ショタラバくんの初めての帝都探検()だよ!
とある日の夜。帝都宮殿の正門から少し離れた城壁の一角で、こそこそと怪しい動きをする少年が居た。
「へへっ。ここなら警備の奴らにも知られてねぇから、誰にもバレずに宮殿の外へ出られるぜ…!」
まだ十代になったばかりの少年である俺の名はラバック。現皇帝陛下の子息であり、長男である。では何故そんな高貴な身分の彼が夜中にこんな場所に居るのかと言うと……。
「ずぅーっと宮殿に引き籠ってるのはもう懲り懲りだからな。俺はこの狭い箱庭から出て外の世界を見るんだ…!」
宮殿の敷地内から一歩も外に出た事がなかった俺は、窓から見える帝都の街の風景をいつも羨ましそうに眺めていた。
勉強、稽古、鍛練。毎日その繰り返し。弟や友人と遊ぶ時間や師匠との鍛練は楽しいが、周りより賢く優れておりなんでも人並み以上に器用にこなせてしまって何の面白みもない退屈な日常に、心底飽き飽きしていた。だから、外の世界への憧れが強かった。
本や家臣達の話で聞いた知識でしか知らない、実際に見た事がない民達の暮らし。何不自由ない自分とは全く違う普通の日常や光景を、せめてこの目に焼き付けようと一人で宮殿からの脱走を試みた。
「__うわぁ~!!やっぱり帝都の街ってすげぇ広いなぁ~!あっ!でも夜に一人でこっそり来ちまったから、迷子にならないように気を付けねぇと…!」
街灯の灯りも少なく暗くてあまり見通せないが、それでも広く感じる街並みに、子供らしく好奇心旺盛だった俺はキラキラと瞳を輝かせる。
もう夜中だから人通りもない。一人で大通りを歩くのは寂しいような気もするが、この時は街の風景を見回すのに夢中で一切気にしていなかった。目に映るもの全てが初めて見るもので、ただ歩いてるだけなのにまるで冒険してるみたいに楽しくって仕方がない。だから、いつの間にか下町にまで来てしまっていた事に気付けなかった。
するとそんな俺の元に、怪しげな二人の男が声を掛けてきた。
「よぉ坊っちゃん。こんな夜中に一人で何彷徨いてんだぁ?」
「ひひっ、もしかして迷子かぁ?だったらお兄さん達がここのルールを教えてやんねぇとなぁ」
ヘラヘラと胡散臭い笑みを浮かべる彼らから、甘い酒の匂いが漂う。顔も赤いのを見たところ、ただ夜中にさ迷う子供を見付けて面白がっている酔っ払いのようだった。
「おっ、こいつよく見りゃ良さげな服着てんじゃねぇか!貴族の坊っちゃんなら金くれよ金~!」
フードで素顔を隠していても、ぶかぶかのコートの下にある俺の服装は素人目で見ても高価なもの。それに目敏く気付いた男の一人は金を要求してくる。しかし俺は、
「……すみませんが、私は金品の交渉などとは無縁な生活を送っている故、普段から財布を持ち歩いておりません。ご期待に添えず誠に申し訳ありませんが、金銭の要求は他の方を当たって下さい」
ペコリと礼儀正しくお辞儀し、丁寧な口調でやんわりと断る。
普段は砕けた口調だが、これでも誇り高き皇帝陛下の息子。目上の者や大人に失礼な態度を取って周りに幻滅されれば一族の名が汚れる。故に俺はマナーはもちろん、礼儀作法も幼少期から完璧に教育され、こういった予期せぬ状況でも相手に無礼なく、怒らせないよう上手く対応出来ていた。
だが子供にしては礼儀正し過ぎる俺の紳士的な振る舞いは、品の良さとは縁遠い彼らにとってはむしろ不気味に感じてしまっていたらしい。
「な、なんだこいつ、気色悪ぃな。どこの箱入り坊っちゃんだよ…?」
「いや、でもそんだけ良いとこのガキなら、財布が無くても金目のもんの一つや二つは身に付けてるだろ。おら、まずはその高そうな服脱げや!」
