琴葉葵はバーにいる~吸血鬼殺人事件~   作:一条和馬

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12月6日

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 この世でタバコほど素晴らしいものはないと思う。至高と言っても過言ではない。

 例えば、私はとても口が悪く、最近は連れに『手も悪い』とまで言われる始末だ。そんな私が、バカな依頼人に対して「バカじゃねぇのお前?」と言わずに済むのも口に咥えたタバコのお陰だし、見てくれから非常に身体に悪い煙を吸って吐くと、気分が良くなる。つまりイライラして相手を殴り飛ばす心配もないという話さ。

 

「で、さとうささらさん、でしたっけ」

 依頼人の名前をもう一度確認すると、泣きながら俯いていたさとうささら氏は、ゆっくりと頷いてくれた。

 この美人のお姉さんが泣き崩れるまでの経緯をシンプルかつ、私見を加えてまとめると、こうだ。ナンパした若い女が美人局で、怖いお兄さんに50万円もの高額な『慰謝料』を請求されて困ったある家庭持ち熟年サラリーマンが私に「なんとかしてくれ」と泣きついてきた訳だ。それを何とか10万で済ませる様に交渉をした私は仲介料で3万円(税別)で頂いた。今時『美人局』なんかで生計立ててる頭の悪い友人の奢りで居酒屋〈東風〉で飲んだ後、いつも様に〈ARIA〉で気分よく一人で飲みなおしていると、ウェーブかかった茶髪で巨乳のお姉さん、つまりこのさとうささら氏が私の目の前に現れたのだ。今日の稼ぎが良く、お酒が入って気分の良かった私は彼女の話し相手をすることにした。曰く、駅前のパン屋でアルバイトをする彼女には大学生の彼氏がおり、その彼が12月3日から6日の今日に至るまでの数日間行方が分からないので探してくれないか、というものだった。

 

「タカハシ君っていうんですけど…」

 そう言いながら鞄を探るさとうささら氏。私が揺れる胸ばかりに注目していると、目の前に一枚の写真が出された。ディズニーランドのシンデレラ城を背景にしたツーショットに、私は思わず顔をしかめそうになったので煙草に手を出した。それはそれは幸せそうな、それこそパン屋のバイト時のそれとは違う笑顔のさとうささら氏の横に、それを独占しているであろう男の顔があった。端正な顔立ちの青年だ。10人中8人は彼を「イケメン」と呼ぶのだろうが、私に言わせてもらうとコイツは顔立ちが整い過ぎていた。美しい街並みの中に居ればきっと、背景と同化して見えるだろう。街中でふと目が合って「あらイケメン!」と振り返ればそこにいるのに気が付けない、そんな感じの『地味さ』が滲み出ていた。語弊なく申し上げると『影が薄い』。

私はあまりにも魅力的なさとうささら氏の笑顔を考えるフリをして凝視していると、さとうささら氏本人はすすり泣きながら『タカハシ君』について語り始めた。しかしあまりにも普遍かつ地味なのでそこは割愛する。したり顔で「犯罪心理学について学んでいるんだ」と語る男の顔に惹かれて交際を決定したらしい。さとうささら氏本人は気が付いてないが、明らかに面食いだった。

しかしその実『タカハシ君』は未成年特有の青臭さに親譲りであろう『亭主淡白精神』の悪い所をミックスした最低ヒモ野郎だった。その話をした健気で献身的な彼女は「そんな彼も、たまに優しいんです」と笑った。この段階で私は「二人ともバカなんだな」と思ってたし、現に煙草は四本目に突入していた。私の吸うタバコはピース。名の通り『平和』にいかないといけない。

 

「警察には相談したの?」

 相手にされないからこっちに来たのは明白だろうに、我ながらバカな質問だと思う。しかしこれは『様式美』であると共に、もし「それはちょっと…」なんて答えられたら断る口実にする、大事な処世術でもあるのだ。

 

「一応捜索願を出してもらいに行ったんですけど、子どもじゃないんだから、二日三日連絡が取れない程度では動けないよ、って……」

 私は彼女を担当した警察官に同情した。この辺の警察は『怠け者の田舎者』と酷評されがちだが、それは毎日の様に非行少年少女の補導に明け暮れて余裕がないだけの事。聞くからにバカな奴が一日二日行方をくらました程度では動く『理由』にならないのだ。

 

