既にお察しかもしれませんがこの作品のラバはかなり正義感が強いです。
幻想と現実
あれから月日が流れ十代半ばになった頃。弱き者達の味方でありたい俺は、毎日顔を会わせる度に勃発する父上との口論が絶えなかった。
周りの目を盗んで帝都の下町や地方に関する資料をこっそり読んでみたり、貴族や家臣達の会話を盗み聞いていると不自然な点がいくつもあり、帝国の闇は警備隊だけの話ではないのがわかった。国による民への異常な金の搾取。下町や田舎の者達を拐って人権を奪い、暴力や殺害を楽しむ数多の愉快犯達の存在。こんな事、最高権力を持つ父上も知らないわけがない筈なのに……。俺の愛すべき帝国への疑念や不信感は、日に日に膨れ上がっていく一方だった。
真正面から抗議する俺の言葉を、父上はいつも聞き入れてはくれない。あれは間違ってる、これは間違ってると指摘しても、これが帝国の為だの一点張り。しかもその喧嘩のフレーズには、常にオネスト大臣の名前があった。
大臣がそうするべきだと言っていたから。大臣がこれが正しいと言っていたから。耳に胼胝が出来るくらい聞いてきたその名前を聞くのは、もう我慢ならなかった。
「大臣大臣大臣って……いつも大臣の意見を述べるだけで、父上は自らの頭で何も考えていないのですか!?その目で何も確かめず、ただただ彼の指示に従ってるだけでは意思の無い傀儡と同然!貴方が皇帝を名乗る資格も、その玉座に座る資格もないのではありませんか!?」
「資格?そんなもの、お前のような童が語るものではなかろう。それに、皇帝が他者に頼ってはいけないと誰が言った?人とは誰かと助け合って生きるものだ。博識な大臣に考えを任せて何が悪い」
このクソ親父、完全に開き直ってやがる。それらしい理屈を都合の良いように使って、大臣への依存は悪くないと主張してる。
「ラバックよ、適材適所という言葉を知っているか?身の安全を守る為にここから出る事が許されぬ我の代わりに優秀な家臣が現状を見て考え、その結論を帝国の象徴である我が国民に告げる。それで多くの民が幸せでいるのだから良いではないか」
「それは金を持つ者だけです!!貧しい暮らしをしている下町や田舎の民達は常に必要以上の搾取をされ苦しみ、幼い子供や赤子の命さえも餓死や病で日々消えているのですよ!?弱き者を守るのが力を持つ我々の使命!なのに何故弱者を甚振り悪事を働く者達の冒涜を見過ごすのですか!?」
「平和な世界に犠牲は付き物だ。神でもない人間の我々が全てを守る事なんて出来やしないのだよ、ラバック。お前の歳ももう十半ばで大人に近付いているのだから、いい加減そのような子供騙しの幻想ばかりを見ず、目前の現実を見よ」
「違う!!現実を見ていないのは父上だ!!大臣の言葉を何一つ疑わず、全てを鵜呑みにしている!!あいつは善意に溢れた罪無き者達を、自分にとって邪魔者だという私的な理由で罪人に仕立て上げ、無慈悲に惨殺しているだけ!それを許さず正しく罰するのが、皇帝である貴方のお役目でしょう!?」
あいつは……オネストは化けの皮を被った反逆者だ。昔から俺達一家と家族のように接してとても優しかったあのオネストは、大臣になった自分の立場に酔いしれて変わってしまった。
今の彼は、家臣達から賄賂を受け取り、快楽に身を任せて堕落している。そしてその賄賂を見繕う為に、家臣達は更に民から金を搾り取り殺していく。帝国の悪政は、全てあの男が狂ったせいで始まったのだ。……なのに。
「…?何を言ってるのだ?大臣が邪魔だと思ったのなら、それで良いではないか」
「ッ!!?」
ああ、ダメだ。この人はもう、俺の尊敬していた父じゃない。まさかここまで大臣に洗脳され依存し堕落していただなんて、思ってもいなかった。この人も、既にオネストと同じように腐ってしまっている。その現実に、幻滅せざるを得なかった。
「__全く。またしても陛下と喧嘩なさっているとは、困ったものですなぁ、ラバック殿下。これが反抗期というやつですかね?」
「っ!!オネスト…!!」
俺達親子が対談していた謁見の間に許可なく入ってきた客人は諸悪の根源、オネスト。普段と変わらず肥えた腹をだらしなく揺らすそいつは、親子喧嘩真っ最中の俺らの間に割って入ってきた。
端から見ればただの喧嘩の仲裁。だがこれは、俺にさっさと帰れと促す合図でもある。
「殿下。陛下とのご対談中すみませんが、一旦席を外して頂いても宜しいでしょうか?私は少々、陛下と大事なお仕事のお話をしたいので」
「……わかりました。では、私はこれで失礼致します」
親の仇を見るような目でオネストを睨んでから、彼に促されるがまま素直に従って退室する。
これ以上あの人と話をしても意味がない。わかり合えないのだ、俺達親子は。同じ血が通ってるのに、なんでこんなにも意見が擦れ違ってしまうのだろうか。それも全部、オネストの仕業。あいつのせいで、帝国だけでなく俺達一家の関係も一気に崩れてしまった。もうあの幸せだった日々には戻らない。どう足掻いたって、時計の針は巻き戻せないんだ。
でもこのままで良いわけがない。この国を変えなきゃ。俺が新しい皇帝になって、間違いを正さなければ。
だが父上が隠居してくれるのは、恐らくまだまだ先だ。それまでずっと苦しむ人々は?皇帝の隠居を待っている間に、一体いどれ程の死人が出てしまうんだろうか?俺は彼らの苦しみを知ってるのに、何も出来ないからってそのまま見殺しにするのか?まだ子供で誰かに指示する権力もない俺が、どうやって彼らを救うんだ?
