「__兄上が、帝国に…!?それは本当か大臣!?」
帝都宮殿、謁見の間。数年前幼くも大臣の支持によって現皇帝陛下へと降格していたミカドは、久しく聞いた兄の名に狼狽した。
「はい。帝都を訪問なさったチョウリ氏から聞いた話によると、今は私の愚息や各国で集めた仲間と共に行動しているとか……。魔皇軍『ワイルドハント』などという犯罪組織を名乗って、今度こそ我が国を滅ぼそうとしているようです」
「っ!!何故なのだ兄上……何故、帝国を滅ぼそうなどと…!帝国は父上達が…皇帝一族が代々守ってきた大切な国だというのに…!余にはわからぬ……兄上の考えている事が、何もわからぬ…!」
あの日からミカドの大好きだった兄は壊れてしまった。だがミカドはその原因すらもわかっていない。何が彼をあそこまで追い詰め、両親を殺させてしまったのか。その真相も知らず元凶が自分の目の前に居る者だと気付かぬまま、当時の惨劇を嘆く。
「陛下、兄君についてもう一つご報告があります。魔皇は先日から、帝国の地方軍の拠点を次々に破壊し、見せしめにその町や村を焼いて血の海に染めているとの事。もう、あの頃の優しい殿下とは別人ですね」
悲しげな演技をするオネスト大臣の口から出た報告に、ミカドは更に打ちのめされる。何度も何故と問いても誰も答えてはくれない。
だが一方でオネストは、邪魔なチョウリを処分出来なかったのも含め、魔皇の行動に内心少し焦っていた。
「(全く、民間人を盾にすれば手出し出来まいと思いきや、まさかそれ諸共消しに来るとは……。あれだけ弱い民がどうとかどうでも良い正義感をほざいていたのに、それすら捨てる程私への憎しみが強いみたいですねぇ)」
愚かな両親と同じだと鷹を括っていた大臣にとって、罪のない民間人すらも無慈悲に殺していく魔皇の快進撃は誤算だった。最初は自分の息子が持つシャンバラで人々を逃がしているのかとも疑ったが、現場に残った焼死体の数でそれはないと断定している。オネストが思っていた以上に、彼は憎悪に囚われ壊れていたのだ。
「にしても、あの三獣士が呆気なく殺られてしまったという事は、魔皇軍も全員帝具を所持していると見た方が良さそうですなぁ。賊のナイトレイドも含め、ここはエスデス将軍に任せるべきですかね」
「そう、だな……。ただでさえ異民族を抑えて貰っているのに更に強敵の組織を二つも任せてしまうのは申し訳ないが、宮殿を護るブドー大将軍や各地域に滞在する他の将軍達を安易に動かすわけにはいかんからな…」
「左様でございます。それに、エスデス将軍には約束通り強い帝具使いを六人用意しましたので。彼らの活躍を期待しましょう、陛下」
密かに感じている焦りを顔に出さず、ミカドを安心させるようにこやかに話すオネスト。だがエスデスだけに任せるのはやはり厳しい為、暗殺部隊も同時に動かすべきかと思案中である。
しかし幸い、魔皇軍の行動から見て、彼らと反乱軍は敵対し合う可能性が高い。そのまま潰し合って共倒れしてくれれば漁夫乗りで帝国の一人勝ちが出来、無駄な労力や資金も掛けずに平和を取り戻せて万々歳だ。
「(兄上、貴方が帝国を憎む理由は余にはわからぬが……父上達が護ってきたこの国を壊そうと言うのであれば、余も手加減はしない。余は皇帝として、私情を挟むわけにはいかぬ。この国を護る為に、必ず兄上を討ってみせる…!)」
真実を知らぬミカドは一人誓う。例え唯一血の繋がった兄弟であろうと、帝国の敵は全て排除すると。
「……大臣、忙しいのにすまないが、仕事を頼んでも良いか?いずれ来るであろう決戦の日に余も戦えるように……
幼い皇帝は、この時決意してしまった。いつか兄と直接戦う道を。理解し合えないまま、死闘を繰り広げる未来を選んでしまったのだった。
「__鮮血の魔王?なんだそりゃ?」
時と場所は変わって帝都近郊にあるナイトレイドのアジト。本部と連絡のやり取りをしていたナジェンダの報告に、世間に疎い新入りのタツミが首を傾げる。
「あんたそんな常識まで知らないの?鮮血の魔皇といえば、先帝とその后妃を殺した実の息子。数年前に宮殿で殺戮を起こして脱獄した元皇帝一族の大罪人よ」
