「やられたっ・・・!」
部屋には争った痕跡と、床に倒れ伏すメイトリックスさんと秋山さんの姿が、だがしかし、リッチモンド氏の姿はどこにも無かった。
「クソッ!!最悪だっ・・・!!」
俺は盛大に悪態をつきながら壁を殴った。
あの三人組を無力化した後に砲を突き付け、なんとか喋らせた。
まず連中の正体だが、MSG━━男性至上主義団体だった。
そして、ルーカスを狙った理由だが、実に簡単な事だ。リッチモンド財閥の莫大な金を手に入れる為の人質。
財閥の口座番号は彼が握っている為、あくまで番号を喋らなかった時の手段として利用する為に用意する手筈だったらしく、優先度の高いリッチモンド氏の誘拐はプロである亡国が請け負っていたらしい。
それを知った俺達は直ぐ様ブルジュ・ハリファの一室へと向かったが、その時リッチモンド氏は既に拐われた後だったのだ。
「う、うぅ・・・」
「く、そ・・・」
「ウィル!二人共生きているぞ!」
床に倒されていたボディーガードの二人が痛みに苦悶の声を上げながら立ち上がる。
「良かった。二人共ご無事ですか!?」
所々に青アザが見えるが、それ以外に目立った外傷は無い。
「ああ、なんとかね。・・・すまない、彼を守り切れなかった・・・」
「リッチモンドさんが友人との会談を終えた後、天井から奇襲を受けたんだ」
上を見上げると、確かに天井に取り付けられた通気孔のような所が開いていた。
発砲の痕跡が無いのを見ると、下手に撃ちまくってリッチモンド氏に当たらないよう控えたのだろう。
「撃たれる事は無かったが、見ての通りこのザマだ・・・!クソッ!」
メイトリックスさんが、ペッ!と、悔しそうに口に溜まった血混じりの唾を床に吐き捨てる。
「連中の目的は財閥の金だ。しかし、仮に彼が大人しく口座番号を言ったとしても、生かして帰しはしないだろう・・・」
メイトリックスさんの呟きを聞いて、ルーカスが嗚咽を漏らし始める。
そんな彼の姿を見た俺は、呟くように、しかし力強く言葉を発した。
「・・・まだ終わっていません。俺は彼を助けに行きます・・・!」
ここまま連中の行為を黙って見過ごすなんて腹立たしくてしょうがない。それに、奴らの手にその莫大な資金が渡るのもなんとしても阻止しないと・・・!
「ウィル、私を忘れてもらっては困る。私も腹に据えかねていたところだ」
先程まで付近を調べていたラウラが、こちらに歩み寄りながらそう告げてくる。
「俺もホーキンス君とボーデヴィッヒさんに同じだ。ここまま奴らの好きにさせるなんて真っ平ごめんだね」
「俺も同感だ。だが、連中がどこに逃げたのかも分からない今、見つける手立てはあるのかい?」
「確かにそこがネックだな・・・。助けに行くには連中の潜伏場所の情報が必要だ」
メイトリックスさんと秋山さんの言葉はもっともだろう。彼らは俺とラウラが既にその情報を簡単に手に入れられる状況にあるという事を知らないのだから。
「大丈夫です。俺達には
そう言って、隣にいるラウラにニヤッとした表情を向ける。
「ふっ、確かに。
俺の考えを察したラウラが、同じくニヤリとした表情を返し、メイトリックスさんと秋山さんは「?」とした表情を浮かべる。
ふと、視線をずらすと、今まで半べそをかいていたルーカスもいつの間にか泣き止み、何か真剣な表情で考え事をしていた。
「とにかく、時間が無いので外に向かう途中でお話します。ルーカス、パパは必ず連れ戻す。お前は「俺も行くよっ!」」
どこかで隠れているんだ。と、言う前にルーカスの声によって遮られた。
「なっ!?ルーカス君!それはあまりに━━」
「まあ待てよ、アーノルド。男は度胸って言うだろ?ここはあの子の判断に任せようぜ。リッチモンドさんの息子はそうヤワじゃない」
