ブラックコーヒーを御用意ください。
「じゃあ私、アサナンをポケモンセンターで診てもらわないといけないッスから!」
そうだな。トドメが効果いまひとつの【サイコキネシス】だったとはいえ、体力は消耗しきっている。はやく診てもらった方が良いと思う。
「明日は、お互い頑張りましょう。またバトルしようッス!」
「うん、次に戦うのを楽しみにしてる!」
サヤカは楽しそうにニカッと笑う。つられて俺も口元が緩み、笑顔になった。
ホント、見ていて気持ちの良い子だなぁ、サヤカって。
こっちまでつられて元気に明るくなる気がする。
「ヒトミちゃんも!」
「ひっ!」
サヤカが顔を向けると、ヒトミはビクッと反応して俺の後ろに隠れた。
そんな怯えなくても、【グラエナ】や【サメハダー】じゃないんだから……。
「今回は、あんまりお話できなかったッスけど、次は二人でガールズトークするッス!」
ガールズトークか……ヒトミって基本的に人と話すの苦手だからなぁ。
できるかなぁ……?
「ヒトミちゃんはシャイみたいッスけど、私は諦めないッスからね! 絶対仲良くなってみせるッス!」
サヤカは「それじゃあー!」と手を振りながら去っていった。俺もそれに応えて、手を振り返す。
でも、前向いて走らないと危ないぞ?
「少し変わってるけど、良い子だったね」
「…………むぅ」
賑やかな子がいなくなり、少しだけ辺りが静かになった。
「今のは宣戦布告、要注意ね」
「何でだよ!」
サヤカの姿が見えなくなってヒトミが言った第一声に、俺は思わずツッコミを入れた。
せっかくヒトミが俺以外の友達を作るチャンスだと思ったのに……。
去り際のサヤカの言葉に、どこか敵対感を煽るものがあったかな?
いくら頭の中でリピートしても、そんなもの、なにもなかったと思うけど……。
「あの娘は、危険。カズヤも気をつけた方がいいわ……!」
「えっと……どこが?」
なんでだろう。ヒトミってば、いつもオカルト話をしている時にやってる歪んだ笑顔に、五割増しくらい濃い影を浮かべている。いつもの吸い込まれるような眼光の笑顔も少し怖いけど、今の笑顔は人形みたいに無機質で、少し寒気がする。
そういえば……この感じ、さっきからちょくちょく感じていた悪寒に似ている。
「あの子の言葉の意味をヒモ解くと……、
『今回は、あんまりお話できなかったッスけど、いつか二人だけでガールズトークするッス!』
【今回は、ここまでにしてやるッスけど、いつかカズヤを賭けて二人で勝負するッス!】
『ヒトミちゃんはシャイみたいッスけど、私は諦めないッスからね! 絶対仲良くなってみせるッス!』
【ヒトミは臆病者みたいッスから、余裕ッスね! 絶対カズヤを自分のモノにしてみせるッス!】
……っていう意味に違いないわ」
違いあると思うよ。
なんで俺が景品みたいな扱いになってるの?
「だからカズヤも気をつけた方がいい。あの子に勝っても、またいつ襲われるか分からない」
「いや、俺がいつ襲われたの?」
ちゃんと勝負の申し入れがあって、俺がそれを引き受けた形だったと思うけど……。
自分のことながら、まるで心当たりがない。
「最初、カズヤがあの子を助けたとき……」
え、えーと……ひょっとしてサヤカが助けられて、安堵のショックで俺に抱きついてきたことを言ってるのかな?
