「昨日、葵さんのせいで満足に眠れなかったんですよ?」
寝ぼけまなこをこすりながら段ボール箱を持ってきた大家のあかりちゃんに何も答えられず、私は無言で段ボール箱を受け取りガムテープで包装した。
「いつまでもこのままにはしておけませんから」そう言ったあかりちゃんの提案で、イタコさんが使用していた部屋の後片付けをしていたのだが、軽口を叩ける程度には回復していた彼女も、作業が進むにつれて口数が減っていく。二カ月近く換気もされていなかっ部屋の臭いは強烈であったが、本人が天国に旅立ってしまった今、これが一番イタコさんを感じる事が出来る残り香だと思うと否応なく意識してしまう。最も、それに気が付いたのは掃除の頭に換気を始め、空気がすっかり入れ替わった後なのだが。
「大家さん、少し休憩しようか」
「そうですね。お昼はどこで?」
「〈ARIA〉でランチでも頼みましょうか」
「わぁ! 私しばらく行けてなかったんです! そうしましょう!」
この部屋で空腹と言えば、げっそりとやせ細っていたイタコさんの顔を思い出す。無視も出来ずにファミリーレストランに連れて行って好きなだけ食べさせたが、あれが【最後の晩餐】になってしまったのだろうか? 表面上は冷静を装っても、やはり思うのは後悔ばかりだ。
「いらっしゃいませ! あー! あかりちゃんじゃん! 久しぶり! 葵ちゃんもさっきぶり!」
カウンターで頬杖をついていたIAちゃんが、私達の顔を見るなり満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきてくれた。太陽のような笑顔に釣られて大家さんも笑顔になり、私の口角も自然に上がっていくのが分かる。
「今日はどうしたの?」
「お昼ごはん食べようと思って」
「私も。IAさん、ランチセット二つお願いできる?」
「ランチセットだね? おっけー! ONEちゃん起きて起きてランチセット二つーっ!」
暇そうにしてはいても朝以外は仕事をしたくないのか、カウンター脇でアイマスクをして寝ていたONEさんの肩を揺さぶって叩き起こすIAさん。一方のONEさんは慣れているのか特に何も言わずに厨房へと姿を消した。
「ONEさんは相変わらず、椅子に座って寝てるんですか?」
「そだよー。あ、私もね~?」
「ちゃんとベッドで寝ないとダメなんですよ? 葵さんも常連なんだからビシッと言ってあげないと」
「それもそうですね。寂しくて寝れないとゴネるなら、私がいくらでも添い寝してあげましょう」
いつも朝食を食べている窓際カウンター席で座って談笑しているとランチセットを持ったONEさんが厨房から現れた。今日のメニューはガーリックライスに豆腐ハンバーグ、それに山盛りサラダだ。特に野菜は契約農家と直接取引している産地直送なので鮮度は抜群。添えられている野菜ジュースも、その野菜と果物を使用したONEさんオリジナルブレンドである。
「姉さん、葵さんの横は私」
「あかりちゃんの横はダメなの~?」
「寝るから。あかりさんの肩で寝ると押し倒しそう」
なにそれ超見たい。
「はぁい……じゃあ私はあかりちゃんを独占~」
「わっ!」
「それでは葵さん、おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
テーブルに料理を置くや否や私の隣に腰を下ろしたONEさんが五秒と経たずに寝息を立て始める。これだけ早く眠れるのは羨ましいが「もしかして半分寝ながらランチ作ってるのでは?」という疑問の方が大きい。しかし料理を一口食べればそれも杞憂に終わる。IAさんもそうだけど、本当に不思議な人だ。
「そう言えばあかりちゃん、昨晩は大変だったみたいだね~」
「そうなんですよ! 葵さんらしき悲鳴が聞こえて110番通報してやってきた刑事さんと一緒に様子を見に行ったら変態さんは気絶して、葵さんがギャラ子さんを押し倒してて、もう意味が分かりませんでした!」
