おーぷんのフラワーナイトガールスレでの安価でSS書こうという個人企画です。
色んな団長、色んな花騎士とその組み合わせを楽しんでいただければと思います。
第一回の今回は、ロータスレイクへの密航経験のあるちょい悪団長と、ハギ、ハゼ、ヒギリの見た目幼女(内一人は多分ガチ)の三人組です。
どんな物語になるか、お楽しみに。

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おーぷんのフラワーナイトガールスレにて、安価できた団長と花騎士で書いた一本です。
一応フラワーナイトガールを知らない人にも読んでもらえるように説明多めですが、独自解釈もあります。話半分に読んでください。
つーか、あんまり説明多すぎたので、次回から控えたいですね……次回がいつになるか分かりませんけど。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。


FKGベルガモットバレー:『埴輪とおはぎと大神官』

――『春庭(スプリングガーデン)』、と呼ばれる世界がある。

 生命の根源であり、大地でもある『世界花』と呼ばれる巨大な花に守られた美しい世界。

 生い茂る草木は実りをもたらし、広大な海と川は恵みを運び、険しくも深い山々は生命を育む。

 咲き誇る花は豊かさを象徴し、人々は最も親しい隣人である『益虫』達と共に平和と繁栄を謳歌していた。

 悠久の理想郷――そう信じるに足るだけの幸福が、『春庭』には確かに存在していたのだ。

 人々は七本の世界花の下に寄り添い、その名を頂いた国家を形成していた。

 

 知徳の世界花――ブロッサムヒル。

 深い森の世界花――リリィウッド。

 常夏の世界花――バナナオーシャン。

 風谷の世界花――ベルガモットバレー。

 雪原の世界花――ウィンターローズ。

 湖畔の世界花――ロータスレイク。

 そして最後の一本。

 

 枯れた世界花――コダイバナ。

 

 そう。枯れたのだ。生命の根源であり、大地でもある世界花の一本が。

 事の起こりは千年前。コダイバナに寄り添う黄金の国の女王が、永遠の命を欲したことが始まりとされる。

 彼女はどういう方法で以ってか異界の魔王――『死にゆく世界の支配者』を呼び出し、契約を結んだ。それが偽りであるとも知らずに。

 永遠の命など得られず女王は死に、魔王は春庭への侵攻を開始した。

 『益虫』を自らの手下――『害虫』へと変化させる、という方法で。

 かつての友だった『益虫』達は禍々しく凶暴な『害虫』となり、人々を襲った。その力は凄まじく、ただ在るだけで毒素を撒き散らし、まさに『人類の天敵』と呼ぶに相応しいものだった。

 『害虫』達は魔王の力により、ありとあらゆるところから出現する。昨日まで共に遊んだ『益虫』が明日は化け物となる。人々に刻み込まれた恐怖は、どれほどだっただろうか。

 誰もが悲嘆に暮れ絶望に堕ちる中、立ち上がる者がいた。

 『最初の花騎士(フラワーナイト)』――世界花の加護を受けた女性騎士フォスと、彼女とその仲間達を率いた光り輝く太陽の剣を持った勇者である。

 勇者達は各地の賢者達と協力し、恐るべき怪物達を封印し魔王と戦い――世界は、最悪の事態から逃れることができた。

 その後の勇者達を知る者は、誰もいない。

 もしかすると、今も尚勇者達は魔王と終わらない戦いを繰り広げているのかもしれない。

 ともあれ、世界は滅びを待つしかない状態から抗うことが可能なところまで持ち直した。

 千年前から現代まで、変わったことは二つ。

 一つは、世界花であるコダイバナが枯れた事。

 当然のことながら黄金の国は滅び、今や害虫達の本拠地と化している。世界花の加護を失い、大地は裂け、水は濁り、空気は汚染され、およそ生物が住まうことのできない場所へと変貌してしまっていた。

 もう一つは、『花騎士(フラワーナイト)』が生まれるようになった事。

 花騎士とは、その名の通り世界花の加護を受けた騎士の事だ。とはいえ、中には騎士でないものもいる。

 より正確な表現をするなら、『世界花の加護により害虫と戦う力を得た者』といえばいいだろうか。

 魔王の力を受けた害虫は、種類にもよるが普通の人間が立ち向かえる存在ではない。その一撃は岩をも砕き、体当たりするだけで小屋程度なら吹き飛ばす。

 如何に訓練を積んだ騎士であろうと、手も足もでない相手の方が多いのが現状だ。

 そして、花騎士とは、そんな害虫達と真っ向から戦う事ができる希少な存在なのである。どういった理屈か、世界花の加護により害虫の一撃を受け止め、その強固な外骨格や皮膚に傷を与えることができる。

 並の騎士が十人でかかっても不可能な事を、花騎士は一人で成し遂げる。

 それ故、千年前より現れた『花騎士』は対害虫戦争の切り札として活躍し続けてきた。

 だが、それにより人類が優勢に立ったかといえばそうでもない。

 花騎士の数は限られており、増やそうとしても世界花の機嫌次第なところがある。そして、歴史上花騎士となれるのは『女性のみ』であるという事も希少さに拍車をかけている。

 理由は不明だが、最初の花騎士であるフォスが現れてから今日に至るまで、男性の花騎士が存在したという記録は公には存在していない。各国家の悩みの種の一つだ。

 およそ『春庭』において女性の方が比率として圧倒的に多いとはいえ、それでも少なくない数の男性騎士の殆どが言ってしまえば戦力外になってしまう。

 加えて、花騎士全てに同じような加護が割り振られるわけでもなく、その度合いには強弱がある。これも、軍隊として行動する際に大いに問題となる点だった。

 更に、世界花本体から離れれば離れる程加護は薄れる。つまりは、本拠であると目されるコダイバナに攻め込もうとしても、肝心の花騎士の力が弱まってしまうのだ。

 貴重な花騎士を、無闇に浪費するような戦い方を選択する事はできない。攻め込むには、何もかもが足りなかった。

 現在、人類は水際のところでの防衛戦を強いられている。一応は、それで見かけ上の平和を保つ事はできていた。

 害虫は神出鬼没なれど、世界花の加護の強いところにはいきなり湧いて出ない。大抵は加護の弱い街道の外れに出現し、そこから人の居る場所へとやってくる。

 分かっていれば、対処のしようはある。警邏隊を組み、用心を深めるだけで街への襲撃はぐっと減った。

 千年。人類も、何もしなかったわけではない。

 状況に対応する為、新たな枠組みを構築し、法と組織を整備した。

 花騎士を中心とした騎士団を編成し、かつての勇者と同じ『力』を持つ者を団長に選び、害虫への対抗策を着々と積み上げてきた。

 そして花騎士を要する騎士団は国家の枠を飛び越えて連携し、協力体制を築き、堅牢な防衛網を張り巡らせることに成功した。

 現在、人類は再び繁栄を取り戻すことができた。

 しかし、それは害虫を隣に置いた、実に不安定なものである。

 花騎士を含む騎士団は、その薄氷を踏むような平和を守る為、日夜戦いに明け暮れていた。

 

 これは、そんな世界で生きる、ある騎士団のお話である――

 

 

 

 ベルガモットバレー、騎士団宿舎の一室。

 団長に与えられる私室にて、羽毛布団やブランケットを蹴飛ばして寝入る不精髭を生やしたおっさんの姿があった。

 体は引き締まってはいるものの、めくれたシャツから腹を見せていればそれも台無しだ。

 いびきをかいて気持ち良さそうに眠る姿は、とても花騎士を要する騎士団長とは思えない。よくて久しぶりの休日を満喫する日雇い労働者だ。

 およそ三十代と思われるそのおっさんの部屋に、一人の少女が入ってきた。

 栗色のショートヘア、菫色の着物に身を包み、腰に(さい)を二本下げている。袖を縛る縄状のたすきが勇ましさを良く表していた。

 部屋の主であるおっさんが団長を務める騎士団の副団長、花騎士のハギである。

 寝ている団長に構わず近づき、しばしその間抜けな寝顔を見つめてからそっと揺する。

「団長さん、朝だよ~。起きないとお仕事間に合わないよ」

「んなぁ……んっふっふ、ショウサンアリッサムに十万ゴールド賭けるぜぇ~……」

 余程いい夢を見ているのか、団長の顔は嬉しそうに歪んでいる。

 起きそうにもない様子に眉をハの字にしつつ、ハギは根気良く揺すった。

「団長さん、起きて。今日は新しい人が来るんでしょ?」

「いけっ、そこだっ、あぁくそ、シアタークボタンくるんじゃねぇ!」

 実に明確な寝言を発しながら、手足をばたつかせる。

 ハギは深く溜息を吐き、自らを鼓舞するように軽く拳を握って、

 

 シーツを掴んで思い切り引っ張った。

 

「んがっ!?」

「団長さん、おはよう! 今日も元気に頑張ろうね!」

 引っ張られた勢いでベッドが転げ落ち、景気のいい音が鳴る。

 強制的に目覚めさせられ、団長は鈍痛のする頭を抱えて起き上がった。

「……ハギぃ、お前もう少し丁寧に起こせねーのか」

「だ、だって、今日も団長さん起きなかったんだもん……」

 寝起きの団長にじろりとねめつけられ、ハギは困り眉で申し訳なさそうに身を縮こまらせる。

 少女というにはやや幼く見えるハギと、それなりの上背がある団長。今の二人の構図は、おっさんが幼女を虐めているようにも見えなくはない。

 見る人が見たら、通報しかねないだろう。尤も、その男こそ通報先の騎士団団長なのだが。

 その事に思い至ったわけでもあるまいが、団長は嘆息してのっそりと洗面台に向かった。

 副団長のハギが慌てた様にその背中に声をかける。

「あの、今日新しい人が来るんだよね? 髭はちゃんと剃らないと!」

「あ? あぁ……そういやそうか。悪い、忘れてたわ」

「髭剃りちゃんとある? 取ってこようか?」

「いや、あるから大丈夫だ。確か教会から来るんだったな。やべぇ、時間ねぇわ」

 時計を確認し、口調の割りに少しも慌てず洗面台に続くドアを開ける。

 乱れたベッドを直すハギを横目に見て、団長は何の気なしに言った。

「起こしてくれてありがとうな。お前のお陰で間に合いそうだ」

 少しだけ驚いたようにキョトンとして、ハギは団長の方を見やる。

 頭を掻きながらドアの向こうに消えていく団長に、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「えへへっ、どういたしまして!」

 元気いっぱいの声が、物の散らかっただらしのない部屋に響いた。

 

 ここは風谷の世界花の加護を受ける国、ベルガモットバレー。

 コダイバナの支配区域と接し、世界で最も害虫との争いが激しい国。

 どうしようもなくだらしない団長と、しっかり者の副団長。そして甘えたがりな団員のいる騎士団に、新しい仲間が一人加わろうとしていた。

 

 

 

 教会。神様を信奉する聖職者達の集団。

 その『神様』というのが何なのか、団長は良く知らなかった。

 世界花を創った存在とか何とか言われているらしいが、詳しい事は良く分からない。昔っからそんなものに祈った事もない身としては、感想の抱きようもなかった。

 しかし、現実問題教会は大きな影響力を持ち、ベルガモットバレーにおいては騎士団との連携も進められている。

 理由は色々あげられるが、一番は教会にも花騎士がいるからだ。

 協力体制をとってしまえば、騎士団による防衛力は強化される。教会としても、国と繋がれるし人々の信仰を集めやすくなる。互いにとって利益があればこそ、二つの巨大な組織の連携は思ったよりもスムーズに進んでいた。