ルーカスの言葉を聞いて慌ててメイトリックスさんが止めに入ろうとするも、秋山さんが彼の肩に手を置いてそれを制止した。
「・・・ルーカス、本気で言ってるのか?」
「本気だよ。俺もパパを助けに行く!」
「これから先は本当に撃たれるかもしれないんだぞ?分かっているのか?」
「分かってるよ。けど、パパも怖い目に遭ってるかもしれないから・・・。俺も付いて行ってパパを助ける!」
その決意に満ちた瞳をじっと見つめて十数秒。
「・・・そう、か。よし!よく言ったルーカス!やってやろうぜ!!」
どうやら俺はルーカスを子供だからと、見くびっていたようだ。
彼のあのガッツを見ていると、
「・・・確かに、和也の言う通りかも知れん。ハハッ、凄まじいガッツだな。よし、ルーカス君は任せろ!」
「ああ、今度はやられはしない。リベンジだ!奴らに一泡吹かせてやる!」
「よし!それじゃあリッチモンド氏を拐った連中に思い知らせてやろうっ!!」
「「「おおっ!!」」」
室内に、五人の勇ましい声が響いた。
▽
薄暗く、周りをコンクリート壁に囲まれた部屋にポツンと置かれた椅子と机。
そこには、白いスーツを着た男性が縛られており、目の前には男が一人対面するように座っていた。
「なぁ、リッチモンドさん。この問答もそろそろ終わりにしたいんだが、おたくの資産を少し分けてくれるだけで良い。そうすればアンタは無事に解放され、俺達には金が入る。お互いWin━Winじゃないか。な?」
「・・・・・」
「だからさ、口座の番号を教えてくれよ」
「断る!お前達のようなサイコ共にやる金など、びた一文も無い!」
「・・・ハァ、はいはい、予想通りだ。また明日来るよ。ケッ、手を出しても構わねぇんなら、今すぐにでも口を割れるのに・・・。ああ、そうだ。一つ忘れていた。確かアンタには
三日月のように曲げられた男の口から、息子の名前が出てきた。
「っ!?」
「ああ、安心してくれ。
「き、貴様っ!!」
「ま、今日はもう終わりにしよう。明日までによく考えていてくれ。じゃあな」
そう言って男は出て行ってしまった。
「みんな・・・スマン。無事でいてくれ・・・」
部屋に取り残されたアランはただただ息子やボディーガード、IS学園から来た二人組の安否を心配するのだった。
「どうだ?リッチモンドの奴、吐いたか?」
「いんや、全然ダメだ。金持ちのボンボンはもっと口が緩いと思ってたぜ。ったく、あんな野郎、膝に二~三発撃ち込んだら小鳥みたいにピーピー歌ってくれるだろうに」
「俺も尋問初日から直ぐ喋ると思っていたぜ。でも、撃つのは番号を聞き出してからだと言われているからな。それまでは手を出すなって言われてるし」
「それくらいじゃ死なねーよ、ビビり過ぎだろ。にしても、あいつらは何やってんだ?人質のガキ一人連れてここに来るだけだろ?遅すぎる」
「さぁ?色々あるんじゃねえのか?」
そう言いながら、廊下を歩いて行く男達。
だが、ルーカスを拐いに行った三人組がもうここに帰って来る事は二度と無いという事にまだ気付いていなかった。
▽
「━━と言う訳なんですよ。っと、着いた。こっちです」
これまでの経緯を二人に説明しながら移動していると、ブルジュ・ハリファ近くの立体駐車場に着いた。
全員の視線は目の前に停められている黒のSUVに注がれる。
「あの車のトランクの中です。奴らから聞き出しましょう」
「まさか捕虜を捕らえていたとは・・・。ここまで車を運転して来た事にも驚きだが・・・」
そりゃあ、まあ、前世では車を持ってたし。運転はうろ覚えだったが・・・。
事情を知っているラウラと当の本人である俺は、お互い顔を見合わせて苦笑した。
何?自動車免許?・・・・・・君達は何も聞かなかった。OK?