昨晩、私が死すら覚悟した悲劇を喜劇の如く語る大家さんに対して、私は無言で食事を進める事しか出来なかった。癪ではあるのだが、あの時の私は冷静さを欠いていたので何をしてもおかしくない。若さ故の過ちは認めたくないものだが、あと三年四年すれば二十代に永遠の別れを告げてしまう身としては、そろそろ大人として認める潔さも備えねばならない。成人すれば自然に大人になれると思っていたが、普通に考えて成人式を迎えてもバカはバカのままなのだ。
「そう言えば葵ちゃん、これからどうするの~?」
「んー」
タカハシ君捜索の依頼がストックされていた最後の【仕事】だった。言うなれば今の私は【自称探偵の無職】である。……いや、自分から言い出した訳じゃないから【他称探偵の無職】か。そこは重要じゃないから置いておくとして。
「とりあえずお仕事の方から舞い込んでくるまで〈ARIA〉で飲んだくれになるか」
「それ、いつもと同じじゃないですか。この機会にどこかに事務所を設けて、広報活動でも始めてみたらどうですか?」
溜め息混じりに提案してくれた大家さんの言葉を「めんどい」の一言で否定してから
続けた。
「私は無作為に広めるより、助けた人の縁を頼りに、少しずつ、しかし信頼出来る輪を広めていきたいのです」
「素敵な考えだね~」
「そうでしょう?」
IAさんに褒められた私は照れ隠しとニコチン不足を補う為にピースを咥えようとしたが、そこで初めてポケットにタバコの箱が空であることに気が付く。
「あれ?」
コートのポケットに予備を入れてなかった筈だが、万が一ミラクルが起きることを信じてコートのポケットを確認する為に立ち上がった。ONEさんが絶妙なタイミングで寝返りを打って離れた。コートのポケットを確認。ミラクルは起きなかった。代わりに御守りが出てきた。なんだこれは。記憶を巡る。思い出した。東北に出発する前にイタコさんに渡されたものだ。こんな所にあったのか。戻すとまた忘れそうだったので持ったまま席に戻る。ONEさんが絶妙なタイミングで寝返りを打ってもたれかかってきた。
「それは御守り、ですか?」
「えぇ。イタコさんから渡されたものです」
「イタコさんから……」
「ねぇねぇ、あかりちゃん。御守りって、中に何が入ってるの~?」
「……えっ。中ですか? えっと、えっと………」
真面目な大家さんは答えようとしたが、そこで言葉を詰まらせてしまった。たっぷり十秒ほど唸ってから観念して「葵さん知ってます?」と聞いてきた。頼られるのは嬉しい。それが美女なら尚更だが、詳しくないというのが本音だ。なので実際に確認してみようと思った。
「確か祈りの言葉だかなんだかが書かれた御札が入ってるみたいな話を昔聞いた気がしますが……折角なので開けてみますか」
「わーい!」
「そ、それってご利益逃げたりしないんでしょうか⁉」
「大丈夫です大家さん。私は神も仏も信じてない」
「答えになってませんよそれ……」
大家さんも呆れこそすれ、止める気はない様だ。目の奥には「気になる」という意思が見えたので間違いない。私はどこの神社なのか、そもそも何のご利益があるのかも書かれていない御守りの封を開き、逆さにして振ってみた。中で引っ掛かっていたらしく、四回ほど振った後に初めて中身とご対面する事に成功する。しかしそれは、御守りから出てくるとは予想していないものであった。
「……ロザリオ、ですか?」
中に入っていたのは、銀色のチェーンが繋がれた十字架のネックレスだった。私は勿論の事、大家さんも同様に目が点になっていた。
「わぁ~。綺麗だね~」
「イタコさん。実は隠れキリシタンだったのか……?」
ロザリオを手に取ってみる。見た目よりはずっしりと重かった。クロスの部分には鈍い光を放つ赤い宝石がはめ込まれており、これが中々の逸品であり、そしてかなり年期の入ったものであるのは想像に難くなかった。
しかし、これを渡して何の意味があるのだろうか。
