魔皇の征く先に待つものは救いか、或いは破滅か。それは神のみぞ知る。
暗く淀んだ曇り空の下。大量の返り血を浴びた魔皇の目指す敷地の外はもう目前。けれどそんな彼の前に立ち開かる者が居た。それは、魔皇と呼ばれる少年の師。宮殿の守護者、大将軍のブドーだ。
「……殿下。何故このような事をなさっているのですか?これ以上の宮殿内での殺戮は、いくら貴方様でも……」
「殺す、ってか?じゃあさっさとそうしてくれよ。弟子想いなあんたが、昔から可愛がってた俺を殺せるっていうならな」
「…………」
その先を代弁した魔皇が、ブドーの良心を抉るような皮肉を述べる。それに対してブドーは言葉を詰まらせ、押し黙ってしまう。
「俺を殺してくれないなら早くどいてくれよ、師匠。こちとらあんたにはまだ勝てねぇってわかってるから、今ここで戦いたくはねぇ。でもそっちが殺り合うっていうなら、俺もそれ相応の覚悟であんたを殺しに行く」
敵の増援が向かってくる。だがそれに焦る事もなく、魔皇はかつての師に確かな殺気を放つ。
「……一つ、お聞きしても宜しいでしょうか?貴方が目指すその先には、一体何があるのですか?」
「……さぁな。これが果たして民の救済に繋がっているのか、或いは世界の破滅に繋がっているのかは全知の神でもない限り誰にもわからんよ。だが俺は俺の夢を……野望を叶える為にここに居る。あんな狭い場所で無様に野垂れ死ぬくらいなら、俺は破滅の道であろうとこの先を突き進む。愚かな罪人としてな」
質問に答えた魔皇の目には、決して揺るがぬ覚悟と憎しみの炎が宿っていた。その迷いのない瞳を見たブドーは、再び口を閉ざす。
「……もう一度言う。そこをどけ、ブドー。これは命令だ」
お前に頼むのはこれで最後だ。遠回しにそう告げたかつての主に、暫く悩んでいたブドーは遂に道を開ける。
「……もしもいつか貴方様と再びお会い出来たとしたら。その時貴方が……いや、貴様が破滅の道を歩んでいたのであれば……私は、今度こそ貴様を止める」
「ああ、望むところだ。それでこそ帝国自慢の守護者だ。そん時がきたら俺も、全力であんたという壁を壊してみせる。……それまで死ぬなよ?師匠」
「それはこちらの台詞だ、愚か者」
別れの言葉なんていらない。二人はいずれ、必ず再会するのだから。それが例え主従や師弟ではなく、壊す者と護る者という関係であっても。
強大な壁を通り過ぎ、漸く辿り着いた塀の外。もう二度と外には出ないと昔交わした両親との約束を、こんな形で破ってしまった。
雨雲に包まれた空を仰いで、「ごめん」と独り寂しげに呟く魔皇。しかしそこで、また新たな壁に立ち塞がられる。
「よぉ、久しぶりだな。随分見ねぇ間にまた酷ぇ顔になっちまって……。らしくねぇなぁ、次期皇帝サマ?」
「……今度はお前らかよ。帝位を失くして夢が果たせなくなった幼馴染みを笑いに来たんだったらお断りするぜ?」
大将軍の次に現れたのは、兄弟同然の幼馴染み二人。頼れる兄と姉だったシュラとメズだ。けれど魔皇はそんな彼らすらも邪魔をするのなら、自分の私情共々その存在を消すつもりでいた。
しかし彼が勉学に励むようになって以降会う機会が減ったシュラとメズは、かつての姿を失った友に意外な言葉を掛ける。
「ラバの癖になーに格好付けてんだよ。そんな面白そうな遊びに、アタシらを誘わないのは水臭いんじゃねぇの?」
「そうそう、俺らはお前の兄弟みてぇなもんだってのになぁ。抜け駆けは許さねぇぞ」
「……は?」
魔皇には、彼らの言っている言葉の意味がわからなかった。思わず面食らい、ポカンとした顔で目をパチクリと瞬かせる。
「えっと…?お前ら、何言ってんの?俺が今何やってんのかわかってるのか?」
「そんなん知ってるよ。これが俺の革命だぁー!!って叫んで帝国に反旗を翻そうとしてんだろ?アタシらもそれに参加するって話!」
「いや大体そうだけど叫んではないからな!?つかなんでそんな軽いノリで付いて来ようとしてんのお前ら!?絶対自分達の言ってる意味わかってないよな!?俺と同じ反逆者になって帝国を敵に回すんだぞ!?」
「それがどうした?むしろあの親父の敵になれるなんてすげぇじゃねぇか。お荷物扱いすんなよ、俺らはお前の味方なんだからさ」
「…!!」
帝国を敵に回した自分の味方だと言われた魔皇は戸惑った。そして漸く知った。ずっと独りだと思い込んでいた自分には、まだ仲間が居たのだと。
「本当に……本気で言ってるのか…?俺、もう壊れちゃったのに……そんな俺でも、まだ、味方でいてくれるの…?」
「ああ、そうだ。お前がぶっ壊れていようがいなかろうが、お前が俺らの弟なのは変わらねぇ。……お前はお前なんだよ、ラバック」
震えた声で聞いた魔皇の質問に、兄のように慕っていたシュラが肯定する。その隣に居るメズも、当然のように頷き魔皇となった彼を受け入れてくれていた。
