三冠牝馬が女性ジョッキーに転生する物語   作:nの者

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ダービーでした……なんてすごいんだ……
浜中ジョッキーダービー制覇おめでとうございます

今回は郷田ネキ無双編です。




ワンデーエイト(郷田ひとみが止まらない)

 夏競馬が終わりを迎えた。

 秋のクラシック、そして古馬GⅠ戦線へ向け、各陣営がいよいよ本格始動する9月に入った。

 そんな中にあって、絶好調な騎手がいた。

 郷田ひとみである。

 初めてダービージョッキーの栄冠を手にした天才女性騎手は、夏の間にさらに調子を上向かせていた。

 それを圧倒的に裏付ける日があった。

 9月2週目の土曜開催。中山に舞台を戻しての競馬で、郷田はリーディングジョッキーとしての貫禄を見せた。

 

                  ※

 

 2R(二歳未勝利 芝・1600)を二番人気の馬で差し切り勝ち。続く3R(三歳未勝利 ダート・1200)では一番人気に応え、二番手抜け出しの押し切り勝ち。5R(メイクデビュー 芝・2000)では再び二番人気の馬で、直線抜け出して勝利。6R(三歳未勝利 芝・1600)では三番人気に推されたが、直線最後で先頭の馬を捕まえられずに二着。だが、8R(三歳以上500万下 ダート・1800)では6番人気の馬で、好スタート好ダッシュからの逃げ切り勝ち。

 

 ここまで五度の騎乗機会で全て連対、四勝を上げていた。

 この成績を受け、残る4レースでは彼女の乗る馬に人気が集まった。

 

 9Rアスター賞(二歳500万下 芝・1600)では午前の時点で三番人気だった馬が一番人気に。そして、その馬で見事に勝利を収め五勝目。

 10R鋸山特別(三歳1000万下 ダート・1800)でも一番人気が続き、後方待機から直線一気の競馬で勝利。六勝目である。

 

 こうなってくると、もう勢いは止められない。

 

 11Rは三歳牝馬重賞の紫苑ステークス。

 乗るのは春のクラシックロードからの相棒――桜花賞二着、オークス五着のウィスタリアだ。残る一冠、秋華賞へ向けての前哨戦。彼女はもちろん一番人気だ。

 こうなってくるとひとみは「集中モード」に入る。目を閉じ、無心になり、集中力を高める。だが、彼女のことをあまり知らない騎手からすれば「話しかけたらコロス」オーラに見えるらしいからアラ不思議。

 そんなひとみに声をかける者がいた。無謀者? いいえ、佐知子です。

 

「ひとみさんひとみさん」

「……ん? サチか?」

「今日チラッと見たんですけど、ウィスタちゃんかわいかったですよー。髪を編み込んでもらってて」

「へえー、洒落たことするなあ。それで速くなってくれりゃあいうことなしなんだけどよ」

「もー、ひとみさんはまたそういうこと言って……」

「悪い悪い。でもよ、ちゃんと秋華賞への切符は獲ってくっからよ。……ま、賞金額あっからたぶん行けると思うけど」

「ウィスタちゃん、とってもいい子なので是非連れていってあげてください」

「おうよ」

 

 佐知子は、ひとみが乗っている馬に調教も乗せてもらうことが多い。このウィスタリアや、ダービー馬のフォーユアアイズがそうだった。

 調教師曰く『普段も女性が乗っていたほうが、馬も違和感が少ない』とのことだった。これは東西どちらでもそうした傾向があったが、特に美浦では女性騎手は二人しかいないため、佐知子にこうした話が回ってきやすいのだ。

 

 

                  ※

 

 紫色の勝負服に身を包んだひとみは馬上で思う。

 ウィスタリアは一生懸命な馬だ。どんな状況下でも、どんな相手でも、必死に走ってくれる。パドックでも元気の良い姿を見せていた。

 それだけに春のクラシックでチャンスをものにしてやれなかったのが悔しかった。とりわけハナ差で逃した桜花賞が悔やまれた。

「よろしくな」

 たてがみを優しくさすり、ひとみは微笑んだ。

 春がどうであったとか、今日これまで何勝したかなど、余計なものを全て置き去って、ただウィスタリアとの対話だけに全神経を研ぎ澄ませ、ゲートに入った。

 

