艦隊これくしょん ≪第十四駆逐隊奮闘記≫   作:艦本式

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※こちらは艦これの二次創作になります。キャラ崩壊、原作の設定無視などが見受けられると思いますが、ご了承下さい。
それでもいいって方は、お楽しみに下さい。




本編
第一話【第十四駆逐隊解散の危機!?】


横須賀鎮守府…

 

 

 

駆逐艦の陽炎は朝から落ち込んでいた。何故かと言うとそれは昨日の夕方まで遡る事になる。

 

陽炎は秘書艦の愛宕に呼び出されたのだが、陽炎には何故呼び出されたか分からなかった。

 

 

愛宕の部屋に入った途端

 

「第十四駆逐隊を臨時解隊します」

 

と言われた。それも満面の笑みでだったのだ。あまりに突然の事だったので理解するのに時間を要した。そしてようやく口から言葉が出るようになった

 

「えっと…何故ですか?」

 

「遠征をするからです」

 

普通なら遠征は駆逐隊ごとに出撃するのでわざわざ解隊する必要は無いはずだった。

 

「遠征なのに何故解隊を?…もしかして、何かやらかしたからですか…?」

 

「あぁん、違うわよ。あなた達第十四駆逐隊にはそれぞれ別の駆逐隊に所属してもらうの」

 

愛宕は無駄に体をくねらせながらそう言った。だが、何故そんな事をするのかさっぱり分からなかった。

 

すると、愛宕は心を読んだかのように理由を話し始めた。

 

「あなた達第十四駆逐隊はこの横須賀鎮守府の看板よ?もしかしたら一人だけ派遣される事も考えられます。今回はそのための訓練です。」

 

それなら納得できたが、同時に不安も押し寄せてきた。親しい仲間と離れると考えると辛かった。

 

「突然の事なんだけど、提督の意向だから許してあげてね…」

 

「…はい」

 

 

まだ気持ちの整理は出来てなかったが、遠征は一週間後との事だった。

 

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あの後、愛宕の部屋を出てとりあえず自分の部屋に戻ってきたが、みんなに伝える勇気が出なかった。するといつの間にか寝てしまったらしくて気が付いたら朝になっていた。

 

駆逐艦寮の部屋は基本二人で使う事になっていて、ルームメイトは同じ第十四駆逐隊の皐月である。皐月はすでに起きていて、朝のトレーニングをしてる最中だったが、陽炎が起きたのを見てトレーニングをやめていた。

 

「昨日夜ご飯食べてないでしょ?曙が心配してたよ」

 

しかし陽炎は食欲が無かった。「ちょっと考え事してたからね…」

 

「朝ご飯も行かないの?」

 

「多分…」

 

「…もしかしてダイエットとか?」

 

「そんな訳無いでしょ…」

 

 

すると皐月は

 

「なにか食べないと頭働かないよ?」

 

「うっ…」

 

それには反論出来なかった。

 

陽炎は、あまり乗り気では無かったが、皐月と一緒に食堂に行く事にした。朝はご飯とパンを選ぶ事が出来るが、陽炎はどっちでもよかったのでパンを選んだ。その他のおかずはよく覚えてないが、デザートのみかんだけは分かった。

 

そして、食堂の端を占領してる第十四駆逐隊のところに向かった。すると曙が真っ先に声を掛けてきて

 

「あんた大丈夫なの?」

 

曙が心配するほどの様子だったらしい

 

「曙はなんだかんだ言って陽炎の事が好きなんだね~」

 

曙は顔を赤くして

 

「そ、そんな訳無いでしょ!ただ、きょ…嚮導艦がこんなんじゃまともに訓練出来ないからよ!」

 

「…っ!」

 

陽炎は訓練という言葉に身体を震わせた。それに潮が気が付き、心配そうに

 

「陽炎さんどうかしたのですか?」

 

と聞いてきたが、答える事が出来なかった。すると長月が

「陽炎、昨日何かあったのか?」「え…いや…その…」

 

言わないといけない事なのになかなか言い出せなかった。だけど自分は第十四駆逐隊の嚮導艦なのだ、みんなをまとめる事が仕事なので重々しく口を開いた。

 

「あのね…みんなに言わなきゃいけない事があるの…」

 

みんな空気を読んでか口を挟む者はいなかった。

 

「一週間後に私達は遠征する事になったの…」

 

「ボク遠征なら得意だよ」

 

「ただ…遠征には、第十四駆逐隊として行く訳じゃ無いのよ…」

 

「どういうこと?」

 

真っ先に口を開いたのは曙だった。

 

「簡単に言えば第十四駆逐隊を臨時解隊して、みんな別の駆逐隊に所属して遠征をするらしいの」

 

その言葉に第十四駆逐隊のみんなが凍りついた。最初に口を開いたのは、霰だった

 

「なんで…わざわざ…解隊するの…?」

 

 

霰はあまり感情を表に表わさないが、このときは明らかに動揺してるのが分かった。

元々第十四駆逐隊は性格が捻くれてたり、コミニケーションが苦手だったりする余り物の駆逐隊だったが、陽炎が来てから団結力が高まり、今や横須賀鎮守府を代表する駆逐隊にまでなったのだ。

 

しかしその駆逐隊を解隊すると言う事は、彼女たちの能力が最大限に引き出せないということになる。みんなはそんな事してどうするのだという顔をしていた。

 

「臨時解隊する理由は…訓練だって…」

 

「他の駆逐隊で笑い者になる訓練か!?」

 

声を荒げたのは長月だった

 

「やっと駆逐隊としてやっていけてるのに、どうしてそんな事するのだ?」

 

長月が一通り話した後にようやく理由を説明する事が出来た。

 

「私達は仲間に依存してるところがあると思うの、そこで同じ駆逐隊だけとじゃなくてもやっていくための能力をつけろっていう司令の意向らしい…」

 

「私は反対だ!」

 

そう言うと長月は走って食堂を出て行ってしまった。

 

 

 

しばらく沈黙が続いたが、最初に口を開いたのは潮だった。

 

「り、臨時ってことは遠征が終わったらまた第十四駆逐隊としてやっていけるんですよね?」

 

しかし陽炎は

 

「分からない…もしかしたら異動があるかも…」

 

「……っ」

 

潮は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「ごめん…本当は昨日言おうと思ってたんだけど…」

 

「陽炎は…悪くない…」

 

霰はいつも通りになっていたが、それでもまだ信じられないのだろう。

 

「…私は長月探してくるね」

 

そう言い残して席を立ち食堂を出た。残ったメンバーはみんな浮かない顔をしていた。

 

 

 

一方で、長月を探しに行った陽炎は、鎮守府庁舎の中を探していた。すると、執務室から大きな声が聞こえた

 

「私達が嫌いなのか!」

 

陽炎はぎょっとしたが、まさかとは思いつつも執務室のドアの隙間から覗くと、司令官に長月が詰め寄っていた。ちなみに執務室はプレハブじゃなくて、庁舎にしっかりとした部屋に変わったらしい。だが、今はそんな事どうでも良かった。

 

慌ててドアを開けようとすると、長月は

 

「うちの司令官はとんだ分からず屋のようだな」

 

司令官に向かって、わざわざ取りにいったらしい12cm単装砲を向けていた。しかし、司令官は顔色一つ変えずにこう言った

 

「自分でも分かってるだろ?訓練か出撃するとき以外は主砲に弾を装填しない事を」

 

これは艦娘になって、最初の訓練のときに教わる事だった。

 

つまり、司令官に向けてる12cm単装砲には弾が入っていないのだ。もちろん司令官は知らない訳無いので、自分に向けられている物を無視して執務室を歩き始めた。

 

「艦娘はいくら人間の救世主だとしても、中身は同じ人間だ」

 

長月は単装砲を向けたまま睨み続けていた。

 

「だから感情だってある。怒りの矛先が俺にくる事だってあると思っていた。だけどな、深海悽艦と戦うのに味方同士で争ってたら意味がないだろ?」

 

「そのために私達は笑い者になれと?」

 

長月はやっと口を開いたが、まだ弾が入っていない単装砲は向けたままだった

 

司令官は飽きれているようだった

 

「仕組み的に考えれば、ここは学校と同じなんだよ。学校っていろんな人がいて、その人ともやって行かないといけないだろ?今回の遠征は交流会みたいなものなんだよ」

 

長月が理解したか分からなかったが、いつの間にか単装砲を向けるのをやめていた。

そして長月が、不機嫌そうに

 

「もし、交流会とやらが成功しなかったらお前に向かってこれに弾を込めて撃つからな」

 

そう言って12cm単装砲を軽く叩くと、部屋を出て行った。陽炎は慌ててドアの影に隠れたが、長月は気付く様子も無く通り過ぎた。

 

 

「入っていいぞ」

 

のぞいてたのがばれてたらしい

 

渋々司令室に入ると

 

「大変申し訳ありませんでした!」

 

大げさに頭を下げた。嚮導艦としてどんな罰でも受ける気だった。

 

「あの…長月には私がきつく言っとくので…罰則は無しにして頂けませんか?多分…長月も急に言われて気が動転したんだと思います…」

 

自分も同じ立場だったら、多分司令官に12.7cm連装砲を向けていたと思う。

 

「罰なら私が受けるので…お願いします!」

 

それでも駄目と言われたら土下座をするつもりだったが、その必要は無かった。

 

 

「そんな事はしない、むしろ陽炎には感謝したいぐらいだ、ありがとう。下がっていいぞ」

 

そう言われたからだ。

 

そして、陽炎が長月を追うため走って執務室を出て行くのを見送った後、廊下で一部始終を見ていた秘書艦の愛宕が入って来た。

 

 

「…やはり提督は甘いです」

 

「俺は何も見なかったし、聞かなかった。」

 

愛宕は呆れていた

 

「…その言葉前も聞きました」

 

「そうか?俺は覚えてない」

 

「そうですか…そう言えば遠征のメンバーの一覧表です」

 

そう言うと書類の束を机の上に乗せた。

 

「後で確認する…それと一つだけ頼まれてくれないか?」

 

「なんでしょうか?」

 

「陽炎達を見守ってやってくれないか?」

 

「…分かりました」

 

そう言うと、愛宕は部屋を出て行った。

 

 

 

 

一方、執務室を出た陽炎は長月を探したが、見当たらなかった

 

鎮守府内に居ないとなると考えられるのは横須賀沖にある猿島だった。

 

実を言うと、過去にも長月は砲撃訓練で酷すぎる成績を出したときに猿島で落ち込んでいた事があったのだ。だが今はあの時が嘘みたいに砲撃が上手くなった。

 

猿島に着くと、やはり前回と同じように砂浜でうずくまっていた。陽炎は何も言わず隣に座った。すると

 