昔から、この世に二人しかいない対等な存在。そんな兄と姉の言葉に魔皇は……いいや、ラバックは。
「うっ、ぐすっ……二人共、ごめ…っ、俺っ、ずっと…独りだと、思って……っ!」
「あーはいはい、わぁーってるって。んなもん気にしなくて良いから泣くな。さっきまでの威勢はどこ行ったんだよ?」
ずっと蓋をして押し込んできた感情を解き放つように、ポロポロと涙を流し始めた。すると昔泣き虫だったラバックの面倒をよく見ていたシュラは慣れた様子であやす。
いくら殺戮を繰り返そうと、彼も人の子。普通の子供らしく泣く事だってあるのだ。それを教えてくれたのも、この二人の幼馴染みだった。
「あーっ!!シュラ兄がラバを泣かせたー!!」
「ああ!?お前も同調してただろうが!!俺だけのせいにすんな!!」
メズにわざとらしく指を指されたシュラが大声で怒鳴るが、彼女は相変わらず彼を無視し、ラバックを抱き寄せる。
「よぉ~ちよちよち~、ラバックちゃんは相変わらず泣き虫でちゅね~?お姉ちゃんが慰めてあげまちゅよ~」
「……殺すぞ」
赤ちゃん言葉でバカにされたラバックはされるがままに抱き締められるも嗚咽しながら若干の殺意を露にする。でもその脅しは彼女には全く効かなかった。
「おい、いい加減じゃれ合ってねぇでさっさとずらからねぇか?流石にそろそろ追手が来ちまうぞ」
宮殿の敷地外に出ようと、ここはまだ敵地である帝都。ラバックを追ってきた近衛兵達が押し寄せてくる。
「うわぁ~、あんなに近衛兵が外に出てるの初めて見た~!ラバ、こっから逃げる算段とかあんの?」
「…………ない」
「マジかよお前」
無作で騒ぎを起こしたラバックに二人は引く程呆れる。だが仕方ないだろう、ずっと監獄に閉じ込められていた彼に小細工を仕掛ける時間などなかったのだから。
「しゃーねぇな。ほんとはまだああいう雑魚共にお披露目する気はなかったんだが……使ってやるか」
ここは自分の出番だと名乗り出たシュラが、ポケットから何かを取り出す。
そしてそれを構えた瞬間。三人の足元に不思議な円が浮かび上がり、そこから放たれる光に呑まれた彼らは一瞬でその場から姿を消した。
突如大罪人と裏切り者の姿が消えて狼狽える兵達。だがブドーは動じないまま、三人が居た場所を遠くから見つめる。するとそこに、魔皇誕生のきっかけを作った諸悪の根源が。
「こんなところで何をしてるんです?ブドー大将軍」
「オネストか。……私はただ、この狭い鳥籠から巣立って行った雛鳥を見送っただけだ」
罪人を見過ごした彼を責めるように聞いたオネストに、ブドーは淡々と答えた。昔から外の世界に憧れていた愛弟子が旅立った姿に、複雑な想いを抱きながら。
「ふふっ、雛鳥ですか。貴方はあの大罪人を随分可愛らしく例えているようですねぇ」
「その大罪人に仕立て上げたのはどうせ貴様の仕業だろう?あの方は本来、とても慈悲深いお方なのだ。貴様のような狡猾な悪党に陥れられなければ、将来立派な陛下になられていた筈だ」
両者の間が不穏な空気に包まれる。けれどそれはたった数秒の出来事。この場に用がなくなったブドーは無言で踵を返し立ち去った。
「……やれやれ。完全に心を折ってやったつもりが、まさかこうなるとは予想外でしたよ、殿下。ですが貴方が後どのくらいまで抗えるのか、今後は楽しみにしていますよ」
黒幕のオネストは心底愉快そうに嗤う。まるで舞台の上で踊らされているピエロを見るように。
恐らくラバックや羅刹四鬼のメズ、そして自分の息子は革命軍に入るのだろうと予測される。そんな彼らがこの帝国にどう立ち向かうのか、遥か遠くの玉座から眺めているだけのオネストは楽しみで仕方がなかった。
ラバック殿下が帝国と敵対するきっかけとなった衝突編はここで終了。次回からまた新章となりますが、遂にストックが無くなったので今後の更新は不定期です。申し訳ありません……。
魔皇vs大将軍、その対決は果たして叶うのか。ブドーさんからすると愛弟子である以前に君主の息子でもあるラバック殿下には手を出し難いだろうと思って一旦見逃して貰いました。実は本当に殿下が殺ったのかと疑って口にはせずとも殿下の死刑を密かに反対していたり。
そしてシュラさんとメズの参戦。この二人は帝国に執着する理由も特にないので、大事な弟分の味方に付くと決断。
大臣を越えたいシュラさん的には、外からあいつをぶん殴って地獄に突き落とそうとしてる殿下にむしろ嬉々として大賛成してる感じ。ぶっちゃけ僕はシュラさんの事、「あの親父が無様な姿を晒してるぜざまぁみろ!!」とか笑って言いそうなクソガキだと思ってるから(褒め言葉)((
ゴズキさんはアカメちゃん達育てるのに夢中で娘のメズの面倒全然見れてないし、零での再会では叱られても凄く嬉しそうだったけどこのメズからしたら近くに居る可愛い弟を優先するやろ。悪いがお互い様だぜゴズキさん。