミッキキキュ、ミッキュ。ミミッキュミッキュ!」

「………」

「ミッキュー、ミッキュミミミキュ」

「………」

 

 ヒトミは黙って、鳴き声をあげているミミッキュを見つめていた。

 俺はその様子を見て、ふと思う。

 

「……通訳しようか?」

「…………うん」

 

 俺が静かに提案すると、ヒトミは少し恥ずかしそうにボソリと返事をした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 なんでも、ミミッキュは今いる地方の遥か遠くの温暖な場所に住んでいたらしい。多分、アローラ地方だと思う。

 けど、ある日、身なりの良い人間の男にゲットされ、このホウエン地方に来たそうだ。その男は、息子への誕生日プレゼントのため、ミミッキュをゲットしたらしい。

 そして、その男の息子らしき幼い男の子は、プレゼントとして渡されたミミッキュに、とても喜んでいた。

 

 「お父様、ありがとう! この()()()()()に【かみなりのいし】をあげれば【ライチュウ】に進化するんだよね? アローラのライチュウってこっちのライチュウとは違う姿をしてるんでしょ!」

 

 男の子は、無邪気にそう言った。

 

 男の子が欲しかったポケモン、それはアローラ地方特有の姿をした【ライチュウ】だった。

 

 確かに、アローラのライチュウはこっちのライチュウとは違う姿をしている。暮らしている環境のせいか、あるいは食物のせいか、アローラのライチュウはエスパータイプを持ち合わせ、見た目も少しパステルカラーちっくで丸っこくなっている。

 

 アローラの【ピカチュウ】が進化すれば、当然、そのピカチュウはアローラ姿の【ライチュウ】に進化する。

 このピカチュウが少し変わった見た目をしているのもアローラ姿のライチュウになるための違いからくるもの。

 男の子の父親は、そう思って疑わず、アローラで【ミミッキュ】をゲットして息子にプレゼントしたのだ。

 

 けど、男の子がもらったそのポケモンは、ピカチュウじゃない。ミミッキュだ。

 

 男の子の父親は、ミミッキュと一緒に【かみなりのいし】を息子に買い与えた。

 

「ほら、これで【ライチュウ】になれるよ!」

 

 少年はワクワクした様子で、すぐにミミッキュに【かみなりのいし】をあげた。

 

「……えっ!」

 

 しかし当然、ミミッキュがいくら【かみなりのいし】に触れても、進化の兆しは起こらなかった。

 

「なんで……ねぇ、お父様、どうしてなの?」

 

 男の子は父親にすがるように訊ねる。

 けど、父親にも理由は分からなかった。急いで調べた結果、ようやくそこで父親が捕まえたものがアローラ地方の【ピカチュウ】ではなく、【ミミッキュ】であることを知った。

 

 ポケモンの知識不足から生じた不幸……。

 これは、男の子と男の子の父親が【ミミッキュ】というポケモンを知らなかったゆえに、起きた不幸だ。

 

 とても楽しみにしていたものが、実は違うものだったという時の子供の落胆や悲しい気持ちというのは、凄まじい。

 自分の思っていたものと違うポケモンをもらったことに、男の子は駄々をこねたように泣きわめいた。

 

「うわーん! こんな()()()()()、イヤだ! いらない!」

「キュっ!」

 

 そんな理不尽な理由で拒絶されたことに、ミミッキュは大きなショックを受けた。そしてその後、無責任な父親によってミミッキュは野に捨てられ、そのままホウエン地方で野生のポケモンとなった。

 もともと野生のポケモンとして生きていたミミッキュだったけど、アローラ地方と異なる環境で生きていくには、それなりに大きな苦労があった。

 もともと生息していたポケモンとの縄張り争いや口に合わない食べ物、仲間がいない地方ゆえの孤独など……。

 

 そんな慣れない環境で生き抜いていく中で、やがてミミッキュは自分を捨てた人間への憎しみを抱くようになっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

『だから、もうボクは、人間を信じナイ!』

 