 この騎士団に教会からの人員が配備されるのも、その一環である。

 少なくとも、団長はそう聞いていた。

 爽やかな朝を台無しにする眠気交じりの欠伸をかましながら、団長とハギは連れ立って宿舎の廊下を歩く。目指すは執務室、今日の予定の最終確認。

 鳥の囀りが響き日光が差し込む宿舎内は、朝から鍛錬に励む花騎士達や夜警から戻ってきた花騎士達が行き交っていた。

「朝っぱらから元気だよなぁ……」

「団長さんが不摂生なだけだよ」

「いやー、団長の仕事が忙しくてなー」

 わざとらしい言い草にハギは団長を見上げ、諦めたように小さく溜息を吐く。

 行き交う花騎士達と挨拶をかわしながら歩けば、見慣れた姿が二人の前に飛び出てきた。

「団長さー、ハギさー! おはよー!」

「おぅ、おはようさん」

「おはよう、ハゼちゃん」

 元気良く手を上げて、着物姿の少女――ハゼが笑顔を振りまく。

 褐色の下地に淡黄色を乗せた色の長着が良く映える、愛らしい顔立ちの少女……というよりは、幼女といった方がいいかもしれない。

 身長とそう変わらない長さの燭台を背負い、手にはぴっかぴかに磨かれた埴輪を持っている。

 そう、埴輪である。あの丸を三つ開けただけで顔と言い張る土偶の一種。間の抜けたポーズをしている、あのハニワだ。

 この埴輪、ウフソー、という名すら持つ。しかも動く。

 花騎士に常識を求めてはいけない。団長はハゼと会ってそれを思い知った。

 そう、この幼女――ハゼは、立派な花騎士なのだ。しかも、かなり強めの加護を受けてもいる。団長の騎士団にあって、有数の騎士でもあった。

 この業界、細かいことを気にしていてはやっていけない。

 開ききらない眼で挨拶を返す団長と、釣られて笑顔で手を振るハギ。育ちの差というかなんというかが実に現れている。

「団長さー、眠い?」

「ん? あぁ、まぁ……そうも言ってられねぇわな」

 適当に返事をしようとして、隣のハギから何かを訴えるような視線を感じ言葉を濁す。

 軽く肩を回して首を鳴らし、強引に目を覚まさせる。

 ふと見下ろせば、ハゼもハギも心配そうにこちらを見上げていた。

「いつも思うけど、団長さー、痛くない?」

「凄い音してて、ちょっと怖いよ~……」

 眉を顰める部下二人に、団長は首元に手を当ててもう一度骨を鳴らす。

 怯えたように驚く幼女体型達を見下ろして、面白がるように意地悪く笑った。

「こんくらい普通だって。体が軽くなるんだぞ? お前達もやるか?」

 わきわきと手を動かす団長に、二人揃って激しく首を振る。

 楽しそうに笑って、団長は執務室へと向かう足を進めた。

 慌てたように小走りになって、ハギとハゼは二人で団長を挟んで並ぶ。

 この騎士団では見慣れた光景。いつもの朝の風景だった。

 少し違うのは、ハゼの顔がやや優れないことくらいか。

 横目で見下ろしながら、団長は何も言わずに歩く。執務室が近づくと、ハゼがそっと団長の服の裾を掴んできた。

「ねぇ、団長さー。今日、新しい人が来るんだよね?」

「あぁ。教会から出向してくる花騎士だ。正式に出向してくるのはお前以来になるな」

 見下ろす視線を受けて、ハゼが少し俯く。

 ハゼは、ベルガモットバレー所属の花騎士ではない。隣国、リリィウッド所属の花騎士だ。以前にある事件でこの騎士団に出向し、それ以来ずっとここで暮らしている。

 花騎士の所属に関しては、少々面倒な話が必要になる。

 一口に言えば、所属国家と所属騎士団は別、ということだ。

 どこの国も花騎士は必要だ。多ければ多いほどいい。わざわざ他国に渡してやる義理はない。が、それでは害虫との戦争は立ち行かないものがある。

 内部で抗争が起きても馬鹿らしい。かつてはそういった内輪揉めもあったらしいが、そういった経験を踏まえた上で生まれたのが現在の形だ。

 花騎士は、生まれた国家、又は花騎士となった国に所属する。極稀な例外を除いて、所属国家は一生変わることはない。

 だが、所属する騎士団は自由に選べる。その気になれば、所属国家以外の騎士団にだって入ることが可能だし、騎士団に所属しない、ということもできる。

 言ってしまえば、花騎士は国家という括り以外ほぼフリーランス状態である。あちこちの騎士団を転々とする花騎士とているらしい。

 しかし、現実はそう上手くいかない。何だかんだとしがらみはあるものだ。

 まずもって、正式に騎士団に所属していない花騎士は『騎士』とは見做されない。

 そして他国の騎士団に所属するには面倒な手続きが必要だし、『出向』という形になる。なるが、逆に言えばそれらのことさえ受け入れれば自由と言っていい。

 ただ、これも世の常として、出向なだけに状況次第では帰任要請が出る場合もある。要請といえば聞こえはいいが、事実上の帰還命令だ。

 実際、この騎士団にハゼが出向してきたのだって害虫退治の為の国からの要請が大元だ。権利にはいつだって義務が付きまとう。

 花騎士をめぐる世の情勢は実にややこしく、団長もその手の事は苦手だった。

 面倒なのは害虫との戦争だけで十分だというのに、どうしてどいつもこいつも厄介事を増やそうとするのか。

 既得権益は平和な世界でしか役に立たない事を是非学んでほしい。

 尤も、そんなこと騎士学校でだって教えてはくれなかったが。

 袖を掴むハゼの手に、少しだけ力が篭った。

「あの、あのね? 少し不安なの……もうここは十分だから戻ってこいって、えらい人から言われないかな、って……」

「あー……」

 相槌にもならない声を漏らし、虚空を見上げる。

 その可能性は、なくはない。戦力に余裕がないのは、どこも同じだ。過剰だと判断されれば、そういったこともあるだろう。

 特に、ハゼは生まれながらに何かしらの加護を受けた力――『魔法』を使うことができる。

 『春庭』には生まれつき、魔法と呼ばれる力を行使できる人がいる。

 花騎士とは少し違う、生まれながらの加護を持つ者。加護を与えているのは世界花とも、神様とも、魔王とも言われている。事実どうかは、未だに判明していない。

 だが現実として、人によっては花騎士としての加護を受ける前から同等かそれ以上の力を持つ。勿論、そんな娘達はほぼ全員例外なく花騎士として選ばれていた。

 そして、ハゼはその内の一人だった。

 素の力はその辺の騎士にさえ劣るが、ウフソーを用いた魔法はその辺の騎士では真似できない威力を叩き出す。

 それ故に、元の騎士団ではやや扱いに困っていたらしい。後から聞いた話だから、その辺りの詳しいことを団長は知らない。細かく調べる気もなかった。他国の事に首を突っ込むと、ろくなことにならない。

 掴まれた服の裾から、震えが伝わってくる。

 ハゼの手は小さく、簡単に解けそうなほど弱々しかった。

「大丈夫だろ。一人花騎士が増えたくらいで何とかなるほど楽なとこじゃねぇよ。上がアホ言ったら、現状をこっちが教えてやりゃいい。それで解決だ」

 襟首を掻いて、ハゼの頭に手を置く。

 世界花の加護を受けただけの幼女は驚いたように団長を見上げ、まさに花が綻ぶような笑顔を浮かべた。

 そして、すぐにはにかんだ笑みに取って代わり、

「あ、あの、団長さー……」

「あ? ……あぁ、はいはい。迎えに出たら下ろすからな」

「うんっ! 団長さー、あたし新しい人とも仲良くできるよう頑張る!」

「おぉ、頑張れ」

 ハゼを前腕に乗せるように抱きかかえ、背中をそっと叩いて止まっていた足を動かす。

 執務室の扉を開けたところで、妙な視線を感じて団長は振り向いた。

「……なんだよ、ハギ」

「な、ななな何でもないよ!?」

 慌てて手を振り、視線を逸らす。

 明らかに嘘なのがバレバレだが、当の本人は必死で誤魔化しているつもりだ。

 悟られるわけにはいかないのである。二人の様子を羨ましげに見ていたことなど。

 別に頭を撫でられたのが羨ましいとか、少しくらい甘えてみたいとか、そういうことなど思っていない。

 とかなんとか言い訳して、ハギは気持ちを押し殺した。恥ずかしいし、何よりハゼちゃんに悪い。わたしの方がお姉さんなんだからしっかりしないと。

 取り繕った笑みを浮かべるハギを見下ろし、団長は暫し考えた後、

 ハギの頭に手を置いて軽く撫でた。

「別にいいけどよ。あんま無理はすんな。前みたいに倒れられると俺が困る」

「!? だっ、大丈夫! 元気、元気!」

 顔を赤くして力こぶを作り、必死にアピールしてみせる。

 納得したのかなんなのか、表情を変えないまま団長はハゼを抱えて執務室に入った。

 深呼吸をして気持ちを落ち着け、後に続いてハギも中に入る。

 片手で器用に資料を取って読む団長を見ながら、本当に迎えに出る所まで抱えていくつもりだろうかと思う。

 多分、そうするだろう。彼が自分の言ったことを曲げた所は見たことがない。

 ぶっきらぼうだしだらしないが、そういう所だけはしっかりしているのだ。

 だからきっと、リリィウッドから帰還命令が出た所で本当に突っ返してしまうと信じられる。

 そういう人なのだ、わたしの騎士団長は。

 何となく胸が暖かくなるものを感じながら、ハギは机の上に尻を乗っける団長の横で書類を片付ける。

 隣で働くハギを一瞥してから、団長は資料に目を落とす。

 今日到着予定の人員――教会の大神官、花騎士のヒギリ。

 資料を読んでいくと、思わず「ゲッ」という声が漏れた。

 何事かと見やるハゼとハギに何でもないと手を振り、続きを読み進める。

 大神官ヒギリ。重度の健康オタクで、添付される似顔絵などを見る限り幼女と見紛う体型。それはいい。勤勉実直、幼いころから教会で修行をしてきた生粋の神官で教会式武闘術のエキスパート。これもいい。

 ベロニカの上司。これが駄目。

 あの悪名高き畜生シスターの上司。それだけで、資料自体が死ぬほど疑わしくなる。

 知り合いの団長から聞いた話ではあるが、ポーカーで財布の中身全部巻き上げられた挙句服まで取られたとか、害虫に襲われた村で最高にイイ笑顔をしていたとか、恐ろしい話には事欠かない。

 その上司だ。資料に書いてあることも話半分に受け取った方がいいだろう。

 つくづく思うが、どうしてウチの騎士団には問題児か幼女体型しか来ないのか。少しはこう、ボンキュッボンの姉ちゃんとか来てもいいだろうに。できれば大人しい方がいい。

 溜息を飲み込んで、資料を置く。そろそろいい時間だ。

「ハギ、行くぞ」

「あっ、はい! どんな花騎士が来るのかな? 気になるね、団長さん」

「あぁ……気になるわホント」

 笑顔のハギを尻目に、眉をハの字にして出迎えに向かう。

 資料の通りであってくれればいい、なんて願いながら。

 

 表に出た所で、ハゼはちゃんと下ろした。

 

 

 