戸惑うタツミにマインが呆れて答えると、彼はぎょっと驚く。
「先帝の息子!?そんな偉い人がなんで両親殺したりむごい事件起こしたんだよ!?それも大臣の仕業だっていうのか!?」
「……その真相は、本人以外誰にもわからん。だがこれだけは言える。私の知っているラバック殿下は、我々のように民を憂う優しい人物だった」
かつての主と共に笑顔でお茶会をしていた昔を懐かしみ、どこか遠くを見つめて煙草の煙を吐くナジェンダ。その目には、何かを後悔しているような感情があった。
「殿下は今、魔王軍ワイルドハントと名乗って帝国各地にある大臣一派の勢力を削っているが、その有り様が酷い。帝国のクズ共が滞在していた町や村には何の罪もない住民達も原形を失う程無惨に焼き殺され、どこも血の海と化している。反乱軍としては、彼らの所業を見過ごすわけにはいかない」
魔皇軍に殺された住民達は、どこも帝国に脅されて仕方なく従っていただけだった。なのに帝国に協力していたという理由だけで皆殺しにするのは間違っている。あくまでも民の味方である反乱軍は、彼らを敵と見なすべきだと判断したようだ。
「ワイルドハントは見付け次第排除しろと本部に言われている。……だが私個人の意見を言わせて貰うと、数年前の事件も含め殿下がそんな非道な真似をするとは到底思えない。話が出来そうであれば、戦う前に直接真相を問いたい。身勝手な我が儘で申し訳ないが、お前達にも協力して欲しい。頼む」
ナジェンダはナイトレイドのボスとしてではなく、一個人として部下達に深く頭を下げる。革命軍の命令に反するかもしれないが、それでも彼女は彼を信じたかった。
「……俺はそいつの事をよく知らねぇけど、ボスが俺達に頭を下げてでも信じたい相手だってのはわかったよ。だから俺はボスに賛成する。でも、もしダメだったら……」
「ああ、わかってる。私もその時は戦う覚悟をしている。今までもそうやってきたからな」
かつて信頼し合っていた者達との殺し合い。それは帝国を離反した彼女にとっては何度も経験してきた事だ。決して慣れはしないが、相応の覚悟がある。タツミだけでなく他のメンバーにもそれが伝わり、仕方ないと言わんばかりに同意する事にした。
「私が従うのはボスの命令だ。話し合いが可能であれば協力しよう」
「親友がそう言うなら私も手伝うよ。健気なボスの恋路に邪魔が入らないようにしないとね」
「こっ…!!?ち、違うぞ!私と殿下はそういう関係じゃない!ただ彼を主として慕っていただけだ!」
「え~?ほんとかなぁ~?」
「レオーネ、あんまボスを虐めてやるなよ。頑張ってクールを装ってんのにからかうのは野暮ってもんだぜ?」
「だから違うと言ってるだろう!?ブラートも私が恋をしてる前提で話すな!!」
ニヤニヤとからかわれて顔を真っ赤にさせるナジェンダが恋をしてるかどうかはさておき。こうしてナイトレイドは魔皇軍と遭遇した際にはまず話し合いを持ち掛ける方針に決定した。
「魔皇軍が次に現れるであろう場所は既にいくつか見当が付いてる。相手は全員帝具使いである可能性が高いが、帝国よりも先に見付ける為、ツーマンセルで各自配置に付き待ち伏せするぞ!」
「「応!!」」
「「「了解!」」」
「__~♪~~♪」
再び場所は変わり、とある地方の田舎町。赤く染まった跡地へと変わり果てたそこで返り血を浴びたまま鼻歌を歌うのは、帝国と反乱軍が大きな脅威として危険視している鮮血の魔皇、ラバック。
新しい玩具を探す子供のような軽い足取りで躊躇なく肉塊を踏み歩く魔皇の手にあるのは糸で作り上げた血まみれの槍。当然、その町に居た帝国の雑兵は全滅……かと思いきや、
「こ、の……っ、化物め…っ!」
肉塊の下で死んだフリをしていた重傷の兵が、魔皇に銃口を向ける。しかし、
「あれ?おーい、狩り残ししたの誰だよ?獲物はちゃんと一匹残さず殺せっていつも言ってるじゃん。中途半端に生かしたら可哀想だろ」
少し離れた場所に居る仲間に文句を言いながら、魔皇は槍を振るって銃弾を弾き、そのまま兵士に近付いて首を斬った。
