三冠牝馬が女性ジョッキーに転生する物語   作:nの者

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新キャラ登場です。
作品に新しい女性ジョッキーが登場するたびに「プリキュア戦士追加」みたいな気持ちになります。


ブレイブボーイ(微笑は雪解けのごとく)

『――生垣障害を全馬クリア。向こう正面に出て行きます。先頭は2番ベルグホック、五号の竹柵障害を飛越しました。その後遅れて7番のフィールソーグッド、4番のシャカッチもこれはクリア。馬群は縦長です。外目につけて5番トネール、半馬身切れて8番ブレイブボーイはここです。9番アカイサプライズ、3番ミネイロジギルが続きます。

 先頭ベルグホック、七号の生垣障害を飛越しました。3コーナーカーブに差しかかって、徐々に後続との差が詰まってきたでしょうか。逃げを打ったベルグホックを追いかけるフィールソーグッドとシャカッチ。その後ろの集団が一団といった具合です。

 生垣障害を飛越して、十五馬身くらいあったリードが今は五、六馬身程度といったところでしょうか。4コーナーカーブして上がって来たのは8番のブレイブボーイ。今二番手集団をとらえようというところ。

 ベルグホックがダートコースを横切って、最後の直線芝コースへと出ます。スタンドからの拍手に応えて先頭ベルグホック! ブレイブボーイが前をとらえて今、単独の二番手! 三番手にはフィールソーグッド。さらにシャカッチ、トネールと大きく広がった!

 最後の障害を、飛越しました! ベルグホック、ちょっと体勢を崩したか。残り200の標識を前に、先頭はブレイブボーイだ! 二番手追い上げるフィールソーグッド! 離れた三番手は10番タッチワンスローが追い込んできています!

 先頭はブレイブボーイ! ゴールイン!

 二着にはフィールソーグッド、やや離れた三着はタッチワンスローです。

 J・GⅢ東京ジャンプS、制したのはブレイブボーイ。鞍上は柊雪絵騎手です――』

 

                  ※

 

――放送席、放送席。東京ジャンプSをブレイブボーイ号で見事に制しました、柊雪絵ジョッキーです。柊ジョッキー、おめでとうございます。

 

『ありがとうございます』

 

――道中は逃げ馬、そして二番手集団を見るように中団につけ、直線で逃げるベルグホックをとらえて差し切りました。ご自身の中で手応えはどうでしたか?

 

『そうですね……鎧袖一触です』

 

――えー……飛越のほうも、今日は良い手応えだったんじゃないでしょうか。

 

『はい。頑張って跳んでくれました』

 

――そして、柊ジョッキーにとっては今年最初の重賞タイトルが障害競走、この東京ジャンプSとなりましたが、平地競走の時と比べて意識している点は何かありますか?

 

『長丁場なので、ペース配分は気に掛けています』

 

――当然平地でのタイトルも狙っていると思います。今年は郷田ジョッキーがダービージョッキーとなりましたね。

 

『そうですね。素晴らしかったです』

 

――柊ジョッキーもダービーをはじめ、GⅠのタイトルを狙っていると思いますが、他の女性ジョッキーへの意識というのはどうしょうか?

 

『……はい? もう一度お願いできますか?』

 

――えーと……女性ジョッキーの中での競争意識であったり、そういった部分で何か思うところがありますでしょうか?

