コンビニで適当に買ったおにぎりとお茶を胃の中に突っ込んだ私は早速タカハシ君が通っているという薄井楼大学へと足へ運んだ。「探偵です」なんて言って敷地内に入れるわけがないので、外を歩いていたチョロそうな女子大生をナンパして同道してもらった。キャンパス内を写真片手に聞いて回るがめぼしい情報はなし。一時間程回っていると同道していた女子大生が「もしかして探偵さん?」と聞いてきた。ちょうど潮時だと思っていた私は「違うよ連続痴漢魔。真のターゲットは君さ」と言って彼女を人気のない所に連れて行った。壁際に追い詰め、強引に唇を奪い、服の裾から手を忍ばせる。こってり20分、ちょっと早い大人の時間だ、天国を見せてあげた。大学内へと招き入れてくれた彼女へのささやかな報酬だった。その『気』がある娘を選んでチョイスしたのだから、予想通り大喜びしてくれた。やはり豚骨とエッチは濃厚に限るね。
快楽に浸り痙攣する彼女を木陰でそっと休ませた私はタバコを吹かしながら大学を出た。雪は止んでいた。
車へと戻る。我が愛車、黄色いボディーのフィアット500ちゃんは健気に私の帰りを待っていた。小さい頃『ルパン三世カリオストロの城』を見た私はルパンが操るこの可愛いらしい車に心を奪われ「おとなになったらぜったいかう!」と息巻いたものだ。で、20年とちょっと経ってようやく我が元に召喚できたという訳さ。
そんなフィアット500ちゃんと次に向かったのはキャンパスから少し離れた位置にあるタカハシ君の住む学生寮だった。平日の昼過ぎだというのに何人かの若者の姿を見かけた。卒業できなくても知らないぞ!一応彼ら彼女らにも話を聞く。「ごめんね君たち、ここに住んでるこの子、知らない?」写真と私の顔を交互に見た金髪で耳にピアスをした男が「そんな事より俺たちと遊ばない?」と答えてくれた。間合いにずけずけと入ってきたので左の横っ腹を蹴り上げる。顔が良い位置に降りてきた。右足で膝蹴り。鼻にクリーンヒット。金髪君は大地を全身で感じながら気絶した。他の子どもたちが震えあがりながら「知りません!」と答え、金髪君を担いで何処かに消えてしまった。麗しい友情だ、涙が出るね。私はタバコを吹かしながら事務室の方へと向かった。
応対したのは優しそうなおばちゃんだった「タカハシ君のご実家を知りませんか」「アンタ見てたよ。溜まってるガキ共にお灸添えてくれたみたいだね!」「お恥ずかしい所を見せてしまいました。あの、タカハシ君のご実家を…」「あー、最近帰ってきてない子ね!可愛い彼女ほったらかしにして消えちゃったって言うじゃないか!」「えぇ、ですので彼女の依頼で行方を探しておりまして…」「アンタもしかして探偵さんかい!?はー、本当にいるんだね!誰か死んだの!?」「いえ、探偵って言いましてもそういうお仕事は基本…」「なんだぁドラマみたいにいかないのね!あ、ごめんごめん彼の実家ね実家!えっと、どーこーにおーいーたーか……あったあった、これ、寮に住んでる子のリスト。タカハシ……タカハシ……あったこれだ!あ、でもこれ機密情報なのよね…」やっと彼女の口が止まった。「ではこうしましょう。あなたはたまたまメモにタカハシ君の住所を書き、それがたまたま手が滑り、たまたま私のポケットに入る、これは双方気が付かず、そしてこの時間は何もなかった」「いいねぇそういうの!ドラマみたいじゃないのさ!!」この人は元々お喋りなのだろう、しかし仕事の手前長話が出来ず困っていたに違いない。私はさとうささら氏を思い出した。彼女が学生寮の事務員から話を聞かなかったのは、もしかしたら『話をしたら捕まって逃げられない』事を知っていたのではないだろうか?