「やはり私は仲間に依存してるんだな…他のところでやって行ける気がしない…」

 

そう言うとまた俯いてしまった。そしてそのまま

 

「私は司令官に単装砲を向けてしまったんだ…」

 

「…知ってるわよ」

 

すると長月は驚き

 

「まさか…見てたのか!?…この事言わないでくれ」

 

「止めようと思ったんだけど…ごめん…言わないよ」

 

それには答えずに

 

「私を第十四駆逐隊から外すのか?…そうだろうな…司令官を脅すような事をしたからな…駆逐隊の恥さらしだからな…」

 

長月は泣いていた

 

「…私は駆逐艦としてだけじゃなくて…人間として駄目だな…」

 

「私達、前もこんな事してたよね」

 

「あぁ…そうだな…だけど今回ばかりはもう…無理だろう…」

 

すると別の方から声がした

 

「そんな暗い気持ちだと駄目ですよ?」

 

「あ、愛宕さん!?どうしてここに?」

 

陽炎は立ち上がった。

 

「提督にね、あなた達を見守ってあげなさいって言われたらからよ」

 

相変わらずふわふわしていたが、しっかりとした声で長月にこう言った。

 

「確かに、親しい仲間と離れるのは辛いです。だけど仲間だけとはやって行けないのですよ。そのための遠征なので、あまり気にしない方がいいわよ?」

 

「ですが…」

 

長月はまだ納得出来なかった。すると、愛宕はにこっと笑い

 

「まだ一週間あるので、その間一緒に頑張りましょう?今日は訓練が無いので、時間はたっぷりあります」

 

長月は立ち上がった。

 

 

すると、愛宕は思い出したかのようにこう言った

 

「そうそう、第十四駆逐隊は三組に分かれて訓練を行なうからそう言えば、一人じゃ無いわね…」

 

 

それを聞いた長月の顔が笑顔になった。

 

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それから一週間、愛宕と一緒に他の駆逐艦とでもやって行けるように訓練をしていた。そして、ついに遠征メンバーが発表された。

 

陽炎は曙と一緒に第六駆逐隊で、長月は潮と第二駆逐隊、皐月と霰が第五駆逐隊に加わる事になった。その合同駆逐隊の統率するのが、重巡の利根と筑摩、一航戦の赤城、加賀、軽巡の五十鈴だった。

 

今回は遠征とは言っても、駆逐隊が三部隊も出るので統率部隊には空母などを入れ、対空に力をいれているとの事らしいのだ。

 

しかし、肝心の遠征先と目的を一度も聞かされていなかった。

 

そして、何も聞かされる事なく遠征当日になってしまった。桟橋近くには遠征に出る人と、見送る人で溢れていて、その中には第十四駆逐隊の面々も混じっていた。彼女らは愛宕を探しているところだった。

 

「愛宕さん見た?」

 

皐月は息を切らしながら

 

「いや、いなかったよ」

 

この付近にはいないようだった。すると、桟橋の柱にくっついてるスピーカーから聞き慣れた声が聞こえて来た。

 

「マイクチェック、スリー、ぱんぱかぱーん!」

 

朝から愛宕の声は良く通った。

 

「今日は遠征ですが、まだ遠征先と目的を伝えてなかったですね。遠征隊は、宿毛湾泊地に遠征します。そして、あっちの部隊と合同演習をします。帰りは船団護衛をしながら帰還するという流れです」

 

みんな驚いているようだった。合同演習というと、他の鎮守府となら何回かあったがわざわざ泊地まで行って合同演習をする意味が分からなかった。

 

とは言っても、今更やりませんなんて言える訳が無いので、大人しく従う事にしたが、船団護衛はあり得なかった。何故かと言うと、船団護衛は基本的に航路の途中で合流するものなのだが、今回は宿毛湾泊地から横須賀港までの全部を護衛しろとの事だったからだ。

 

それに駆逐艦が飛ばしても半日掛かる航路を、物資を満載した輸送船に合わせて航行していたら、遠征隊の方が疲労でやられてしまう。さらに、話によると護衛する輸送船団はかなりの大船団らしくて、遠征隊だけで護衛出来るかも怪しかった。

 

もし、戦艦クラスが攻めて来たら駆逐隊だけでは太刀打ちできない。それに、泊地の周辺は深海悽艦が頻繁に確認されているのだ。つまり、今回の遠征はあまりに不利で最悪の条件が揃っているのだ。

 

陽炎達は、話を理解するまで時間が掛かった。すると、いつの間にか桟橋にいた提督がある報告をした。

 

「今回の遠征はかなり大変な編成になっている。ここに帰って来るのにはかなり掛かるだろう。だから私も遠征に付いて行く」

 

辺りがざわめき始めた。それもそのはずで、提督が出撃するなんて本来はあり得なかったからだ。

 

話によると、艦娘を一日近く航行させる訳にはいかないため、旧型の中型掃海艇を改造して、船渠(ドック)こと艦娘専用傷病療養施設の役割を果たす、移動式船渠(ドック)艇を作り上げた。一応、掃海艇なので、12cm単装高角砲と、爆雷を積んでいたが深海悽艦に対してどこまで通用するか分からなかった。

 

そして、その移動式船渠の艦長を務めるのが提督だった。艦娘に一番詳しいからという理由らしい。だが同時に提督が危険に晒されるということだ。

 

今回の遠征は今までのに比べて難易度が違い過ぎたのだ。もしかしたら輸送船団だけで手が一杯になってしまうかもしれなかった。

 

それでも提督は出撃をやめようとしなかった。そしてしばらくすると桟橋に輸送船とは違う形の船が入って来た。

 

これが移動式船渠艇だったが、船の大きさの割には武装が少ない気がした。実を言うと、船渠としての機能を果たすために必要最低限の武装しか積めなかったとのことらしい。

 

しかし、そのおかげで船速は駆逐艦並で資材を置くスペースもできたが、装甲は無に等しいが、これでようやく遠征に出ることができる。

 

 

 

 

宿毛湾泊地までの行きは、移動式船渠艇を守るように航行しろとの事だった。先頭は陽炎と曙がいる第六駆逐隊で、船渠艇の側面に第二駆逐隊と第五駆逐隊が護衛していた。その後ろには統率部隊がいた。

 

行きは必要最低限の会話だったので、交流らしい事は無かった。そして行きは無事に深海悽艦とも出会わず、目的地の宿毛湾泊地までは来る事ができたが、これからが問題だった。

 

駆逐隊ごとにテントを張り、そこで一夜を明かさないといけないからだ。本来なら寮があり、そこで過ごすはずなのだが提督が自然に触れ合ういい機会とか言ったせいで野宿になった。

 

そうなると、どうしても会話をしないといけないので気まずかった。 合同演習は明日からなので、今日は就寝まで時間があったので陽炎はそこら辺をぶらぶら歩いていた。

 

そうして、夜の海岸に一人で座っていたら隣に誰かが座った。それも、一人では無く二人だった。

 

「あなたって陽炎よね?」

 

「あの命令違反した駆逐隊の嚮導艦なのです」

 

覚えられていたのは嬉しいが、命令違反した事で覚えられていたのが残念だった。

彼女らは第六駆逐隊の雷と電だ。第六駆逐隊は優秀で、今は第十四駆逐隊とトップ争いをしているぐらいだ。

 

「そうだけど…あたしになんか用?」

 

「特別演習のときの話を聞かせて欲しいのです」

 

口を開いたのは電だった。

 

「でも…面白い話じゃないわよ?」

 

あのときは死ぬかと思うぐらい大変だったのだ。

 

「それでも良いわ。ただ、暇だから話が聞きたいの」

 

「それなら良いわよ」

 

こうして陽炎の話が始まった。

 

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その頃、第二駆逐隊の方は全員がテントの中にいた。

 

「霰なら多分私の事を知ってるわ。陽炎型駆逐艦七番艦の初風よ」

 

「霰さんが知ってるって事は呉から来たんですね」

 

初風は元々呉鎮守府にいたのだ。そこから霰や陽炎より前に横須賀鎮守府に転属になった。

 

「私は若葉だ。よろしく」

 

「初霜です。若葉とは同型艦なのでよろしくお願いします」

 

初風と同じ駆逐隊の二人も自己紹介した。二人は若葉と初霜で彼女らは同型艦同士なのだ。

 

「私は睦月型駆逐艦九番艦の長月だ」

 

「私は綾波型駆逐艦十番艦の潮です」

 

「綾波型って事は今回の合同演習にいる吹雪達の改良型か」

 

若葉がそう言った。

 

「あなた達は陽炎をどう思ってる?」

 

突然初風がそんな事を聞いてきた。

 

「人を見る目が無い。ただ良い嚮導艦だ」

 

「曙ちゃんの事を考えてくれるので、とても良い人です」

 

「そうなのね…それじゃあ、私が陽炎と呉であった出来事話すわ。私が横須賀に転属する前の話なんだけど、私は同型艦の天津風と時津風と駆逐隊組んでたんだけどね、同じ陽炎型として比べられてたの。陽炎は成績が凄い伸びたし、不知火は元々優秀だった。だからやっぱり私達は下に見られたのね…」

 

初風は拳を強く握っていた。

 

「天津風は次世代駆逐艦のプロトタイプだったからそこまで気にして無かったし、時津風は馬鹿…呑気だからあまり気にしてなかったけど…その分私は比較の対象にされたの。それで陽炎とは大げんかしたわ。でも、そのまま仲直りする事無く転属したのよ」

 

「その話は初めて聞きました…」

 

若葉や初霜も初耳らしい。

 

「つまり…仲直りがしたいのですか?」

 

潮は恐る恐る初風に聞いた。

 

「仲直り…最初はそう思ったわ。でも…今は自分の力を見せつけてやりたい気持ちが強いわね」

 

「じゃあ、今回の合同演習で見せつけてやれば良いんじゃないか?」

 

そう言ったのは若葉だった。

 

「えぇ、その通りよ。私は陽炎を見返してやるのよ」

 

「それは私達も協力しないとな」

 

「私達も手伝うのですか?」

 

潮は思わず長月に聞き返してしまった。

 

「当たり前じゃないか。今は同じ駆逐隊の仲間なんだぞ?助けるのが当たり前だろう」

 

長月に即答された。

 

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一方で皐月と霰がいる第五駆逐隊は、みんなで焚き火を囲んでいた。

 

「綾波型は私達吹雪型の改良型なのよね。特Ⅱ型駆逐艦って呼ばれてるのよ」

 

そう話すのは吹雪型駆逐艦一番艦の吹雪だった。

 

「ちなみに第六駆逐隊の暁達は特Ⅲ型なんですよ」

 