 大神官ヒギリ。

 教会でも確固たる地位を持つ彼女がその騎士団に出向することになったのは、花騎士として連携強化に努めるため、だけではない。

 彼女には、教会から言い渡された密命があった。

 それは、とあるベルガモットバレーの騎士団長が持つ秘密を暴く事。

 およそ教会のやることではないが、これにはきちんとした理由がある。

 その騎士団長は、つい先日まで鎖国政策を取っていたロータスレイクの情報を握っているらしいのだ。

 十年以上も昔、一人の青年がロータスレイクに密航した。ベルガモットバレー出身のその青年はロータスレイク国内に潜入し、騎士団に捕まり強制送還された。

 しかも、ロータスレイクの女王直々の温情によって。

 本来、密航は国際法違反である。騎士団に捕まればただではすまない。しかも、鎖国していたロータスレイクだ。囚人として飼い殺しにするのが適当だろう。

 しかし、青年は解放された。強制送還とはいうが、無事に送り返された事自体驚くべきことだ。

 そこに女王のお墨付きがあるとなれば、誰でも裏を考える。

 当然ながら、誰もが戻ってきた青年から話を聞こうとした。王宮にさえ招聘されたが、青年は一切口を割らなかった。

 「何も知らない」の一点張りで、どんな質問にも答えようとしない。本当に何も知らないのだと思ってくれる人は少数で、立ち会った多くの人が何かを隠していると確信した。

 しかし、拷問をするわけにもいかない。一度そういう案も出たらしいが、女王含め多くの反対にあい頓挫した。

 状況から考えて、実際に重要な情報を知っている可能性は低い。如何に『春庭』において王家の権力が強いとはいえ、ややお飾りの傾向もある。少なくとも、重臣達の意見が一致していればどうすることもできないだろう。

 ということはつまり、本当に何も知らない可能性だってある。そう判断され、青年は解放された。見かけ上は。

 青年には両親がいなかった。後見人もいない彼の今後を憂い、国は騎士学校に入り団長を目指すことを勧めた。

 事実上、青年は国の監視下に置かれることとなった。

 青年はその指示に逆らわず騎士学校に入り、見事卒業して騎士団長となった。

 それが、ヒギリが派遣される騎士団の団長である。

 正直に言って、ヒギリはこの命令に批判的であった。

 上の人間の言うこともわからなくはないのだが、他人の秘密を暴き立てるなど神官のすることではない。

 本人が口を開くまでは余計なことはせず、懺悔されれば受け止める。それこそが神官のあるべき姿だと、ヒギリは思っていた。

 しかし、組織に所属する身として命令を無視するわけにもいかない。何故自分にこのような任務が割り振られたのか。こういった腹芸が必要なものは苦手なのだが。

 その謎は、向かう先の騎士団の副団長と主要な花騎士を見て薄っすらと理解した。

 体型というか見た目が、幼い子が多い。

 かなり思う所はあったが、そこはあえて飲み込んだ。今更何を言っても始まらないし、実際体型的には似ている。

 騎士団と教会の連携を強めることに異存はないし、一先ず密命は忘れてそのつもりで騎士団に出向することにした。

 そして訪れた当日。

 出迎えに来てくれた騎士団長は、資料通りの副団長と団員を連れてきていた。

 深く息をして、自己紹介をする。

「お初にお目にかかります、ヒギリです。教会と騎士団の連携が最重要課題ですが、今日から一人の花騎士としても頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします」

 深く頭を下げれば、頭上から気の抜けた声が聞こえた。

「あー……まぁ、宜しく。適当に頼むわ」

 あんまりな言い草に顔を上げれば、惚けた顔で襟首に手を回す三十前後の男性がいた。

 背はやや高く、体つきはしっかりしている。が、人相は決して良いとは言えず、だらしのない雰囲気を纏っていた。

 真っ直ぐこちらの目を見ようとせず、顔は合わせているが焦点はずらしている。

 傍にいた副団長のハギや彼の服の裾を掴むハゼに目を移す余裕はなかった。

 本当に騎士団長なのだろうか。

 それが、ヒギリが最初に彼に抱いた感想だった。

 真面目とは縁遠い振る舞いと言動に面食らってしまい、実に失礼な思考が働いてしまう。

 本当に彼が、ロータスレイクの情報を握っているのだろうか。

 なんとも言えない気分になりながら、ヒギリは彼の顔を見つめた。

「とりあえず、部屋に案内するわ。ハギ、頼む」

「はい。ヒギリさん、こちらです」

 隣に控えていたハギが進み出て、道を促す。

 ヒギリが促されるままに歩くのを横目に、団長は宿舎に踵を返した。

「じゃ、何かあったら執務室まで来てくれ」

「え、あ、はい」

 ひらひらと手を振る団長に頷き、ヒギリはハギに連れて行かれる。

 想像していたものとは違う状況に戸惑いながら、彼女は騎士団宿舎に足を踏み入れた。

 

 これが、ヒギリが騎士団に入った初日の話である。

 その後の労苦を、彼女はまだ知ることはなかった。

 

 

 

 ヒギリが知る限り、騎士団長とは国によって選り優られた人材のはずだった。

 一部の例外を除き、花騎士になれなかった騎士――故に、その多くは男性である――から知力体力ともに優れた人物を選出し、伝承に謳われる勇者が操った黄金の剣とも言われる『力』を行使できる者を選定する。

 黄金の剣――即ち、『ソーラービーム』と呼ばれる技のことだ。

 害虫と花騎士が激突した時に火花のように生まれる結晶――シャインクリスタル、と呼ばれている――を集積して放つ光の奔流。

 それを、今の世では『ソーラービーム』と呼んでいる。

 結晶を集積することそのものは、道具を使えば誰でもできる。だが、それを用いて『ソーラービーム』を放てるのは、限られた人間だけだ。

 騎士団長候補として選ばれた後は、その資質が試される。合格すれば、晴れて騎士団長として就任できる、というわけだ。

 花騎士以外から選ばれるのは、諸々の複雑な事情があってのことである。簡単に言えば、花騎士の権利を守りながら国の都合を優先する為だ。

 流石に騎士団長に別の国に行かれては困る。任務で遠征することはあっても、流石に他国の騎士団に所属されるわけにはいかない。

 だが、花騎士が団長となればそれを許さなくてはいけない場合が出てくる。よって、基本的には花騎士以外の騎士から選ばれるというわけだ。

 勿論、例外的に花騎士が団長を務めている所もある。が、それは特殊なケースだと言えた。

 ともあれ、それらの事情により騎士団長に選ばれる人間はかなりの選別を潜り抜けた人物である。

 人格・能力共に選りすぐられており、花騎士をまとめるに相応しい器量を持っている。

 そのはずだ。

 ヒギリとて子供ではない。それらがお題目に過ぎない事も理解していた。この世には、余り善良と言えない団長がいることも、親の七光りで団長になった者がいる事も知っている。

 それでも、実際に目の当たりにしてみると反応に困った。

 送り込まれた騎士団の団長は、言い方は悪いがぐうたらで、不真面目としか言いようがない生活態度をしていた。

 朝は副団長のハギに起こされるまで寝ている、日中はたまに仕事をサボって煙草を吸う、夜は何か知らないがどこかに消えている。

 絵に描いたような不良団長であり、教会の密命より先に生活を改めさせなければならないのではと悩むほどだった。

 そう、密命。彼が握っている、ロータスレイクの情報を得る事。

 騎士団にきて数日。教会との両立でそれどころではなかったが、そろそろ慣れてきて余裕も生まれてきたところだ。

 どうするべきか悩んでいたある日、宿舎の廊下を歩いていると喫煙所で他所の団長と歓談している団長を見つけた。

 日中、今は執務室で仕事をすべき時間のはずである。適度な休息は必要とはいえ、喫煙も健康に良いとは言えない。

 流石に一言言おうと思い、ヒギリは喫煙所に向かった。

「団長さま」

「ん? あぁ、ヒギリか。お疲れさん」

 去っていく顔馴染みらしい団長に手を振り、彼は深く煙を吸い込む。

 吐き出す紫煙は青空に上り、風に紛れて消えていった。

「休憩は結構ですが、喫煙は健康を阻害しますよ?」

「大丈夫、心の健康は保たれる。体も心もすっきりすんのが一番、だろ?」

「そういうことではありません!」

「そう硬いこと言うなよ」

 へらへらと笑いながら、灰になった先端を吸殻入れに落とす。

 ある意味出過ぎたことを言っている自覚はありながらも、ヒギリはどうにも言葉を抑えることができなかった。

 一体、彼は何を考えているのだろうか?

 かつてロータスレイクに密航し、今やベルガモットバレーの騎士団長として国の監視下に置かれている。その事を知らないわけでもあるまいに、こうして実に気軽に振舞う。

 その真意の程を、ヒギリは図りかねていた。

 彼に同情する気持ちはある。かといって、密命を無視するわけにもいかない。それに、数日いる内に段々と気になってもきていた。

 彼は一体、どういう人間なのか。

 どうして、ずっと沈黙を守っているのか。

 普段の彼は酷く口が軽そうに見えるのに。

 彼――団長への疑念が、ヒギリの心を少しずつ動かしていた。

 それはそうと、釘は刺しておかなくてはいけない。ここ数日でよくわかったことだが、副団長のハギさんは酷く苦労している。

 今も、休憩といいつつサボっているかもしれないのだ。

「それで、どのくらい休憩しているんですか?」

「ちょっと前からだな。それより、さっきいい話を聞いたんだが」

 胡乱気な視線を向けるヒギリに笑いかけ、ご大層なものでも取り出すようにポケットから煙草の箱を出す。

 蓋を開けた中に一本、他と色の違う黒い煙草があった。

「この黒いやつ、チョコ味の健康にいい煙草だって話だ。カフェインがどーとか何とかで、血行が良くなるらしい。お前の為に一本とっておいた」

「えっ!? 本当ですか、ありがとうございます!」

 一瞬驚いた顔をするものの、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 数日一緒に過ごして理解を得たのは、何もヒギリだけではない。

 ここ数日で団長が得たヒギリへの認識は、『恐ろしいほど騙されやすい』ということだ。

 健康マニアでもある彼女は、『健康に良い』と聞くと大体何でも信じる。傍から見ていて壷でも買わされそうだと思う。というか実際買わされていた。

 そのヒギリを前にバツの悪い所を見られた団長が、少々の悪戯心を働かせるのは止むを得ない事かもしれない。どこをどう聞いても悪党の思考だが。

 差し出された煙草を受け取り、ヒギリは勧められるままに綿の詰められたフィルター部分を咥えた。

「火をつけるから、普通に息を吸えばいい。是非味わってくれ」

「健康になる煙草なんて、最近は凄いものが発明されているんですね!」

「そりゃ、かつての勇者の技すら再現してんだ。そのくらいお茶の子さいさいさ」

 口の端を歪めて、団長が黒い煙草の先に火をつける。

 言われたとおり息を吸うと、ヒギリの口内にチョコのような甘い味わいが広がった。

 が、すぐに訪れる煙草特有の『重い』感覚に思い切りむせる。

「こっ、これ、本当に健康にいいんですか!?」

「いや~悪い、嘘だ。健康にいい煙草なんて世界のどこ探してもねぇよ」

 楽しそうに笑う団長に、ヒギリが抗議の意味を含めて精一杯睨み付ける。

 団長はどこ吹く風で受け流すと、ひょいっとヒギリから煙草を取り上げた。

 そのまま、何の気なしに味を確かめるように黒い煙草を吸う。

「甘ぇ~……まぁ、チョコ味はホントだったろ?」

「ごほっ、どうしてそう、けほっ、人を騙したりするんですか!」

「すまん、簡単に騙されるのがどうも面白くてなぁ……次からは気をつける」

「二度としないで下さいっ!」

 思わず怒鳴ってしまったところで、ハギが団長を呼びにくる。

 ヒギリが懸念していた通り、仕事をサボっていたようだ。

 恨みがましい視線を大きな背中に送りながら、ヒギリは心に決めた。

 密命を果たそう。遠慮していてはいけない相手だ、あの団長さまは。

 なんとなく、部下であるベロニカさんと似たような感じがする。人の私事に踏み込むのは神官の領分を越えているが、これも役目だ。

 まずは彼の人となりをもっと知る必要がある。周囲の人達から情報を集めるべきだろう。

 気は進まないが、これも教会の、引いては人々の幸せの為。そして、彼を更生させる為だ。

 このままではいけない。彼にとっての幸せが何かはわからないが、今のままでいいとは思えない。第一、副団長が大変そうだ。

 未だに煙草特有の感覚が残る口内に顔を歪めながら、ヒギリは口を濯ぎに水場へと向かった。

 今はとにかく、この口の中の感覚を洗い流したい。

 今度は騙されないようにしよう、とヒギリは心に誓った。

 