……タカハシ君も十字架のネックレスを掲げながら「悪魔め!」と叫んでいたな。
「……あ」
はた、と私の中の小さな疑問が鮮明に浮き彫りになった。
「……すいません。ちょっと用事を思い出しました。これにて失礼します」
「お仕事頑張ってね~!」
「ONEちゃん支えないといけないから、お見送りはあかりちゃんがお願い~」とIAさんに言われた大家さんは慣れた足取りで私と共に玄関まで進み、ドアを開けてくれた。「いってらっしゃい」「行ってきます」新婚の気分だった。私は意気揚々とフィアット500ちゃんが待つ駐車場に向かった。
「うぅっ、さむっ……」
12月の半ばだ。寒いのは当然だが、今日は特に寒かった。なんせ風が強く、天気も悪い。予報によれば今夜か明日には雪が振るらしい。
〈ARIA〉から駐車場に向かおうとすると、最短だとどうしても昨日の現場を通過しなければならなかった。ゴミ捨て場には相変わらず不法投棄されたヨガマットが横たわっており、一晩明けた今でも、否、むしろ明るくなって余計に見えるようになってしまったシミが記憶を否応にも思い起こさせてしまう。実際はこのシミはゆでタコ青年とのプロレスごっこではなくギャラ子とキャットファイトした時に付いたものだが、どちらも恥ずかしくて思い出したくない記憶なのには変わりない。いっそのこと私が業者に連絡して処分して貰おうか。その場合ヨガマットの様なサイズの粗大ゴミは幾ら必要だったか。と、気が付けば足を止めて余計な事を考えていたわけだが、視界の端、電柱の裏に二つ折りになった黒い革の財布を見つけると意識が全てそちらに向かってしまった。
「ふむ……」
お金に困っているわけではないが、落ちている財布を見つけるとつい拾ってしまうのは人間の性というもの。その際中身に羽が生えて私の財布の中に移動したとしても、それはお金が自らの意思によって羽ばたいただけであって私に非は一切無い。落としたやつが悪い。
しかし、何も確認せずに目先の欲望に駆られてしまうと後々痛い目に遭うのもまた世の理。私は親切な人を装って財布の中身を確認した。手に取ると分かる【本物】の革。これは相当高価なものに違いない。生唾を飲みこみ、二つ折り財布をご開帳。最初に目に入ったのは簿井楼大学の学生証。この顔には見覚えがある。高校卒業前に撮影したせいか少しあどけなさが残っているが見間違える筈がない。この財布の持ち主はゆでタコ青年だった。恐らくギャラ子のドロップキックを受けた時に落としたのだろう。ゆでタコ青年の本名が『井下田』だったというどうでもいい情報を入手した。タコじゃなくてイカだったのか。それはさておきこれは僥倖。コイツのなら慰謝料として十割請求しても勝てる。勝利を確信した私は戦利品の選別に戻った。〈月読クリニッック〉の診察券……は、本人以外が持っていても紙切れなので戻す。他にもゲームセンターや十代に人気の洋服店の会員カードが入っていたりしたが、クレジットカードや電子マネーの類いはなし。本革の財布を持っているにしては妙な話だが、ああいうバカに限って金持ちのボンボンだったりするので、私達庶民の感性で照らし合わせるのは危険である。
気を取り直し、先程から見えてはいたが敢えて無視していた紙幣の確認に移行。福沢諭吉の顔が一つ、二つ、三つ……私が算数の基本的なルールを勘違いしていなければ、総勢三十人の諭吉が所狭しと敷き詰められていた。「これはラッキー!」より先に「なんだか怪しいぞ」と思えたのは経験の賜物だろうか。ゆでタコ青年改めイカ君が本当に金持ちならともかく、本革の財布に現金三十万円も突っ込んで歩いている大学生なんて私には『金持ち振りたいバカ』に見えて仕方ないのだ。昨晩の奇行から鑑みて覚醒剤の類いを使用している可能性もある。私にはこれが財宝の詰まった宝箱ではなく、間抜けな冒険者を丸呑みにせんと構えるミミックに見えていた。それなら次の行動は一択だ。
善良な一市民として、そのままの状態で交番に届けよう。