「あ?それまだ死んでなかったのかよ?意外としぶてぇ雑魚も居るもんだなぁ」
「エンシン、また嬲って遊んでたな?返り討ちに合い易いから程々にしろって何度言えばわかってくれんだよ」
「そん時は自己責任って事にすっから軽いお遊びくらい良いだろ、大将?女は全部シュラが食っちまったし、暇だったんだよ」
「ったく、あんたらほんと懲りねぇなぁ……。シュラ兄!女遊びが好きなのは良いけど、たまにはエンシンにも分けてやれよ!」
「んだよ坊っちゃん、童貞卒業出来てねぇからって拗ねんなよ」
「拗ねとらんわ!!童貞言うな!!」
気にしてないと言いつつ本当はかなり気にしているコンプレックスを言われて、ラバックは義理の兄であるシュラをキッ!と睨む。だが効果はなし。いつもの事だ。
「魔皇様~!今童貞がどうとか聞こえましたけど、遂に魔皇様の童貞をコスミナちゃんにくれるんですか!?」
「違ぇわアホ、いちいちそれ聞く度にとんでもねぇ勘違いすんな。お前は呼んでねぇから先帰れ」
「どうせ捧げる相手なんて居ねぇんだろ?ならそのままコスミナにでもあげちまえよ大将」
「てめぇは俺を殺す気か。お前こそ女と遊びたかったんだろ?俺の代わりに相手してやれや」
「いや、あれだけは無理だわ」
はぁはぁと息を荒げながらラバック達の元に行き、期待の眼差しを向けるコスミナの性欲に勝てない男性陣は彼女の姿を見ただけでげっそりとした。ラバックとエンシンはもはや押し付け合いを始める程である。
「おいブス!てめぇ俺の天使に手ぇ出そうとすんじゃねぇ!天使の貞操は俺が頂くって決めてんだ!」
「ラバったらほんとモテモテだよねぇ。よっ、変態に好かれる天才美少年!」
「お前らそれ以上喋ったらマジで殺すよ?」
ラバックを天使と呼ぶチャンプと、そのやり取りを見て茶化す義姉のメズ。更にそこに合流したのは幼い外見をした錬金術師のドロテアと、妖刀江雪を盲目的に愛する人斬りの剣士イゾウである。
「相変わらず騒がしい奴らじゃのぅ。おかげでゆっくり食事も出来んわい」
「拙者の江雪ももっと血をくれと求めている。ラバック殿、本日の獲物はもう居ないでござろうか?」
「ああ悪ぃな、今日はここまでにして撤収だ。これで敵の増援が来たらまたたっぷり食べさせてやりな。ドロテアも帰ったらちゃんと報酬やるから大人しくしてくれよ」
「わかっておるなら良い。今回もかなりの重労働で疲れたからのぅ、相応の報酬がなければやっていけんわい」
ワイルドハントのメンバーはこれで全員。一人一人に声を掛けたラバックに付いて行く彼らは、それぞれ理由は違えど自分達のリーダーを慕っていた。
「ラバ。もし帝国軍と反乱軍、どっちも来たらどうすんだ?」
「もちろん帝国軍優先。正直こっちは反乱軍を潰すメリットがないからね。でもあちらさんが戦う気満々だったら相手するしかない」
「じゃあ三つ巴になる可能性もなくはないのかぁ~。それはそれで楽しそう♪」
「楽しむな。そうやって油断してると死ぬぞメズ姉」
「大丈夫大丈夫!アタシらには頭の良い弟が居るんだしよ!背中は心配いらずだぜ!」
義兄との会話を聞いてケラケラ笑う義姉に、調子の良い事言いやがって、とラバックはぼやく。だがその表情は満更でもなさそうだ。
「ほら、やる事は全部終わったからさっさとアジトに戻るぞ」
最年少のリーダーに促され、時間を掛けて調教された四体のワイバーンの背に二人ずつ乗っていくワイルドハントの面々。シュラのシャンバラがあるのに何故危険種を扱っているのかというと、その帝具は既に何度か使用済みで、使用者の体力の問題で帰りには使えないからだ。
「さて、ここまでやればそろそろ誰が来るでしょ。帝国と反乱軍、どっちが先に釣れるか楽しみだな」
わざと目立つ行動をして誘われる獲物を待つ中、ラバックは頃合いだと口角を上げる。
__魔皇と彼らの邂逅は、もうすぐそこまで迫っていた。
果たして先に魔皇軍を見付けるのは帝国軍と反乱軍どちらなのか。
また少しストックが溜まったので明日明後日連投するかもです(更新出来なかったらすみません)