 冷静になって間接キスに気づき、飲んでいた水が気管に入ってむせた。

 

 

 

 団長の事を探るべく行動を開始したヒギリは、まず副団長のハギに話を聞く事にした。

 騎士団内で最も彼と一緒に過ごしている人物。性格も素直でしっかり者。最初に情報収集するには最適だろう。

 彼女からの評価次第では、今後の探り方を考える必要がある。

 なるべく負担のないタイミングで、と機会を窺えば、丁度鍛錬終わりにハギと出くわした。

 あちらも鍛錬を終えた所らしく、この時を逃してはならないと声をかける。

「ハギさん!」

「はい? あ、ヒギリさん。お疲れ様です!」

 いつも通り元気良くお辞儀をしてくる副団長に礼を返し、大神官は思い切って尋ねた。

「お疲れ様です。あの、今少しお時間宜しいですか?」

「はい、大丈夫ですよ~」

 無邪気に返される笑顔にほんの少し胸が痛む。

 が、しかし、これも皆の幸せの為。申し訳ないと思いながら鍛錬場の隅の方に移動する。

 そこまで人に聞かれて不味い話でもあるまいに、やはりどこか後ろ暗さがヒギリをそういった行動に走らせているのだろう。

 ハギは疑うことなく素直についてきた。

 周囲に聞き耳を立てている人がいないことを確認して、大神官は話を振る。

「あの、ハギさんから見て団長さまってどんな方ですか?」

「えぇっ?」

 内容が意外だったからか、ハギは眉を上げて驚いた顔をする。

 ヒギリに真剣な顔で見つめられ、言葉に困って苦笑を浮かべた。

「ど、どんなって、え、えーっと……」

「まだこの騎士団にお世話になって日も浅いので、物事を円滑に進める為にも団長さまの人となりをより理解したいと思いまして」

 なんだそんな意味か、とハギは胸を撫で下ろす。

 人の目を気にしているようだったし、深読みをしてしまった。この前喫煙所で一緒にいるところを見てから、どうにも気になっていたのだ。

 団長さんと同じ煙草の匂いがヒギリさんからもしていたし。

 だが、どうやら気の回しすぎらしい。この様子だと、真摯に職務に励んでいるだけだろう。

 そう分かると、途端にさっきまでの勘違いが恥ずかしくなってきた。

 顔が火照るのを感じて、思わず両手で頬を挟みこむ。

「? ハギさん?」

「あっ、いえ、なんでも! あ、あの、団長さんについて、でしたよね!?」

「えぇ……大丈夫ですか? 調子が悪いようでしたらまた後日でも、」

「いっ、いえ、大丈夫ですから! わたし、元気!」

 精一杯の笑顔と元気ポーズで誤魔化す。

 訝しみながらも、ヒギリはそれで一応は納得してくれたようだった。

 余計な事を突っ込まれる前に、ハギは話を進める。

「そ、それで、団長さんですけど。優しい人ですよ」

「……優しい、ですか」

 殆ど信じてない顔のヒギリに、そうだろうなぁ、とハギは苦笑した。

 普通に考えて、ウチの団長さんはどう見ても『優しい』なんてタイプじゃない。

 目つきは悪いし口は乱暴だし煙草は吸うし、おまけに朝は弱いし不精髭だし。他所の団長さんと賭け事なんてしょっちゅうだし、仕事もたまにサボったりする。

 不良、なんて言葉がこれほど似合う人もそうはいない。けれど、わたしは知っているのだ。

 ハゼちゃんがお酒が苦手と分かってから、一滴も呑まなくなったことを。

 団長さんとハゼちゃんの間に何かあったんだろうな、とは思う。ある夜を境に、二人は急に仲良くなった。

 きっと、ハゼちゃんも団長さんの不器用な優しさに触れたのだと思う。

 わたしが風邪で倒れた、あの時のように。

 勘違いしたお詫びというわけではないが、その出来事を話す事にした。

「本当ですよ? わたしがこの騎士団に配属されて半年くらい経った頃の話なんですけど」

 話し出すハギに、ヒギリが神妙な顔で聞き手に回る。

 基本的に真面目なのだろう。ヒギリの様子を一瞥し、ハギが続きを語る。

「あの頃は今より人手も少なくて、目が回るような忙しさでした。わたしも配属されたばかりだから張り切っちゃって、あちこち手伝って回ってたんです」

 随分と無理をしてしまっていた。

 だから、あんな事がおきてしまったのだ。

「ある日、団長さんのお仕事を手伝ってたら眩暈がして。足元がくらっとして、倒れちゃったんです。わたしは何かに引っかかってこけたんだと思ってましたけど」

「それは……いけませんね」

 戒めるように、しかし心配げに呟くヒギリに笑顔を向ける。

 やっぱり、ヒギリさんはいい人だ。きっと分かってくれる。

 そう確信して、ハギは続けた。

「書類も床にばらまいちゃって。集めようとしたら、団長さんに抱え上げられたんです。『空元気も大概にしろ!』って怒鳴られながら」

 嬉しそうに語るハギに、ヒギリは何と言えばいいか困ってしまう。

 体調の悪い人にかける言葉ではないと思うが、最後まで聞かないと判断できない。

 ひとまず黙って、続きに耳を傾ける事にした。

「その後はわたしの部屋に運ばれて、ぽーいってベッドに投げられて。『大人しく布団被ってろ!』って怒られて。ああ、やっちゃったなぁって思って泣きそうになったりして」

 どこに優しい要素があるのか、ヒギリは理解に苦しんだ。

 少なくとも、今聞いている範囲ではないように思う。いや、病床の部下を運ぶだけ優しいのだろうか。

 それにしたって、そんな言い方はないだろうに。

 しかし、ハギの顔は辛い思い出を回想しているようにはとても見えなかった。

「部屋から出るのも命令違反みたいで怖くて、ベッドで眠っていたんです。そしたら、廊下が騒がしくなって。ドアがばーんって開いたと思ったら、ヨモギさんが投げ込まれました」

「な、投げ?」

「はい。わたしと同じように、ぽーいって」

 おかしそうに身振り手振りで示すハギに、ヒギリは開いた口が塞がらなかった。

 ヨモギ、という名には聞き覚えがある。確か、薬師の花騎士だ。生家が生薬や薬膳を提供する大きなところだったはず。

 この騎士団の所属ではなかったはずなのだが。

 ヒギリの疑問は、次のハギの言葉で氷解した。

「他所の騎士団から無理矢理連れてきたみたいで、ヨモギさんも呆気に取られてました。『後を頼む』って言って、団長さんはすぐに出て行っちゃいましたけど」

 なんとも豪快な事だ。

 感心するやら呆れるやら、ヒギリは何ともいえない気分になる。

 ハギはくすりと微笑み、先を続けた。

「ヨモギさんの看病と薬草のお陰で、翌日にはすっかり良くなりました。その時にヨモギさんから聞いたんですけど、『風邪で倒れてる奴がいる。お前の薬草で治してくれ』って頼まれたらしいです。必要な薬草を取ってきたら、『遅い』って言われて抱えあげられたとか。本当、滅茶苦茶ですよね」

「えぇ……本当に」

 楽しそうなハギを前に、ヒギリはそうとだけ応える。

 優しい、という意味が少し分かった気がする。そして、酷く不器用だとも。

 もっと他にやり方はあったろうに、どうしてそう乱雑にしかできないのか。

 そういう人柄なのだと言われたら、それ以上何の言いようもないのだが。

 少なくとも、見た目通りだけど見た目通りの人物ではない、ということは分かった。

 胸の奥に疑問が生じる。

 本当に、このまま調査を進めてしまっていいのだろうか。

 私は、彼らの幸せに下手に手を入れようとしているのではないか。

 生じた疑問を飲み込んで、ヒギリはハギに頭を下げた。

「有難う御座います。少しは団長さまの事が分かった気がします」

「いえいえ! お役に立てたなら、何よりです!」

 太陽のような笑顔を浮かべる少女を前に、大神官に罪悪感が芽生える。

 ハギとはそこで別れ、ヒギリは次の人に話を聞くべく宿舎を歩き回った。

 

 その足取りは、幾分重くなっていた。

 

 

 

 数日かけて聞き取り調査を行い、その結果を前にヒギリは深く溜息を吐く。

 彼への評価は、見事に二分していた。

 怖い、もっとしっかりしてほしい、などの手厳しいものと、

 優しい、頼りになる、いい人、などの好意的なものだ。

 だらしのない団長として眉を顰められる一方、一部の花騎士からは熱烈な支持を受けている。

 何だか調べる前よりも彼の事がわからなくなった気がして、ヒギリは自室の机に突っ伏してみた。

 一番彼女を困惑させているのは、ハゼの話だ。

 

 ――団長さーは、すごく、すっごくいい人だよぉ!

 

 力一杯力説するハゼに、ヒギリは反応に困って適当な相槌を返してしまった。

 そして、彼女はこんな話をしてくれたのだ。

 

 ――あのね、あたしがここに来て害虫を倒して褒められた夜ね、少し怖い夢を見たの。

 

 そういう彼女の顔は酷く曇っていて、さぞかし心細かったろうことを想像させてくる。

 

 ――眠るのが怖くて歩き回ってたら、鍛錬場の前で団長さーに会ったの。

 

 どうしてそんな時間に団長さまが起きているのか、と疑問に思ったが、どうせ悪い遊びでもしていたのだろう。

 後でそのことも調べなくては、とその時は思っていた。

 

 ――団長さーは「どうした」って言ってくれて。その時はまだ団長さーのことちょっと怖かったけど、誰かに聞いてほしくて、怖い夢のお話をしたの。

 

 怖い夢の内容は、話してはくれなかった。本人ももう良く覚えていないらしい。

 けれど、彼の事だ。笑い飛ばしたりしたんだろう、なんて考えていた。

 

 ――そしたら団長さーが頭を撫でて、抱っこしてくれたの。「大丈夫だ」って。「夢は夢だ、覚えてなくていい。どうせいつか、準備が整ったら思い出す。それまでは、無理しなくていい」……そう言って、あたしが泣き止むまで背中をさすってくれたの。暖かかったぁ。

 

 意外だった。

 普段見ている彼からはとても想像できない言葉に、暫く言葉を失った。

 ハゼさんは嬉しそうに笑って、最後にこう付け加えた。

 

 ――それから、怖い夢は見なくなったの! だから、団長さーはすっごく、すっごくいい人だよぉ!

