三冠牝馬が女性ジョッキーに転生する物語   作:nの者

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今回はサチの先輩、ひとみの語りです
新たに二人の女性騎手が登場します


センパイトセンパイ(時にはかしましく)

 土曜中山のメインレースはダービー卿チャレンジトロフィー。サラ系四歳以上のハンデキャップ戦。

 汗取り――体重調節のためにサウナに入っていたアタシの耳に、陽気な関西弁が響いた。

「おお! 先客がおるやん!」

 続いてのんびりとした声。

「ひとみちゃんだぁ~」

 アタシにとって先輩にあたる二人の女性ジョッキーが入ってきたのだ。

「うっす、どうも」

「今日も絶好調やなあ。フェブラリーS勝って、宮記念も三着やろ? ちょっとでええからおすそ分けしてほしいわぁ。あやかりたいわぁ。せや、拝んどこ。ナムナム」

「…………」

「ナムナム」

「…………あの」

「ナムナム」

「えっと……」

「はよツッコんで! ボケたらツッコむ、当たり前のことやん! パス出したらシュート打つ、ピッチャー投げたらバッター打つ、それと同んなじくらい常識やで!」

「あ、スンマセン……」

「まったくもうアンタは、何べん言わすねん。もうええ、帰らしてもらうわ!」

「あ、あの…………」

 入って来たばかりなのに立ち上がってスタスタと去って行く彼女の姿を見る。

 すると彼女は途中で振り返って「止めてぇーな! あたし何しに来てんねん!」と勢いよくツッコむ。関西人のノリがよく分からないアタシは、しどろもどろ苦笑いを浮かべるほかない。

「あっはは~」

 隣ではけらけらとした笑い声がする。アタシたちすっ裸で何をやってるんだろう、と思わなくもない。

 

「牡馬なぁ、去年は若葉ステークスでギリギリいけたけど……今年はアカンかった、滑りこまれへんかったわ」

「わたしもダメだった。くやしいなぁ~」

「いやいやアンタぜんぜん悔しそうやあらへんやん! 血の滲むような悔しさが微塵もないやん!」

「まぁ~、競馬は時の運だからねぇ。あんまりカリカリしちゃダメだよゆかりん」

 関西弁を話すのが八坂優花里(やさかゆかり)先輩。おっとりした口調なのが小中美由(こなかみゆ)先輩。どちらも関西のジョッキーだ。

「でも優花里先輩、牝馬はいけるじゃないっすか」

「そらなぁ。これでも伊達に牝馬クラシック勝ってないっちゅうねん!」

「困ったことに馬も人も、男にはモテないんだけどねぇ」

「うっさいわ!」

 優花里先輩はアタシが女性初となる平地GⅠを優勝した後にGⅠレースを制した、史上二人目の女性GⅠジョッキーだ。お父さんは地方競馬の元騎手で現在は調教師。中央競馬の騎手では現役最年長。

「ゆかりんももう三十だっけ~?」

「違うわ。まだギリッギリでピチピチの二十代や」

「う~ん。デビューしたての頃は可愛くってアイドルみたいだったのに、すっかり新喜劇みたくなっちゃったねぇ」

「お笑いなのは元からや! それに今やって結構カワイイ……カワイイはさすがに無理あるか……び、美人やっちゅうねん!」

「ゆかりんカワイイ~」

「やめーや! 撫でんな! これでもあたしのが先輩やぞ!」

 コテコテの関西人らしい性格で、明るく面倒見がいい。中央に六人いる女性騎手の中ではまとめ役だ。

 短距離・マイルに強いジョッキーで、関西の競馬場では鬼のような強さを見せる。一方で、関東のレースでは信じられないほど成績が低調。本人曰く「呪われとるかもしれんね。お祓いせな」とのことだが、お祓いに行ったとも効き目があったとも話は聞いていない。。

「いーい? 美人っていうのはぁ、ひとみちゃんみたいな女性のことを言うんだよ? ねーっ」

「あっ、いや、ちょっと分かんないですけど」(――アタシなんてゴリラみたいなモンなんで)

「ほーら、本当に美人な人は、自分でそう言わないものなんだよぉ?」

 のんびりした口調で話す美由先輩。染めた髪に、丁寧に塗られた鮮やかなネイル。見た目だけでいえばアタシとは真逆な、ちょっとギャルっぽい派手な雰囲気の女性だ。会話のリズムや喋り方も独特。

