きょうは ぶか を いじめる わるい さらりーまん の おじさん お つつもたせ で こらしめたんや て
つつもたせ て なんやろ な つつ もたせる うーん めちゃ おもたいん かな それは いやや な おじさん も はんせー したと おもう よ 。
で たんてー ひとさがし の おしごと するねん て えらい なあ 。
ばんごはん あおい が とまとすーぷ つくて くれて ん きょー は いしょ に たべた から めちゃ おいしかた わ 。
おなか ね きょー も いたい いたい やた けど おいしゃ さん が よく なるよ て やから な うち がんばん ねん 。
あした に は げんき なるか なあ
うち も あおい と たんてー したい わ
(琴葉茜の手記より抜粋)
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私は『探偵』と呼ばれてはいるが、別に自分から名乗っている訳ではない。免許や資格云々はそもそも存在しているか否かも知らないし、事務所だって用意してない。いつだったかに〈ARIA〉で飲んでいると、高校時代の後輩が人間関係についての相談をしてきた事がある。で、まぁそいつが底なしのバカだったものだから『お小遣い』を貰って簡単にアドバイスしてやると大変喜んだ。ここからが計算外。ヤツはバカだが友好関係だけは広かった。『琴葉葵は名探偵だ!』と何の根拠もないガセ情報を流し、あれよこれよと『探偵』に仕立て上げられたのである。最も、当時の私は大学を中退してぶらぶらしていた身、仕事の方からやってくるのは好都合だったので適当にそれっぽい事をして現在に至るという訳さ。まさかミステリードラマや映画を片っ端から借りて勉強する羽目になるとは思ってなかったけど。
そんな名探偵な私の朝はボロアパートの一室に敷かれた布団から這い出る所から始まる。
「あああああああ頭いってぇぇぇぇぇ……」
朝日を浴びながら清々しい気持ちで身体を起こす。一日の始まりはやはり『光あれ』に尽きる訳だ。聖域の上で寝息を立てるお姫様を起こさぬ様に脱衣所へ。物が乱雑に置かれた部屋を音を立てずに移動する術というのは尾行の訓練に最適だ。と、いう事に気が付いたのは一週間ほど前。空の浴槽の中でシャワーを一時間ほど浴びて、下着だけ着用。昨日着た服を洗濯機に放り込む。朝は色物だ。台所へ移動し、炊飯器を開ける。空だった。米を三合ほど入れて、水洗い。炊飯器に窯を戻し、予約炊飯をセット。いつも15時にセットしているので設定はそのまま。そして物が乱雑に置かれた部屋を音を立てずに移動。クローゼットから『本日の仕事着』を選定する。黒いズボンに白シャツ、その上から水色のカーディガンを着て、物が乱雑に置かれた部屋を音を立てずに移動。そこから更に一時間ゆっくりと身だしなみを整える。美容の秘訣は『早寝早起き』と『手間暇惜しまないメイク』にあるのだ。
出発前に玄関に掛けられたカーキ色のコートを羽織る。これが私の基本スタイルだ。これに帽子とパイプを加えればシャーロック・ホームズって所かな。流石にそれはしないけど。
そして私は昨晩の内にまとめたゴミ袋を手に部屋を出た。
12月の朝は、寒い。アパート〈きづな〉のボロ階段を降り、所定の場所にゴミ袋を置いた私は手で枠を作って空を見上げる。雲量は4位。まぁ悪くない天気だった。
「しばれるなぁ…」
私は大好きな俳優の声真似をしながら歩き始める。『しばれる』というほど寒くはないが、そういう気分だった。そんな私の足の向かう先は〈ARIA〉だ。
この世でフレンチ・トーストほど素晴らしいものはないと思う。至高と言っても過言ではない。中でも〈ARIA〉が出すそれは絶品だ。ふっくらとした食パン、今朝取れたての卵とミルク、それと蜂蜜を少し混ぜたもの、それらをトレーの中で三時間、しっかり絡ませ合う。バターを塗ったフライパンで絶妙に焼き上げたトーストに更に追い打ちでバターと蜂蜜を上からたっぷり乗せて完成だ。カロリーが編隊を組んで絨毯爆撃してくる事を除けは文句のつけようがない最高の朝食だった。そして常連の私には更にホイップクリームが追加される。これをブラックコーヒーで相殺しながら贅沢に頂くのが私の朝の始まりだった。いつだったかに「どこかの農家と契約しているのか?」と聞いた事があるが、店長のIAさんは笑顔で「UFOで牛さんを運んでいる」と答えられてから私は食材の出処を聞かなくなった。