 

 ただただ圧倒されて、そうですか、としか答える事ができなかった。

 突っ伏した机に顎を乗せて顔を上げ、ヒギリはここ数日何度も繰り返した考えに戻る。

 いくら教会からの命令とはいえ、本当に秘密を暴くべきなのだろうか。

 私は彼女達の幸せに、下手な横槍を入れようとしているだけではないのか。

 勿論、彼がこのままでいいとは思わない。実際、過半数の花騎士からは余り良い評価も評判も聞かなかった。

 だが。

 ハゼさんやハギさんのように、彼を慕う花騎士がいるのもまた事実。

 一体自分がどうするべきなのか、ヒギリには良く分からなくなっていた。

「お父さま……私は一体、どうしたら良いのでしょう……?」

 聖職者を目指すきっかけともなった父に、心の中で尋ねてみる。

 天国からの応答はなく、また一つ溜息をついた。

 こうしていても仕方がない。どうにも眠気も訪れないし、散歩でもしようと決めて自室から出る。

 当て所なく宿舎内を歩いていると、鍛錬場の方に明かりがついていることに気づいた。

 誰かが消し忘れたのだろうか。どうせだし消していこうと鍛錬場に足を向けた。

 そういえば、ハゼさんの話では深夜の鍛錬場で団長さまと会ったということだが、そんな時間まで本当に何をしていたのか。

 もし見つけたら一言忠告しておこうと思いながら、階段を下りて鍛錬場のある一階へ。

 鍛錬場の前まで来た所で、お盆を持ったハギとばったり遭遇した。

「ハ、ハギさん? こんな時間にどうしました?」

「ヒギリさんこそ! どうしたんですか?」

 互いに驚いた顔を見合わせて、同じ質問をぶつけ合う。

 それまで考えていた事の手前、どうにもバツが悪い気持ちでヒギリは頬を掻いた。

「わ、私は、その……何だか眠れませんでしたから、散歩でも、と」

「そうなんですか。でも、この先は鍛錬場しかないですよ?」

「明かりがついているのが見えましたので。消していこうかと……あれ?」

 暗がりに目が慣れてきて、ハギが持つお盆の上に乗っているものが見えるようになった。

 お盆には、おはぎが乗っていた。

 餡子の甘い匂いが鼻をくすぐり、ヒギリは必死に自制する。

 いけない、こんなところで誘惑に流されては。第一、あれはハギさんのものだ。人のものに手を出すなんて、聖職者のやる事ではない。それも、夜中にお菓子だなんて、不健康だ。

 首を傾げるハギに、気を紛らわす為にも質問した。

「ハギさんこそ、どうかされたんですか? もしかして、私と同じでしょうか?」

「あぁいえ、わたしは……そうだ!」

 ハギは何かを閃いたように目を輝かせ、手にしたお盆をヒギリに渡してきた。

 思わず受け取ってしまい、ヒギリは困惑してお盆とハギを交互に見つめる。

「えっ? あの、これは一体……?」

「鍛錬場に行くんですよね? だったらついでにこれを届けて下さい。訓練人形が並んでいる所の奥の、『団長以外進入禁止』の立て札の先にいますから」

「い、いるって、誰がです?」

「行けば分かります。お願いしますね!」

 いやに押しの強いハギに押し切られ、ヒギリはお盆を運ぶ羽目になった。

 当のハギは念を押すように「お願いしますね!」ともう一度言うと、手を振って去っていく。お盆を投げ出すわけにもいかず、ヒギリは事態が飲み込めないまま鍛錬場へ向かった。

 騎士団宿舎だけあって鍛錬場は広く、朝から夕方まで誰か花騎士が必ず訓練している。かくいうヒギリも、暇があれば鍛錬をしていた。

 鍛錬を怠れば、力は衰える。力が衰えれば、害虫から人々を守れない。花騎士として、鍛錬を欠かすわけにはいかない。

 見慣れた人形達を通り過ぎ、奥まった所にある『団長以外進入禁止』の立て札の前で足を止める。

 鍛錬している時から気になってはいたのだ。だが、札があるのだからと足を踏み入れることはしなかった。

 おはぎはこの先にいる人物に届けなければならないのだが、果たして。

 そうして立て札の前で躊躇していると、奥から甲高い音が聞こえた。

 金属と金属が打ち合う音。間違いなく、戦闘の音だ。

 思わず踏み出し、立て札を越える。そのまま音に釣られるように走り出した。

 害虫が現れたのだろうか。いや、しかし街中に突如出現するなど聞いたことがない。それに、害虫の鳴き声も聞こえない。

 聞こえるのはただ、金属がぶつかり合う音だけ。

 訝しみながらも足を進めると、開けた場所に出た。

 

 鎧に身を包んだ団長が、同じく鎧を着せられ武器を持たされた人形を相手に戦っていた。

 

 鍛錬場にある人形よりも弾力性に富んだものらしく、団長が一撃加える度に大きく反って元に戻ろうとする。

 その反動で武器が動き、刃や鉄球が容赦なく団長の体を狙う。

 それら全てをいなしながら、団長は人形に打ち込み続けていた。

 広場には人形が二十数体。不規則に並べられ、固まって配置されているところもあれば外れにぽつんと置かれているものもある。

 団長は短い二つの棍――トンファーを手に、人形に殴りかかる。一体に打ち込むとすぐに次の一体を狙い、反動で振られる武器を受け止め、流し、次の標的に向けて動く。

 全身鎧よりはマシとはいえ相応の重量がある鎧を着込み、足を止めずに武器を振るう。

 密集地帯では流石に完全に防ぎきれず、鎧で受け止める。足だけは止めることなく動かし、全人形を殴って抜け出す。

 ある場所ではわざとなのかぬかるみができており、足を取られれば間違いなく反動で振られた人形の刃に斬られるだろう箇所もあった。

 その全てを潜り抜け、団長は最後の一体に一撃を入れる。

 反動で振られた刃をトンファーで弾き、深く深く息を吐いた。

 一連の動作を、ヒギリは息を呑んで眺めていた。

 ヒギリとて、伊達に教会式武闘術のエキスパートと呼ばれてはいない。相手の実力の程度くらいは測れるつもりだ。

 ヒギリの見立てでは、団長の強さは自分と同程度か、それ以上。他の花騎士達と比べても、決して劣るところはないだろう。

 余りに意外な一面に、呆気にとられた。

 だから、団長が鎧を脱ぎだしてもすぐには反応できなかったのだ。

 息を整え、鎧どころかシャツまで脱ぎ去り、ヒギリではどう足掻いても届かない高さの枝をジャンプして掴む。

 片手を背中に回して、片腕だけで懸垂を始めた。

 それはいい、それはいいのだが上半身裸は流石にヒギリには刺激が強い。思わず上げた驚愕とも恥じらいともつかない声が静かな夜に響き、団長が視線を向けた。

 お盆を落とさないように片手で顔を覆ったヒギリに気づき、面倒そうな顔をして地面に降りる。

 脱いだシャツを適当に掴んで、団長はヒギリの前まで近づく。

「お前、何しにきた?」

「と、とにかくシャツを着てください!」

 必死に抗議するヒギリに眉をハの字にして、団長はシャツを着る。

 ようやく裸でなくなったことで落ち着きを取り戻し、ヒギリは団長を見上げた。

「ハギさんに、これを持っていくよう頼まれたんです」

「あ? あー……そうか、ありがとさん」

 お盆の上のおはぎを見て納得したように団長は唸り、礼を言って一つ口に放り込む。

 おはぎの甘い匂いが鼻腔をくすぐり、悪魔の誘惑がヒギリを襲う。が、今は夜中。不摂生は不健康の元なのだ。

 食欲を堪えるヒギリに構わず、団長はもう一個を掴んで今度は二口で食べる。

 潰れた餡子から漂う匂いに負けそうになっていると、団長が餡子のついた指を舐めて言った。

「俺はもういいや、後はやる」

「え、えぇっ!? で、でも、これはハギさんから団長さまへの差し入れでは!?」

「貰ったもんをどうしようが俺の勝手だ。いらねぇのか?」

「うっ……いっ、いえ、そういうことでしたら、粗末にするのも何ですし……頂きます!」

 最後の一つを手に、ヒギリの目がきらきらと輝く。

 健康健康とは言うが、その実ヒギリは甘いものに目がない。更には油たっぷりの肉など、所謂ジャンクフードが大の好物だ。

 それ故に自身で制限しているが、やはり誘惑に逆らいきる事は難しい。

 小さな口を開けてかぶりついたおはぎは、幸せの味がした。

「おいひいでふ! こへ、おいひいでふよ!」

「ハギのおはぎだからな。クッソ美味いんだこれが」

 一口目を飲み込み、口の中に広がる餡子の甘さをたっぷりと味わう。

 幸せそうな笑顔のヒギリに苦笑し、団長は脱ぎ捨てた鎧を拾いに離れた。

 ついた土を払って、抱えて戻る。適当なところに下ろせば、ヒギリはおはぎを食べ終わっていた。

「はぁ~……ご馳走様でした」

「明日、ハギに言ってやれ。すげー喜ぶぞ」

「でっ、でも、いいんでしょうか……私が食べてしまったと言って……」

 すっかり堪能しておいて何を言ってやがる、とは思ったが口には出さない事にした。

 代わりに、適当な予想を答えにすることにした。

「お前に頼んだって事は、いいってことだろ。いつもは大体着替えるとこに置いてくからな、あいつ」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ。姿を見せたら気を使われるとでも思ってんのかね。まぁ、別にいいが」

 そう言うと、ヒギリが何やら難しい顔をし始めた。

 鍛錬を続ける気分でもなく、鎧を抱えて倉庫に戻ろうと足を向ける。

 一歩踏み出したところで、ヒギリから声をかけられた。

「団長さまは、毎晩一人で鍛錬を?」

「毎晩じゃねぇけど、まぁ、大体は。昼は時間ねぇし、夜ならこの後風呂入っても誰にも文句言われねぇしな。女所帯じゃ、男は肩身が狭いんだよ」

 嫌そうに返事をする団長の後ろにヒギリはついていく。

 ハギさんから頼まれた用事は終わったし、明かりを消すわけにもいかない。それに、なんとなく団長さまと話してみたくなった。

 この人は、一体どんなつもりで毎日を過ごしているのだろう。

「あの鍛錬は、少し危険では? 一歩間違えば大怪我しますよ」

「ヌルい訓練で生き残れるほど甘かねぇだろ。お前達みたいに加護があるならともかく、こっちはただの人間だ。それに、あの程度害虫に比べりゃお遊戯みたいなもんだ」

 言われてヒギリは納得してしまう。

 確かに、害虫の猛攻に比して人形が反動で振るうだけの武器など軽すぎる。

 それでも、あれ以上をやってしまえば鍛錬では済まないだろう。彼なりに見出した妥協点、といったところだろうか。

 花騎士以外が害虫を相手にするには、そのくらいの困難さがある。

 倉庫に鎧を置き、トンファーを腰に挿して団長は更衣室に向かう。

 部屋に入る直前で振り向き、

「何なら着替えまで見てくか?」

「お断りします!」

 顔を真っ赤にしたヒギリに呵呵大笑し、団長はドアの向こうに姿を消した。

 思わず溜息を漏らし、部屋に戻ろうと踵を返す。

 ドアの向こうから響いた声に、足を止めた。

「そういやお前、最近俺の事聞いて回ってるらしいな」

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 団長の声は責めるふうでもなく、ただ尋ねているといった体であったが、ヒギリはそこまで聞き取れてはいない。

