メリル・ミモザ騎手(イギリス)
ハンナ・フランツィスカ・エーベルバッハ騎手(フランス)
〈メリル・ミモザ騎手のコメント〉
――日本の競馬にはずっと憧れです。二年前は環境の変化にフィットできなくて、結果を残せませんでした。うぅ・・・今回はがんばりたいです・・・
――今年は1000ギニーを勝てて、エプソムダービーにも乗れました。伝統あるレースに乗せてもらえることはとても嬉しいですが、プレッシャーも大きかったです・・・
――ブルーノさん(シンガー)、エヴァンさん(ハリス)は素晴らしいジョッキーですし、オージさん(王子進之助)も、本当に手本のような存在。インターナショナルSでの騎乗を見て、こんなにスゴイ人がいるんだと驚きました。あとは、その、ヒトミ(郷田ひとみ)も、スゴイと思います・・・(震え声)
◆THEターフ情報
マイルCS現時点の想定馬と想定騎手は以下のとおり。
アンカーテック 星
イチダイジ 君野
エンターミッション 久保
クリアウォッチ 松崎
ケイシートールキン 永吉
ケモノミチ 柊
サイバーロードラン 福盛田
シクロクロス シンガー
ズマーニャ 別所
チュウザイビート 八坂
トビウオバタフライ 内川
ハブサウンズ 清水諭
ブレーキンラルゴ ハリス
プロセスリード 金田一
ミカドセイバー 土井垣
モノノケクロニクル 王子
ロールロマンス ミモザ
ワイズマン 郷田
※
「…………誰だろう?」
美浦トレセン。
いつものように調教を終えて末永厩舎に戻ってきた佐知子は、厩舎の前でおろおろしている人影を見つけた。
白いジャンバーを羽織った、金髪碧眼の女性だった。これまで見たことのない人だ。
(チョーさんの知り合いかな……?)
佐知子は考えを巡らす。
見たところ外国人だ。
お世辞にも佐知子は英語が得意ではない。元々頭の良い雪絵、海外での騎乗のために勉強しているひとみと比べれば、英語力は遥かに劣る。
だが、恐らく末永厩舎に用のある人物のはずだ。客人を外で待たせるというのは良くない、と佐知子は思った。
ふと、先輩である優花里の言葉を思い出す。
『外人さんと話す時に大事なんは、ノリとハートや。使てるコトバが違うだけで、同じ人間なんやしなんとかなるやろ』
佐知子は意を決して、
「は、ハワユゥー?」
「ヒェエエエエエ!!」
中学生レベルの英語で話しかけてみた。
すると金髪の彼女はビクッと身体を震わせて悲鳴を上げた。そして、
「ゴメンサナイ! ゴメンナサイ!」
とすごい勢いで頭を下げてきた。
佐知子は面食らった。
「ど、ドンビーアフレイド……」
かろうじて佐知子はそう絞り出したのだった。
長介がやって来るまで、佐知子はボディランゲージと簡単な英語を駆使して彼女をなだめた。
※
「ワタシ、メリル・ミモザといいマス……two years ago、2年前にも美浦に来まシタ」
「ということで、ウチでしばらく面倒を見ることになるミモザだ。イギリスでは相当やり手の女性ジョッキーで、GⅠも勝ってる。今年は本家ダービーにも乗ったそうだ」
黒いキャップにサングラス姿の長介が客人の人となりを紹介した。
長介がミモザに質問する。
「今日はinterpreter――通訳は来ていないのか?」
「ハイ……チョット、スケジュール良くなくて、来れないみたいデス」
「そうか」
「……ゴメンナサイ」
「いや、ミモザが謝ることじゃない。こういうことはたまにある」
「ハイ……」
短期免許で日本に来ることができるのは、各国で優秀な成績を残したジョッキーに限られる。彼女もまた、世界の女性ジョッキーの中でもかなり上位に位置する存在だ。
ミモザは手を組んだり、目線をあちこちに向けたりと、落ち着かない様子だった。
どうしたんだろう、佐知子が尋ねると
「あの、ミモザさん」
「ヒェ! な、なんでショウ?」
「えっと、その……」
「…………」ブルブル
急激に涙目になってしまった。
長介が苦笑しながら、佐知子に説明する。
「彼女は人見知りなんだよ。二年前に来た時も大変だったな。別にお前を怖がってるわけじゃなくて、まあ、ちょっと緊張してるだけだ」
「そ、そうなんだ……」
「ああ。二年前は、初めての日本での騎乗ってこともあって、だいぶナーバスになっててな。思うような結果が残せなかったんだ」
繊細の心の持ち主なのだろう。
もし自分が同じように異国の地にほぼ単身で乗りに行くということがあったら相当な不安やストレスを感じるだろうな、と佐知子は思った。
佐知子の目を見て、長介がいった。
「前回は二週間程度だったが、今回は年末までウチにいることになった。そこで佐知子、お前に彼女のチューターを頼みたい」
「チューター?」