「あれは襲われたのとは違うと思うけど……?」
確かに、痛くて参ったけどさ……。
「見ず知らずの第三者の異性からバグされるのは、襲われてるのも一緒よ。ジュンサーさんのお世話になってもおかしくないわ…………私だってやりたいのに。羨ましい!」
最後の方、ヒトミはプイッと顔を横にしてボソボソ言ってて、よく聞こえなかった。
「そう言われると、そうかもしれないけど……けど、九死に一生を得るような思いをしたら、誰だってあんな感じになるだろうし、仕方ないと思うよ」
前にやってたテレビドラマとかでも、【ザングース】に襲われた男の子がポケモンレンジャーさんに救助されて、泣きながら抱きついてたし……。
あれはそういう演出だったけど、(今回みたいに)現実でそういう事になったら、皆、あーなっちゃうものなんじゃない……?
「あと最後の方、なんて言ったの?」
「……えっ?」
「いや、今さっき、最後の方ボソッと何か言ったよね? 聞き取れなかったからさ、悪いけどもう一回言ってくれないかな?」
俺が訊くと、突如、ヒトミはビクッと身体を震わせた。
「べ、別に何も言ってない、わ!」
「えっ! でも確かに」
「ホントに、何も言ってないから!」
ヒトミにしては珍しく(オカルト話もしてないのに)声の調子が強い。
顔も赤いし……。
なんか、怒らせちゃったかな?
「モシモシ、モッッ!」
「
ヒトモシがなにか言いかけたけど、ヒトミに口を押さえられて、何を言ったのか分からなかった。
カロス語が出るなんて、よっぽど言われたくないみたいだ。ギリギリ聞き取れたのも『御主人は、やッッ!』くらいだったし……。
「私には分からないからって、絶対っ、カズヤに変なこと言っちゃダメだから!」
「……モーシ」
ヒトモシは『はーい』としょんぼりした様子で鳴き、ヒトミの両腕の中で『秘密だ、カズヤ』と俺にアイコンタクトを送ってきた。
いつも彼の暴露癖に困ったりしたが、こうやって口止めされると、少し残念な気がする。
まぁ、でも、そんなに聞かれたくないことなら、無理して聞き出すのも良くないな。
「んー、わかった。聞かれたくないことなら聞かない。ごめんね、答えにくいこと訊いちゃって」
「……別に、大丈夫」
「ん?」
ヒトミの返答に違和感を覚え、俺は彼女の顔を覗き込むようにして表情をうかがった。
「……そう?」
「うん……」
口では大丈夫と言っているが、ヒトミの態度には、不満というか、“伝わらなくて少し残念”というような雰囲気が感じられた。
(あ、危なかった……カズヤに気を使わせちゃったけど、ホントよかった……も、もしカズヤに、私が、だ、抱きつきたいなんて思ってるってバレたら、絶対に引かれちゃう…………で、でも、カズヤもカズヤよ。女の子に抱きつかれて、ヘラヘラしてぇ! むぅぅ!)
この感じ……なんだろう……ヒトミ、怒ってる?
いや、でも怒ってるっていうのとも、ちょっと違う気がする。
「ラルラー!」
名前を呼ばれて顔を下に向けると、ラルトスがズボンの裾を引っ張っていた。
『あのね、ヒトミは怒ってないよ』
「えっ、そうなの?」
「え、あっ、ちょ、ラ、ラルトス、あの、やめ、て、あ、ああ、あわわわわ!」
ラルトスは通称『きもちポケモン』だ。人の感情を察知することができる。そんなラルトス曰く、ヒトミは怒ってないとのことだ。
ヒトミは自分のポケモンじゃないこともあって、ラルトスに強く言えず、困ったように慌て出した。
『怒ってるんじゃなくて、ヒトミは恥ずかしいみたい。あと、さっきからずっと羨ましいとも思ってるよ』
「恥ずかしい? 羨ましい?」
「いやぁぁ! ラルトスも言わないで! お願い!」