 後ろ暗いところがあるせいか、罪を暴かれた犯人のように震えていた。

「何のつもりかは知らねーが、随分俺に興味があるみたいだな?」

 悪戯そうに響く声は、ヒギリにとって嘘つきの舌を抜く地獄の閻魔様の声だ。

 やっぱり、慣れない事はするものじゃない。バチがあたったのだ。己を責め立てる心の声に頭を垂れ、大人しく刑を受け入れようと更衣室の方に振り向いた。

 手早く着替え終わった団長が更衣室のドアを開けば、申し訳なさそうに項垂れるヒギリの姿があった。

「じゃあさ。お前、副団長やってみるか?」

「はいっ?」

 驚いて見上げてくるヒギリに、団長は悪巧みを思いついた子供のような笑みを見せる。

 この時点でもう、ヒギリの頭は真っ白になっていた。

「一々人に聞いて回るより、自分の目で確かめた方がいいだろ。副団長になりゃ、大体一緒にいることになる。うってつけじゃねぇか?」

「そっ、そんなことを急に言われましても! だっ、第一、私は副団長の仕事なんて分かりませんよっ!?」

「ハギに教えてもらえばいい。いやぁ、丁度机仕事ができる優秀な人材が欲しかったんだ。大神官ってくらいだ、慣れてるだろ?」

「……それは……まぁ、少しは……」

「よし、決まりだな。これから宜しく頼むぜ、ヒギリ」

 差し出された手を、思わず握ってしまった。

 軽薄そうな笑みを浮かべる団長の手は、ヒギリが思っていたよりも大きく、暖かかった。

 なんだか騙されているような気がしないでもない。

 だが、実際傍で動向を観察できるのは悪くないし、副団長ともなれば生活態度を改めさせることもできるだろう。

 諸々の複雑な感情を飲み込んで、ヒギリは素直に従う事にした。

 

 それが大きな間違いであった事を知るのは、数日後のことであった。

 

 

 

 ヒギリが副団長となって数日。

 ハギに教えられながらなんとか業務をこなしていたが、肝心の目的の方はというと全く進んでいなかった。

 まずもって、単純に副団長の業務が追加されたことで時間がなくなった。

 花騎士の任務に大神官としての役目、副団長の業務。気がつけば夜になり、倒れるように眠る日々。

 一応団長と一緒にいる時間は増えたが、様子を観察するどころではない。

 もしかして最初からこれを狙っていたのかと思わんばかりの状況に、調査していたときの罪悪感はどこへやらと消えてしまった。

 副団長として生活態度を改めさせようとするも、効果はまるでない。

 怒っても宥めすかしても、団長は相変わらずの日々を送る。一応謝ったり感謝したりはしてくれるのだが、根本が全く変わらない。

 驚いたのは、ハギもそれに納得しているようだったことだ。

 ヒギリとしてはハギも丸め込んで団長を説得しようと思っていたのだが、その計画は最初から頓挫してしまった。

 だが、少しずつ分かってきたこともある。

 なんだかんだと、団長は時間を守るし本当に忙しいときはサボらない。

 朝寝過ごすのも起こしに来るハギを信じているからと言えるし、他の団長との交流が多いお陰で合同訓練だのの打ち合わせに時間もかからない。

 しかし、こうして副団長として過ごす内にますますヒギリには団長という人物が分からなくなってしまった。

 ロータスレイクに密航までして、一体何がしたかったのか。そんな横紙破りな人物なのに、一部の花騎士から慕われているのは何故なのか。

 どこからどう見ても不良なのに、仕事は一応問題ない範囲でこなせている。むしろ、スムーズにいくところもあるくらいだ。

 教会との連携は追々といったところだが、滞っているわけでもない。彼自身がどうこうというより、他の団長が思ったよりも協力的なのだ。

 彼は人徳だと笑っていたが、ヒギリにしてみれば大いに疑問である。だが事実として、小さな問題はともかく、大きな問題は発生していない。

 文句を言う筋合いもなく、ヒギリは毎日の仕事に追われて何も出来ずに過ごしていた。

 

 そうして、何ともいえない気持ちで日々を送っていた時に、事件は発生した。

 

 ようやくヒギリがハギなしでも副団長業務が回せるようになった、ある日の午後。

 慌しい足音ともに、警邏についていたはずの花騎士が執務室に駆け込んできた。

「伝令! 街道脇に害虫が出現! 通行中だった商隊が襲われています!」

「了解。ヒギリ、全団員に通達。動ける者はすぐに正門前に集合、討伐隊を編成し商隊の救助及び害虫の駆除を行う。ハギにも手伝ってもらえ」

「りょ、了解!」

 伝令の花騎士は他の騎士団へ通達に向かい、ヒギリも執務室から飛び出す。

 普段と違う判断の早さに驚きながら、とにかく手当たり次第に見かけた花騎士に団長の指示を伝える。

 途中でハギとも合流し、手分けして伝えて回った。

 つくづく、本当に、彼がどういう人物か分からない。

 普段からあれほどしっかりしたところを見せてくれれば、絶対に評価も変わるのに。

 悩ましい思いを飲み込んで、ヒギリは宿舎内を奔走した。

 

 討伐隊は三十分後には編成され、すぐさま報告のあった街道へと出立した。

 

 

 

 騎士団の移動方法は、緊急時や戦闘時を除けば馬が基本となる。

 これも花騎士特有のデタラメで、中には馬よりも速い移動方法を持つ者がいるのだ。

 団長の騎士団においては、ハゼがそれにあたる。巨大化したウフソーに乗り、馬と同等かそれ以上の速さで追従していた。

 報告のあった街道までくれば、害虫の鳴き声が聞こえてくる。

「総員、戦闘準備!」

 団長の掛け声に応え、それぞれが武器を手に街道を突き進む。

 数分と経たぬ内に、倒れた馬車と逃げ惑う商隊の面々を襲う害虫の姿が見えた。

「突撃ぃ!!」

 号令一下、花騎士達が害虫へと殺到する。

 こうなれば、団長のすべき事はもう殆どない。右腕の篭手を模した集積装置に結晶が集まるのを感じながら、商隊の人々の救助に動いた。

「大丈夫か? しっかりしろ」

「あ、ありがとうございます! 助かりました!」

 幸い、死者も重傷者もいないようだ。馬車は使い物にならないが、命あっての物種だろう。

 救助班に当てた騎士達と応急手当を行っていると、一人の少年がしがみついてきた。

 見下ろせば、今にも泣き出しそうな瞳でこちらを見つめてくる。

「き、騎士団長さん、だよね!? お、お願いがあるんだ!」

「何だ、緊急じゃないなら後にしろ」

 たまにいるのだ、この手の輩が。やれペットがどこかへ行っただの、大事な荷物がなくなっただの。付き合っていられない。

 救助にきているこちらだって、無事に済むとは限らないのに。

「父さんと母さんを助けて! 害虫に襲われて、僕達を逃がす為に囮になるって! ここからもっと奥で別れて、凄く大きい害虫もいて、ねぇお願いだよ団長さん!!」

 少年の体は、震えていた。

 商隊の被害が軽かった理由を、団長は理解した。

 少年の両親が、害虫を引き付けたからだ。少なくとも、本隊と思しき害虫達はそちらに引っ張られていったのだろう。

 ちらりと戦況を見る。

 こちら側の優勢で運んでいる。暫くすれば殲滅し終わるだろう。

 

 だが、それまで少年の両親が無事である保証はない。

 

「ヒギリぃ!」

「はっ、はいっ!」

 救助班のリーダーに任命していたヒギリの方を振り向く。

 大神官という立場上、襲われた人の精神を安定させるのに使えると思ったからだ。

 往々にして害虫に襲われた一般人は恐慌状態に陥る。そのケアの為であるし、打ちもらしがこちらに来たときの為の戦力としての配置である。

 それがこういう形で役に立つとは、団長も思っていなかった。

「この場は任せる! 害虫を殲滅し手当てを終えたら帰還しろ! ハギにもそう伝えとけ!」

「えっ!? 団長さま、どこへ行くんですか!?」

「生き残りの確認だ! すぐに戻る、いいから命令通りにしとけ!」

 愛馬に跨り、手綱を振るう。

 団長になって以来ずっと付き合っている愛馬は、すぐさまこちらの意図を理解し全速力で駆け出してくれた。

 ヒギリに言った事は嘘ではない。少年の両親が生き残っている確認して、死んでいればすぐさま切り返して討伐隊に合流。生きていれば、

 

 その先は考えない事にした。

 

 我ながら馬鹿な事をしている自覚はある。

 だが、花騎士を割くわけにもいかない。戦場では何があるか分からない、戦力の分散は可能な限り避けるべきだ。しかも、今回は緊急。数も戦略も十分ではない。

 だからこそ、戦力として数えられない自分が行くのがベストだろう。

 右腕の集積装置を見る。結晶の溜まり具合は84%、光の剣を撃つには少し足りない。

 ないものねだりをしたって仕方がない。あるものでやるしかないのだ。

 

 ――それもこれも、あの大神官様のせいだ。

 

 教会と騎士団の連携は分かるが、わざわざウチのような蓮っ葉騎士団にくる事はない。もっと大所帯で権力も持つ騎士団は他にもある。

 それなのにウチが選ばれたという事は、ほぼ間違いなく密航の件だろう。

 お陰で、思い出してしまった。もうとっくに過ぎ去ったはずの、昔の事を。

 あの少年の懇願を振り切れなかったのは、その所為だ。

 

 自分と似た状況の少年に、あの頃の自分を重ねてしまっていた。

 

「生きてろよぉ、馬鹿野郎……!」

 手綱を握る手を強め、身を低く屈める。

 歯軋り交じりの呟きは、誰の耳にも届くことなく風に流れていった。

 

 

 

 ベルガモットバレーは、地形的に険しい峡谷が多い。比較的なだらかな街道とて、少し脇に逸れれば切り立った崖と深い谷が待ち構えている。

 なるべく崖から距離をとって、団長は愛馬とともに街道脇を駆け抜けていた。

 商隊の位置から考えて、少年の両親がそう遠くにいるとは思えない。もしもそうでなければ、ほぼ間違いなく死体となっていることだろう。

 近場を一巡り探して、いなければ戻る。それが、団長が決めた妥協点であった。

 そして運が良いのか悪いのか、遠目にもよく分かる巨大な害虫を見つけてしまった。

 朱色の大カマキリ。以前、ベルガモットバレーに現れた巨大害虫だ。確か、なんでも食べる挙句体重も増えないのだとか。花騎士と同じくらい害虫もデタラメだと思う。

 見つけてしまった以上、何もしないわけにはいかない。舌打ちして愛馬を走らせ、距離を測りながら巨大害虫に近づいた。

 木々の隙間を抜け、開けた場所にたどり着く。目の前にはベルガモットバレーでは珍しくもない切り立った崖と、

 

 今にも襲われそうな一組の夫婦。

 