 そんな彼女の競馬観・騎手観は「いかに馬に負担をかけない乗り方をするか」。その信条は彼女の整った騎乗フォームにも表れている。正確な体内時計の持ち主で、聞いた話では寝ぼけながらでも計ったようにラップを刻めるそうだ。大局観に優れ、時に閃きと天才的なセンスで大胆な騎乗をすることもしばしば。感覚型のジョッキーともいえる。重賞をいくつも勝っているが、GⅠ勝ちはひとつもない。不思議に思って聞くと『なんだろ。ガツガツしてないからかなぁ~』と笑っていた。

「ねーえひとみちゃん、苔って興味ある?」

「こ、苔っすか?」

「そっ。わたし、テラリウムでね、育ててるんだけど、眺めてるとなーんか癒されるんだよねぇ。緑色のほのぼのした感じがいいんだよ~」

 そんな美由先輩は、多趣味だ。しかも、派手な見た目に反して、かなり古風な趣味だ。

 これまで聞いたのは茶道だったり、落語だったり、釣りだったり。DIYにも凝っているらしくこの前はお手製の棚をインスタグラムにアップしていた。

 残念ながらアタシにはそういった趣味はなかった。しいて挙げれば筋トレとスポーツ観戦くらいか。

 そうこうしていると、サチがやって来た。今日中山競馬場に集まった女性騎手は四人だからこれで全員だ。

「お邪魔しまーす!」

「邪魔するなら帰ってぇー!」

「あ、はい。じゃあ失礼しまーす」

「あ、ちょいちょい待ちぃや!」

 サチは優花里先輩とのやり取りを難なくこなしていた。順応力を見るに、きっとサチは栗東に所属していても上手くやっていけただろう。

「えへへ」

「サチコはノリ良くてええわぁ~。まあ、郷田は郷田でカワイイところあるんやけどなぁ。もっとも、新人の頃はホンマ『触るもの皆傷つけ』って感じやったけども」

「『ナイフ』って感じだったよねぇ~」

「うっ」

 デビュー当時の郷田ひとみ、つまりアタシはかなりスレていたというか尖っていたというか。そんな感じで、過剰に女扱いされるのを拒んでいた。今でこそある程度折り合いをつけられるようになったものの、当時は相当酷かったと我ながら思う。そうした時期に世話を焼いてくれた先輩二人には頭が上がらない。

「その節は……申し訳なかったッス」

「ええねんええねん! 人間誰しも若い頃はツッパるもんや! アンタの気持ちも分からんでもないし」

「そうそう。こうやって次の子たちに受け継がれていくものだからさ~」

「そうですよ!」

「なんでサチまで得意げにいうんだよ? アァン?」

「ごめんなひゃい」

「どわっはっはっは」

 サウナが笑い声で包まれた。

 

                  ※

 

『皐月賞有力馬・想定騎手・戦績・前走・評価』

 

フォーユアアイズ/郷田

牡3 美浦 (4.0.0.0) 弥生賞1着

評価 S

4戦4勝の二歳王者、皐月獲りへ体勢万全

 

ドリームメイカー/王子

牡3 栗東 (3.0.0.0) きさらぎ賞1着

評価 A

重賞連勝中、名手の手綱さばき光る

 

フリップフロップ/シンガー

牡3 栗東 (3.0.0.0) ホープフルS1着

評価 A

もう1頭の2歳王者、休み明けも問題ナシ

 

シンプルプラン/井浦

牡3 美浦 (2.1.1.0) スプリングS1着

評価 B

中山は2戦2勝、得意の舞台

 

                  ※

 

 12Rまでが終了した。

 ダービー卿チャレンジトロフィーにはアタシと優花里先輩と美由先輩の三人が出たが、全員掲示板には絡めなかった。

「ひとみさん、美由さん、優花里さん、お疲れ様でした」

「他につられて行きたがっちまったな。ノーチャンスだ」

「勝った馬が強かったね。まぁ、こういう日もあるよねぇ~」

「ど、どうや! 参ったか! 今日はこのぐらいにしといたる……ぐはぁっ!」

「あはは。あ、そういえば、皐月賞の想定出てましたよ。ちょっと気が早いかもですけど」

 サチに言われて確認すると、一番初めにフォーユアアイズの名前があった。

「体勢万全か……まあその通りなんだけど、負けらんねえな」

 一年前。

 師匠――フリーになってからも目にかけてもらってる大塚先生の計らいで、ある二歳馬に乗せてもらった。その背中があんまりにもしっくりときて、乗り味がハマったもんだから、すぐさまアタシは頼み込んだ。『頼む、おやっさん! コイツに乗せてくれ!』

