突っ込まれる前の喰種の話(番外)   作:こしあんあんこ

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 エトの付き人としての仕事は、今までとさほど変わりはない。やれと言われたことに従うのみだ、それに人間社会の生活が増えただけ。増えたと言えば最近のことだ、人間の食事を作れという命令が下された。塩野という、私の担当編集者に振る舞いたまえ、微笑む彼女は俺に告げてくる。人間が食べるハンバーグが表紙に写る本を手渡した。ぱらぱらと(めく)って読めば、皿に乗って綺麗に飾られた料理が載せられていた。その脇には材料と作り方が書かれている。レシピ本だった。覚えてこい、言わないが彼女は確実に伝えてくる。塩野なる人物がエトにとってどんな存在か分からない、どういう意図で、どんな思いで、こんな命令を下したかも、皆目見当もつかなかった。俺と会話をしたこともない編集者との間を取り持とうなんてことは無い筈だ。いつもの悪巧みなのだろうか、はたまた悪戯心なのか、彼女の真意はいつだって伝わらない。それでも命令ならば、彼女の言葉なら、従おう。決めたのは俺だった。

 

 レシピ本を読んで、学んで、試行錯誤。材料を買い込んだ。本だけでは分からないからネットの動画も見てみる。おおよその包丁の動きを真似ながら動かした。危なっかしい動きをさせていた。野菜の皮を滑らしていた時だった。軌道のズレた刃は俺の手に当たる、当然ながら傷付くことはなかった。喰種という種族が傷つくのは、赫子とそれによって作られた忌まわしいクインケのみだ。通らぬ刃はどうなるか、包丁が駄目になったのは言うまでもなかった。これで何本目だろうか。10過ぎてからは数えなくなっていた。包丁の刃を捨てれば、それを見ていたエトが笑う。

 

「苦戦しているじゃないか、下僕くん」

 

 俺の部屋だと言うのに、彼女は時折(ときおり)こうして勝手に入ってきた。所有物なのだから別に良いだろう、エトの言を借りるのならばそう言ってくるに違いなかったし、実際言われたからもう諦めた。そもそも給金を与えてくるのは彼女だから、その言葉にも一理あって言い返せないのも事実だった。

 

「そうだな、エト」

 

 人間の食事は食べられないから、難しいよ。俺の言葉がそう続けば、エトは俺の座る座席に座りテーブルに肘をつく、肘に支えられた彼女の顔はふてぶてしく笑っていた。

 

「味見してみればいいじゃないか、偏食め」

 

 偏食、エトは時折(ときおり)俺をそう称した。同族喰らいを繰り返すからだろう。人間を食べない俺を無理やり連れだしたことを不意に思い出す。一切人間に手を付けようとしないで同族喰らいを繰り返していた俺に、エトが業を煮やした。首根っこ掴まれて外に連れ出したあの日だ。喰えと言わんばかりに死体を作り出したし、それからあっという間に CCG(ハト)やってきて大変だった。ショック療法みたいなものでそれからは人間を食べるようにはなったがやはり滅多には食べなかった。偏食と罵倒されて頬を抓られた。脳内であの時の光景が思い浮かぶ。血に塗れて、臓物を見せつけられて、頬に塗りたくられて、本能のまま喰らった。最後にはお互い笑い合って、それから、それから……。

 

「……俺は偏食かもしれないが、悪食じゃないぞ、エト」

 

 何故こんなことを今思い出すのだろうか、懐かしさに頭を振って思考を打ち消す。彼女の言葉に反論するも少しの間が開いた。違和感はないようで彼女は気にすることもなかった。

 

「違いない」

 

 くつくつと喉を鳴らす。エトはテーブルの上に置かれたフォークを手に持った。形の悪いハンバーグが皿にのせられ、フォークと共にあったがその片割れは彼女の手の中だ。フォークの先端をハンバーグに向けている。

 

「形は初めてにしてはいいじゃないか、さて、味はどうだろう」

 

 テーブルマナーは知っているだろうに、赤ん坊が持つような持ち方でハンバーグを突き刺した。止めようにも手遅れだ。エトは豪快に切り分けて、口に入れて咀嚼する。不味いな、笑って評価する。人肉じゃないから当たり前だった。

 

「もっと精進したまえ」

 

 持っていたフォークの皿の上に置けば、カシャンと冷たいものが重なり合う音をさせた。わかったよ、俺は頷けばエトはさて仕事だと言って、俺の部屋を後にした。テーブルに上がったハンバーグは見るも無残な姿に成り果てた。どうやら片付けは俺がしなければならないようだった。我が女王様は今日も不敵でいらっしゃる、独り言ちて、皿とフォークを洗った。

 