こちらは吹雪と同型艦の白雪だ。

 

「吹雪型は姉妹艦が多いですよね」

 

そう話すのは皐月と同じ睦月型の三日月だった。

 

「ボクとか三日月は睦月型だから吹雪型には敵わないよね」

 

「性能だけで決めちゃ駄目よ。皐月は勇敢だって聞いてるんだからね」

 

吹雪は皐月を褒めた。

 

「えへへ~そんな事ないよ」「前には…長月を助けてた…」

 

そんな事を話して、焚き火の周りには少女達の笑い声が響いた。

 

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こうして合同演習は順調に始まった。

 

しかし、順調なのは一部だった。泊地庁舎の執務室では宿毛湾泊地の提督と横須賀鎮守府の提督が深刻な顔をして話していたのだ。

 

「やはり最近深海棲艦の活動が活発になっているか…」

 

「はい…ラバウル基地と、ここを結ぶ航路に居座っているようです」

 

横須賀鎮守府の提督にどうして宿毛湾泊地の提督が敬語を使っているのかと言うと、階級が違うからだ。

 

泊地に着任する提督は鎮守府や基地に比べるといくらか階級が低い事が多い。その為少佐より上は提督、少佐より下は提督補佐と呼ばれる。

 

ちなみに階級は横須賀鎮守府の提督は中佐、宿毛湾泊地の提督は大尉である。

 

「それに…今回の輸送船団も被害を受けていて、半数以上が損傷しています」

 

「被害状況は?」

 

「二隻が大破、二隻が中破で小破が三隻です」

 

「つまり無傷は六隻だけか…」

 

今回護衛する輸送船団は十三隻だったのだが、大破している船を連れて横須賀まで向かう事は出来ない。

 

「大破した船に積んでいる補給物資はどれぐらいだ?」

 

「他の船に積んでも全部は積み切れません」

 

「ここに艦娘以外の艦艇は?」「小型掃海艇二隻だけです」

 

小型掃海艇では航続距離が足りない。

 

「それじゃあ…移動式船渠艇に積めないか?」

 

「…え?」

 

移動式船渠艇には、資材を積むスペースがかなり余っているが、問題は帰りに移動式船渠艇までもが狙われる事だった。積荷のせいで、素早く動けないため、いくら武装が付いていても損傷は免れない。

 

「しかし、そうなると…提督殿の船が攻撃を受けます」

 

提督補佐も同じ考えての様だった。

 

「それは理解出来る。だが、艦娘達だけに大変な思いをさせる訳にもいかないだろ?」

 

「は、はぁ…」

 

まだ納得出来ていないらしい。

 

「それに、俺達は日頃から艦娘に助けてもらってる。だからその恩返しだ」

 

提督はそう言って執務室を出た。

 

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次の日は朝早くから演習が始まる事になった。何やら輸送船団を早めに出港させるためらしいのだ。

 

駆逐隊が沖に出ると、すでに利根達の統率隊が集まっていた。そこには、他にもう二人の艦娘が混じっていた。どこかで見た事ある二人は、どちらも背が高く、武装は20.3㎝連装砲を装備している。重巡洋艦だった。

 

「那智よ、久しぶりじゃな」

 

「そうだな。利根も筑摩も元気そうじゃないか」

 

那智は、妙高型重巡の二番艦だ。

 

「羽黒さんも元気そうですね」

 

「は、はい…おかげさまで…」

 

筑摩に話し掛けられたのは那智と同じ妙高型の羽黒だった。

 

「さて、全員集まったようじゃな。今回の演習について説明するぞ」

 

全員が集まったのを確認すると、利根が説明を始めた。

 

「今回の演習内容は、あの孤島を小型掃海艇を護衛しながら一周してくる事じゃ。途中で仮想敵役が出てくるから、いかに掃海艇に損害を与えないで帰って来られるかが評価ポイントになる」

 

今回は船団護衛のための訓練らしい。どれだけ素早く、損害を出さずに帰って来れるかが、ポイントとの事だった。

 

多分、帰りに船団護衛をする為の予行練習なのだろう。仮想敵役の人達がようやく準備出来たようだった。

 

一番最初は第二駆逐隊だ。

 

「速度は両舷原速。掃海艇から離れないでよ」

 

初風は無線に向かってそう言った。しかし、第二駆逐隊は組まれてからそれ程時間が経っておらず、艦隊行動を合わせるだけで精一杯だった。

 

しばらくは順調だったが島まで半分ぐらいのところで異変が起きた。

 

「左20°の方向に艦影!」

 

敵役の人が襲ってきたのだ。

 

「あれは…那智さんじゃないか?」

 

若葉がそんな事を言った。

 

「相手は妙高型重巡よ!」

 

重巡洋艦の射程はかなり長い。駆逐艦では届かない距離からでも砲撃が出来るのだ。

 

「私が引き付けますので、皆さんは掃海艇をお願いします」

 

初霜はそう言うと編隊から外れた。

 

「初霜が引き付けてるあいだに逃げ…」

 

初風は最後まで言えなかった。

 

それは進行方向にいたある艦娘を見たからだ。

 

 

 

「五十鈴さん…」

 

潮がそう呟いた。

 

五十鈴は防空巡洋艦と言われている。その為に、高性能な電探が積まれているのだ。対空と、対水上の電探が五十鈴には搭載されている。

 

「相手は電探積んでる長良型軽巡よ!之の字運動始めて!」

 

之の字運動とは、敵による砲撃や、爆撃から回避する為の運動で、左右に動く事によって、距離感や照準をずらすのだ。

 

「両舷第三戦速!このまま突っ切る!」

 

初風達は速度を上げた。速度が出ればその分命中率も下がる。しかし、それは相手も同じだ。五十鈴との距離がどんどん縮まっていった。

 

「方一、速度はそのままよ」

 

五十鈴とぶつからないように右十度の方向変換をした。

 

そして、快速の駆逐艦に五十鈴の砲撃は空振りに終わった。

 

「被害状況報告!」

 

初風は五十鈴からある程度離れたあとに艦隊の被害状況を確認した。

 

「初霜、異常無しです」

 

「長月だ。異常無い」

 

「若葉、大丈夫だ」

 

「潮です。異常ありません」

 

いつの間にか初霜が追い付いていた。しばらくして、折り返し地点の孤島に近付いた。

 

「あとは帰るだけよ。だけど気を引き締めてね」

 

「右40°の方向に敵機!」

 

よく見ると、黄色の訓練用爆撃機が綺麗な編隊を組んで向かって来ていた。

 

「この泊地に空母の方いなかったですよね?」

 

初霜が初風に聞いた。

 

「多分一航戦の方だ」

 

初風の代わりに長月がそう答えた。

 

質問に答えた長月は他の駆逐艦に比べても火力が無かったが更に、対空装備も貧弱だった。

 

「た、対空準備…」

 

初風は指示を出すのが少し遅れた。

 

わずかな事でも、戦場では命取りになる。それで海の藻屑になった事例など数え切れないほどある。

 

訓練用爆撃機に積んでいる爆弾はもちろん実弾では無い。中には少量の炸薬と当たったときに分かるように塗料が入っている。だが、当たったら痛いし、恰好悪い。

 

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泊地に帰還した第二駆逐隊は真っ青だった。大体は塗料のせいでもあるが、大量の訓練用爆弾が降り注いだ恐怖からでもあるだろう。掃海艇も塗料に濡れていた。

 

次の順番だった第六駆逐隊は無傷で帰ってきた。陽炎と曙も個艦としての才能があるため、別の駆逐隊との艦隊運動でも問題無かった。最後は第五駆逐隊の順番だった。

 

 

 

しかし、ここで問題が起きたのだ。泊地の近海で深海棲艦が出現したらしい。その為、第二駆逐隊と第六駆逐隊が出撃した。

 

そして第五駆逐隊は引き続き訓練を続行しろとの事だった。

 

「ボクも出撃したかったな~」

 

皐月がそんな事を言っていた。

 

「まぁ…あまり駄々こねても駄目ですからね」

 

三日月がそう言った。

 

「なんで三日月は同型艦のボクにも敬語使うの?」

 

「それはお姉ちゃんだからですよ」

 

皐月は睦月型五番艦で、三日月は十一番艦なのだ。

 

「それにしても、天候が悪くなってきたから航行灯点灯させるよ」

 

吹雪がそう言って航行灯を点灯させた。周りを見ると、波が高くなっていていつ雨が降ってもおかしく無かった。

 

「航行灯見失わないようにね。両舷原速を保って」

 

しばらくすると、雨が降ってきた。それも、バケツをひっくり返したような雨が吹雪達に容赦無く降り注いだ。

 

「掃海艇から連絡…訓練は悪天候の為…中止だって…」

 

霰は無線に向かってそう言った。

 

「分かった。第五駆逐隊は宿毛湾泊地に帰投するよ。斉三!」

 

吹雪は右三十度一斉回頭を命じた。

 

「霰、泊地に連絡して。第五駆逐隊は訓練を中止して帰投するって」

 

「今…無線封鎖中…」

 

「無線封鎖解除出来る?」

 

霰は頷いた。

 

だがしばらくして

 

「無線が通じない…」

 

霰がそんな事を言い始めたのだ。吹雪が試しに自分で確認してみたが、無線封鎖を解いても雑音しか聞こえなかった。つまり、隊内無線通信(でんわ)しか使えないのだ。

 

「仕方ないから信号弾使おうか」

 

「でも…この天候じゃ…」

 

今は艦隊運動を行うので精一杯なのだ。

 

それにこの天候で信号弾を撃ったとしても、誰にも気付かれないだろう。

 

「敵艦役の人はどうしたんだろうね」

 

皐月が三日月にそう聞いた。

 

「分からないです。多分この天候だから帰投したと思いま…」

 

「ねぇ、羅針盤が狂ってます…」

 

白雪が三日月の言葉を遮ってそう言った。

 

 

皐月は手元の羅針盤を確認すると、針がずっと回っているのだ。羅針盤が狂う事を妖精のいたずらや、妖精に嫌われているなどと言われているのだが、それは戦闘海域に向かうときに起こる事なのだ。帰投するときに起きるのは異例だった。

 

 

 

「待って、右55°の方向に何かが見えた」

 

突然、吹雪がそんな事を言った。しかし、皐月がいくら目を凝らしても荒れた波の先には何も見えなかった。

 

「何もいないよ」

 

「いや…何か居た…」

 

霰にも見えたようだ。

 

「霰、掃海艇には付近を警戒するって伝えて」

 

「分かった…」

 

しばらくして掃海艇からの了承を得た。

 

「付近を警戒!何か見つけたらどんな事でも伝えて!」

 

吹雪は無線に向かって怒鳴った。

 