考えても考えても出てこない答え探しに、心が折れそうになる。__いっその事、父上が死んでくれれば……。
「ッ!!何を考えてんだ俺は…っ!それじゃああいつと同じじゃねぇか…!!」
自分のおぞましい考えにゾッとして、怒りの籠った拳を壁に打ち付ける。
肉親に死んで欲しいと願ってしまうだなんて、これではオネストのやってる事と一緒ではないか。俺はあいつとは違う、落ち着け、冷静になれ。俺は、愛する父の死を心から望んでなんかない。今は日頃のストレスで疲れてしまっているだけだ。
奴らと同じ闇に呑まれそうになった自分を叱咤し、不意に思ってしまった事を首を振って否定する。
「大丈夫…大丈夫……。俺ならまだ、頑張れる……頑張らなきゃ……。頑張れ、頑張れ俺……」
呪文のように呟いて、疲弊し切った自分に必死に言い聞かせた。まだ負けちゃいない。戦え、戦うんだ。例えこの身が血だらけになっても剣を握って、戦い続けろ。
俺の敵は、俺を子供扱いする大人ではない。真の敵は、快楽に溺れて腐ってしまった帝国そのもの。見て見ぬ振りをしてただ傍観するだけの父も同罪だ。
「……殿下」
「…?ああ、誰かと思ったらナジェンダさんでしたか。任務から帰ってきてたんですね、お疲れ様です。いつも大変な仕事を任せてすみません」
「いえ、ラバック殿下のお力になるのが我々の使命ですので。それが殿下の為になられたのなら本望です」
偶然通りすがりに鉢合わせたのはナジェンダ将軍。将校にしてはかなり若いが実力があり俺と似た志を持つ同志で、時折会っては仕事の時間を忘れて一緒にチェスやお茶会などをしながら他愛のない雑談をするくらいに仲の良い、俺の数少ない女性の友人である。
「……それより殿下。私如きが横から口を出すのはおこがましいでしょうが、お顔が優れておりません。今日はもうお休みになられた方が宜しいかと……」
「……お気遣いありがとうございます。でもご心配なく。俺は……私はまだ、疲れてなどいませんから」
一瞬つい気を緩めてしまったが、ここは謁見の間の前。なるべく私語は慎むべき場だ。
強がってナジェンダ将軍の気遣いを断った俺は、彼女の立っている方向とは真逆にある自室へと戻って行く。そんな俺の背中を、彼女が哀しげに見つめていたとは露知らず。
友人である彼女だけでなく、昔毎日のように稽古の指導をしてくれていた師のブドー大将軍を始めとした善良な家臣が俺を支持してくれてはいるが、一番信頼していた父や大臣に裏切られた俺にはもう誰も信じる事が出来ない。この宮殿内の者達全員が敵。
大切な弟や幼馴染みを巻き込まない為にも、味方なんて求めてはいけない。この茨の道を進むと決めたのなら、独りで巨大な敵と戦わなければならない。でもだからなんだ。例え世界を敵に回そうが俺の強い意思は決して揺るがない。やってやろうではないか、革命ってやつを…!!
まだ若く青二才な正義感を掲げる俺が求めるこの理想は所詮夢物語かもしれない。越えるべき壁は遥かに高いかもしれない。それでも、少しでも追い求めるものに近付く為に。例え誰にも理解されずに孤独であろうと、周りにバカにされようと努力し続けてみせる。
誰にも慕われないのなら、その実力を見せ付けて従わせろ。高い壁が越えられないのなら、その固い拳で壊わせ。夢物語だと嗤われるのなら、その賢い頭を使って現実にしてみせろ。それが出来ない奴に、国を統率する皇帝になる資格なんてない。正直自信はないが、出来る出来ないかの問題じゃない、やるしかないんだ。それ以外に、俺の突き進む道はない。
……その頃からとっくに壊れ始めていた俺はまだ知らない。本当の地獄は、これからだという事を。
ラバックくんの愛しのナジェンダさんをチラ見せ。でもラバック殿下は色恋沙汰より志優先。恋愛なんかに現を抜かしている余裕などないのだよ(辛辣)