朝の〈ARIA〉は喫茶店として経営しており、カウンターにはONEさんではなく、彼女の姉であるIAさんがニコニコ笑顔で立っていた。夜はカウンターの端でお酒を飲むが、朝食は窓際のテーブル席で新聞を開きながらフレンチ・トーストの到着を待つのだ。
今日の朝刊を開く。芸能欄【初音ミク、男性との交際を正式に発表。お相手は“新幹線の運転手”】【人気歌手ユニット『タコルカ』結成10周年記念間際にまさかの“解散”!?ルカ『種族が違うの、初めて知りました!』】【高校生アイドル音街ウナ、自身初の全国ツアー制覇】お、ウナちゃん全国ツアー成功か。いいなぁ、私はチケット当たらなかったからなぁ。
経済欄。【中国からやってきたパンダの『ユカユカ』と『マキマキ』遂に一般公開へ。百合花動物園への予約が殺到】【世界から見た日本『あそこは先進国なのか?発展途上国なのか?』】【『吸血鬼殺人事件』捜査打ち切りに市民から不満の声】今日も変わらず平和だった。
本日のお天気欄。晴れのち雪。最悪だ、通りで寒い訳だな。テレビ欄も一応チェック。めぼしいもの、なし。一緒に持ってきたスポーツ新聞も広げる。スポーツには一切興味がないので読み飛ばし、その奥に隠されたスケベコラムを熟読。【縄に縛られた熟年女性の素晴らしさ】をつらつら語る、なんとも健全な記事だった。
「はーい、出来たよー」
間延びした声でIAさんがフレンチ・トーストとブラックコーヒーを運んでくる。「いつもありがとう」感謝の言葉を口にしつつ新聞を脇に置く私。耳までしっかりと焼き上げられたトーストをナイフで切り、一口大になったパンにホイップクリームを少量移動させ、口に運ぶ。健康志向を一撃で粉砕する身体に悪い味がした。しかし私は健康志向を一撃で粉砕する身体に悪い味が大好物なのだ。自分でも分かる程頬が緩むのを隠さず、もう一口。うーん、健康志向を一撃で粉砕する身体に悪い味だ。
「おいしいー?」
「これを食べられるから朝は好きだ」
「朝って、もう11時だよー?」
「私が起きた時が、私の朝」
向かいの席に座ったIAさんがニコニコしながら私の食べる姿を見つめる。ここの姉妹は基本客が一人になると近くに寄って話しかけないと気が済まないらしい。
「ONEちゃんから聞いたよー。今日は人探しのお仕事ー?」
「午後からね。午前中は別件」
「もうそろそろお昼だよー?」
「私が昼ご飯を食べた時が、私の昼」
「ふーん」
まず「今日何をするか」を聞いてくるのが彼女との会話の始まりだった。私はそれでスケジュールを忘れる事がないので安心だ。私がスケジュールを忘れる時というのは、IAさんが忘れてる時だけだった。そして「ふーん」という彼女の台詞が会話終了の合図。私が朝食を終えるまでずっとニコニコしながら待ってくれるのだ。
トーストを食べ終わり、タバコに火をつけると、決まってIAさんは私の横に移動する。『向かい側に居ると煙しか見えない』らしい。
「で、朝はどんなお仕事ー?悪者退治かなー?」
「んー、あながち間違ってないかな。家賃未納と騒音でご近所迷惑を掛けている人にちょっと注意するの」
「『バンバン!うるさいぞ!ガンガン!ぶっ飛ばすぞ!ドンドンお金払え!!』って言うのー?」
「はっはっは!IAさんに代わりに行ってもらおうかな!」
「やったー!遂に私も探偵デビューかぁ…」
割と本気に捉えたIAさんに「冗談だよ」というと、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。普段は妹のONEさん以上に何を考えているかわからない人だが、こういった喜怒哀楽がはっきり見えるのは非常に好感が持てた。この嘘と欺瞞溢れる世の中で、よくぞここまで真っ直ぐ育ってくれたものだと思う。