「左30°に敵艦隊発見です!」

 

三日月の声だった。波の間を縫うように航行してたのは、特務艦ス級と敷設艦のコ級二隻の艦隊だったのだ。敷設艦というのは、泊地や基地に侵入しようとする潜水艦を阻止する為の艦で対潜装備を多く積んでいる。最近は敵にも敷設艦がいると聞いていたが、こんな所にいるのは珍しかった。

 

旗艦の特務艦はその名の通り、様々な任務に対応する艦で輸送艦の役割もこなす。それに、敵の特務艦は無線妨害をする事が出来るらしくて、多分無線が通じないのはこいつのせいだろう。

 

「砲撃準備!」

 

「ここでやるの?」

 

吹雪の号令に思わず皐月は聞いてしまった。

 

今は大荒れの海上にいるのだ。操艦するだけで精一杯なのに、砲撃など不可能に近かった。

 

「ここで見逃したら敵の本隊を呼ぶかもしれないでしょ。敵もまだこちらに気付いてないからここで仕留める!」

 

しかし、大波のせいで上下を繰り返す中、敵に照準を合わせるのは至難の技だった。

 

「撃てー!」

 

吹雪の号令で一斉に砲撃をしたが、手応えが無かった。多分一発も当たらなかったのだろう。それに、第五駆逐隊が積んでる弾は訓練用のやつで、当たったのが分かるように炸薬と爆薬はほとんど入って無い弾だった。つまり、仮にも敵に当たったとしてもそれほどダメージが入らないのだ。

 

 

しばらくして敵の艦隊を見失ってしまった。

 

「どうするの?敵も見当たらないし帰投したくても方角も分からない」

 

皐月が痺れを切らしたのかそんな言葉を言った。

 

「とりあえずこの悪天候から抜け出したいですね」

 

三日月が苦笑しながらそう言った。すると、前方に深海棲艦に撃沈されたのであろう沈船が見えてきた。

 

まだ、その沈船は新しくて最近までは輸送船として海の上を走っていたのだろう。しかし、今は船体が真っ二つになり、見当たらない船尾は多分暗くて冷たい海の底で眠っているのだろう。船首はかろうじて浅瀬に引っかかっており、船の中がよく見えた。

 

「とりあえずあの沈船の中に入るよ」

 

吹雪はそう言って先導した。

 

「でも…掃海艇は…?」

 

流石に掃海艇は入る事が出来ない。そのため、沈船の近くで仮停泊してもらう事になった。中に入ってみると沈船の中は広くて、意外と快適だった。そして吹雪達は廃材をかき集めて火を起こした。

 

「泊地にいるみんなは心配してるかな…」

 

焚き火を囲んでる中で、皐月がそんな事を嘆いた。

 

「当たり前でしょ?掃海艇ごと消えたんだから」

 

事実、泊地は大騒ぎだった。まず、深海棲艦を撃退するために出撃した第二駆逐隊と第六駆逐隊が敵を発見出来なかったのだ。理由は羅針盤に嫌われたかららしい。それに、無線妨害を喰らい演習中の第五駆逐隊と音信不通になった事も拍車をかけた。

 

ただ、敵役の那智や五十鈴は帰投する事が出来たのだ。その理由は簡単で、電探を搭載しているからだった。第五駆逐隊の中で電探を積んでるのは一人も居ない。そのため、この雨が止んだら捜索隊を出撃させるつもりだった。

 

 

 

 

一方で、第五駆逐隊の方では

 

「雨…止まない…」

 

その雨は夜になっても止む気配が全く無かった。

 

「このままだと掃海艇の方達が…」

 

吹雪は考えていた。まだ海は荒れていて、このままここを出れば転覆沈没するかもしれない。だが、いつまでもここに居る訳にはいかなかった。

 

「ねぇ…何か見えた…」

 

「何が見えたの?」

 

霰の言葉に皐月は沈船から外を覗いたが、目に映るのは暗闇ばかりで何も見えなかった。

 

「いや…探照灯みたいなのが…」

 

もし本当にそれを見たとなると、泊地から捜索隊が出撃しているという事になる。

 

「だけど連絡するための無線が使えないからねぇ…」

 

「信号弾を使うにしても…天候が悪すぎますし」

 

今の季節ならいつ雪が降ってもおかしくないのだ。だが、灰色の雲から降ってくるのは大粒の雨だった。

 

 

「ここにいつまでも居る訳にはいかないから、出発するよ」

 

吹雪は痺れを切らしたのか率先して沈船から飛び出た。海は相変わらずの大時化で、信号灯でさえほぼ見えない状態だった。

 

「探照灯点灯させて!」

 

吹雪は無線に向かってそう言った。しばらくして全員が探照灯を点灯させた。

 

「霰は掃海艇に連絡。出発するって」

 

「分かった…」

 

連絡を受けた掃海艇も、ありったけの探照灯で暗い海上を照らしながら付いて来ていた。

 

「これだけ大荒れなら敵も砲撃出来ないはず。でも油断はしないでよ!」

 

吹雪達は探照灯で周囲を照らして、敵襲を警戒しつつ嵐の中を突き進んだ。

 

 

「あれは何!」

 

皐月は探照灯に浮かび上がった不気味な艦影を見てそう言った。

 

「あれは…砲艦ケ級と特務艦ス級…」

 

砲艦とは、湾岸警備や、河川の制圧などの比較的近海を警備する艦だ。それに、あの特務艦は多分さっき見つけた奴で、増援を引き連れて泊地に向かって進んでいるのだ。

 

「雷撃準備!」

 

今回の訓練では魚雷を使う予定が無かったため、訓練所用魚雷では無く普通に実戦用の酸素魚雷を積んでいた。

 

なぜ、魚雷を使わないのに積んでいたのかと言うと、魚雷を搭載する事によって普段の艤装の重さで訓練するためだった。今回はその事が吉と出た。ただ、嵐の中での命中率などほぼ無に等しい。

 

「撃てー!」

 

吹雪の号令で全員が一斉に魚雷を放った。海面が上下を激しく繰り返しているため、何本かは砲艦達の下を通り過ぎた。そして、さらに何本かは信管機敏で高波を魚雷が命中したと勘違いして特務艦の遙か手前で爆発した。

 

だが、白雪が放った一本の酸素魚雷が特務艦ス級に命中した。敵も当たるとは思っていなかったらしく、海中に沈む前のス級に後続の砲艦ケ級が衝突してそのまま一緒に沈んでいった。この大荒れの中、回避行動さえ取れなかったのだ。

 

「無線が使える…」

 

「計器も問題無いわ」

 

「分かった。針路を宿毛湾泊地に取るよ!方五!」

 

特務艦を撃沈したため、ようやく泊地の方向が分かった。吹雪は第五駆逐隊に右五十度の方向変換を命じた。そして、吹雪達が宿毛湾泊地に着いた頃には雨も上がっていて、海も穏やかになっていた。

 

「司令官!」

 

吹雪達は帰ってくるや否や執務室に飛び込んだ。そして、演習中にあった事を宿毛湾泊地の提督補佐と横須賀鎮守府の提督両方に話した。

 

「特務艦もいたのか…だから無線妨害を受けてたんだな」

 

「敵の目的は一体…」

 

「ここは中継地点としての役割りがメインだ。多分敵の目的は補給路の寸断だ」

 

つまり、前線基地のラバウル基地と宿毛湾泊地を結ぶ補給路を寸断する事で、基地に補給させないようにするのだろう。

 

「…って事はさっきの敵艦隊は敵の前衛兼強行偵察部隊と考えるのが妥当だろう」

 

明日には敵の本隊も到着するに違いない。

 

「輸送船団の出発時刻を早める」

 

本当だと明日の昼過ぎに出港する予定だが、昼前に出港させる事になった。

 

その日は全員にしっかりと休息が与えられた。

 

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そして、次の日の朝早くから宿毛湾泊地に居る艦娘が全員、桟橋に集められた。そこには宿毛湾泊地の提督補佐と横須賀鎮守府の提督の二人も居た。

 

「みんなに聞いて欲しい事がある」誰一人私語をする者はいなかった。

 

「ここはもうすぐ、敵の攻撃に晒されるだろう。我々はそれを全力で阻止する」

 

補給路の中継地点なため、戦闘になったら練度の低いこちらが不利だ。

 

「そこで、輸送船団の出発を早める。ただし、第十四駆逐隊はここに残るように」

 

泊地防衛ために、第十四駆逐隊が再び結成された。

 

そして、無事に輸送船団と遠征隊は宿毛湾泊地を出港した。輸送船団が出港して、しばらく経った後に宿毛湾泊地に所属する艦娘のほとんどが沖に出撃した。先頭には重巡の那智がいて、隣には同型艦の羽黒も居た

 

「いいか、絶対に泊地に敵を近付けるな!」

 

那智は無線に向かってそう言った。

 

「右10°の方向に敵艦隊です!」

 

陽炎は双眼望遠鏡(メガネ)で見つけた敵艦隊の位置を伝えた。

 

「ついに現れたか…全員戦闘準備!」

 

全員が戦闘配置に着く。

 

 

「敵までの距離はまだあるから焦ら──」

 

那智がみんなを落ち着かせようとした時に、空からいくつもの砲弾が降ってきた。全員戦闘配置に着いたものの、実戦経験が少ない艦娘達は回避行動でさえおぼつかない、酷いものだった。

 

問題はどうやってここまで砲撃したのかだが、答えはすぐに分かった。

 

「海上砲塔…」

 

霰が言った言葉に聞き覚えがあったからだ自分では動く事が出来なくて、他の艦に曳航してもらわないといけない深海棲艦だが、その砲撃は戦艦の射程をはるかに超えるものらしい。

 

「海上砲塔が敵にいると思います!」

 

陽炎は那智にそう報告した。海上砲塔は本来、泊地防衛用なのだが曳航しながらも砲撃出来るらしく、最近の大規模作戦にはよくいるらしい。

 

 

 

「て、敵艦載機です!」

 

羽黒が叫んだ空を見上げると、既にダイブブレーキを展開させた敵の艦載機が陽炎の真上で急降下爆撃をおこなっている最中だった。

 

回避しようとするにも間に合わない。急降下してくる敵機が爆弾を落とした。

 

 

 

 

いや、正確には火を吹いた敵の艦爆が降ってきたのだ。

 

 

そして、陽炎の背後に墜落した。上空を見ると、小さいおもちゃみたいな飛行機が飛んでいたが、陽炎は一瞬で理解した。それと同時に無線に聞いた事のある声が入ってきた。

 

「はるばる呉から来たんや、暴れさせてもらうで」

 

「陽炎には傷一つ付けさせません」

 

