帝都の中心に建つ、広い塀に覆われた宮殿。昼とはまた違う……いや、昼どころか普段の夜とも違った不穏な静けさが漂う真夜中。その暗闇の中では、慌ただしく走る一人の少年の足音が廊下に響いていた。
「__父上ッ!!母上ッ!!」
少年が力強く開けたその扉の先。そこには、変わり果てた両親の姿があった。
「そん、な……間に合わなかった……」
赤く染まった両親の亡骸の側によろよろと近付く少年は、その血溜まりに膝を落とす。
かつて母だったそれの肌に触れてみるも、少年が長年愛してきた母の温もりは、もうそこには存在していなかった。その隣にある父だったそれも、母だったものと同じ。近頃は父とずっと意見が合わず喧嘩ばかりしていたが、それでも少年は父の事も愛していたのに。結局、父とは最期まで仲直りすら出来なかった。
しかし、両親の死に悲しむ少年が涙を流し始めたその時……。
「これはこれは……随分と大変な事態になりましたなぁ、殿下」
「ッ!!オネスト、貴様…っ!!!」
薄暗い部屋の奥に立っているのは、小太りした中年の男。
彼の気配に気付かなかった少年は、この国の大臣という立場を持つオネストを、憎しみを孕んだ目で睨み付ける。
「貴様が…貴様が父上と母上を……っ!!!」
「私が陛下と后妃を殺したとでも?嫌ですねぇ、どこにそんな証拠があるんです?」
「くっ…!!」
殿下と呼ばれる少年が前々から怪しい動きをしていた大臣が犯人だと訴えても、決定的な証拠が無い限り、その証言は意味を成さない。
けれど憎しみに囚われた少年の身体は、己の感情のままに動き出す。
「オネストォォォォッッ!!!!」
二つの死体の傍らに置かれてあった血濡れた剣。それを強く握り締めた少年の刃は、仇であるオネストへと向けられる。
だが、刃が肉に届くその寸前……。
「__兄、上……?」
「ッ!!?」
小さな震え声に少年が動きを止めて振り向くと、そこには酷く怯えた様子の彼の弟が居た。
「兄上……一体、何をしておるのだ…?何故、大臣に剣を向けて……?大臣は、余達の家臣であろう…!?」
「ち、違うんだミカド!こいつは俺らをずっと騙して……!!」
「騙した?私が?殿下達を?酷い言い掛かりですなぁ、殿下。そう言う貴方こそ、ご両親を殺しただけに限らず、このままミカド様をも騙して消し去ろうとしていたのでしょう?」
「なっ!!?」
長男である少年が自分の両親を殺したとでっち上げる大臣。彼は少年に濡れ衣を着せようとしていた。
「兄上が、父上と母上を……殺した…?兄上…それは本当、なのか…?」
「そんなわけないだろ!?あれは大臣が……!!」
「では殿下、貴方がその手に持っている剣はなんです?」
「ッ…!!!」
皇帝陛下と后妃の血に濡れた剣。それが何よりも動かぬ証拠だと嗤う大臣に、少年は絶望する。
填められた。全てがこの男の計画通りだったのだ。彼が行った反逆を、次期皇帝だと唱われている少年がその座欲しさにやったかのようにする為に。弟であるミカドに見せ付け、兄への信頼を奪い取る為に。
「そんな……父上、母上…!!」
大臣に促されるがまま両親の死体を見てしまったミカドは、先程の兄と同じようにそれへと駆け寄る。
「兄上っ!何故、何故このような酷い事を…っ!!」
「違う!!違うんだ!!俺を信じてくれ、ミカド!!」
「騙されてはなりませんよ、ミカド様。陛下達を殺したのは、貴方様の兄君……ラバック殿下なのですから」
兄の悲痛な叫びは、もう唯一無二の家族となってしまった弟には届かない。
「嗚呼、憐れな殿下よ。あの無邪気だった幼き頃のようにずっと何も知らないままでいれば、このような悲劇にはならなかったものを……。両陛下の死は、無駄な悪足掻きをしていた貴方ご自身が招いたのですよ」
「…!!」
憮然として立ち尽くす少年に近付き、弟には聞こえぬよう耳元で嘲笑いながら囁く大臣。そんな彼の卑劣な策に陥れられた少年……ラバックはそれをきっかけに、何かが壊れたかのように肩を震わせて笑い出した。
「ふ、ふふっ……はは…あはははははっ!そうか、そういう事だったのか…!大臣、お前は俺達を裏切ったんじゃない。最初から騙すつもりでずっとここに居たんだな!俺達を都合の良い操り人形にして、この国を支配する為に…!!」
優しかった彼は変わってしまったのではない。本当は、最初から素性を隠して皇帝一家の側に居たのだ。だから当然、彼はラバックが抵抗せずともいつか両陛下の事を殺すつもりで……。
「そう、最初から……お前に面倒を見て貰っていた時点で俺達は負けていた!お前を家族のように想ってしまっていたせいで、俺達一家は何も疑わなかった!何もかも気付くのが遅過ぎた!!唯一抵抗していたこの俺でさえも、端っからお前の掌の上で転がされていたんだ!!」
家族の命も信用も奪われて真実を知り、狂ったように笑い続けるラバック。だが一筋の涙を流すその瞳は虚ろで、もう光なんて映っていなかった。
やがて騒ぎに気付いて駆け付けた近衛兵が、謁見の間の光景を見て絶句した。血溜まりに倒れた君主の亡骸の前で高笑いをする彼の姿が、あまりにも狂気的で。
「嗚呼…父上、母上……この世で一番愛していた貴方達を、最期まで守れず申し訳ありませんでした……。せめて、どうか安らかにお眠り下さい……。私もいずれ、必ずこの忌々しい男を連れて、そちらへと向かいますので……!!」
絶望の淵へと落とされた少年は誓う。その深く根付いた強い憎悪と復讐心を糧にして、必ずオネストを地獄の底に引き摺り下ろしてみせると。それが、不幸な死を遂げた両親への手向けになると信じて。
こうして、権力も家族もなにもかも全てを失い、反逆者の手による濡れ衣で栄光の道から咎人へと転落した皇帝殿下、ラバックは、その日から陽の光を浴びる事はなくなった。
完全にぶっ壊れて遂に闇落ちしちゃったラバック殿下。今のところバッドエンドの未来しか見えないね。なのに書くのがちょー楽しい(推しへの歪んだ愛)
おのれ大臣め。
頭出しから最後までそれっぽい雰囲気を出す為に敢えて本編では伏せましたが、ラバがこの異常事態に気付いた理由は両陛下の寝室の壁に飾ってあった剣が無くなっていたからです。ほ、ほら、王様の居る部屋って家宝の武器とかが飾ってありそうなイメージあるじゃない?(震え)
何者かがそれを盗んだイコール両陛下のどちらかが誰かを狙ってるか、又は宮殿内の裏切り者が両陛下の殺害を目論んでいるかもしれない、と彼が推測した結果が後者だった、という感じで。転売目的も考えられるけど、殿下は反逆者の存在ばかり気にしてたし元々売買にも興味がなかったからそっちはただ失念しちゃってるだけ。
誘導する為の脅迫文などが書かれた置き手紙があったとかだと別の犯人がいる証拠になって濡れ衣を着せられないので没。