 手綱を振るい、速度を上げる。腰のトンファーに手を伸ばし、片方だけ構えた。

 襲おうとしているのは人間大のカマキリ型害虫。前に一匹と後ろに一匹。おそらくは、朱色の大カマキリの取り巻きだろう。

 一匹でもきついのに、二匹同時なんて無理だ。

 前にいるカマキリに狙いを定め、駆け抜け様にトンファーを振るった。

 狙い通り、目玉を潰す。苦痛に満ちた鳴き声を上げて後ずさる害虫を横目に、愛馬から降りて夫婦に向かって叫んだ。

「早く馬に乗れ! 俺が時間を稼ぐ!」

「えっ!? あっ、貴方は、」

「ごちゃごちゃうるせぇ早くしろ!!」

 両手にトンファーを構え、片目を失った害虫の懐に潜り込む。

 くるりと回して長い方を前に出し、思い切り顎を突き上げる。

 仰け反る害虫の喉元に一発打ち込むも、硬い皮膚に阻まれて致命傷にはなり得ない。

 これだもんな、と胸の内で毒を吐く。カマキリ型の害虫は外骨格もなく比較的脆いはずなのだが、加護のない者の刃先をそう簡単には通さない。

 間接の隙間を狙ってようやく、そうでもなければ表面を傷つけるだけだ。打撃も似たようなもので、下手をすると剣や槍よりもダメージを与えられない。

 しかし、剣や槍よりも細かく狙いを定めやすいという利点はある。物心ついたときから触っている武器だ、団長にとっては扱いやすさも抜群だった。

 怒り狂った害虫の一撃を両腕に添えたトンファーで受け止め、軽く体が宙に浮く。

 常識外れの力に舌打ちし、浮いた足をすぐ地に着けて踏ん張る。

 片方のトンファーを回しながら振りぬき、遠心力をつけて残った方の目を思い切り叩く。

 両目を失った害虫の悲鳴が響き、開いた大口の中にもう片方のトンファーを突っ込んで力一杯地面に叩き付けた。

 断末魔の叫びと共に、害虫の姿が浄化され消えていく。

 死してなお毒素を撒き散らす害虫は、しかし世界花の影響がある範囲では浄化され無害と化す。それも、一定以上の害虫では不可能にはなるが。

 少なくとも街近辺に出る程度の害虫ならば、問題なく処理できていた。

 花騎士以外が倒しても、害虫から結晶は出ない。すぐさまトンファーを構え直し、横目で夫婦の様子を確認する。

 無事に愛馬に乗れたようだ。口笛を吹き、走らせる。

 夫婦が何やら叫んでいたが、構っている余裕はない。害虫はあと二体もいるのだ。

 後ろに下がっていたもう一匹の害虫が、警戒色も露に詰め寄ってくる。

 もう一体。しかも今度は奇襲が通じない。相手にできるかは、不安なところだ。

 

 巨大な朱色の鎌が、横合いから割り込んできた。

 

 人間大の方に気をとられすぎた。体がでかいのだから、当然リーチもその分長い。間合いを計り損ねてしまっていた。

 咄嗟にトンファーを添えた両腕でブロックするが、力の差が圧倒的過ぎる。

 簡単に宙に浮かされ、振り抜かれる鎌に吹き飛ばされた。

 空を舞う感覚は、何度味わっても慣れることはない。足元に何もない不安感と、体が思い通りに動かない不快感。

 思い切り背中から地面に激突し、息が詰まる。体がバウンドしたのを理解し、なんとか体勢を立て直そうと手を伸ばした。

 指先に草の感覚。全力で体を捻り、地面に手をついて足から着地する。

「が、はっ、げほっ」

 口から血でも出てるんじゃないかと思うような咳き込みの後、歪む視界を捻じ伏せて周囲を確認する。

 目の前に人間大のカマキリ。その後ろに朱色の大カマキリ。

 ダメだ。これはどう考えても逃げられそうにもない。

 アホなことをしてしまった。だが、まぁ、騎士団になんて所属している以上、遅かれ早かれ訪れる事態だ。

 トンファーも大カマキリの一撃で半ばから切れ落ちていた。むしろ一発持ったことを褒めるべきだろう。流石ベルガモットバレー製。

 両腕についた一文字の赤い痣は、見ない事にした。

「どんだけやれるかねぇ……」

 取っ手からの距離が前後同じ程の長さとなったトンファーを構え、人間大のやつ一匹くらいならやれるかな、などと冷静に分析する。

 花騎士になれたのなら、こんなことを考えなくてもいいのだけれど。

 ないものねだりをしたって、仕方がないのだ。

 覚悟を決めた団長を前に、人間大のカマキリが奇声を上げて襲い掛かってくる。

 絶望的な戦いに団長が身を投じる直前、

 

「教会式武闘術、奥義!」

 

 聞き覚えのある声と共に、中空からハート型の隕石が害虫めがけて振り落ちた。

 その一発は人間大のカマキリを木っ端微塵に打ち砕き、結晶を生じさせる。

 間違いなく、花騎士による加護を用いた攻撃だった。

「団長さま! ご無事ですか!?」

「……おぉ、生きてる」

 駆け寄ってきたヒギリの顔を見て、安堵と共に肩の力が抜ける。

 全く持って、絶妙のタイミングだ。座り込みそうになって、ふと命令したことを思い出す。害虫を殲滅し救助を終えたら帰還しろと命令したはずだ。

 つまり、ここに今いるのは命令違反をしたということになる。

 一応言っておこうと口を開こうとして、

 

「何をしているんですか、貴方はっ!!」

 

 ヒギリの怒声に、全てを塗り潰された。

 呆気に取られて見やる団長に、ヒギリは瞳に涙を湛えながら怒鳴る。

「事情は聞きました! ですが、もっと他に方法はあったはずです! 貴方は、自分に何かあれば悲しむ人がいるとは考えないのですかっ!?」

「……お、おぉ……悪い……」

 余りの剣幕に気圧され、思わず謝ってしまう。

 しかし、ヒギリはそれで許してはくれなかった。

「悪い、ではありません! 花騎士でもないのに一人で先行して、貴方が死ねば不幸になる人だっているんですよ!?」

「い、いや……急いでたんで、つい……」

「つい、じゃありませんっ!」

 二の句を失い、憤るヒギリを前に団長はどうすることもできなくなる。

 ヒギリの言う事は実にその通りで、どうにもバツが悪く、我ながら失態を犯したという自覚もある。

 しかし、事態はそれどころではないのだ。

「その……言いにくいんだが、害虫はもう一匹……」

「分かってます!」

 襲い掛かる朱色の鎌を、ハートのような文様が刻まれた平たいハンマーで殴り返す。

 巨体がぐらついたところで、後ろから二人の花騎士が飛び出してきた。

 

「団長さーに――」

 

「――手を出さないでっ!」

 

 埴輪からの光線が巨大害虫の身を焼き、舞い踊る二本の釵が切り刻む。

 飛び散る結晶が蓄積され、充填率が100%を超えた。

 害虫はまだ倒れない。

 ならば、『光の剣』の出番だろう。

 高く腕を掲げ、シャインクリスタルを空に放出する。雲を裂いた光が結集し、眩いばかりの柱となって地上に降り注ぐ。

 

「『ソーラービーム(吹っ飛べ)』!」

 

 束ねられた光の奔流が、害虫を貫き浄化していく。

 巨大な朱色のカマキリは、塵すら残さず消え失せた。

 体力の全てを使い果たし、団長はその場に寝転がる。もう一歩も動けない。花騎士でもない一般騎士には、今回の戦闘は少しハード過ぎた。

 そうして寝転がる団長の下へ、ハゼとハギが駆け寄ってくる。

「団長さー! 大丈夫!? 怪我してない!?」

「団長さん! 一人で頑張っちゃダメだよ!? ちゃんとわたしに任せて!」

 覆い被さってくる二人にどうしたものかと頭を悩ませ、適当に頭に手を置く。

 正直、腕を動かすのも割りと辛かった。

「あー……すまん。次から気をつける」

「団長さー、前も同じこと言ったよぉ!」

「いい加減にしないと、お、怒る……怒っちゃうよ!?」

 可愛らしい部下二人の恫喝に、団長は苦笑して頭を撫でる。

 部下二人は唸りながらも、団長の無事に安堵の顔を見せていた。

 後ろで控えるヒギリも、その様子に安堵の息を漏らす。

 緊急の害虫退治はいち早く団長を助けに行こうとしたハゼやハギの奮闘もあり、死者0名、重傷者1名、軽傷者数名という被害の少なさで幕を閉じた。

 少年は無事に両親と再会し、商隊の面々から感謝の言葉を浴びせられながら街へと帰還した。

 

 それはそれとして、宿舎に戻ってから団長はこってりと絞られたのだった。

 

 

 

 