軽空母の龍驤と陽炎の姉妹艦の不知火だった。二人はどっちも呉鎮守府配属だ。それなのにどうしてなのか分からなかった。

 

「ぱんぱかぱーん」

 

こちらに向かってくる友軍の先頭は見覚えのある、横須賀鎮守府の秘書艦の愛宕だった。

 

「Hey!私が来たからにはもう大丈夫デース」

 

高速戦艦の金剛四姉妹も駆けつけてくれた。

 

「どうして来たのですか?」

 

陽炎達、第十四駆逐隊全員が愛宕に近寄った。

 

「昨日ね、提督から連絡が来てたのよ。増援部隊を送って欲しいってね」

 

提督はあらかじめ援軍を手配してたらしい。

 

「それでね、呉からすぐに出撃させられる艦娘に来てもらったのよ」

 

それが、不知火と龍驤だったのだ。不知火は多分陽炎がいると事を聞いたら必ず来ただろう。

 

愛宕と陽炎が話している間に他の艦娘達は戦闘を始めていた。海上砲塔による砲撃が続く中、敵の駆逐艦や軽巡洋艦で結成された遊撃部隊がせまって来ていたからだ。

 

「第十四駆逐隊はどうしたらいいでしょうか?」

 

陽炎は愛宕にそう聞いた。

 

「そう言うと思ったわ。さっき敵の強襲揚陸部隊が泊地に向かってるって情報が入ったの。お願い出来る?」

 

「「はい!」」

 

第十四駆逐隊全員が威勢の良い返事をした。

 

 

 

 

泊地の近くには上陸しやすい砂浜がある。敵は多分、真っ先にそこに向かうだろう。陽炎達が急行すると、敵の強襲揚陸部隊が目に入った。先頭は軽巡ト級でその後ろに補給艦ワ級二隻と駆逐艦ロ級二隻が続いていた。ト級はこちらに気が付いたらしく、空に向かって何度か咆哮をした。ワ級だけは針路を変えずにそのまま砂浜に向かっていたが、軽巡ト級と駆逐艦ロ級はこちらに向かって来た。

 

「砲撃準備!相手は軽巡ト級と駆逐艦ロ級よ!」

 

こちらは六隻、敵は三隻で数なら勝っている。

 

陽炎達は敵艦が一斉射撃をしたのと同時に船速も上げた。

 

そのおかげで、敵の砲弾は遙か後ろに着弾した。

 

「すれ違う瞬間に雷撃するよ!」

 

陽炎は速度を落とさずに敵艦隊の横を突っ切ろうとしていた。タイミングは一瞬だ。それを逃せば次は無い。しっかりと狙って魚雷を撃った。

 

一撃必殺の酸素魚雷は敵に向かってまっすぐ進んでいき、そのまま全弾命中させたのだ。すれ違う瞬間だったので、回避行動も取れずに戦闘は一瞬で終わった。

 

 

 

 

だが、もう一つ問題があったのだ。

 

「ワ級止めないと…」

 

霰の言葉に陽炎は砂浜の方を見たが、既に砂浜に乗り上げていた。

 

「ここから砲撃するわよ!」

 

だが、全員の手が止まった。その理由は一人の艦娘が現れたからだ。

 

「こんな状況になったのは二回目でありますな…陸地に深海棲艦は一生通行止めであります!」

 

手には副砲と呼ばれる8㎝連装高角砲と25㎜三連装機銃がそれぞれ握られており、ワ級と対峙していた。

 

「あれって、あきつ丸じゃない?」

 

陽炎はその見覚えのある顔をみてそう言った。陽炎達は、あきつ丸とはリンガ泊地で出会った事があるのだ。彼女は揚陸艦で、主に輸送任務に着く事が多い。

 

リンガ泊地の提督が退役する時に、横須賀鎮守府に一時転属していたのだが、またリンガ泊地に帰ったはずなのだ。その後の事は知らなかったので、まさかここに居るとは思いもしなかった。

 

そんな事を考えていると、あきつ丸は二隻のワ級に向かって走っていた。だが、もちろん敵も大人しくやられてくれる訳無く、自分に向かってくる小さな艦娘に何倍もあるその巨体で体当たりしようとしていた。

 

しかし、陸上では海上ほどの動きが出来るはず無く、あきつ丸は余裕で避けた。そして、体当たりをしようとした一隻のワ級の喉元に8㎝連装高角砲を突き付けると発砲した。

砲撃を至近距離から喰らったワ級はそのまま糸の切れた人形のように倒れた。

 

「もう一隻!」

 

あきつ丸はそのままもう一隻に近付き、抵抗させる暇も無く、口の中に25㎜三連装機銃を突っ込んだ。そしてそのまま引き金を引いた。そのまま弾は貫通して、ワ級の体を突き抜けた、曳光弾が陽炎達にもよく見えた。

 

「…変わらないわね。潮と曙は周囲警戒。あとはあきつ丸の安全確認するよ」

 

戦闘が終わったが、敵の艦隊が潜んでいるかもしれない。そのため、油断は禁物だ。

しばらくして、強襲揚陸部隊はあれだけだという事が分かったので第十四駆逐隊全員で小さな勲章艦に近寄った

 

「あきつ丸さん」

 

長月が声を掛けた

 

「その声は…もしかして長月殿でありますか?」

 

ようやくこちらに気が付いたようで、顔をこちらに向けた。

 

「まさか、また会えるとはね」

 

「ご無沙汰しております。陽炎殿もお元気そうで、良かったであります」

 

あきつ丸とはリンガ泊地に帰ったあとは一度も会わなかったのだ。

 

「リンガ泊地からの輸送任務で宿毛湾泊地に来ていたのであります。残念ながら叢雲殿は秘書艦ですので、来てないのでありますが」

 

どうやら輸送任務でこちらに来ていたらしい。

 

「海の上では皆さんには劣りますので、こうして陸で待ち構えていたのであります」

 

つまり、あらかじめ敵の強襲揚陸部隊が来るのを想定していて、待ち伏せていたと言うのだ。

 

「それにしても、副砲装備出来たんだね」

 

陽炎はあきつ丸が持っている8㎝連装高角砲を見てそう言った。

 

8㎝連装高角砲は、いわゆる副砲の分類に入るのだが、それでも駆逐艦が装備している12.7㎝連装砲なんかに比べたら、対空に関してはかなりの脅威になる。

 

「隊ちょ…司令官殿の方からこれを頂きました」

 

リンガ泊地には、新しい提督が着任したと聞いていたが、どんな人なのかは知らない。

 

それに、まだ所属艦娘が少ないため、整備されるまでは定期的に各鎮守府から艦娘を派遣しているのだ。

 

 

 

「世間話してるとこ悪いけど、敵艦載機よ」

 

曙が無線にそう話した。

 

陽炎が空を見上げると、味方の攻撃を振り切った敵の艦載機がこちらに向かってまっすぐ飛んで来ていたのだった。

 

だが、全機が無傷では無くて幾つかの機体は薄く黒煙を吹いていた。

 

「全員迎撃用意!」

 

陽炎が率先して海に入る。

 

「あの…自分はどうすれば…」

 

置き去りにされかけたあきつ丸が長月に向かってそう言った。

 

「陽炎。あきつ丸さんはどうするんだ?」

 

長月は無線にそう話した。

 

「…その場に待機してもらってて」

 

その事をあきつ丸に話すと、俯いて

 

「やはり、揚陸艦など役にはたちませんか…」

 

長月は何も言えなかった。足を引っ張るのは事実だし、船速が遅いから回避行動も間に合わない可能性がある。

 

「あきつ丸…」

 

陽炎は、なかなか来ない長月を心配して近寄ってきた。

 

「自分は陸の人間であります。海の上では皆さんの足を引っ張ります。だけど…仮にも船ですから、海で沈むのなら本望であります!」

 

前にE海域で不知火が行方不明になったときの自分に似てると、陽炎は思った。

 

「…分かった。その意気込みは本物ね。付いて来て」

 

陽炎は再び海に入っていった。そして長月とあきつ丸も、陽炎に続くようにして海に入った。

 

 

 

先に迎撃体制を取っていた、皐月達は既に対空射撃を始めていた。だが、正直言って対空射撃は撃墜を目的としていない。

 

敵の照準をずらすのが本来の役目なのだ。いくら、機銃などで弾幕を張ろうとしても、駆逐艦なんかよりも高速で、小さな移動してる物体に当てるのは至難の技だった。そのため、敵機が落とせなくても照準をずらす事さえ出来ればそれでいいのだ。

 

とは言っても、敵機に囲まれてしまえば関係ない。全方向に弾幕を張るのは正直難しい。

 

こちらに向かって来る爆撃機を仕留めようとすると、反対からは敵の雷撃機が迫って来る。そんな事をしていたら圧倒的に不利だ。だから一発でも喰らったら致命的な駆逐艦は、数隻で固まって背中合わせにして守る範囲を狭める作戦を取る事がある。

 

一発喰らってもびくともしない戦艦とは違って、至近弾でさえ轟沈してしまう事もある駆逐艦は、仲間との連携がかなり重要になってくるのだ。

 

敵の艦載機は、強襲揚陸部隊を撃破された恨みなのか、機体ごと突っ込んで来そうな勢いでこちらに向かっていた。

 

「全員離れないで!」

 

陽炎はそう全員に指示した。

 

 

 

少しでも油断すれば命取りになる。戦場とは、そういうところなのだ。だが、艦載機との戦闘は切り上げなければならなかった。

 

「輸送船団から…救難信号…」

 

先行していたはずの輸送船団から、救難信号が発せられていたのだ。

 

しかし、空からによる爆弾と機銃弾の雨で、まともに身動きが取れなかった。

 

そう、今は回避する事だけで精一杯だった。

 

「皆さんは、輸送船団の救援に向かって下さい」

 

あきつ丸は突然そんな事を言い出した。

 

「何言ってるのよ?…あなたは置いて行けない」

 

あきつ丸は、陽炎が引っ張っているおかげでなんとか回避できている。それなのに、一人にしたら高角砲を装備してるとは言っても、いい的になってしまうだけだ。

 

そんな事をさせる訳にはいかない。

 

「自分は大丈夫です。それに、仮に一隻沈むのと輸送船団が壊滅する事だったら後者を優先すべきであります」

 

確かにあきつ丸の主張は間違ってはいない。被害を最小限に抑える事は何よりも優先される。

 

だが、大事な仲間を見捨てるだなんて、陽炎には出来なかった。

 

「でも…」

 

「自分は幸せ者であります…こうやって海で戦う事が出来てあきつ丸は光栄であります」

 

「…分かった。絶対に沈んだら駄目よ」

 

「肝に命じておきます」

 

陽炎はあきつ丸の手を離すと、その場を全速力で離れた。

 