「日常生活の手助けをしてやったり、日本語を教えてやったり、お世話係みたいなもんだ。――ということで、ミモザ。この佐知子が今日からお前の世話係だ。そうだな、お姉さんだと思ってガンガン頼ってくれていい。佐知子、お前も自己紹介だ」
お姉さん、という言葉に、佐知子の中で母性に似た――姉性なるものがいかんなく呼び起された。持ち前の明るさをもって、佐知子は新たな友人に自己紹介をした。
「はいっ! マイネームイズ、キミノサチコ! プリーズコールミー"サチコ"! アイライクアッポー! ナイスチューミーチュー! ということでミモザさん、よろしくお願いします!」
「よろしく、お願いシマス……」
佐知子が笑顔で右手を差し出す。ミモザは恐る恐るシェイクハンドに応じた。
※
佐知子とミモザはトレセンからほど近い喫茶店にやって来ていた。
「ワァ……!」
「ミモザさんはイギリスの方なので、紅茶でブレークタイムしたほうがいいかなと思って」
「Thanks……ありがとうございマス……サチコ」
「喜んでもらえたら何よりです。って熱っ!」
「だ、ダイジョブですカ!?」
「えへへ、大丈夫です。ノープロブレムノープロブレム」
「ほ、ホントに?」
「イエースイエース!」
佐知子は無邪気に微笑む。
お茶菓子をつまみながら、佐知子はミモザと色々な会話をした。
天真爛漫な佐知子と接していくうちに、徐々にミモザの緊張は解れていった。
「ファザー、お父さんもジョッキーだったんですね?」
「Sure――そうデス。1000ギニー、2000ギニー、ゴールドC、色んなGⅠ勝ちまシタ。凱旋門賞にも、出たコトありマス」
「すごい方なんですね」
「ハイ、ワタシの憧れ。いつかダービージョッキーになって、dadと喜びたいデス」
「二年前に来た時はどうでしたか?」
「二年前……ウッ、頭ガ……」
「あ! ごめんなさい! ソーリーソーリー! なにか嫌な思い出でもありましたか!?」
「No……チョット、ワタシが上手くフィットできなくて……」
~ミモザの回想~
ミモザ(ハァ……さっきのレースは不利もあったけど、あんまり良くなかったなぁ)
優花里「ヘーイ、ミモザ! ドンマイドンマイ! そんな暗い顔したらアカンで!」
美由「そおそお。次で取り返そうねぇ~。テイクイットイージーだよ~」
ミモザ「シショウ、ミユ……ありがとうございマス」
(そうだ、次で挽回しよう…………ん、アレは――)
ひとみ『テメエ、なんださっきの騎乗はァ!?』
後輩『すいませんしたっ!』
ひとみ『誰も怪我しなかったからよかったけどよォ……初めて日本で乗るヤツもいるんだから、次から気をつけて乗れ』
後輩『わかりましたっ!』
ミモザ(ジャ、ジャパニーズケジメ!? ってことは……ワタシも、もしかして"OHANASHI"――)
雪絵「
ミモザ「ヒッ?」
雪絵「
ミモザ「ヒェエエエ! ゴメンナサイゴメンナサイ!」ピュー!!
雪絵「あっ……」
雪絵(行ってしまいました……海外の女性騎手の方とご一緒する機会は少ないので、お話できればと思ったのですが)ガックリ
~回想終わり~
「ニホンのジョッキーいい人たくさんデス。けど、ヒトミと、ユキエ……チョット怖かったデス……」
「あ~、なるほど~」
なんとなく場面が想像できた佐知子は、腕組みをしてうんうんとうなずいた。
佐知子が来て、ひとみはだいぶ丸くなっている。雪絵も、徐々にではあるが交友関係が広がってきている。今ならば、同じような事態は起きないだろう。
「でも、本当は二人とも優しいんですよ。確かに、その、最初はちょっと難しいかもしれないですけど、絶対仲良くなれます!」
「うぅ……できるカナ……?」
「私も協力します! ネバーギブアップです!」
「サチコ……!」
※
それからも、佐知子はミモザと積極的にコミュニケーションを取った。
長介をして"人たらし"と言わしめた佐知子が、彼女と仲を深めるのにそう時間はかからなかった。
「ミモザさん、リンゴでデザートを作ってみました。どうぞ召し上がってください」
「い、いただきマス……」パクリ
「…………」ワクワク
「delicious……おいしい!」
「わぁー! よかったー!」
通りすがりの騎手
通りすがりの騎手
「これが、ジャパニーズセントウ……気持ちいいナァ」
「タオルは湯船につけないのがマナーなんですよ」
「な、なるほど……」
通りすがりの騎手
「いってラッシャイ。いってきマス。おかえりナサイ。おつかれさまデス。オフロにする? ゴハンにする?」
「そうです。グーですよメリルさん!」
「そうデスか?」
「うん! 上手になってます!」
「サチコのおかげデス。頼りにしてマス!」
「えへへー」
追い切りにきた王子進之助「仲良くやってるみたいだね」