「ご馳走様。そろそろ行くよ」
「はぁい」
私がそう言うと、IAさんはいつも小走りでレジカウンターの方へと向かっていく。その間に私は預けていたコートを取りに行く。IAさんにお代を支払った後、彼女は店の前まで一緒に付いてきて、手を振って私を見送ってくれるのだ。甘々の新婚夫婦みたいだが、見送られる側となると気分は最高だった。
時刻は12時少し前。向かう先は〈きづな〉の大家さんがいる101号室だ。
「イタコさーん!私です、隣に住んでる琴葉です!イタコさーーん!?」
チャイムを鳴らしても返事がなかったので、ドアを叩きながら私は叫んだ。後ろでは今年で20歳になる大家の紲星あかりちゃんがそわそわしているのが視界の端にチラチラと映る。
アパート〈きづな〉は亡くなった大家さんの両親が大家さんの為に残した大切な『家族との絆』だ。しかし最近は私の部屋に住む東北イタコさんによる『騒音被害』で少なかった住人は一人、また一人と去っていき、今は大家さんと私達姉妹とイタコさんを除くと、すっかり『もぬけの殻』となってしまった。一年前に二人の妹を亡くして天涯孤独になったイタコさんに〈きづな〉を紹介したのは私で、同じく家族を失う哀しみを知る大家さんはなるべくそっとしておこうとはしていたのだが、ここ数カ月の家賃滞納によって、ようやく重い腰を上げた大家さんが私に説得の依頼をしてきたのが、つい昨日の話である。
「どうですか?」
私の胸辺りまでしかない身長の大家さんが私に声を掛ける。小さいし、声可愛いし、何よりおっぱいが大きい。私が頑なにここから出て行かない理由はこれに尽きた。
「物音は聞こえます。居留守を決め込むつもりか、単に聞こえてないのでしょう」
私はタバコを咥えようとするが、コートのポケットに入っていた箱が空っぽになっている事に気が付いた。すぐ隣の部屋に戻ればストックはあるが、そこまでして吸いたい訳じゃないので我慢する。
「やはり、乗り込むしかないのでしょうか……」
「大家さん、その為に私を呼んだのでしょう?」
「それは、そうですけど……」
彼女の葛藤はごもっともだった。家族の居ない『独り身』としての共感と、騒音家賃未納に対する『大家』としての不満。後者が大きくなる中、彼女の良心が何とか理由を捻り出して感情の天秤をコントロールしているに違いない。思わず抱きしめたくなった。なので抱きしめた。「ふぇ?」大家さんの驚いた声が聞こえる。とても可愛い。
「私に任せてください。ちょっと手荒にするかもしれませんが、必ず説得してみます」
「えぇ、えぇ。お願いします…」
昼間にボロアパートで若い女が抱き合う。実にサスペンスな香りが漂っているに違いないと私は思った。そして大家さんもそう思ったのか、頬を赤らめながら離れ、『304』と書かれたキーホルダー付きの鍵を私に手渡した。この部屋の合鍵だ。
「イタコさん入りますよ!着替え中とかだったらごめんなさいね!」
鍵を開けてドアを開けると、中から溢れた得体のしれない空気が私を襲う。「うげっ」思わず顔をしかめた。一か月は換気をしてないであろう濃厚な独身女性の匂いは、流石に『見かけた美女はナンパする』と言われる私ですら抵抗があった。仕事や部活帰りで汗だくになった女性と寝るのは大好物だが、これはやりすぎというものである。完全に腐りきった納豆やチーズは誰も好まないのだ。しかし『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という諺もある。私は意を決して乗り込む事にした。
床には謎の草が蔓を伸ばして縦横無尽に暴れ回り、壁や天井の至る所にミミズみたいな文字の書かれたお札がぎっしり貼られていた。私の部屋と同じ間取りの2Kの筈なのに全く違うモノに見える。『緑あふれる独身女性憧れの洒落た部屋』というよりかは『森に飲まれた廃寺』である。ポイズン・アイビーの隠れ家と言われたら納得するね。そしてアイビー、ではなく東北イタコはおそらく寝室(であったと思われる)部屋で一心不乱に【儀式】を執り行っている最中だった。何やら意味不明な呪文を口にしながら、畳の上を行ったり来たりしている。元は純白であったろう着物は汗で黄色く黄ばんでいた。私が立て付けの悪い襖を開けた事にすら気が付いてない様子だった。