後ろは振り向かなかった。なぜなら陽炎は仲間を信じているからだ。

 

あきつ丸は沈まない。そう思っている。それは、他のみんなも同じだった。

 

「あきつ丸さんなら大丈夫だよ。ボク達よりも強いから」

 

皐月が自分に言い聞かせるように言った。

 

「あぁ、皐月の言う通りだな」

 

「うん…あの人なら…大丈夫だと思う…」

 

長月と霰も同意見だった。

 

「そうだと良いのですが…」

 

一人、潮だけは心配そうに後ろを向いていた。

 

「何、潮は弱気になってるのよ」

 

「曙の言う通りよ。珍しく本当の事言ってるんだから大丈夫」

 

「め、珍しくって何よ!」

 

「だって、いっつもひねくれてる事しか言わないじゃないの」

 

「…陽炎さんの言う通りですね。曙ちゃんがまともな事を言うなんて滅多に無いですから」

「あんた達なんて、大っ嫌い!」

 

しばらくして、輸送船団が見えてきたときには、そんな冗談を言う余裕は無かった。

 

それだけ輸送船団の被害が深刻だったのだ。出航したときよりも輸送船の数が減っていて、残っている船も大半が損傷していた。中には黒煙を上げている輸送船さえあった。

 

「ねぇ…船渠艇はどこにいるの?」

 

皐月の言葉に全員がはっとなった。確かにどこにも見当たらなかったのだ。

 

「あれは…?」

 

輸送船団から少し離れた所を霰が指差した。

 

その先には損傷による黒煙なのか、煙幕用の黒煙なのか区別がつかないほどの黒煙を上げている移動式船渠艇が見えた。多分、資材を積んでるために、深海棲艦の攻撃を受けたのだろう。だが、かろうじて航行出来るようだった。

 

陽炎達は移動式船渠艇に近付いた。船尾の方に護衛として、初風が付いているが、艤装は見事なほどに破壊されていて、航行出来ているのが奇跡なぐらいだ。

 

「初風!被害状況は?」

 

陽炎は初風に近付くと、ふらついている初風を支えた。

 

「泊地は…どうしたのよ…」

 

「那智さん達が迎撃してるから、心配ないわ」

 

 

初風によると、輸送船団を待ち伏せしていた敵艦隊に奇襲されたらしい。

 

戦艦クラスばかりで、駆逐艦では太刀打ち出来なかったのだ。輸送船は数隻が海の藻屑となったが、なんとか敵艦隊を引き離す事が出来て、今にいたるとの事だった。

 

「正直言って、あなた達が来ても状況は変わらないわよ」

 

初風はそう言い放った。

 

だが実際、その通りだった。輸送船団は壊滅状態で、移動式船渠艇も中破している。そんな中、今更救援に駆け付けたところで状況は変わらない。

 

「そんな事ないわよ。きっと、やる事が…」

 

「無いって言ってるでしょ!」

 

初風の言葉に陽炎は固まった。

 

「何よ。そうやって、自分なんでもできますよアピール?不知火以外の同型艦の事は全く考えられないのね。昔も今もそうよ!」

 

「…あんた呉での事、まだ根に持ってるの?」

 

その場には険悪なムードが漂い始めた。

 

「…それが何か悪い?」

 

「いや、悪くは無いわよ。ただ、そんな小さな事をまだ根に持つなんてなぁ…って」

 

売り言葉に買い言葉とはまさにこれの事だ。

 

 

気が付くと、初風は陽炎の胸ぐらを掴んでいた。

 

「ちょっと!」

 

曙の言葉は、二人の耳には入らない。二人の頭の中には、目の前にいるライバルの事しか無かったからだ。

 

「お姉ちゃん怖いわ。妹にこんな事されてー」

 

「何よ。今更って感じでしょ」

 

そう言いながらもお互いの主砲は、相手の顔をしっかりと狙っていた。今積んでるのは実弾だ。当たったら駆逐艦の砲弾とは言えど、損傷は免れない。

 

 

「そこまでにするのだ」

 

「姉さんの言う通りですよ」

 

その、一触即発の雰囲気を破ったのは、二人の艦娘だった。

 

「誰よ!あんた達には関係無いでしょ!」

 

陽炎はつい、相手を見ずに怒鳴ってしまった。

 

「ほう…こんな事あまり言いたく無いが、誰に対する口の利き方じゃ?」

 

その言葉に、二人ともたまらず声の主を見た。

 

「し、失礼しました!」

 

そう、声の主は重巡洋艦の利根と筑摩だったのだ。

 

彼女らも損傷していて、利根には四基あったはずの20.3㎝連装砲が二基しか見当たらなかった。筑摩に関しては砲塔が全て吹き飛んでいた。

 

「と、利根さんと筑摩さんは…船渠艇で入渠していたのでは?」

 

初風が胸ぐらを掴んでいた手を下ろしてそう言った。

 

「いかにもその通りだ。だが、お主らがうるさすぎてな」

 

「姉さんと私で何事かと見にくれば、駆逐艦同士の喧嘩ですよ」

 

駆逐艦娘は血の気が多い。そのため、しょっちゅう些細な事で喧嘩をしている。

 

年頃の娘との事なので、黙認されてきたが、流石に戦闘中ともなれば話は別だ。

 

「喧嘩が悪いとは言わぬ。だがな、ここでやるべきでは無いじゃろ?喧嘩なら鎮守府に帰ってからにしてくれ。そうすれば、我輩も止めない」

 

「姉さんの言う通りです。今は仲良くして下さい」

 

流石に重巡の二人に言われてまで、喧嘩するほど馬鹿では無い。

 

すると、

 

「哨戒機から連絡。前方に敵艦隊多数発見との事です」

 

船渠艇の前方からこちらに向かって来たのは、第一航空戦隊、通称一航戦の赤城だった。

 

ちなみに、もう一人の一航戦である、加賀は入渠中らしい。それに、赤城自身もかなり被害を受けていて、飛行甲板はかろうじて使えるレベルで、飛ばせる艦載機は殆ど残って無いとの事だった。

 

そのため、哨戒機を飛ばすのが精一杯だった。

 

「敵艦隊ですか…編成は分かりますか?」

 

筑摩が赤城にそう聞いた。

 

「報告によると一隻、超弩級戦艦が混じっています。それ以外は重巡メインですね」

 

超弩級戦艦とは何か?その名の通り、超弩級と言う名に恥ない圧倒的火力、装甲を備えた戦艦の事を指す。戦艦の人でさえ、出会ったら戦闘を極力避けるほど強力なのだ。それほど、我々にとって脅威だという事になる。

 

「超弩級戦艦じゃと?…迂回する航路を考えないと…」

 

「姉さん、それは無理です。迂回するのに時間が掛かると、後ろにいる敵艦隊に追い付かれます」

 

撒いたと思っていた敵艦隊も、諦めてなかったようだ。つまり、最悪の場合敵艦隊に挟み撃ちにされる事になる。

 

「そうか…なら敵艦隊の、ど真ん中を突っ切るぞ!」

 

それしか無かった。

 

「皐月と長月は輸送船団の方達に針路はそのままで、速度を上げるように言って来て」

 

「分かったよ」

 

「了解した」

 

二人はそのまま輸送船団の方に向かって行った。

 

「霰は無線を全員と繋いで。連携を取るためよ」

 

「分かった…」

 

霰はしばらく無線を弄っていてたが、無事に繋がったようだ。陽炎は、試しに起動してみると、わずかに雑音が混じっていたが、問題無く作動した。

 

「うむ、準備は万端じゃな」

 

「利根さんと筑摩さんは船渠艇に乗ってて下さい」

 

重巡洋艦とは言えど、これだけ損害を受けていたら、言い方は悪いが足を引っ張る事になる。

 

「そうじゃな、ここはお言葉に甘えさせてもらう事にしよう」

 

利根と筑摩はそのまま船渠艇に向かって行った。

 

「曙と潮は輸送船団の前方を防衛して。霰は魚雷の次発装填装置を作動させておいてね」

 

陽炎型と朝潮型には一撃必殺の魚雷をもう一度撃てる、次発装填装置が搭載されているのだ。陽炎もその場で次発装填装置を作動させた。

 

 

 

装填完了のブザーが問題無く鳴ったのを確認すると、無線で戦う事の出来る者を集合させた。

 

軽巡洋艦の五十鈴と、第六駆逐隊はほぼ無傷だった。第二駆逐隊は、初風が大破で他の二人は、船渠艇に乗り込んでいた。第五駆逐隊に関しては、全員が大破で、戦闘に参加出来そうには無かったため、船渠艇に乗り込んでもらった。一航戦の赤城のみは、少数ながら艦載機を飛ばす事が出来た。

 

「良い?あたし達の目的は、敵艦隊の殲滅じゃ無くて輸送船団の護衛よ。あくまで囮だから、深追いはしなくて良いわ。」

 

作戦はこうだ。敵艦隊に接近すると同時に、五十鈴率いる第六駆逐隊が敵を引き付ける。その間に、陽炎と霰以外の第十四駆逐隊が輸送船団を護衛しながら突っ切る。

船渠艇は、輸送船団とは少し離れた所を航行してもらって、赤城の艦載機と初風が護衛する事になった。だが初風は大破で武装も、副砲は無くなっていて、主砲の12.7㎝連装砲は一門しか稼働してなかった。それでも無いよりはましだ。

 

陽炎と霰は、敵艦隊が混乱している内に超弩級戦艦に近付き、酸素魚雷をお見舞いする。敵の旗艦は多分そいつだ。そいつさえ倒してしまえば、艦隊の統率が乱れて比較的楽に突破出来るだろう。

 

「…あなた凄いわね」

 

作戦を一通り説明したとこで、初風が話しかけてきた。

 

「何がよ?」

 

利根に喧嘩するなと言われたので、なるべく険悪な雰囲気にしないように言葉を返した。

 

「こんな非常時でも、冷静に出来るだなんてね」

 

「当たり前じゃない。これでも嚮導艦なのよ?」

 

「…そうよね。あーあ、馬鹿らしくなっちゃった」

 

「何が?」

 

「あなたの事を周りが見えないだとか思ってたからよ」

 

初風はそう言うと、自分の魚雷発射管をアームで前まで持ってきて、魚雷発射管ごと取り外した。

「もう一斉射分は残ってるわ。超弩級戦艦と戦うんでしょ?持って行きなさいよ」

 

初風は持っていた魚雷発射管を陽炎に渡した。

 

「でも、あんたが…」

 

「あら?今更、私の心配なんてしなくて良いわよ」

 

初風はそう言うと、そのまま船渠艇の方に向かって行った。

 

「どうしたの…?」

 

霰が近付いてきて、声を掛けた。

 