長介「ああ。ミモザも、二年前に比べたらかなりリラックスしてるよ」
「そりゃ何より。あ、そういえばチョーさんごめんね、天皇賞クロニクル乗れなくて」
「気にするな。クラシックからのお手馬なら仕方ない。同じ状況だったら、俺でもそうしたさ」
「ありがとう。それじゃ、マイルCSは末永厩舎の馬でワンツー獲っちゃいますか」ニッコリ
「頼りにしてるよ」
※
そして、ミモザにとって二年ぶりとなる日本での競馬開催日のために、彼女たちは京都競馬場へ向かった。
「それじゃあ、ひとみさんと雪絵さんのところへ挨拶しにいきましょうか」
「う、ウン……がんばってみる」
「おっ、サチ……と、ミモザだったか?」
「ピッ!」
いきなり現れたひとみを前に、ミモザは身を竦めた。なんとか口を開こうとするが、蛇に睨まれた蛙のごとく何も話せなくなってしまう。
口をパクパクとさせるミモザを見て、ひとみは軽く笑う。
「サチに面倒見てもらってるんだってな?」
「……ひゃい」
「仲良くやってっか?」
「……良くしてもらってマス」
「そりゃあよかった。……ごめんな」
「えっ?」
急に頭を下げられたミモザは驚きの声を出した。
「別に怖がらせるつもりとかは無えんだけどよォ、ちょっと熱くなっちまうことがあってな。だから、その、悪かった」
「い、いえ、そんなコトは」
「まあ、困ったコトがあったらアタシも力になってやっからさ。サチみたく気軽に、ってのはさすがに難しいかもしれねえけど、頼ってくれたら、嬉しいな」
「ヒトミ……」
「美浦にいるんだろ? よかったらメシおごらせてくれよ」
「……アノ……ソノ」
「どうした?」
「ご、ごっつぁんデス!」
「……ははははっ! なんだそりゃ!? サチから教わったのか?」
「えっ! なにかおかしいデス?」
顔を赤くするミモザと、いたずらっ子のように舌を出す佐知子と、大笑いするひとみ。
彼女たちの和気藹々とした雰囲気を、陰からそっと見守る人物がいた。
(盛り上がってますね……私が行ってもいいのでしょうか……かえって迷惑になりそうな気が――)
「あ、雪絵さーん!」
佐知子に発見され、雪絵は緊張しながらミモザの前に立った。顔が強張っていやしないだろうか、と雪絵は不安になった。
雪絵を前にして、口をもごもごさせていたミモザだったが、とうとう意を決して口を開いた。
「サチコからイッパイ話聞きマシタ……雪絵は、ちょっと怖く見えるヒトですネ」
「そ、そうですか……」
怖いという文言を受けて、雪絵は肩を落とす。しかし、慌ててミモザが続ける。
「ああっ! でもでも、ホントは優しいし、頭も良いし、カッコいいデス!」
「ミモザさん……」
「あと、ワタシと似てるトコロもあるって。ワタシも、あまりインタビュー得意じゃナイ。あと、ワタシも読書好きデス。だから、話してみたいデス!」
「えっと……その……」
「Birds of a feather flock together.」
「"類は友を呼ぶ"……ですか」
「だから、その、ゴメーワクじゃなければ……」
「……
「ユキエ……!」
雪絵が穏やかな笑みを浮かべて言うと、ミモザもパァっと明るい表情になってそれに応えた。
「ひとみさん、二人が何喋ってるかわかります?」
「まあ大体な。似た者同士っつーところだ」
「はぇ~」(……もうちょっと英語勉強しよう)
そんなこんなで、仲良くなりました。
~東京競馬場~
『マイルチャンピオンシップを制したのはチュウザイビート。勝利した八坂優花里騎手が郷田騎手や柊騎手と握手を交わしています。二着に敗れたロールロマンスの鞍上のメリル・ミモザ騎手は日本で初めての重賞勝利をGⅠの舞台で決めることはできませんでしたが、見事なレースでした。今、八坂騎手と笑顔で握手をしています――』
「ハッハッハ! やるなミモザめ! こうなったら私もおちおちしていられん! さあカレン、次のレースへ往くぞ!」
「エーベルバッハさん……今日はもう看板です」
「何だと!? エネルギーが有り余っているのだが……」
「土日20鞍以上乗ってまだまだやる気だと……? この人バケモノか……?」
「ハハハハハ! ならばカレン、"計略調略大戦略"(自作ボードゲーム)をやるぞ!」
「寝たい」(マジっすか……元気っすねぇ、ってヤバい逆だった)
「ハハハッ! さすがカレンだな! "Warte nie bis du Zeit hast"だ、さあ往くぞ!」
ハンナ・フランツィスカ・エーベルバッハ
フランスを拠点に活動する女性ジョッキー。国籍はドイツ。ミモザとは知己の仲。
「Warte nie bis du Zeit hast」は「思い立ったが吉日」に相当するドイツの諺。