 

『女性だからどう、ということはありませんが? それが何か?』

 

――はい……

 

『女性ということで注目されるのは分かっていますが、レースに出れば全員が横一線です。性別も年齢も些末なことじゃないでしょうか?』

 

――ありがとうございます。……それでは、最後にファンの皆さんにメッセージのほうをよろしくお願いします。

 

『ブレイブボーイを、これからも応援よろしくお願いします。……ありがとうございました』

 

                  ※

 

 柊雪絵は栗東に所属する女性騎手である。

 女性ジョッキーの中では唯一、平地だけでなく障害競走にも騎乗している。

 実は中学時代までは有名なお嬢様学校に通っていたという経歴の持ち主であり、馬術競技経験者。かつては馬術のジュニア選手権で上位入賞を果たしたこともある。

 騎手としてデビューした年にはプロのレベルの高さに苦しんだが、二年目からは安定し、成績を徐々に伸ばしている。昨年は平地と障害の重賞を勝ち、二刀流女性ジョッキーとして人気を集めている。

 性格は物静かで大人しいが、レースになると積極的な騎乗で泥臭く勝ちに行く姿勢を見せる。「彼女は想いを行動で表現する」とは、彼女の師匠である調教師の言葉だ。

 

 冷や汗をかいたインタビュアーが質問を打ち切って、勝利ジョッキーインタビューが終わった。

 引き揚げてきた柊雪絵を、ジョッキーたちが出迎える。賑やかしの一人が「やっぱり『雪の女王』やね」とからかうと、雪絵は顔を赤くして否定した。

「そんな……そういうつもりじゃないんです」

「アナウンサーもタジタジやったね」

「まぁええんやない。それも雪絵ちゃんの味やし」

「……いえ、もっと、上手く喋れたらいいんですけど……」

 

 彼女の悩みは「怒ってる?」「もしかして機嫌悪い?」と、よく人から聞かれることだ。

 本人に全くその気はないのだが、周囲の人の目にはそのように映るらしい。

 彼女の「集中したり考え事をしたりすると人の言葉が耳に入らなくなる」「注目されると緊張して硬くなる」性格が、そうした拍車をかけている。

 とりわけ大勢の人がいたりカメラが回っていたりするような場所は苦手だった。

 そうした言動――彼女の中の切り取られた一部分――から、『高潔で冷血なお嬢様』『雪の女王』などと一部ファンの間では認識されるようになってしまった。

 これについて彼女も戸惑っていた。新人騎手の中にはこうしたイメージのために雪絵に対して「近寄りがたい」「怖い」というイメージを持っている者もいる。(ひとみも「怖い」部類に入るが、これは彼女が若手の教育係として「叱り役」を買って出ているという事情もある)

 彼女の交友関係は狭いほうだ。よく話すのは、障害レースに出る騎手と、同期の騎手、加えて女性騎手。同じ競馬場で乗る機会の少ない関東の騎手には「ジョッキールームで雪絵が喋っているところを見たことがない」という騎手もいる。

 

 ポンと肩を叩かれて、雪絵はビクッと身体を震わせた。

「よっ。おめっとさん!」

 振り向くとプロテクターを着込みヘルメットを被ったひとみがいた。雪絵は丁寧に一礼してから返事をする。

「郷田先輩……ありがとうございます」

「ジョッキールームすごかったぜ。みんな声出して見てたよ」

「そうだったんですか」

「サチなんか直線で叫んでたからな『雪絵さん!雪絵さあぁぁぁん!』って勢いで」

「君野さんが……」

 雪絵にとって佐知子は後輩にあたる。東西の違いはあれど、ローカル開催でよく一緒になることがあった。そのたびに、雪絵は佐知子のコミュニケーション能力の高さに感服していた。彼女が来ただけでパッと場が明るくなる。その様は雪絵とは正反対だった。

「そうそう、今日のインタビューはなかなかよかったんじゃねえか?」

「いえ……今日も、全然です。上手く受け答えできなくて、インタビュアーの方を困らせてしまいましたから……」

 終わった後にフォローを入れたものの、インタビュアーは「自分の力量不足です」と項垂れていた。

「でもよお、言いたいことちゃんと言えるようになったじゃねえか」

「……そうでしょうか?」

「ああ。『はい』と『そうですね』だけだった頃に比べたら、サマになってきたな。まあ、慣れだ。……アタシも昔は酷かったから」

 ひとみは苦笑した。雪絵は照れながら「ありがとうございます」と小さく返した。

 