「一応、あと数日待っても帰ってこなければもう一度ご連絡くださいと言ってくれたんですけど、私、心配で心配で……」

「実家の方にご連絡は?」

「あの人、どうも実家と折り合いが良くないそうで、今はほぼ縁切り状態だと…なので連絡先を教えてもらってないんです。住んでる大学寮ももぬけの殻で…うっ、ううう……」

 

 また泣き始めてしまったので〈ARIA〉のバーテンダーであるONEさんが気を利かせてハンカチを用意した。眉間にしわが寄った困り顔にははっきり「うるさいのは困る」と書いていたが。しかし〈ARIA〉にいる客は私とさとうささら氏の二人だけだった。後はバーテンダーのONEさんと『バーカウンターで寝る店長』だけの女の園。この世の最後の楽園は〈ARIA〉であると信じて疑わないという話は、仲間内では共通の見解だった。話はさとうささら氏へと戻る。

 

「それで私の所に来た、と」

「ぐすっ……あの、お金ならあります。とりあえず10万円用意しました……」

「ふぅむ…」

 

 だが例えバカが相手であっても、どんなに要求がバカでも金を払われると引き受けてしまうのが、私のバカたる所以だった。しかし流石に人探しに前金で10万は貰えないので2万だけ受け取ると、彼女は意外そうな顔をした。

「葵さんはなんでも引き受けてくれる『便利屋』だけどかなり吹っ掛けられる、と聞いたのですが……」

 目をぱちくりさせるさとうささら氏に、私は五本目の煙草を灰皿に置いて応える事にした。涙で潤んだ瞳の中の、いかにもやる気のなさそうな青い髪の女と目が合う。

 

「あのね、人探しの前金で10万は流石にこっちの気が引ける。成功報酬に30万40万請求されると困らない?」

「そうですね…」

 はっきり頷きやがった。だが私は誠実だ。例え「学校側に彼の実家を教えてもらえばいいのでは?」と頭の中で思っていても、口に出さない。もうこの2万円は私のものなのだ。

「残りの8万は成功報酬として後で受け取る。それでいい?」

「はい…」

 少し落ち着けた様子の彼女は、カウンターの椅子から立ち上がり、私に一礼した。

 

「今夜はもう遅いよ。私の部屋に泊まっていかない?」

 毎日鏡の前で練習しているさわやかスマイルをさとうささら氏に向けてみる。「お前、顔だけは良いよな」と連れに言われてから必死に練習したのだ。

「いえ、実家はすぐ近くですし、日付が変わる前に帰宅しないと両親が心配します…」

 

 結局見向きもされなかった。改めてよろしくお願いします、そう言ったさとうささら氏は〈ARIA〉を後にした。

 

 私はとりあえずタバコに火をつけた。ニヤニヤしているONEさんの方を見る。

「スーパーニッカ、ストレートね」

「畏まりました」

 慣れた手つきで棚からウイスキーボトルを取り出し注ぐ様を、眺めながら一服。一分経たない内に私の前にグラスが置かれた。

「葵さん、フラれましたね」

「お前、それ言わせない様にしたのにお前…」

 

 私は伏し目がちにグラスを傾けた。間違いなくコイツは笑っていたからだ。他人を小バカにしてる時の顔と笑ってる時の顔が同じの彼女は苦労も多いだろうが、確信犯の時もあるから困る。今など正にそうだ。

「でもアレは無理だと思いますよ。『恋に盲目』って感じだったじゃないですか」

「あんな可愛い娘放って消えるヒモの何が良いんだか……」

 私は二人の生活を想像した。外では二枚目を気取りながら帰宅すれば彼女に暴力を振るう最低男。「玄関で出迎えるのは当たり前だろうが!」「こんなクソマズい飯出しやがって!」「掃除は俺がいない時に済ませとけ!」そんな感じで綺麗な顔の彼女を叩くに違いない。で、舌の根の乾かぬ内に「ごめんよ、本当はこんな事言いたくないんだ。愛してる。捨てないでおくれ」いかにもな薄い台詞を並べながら彼女を抱き寄せて微笑むんだ。「良いのよタカハシ君、私、分かってるから…」人のいい彼女の事だ。反省の色を見せればすぐに許すだろう。後は「お風呂で君を食べたいね」「あら、欲張りな人。子どもみたい」って調子な訳だ。私がその場に居合わせれば、間違いなく男を殴り飛ばして彼女と共に部屋を去るだろうと思った。

 