「うわっ!!?」
突然フードを引っ張られ、コートが奪われそうになる。だが俺をただの大人しい貴族の子供だと勘違いしていた男達は油断していた。
「こんのっ…!無理矢理人の物を盗もうだなんて、てめぇらもしや盗賊だな!?めんどくせぇ敬語使って損したわ!この俺が成敗してやるっ!!」
「ああ!?んだとてめ……ぶッ!!?」
引っ張り上げられて宙ぶらりんになりバタバタと暴れていただけだった筈の俺は振り子の原理で勢いを付け、後ろに居る男を容赦なく蹴り飛ばす。そして拘束から逃れ着地した直後。
「このガキ…ッ!!」
「ガキだからって、舐めんなッ!!!」
「がはッ!?」
小柄で身軽だからこそ出来る俊敏な動きでもう一人の男に近付き、その腹を思いっ切り力強く殴って二人目も難なく気絶させた。
「ふぅー……流石にこの展開は想定外だったけど、こいつらが弱くて助かったぜ」
焦った焦ったー、と呑気に言って安堵し、手の甲で額の汗を拭う。
日々勉学の合間にシュラとメズだけに限らず、大将軍のブドーや羅刹四鬼の三人からも武術を教わっていて本当に良かった。俺が皇族でも関係なく彼らが手加減無しで真剣にいつも向き合ってくれているおかげで、こうして大人相手でも並大抵の者なら負けない事も判明した。彼らには後日改めて感謝しなければ。
そこでふと、俺はすぐ側にあった路地の方へと視線を向ける。
「…?なんだあれ?」
暗くてよく見えないが、その奥に何かの物体が倒れていた。それが不思議と気になって、恐る恐るそれに近寄って正体を確かめようとする。
……そしてその時、俺は知ってしまった。千年の歴史を持つこの国に潜む、とてつもなく深い闇の存在を。
「…ッ!!?これって、まさか……人の、死体…!?」
そこにあったのは、死んでから既に何日か経過してるのか一部腐敗した人間の死骸。生まれて初めて目にしたそれに、まだ幼い子供の俺は戦慄する。
何故?どうして?このこは争いのない平和な国の筈なのに。何故、こんな街中に死体があるのか。本で読んだ内容や人づてに聞いただけの知識以外は何も知らず、状況を理解出来ないままその場に佇み、ただただ困惑せざるを得なかった。
すると不意に別の人間の足音が聞こえ、この死体の人物を殺した犯人が来たのかもしれないと直感した俺は咄嗟に物陰に隠れた。
「あーあ、また死体が一つ増えちまった。いつの間にか結構溜まってるし、いい加減ここに隠してたやつ全部処理しねぇとなぁ~」
「おい、もう死んでるから雑に扱うのは良いが、もうちょっと奥に捨てろよ。そんな手前だと夜でも通行人に見られちまうじゃねぇか」
「おっと、悪ぃ悪ぃ」
声の主は二人組の男。ドサリと何か大きなモノを捨てた音が聞こえたかと思えば、今度はそれを乱暴に蹴り上げたような鈍い音が、静寂な夜の空間で嫌に響いた。
彼らの会話の内容からして、捨てられたのは新たな死体だと推測出来る。そしてあの腐敗した死骸も、恐らくあの二人が以前捨てたモノなのだろう。
子供の好奇心とは恐ろしいものだ。もしここで見付かったら、会話を聞いてしまった自分も殺されるかもしれない。ひたすらそんな恐怖に怯えながら必死に涙を堪え、両手で口を塞いで息を殺した。
「で、次の仕事なんだっけ?」
「もう忘れたのかよ?さっき隊長に頼まれたばっかだろ。ほら、あれだよあれ。最近俺ら警備隊に文句ばっか言って五月蝉ぇクソ真面目な文官のジジィに、死罪になりそうな適当な罪着せとけってやつ」
……えっ…?こいつ、今、なんて…?
