エトの手を取れば、また世界は別の表情を見せた。初めて、人間社会に入り込む。作家として人間社会に溶け込んでいた彼女は俺を取り込んだ。手伝え、有無も言わさぬ物言いに俺は首を縦に振る。肯定。それ以外なかった。
――エト、君がそう言うなら従おう。やれというのなら、やり遂げよう。待てと言うのなら、いつまでも。行けと言うなら何処へでも。殺せと言うのなら殺そう。死ねというなら、いつだって死んでやる。理解もしよう、理由も問わない。何処までもついていこう。君は、俺の王様だ
わざとらしく彼女の前に跪く。彼女の表情は愉快そうに不敵に笑う。何よりだ。
――性別が違う、……女王様さ。従ってくれるなら仕方ない。その命尽きるまで使わせて貰おうか
彼女はそう軽口叩いて微笑んだ。眼前に差し出される手は優しくて、言っている言葉はまるで逆で。思わず笑った。
入り込むにも準備が必要だった。はじめに食事。喰種において、人間社会に溶け込む上で人間の前で食事はやる必要もあるようだった。当然、喰らうのは人肉ではない、人間用に調理された、彩り豊かな食事だ。
手始めに渡されたのはサンドイッチだった。「食べやすいから練習用にはいいだろう」とエトは語る。赤色じゃない食べ物。レタスの緑、トマトの赤、ハムの肌色、それを挟む食パン。色んな色が閉じ込められていた。見る者を楽しませるような見た目をしていたのに、喰種は食べられない。どんな味なのだろうかと喉を鳴らす。エトは食べるコツを話し出す。本当に普通に食べていて、俺も食べられると思って口にした、共食いよりも遥かに酷い味だった。咀嚼すればするほど、口内で悪臭を放ち、激痛のような刺激に襲われる。吐き出しそうになるも、エトに口を塞がれて鼻も塞がれた。顎も上に向かされた。飲み込め、彼女の笑顔はそう全てを物語っていた。嫌だったが、エトの命令ならばと飲み込んだ。よくできました、彼女は褒める。
それじゃあ、次はそれを吐き出して、彼女に従った。吐き出したらまた食べて、彼女に従った。吐き出して、……彼女に従った。顔に出さないで飲み込んで。……従おう。
出来たら別の料理でもやらせるから、サンドイッチが鎮座する皿が眩暈を誘う。……
次に戸籍。俺には戸籍があったようだが、もう使えないようだった。もぬけの殻となったかつての古巣は、住む住民が消えたことで調べ上げられ、そこには喰種の痕跡が多数残留。それは、そこの住民が喰種だと告げていた。行方知れずとなったその家族は喰種として扱われ、戸籍は抹消された、エトは何処かで調べたであろう情報を楽しそうに話していた。どう思うかね、そう問われたが首を傾げるばかりだ。俺自身は実質監禁状態だったし、両親が戸籍を作っていたなんて話も初耳だから、返答に困るというのが正直な話だ。素直に答えれば、エトは首を横に振る。違う、そうじゃないのだと言わんばかりだ。
私が聞きたいのはそこじゃない、手に持ったペンを器用に回して、彼女は口を開く。
「君に戸籍をわざわざ作って、愛してくれていたご両親。鳥籠であっても幸せだった。教育も環境も十分。君に尽くして、君に殺された。そして食べた。愛された事実も、戸籍も居場所も、もうなくなった。それをどう思う?ご両親の味はどうだった?何を思ったのかな?」
きかせて、そう言葉を続ける彼女の問いは、悪意に満ちていた。わざと、傷つくように言葉を選んで聞いてくる。何故そんな意地悪をするのだろうか、考えた。……単純だ、問うのは答えが欲しいから。そして、エトは何かの答えを欲しがっている。愛、居場所。何を感じたのか。だったら、俺が出来るのは彼女の質問に答える、たったそれだけのことだった。両親は不味かったし、最悪の気分だったよ。素直に答えれば、彼女は拍子抜けしたようだった。
君らしいね、つまらなそうに一言それだけ口にした。何か別の反応を見たかったようだが、俺にはやはり分からなかった。それに居場所なら、なくなってない。……エト、君の下だ。最後に一言告げれば、聞いた私が馬鹿だった、そう言って彼女はペンを机の上に叩きつけた。
戸籍の取得には、死んでいても死んだと気付かれていない俺と同い年の男に限られた。なおかつ、同じ身長。ここまで限られてくるともはや手にするのが困難にも感じる。戸籍はどの喰種も欲しがる代物だ。金持ちが買い取っているに違いなかった。それにも関わらず、エトはあっという間に俺にそんな代物を渡して来た。さあ、手伝ってもらおうか。苦にも感じさせない様子でエトは挑発的に笑う。もちろん、俺は頷いた。
俺が得た戸籍は、絶大な効果と恩恵を得るに至った。証明と言うモノをするだけで人は容易く信用する。野良猫は煙たがられたのに、ただの紙切れ一枚で、俺の身体は清められ、服もよくなった。ブルーシートの家が、鉄骨で守られたマンションに。こうなると最早何かしらの魔法に掛けられたようだった。
「研修期間は終了だ。おめでとう、今日から君は私の付き人だ」
精々励みたまえ、エトは両手を振りながら俺に笑いかけてくる。十分励んでいるじゃないか、俺がふくれっ面を作って彼女に抗議する。勿論本気ではない、いつもの悪ふざけだ。彼女も楽しそうに俺の悪ふざけに参加する。
「まだまだ足りないよ、だって命令には従わないと。下僕くん」
「わかりましたとも、女王様。跪けばよろしいか?」
ツボに入ったらしい。彼女は腹を抱えて笑い出す。それなら褒美を与えよう、彼女は何かを取り出し始める。それなら
「般若だよ、嫉妬や恨みのこもる女の顔だ」
エトは説明も添えてくる。俺は男だろうに、思っても口に出さなかった。それでも顔には出ていたらしい。だからこそいいんじゃないか、彼女はけらけら笑って肩を叩く。
「そっくりじゃないか、形相が。……ほら、今も眉間に皺が寄っている」
眉間にエトの人差し指が置かれる。遊ぶようにトントンと押し出されては引かれる。言葉は更に続く。
「通り名だって付いたじゃないか、なあ【
通り名に
さて、原作にいったらどうしようかと悩んだりしてる。ノリと勢いで書き出してしまいたいな。