両親と共に育った家を飛び出せば、生活は変わった。一室の狭い部屋が広い外へ、寝る場所はベッドから地べたに。モノを得るにはお金が必要なんてことは、後になってから知った。冒険したころはそんなことは知らなかった。ただただ外にあるモノばかりに目が向いて、手に入れたいとは思ったことはなかったから。お金がない俺は店主らしき人物に直ちに追い出された。そればかりで結局何も買うことも出来なかった。まるで根無し草の野良猫だ。部屋を出てから服は変わっておらず、臭いは酷くなって黒ずんだ。
何処から来たの、親切な誰もが今の酷い現状に同情する。俺よりもずっと大きい大人が俺の目線まで膝を折り曲げて。その度に香る匂い。その場に居られず、逃げ出した。逃げ出した先では俺と同じ赤い眼が死体に貪り喰らっていた。俺を見るなり怒鳴りつける。此処は俺らの喰い場だと、主張して。教育だと言わんばかりに襲い掛かるそいつらを殺した。そいつらよりも俺は強かった。
尾のように生えるそれと鋏のように両腕を包むそれら。武器として使えるようになったのは、両親を殺してからだった。両親を引き裂いたモノは俺が生きるために周囲に牙を向けるのだ。手足のようにそれらは使いこなせてしまう。殺して殺されて。外の世界は、呆れるほどに暴力に満ちている。奴らの亡骸に跪いて、臓物を引きずり出す。身体から出せば、無くなった部分の肌が陥没した。口内に入れれば、とてもじゃないが美味しいとは言えない味が広がった。
残念なことに、今日もしぶとく生き延びた。
変化は俺に沢山のことを学ばせた。本では得られない生きるための知恵を、喰い場と言う、俺のようなろくでなしが集まる場所を。血生臭い世界もあるのだと、両親だけではなかった。沢山学んだ。……あの日から自身の食事というモノがどんなものかを知ってしまった。誰かの命を喰らって、生きているなんて。まるで楽園から身一つで蹴り飛ばされたようだった。実際は俺自身が飛び出したことだったのだけれど。今となっては家が恋しく思える。それでも戻りたいとは思わなかった。そして、両親の後を追うことも出来なかった。もはやこの手は赤く汚れているのに、死ねばいいと思っているのに。俺は生きることを選んでしまった。
飢えを凌ぐため、俺と同じ眼の奴らばかりを見つけては喰らった。違う奴らを狙えば
青々とした木々は既に散って、冷たい風が身を凍らせる。頭上を見上げれば、白い小さな粒がゆっくりと落ちてくる。雪だった、ベランダの窓からしか見ていなかった雪に初めて触れた。冷たかった。段々と降り積もり手が
過酷な生活だった、雨風や雪を凌ぐために必死に屋根を探し、着替えも殺して奪ったモノを身に着けた。大変であったが慣れはやって来る。冬を越せば、ある程度は準備する術を編み出した。段ボールや新聞紙を拾って小さな家を作った。だがそれだけでは不十分だった。紙では水に弱かったんだ。その一年は失敗した。やはり金は必要なモノだった。何度も買い物をしている人を見て、金の使い方を学んだ。金は喰った連中の財布から頂戴して、ここぞという時に使った。それだけで一年は楽だった。何度か繰り返せば、手慣れたモノになった。
ねぇ、俺に声を掛けてきたのは少女だった。声を掛けられたのは二回目だ。敵意は無いようだ。包帯を全身に巻いていた。特徴的なフードと花柄のスカーフを首に身に着けて。まるで姿が違うのに、いつかの少女を思い出す。俺を見下ろすように、僅かに高い金網の頂上に、器用に座り込んでいた。暇を持て余すように足をブラブラさせながら口を開く。
「それ、美味しい?」
指を指す方を見れば、それは俺の手に収まった亡骸の腕だった。先程殺した同族だった。俺が喰っているモノが気になるようだった。
「いいや、不味い」
俺は正直に答えれば、少女は落ちてくる。まるで重量感を感じさせない着地だった。風でフードが揺らめく。俺の方まで寄り、足元に残った残骸の臓物を、徐に拾って少女も喰らった。本当だ、不味いね。少女は手に持っている臓物を投げ捨てた。
「……君は?」
ようやく俺は疑問を口にした。そうだね、少女は考え込むように、首を傾げた。ポンと、両手を叩いた。
「そうだ、当ててみて」
名案だと言わんばかりに少女は両手を広げた。ヒントは眼、それだけ言って少女は後ろに両手をまとめて待っている。答えろ、ということらしい。改めて少女を見る。包帯に包まれたその眼は影になっていてよく見えない。赤い眼がかち合う。初めて気づく。少女の眼が赤いのは右目だけだった。左目の色は変わっていない。
「……眼が右目だけ?……隻、眼?」
はい、正解。少女は楽し気にクスクスと笑っている。いよいよ訳が分からない。何が目的なのだろうか。
「私は
「ぐーる?」
ぐーる、また聞いた単語。当てはまらない意味に首を傾げる。少女も俺と同じように首を傾げた。
「あれ?喰種って知らないで育てられたの?喰種って私達みたいに眼が赤くて、人間を食べちゃう種族のこと。人間以外は食べられないの」
少女はまた臓物を拾い上げて喰らう。口元が赤く染まって、包帯を更に汚した。今食べているのと同じものなのに、何故か違うものに見えて、美味しそうだった。
あなたはどうして知らないの、少女の問いに俺は不思議と全部答えていた。ずっと部屋から出してもらえなかったこと、初めて自分が食べていたモノの正体を知ったこと、気付けば両親を殺して食べたこと。今に至るまでの全部を。そうなんだ、少女は相槌を打ちながら納得していた。
「それなら仕方ないね、だったら教えてあげる」
子供に教えるように少女は俺に一から教えてくれた。喰種を、
ねぇ、少女は改めて声を掛けてくる。少女を見れば手をこちらに差し伸べていた。
「こんな世界、ぶち壊したくならない?」
優しく手が差し出されているにも関わらず、物騒な言葉だった。それが何故か小気味よく、暴力的な今の世界らしく感じられた。答えは既に決まっていた。俺は包帯まみれの手を掴んだ。クスクスとまた楽し気に少女が笑って、俺も不思議と笑っていた。
ぶち壊した後はどうする、俺が聞けば少女は胸を張って答えた。
「このクソッたれ世界を滅茶苦茶に直す」
どうにも物騒で乱暴で、意見を押し通したいようだった。だから頼もしくて、俺はますます笑ってしまった。
最近仕事が忙しいため、更新が出来ない。そして鬼滅の刃の原作はもう少ししたら買いたい。アニメで追うほかない。それまで番外を書こうそうしよう。