信じられなかった。まさか、街の治安を守る警備隊が無実の人間に罪を着せようとしているだなんて。しかも、国に必要な文官の一人を……。
「ああ、あれか。でもいちいち罪状を考えて濡れ衣着せるのって正直めんどくせぇよなぁ……。もっとこう、スパッ!と一般の奴らみてぇに罪の証拠がなくてもその場で処刑出来たら楽なのによぉ」
「大臣一派に属さねぇ良識派の人間は世間様に好かれてるからな、仕方ねぇよ。民の味方気取りしてるあいつらを何の理由もなく斬っちまったら俺らの立場がねぇ」
気怠げな男達の口振りで、この暗躍は今回に限ったものではないと気付く。彼ら警備隊は普段から無実の人間を何人も殺し、それを正義だと騙っていたのだ。
そんなバカな……。常に街の秩序を守るべき警備隊は、いつも裏でこんな事をやっているのか…?その場で処刑って…?大臣一派って…?もう何がなんだかわからない。一文字一文字彼らの会話に出てきた言葉を並べてぐるぐる思考を巡らせても脳が受け入れられず、頭の中が真っ白になってしまう。
やがて気付けば男達の気配はいつの間にか消えており、夜が明け始めた。宮殿に帰らねば。早くこの話を、父上達に知らせねば。
……けれど俺の話は、誰も聞きいてくれやしなかった。昔から大好きで尊敬している、最愛の両親すらも。
この街の警備隊に正義や秩序なんてない。数多くの実績のほとんどはでっちあげの罪によるもの。警備隊の者達は罪無き民達を無差別に殺しているのだという俺の主張は誰も信じないどころか真面目に聞いてくれもせず、何の意味も成さなかった。帝国で一番偉い身分の両親はただ、勝手に宮殿の外に出て夜の街を彷徨いていた俺をキツく叱り、罰として暫く自室から出るなと命じた。
なんで?なんで誰も俺の話をちっとも聞いてくれないの?些細な言い付けを守らず外に出た俺の事はちゃんと叱る癖に、絶対にやってはいけない非人道的な悪事を働いている彼らを罰しないのはなんでなの?あんた達は、無意味に殺された国民に何も思わないの?実際にその目で何も見てないからって、こんなの絶対に可笑しい。理不尽過ぎる。
その後一週間の間、俺は言われた通り部屋から一度も出ず、もう二度と宮殿の外には行かないと両親に約束した。
けれど諦めるつもりなどない。狭い空間に閉じ込められても、毎日勉強を強いられてきたこの部屋には分厚い本が大量にある。昔勧められた時は最初の数冊ですぐ飽きてしまったそれを俺は一から全て読み、この国の政治や社会についてを独学で学ぼうとした。部屋から出れるようになってからも、ずっと。
俺の訴えが子供の戯れ言だと笑われてしまうのなら、そう思えないような正確な知識を交えて間違いを指摘すれば良い。大人が反論出来ないくらいにもっと賢くなる為に、数少ない楽しみの鍛練や遊びの時間も捨てて毎日徹夜で猛勉強した。
遊び呆けていた天才が遂に真面目に勉強をし始めたという噂は他の皇族の間ですぐに広まった。このままでは後の皇位継承争いに我が子が勝てない、次の皇帝は俺で間違いないと焦る大人達が口を揃えて話しているのを時々耳にする。
そうだ、父上が隠居した後、俺が次の皇帝になれば良い。皇帝の息子として産まれたからには、必ず俺が次の皇帝になってやる。そしてこの国に隠された全ての闇を光に照らして、今度こそ犠牲のない平和な国に作り変えるんだ…!!
それが、俺の戦いが始まった序章。幼いながらに抱いたその大きな夢が、あまりにも強大過ぎる壁によって打ち砕かれる未来を知らずに目指し……地獄へと続く道に踏み込んでしまった、憐れな少年の物語。
ここまでがプロローグ。次回からは第一章衝突編です。