                  ※

 

 土曜の開催が終わり、佐知子と雪絵は夕食を共にしていた。

「いやあ、ホントにおめでとうございます! 雪絵さん!」

「君野さん……ありがとうございます。……あの、ついてますよ」

「え?」

「ええと、ここです」

 雪絵は口元を指差して、ハンカチを差し出した。

「あ! ありがとうございます!」

「いえ」

「それにしても今日が雪絵さんかぁ。先週のマーメイドSが美由さん。鳴尾記念が優花里さん。ひとみさんがダービージョッキー。なんだか、みんな絶好調ですね! ……私も勝ちたいなぁ」

 

 現在は三場開催。そして明日の宝塚記念が上半期の中央開催の総決算であり、翌週からは夏のローカル開催が本格的に始まる。

 女性騎手で宝塚記念に騎乗するのはひとみ、優花里、美由の三人。中でもひとみと優花里は人気上位の馬に乗ることが決まっている。

 そのためひとみは12Rが終わってすぐにタクシーに乗って新幹線の駅へ向かっていた。

 

「あの、今日は……ありがとうございました」と雪絵は蚊の鳴くような声でつぶやいた。

「え? 私なにかしましたっけ?」

「いえ……その……一緒にお食事してもらって」

「あ、いえいえ。私のほうこそありがとうございます。その……お話しながらご飯食べると楽しいですから。それに、雪絵さんとお話するの、好きですし」

 あっけらかんと言う佐知子の真っ直ぐな視線に耐えれず、雪絵は目を逸らした。

「あ、食事といえば、今度のジョッキー女子会の集まりが宝塚記念の祝勝会になればいいですね~」

「そうですね……」

 ジョッキー女子会。中央競馬に所属する六人の騎手で構成されるグループだ。最近では地方の葉流競馬に所属する湖月美景も参加に興味を示しているらしい。

 ここで佐知子が話題を転換した。

「そういえばこの前オススメしてもらった小説読みましたよ」

「ど、どうでした?」

 雪絵はドキドキしながら尋ねた。

「面白かったです! 表紙とタイトルだけ見たら、ちょっとカタいのかなって思ったんですけど、読んでみたらあっという間に読めちゃいました」

 その言葉に、雪絵はほっとしたような表情を見せた。

「……良かったです。君野さんなら、きっと気に入ってもらえると思っていたので」

 雪絵は大の読書家だった。騎手の道に進む前には文筆業で身を立てていきたいと思っていた彼女は、今では競馬雑誌に不定期で短文を寄稿している。関係者内でもなかなかの評判だった。

「また、何かオススメがあったら教えてくださいね」

「はい。そうですね……それでしたら、読みたい作品の方向性などを教えていただければ、何かご紹介できるものがあるかもしれません」

「あ! じゃあ言ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 慈愛に満ちた微笑を浮かべて、雪絵は佐知子の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

『晴駿』「キシュのホンネ」 柊雪絵騎手について

 

「障害に乗れる若い騎手は少ない。彼女は上手いだけじゃなくて研究熱心。華もあるし、障害レースも盛り上がってくれたらいいよね」(栗東・ベテラン騎手)

 

「本を読んでいる姿が画になる。品がある」(栗東・中堅騎手)

 

「この前、夜ご飯食べに行った時なんだけど、ストローと間違えてマドラー吸っててかわいかったぁ~」(栗東・女性騎手)




~郷田ひとみ騎手(デビュー当時) 勝利インタビュー語録~

(「よく届きましたね」という質問に対して)『届くと思って乗ってましたから(半ギレ)』
(「女性として~」という質問に対して)『女だからとか関係ないでしょ(半ギレ)』
(唐突に振られたクリスマスの話題に対して)『それ、聞く必要あんの?(キレてる)』

優花里「あの頃はアンタも若かったなぁ」
ひとみ「……マジですんませんした」
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