「よし、開けるぞ」
ガチャリとメイトリックスさんが黒いSUVの後部トランクのドアを開ける。
「「「っ!?!?」」」ビクゥッ!?
中には口にガムテープを貼られ、太い縄で一切身動きが出来ないようグルングルンに縛られた男達が押し込まれていた。
「さて、単刀直入に聞くぞ?リッチモンド氏をどこへ連れていった?」
リーダーの男のガムテープを剥がしながら質問を投げ掛ける。
「プハッ!ハァ、ハァ。だ、誰がお前らなんかに話すかっ!」
まぁ、予想通りの反応だ。
こういうのは趣味では無いが、もう一度76mm砲を出してO・HA・NA・SHIするしか無いか・・・。
そう思いながら前に出ようとすると、メイトリックスさんが手を出して制止した。
「ホーキンス君。ここは俺に任せてくれ」
そう言って腕捲りしながら男達の元へと向かって行き、リーダーの男をトランクから引き摺り出した。
まさか殴りまわす気じゃ・・・。
そう思っていた俺達だが、彼は予想の斜め上を行った行動に出た。
「・・・・・」
「う、うわぁぁああっ!?」
なんと、とてつもない怪力でリーダーの男の左足を掴み上げ、そのまま地上高12mで宙ぶらりんにしたのだ。
「さあ、頭を冷やして考え直せ。もう一度聞く。彼をどこへ連れて行った?」
「は、放せっ!放せぇ!」
「お前を持ってるのは利き腕じゃないんだぜ?正直に話せば逃がしてやる」
「くぅっ・・・!ひ、人質に使うそこのガキを捕まえて『デルゥ基地』で合流後、明日の午後八時にここからおさらばする予定だったんだ!リッチモンドもそこに拘束しているっ!」
成る程、つまりそこにリッチモンド氏と彼を連れ去った奴らがいるという訳か。タイムリミットは多く見積もって、残り十一時間・・・。
「デルゥ・・・随分前に放棄された基地だな。ここからかなり離れた砂丘の中にあった筈だ。確かにそこなら・・・」
「成る程、放棄された軍事基地なんて誰も寄らないから、連中にとっては絶好の潜伏場所だな」
ラウラと秋山さんが腕を組み、納得したように頷く。
どうやら敵さんはおあつらえ向けの隠れ家を手に入れたようだな・・・。
「メイトリックスさん、ありがとうございます。これで必要な情報は手に入りました。そろそろ・・・」
「オーケーだ」
彼は依然としてリーダーの男を掴み上げたまま、こちらに振り向き短く頷いた。
「さ、さあ、これで全部話したぞ!」
宙ぶらりんの男がまたギャーギャーと喚き散らし始める。
「お前を逃がしてやると約束したな」
「そ、そうだ!約束通りさっさと俺達を解放しろ!」
「━━あれは嘘だ」
「へ?━━ぶぎゃっ!?」
言うや否や、メイトリックスさんの右ストレートが炸裂し、先程まで喚いていた男は完全に伸びてしまった。
「紐無しバンジージャンプよりはマシと思え」
そう言いながら気絶した男を担いで戻って来た。
「さてと、それじゃあこっちも」
「少しの間眠ってもらおうか」
「「っ!?」」
俺と秋山さんは、二人仲良く拳をパキポキと鳴らしながら、ゆっくりと残った二人の男に歩み寄って行く。
すると、ガタガタと震え出す二人。
彼らの目には、俺と秋山さんはどう映ったのだろうか。恐らく、ラウラがそっとルーカスに手で目隠しをしているのが答えだろう。
「や、止めろぉ・・・!」
そう懇願してくるが、ここでこいつらを野に放ったら、また同じ事を繰り返す。そうさせない為にこの二人には一度眠ってもらい、その間に警察署に送り届ける。
幸いな事に、こいつらが持っていたピストルには指紋がベッタリだ。時間が無い為、警察署の前に置いて行く形になるが、後は向こうがなんとかしてくれるだろう。
「「ギャアアアアアァァァ!!」」
暗い夜空に二つの野太い絶叫が轟いた。
デルゥとは、アラビア語で『盾』と言う意味だそうです。