 何度も作って、何度も焦がして繰り返す。味見も出来ないから結局何を作っているのか分からなかった。焼く、煮る、切る。料理というモノが不可解で不思議な行動にも思えた。それでも慣れはやってくる。見た目も写真に近づいた。エトに見せれば食べさせようと弁当にして持っていく。まだ顔も知らぬ塩野という人物からは好評だったそうだ。

 

 じゃあ、そろそろ対面といこうか、エトは俺を連れ出した。案内されるがまま従えば着いた先はエトの過ごす部屋だった。冷蔵庫にはタッパーに入った人肉が冷やされている。こんなところに置いていれば喰種だとバレるんじゃないか、そう訊けば「もうバレた」という聞き捨てならない回答を聞かされる。顔を見ればエトはあっさりとしたモノだった。

 

「間もなくその人物が来るぞ」

 

 ガチャリ、玄関口の扉のドアノブが動く音がする。男が一人、入ってくる。来客は一人だけだとエトは言っていた。どうやらこいつが塩野という男らしい。俺に会わせたいという、そして、エトの正体を知っている人物だった。

 

「先生、どうしたんですか。いきなり呼び出して」

 

 高槻先生、エトの物書きとしての名前で男の言葉は続く。顔を見上げてようやく俺の存在を認めたらしい。ああっと素っ頓狂な声を上げて俺に詰め寄ってくる。君、困るよとクドクドと何か言ってくる。ファンなのは分かるけどね、更に言葉を続けているがもう言葉は届かない。今の心境は穏やかじゃない。こいつは、エトの正体を知っている。殺せ、証拠を消すんだと、心の中はそれを言い続けているが、手を握り締めて堪えた。……エトはそんな命令を下していない。料理を塩野に振る舞えと言われただけだ。

 

 それにエトの担当編集者だ。人間社会では地位もあるようだ、殺してしまえば簡単だ。だが後になれば俺を入れたエトが疑われるし家宅捜査になれば冷蔵庫でそれこそ全員にバレてしまう。想像すれば随分と酷い冗談に思えた。エトはそれを笑って眺めている。涼し気で羨ましい限りだ。気付けば爪を立てていた、血が滲む。鉄の匂いが、喰種の鋭い嗅覚を刺激した。俺の状態に塩野は気付いていない。相変わらず何かの説教していた。気分が悪い、怒りにも近いような感情が湧き出してきた。もう、殺そうかとすら考えてしまっていた。顔のない少女が俺を寸前まで呼び止めていた。すると、エトから救いの声が下りてくる。

 

「それで、自己紹介は終わったかね」

 

 えっと塩野はまた素っ頓狂な声を上げていた。エトはクスクスと笑っている。悪戯を成功させたようだった。俺は肩の荷を下したような思いで溜息を零した。

 

すまなかったと頭を決して上げようとしない塩野に、俺はもうやめてくれと口にする。もう本当にやめてほしい。そして横でニヤニヤする彼女もまた同様だ。塩野は早々俺を認めたようだった。先生の身の回りを頼む、と告げてそそくさといなくなってしまう。無理やり持たされた名刺には電話番号と名前らしきものが書かれていた。余りの勢いに受け取ってしまった。どういう紹介をしたんだとエトに聞きたかったがもうそんな体力はない。緊張が解けたようだ。本に埋もれた机にうずくまる。

 

「元気がないね」

 

 エトはこちらを覗き込むように俺を見ている。きっと顔を上げればいつものように笑っているに違いない。当たり前だ、と俺は気の抜けた回答をすれば、彼女は声を出して笑った。

 

「君は本当に私の命令を聞くんだねぇ、良かったね。これで編集者も公認だ」

 

「……さすがに、今回は悪戯が過ぎるぞ」

 

 そうだな、とけらけらと笑うエトが楽しげだった。きっと長く彼女の命令を聞けば似たようなこともあるのだろう、慣れなければならないと自分を引き締めた。

 

「面白い男だったろ?私を一流の作家にするんだとさ」

 

 不意にエトは口を開く。見上げればエトの顔は穏やかに微笑んでいた。誰かのことを想う眼はこんなにも優しいものだろうか、塩野とエトの関係は並々ならない関係に感じた瞬間だった。きっと殺してしまえばエトは俺を許さなかっただろうとも思えた。

 

 さて、エトはあっさりと表情を変えて俺に向かって手を差し伸べた。まるでいつかの出会いの頃を思い出した。これから本格的によろしくと彼女は笑う。俺もその手に重ねれば立たされる。細腕の何処にそんな力があるか分からないが、立たされて向かい合った。

 

「ところで、苗木を一緒に育ててみないか?」

 

 唐突にエトはそんなことを口にした。(コマ)は多い方がいいからね、言葉はそう続く。勿論さ、何処へでもついていくよ、答えはいつだって頷くだけだった。




そろそろ鬼滅のアニメストックが増えてきたからそっちも書いていきたいです。
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