「イタコさん?私です、琴葉です!ちょっと!!」
彼女の視界に入る様に、強引に移動する。それでも気が付かれなかったので、私は彼女の肩を抱いて揺さぶった。目は真っ赤に充血し、その焦点も合ってない。頬はやつれ、美しい銀の髪も手入れがされずに灰色にくすんでいた。ブツブツと何かを呟いていたが彼女だが、しばらくすると目に光が戻り、ようやく私と目が合った。
「あ、あら?葵さん……?」
「気が付いてくれてありがとう」
足元がおぼつかないのか、私が肩から手を離すとその場にへたり込んでしまった。元々もスレンダーで巨乳なイメージがあったが、いまやすっかり細くなり、その豊満な胸がただの重りと成り果ててしまっていた。実に、実に勿体ない。本気でそう思う。
「申し訳ございませんわ。今、お茶をお出ししますね」
「いや、お気遣いは結構。今日はイタコさんにお話があって来ました」
この調子だと冷蔵庫の中身も全滅してるだろうと思った私は強引に本題に乗り込む事にした。
「お話、ですか?」
「えぇ。単刀直入に言います。ちょっとうるさいです」
「これは、その……」
「無論、職業柄『そういう事』に関しては世間一般よりは理解はしています。しかし、それは『私に限って』の事。〈きづな〉には今私達姉妹とイタコさん。それを大家さんしか住んでないんですよ」
「えぇ!?」
本当に知らなかったのだろう、イタコさんは声をあげて驚いた。同時に部屋に入ってくる大家さんの顔を見て、やつれた顔から更に血の気が引いていくイタコさん。私は彼女に更なる追い打ちをかけないと思うと胸が痛くなるばかりだった。
「それとね、家賃、滞納してますよ」
「家賃?今月分はもう払った筈ですが……?」
私は大家さんの方に振り替える。「頂いてません」とはっきり首を横に振って答えた。
「そんな!ちゃんとお会いして渡したじゃありませんか!?」
「二カ月前ですよ!?」
耐えきれず大家さんが声を荒げる。
「二カ月も外に出ず、部屋もこんなにして、毎日毎日ブツブツブツブツ呟いて!その上嘘までつこうというのですか!?」
「え、いやその、だってまだ10月……」
目じりに涙を浮かべて訴え始めた大家さんを私は抱きしめて静止する。慌てたイタコさんがカーテンを開くと、丁度街に雪が降り始めた。
「そんな……!」
「まさか今が10月だと本気で思っているので?」
私の腕の中ですすり泣き始めた大家さんの代わりに、私が話を進める。最も、最初から私が一人で進めるつもりだったのでさしたる障害はない。
「……葵さん聞いてください。今、今私がここを離れる訳にはいかないんです!」
イタコさんの、というか彼女の妹だったずん子さん、きりたんちゃん含めた東北三姉妹は現代に珍しい『怪異』と戦う一族だった。最も、私自身はそれを見た事がない。しかしそれで生計を立てていたのは間違いないし、ペテン師の類ではないのは私の勘も相まって間違いなかった。だが一年前に二人の妹を亡くしてからは、イタコさんはアルバイトを掛け持ちしながら【封印の儀】を行っていた……というのが半年ほど前からの情報で、その更新は部屋から出なくなった二カ月前で止まっている。
「良いですかイタコさん。私にはそのナントカの儀式が重要なのは理解できます。何カ月も部屋に籠って行う必要もあるのでしょう。しかし、それはずん子さんときりたんちゃんを亡くした貴女に部屋を貸してくれた大家さん……あかりちゃんの生活を極限まで苦しめてまで行うに値するのでしょうか?」
「ずんちゃん……きりちゃん……」
久しぶりに妹たちの名前を聞いたからだろう。イタコさんの目から大粒の涙が流れ始めた。いたたまれなくなった私は彼女も抱きしめる。汗と垢の酷い臭いがした。だが私は二人をぎゅっと抱きしめる。こんな状況で無ければ「両手に華だ!」と浮かれていたかもしれないが、どうもそういう気分にはなれなかった。