 先生は『乗ってもらいたいからお前を呼んだんだ』といった。

 デビューは東京の新馬戦で、出足は悪かったものの大外を回して直線だけで勝つ競馬をやってのけた。二戦目の重賞では好スタートから好位につけて直線抜け出して押し切り勝ち。初GⅠの朝日杯FSで他馬をちぎった時にはクラシックを確信した。図抜けた才能と能力。三冠も夢じゃなかった。

 もし、皐月賞へ向けて障害があるとするならばそれは「獅子身中の虫」――アタシ自身に他ならなかった。

 勝負度胸は備わっているつもりだったが、初めてダービーに乗った時には完全に雰囲気に呑まれてしまった。ダービーの日のあの場所は、あまりにも特別だった。

 そして、恐らくというよりも間違いなくフォーユアアイズは一番人気になる。これだけの人気を背負ってクラシックの舞台へ臨むというのは初めてだ。新馬から一度の乗り替わりもなく、一度も負けることなく、王者として挑戦者を迎え撃つというシチュエーションも未経験。未知の領域だ。

 

 ――この不安に決着をつける方法を、アタシはひとつだけ知っている。

 

 優花里先輩がアタシの肩に手を置いてつぶやく。

「頼むで郷田。皐月獲って、ダービーも獲ってや。女のダービージョッキーなんてあたしらにとっても悲願やねん。これまではあっこに乗せてもらえるだけでも夢物語やったのに、今はすぐそこまで近くに来とる」

「優花里先輩……」

「アンタは控えめにいうても『バケモン』やしな。せや、朝日杯でボコボコにされた恨みはキッチリ返したるから、とっととてっぺん三つかっさらって待っとれ! ……ま、気負いすぎたらんようにな!」

「そうそう。ゆかりちゃんってマジメすぎるところがあるよねえ。でも、それがいいところでもあるんだけどねぇ」

「あ、郷田! また仏頂面でインタビューなんかしたらアカンで! ウチらも客商売なんやから、露骨に嫌そうな受け答えは御法度や。もっとあたしのように――」

「ゆかりんのインタビューねぇ。なんだか面白いこと言おうとして変な感じになっちゃってるからぁ、気をつけましょうね~」

「ギクッ!」

「そういえば優花里さん、表彰式でもコケたりしてますよね」

「ちゃうねん……血が騒ぐんや……関西人としての血が……」

「優花里先輩――」

「どしたん?」

 

 ――勝つことだけだ。

 

「アタシ、勝ちます。勝って、証明してきます」

 

                  ※

 

スプリングタイムス電子版 4月□□日

郷田旋風!2歳王者でまず一冠目!

 現在リーディング首位に立つ郷田ひとみ騎手の勢いが止まらない。

 今年最初のフェブラリーSをアルクサラウンドで制すと、高松宮記念ではレトロオネスティで三着、大阪杯では8番人気のアペンドアンドレアで二着に食い込んだ。牝馬GⅠクラシック第一戦の桜花賞でもウィスタリアを二着にエスコート。まだ四戦とはいえGⅠの舞台では脅威の安定感を誇る。

 中山で行われる牡馬クラシック皐月賞。郷田騎手は朝日杯FSを優勝したフォーユアアイズで挑戦者たちを迎え撃つ。追い切りでも充実した走りを見せ、管理する大塚保夫調教師は「弥生賞の時より状態が良い」と手応えをのぞかせる。

 昨年以上の勢いを見せる郷田騎手。もはや『女性』という枠を飛び越えた活躍を見せる彼女に、女性初のダービー制覇を期待する声も多い。

 当日の単勝オッズ一倍台が予想される世代最強馬とのコンビで『まず一冠目』を狙いにいく。

 

                  ※

 

 皐月賞だった。

 中山競馬場がいつになく異様なムードに包まれていることは感じ取っていた。

 だけど、それは予想した範疇。

 普段通りの競馬ができれば取りこぼすことはない。

 普段通りの競馬ができなくとも、地力はこちらの方が上だ。

 馬の力を信じるだけだ。

 高らかに響くファンファーレを聴きながら、

 アタシは、大丈夫と思っていた。

 理想通りとはいかなくとも、何百何千通りあるうちから「最悪のケース」を引くことだけは無いと思っていた。

 もしかしたら、考えないようにしていたのかもしれない。

 ゲートに入り、深く息を吸い込もうとしたのだが、呼吸が落ち着かない。

 

 ――そして、ゲートが開いた。

 




次回はダービー回
ひとみがメインの話です
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