ヒトミはいよいよ取り乱して、両手に抱えていたヒトモシを放して、ラルトスを押さえに掛かった。
しかし、ラルトスがその場からピョンと飛んで、その場の取り押さえは失敗に終わる。ラルトスはそのまま【ねんりき】を使って俺の頭に乗った。
ラルトスを捕まえ損ねたヒトミは、砂浜に伏せる形になった。
「大丈夫?」
「……うぅ」
身体についた砂を払いながら上体を起こすと、ヒトミは顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな顔になっていた。
「ラルトス、ヒトモシ。少しの間、その辺で遊んでてくれない?」
俺はラルトスをヒトモシの横に下ろして、二人にお願いした。
「ラールー!」
「モーシー!」
俺の頼みを素直に聞き入れてくれて、ラルトスとヒトモシは元気に駆け出す。二人は波打ち際まで行き、パシャパシャと波を踏んで遊び始めた。
「さて……」
「うぅぅぅ」
改めてヒトミを見ると、ヒトミはトンビ座りをしながら頭を抱え、弱々しく(かつ可愛らしく)唸っていた。
完全にパニクっている。吸い込まれそうな眼光をしてるのもあって……なんだか、いまにも軽く錯乱しそうだ。
「あの……なんていうか……」
なんて言おう……。
おそらく、次に話す言葉を間違えたら、ヒトミは2、3日ポケモンセンターのベットに籠ることになる……気がする。
パターンその1。
『ラルトスが“恥ずかしい”とか“羨ましい”とか言ってたけど、何のこと?』
……ダメだ、トドメ刺しに行ってる。
パターンその2。
『とりあえず、ヒトモシとラルトスが言ったことは、聞かなかったことにするから!』
……悪くないだろうけど、いまいちパッとしない。
それに、ちょっと嘘くさい。
「…………えーと」
「にゅぅぅぅ」
……はぁぁ、ダメだ。良い言葉が浮かばない。
仕方ない、素直に訊いちゃおう。
「俺は、どうしたら良いかな?」
「じゃあ、抱きしめさせて」
「えっ?」
「あっ!」
……えーと。
「あぁーー、あ、あわわわ、今のは、違って、いや違くなくなくないけど!」
“違くなくなくない”って、つまり“違っていない”ってことなんじゃ……?
「だから、その、私はカズヤを抱きたい、わけじゃなくて、カズヤにもっと、触りたいだけ……って、あわわわ、それも違くて!」
「と、とりあえず、一旦落ち着こうか?」
どうしよう……これ以上ヒトミが取り乱さないように、慎重に言葉を選んだのに、本人が自分で地雷を踏み抜いちゃった……。
ヒトミは真っ赤になった顔を両手で覆う。
多分、俺の顔もいま真っ赤だ。顔もドンドン火照ってる感じがする。
よく見ると、ヒトミは指の隙間からチラチラとこっちを見ていた。
「引いた、よね……?」
「……いいや」
「うそ、絶対引いた! ドン引きした!」
「ホントに引いてないって。けど……」
引いてはない。
引いてはないけど、ビックリしたというか……。
「急にそんなこと言うから……」
「だ、だって、カズヤがどうしたら良いなんて訊くから、つい本音が……」
本音って言っちゃったよ。
なんか、もう……今のヒトミの言葉で、ラルトスの言っていた“怒ってない”とか“羨ましいと思ってる”の意味が、なんとなく分かってしまった。
「ヒトミはさ……あー、これ訊いて間違ってたら、ものすごく恥ずかしいんだけど……」
「……な、なに?」
「ヒトミがさっき言ってたことだったりって、ひょっとして……やきもち?」
「ッッ!」
俺が訊くと、またピクッと反応してヒトミは顔を俯かせる。
「……っ!」
あっ、しまった!
せっかくさっきまでヒトミが取り乱さないよう言葉を選んでたのに、こんなこと訊くなんて……。
これじゃあ、【きゅうしょ】に当ててるよ!