「葵さん、もう少し、もう少しで【封印の儀】は完了します。もう少し、もう少しだけ待っては貰えませんか……!」
「そのもう少しが限界に来たので、私達は来たんです。そこはご理解いただけています?」
「勿論ですわ!でも、だけどその…本当に、本当にもう少しで!!」
美女にやつれた顔で必死に説得されると私は弱い。しかし今回は大家さんという美少女に先に泣きつかれているのだ。心を鬼にする必要があった。
「……わかりました。しかし家賃の滞納だけは何とかして下さい。私も大家さんも生活が苦しく、それだけはフォロー出来ません」
「はい。……二カ月分、ですよね?」
『どこが鬼だ私の甘ちゃん!美女に弱いバカ!』脳内の琴葉葵Aが叫ぶ。『お金ないは嘘だろ』と冷静に突っ込む琴葉葵B。『そっちじゃねぇよ!!』これはA。『バンバン!うるさいぞ!ガンガン!ぶっ飛ばすぞ!ドンドンお金払え!!』今のはIAさん。なんでやねん。『じゃあ彼女に身体で払ってもらおうぜ!』と飛び込んできた琴葉葵Cを残りDからZ含めた琴葉葵軍団でタコ殴りにし始めた所で琴葉葵本物、つまり私は我に返った。
私から離れたイタコさんは蔓をかき分けながらタンスや衣装ケースをひっくり返し始める。邪魔になると思ったので、私と大家さんはこの段階で一旦部屋を出ることにした。
五分経っても出てこなかった私は手持ち無沙汰になってしまい、一度隣の自室に戻ってタバコを回収しにいった。時刻は昼過ぎだと言うのに姉はベッドの上で寝息を立てている。少し苦しそうにしていたので濡れタオルで額を拭いてあげると、姉はうっすらと目を開けた。
「もう夜?」
「いや、昼だよ。仕事の都合で寄ったんだ。お腹空いた?」
「ううん、大丈夫…」
「わかった。後でご飯作りにまた戻るからね」
「いってらっしゃい…」
掠れた声の姉は、また目を閉じて眠ってしまった。
部屋を出て大家さんの横でタバコを吹かす事更に10分。肩で息をしながらイタコさんが玄関のドアを重そうに開けた。「まるで姥捨て山の老婆だな」と思ってしまった自分を恥じる。
「あの、大家さん……」
「はい」
すっかり落ち着いた大家さんがどっしりと答えた。対するイタコさんはビクビクと震えている。
「四日……いえ二日!二日待っては頂けないでしょうか!?」
そういったイタコさんはすがる思いで私達の前で土下座した。必死の形相だった。
「お金は…お金は必ず用意しますので!」
「…明後日までですよ?」
対する大家さんは女神の様な対応をした。いや、実際二カ月も待っていたのだから、正に女神なのかもしれない。女神あかりちゃんだ。
「ありがとう…ありがとうございます!」
「イタコさん、夜逃げしようって魂胆ではないんですよね?」
大家さんは女神なので『人を疑う事』を知らないのだろう。とりあえず私の方から釘をさす事にした。
「妹たちの名にかけて、それは断じてない事を誓いますわ」
イタコさんはずん子さんときりたんちゃんを心の底から愛していた。その名に誓われては、彼女は嘘をつかないだろうと思った。私も甘々のお人よしだ。
「それでは今すぐ出発を…」
そう言って私達の横を通り抜けようとしたイタコさんを、すかさず私は止める。
「まだ、何か……?」
「いえ、これは親しき隣人としてのアドバイスです。……とりあえずお風呂に入って着替えた方がよろしいかと」
「ちゅわ?……ちゅわーーーーーーーーーーーーーッ!?」
今頃自分の痴態に気が付いたイタコさんは顔を真っ赤にして部屋へと消える。30手前の独身女性が、汗でスケスケになった着物を肌に張り付けてる状態だったのだから真っ赤になるのも仕方ないと言えばそうなのだが。『午後のお仕事』に向かわないといけないと告げ去ろうとしたが、水道電気代も未払いで止められていたイタコさんを放っておけず、仕方なく自室のシャワーを貸し、腹を鳴らしたので仕方なく私の車で近所のファミリーレストランに駆け込み、彼女が二時間ひたすら食べ続け会計で絶句し、雪の降る大通りの真ん中で泣きながら感謝するイタコさんを何とかなだめると非常に時間を食ってしまったのだった。