「いや、良い妹を持ったなぁ…って思っただけよ」

 

陽炎はそう言った。

 

「詳しい事は、横鎮着いたら話すわよ」

 

陽炎は輸送船団の前方に向かった。

 

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「五十鈴さん。状況はどうですか?」

 

「電探には反応無し。敵さんは逃げちゃったのかしら?」

 

五十鈴には22号対水上電探が搭載されている。電探に反応が無いって事は、付近には居ないのだろう。だが、敵が目の前の獲物を何もせずに逃がす事などしないはずだ。

 

「いや必ず居ます」

 

「あら、やけに自信があるのね」

 

とは言ったものの、見えるのは水平線の先まで続いている海だけだった。

 

 

「…でも、その自信は本当みたいだね。電探に感あり。多分、敵偵察機かな。右20°の方向よ」

 

その方向を見ると、黒い何かが飛んでいた。その奇妙な物体はあまりに不気味で、すぐに味方の偵察機では無い事が分かった。

 

「見つかりたくは無いんだけどね…」

 

五十鈴がそんな事を呟いた。

 

「針路はそのまま。両舷前進第一戦速!」

 

このまま進めば、敵の偵察機に見つかるだろう。だが、迂回すれば後方の敵艦隊に追いつかれる。

 

全員の主機が回転数を上げる。

 

陽炎が先頭に来ると、信号灯で合図を送った。それと同時に全員が配置に付いた。風が何か不穏な気配を運んで来た。これは、艦娘をやってて感じるようになった。大体この手の事は外れた事が無い。外れて欲しいと何度も思ったが、多分艦娘としての運命なのだろう。

 

 

 

前から何か来る。

 

「全員戦闘配置!両舷前進第三戦速!」

 

五十鈴の号令で、さらに速度を上げた。

 

「左30°の方向に敵艦隊!」

 

ついに現れたようだ。

 

「作戦通りに動いてね。各自散開!」

 

五十鈴と第六駆逐隊の面々は、ばらばらになった。これは、単純にばらばらになった訳では無く、個艦で動く事により敵の照準を狂わせるのだ。そうしてる間に、距離を詰めて攻撃をする作戦らしい。

 

そのため、実際はしっかりとした連携が必要になる。

 

「右45°の方向にも敵艦隊です!」

 

船団護衛していた潮から無線にそう連絡が入った。多分、敵は挟み撃ちするつもりなのだろう。両脇に艦隊を待機させていたのだ。

 

「左の敵艦隊は五十鈴さん達に任せる!第十四駆逐隊の攻撃対象は右の艦隊よ!」

 

陽炎は無線にそう叫んだ。

 

「長月。敵の編成は?」

 

「超弩級戦艦ム級が見える。敵の本隊で間違いないだろう」

 

作戦に支障は無い。予定通り超弩級戦艦ム級を沈めれば良いのだ。もちろん簡単では無いが、それでもやるしかない。

 

「手筈通りにやるよ。煙幕展張!」

 

第十四駆逐隊全員が偽装用の煙幕を発生させた。

 

あっという間に輸送船団が黒煙に包まれた。

 

「初風。船渠艇の方はどう?」

 

「赤城さんの艦載機のおかげで今のところ損害無しよ」

 

少し離れた所を船渠艇は航行してるので、無線で連絡を取るしか無かった。

 

 

「霰はあたしに付いて来て。他は砲撃支援お願い」

 

輸送船団が煙幕で包まれたのを確認すると、陽炎と霰はその場を離れた。

 

「両舷前進最大戦速!周りの奴は適当にあしらっといて!」

 

敵の軽巡、重巡などが貧弱な駆逐艦を海の底に沈めようと、ありとあらゆる砲を向けていた。だが、陽炎は目もくれない。こんな雑魚なんかを沈めても意味が無い。

 

居た。陽炎が向けた主砲の先にいたのは、超弩級戦艦ム級だ。

 

体からは主砲、副砲がこれでもかと言うほど生えていて、その装甲もありとあらゆる攻撃に耐える強靭さを備えている。そんなものに対抗するのは、たった二隻の駆逐艦だけなのだ。

 

特別強い訳でも無く、主砲もごく普通の12.7㎝連装砲しか積んでいない。だが、その内に秘めている力は無限大だ。

 

「奴の死角に入る!霰、しっかり付いて来て!」

 

 

だが、ム級の周囲には、見た事無い艦がいた。

 

両腕に巨大な盾のようなものを装備していて、駆逐艦の砲弾などでは傷一つ付けられそうに無かった。

 

「あれは…揚陸艦テ級…」

 

揚陸艦が何故こんなところに居るか、すぐに分かった。

 

「全く効かないじゃないの…」

 

そう、ダメージが入らないのだ。

 

テ級が積んでいる武装自体は大した脅威では無いのだが、両腕の盾がかなり厄介だった。それに、ム級を守るように航行するので、ム級に対しても思う様に攻撃が出来なかった。このままだと、他の敵艦が集まってきて作戦は失敗するだろう。

 

「陽炎は…先行って…」

 

突然、霰が陽炎の後ろから離れた。

 

「何してんのよ!」

 

「このままじゃ…敵艦が集まってきて…二人ともやられる…」

 

その言葉通り、騒ぎを聞きつけたのか、重巡リ級や駆逐艦イ級などが続々と集まってきていたのだ。

 

「周りの邪魔者は…片付けるから…行って…」

 

「…分かったわ。その代わり沈んだら許さないからね」

 

陽炎はその場を離れるために船速を上げた。

 

目の前にはテ級。こいつを倒さなければム級まではたどり着けない。陽炎には初風から貰ったのと合わせて、八本もの酸素魚雷が残っている。だが、ココで使えばム級を倒すのが困難になる。

 

それに、ここでぐだぐだしてる時間もあまり残されていなかった。すると、突然目の前のテ級が爆散した。霰の魚雷がテ級に命中したのだ。

 

「行って!」

 

普段の霰の様子から想像出来ないほどの声が出ていた。これで、ム級との間に邪魔する奴はいなくなった。

 

陽炎は主機の回転数を上げる。ただでさえ大きいム級が、さらに大きく見えてきた。

 

「無駄にデカイわね…」

 

駆逐艦にとっては、重巡洋艦でさえ圧迫感を感じるほどの大きさなのに、超弩級戦艦と比べるとちっぽけに見えた。

 

やがてム級の不気味な黒々とした砲身の細部まで見える距離に近づいた。ここまで近付くのにム級の砲撃をどれだけ回避したか数え切れない。疲労はとっくにピークを迎えていたが、陽炎は止まらない。

 

それに応えるかのように主機はさらに回転数を上げた。どんどんム級との距離を詰めるにつれて恐怖心が薄れていく。逆に心が踊るほど楽しい。

 

陽炎は試しに主砲と副砲を同時に撃つ。もちろん効くとは思ってないから、牽制用だ。弾はム級に当たるものの、簡単に弾かれてしまう。しかし、ム級の船体がわずかに揺れる。

 

だが、隙を作るのには十分だった。陽炎はその隙に、自分の体をム級の死角に潜り込ませる。

 

船体の側面、装甲が薄いところを探してそこにありったけの魚雷をぶち込む。

 

「沈め!クソ戦艦!」

 

一撃必殺の酸素魚雷を八本も喰らって浮いてられるほど頑丈な船は中々いない。

 

ム級を爆炎が包む。多分、積んでいた弾薬にも誘爆したのだろう。至近距離にいた陽炎も避けられる訳が無い。両者とも炎に包まれ、それと同時に深海棲艦が撤退を始めた。

 

 

 

 

「深海棲艦が撤退していくって事は…」

 

五十鈴と第六駆逐隊は追撃しないで、輸送船団の方に向かった。

 

「五十鈴さんに、第六駆逐隊も無事か」

 

長月はほっとした。

 

「ねぇ、陽炎と霰は?」

 

曙がたまらず聞いた。

 

「そう言えばまだ戻って来ないな」

 

「私達とは一緒じゃ無かったよ」

 

五十鈴がそう答えた。

 

「あれは?」

 

暁が指差した先には一人の艦娘の姿が見えた。

 

「あれは…霰だ!損傷してるようだな。私が援護に向かうから残りの人は船団護衛を」

 

「あたしも行く!」

 

「ま、待って下さい!曙ちゃん!」

 

長月の後に、曙と潮が付いて行った。

 

「霰!大丈夫か?」

 

長月はぼろぼろの霰を支える。

 

「私は…大丈夫…」

 

いつも通りの口調だが、艤装は黒焦げでかろうじて航行出来ているレベルだった。

「私より…陽炎を…」

 

「そうよ!陽炎はどこなの?」

 

「分からない…ただ、ム級を倒したのは確か…」

 

「潮はあたしに付いて来て。陽炎を捜索するわよ」

 

曙はそう言うと、一気に船速を上げた。

 

「曙ちゃん!もう、置いていかないで下さいよ…」

 

潮も慌てて付いて行った。

 

 

 

 

「あそこよ!」

 

しばらく探すと、ム級の残骸の近くに仰向けで浮いている陽炎を見つけた。

 

「陽炎!しっかりしなさいよ!」

 

声を掛けるも、反応は無かった。

 

「潮、どうしよう…陽炎起きない…」

 

陽炎は浮くのが精一杯で、航行なんて出来る状態では無かった。

 

「こんな状態じゃ、曳航出来ない...」

 

「曙ちゃんが応急処置すれば良いじゃないですか」

 

前にも、同じような状況で陽炎の艤装を曙が応急処置した事があった。だが、あれはたまたま曙が予備の缶を積んでいたのと、工作艦の明石から応急処置の方法を教わったばかりだったから出来たのだ。

 

今は予備の缶なんて積んでないし、応急処置の仕方もあやふやだ。

 

「あたしなんかに無理よ…」

 

「無理じゃ無いです!曙ちゃんにしか陽炎さんを救えないんですよ!やって下さい!」

 

「分かったわよ…」

 

曙は手順を一つ一つ思い出しながら慎重に動いた。

 

「武装は残って無いか…逆に良かったわ」

 

弾薬などに火が回らないよう、本来なら砲塔に注水する必要があるのだが、その心配はいらなかった。

 

「作業用ハッチは…吹き飛んでるわね」

 

陽炎の艤装は、装甲部分がごっそり無くなっていて、中の装置がむき出しになっていた。

 

「予備の缶が無いから…潮、あたしの作業用ハッチ開いて」

 

「え?な、なんでですか?」

 

潮はおろおろしていた。

 

「あたしの艤装と繋がってるコードを陽炎に繋ぐの」

 

「そんな事したら曙ちゃんが…」

 

「それしか無いのよ!それに、船渠艇までならなんとかなるわ」

 