 緊急の害虫退治から数日。

 団長が怪我により戦線に入れなくなって多少ざわついたものの、普段の訓練や数度の討伐任務を経て、騎士団は落ち着きを取り戻した。

 ヒギリもすっかり慣れ、痛い痛いと呻く団長に書類を書かせながら日々を過ごしていた。

 甘えた顔をするとあっという間に付け上がるのだ、団長さまは。

 そうして幾日かが過ぎたある日、執務室に入ると団長の姿がどこにもなかった。

 緊急に片付けなくてはいけないものはない。しかし、まだ傷が治りきっていないというのにどこへ行ったのか。

 折角この前の一件で皆にも見直されたというのに、その端からサボっていたのでは台無しである。

 内心で溜息を吐きながら、ヒギリは喫煙所へ向かった。どうせサボっているとすればそこだろうと考えて。

 予想通り団長は喫煙所にいて、しかし周りには予想に反して誰もいなかった。

 また他所の団長と他愛もない話をしていると思っていたのに。

 ヒギリが近づくと、団長は気配に気づいて振り向く。

「よぉ、ヒギリ」

「よぉ、じゃありません。仕事の時間ですよ」

「んー……まぁ、ちょっと座れって」

「私の話聞いてます!?」

「聞いてる聞いてる。仕事の前に話したい事があんだよ」

 喫煙所傍のベンチに誘う団長に、渋々ながらヒギリは従う。

 悪い人ではないのは前の一件でよく分かったが、だとしても適当な人だ。副団長になって分かったが、ハギさんもこれでは大層苦労したことだろうと思う。

 尤も、当の本人は苦労とも思っていないかもしれないが。

 ヒギリの隣に座り、団長は紫煙を吐き出しながら灰になった先端を吸殻入れに落とす。

「少し昔話をしようと思ってな。知りたかったんだろ? ロータスレイクのこと」

 言われて、心臓が鷲掴みにされたように鼓動が鳴った。

 そういえばそうだった。騎士団に慣れきって、すっかり忘れていた。教会からの密命を受けていたんだった。

 言葉がでないヒギリに、団長が笑う。

「なんだその顔。もしかして忘れてたのか?」

「そっ、そういうわけではなくっ!」

「なんだ、本当にロータスレイクのこと聞き出しにきてたのか」

「!? いっ、いえ、そのっ、私はっ!」

 焦ってどもるヒギリに笑い返して、団長は煙を肺に入れる。

 吐き出す紫煙は空気にまぎれて、空に消えていった。まるで浄化されるように。

「いいって、別に。どうせ教会の上の連中から言われたんだろ? 昔はしつこかったからなー、あいつら」

「……ご存知、だったんですか?」

 恐る恐るヒギリは上目遣いに団長を見上げる。

 苦笑しながら、団長は首を横に振った。

「お前の事についてなら、まぁ予想しただけだ。ロータスレイクから送り返された後、王宮の連中の次くらいにしつこく聞かれたんだよ。だから、そうじゃねぇかって」

「……そこまで分かっていて、どうして私を副団長に?」

「言っただろ? 傍にいた方がお互いにとって利益があるって。そもそもが、どいつもこいつも勘違いしてんだよ」

 煙を吐き出しながら、ベンチの背もたれに思い切り寄りかかる。

 ヒギリは真意が読み取れず、疑問を口に出した。

「勘違い、ですか?」

「そう。俺がそんな重要な事知ってるわけねーじゃん。もしそうなら、幾らなんでも送り返されたりしねぇって」

 それ自体は、予想されていた事だ。

 だが、それでは説明のつかないことがあった。

「なら、どうしてずっと黙っているんですか?」

 そこが一番の疑問点。たいした事を知らないなら、話してしまった方が楽だったはずだ。

 それこそ王宮や教会からしつこく聞かれることもなく、平穏無事な人生が送れていただろう。

 団長は暫し沈黙し、煙を吹かす。

 ヒギリは次の言葉が来るまで、辛抱強く待った。

「……まぁ、一言で言えば恥ずかしかったから、だな」

「……はい?」

 予想外の一言に、思わず間の抜けた声がでてしまう。

 恥ずかしい、とは一体どういうことだろうか。

 前からそうだが、この人は本当に良く分からない。

 困惑するヒギリの顔を一瞥し、団長は煙草を口に含んだ。

「俺の親父とお袋はな、冒険家だったんだ」

 唐突に始まった話に、再び間の抜けた声を出しそうになって慌てて口を噤む。

 おそらくこれが、彼が隠し通した話に繋がるのだろう。仕事の前に話すといってくれた、ロータスレイクに密航した話のはずだ。

 ならば、余計な口を挟まないほうがいい。

 懺悔を聞くときのように、まずは聞き手に回って静聴する。

 それが、ヒギリの大神官としての在り方だった。

「俺が生まれてから暫くは一つ所に留まっていたんだが、まぁ腰の落ち着かない性分の二人でな。俺がある程度成長すると冒険に連れられたんだが、そこで怪我しちまってな」

 団長の声からは、悔恨も情緒も感じられない。

 ただ淡々と、事実を述べているようだった。

「そんで、連れてくのは危ないってんで、俺を置いて二人で旅にでちまった。家とある程度の金だけ残して。実にクソッタレな親だよな」

 なんと返答すればいいか分からず、ヒギリは沈黙を貫いた。

 確かに年端も行かない子供を冒険に連れて行くのは問題だが、だからといって育児放棄をしていい理由にはならない。

 お金があればいいとか、そういう話ではないのは良く分かっていた。

「幸い、近所の人達が哀れんでくれて色々と世話んなったよ。お陰で、なんとか無事体だけは成長することができた。団長になったのは、その人達への礼って気持ちもあるな」

「それは……幸いでしたね」

 皮肉気に笑う団長に、ヒギリはなんとか言葉を返す。

 この世には害虫に親を殺された戦災孤児だっている。近所の人の協力、なんてものを得られなかった子達だっているのだ。

 そう考えれば、団長の境遇はまだ何とかなっている方だと言えた。

「十八くらいの頃かな。金もなくなってさ。これから先どうするかって考えたとき、俺が真っ先に考えたのってなんだと思う?」

「……何ですか?」

「クソ親をぶん殴ってやりてぇ。それ以外何も考えられなくて、旅に出た」

 けらけらと笑う団長を見て、その親にしてこの子ありだと確信した。

 何か一つに夢中になると周囲が目に入らなくなる性格なのだろう。そう考えれば、あの街道での害虫退治の時に無茶をした事にも説明がつく。

 困ったような顔をするヒギリを見下ろして、団長が一本目の煙草をすり潰した。

「両親の足跡を追って、その日暮らしの旅をした。まぁ、旅そのものは悪くなかったよ」

 二本目を取り出し、火をつける。

 もう何を言えばいいかも分からず、ヒギリは黙って耳を傾けた。

「ガキの頃から親父が残した棍――トンファー使って鍛えてたし、なんだかんだ上手く冒険できてた。これ、便利でな。持ち運びやすいし、隠しやすい。おまけに、見られたところで剣とかと違って武器って分かりにくいんだよ。俺、やばい時は洗濯物を干す竿代わりだっつって誤魔化してた」

 果たして、その言い訳でどのくらい誤魔化せたのやら。

 悪戯を打ち明ける子供のような笑顔で腰の武器を叩く団長に、ヒギリはなんとも言えず曖昧に頷いた。

「で、そうこうしている内にアホ親がロータスレイクに渡ったって話を聞いてな。正直あいつらならやりかねねぇって思って、俺も行こうと決めた。そうじゃねぇとブン殴れねぇから」

 当時、ロータスレイクは鎖国政策真っ只中である。条約で渡航は厳しく禁止されているし、万が一迷い込んだ場合も厳罰が課されたと聞いている。

 にも関わらず、なんとも大胆な事だ。親も親なら、団長も団長である。

 ヒギリは呆れるやら感心するやら、胡乱な目つきで団長を見上げた。

「頑張ったんだぜ。陸路は当然すぐバレるし警戒網敷かれてるだろうから、唯一の窓口だったロータスルートから行くしかねぇって考えた。バナナオーシャンからの航路を辿って、難破したように見せかけてロータスレイクの船に拾ってもらって、港町まで送ってもらった。交易船がきてたら送り返されるだろうから、船倉に隠れて頃合を見計らって外に出て、誰にも気づかれないように町に入り込んだんだ」

 なんとも計算高いやり口だ。

 多くの人が行きかう港町では、確かに一人を見つけ出す事など不可能に近い。かといって、決して褒められた内容ではないのだが。

 密航の挙句不法侵入。まさに犯罪だ。

 ヒギリは眉を顰めながらも、とりあえず最後まで聞こうと口を閉ざした。

「ロータスルートは崖下と崖上で二つに分けられていてな。崖上には、当時ロータスレイクの国民以外は入る事を許されなかった。が、まぁ、流石に国民全員の顔なんて覚えていられないもんさ。何食わぬ顔してりゃ、誰も気づきゃしない。そうして、崖上の方に入り込んだ」

 ヒギリは眩暈がしそうになった。

 最早時効とはいえ、なんという大犯罪者か。それでよく、事が強制送還で済んだものだと思う。

 牢に入れられて、強制労働行きでも疑問に思わなかっただろう。

 その謎は、団長の次の話で解かれることとなった。

「そこで、噂を聞いたんだ。崖上の町に潜り込んだ、ロータスレイク国外の冒険者の夫婦の話。たまたま害虫が町の近くに湧いた時、花騎士がくるまでの時間稼ぎをして死んだ英雄の噂を」

 ヒギリの動きがぴたりと止まる。

 団長はヒギリを一瞥し、深く煙を吸い込んで、吐き出した。

「察しの通り、それが俺の両親。本当にアホで、ロータスレイクくんだりまで来て好き勝手やっといて、見知らぬ町の住人守る為に死んでやがんの。しかも、害虫は結局花騎士が倒してるんだから役立たず極まれりだ。一般人が害虫に敵うかってーの」

「そんな言い方は……!」

 抗議しようとして、続く言葉を飲み込んだ。

 団長の目は、遠いどこかを見ていた。ここではない、どこか。多分、十年以上前のロータスルートを。

 町を守ろうとして戦った、ただの冒険家夫妻の姿を。

「下手にその話調べまわったせいだろうな。巡回の花騎士に見つかって、俺は捕まった。ただ、そん時の女王様がいい人でな。俺の親には恩義があるから、って牢にぶち込むのだけは許してくれたんだ。そんで、どうするか協議された結果ベルガモットバレーに送還された」

 確かに、それが一番穏当な手段だろうとヒギリも思う。

 牢に入れられないなら、国内においておく理由もない。鎖国政策をしていた当時なら、一刻も早く出て行って欲しかったことだろう。

「そんなわけで、俺が知ってるのはこれで全部。国家機密とかなんとか、そういうことは一切知らない。精々がロータスルートの町並みとアホな親の末路だけ。どいつもこいつも、見えない(コイ)を高く見積もりすぎなんだよ」

 言い草に思うところはあったが、話は理解した。

 しかしそれなら、尚更話さない理由が分からない。恥ずかしいとか言っていたが、どういう意味だろうか。

 ヒギリの疑問に満ちた視線に、団長はがりがりと頭を掻いた。

「あー……間抜けだろうが。親追っかけてロータスレイク入ったのに死んでたとか。なんつーか、俺のキャラに合わねぇっつーか。それに、崖下はともかく、崖上の町については一応話さない方がいいだろうと思ったしな」

「それは……分かりますけど、でも、」

 鎖国が解かれた今となっては、最早無意味なのではないだろうか?

 そう思って口にしようとしたヒギリより先に、団長が口を開いた。

「そりゃ、今となっちゃ言ってもいいんだろうけどよ。そしたら、何で密航したかって話もしなきゃなんねーだろ。若さ故の過ちをほじくり返すんじゃねぇよ、ったく」

 そう言って、盛大に紫煙を吐き出した。

 なんとなく照れているようにも見えて、ヒギリの口元にひっそりとした笑みが浮かぶ。

 大体分かった。この人も若い頃があって、親を恋しく思った時期があったのだ。その果てに密航までしてしまった。その事が、今更恥ずかしくて仕方がないのだ。

 誰にも一つや二つ、やってしまった思い出や人に言いたくない過去がある。

 団長さまにとっては、これがそうなのだ。

 何だか可愛らしく思えて、自然と笑顔になってしまう。

 そんなヒギリの顔を見下ろして、団長は嫌そうに顔を顰めた。

「……何だよ。いいぞ、笑って」

「い~え、とんでもありません。私は素敵だと思いますよ」

「何がだよ」

「団長さまの、ご両親を思う気持ちです」

「ご、ふっ! けほっ!」

 気管が詰まったのか、苦しそうに身を縮めて咳をする。

「大丈夫ですか!? 煙草なんて吸ってるからですよ!」

「い、今のはお前の所為だろうがっ!」

「どうして私の所為になるんですか! 人に責任を押し付けるなんていけません! 煙草休憩なしにしますよ!」

「あ、それはやめてくれ……いや、なんで俺が謝ってんだ?」

 首を傾げる団長を横目に、ヒギリは楽しそうに笑みを浮かべていた。

 最初はどうなることかと思ったけれど、なんとか上手くやっていけそうだ。

 この騎士団なら、きっと楽しい思い出がこれからも作れるに違いない。

 それに、やるべき事が沢山あってとてもではないが他のところになんて行ってられない。

 普段の仕事に副団長の業務、そして何とかこの不良団長を更生させなくては。

 健康的な生活に規則正しい暮らしこそ、幸せを呼び込む秘訣。まずは生活態度を改めさせないといけないし、それにはハギさんの協力だって必要だ。

 どうにも団長に甘いハギさんを説得し、なんならハゼさんの手を借りてでもやり遂げてみせる。

 全ての人を幸せに導くのが、私の望みなのだから。

 まずは、身の回りの人からしっかりと。

 溜息を吐いて襟首を掻く団長に微笑みかけ、ヒギリはそう心に誓った。

 

 

 ベルガモットバレーに、とある騎士団があった。

 だらしのない不良団長と、しっかり者の副団長が二人。それと、甘えん坊の団員が一人。

 目つきも人相も悪い団長は、しかしとても良く慕われているようだった。

 傍から見れば不可思議なその騎士団は、今もなおベルガモットバレーで活躍しているという――

 

                                  fin



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