「彼女の夢は『素敵なお嫁さん』なので、世話し甲斐のあるダメ男に惹かれるんでしょうね」

「酷い夢だ。そう思わない?」

「夢の内容に価値なんてありませんよ。それに賭ける情熱と行動こそが尊ばれるべきものです」

「心に染みる言葉だ、座右の銘にしたいくらいだね。そんなONEさんの夢は『バーテンダー』かな?」

「いいえ、『グラスを磨く事』です」

 また人を小バカにする様な笑顔を向けてきた。この掴み所のない感じこそ、私がONEさんの事がお気に入りで、〈ARIA〉に足繁く通っている理由だった。

 

 暫く飲んでいると、一時間ごとに律儀に鐘を鳴らす古時計が日付の変更を教えてくれた。

「魔法が解ける時間だ。早く戻らないとカボチャを抱えて帰る羽目になる」

「歩いて五分かからないでしょうに」

 人を小バカにする様な笑顔を向けるONEさんに対し、私は歯を見せて笑った。全力のスマイルのつもりだったが、カウンターに置いたお金を取る時にコッショリ「その顔怖いですよ」と教えてくれた。

 

 

 

 彼女の言う通り、私の家からここは歩いて五分もかからない。〈ARIA〉を出て一つ通りを挟んだ向こうにある三階建てのボロアパート〈きづな〉。その305号室が、私と、『眠り姫』の城だった。

 各所が錆びて悲鳴を上げる、今にも崩れそうな階段を小走りで駆け上がる。四つある隣人のお住まいを無視して一番奥の古臭い鉄の扉を開けると、世界はさらに汚くなった。これでも華の20代なのでタバコの吸い殻や食事後は出かける前に片付ける。しかしそれにしたってこの2Kには物が多すぎたのだ。

 

「あ、おかえり葵……」

 ふと私を呼ぶ声がした。乱雑に物が散らばる中で唯一聖域になっていたベッドの上で、姉が上体だけ起こしてこちらに笑顔を向けていた。口角を上げて歯を見せない上品な笑みを浮かべる姉の琴葉茜だ。

「姉さん、またこんな時間まで起きてる」

「えへへ、葵と一緒にご飯食べたかってん」

 そう言った姉の横、ベッド脇の棚にはお盆が乗せられており、私が出かける前に作ったミネストローネがすっかり冷めていた。いや、これが本当に『ミネストローネ』と呼んでいい代物なのかはわからないが、ともかくネットで『ミネストローネ』と調べて一番上に現れたものを、その通りのレシピでほぼそのまま再現したので、これはきっと『ミネストローネ』なのだ。

 

「またこんな遅くまで遊び歩いて……」

「ごめんよ姉さん、仕事でね」

 酒とタバコの匂いをまき散らしながらよく言えたものだと我ながら思うが、姉は深く詮索しなかった。半年ほど前から体調が崩れてほぼ寝たきりの我が姉、琴葉茜。当然身の回りの世話は全て私の担当だ。最も、部屋の中程度なら移動も問題ないし、トイレとお風呂は自分で済ませてくれる手前、私の『身の回りの世話』なんて炊事洗濯の日常生活と通院費位だった。それに、姉にとって最大の娯楽は夜遅くに帰ってきた私との会話なので、私は日々を全力でエンジョイし、その酸いも甘いも双子で共有するのが、いつもの一日の締めくくりだった。

 

「また探偵さんごっこ?」

「ちゃんとお金も貰ってるから『ごっこ』じゃないよ」

 電子レンジでミネストローネみたいなものを温め直しながら答える。

「あんまり無理したらあかんよ?」

「ただの人探しだよ。マンガやアニメみたいに殺人現場で犯人を当てる訳じゃない」

「それやったらええけど…」

「凶悪事件はこの茜ちゃんが解決したる!」と呼んでもないのに飛んできていた一年ほど前の事を思えば、まるで他人の様な反応だった。不謹慎だが、病気が彼女を精神的に成長させてくれたのかもしれない。過去を振り返りしみじみとしていると、軽快な電子音が流れ、ミネストローネもどきがその温かさと少し取り戻した。姉の膝の上に移動させたお盆に皿を乗せ、私は台所の棚にあったブラックニッカのボトルとグラスを用意、ベッド脇の椅子へと腰かける。

「今日の葵ちゃん劇場だ。ある間抜けのおじさんが、怖い借金取りに脅された話なんだけど」

「それ、ホンマに安全な話?」

 姉妹の静かな晩餐は、三時間ほど続いた。

 さとうささら氏とタカハシ君の事をバカに出来ないバカっぷりだなと思った。

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