(……ッ! 焦んな焦んな、こっからだ)

 

 気合いが裏目に出たのか、ゲートで出遅れた。

 しかし、ひとみは冷静にウィスタリアを導いた。内々を回って脚を溜めていく。

 遅い流れ――彼女の体内時計はそう反応していた。速すぎて前が止まらない展開だけは避けたいところだった。馬群は一団。願ったり叶ったりだ。

 

(そろそろ行くぜ!)

 

 3コーナーから4コーナーで、徐々に手綱を動かし始める。中山の直線は短く、急坂が待ち構えている。

 直線を向いても、まだ鞭は入れない。じっくりと、その時を見定め、馬群を捌いていく。

 

(今ッ!!)

 

 ひとみの合図とともにウィスタリアはエネルギーを爆発させ、坂を一気に駆け上がった。先頭との差はあっという間のなくなり、先頭に踊り出たウィスタリアはそのまま何物にも並ばれることなくゴールへ。

 本日七勝目にして、初めて小さくガッツポーズが出た。

 

「ありがとな」

 

 

                  ※

 

 12R(三歳以上500万下 芝・1200)でも一番人気の馬でアッサリと勝利を収めたひとみは、ワンデーエイト――1日に八勝という記録をやってのけた。これまでに中央競馬では二人しか達成したことのない記録だった。

 

『常に勝てるとは思っていないが、常に勝ちたいとは思っている。今日の成績がまぐれだと言われないように、明日も集中して乗ります』

 

 彼女の口調は淡々としていた。

 それでも佐知子に促されて、「8」本指を立てて笑顔でポーズを取っていた。

 ちなみに翌日も彼女の勢いは止まらず、日曜にも五勝を上げた。二日で十三勝。リーディング独走である。もはや『二位の騎手があと何勝で追っている』ではなく、『どこまで勝ち星を伸ばすか』に注目が集まってくる。

 ひとみは木津かれん騎手が一年かけて積み上げるような勝ち星を、たった一日で稼ぎ出したのだった。『半分でいいんで分けてください』

 

                  ※

 

 ひとみが十三勝の荒稼ぎをした後、休みを挟んで再びトレセンが動き出していった。

 次は三連休の三日間開催。重賞――阪神では障害の阪神ジャンプSと三歳牝馬によるローズSが、中山では菊花賞トライアルのセントライト記念がある。ひとみはダービーを掴んだ相棒であるフォーユアアイズとセントライト記念に臨む予定だった。

 

(ん……なんだコリャ?)

 

 朝、目が覚めてひとみは違和感を覚えた。妙に寒気がするような感じだ。

 いよいよ秋まってきたのか、とぼんやり考えながら、顔を洗って歯を磨いていく。

 だが、シャワーを浴びる頃には、違和感が悪寒に変わっていた。

 

(頭が痛ぇぞ……おい……)

 

「あ……」

 

 声も掠れてガラガラになっていた。

 浴室を出て、どうにか服を着る。空咳が出る。全身がだるさで覆われているような感覚だ。考えがうまくまとまらない。

 

「ちくしょう、マジかよ……」

 

 天井を見上げながら、口惜しそうにつぶやいた。

 

                  ※

 

スプリングタイムス 9月某日

郷田まさかのダウンで騎乗見合わせ フォーユアアイズ乗り替わりへ

 

絶好調のリーディングジョッキーが思わぬ形で――

郷田ひとみ騎手(美浦・フリー)がマイコプラズマ肺炎と診断され、今週の中山での騎乗を取り止めることになった。

これにより全鞍乗り替わりとなり、セントライト記念に出走予定のフォーユアアイズには君野佐知子騎手(美浦・末永長介厩舎)が騎乗することになった。

 





つ、続きますよ…


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