琴葉葵はバーにいる~吸血鬼殺人事件~   作:一条和馬

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12月10日〈夜〉

 12月10日〈夜〉

 

 東北イタコさんの葬儀は粛々と行われた。だが、私の心中は穏やかとは無縁と言わんばかりに感情の暴風雨が吹き荒れていた。彼女を理不尽な暴力で亡き者にした張本人が獄中死したというのを知っているのは、この中では私しかいない。

 だが、私が腹を立てていたのはそんな事ではない。東北からやってきた『親戚』共に対して、だ。東北家は古くから怪異と戦う一族の一人だが、今やこれ程の力を持つのは直系の子孫たる東北三姉妹のみであったという。『商売敵』が居なくなったからか、はたまた『怪異と対等に渡り合える化物』が根絶やしになったからか、連中の顔には取って付けた様な悲観の顔しかなかった。本当に心から悲しんでいるのは、〈きずな〉のあかりちゃんや弦巻姉さんに、〈ミライノタクシー〉のセイカさんや〈結月堂〉のゆかりさんやそらさんの他、子ども達位のものであった。

 

 

 日本には『精進落とし』という伝統行事がある。これは葬式の後、故人を尊ぶ二次会の様なものだが、私はこれが昔から苦手だった。死人の話題が酒の肴などと思うと、大人になって尚更嫌いにもなる要因だ。私は楽しい酒が好きなのだ。

 そんな訳で今現在、私は(完全に親族の陰口大会となっている)会場から脱し、駐車場脇の喫煙スペースでピースを燻らせていた。時刻は21時を少し過ぎた頃、後一時間もすればギャラ子は帰ってくるだろう。それまではあの手この手で時間を潰さねばならない。

 

「あの…」

 

 ふいに、後ろから声が聞こえた。明らかに私に呼び掛けている。

 

「ん?」

 

 

 振り替えるとそこには、女子高生らしき少女が立っていた。身に纏った学校指定らしいセーラー服はこの辺では見た事のない校章をつけていた。

 

 青く長い髪を二つにくくり、赤い縁のメガネをかけた彼女は今時の若者にしては珍しく、タバコを吸っている私の元へと近付いてきた。いや、もしかしてその『なり』でタバコやビールに手を出す非行少女である可能性もあるのか? それはお姉さん見過ごせないなぁ。

 

「頼まれたってタバコは譲らないよ」

「そういうのじゃないです」

 

 

 即否定されてしまった。

 

 

「……それは失敬。女子高生がタバコの臭い慣れしていると、どうしても悪い方に考えてしまうから」

「いえ、プロデュ……バイト先の上司が、同じ銘柄のタバコを好んでいたので……」

「なるほど」

「それでその……琴葉葵、さん、ですよね? 探偵の」

「いや、違うよ」

「あっ、人違いでしたか」

「探偵じゃないよ。探偵もやる便利屋って所かな」

「じゃあ探偵なんですか?」

「それもやってるってだけだよ。コンビニを『タバコ屋』と呼ぶ人はいないでしょ?」

「なるほど」

 

 

 そう言って青髪の女子高生は私の横に並び、一緒に夜空を見上げた。

 

 

「君はきりたんの友達?」

「はい。音街ウナって言います」

 

 

 オトマチウナ。

 なんと言うことだ。私の激推しアイドルと同じ名前じゃないか。凄いなぁ。

 でももしかしたら『本人』と言う可能性もなくはない訳で。

 

 

「もしかして、芸名?」

「いえ、本名です」

 

 

 なんと言うことだ。私の激推しアイドルと同じ本名なのか。凄いなぁ。

 

 

「……琴葉さんは、会場にいなくても良いんですか?」

「私? 私は良いよ。お酒も煙草も大好きだけど、陰気なムードは好きじゃない」

「私もです……」

「……」

「……」

 

 

 会話が、続かない。

 私が美少女を前にして言葉が出ないというのはアイデンティティーに関わる一大事だ。ラーメン屋で豚骨ラーメンを頼んだら麺の入っていない塩ラーメンを出されるレベルの放送事故である。

 あまつさえ「そもそも私ってどんな話し方するんだっけ?」と疑問に思う始末。

 

 

 これは思ったより、重傷だった。

 そういう時は心に従うに限る。

 

 

「ウナちゃん……ウナちゃんって呼んで良い?」

「えぇ、どうぞ」

「ウナちゃんはさ、きりたん……っていうか『東北姉妹』についてどれ程知っていたの?」

「どれ程……というのは『お仕事』のお話ですか?」

「うん」

 

 

 答えながら、私は短くなった煙草を灰皿に投げ込み、もう一本咥えた。

 煙を深く吸い込んで、一服。

 

 

「身体に悪いですよ」

「いいかいお嬢ちゃん。身体に悪いのはね、大体美味しいんだ」

「煙草って美味しいんですか?」

「いや、不味いよ。この世の悪い物全部混ぜたみたいな味がする」

「はぁ……」

 

 

 かなり的を得ている表現だと思ったのだが、ウナちゃんはわかっていない様子。

 それでいい。未成年が酒や煙草の良さを知る必要は無いし、酒や煙草に頼らざるを得ない社会にだってしてはいけないのだ。某アルコール高いだけのチューハイを快く思っていない真の酒飲みの私が宣言する。酒は飲んでも呑まれるな。未成年の飲酒喫煙ダメ・絶対。

 

 

「それでウナちゃん。さっきの質問なんだけど」

「えぇ、はい。きりたん達のお仕事ですよね。……琴葉さんは」

「葵でいいよ。葵お姉様でも可」

「じゃ、じゃあ葵さんで……葵さんはご存じなんですよね?」

「うん」

 