自分のミスに気づいて内心で後悔していると、やがてヒトミはゆっくり顎を引き、コクっと頷いた。
その仕草が可愛くて、俺の頭にあった後悔がサッとすっ飛び、つい見とれてしまう。
「………」
「………」
お互いに顔を真っ赤にしてだんまりし、しばらくシーンとしてしまった。
さっきまで近くで、波の音だったり【キャモメ】の鳴き声だったりラルトス達が遊んでる声だったりが聴こえてたけど、今はそれら全部が霞んで聴こえる。
「……えーと」
どうしようかと少し悩んだ末、俺は膝をつきヒトミに向けて両手を広げる。
「……はい」
「えっ……えぇーー! ああああ、あの、これって?」
ヒトミは俺が手を広げたのを見てキョトンとし、やがてオドオドとした様子で訊ねた。
「その、ヒトミに抱きつかれるのは、別にイヤじゃないっていうか……」
ヤバい、やっててなんだけど、コレ、すごい恥ずかしい!
けど、ここまでやって、もう後には退けない。
「だから、ね……いいよ」
「い、いいの? 引いたりしない?」
「しないよ」
「ジュンサーさん呼んだり、サイキックで吹き飛ばしたり」
「しないってば」
まったく、長い付き合いなんだから、それくらい分かるでしょ……?
俺は少し前に出て、また「はい」と手を広げた。
しばらく手をモジモジさせて悩んだ末、やがてヒトミはゆっくり腕を開き、身を寄せてきた。
「カズヤー!」
「おっと」
そして、ある程度まで近づいてくると、ヒトミは飛び掛かるように、一気に身体を触れ合わせてきた。ヒトミを受け止める形で、俺は彼女の背に手を回す。
そういえば、前にもこうやって触れ合ったことがあるけど、前よりも心なしかヒトミの体が柔らかい気がする。
お互いに抱擁し合い、俺はなんともむず痒い気持ちに襲われた。
ラルトスともこうやってスキンシップを取ったりしてるけど、ヒトミとやると、なんだか妙にドキドキして落ち着かない。
「……フフ」
ヒトミが笑って出た息が、首もとを撫でてくすぐったい。
仕返しに、俺は後ろに回した手でヒトミの頭を撫でた。シャンプーの匂いだろうか、クセっ毛な髪を撫でるたび、甘い香りが漂う。
「えへへぇ」
「ん!」
頭を撫でると、さらにヒトミの温かい吐息が強くなり、くすぐったさが増した。突然の感触に、おもわず体がピクッと反応してしまった。
体勢的に顔は見えないけど、言動からヒトミはふやけた顔をしているんだろう。
「むふふ」
「なっ! ちょ、ヒトミ!」
ヒトミは俺の背中に回した腕に力を入れて、なんと俺の肩に口元を埋めた。
さっきまで笑った時にしか感じなかったヒトミの吐息を、今度はヒトミが呼吸するたびに感じられるようになってしまった。
「……ふぅ……ふぅ」
「ンっ」
俺は首もとのくすぐったい感触に耐えて、しばらくムズムズとした気持ちを持て余す。やがてむず痒い気持ちに耐えられなくなり、俺はヒトミの肩を持って身体を前にやり、彼女と向き合った。
ヒトミの顔は赤く火照り、ちょこっと息が荒い。
「はぁ……はぁ……えへへへ!」
少し時間をかけて、ヒトミは落ち着きを取り戻し、俺と目を合わせる。
「満足した?」
「……えぇ!」
まだ少し物欲しそうな眼をしていたが、頷いた時のヒトミの顔は、眩しいくらい満面の笑みをしていた。
ーーつづく。
近くにいたキャモメ『なんかバカップルがおる……えっ、あの二人付き合ってない? ウソやん!』
本作のイチャラブについて、皆さんの感想として当てはまるものを以下から選んで下さい。
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ベタベタしすぎ。引くわぁ……。
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良いぞ、その調子。もっとヤれ!
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まだ足りない。もっとイチャイチャしろ!
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人間は良いから、もっとポケモンを愛でろ!
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イチャラブよりバトルだ!