そう思った途端、根が生えていたかの如く動かなかった両足が地面から離れた。財布をコートのポケットに突っ込む。手に何かあたった感触があったので取り出すと、イタコさんが御守りの中に入れていたロザリオが顔を出した。私の趣味ではないが、なんとなく首にぶら下げて、今度こそ駐車場へと移動を開始した。
一番近い交番は病院より更に北にあったので、財布を届ける前にタカハシ君を訪ねることにした。
「すいません。タカハシ君……えっと、昨日入院したタカハシって名字の男の子に面会したいのですが」
「大丈夫ですよ。こちらの名簿に名前をお願いします」
「分かりました」
嘘をつく理由もないので素直に【琴葉葵】と記し、病室へと向かう。途中で白衣のギャラ子を見かけたが、声をかける前に顔を真っ赤にして走り去ってしまった。別にギャラ子に会いに来た訳ではないので彼女は無視し、タカハシ君が入院している病室に向かう。「ここしか余っていなかった」という理由で高い個室に通されたタカハシ君だが、実家の事を思えば然程気にする必要も無いだろう。軽くノックをすると「どうぞ」という女性の声が聞こえたのでドアをスライドさせるとベッドの上で寝息を立てるタカハシ君の姿が見えた。
「あ、探偵さん」
返事をしたのはベッド脇のパイプ椅子に腰を下ろしていたさとうささら氏だった。手には小難しそうなタイトルの文庫本が握られている。
「どうも」
「どうかされました?」
「ちょっとタカハシ君に聞きたいことがありまして。タイミング悪かったですかね?」
「……俺に何か用ですか?」
どうやら起こしてしまったらしい。眩しそうに半目だけ開いたタカハシ君が上体を起こして私の方に顔を向けてきた。
「今日は落ち着いてるねタカハシ君。体調の方はどうかな?」
「えぇ。少しボーッとしていますが、お医者さん曰く軽い貧血なんだとか。数日後には退院出来るそうです」
「それは良かった。……タカハシ君。単刀直入に聞きたいんだけど」
「その、ごめんなさい」
私が本題に入ろうとした矢先。タカハシ君は頭を下げてきた。
「実は、ここ数日間の記憶が曖昧なんです。ささら……彼女からある程度事情は聞いたのですが、それでもはっきりとは思い出せず……」
どういう事だろう。私は頭を捻った。カルテを確認したギャラ子が「強い幻覚を見た形跡はある」と言っていたので、その間の記憶がすっぽり抜けたのだろう、というのは常識的かどうかはさておき筋は通る。
「じゃあ、君がわざわざアパートを借りて儀式場みたいなのを作っていた事も覚えてない?」
「そういう所に自分がいたのは覚えているんですが、なんでそうしたのかまでは。ただ……」
「ただ?」
そう言うとタカハシ君は首からぶら下げていた金のロザリオを片手で握りしめた。私が潜伏先に突撃した時に見せてきたものだろう。
「この十字架が俺を守ってくれたんです。だから【備えないと】って思った……のは覚えてます」
「備える? 何のために?」
「ささらを守る為に」
「タカハシ君……っ」
あまりにもまっすぐな感情にさとうささら氏はうっとりとし、私は眩しすぎて少し目を逸らしてしまった。
「このネックレスはささらが俺の誕生日プレゼントにと買ってくれたもので、最初怪しい露天商から買った魔除けグッズだと聞いて半信半疑だったんですが、おそらく【本物】だったんでしょうね、これ」
「……じゃあ何か。君は本当にヴァンパイアに襲われたとでも?」
「そこまでは。……でも首筋の【噛み痕】から、誰かに噛まれたのは確実だと思うのですが……」
服をはだけさせて首筋を見せてくるタカハシ君。「きゃっ」今のはさとうささら氏だ。マッチョではないが、運動そのものは怠っていない健康的な胸板が見えたがそこには目もくれず、タカハシ君の首筋を撫でる。
「……確かに言われてみると、噛まれた後に見えなくもないね。鋭い牙か歯が二本刺さったらこんな感じになると思う」
「あの! あのあの! あっ、あんまりタカハシ君にベタベタしないで下さい! そ、そそそその……私だってまだ触った事ないんですからね⁉」