「わ、分かりました…」

 

潮は恐る恐る曙の作業用ハッチを開いた。

 

「適当なコードをいくつか引っこ抜いて陽炎のと繋いで」

 

潮は意を決して数本のコード一気に抜いた。そして、すぐさま陽炎のに接続した。すると、陽炎の顔にわずかながら生気が戻って、浮力も回復した。

 

「よし、ひとまずは沈む事は無くなったわ。急いで船渠艇まで運ぶわよ」

 

 

潮と曙は陽炎を曳航した。だが、途中で問題が発生したのだ。

 

「曙ちゃん!艤装から火が…」

 

曙の艤装から出火し始めたのだ。多分、同型艦では無い陽炎とコードをつないだため、互換性が無くて出火したのだろう。

 

「あたしは大丈夫よ!そんな事より陽炎を船渠艇まで運ぶ事だけを考えて!」

 

「で、でも…」

 

「無駄口叩く暇あったら主機もっと動かして!」

 

そう言いつつも、曙は服や艤装が焼けるのを肌で感じていた。

 

「曙!陽炎は無事なのか?」

 

長月と皐月が船渠艇の方から駆け付けてきた。

 

「なんとかね。あたしの艤装と接続してようやく浮いてられるってところかしら」

 

「曙の艤装から出火してるけど?」

 

「それは関係無いわ。長月と皐月で後はお願い出来る?」

 

「任せろ」

 

「ボク達にまかせてよ!」

 

長月と皐月が陽炎を曳航したのを見送ると

 

「はぁ、消火するわ…」

 

そう言って、艤装に注水した。

 

「潮、曳航お願いね」

 

「分かりました」

 

缶に直接注水したので、燃料と海水が混ざって動かなくなる。

 

そうなると、燃料と海水を分離するか、他の艦に曳航してもらうしか無いのだ。

 

「それにしても、疲れたわねぇ…」

 

「それだけ曙ちゃんが頑張った証拠ですよ」

 

「良いようにこき使われてるだけじゃないの?」

 

「そ、そんな事無いですよ。…多分」

 

「まぁ、駆逐艦なんてこき使われるのが当たり前だから気にしてないけど」

 

曙はふと、近くの海面を眺めてた。

 

 

すると

 

「せ、潜水艦カ級じゃないの!」

 

曙の真横で浮上したのは、潜水艦カ級だった。とっさに持ってた12.7㎝連装砲で思いっ切りぶん殴る。カ級はまさか砲塔で殴られるなんて思ってもおらずそのまま転覆して沈んでいった。

 

「び、びっくりしたわね…」

 

「撃沈したんですか?」

 

「分からない。殴っただけだから」

 

「もうすぐで船渠艇ですから。頑張って下さい」

 

「いや、あんたが頑張るんでしょ…」

 

そう話してる間に船渠艇に到着した。

 

「残念ながら入渠するにも船渠(ドック)が足りないんだ。比較的損傷が軽微な艦娘は後回しらしい」

 

船渠艇に乗り込んだ曙と潮に長月がそう告げた。

 

「あと、宿毛湾泊地から連絡があってだな、敵の艦隊は撤退を始めたらしいぞ」

 

長月の言うことは本当で、援軍として横須賀や呉などから駆け付けた愛宕達は、無事に輸送船団と合流した。それに、援軍に駆け付けた艦娘のほとんどが無傷なので、そのまま輸送船団の護衛をする事になった。

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

「はぁ…今回の合同演習の目的はなんだったのよ…」

「交流を深める事だろ?」

 

「あたし、交流なんて必要無いと思うんだけど」

 

「そんな事は無い。私は今回の合同演習について大成功だと思うがな」

 

「あら、司令官に単装砲を向けたのによく言えるわね」

 

「か、陽炎!?そ、それは言わないでくれって頼んだだろう…」

 

「あんたそんな事したの?度胸あるわねぇ…」

 

「クソ提督と呼ぶのも中々の度胸がいると思うが…」

 

「…それにしても、陽炎は大丈夫なの?」

 

「あたし?ム級を沈めたところまでは覚えてるんだけど…気が付いたら船渠(ドック)で目覚めたって感じ?」

 

実際、陽炎の服はぼろぼろだったが、傷のほうはほとんど治りかけていた。

 

「でも、うっすらだけど曙が心配してるのはなんとなく伝わってきたわ」

 

多分、艤装同士を接続したため、ある程度の感情が伝わったのだろう。

 

「あたしは何もしてないわよ」

 

「あれ?船渠(ドック)の前でずっとそわそわしてたのは誰だっけ?」

 

「ちょ、見てたの!?」

 

皐月はニヤニヤしながら言葉を続けた。

 

「船渠艇に着いたときの第一声が、"陽炎は無事!?" だったじゃないか~」

 

「そうだったのね。いや~、良い僚艦を持ったわ。お姉ちゃん嬉しいなぁ~」

 

「いつあたしの姉になったのよ。それに、ベタベタするな!」

 

「あなた達本当に仲良いわね」

 

その様子を初風は苦笑しながら見ていた。彼女も入渠していたのだが、ある程度治ったので損傷が酷い他の艦娘に船渠(ドック)を譲ったのだ。

 

「何?初風も混ざりたいの?あたしの可愛い可愛い妹だもんね」

 

「これが私の姉さんなんて聞いて呆れるわ…」

 

「駆逐隊の仲の良さなら雷達、第六駆逐隊だって負けてないわ!」

 

「その通りだね。私達は団結力がある」

 

「暁の駆逐隊なんだから当たり前よ!」

 

「確かに電達は仲が良いのです」

 

「あらあら、どの駆逐隊も仲がよろしいようでお姉ちゃん嬉しいわ」

 

和気あいあいとしてる中に現れたのは愛宕だった。

 

「合同演習お疲れ様でした。想定外の事が起こりましたが、なんとか終了出来ました」

 

正直、想定外過ぎた。

 

「この演習の成績を元に、遠征や一時転属などを行います」

 

それは初耳だった。

 

「詳しい事は横須賀鎮守府に着いてから説明しますので、その事を肝に命じておいて下さい」

 

やはり、ただの合同演習では無かったようだ。

 

「まもなく横須賀鎮守府よ。高雄達が出迎えてくれるらしいから、みんな甲板に上がってらっしゃい~」

 

自力で動ける者のほとんどが甲板に集まった。

 

すると、奥のほうから何かがこちらに向かって来ていた。高雄だ。空には艦載機の姿も見えた。

 

「まさか、九六艦戦がまだ現役なんかいな。ウチもほとんど見た事無いで」

 

龍驤が空を飛んでる艦載機を見てそう呟いた。

 

「あれは…」

 

陽炎は自分の目を疑った。そこにいたのは紛れもない空母娘だったのだ。細かい分類に分けると、軽空母だが空母である事には間違いない。それに、空に向けて弓を構えている人物は鳳翔だ。

 

古参の鳳翔は、出撃するのを他の人に譲るとか聞いたのだが実際のところは分からない。だが、鳳翔が出撃したのはほとんどの艦娘が見た事無かった。それに、空母の先駆けとなった鳳翔には、いろんな問題があった。

 

そのためか、赤城や加賀などの正規空母が配属された頃には第一線を退いている。とは言っても空母である事には変わりない。夕方から開いてる鳳翔のお店の時間以外では、しっかりと訓練をしているらしい。

 

現に鳳翔が飛ばしている艦載機は古いものの、綺麗な編隊を組んで飛行していた

 

「長旅お疲れ様です。ここからは、ふつつか者ですがこの私、鳳翔が船団護衛を務めさせて頂きます」

 

それまで船団護衛をしていた不知火や金剛四姉妹の無線にそう連絡が入った。

 

「まさか鳳翔さんが出迎えてくれるとはね。意外だったわ」

 

「そうだね。ボクも航行してるのは初めて見たよ」

 

「それにしても、綺麗な編隊を組んでるな。お店を開いているとは言っても、やっぱり空母なんだな」

 

正直言って、今回の船団護衛は失敗の分類に入る。輸送船は二隻が沈没、残った輸送船もほとんどが大破していたからだ。

 

「だか、私は成功だと思っている。泊地防衛は成功し、みんなが無事に帰って来たからだ。今回の事は私も学ぶ事があった。ありがとう」

 

提督は、鎮守府に帰投すると大破した者以外を集めてそう言った。

 

「実を言うと、今回の合同演習は宿毛湾泊地に一時転属させる駆逐隊を選ぶ為に行われたんだ。愛宕、発表を頼む」

 

提督は愛宕に引き継いだ。

 

「は~い。疲れてるだろうけど、もう少し頑張ってね。まず第二駆逐隊、あなた達は一週間後に宿毛湾泊地への一時転属を命じます。第五駆逐隊は同じく一週間後にリンガ泊地への一時転属を命じます。第六駆逐隊は引き続き横須賀鎮守府配属です。そして、第十四駆逐隊は…未定です」

 

「「み、未定ですか!?」」

 

思わず第十四駆逐隊全員が同じ事を口にした。

 

「えぇ、そうよ。一時転属はありえるんだけど…行き先は、まだ決まってないのよ。だから、とりあえず一週間の休暇を与えます。その間はしっかりと体を休めて下さい」

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

こうして第十四駆逐隊には一週間の休暇が与えられた。

 

「不知火もいるし、横須賀観光しようよ」

 

援軍として駆け付けた不知火と龍驤にも一週間の休暇が与えられ、休暇を消化したら呉鎮守府に戻る事になった。だが、呉鎮守府の提督からは

 

「横須賀の奴に引き止められても、帰ってこい」

 

と言う風に強く言われたらしい。

 

「転属先は未定かぁ…」

 

陽炎は愛宕の話が終わった後、桟橋の辺りをぶらぶらしていた。既に空は夕暮れ時で、海面に映る太陽の光が眩しかった。

 

 

「どこに転属しても、陽炎ならやっていけますよ」

 

隣には、同じく休暇を言い渡された不知火がいる。

 

「そうだと良いんだけどさ。なんか心配なのよねぇ…」

 

「陽炎に悩み事なんて似合わないです。陽炎は自分の思った通りに行動すればいいのですよ」

 

「…そうよね。あたしは陽炎型の一番艦だもの。こうやって可愛い妹達のためにも頑張るわよ!」

 

そう言って不知火に抱き付いた。艤装は修理で外している為、二人は何も装備していない。

 

 

 

こうして、長いようであっという間だった合同演習の幕が閉じた。




非常に長くなって申し訳無いです…
いずれ分けるつもりです。

これからもオリジナル艦娘などを出すべきでしょうか?

  • 出すべき
  • 出さないべき
  • オリジナル深海棲艦を出すべき

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