 

 私は即答した。

 

 

「葵さんは……信じてます? その、妖怪や、怪物退治のお話」

「うん」

 

 

 私は即答した。

 本当は今でも半信半疑だが、こうやってスムーズに嘘がつけてこその大人なのである。

 

 

「良かった……」

 

 

 そんな大人な私の計らいに気が付くことなく、ウナちゃんは続けた。

 

 

「私もずっと信じていなかったんですけど、5年くらい前にきりたんの実家の近くのイカイザン? という山で妖怪に襲われてから、彼女たちの『お仕事』を知りました」

「妖怪」

「はい。鴉のような黒い羽の生えた女性……アンコクーなんとかという人だったかと」

「はぁ…」

「あ、信じてませんね?」

「いや信じてるよ。ただ、そのアンコクなんとかさんは美人なのかなって思ってた」

 

 

 これは嘘ではない。例え会話にしか出てこない女性とて、美人か否かは私の人生においてとても重要な事なのだ。

 

 

「……葵さんって、女の人が好きなんですか?」

「男も女も限らず美男美女が好きの面食いなんだ私は。ウナちゃんも好き愛してる」

「それはどうも」

 

 

 綺麗にフラれてしまった。きっと学校でも引く手数多に告白されているに違いない。そういう女の子こそ『堕とし甲斐』があるというものなのだが、流石にそこまでの気持ちが湧いてこないのが悲しい所だ。……でも明日以降は違うかもしれない。よし連絡先の交換だけでもしてしまおうとした時だった。

 

 

「あ、葵さん!」

 

 

 会場から聞いたことのある声が。

 振り向くと、そこには〈ミライノタクシー〉の京町セイカさんの姿が。

 

 

「外にいたんですね。探しましたよ」

「私を?」

「えぇ。……頼まれたいたタクシーの行き先、わかったんです」

 

 

 タクシーの行き先? はて、何のことだったか。

 平静を装いながら必死に脳内を探る。

 思い出した。失踪したさとうささらし氏の彼氏であるタカハシ青年の潜伏先のヒントとなる情報だ。

 

 

「わざわざ申し訳ありません。でも……」

「……そう、ですよね。今日くらい、イタコ姉さんに集中したいですよね」

「……ありがとうございます」

 

 

 大人同士、心中を察し合った私たちはそれ以上多く語らなかった。

 とても重要な事ではあるのだが今日だけは、今日だけは関係の無い話をする気にはなれない。

 

 

「また後日連絡下さい。平日はほとんど事務所に詰めておりますので」

「では、その時にでも……帰宅されるのですか? 車で送りましょうか?」

「いえ、私も車なので大丈夫です! ……彼女を送らないといけないですし」

 

 

 そう言って目線を駐車場の方に向けると、黄緑色の可愛らしい車の横で手を振る美少女と目が合った。嗚呼、セイカちゃんとそらちゃんが付き合ってるって話は本当だったのだなと、私は心の中で膝から崩れ落ちた。

 

 

「……私もそろそろ帰らないと。明日も、仕事なので……」

「じゃあ、私が送ろうか?」

「いえ、もうそろそろ上司が車で迎えに来てくれる筈なので」

「そっかー……」

 

 

 二回連続でフラれてしまった私は渋々帰宅する彼女達の背中を見送り、残った弦巻姉さん達と共に会場の片付けを手伝った。

 

 

 親戚達は、そそくさと帰ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「食中毒だ」

 

 

 〈ARIA〉で待機していた私とONEさんに対し、ギャラ子は一言そう言った。

 

 

「なんだって?」

「食中毒は食中毒だよ。ただ、変なんだ」

「変なモノ食ったから食中毒なんだろ。なんだ、取り調べのカツ丼が当たったなんて言われたら大問題だぞ」

 

 

 今夜はもう車での移動はないと踏んだ私が珍しく頼んだ響が並々注がれたグラスを傾けながらギャラ子に言葉を投げかけた。

 

 

「そうじゃない。アイツ『何も食べてない』んだよ」

「なんだって?」

「それは変な話ですねぇ」

 

 

 私と一緒に聞いていたONEさんも怪訝そうな声を挙げた。

 『何も食べていない』のに『食中毒』……これは何かの謎かけなのだろうか?

 

 

「ついいつもの癖でお酒飲みながら待ってたのは謝るからさ、馬鹿の私にも分かる様に説明してくれ」

「言葉の通りだよ。食中毒で死んだ形跡があったから奴の胃を切り裂いたら、空っぽだった」

「本当に何もなかったんですか?」

 

 

 アルコール度数の高い響を飲んだことによって使い物にならなくなってしまった私の代わりにONEさんが聞きたい事を質問してくれた。

 こういった『察しの良さ』こそ私がこのお店を、ONEさんを気に入っている理由の一つでもある。

 

 

「話はそこに戻るんだ。確かに、何もなかった。何かの『食べ残し』は無かった。……ただ」

「ただ?」

「明らかに『何か』を口にしているんだよ。そうでなきゃ、胃に大量の血が溜まっていた説明がつかねぇ」

「血が溜まっていた……?」

 

 

 何かが引っ掛かる、そんな気がした。

 私は間違いなく一瞬、『答え』に触れたのだ。

 だが、お酒のせいかその『答え』は輪郭を見せる間もなく思考の波から零れ落ちていく。

 

 

 

 

 或いは、『気が付きたくない事』にでも触れて考える前に本能が隠したか。

 

 

 

 いずれにせよこれ以上頭を突き合わせて考えても埒が明かないと踏んだ私達は、今日の所は解散となる運びとなった。

 

 

 とてもとても長い様に思える一日だった。

 


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