 自身の過去を話終えると、ミミッキュはプイっと俺とヒトミから顔をそらす。

 

 ポケモンの厳選とか、よく聞くけど……こんな人間の身勝手な理由でポケモンが振り回されている話を聞くと、なんだか胸が締め付けられる。

 なんというか、同じ人間としてホントに申し訳ない。

 

「…………んっ」

「ミッキュ!」

 

 話を聞いて少し間をおき、ヒトミは黙ってミミッキュへと近づき、そのまま彼を抱きしめた。

 ミミッキュは離れようと黒い手を使って抗っていたけど、ヒトミは絶対に離さないっといった感じでミミッキュを抱えて、その身体を優しく撫でる。

 

「あなたはミミッキュ、ピカチュウじゃないわ」

「キュっ!」

 

 ヒトミの言葉に、ミミッキュはピクリと反応した。

 

「ごめんね、人間(わたしたち)ってポケモン(あなたたち)のこと、まだよく知らないの……。そのせいで、よくあなたたちを傷つけちゃうこともあるわ。けど信じて。私や、ここにいるカズヤ……そしてジョーイさんやトレーナー達は、皆あなたのことが大好きなの……」

「……キュぅ」

 

 ヒトミの気持ちが伝わったのか、ミミッキュは腕の中から抜け出ようと抗うのをやめて、大人しくなった。いままで尖っていた目元の力も抜けて、まるで憑き物が落ちたようだ。

 

「ねぇ、ミミッキュ……私と一緒に来ない?」

「キュ?」

「私はあなたと旅がしたい……あなたが望むなら、私があなたの元いた場所のアローラ地方まで送り届けてあげる」

「キュっ!」

 

 ミミッキュは『ホントに!』と期待した様子で、化けの皮をピクリと揺らした。

 けど、まだ人間への不信感がぬぐえ切れないのか、すぐに顔を俯かせて何かを怖がっているように後ずさった。

 

「……キュー、ミミッキュ、ミッキュ?」

「う、うん……?」

 

 ……なるほど。

 

 ヒトミはミミッキュの言葉がわからず、困ったように首をかしげたが、俺はその言葉を聞いて、何となくミミッキュの気持ちの根本にあるものを理解した。

 

「……『キミはボクをひとりにしナイ?』だってさ」

「あっ……!」

 

 俺の通訳を聞いて、今度はヒトミも何かに気づいたように声を洩らす。

 

 アローラ地方からホウエン地方に連れてこられ、捕まえた人間に構ってもらえず、そのまま捨てられ、おまけに野生の中でもよそ者扱いされて、ずっと、一人ぼっち……。

 多分、このミミッキュは、ずっと寂しくて仕方がなかったんだ。

 

 ヒトミは再度ミミッキュを抱きしめる。

 

「うん……私はあなたをひとりにしない。ずっとそばにいるわ」

「……ミッキュ」

 

 ミミッキュはヒトミの抱擁を受け入れるように、身を寄せた。

 

「ありがとう……」

 

 そして、ヒトミはカバンから空のモンスターボールを取り出して、ミミッキュの身体に当てる。

 モンスターボールに吸い込まれるようにミミッキュが姿を消すと、やがてモンスターボールから微光が飛び散った。

 その光は、ミミッキュがヒトミをパートナーとして受け入れた証だ。

 

「えへっ……えへへへへ、ミミッキュ、ゲット……!」

 

 ヒトミはミミッキュの入ったモンスターボールを持って、仲間が増えたよとヒトモシへ微笑みかける。

 

「モシモシ!」

「やったな、ヒトミ!」

「ラールー!」

 

 ヒトモシは飛び跳ねて喜び、俺とラルトスも自分のことのように祝福した。

 

「えへへ、これからよろしくね……ミミッキュ!」

 

 ヒトミの言葉に応えるように、ヒトミの手の中のモンスターボールがゆらりと揺れた。

 

 

 

 

 

 ーーつづく。

 

 

 

 

 






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