もう少し調べたかったが、顔を真っ赤にしたさとうささら氏に制され、タカハシ君から引き剝がされてしまう。
「これ以上はお邪魔の様ですね」
「すいません」
頬を膨らませ拗ねたさとうささら氏の頭を撫でながらタカハシ君が謝罪する。予想していたより何倍も真っ当で優しさのある男だったようだ。心の中で深く反省すると共に、まるで正反対に位置する私は段々と肩身が狭くなるのを実感していた。
「それでは私はこれで。……あ、最後に一つ」
「なんでしょう?」
「退院したら、彼女をお母様に会わせてあげてください。きっと喜びますよ」
「どうして母の事を……?」
「探偵ですから」
そういう事にして、私は病室を後にした。これでタカハシ君とさとうささら氏とは当分関りは無くなるだろう。彼らが【依頼人】になるか否かになるが、それはまた別の話。私はタカハシ君にあった【嚙み痕】の疑問を解消するべくナースセンターに赴き、ギャラ子の所在を聞いた。喫煙室にいると聞いたので向かうと、患者らしい老人と共にタバコを吹かすギャラ子の姿がそこにあった。
「ギャラ子。今暇だな?」
「タバコ吸うのに忙しい」
ぶっきらぼうに返すが、相変わらず頬を染めて顔を合わせようとしてくれない。いつまで引きずってんだ乙女か。と言うのを抑えてギャラ子の肩を掴み無理矢理視線を合わせた。
「ギャラ子。頼みがある」
「な、なんだよ……」
「ここではマズい。二人だけになれる場所は?」
「……わーったよ。移動しよう。すまねぇじーさん。話の続きはまた今度でな」
「頑張るんじゃぞ!」
何を頑張るのか分からないが、ヨボヨボの老人の激励を背に私達は喫煙室を離れ、向かったのは死体安置所などがある地下室へと繋がる階段の踊り場だった。誰も来ないという条件でここを選んだのだろうが、こちらとしては都合がいい。
「で、用事はなんだ。……昨日の事なら」
「あぁ、助けてくれてありがとう。だが、今はその事じゃないんだギャラ子。もう一度松原忠司とイタコさんの遺体を調べてほしい」
「は?」
「首筋の傷だ」
「首筋の傷ならあったぞ。確認するまでもねぇ。イタコさんの首筋には松原忠司の歯型と一致する噛み傷があった」
「松原には?」
「イタコさんが抵抗したらしき引っ搔き傷があった」
「他には? 噛まれた様な跡がなかったか⁉」
「……おい。それを確かめてなにがあるってんだ?」
「今はまだ確証がない。ただ、繋がりそうなんだ」
「何が?」
「タカハシ君失踪事件とイタコさん殺害事件」
「……ちょっと待ってろ」
私の熱意が伝わったのか、地下へと降り始めるギャラ子。後を着いていこうとすると「関係者以外立ち入り禁止」と言われてしまった。
タバコを吹かす訳にもいかず胸のロザリオを眺めて時間を潰す事五分弱。カルテを持ったギャラ子が戻ってきた。
「タカハシの件についてはオレも疑問に思ってただけに、葵が何を考えたのかは察した」
「で、どうだった」
「……あぁ、あったぜ。松原の首筋に【噛み痕】が。少し古い傷だったから事件に関係ない傷かと見落としていた」
「タカハシ君の首筋にあったのも同じか?」
「見比べた訳じゃねぇが、多分同じだと思う……ここまで言っておいてなんだが、まさか葵。お前『ヴァンパイアが絡んでる』とか言い出すんじゃねぇだろうな?」
「私だって馬鹿言ってると思ってる。ただ、それだと繋がるんだ。ギャラ子。お前確か松原の死因は【食中毒】って言ってたよな? 胃袋が空っぽの食中毒だと」
「あぁ」
「本当に空っぽだったか? 胃袋にあった【血】は確かに松原本人のものか?」
「……こりゃ、もう一度調べる必要がありそうだ」
「頼めるか?」
「オレも繋がると思っちまったからな。他に何か調べるか?」
私があといくつか調べてほしい場所を教えるとギャラ子は「早くて夕方か夜になる」と返したので〈ARIA〉で集合する約束を交わし、病院を後にした。
財布の事は、すっかり忘れていた。