「はい、たまたまメモに住所を書いたよ!あー!それがたまたま外に落ちちゃったわ!!」
渡してくれりゃ良いのにわざわざ外に投げる事務員のおばさん。私は『たまたま』それを拾う。
「これは大変だ。落とし主を探さないと」
あそこまでやられてしまっては私も猿芝居に付き合わねばならない。非常に面倒だった。
「お時間いただいて申し訳ない。それでは私はこれで」
おばさんが何か言った。私は逃げる様にその場を去った。
既に日が傾き始めていた。駐車場に止めたフィアット500ちゃんの車内でタバコ休憩をしていた私はコートのポケットにねじ込んだメモを開く。住所の他、両親の名前と実家の電話番号まで控えてくれたのは感謝しかない。とりあえず電話してみよう。タバコを灰皿に突っ込む。内ポケットからスマートフォンを取り出して電話を掛けた。
「はい、タカハシです」
優しそうな女性の声がした。『タカハシ君』ではないのは間違いない。
「もしもしお世話になっております。あー、わたくし薄井楼大学准教授の相田と言う者なんですけども」
私はなけなしの大学時代で見た『准教授』の声真似で話しかけた。変に思われる前に大量の情報を叩きつけて会話をコントロールしなければならない。
「はぁ…」
「はい、あー、犯罪心理学受講生への特別合宿費用徴収の件でご連絡させていただいたのですけれども、あー、あのータカハシ君はご在宅でしょうか?」
「えっと、すいません。ウチの子とはその、お恥ずかしながら主人と絶縁状態で、ここ一年はご連絡が取れず……」
「あー、それは申し訳ございません!いやね、学生寮の方へお電話したのですけど繋がらなかったものですから、あー、もしかしたらご実家の方に帰られているのかと思いまして、あー、すいません本当にご迷惑をおかけしました」
「力になれず、ごめんなさいね」
「こちらこそハイ、急にお電話してしまって、えぇ、あー、もし来週末の期日までにお支払いが無ければ欠席というだけになりますので、えぇ、なにしろ強制ではなく自主的なものですから。あー、それではわたくしこの辺りで失礼します、はい…………ふぅ」
相手に喋らせる間もなく通話を切り、助手席にスマートフォンを投げた。とりあえず実家に彼がいる、もしくはどこにいるか知っているのは分かった。わざわざ『パパと喧嘩して一年会ってないの』とかいう家庭の恥を晒す時点で怪しさ満点だ。とりあえず明日にでも直接乗り込んで聞いてみよう。という事にして、私はフィアット500ちゃんと共に走り出した。
所で『犯罪心理学学生の特別合宿』ってのはどこにいくのだろう?私は悩んだ。山や海とは考えにくい。であれば精神病院や刑務所に社会科見学でもするのだろうか?あー、おっかない。犯罪心理学専攻しなくて良かったわ。
タマゴ1パック70円という赤字ギリギリラインを攻めるスーパーのタイムセールはさながら戦場だ。単なる腕っぷし比べな子どもの喧嘩では味わえない【命を懸けた戦い】がここにある。サービス開始数分前に『さりげなく』ベストポジションを確保する【スケジュール能力】。他の客を押しのけ進む際にどのルートを進めば最短、かつ最小のリスクで済むかの【瞬発的状況判断力】。人の波、つまり圧倒的数の暴力に対して怯まぬ【不屈の心】。それでいて一般常識範囲のルールを堅実に守る【高潔な精神】。その全てを網羅し、尚且つ帰宅後に待つ炊事洗濯そのた諸々の家事をこなすための【スタミナ確保、及びその効率的な運用】。重ねて言う。スーパーのタイムセールは、戦場だ。それを毎日こなす日本の【主婦】という生物はつまり、スペックにおいて我ら独身などという矮小な存在よりも遥かに優れているというのは過言ではない。
「はぁ……」
お目当ての卵と野菜、それと冷凍食品にパンを複数カゴに詰めた私は、ようやくレジカウンター前の長蛇の列、その末席に加わる事に成功した。私は正直いっぱいいっぱいなのでため息ばかりついていたが、歴戦の主婦たちは表情一つ買えない。彼女らの戦いはまだ続くからだ。見たまえジョン・ランボーよ、ここが君の帰るべき愛しきベトナムかも知れないぞ。しかし鍛えられている手前こういうことは言いたくないのだが、二度の世界大戦を経験し、幾度もの経済産業革命を超えて農業商業工業流通諸々を飛躍させてきた科学技術の地盤がある現代、その先進国の一つと言われるこの日本において、スーパーの一角の特売コーナーに群がり、卵1パックの為に争うというのは如何なものだろうか?つまり未だ人類の多くはこの惨状をありありと、しかしコミカルに描いた【ベン・トー】という神の啓示を受けながら、インスタント麺に玉子1つ入れるのにお互いが望まれぬ戦いを強いり、無駄な血を流さねばならないのだ。おお、神よ!罪深い我らをお赦し下さい!ラーメン…
会計を済ませて車に戻り、時間の確認のためにスマートフォンを開くと電話の不在通知1件とメールが1件。送り主は同じだった。
「やったね、デートのお誘いだ」私はフィアット500ちゃんのエンジンキーを回した。
町の南部にあるスーパーから自宅までは一本道だが、私は車を左折させ、国道沿いに西側へと走った。信号を三つほど過ぎた交差点を右折し、そのまま直進。住宅街の中を突っ切る。五分ほど車を走らせると、達筆な字で【結月堂】と書かれた看板をかかげるおんぼろ屋敷が見えてきた。この〈結月堂〉は町に昔からある本屋で、新書から古本、果ては稀覯本まで取り扱う、穴場中の穴場だ。
「こんちはー」
年代物のガラス戸を引いて中に入ると、本特有の不思議な香りに包まれた空間がそこにあった。そりゃそうだ、ここには表だけでも何千冊超えの本が所狭しと並んでいるのだ。今期アニメの原作漫画や芸能人の自己啓発本等が詰まった棚をスルーし、最奥のカウンターへ。そこにメールの送り主がいた。
「やっほ。そらちゃんご無沙汰」
「いらっしゃいませ葵さん。お待ちしてましたよ」
カウンターの向こうには眼鏡をかけた美少女、桜乃そらちゃんがいた。ミルク色のふんわりした長髪を後ろに一括りにし、レースのついた青と白のワンピースを着こなす姿はまさしく【ヨーロッパから移住してきたオシャレな若奥様】といった感じだが、彼女はれっきとした日本人で、ついでに言うと17歳である。オイオイ。そんなそらちゃんは丁度読書中だったらしく、手元には分厚い本が開かれていた。
「お仕事中だったかな?」
「いーえー。絶賛暇です」
本を閉じたそらちゃんはカウンターの奥へと消えていく。誠の本読みというのは栞を挟まなくてもどこまで読んだのかわかるというが、少なくともそらちゃんはその境地に達しているらしい。私は絵がないと読めないタイプなので素直に尊敬している。
「ねー、そらちゃーん。メールなんだけどさー」
「はーいー?」
本に囲まれた中タバコに手を出す訳にもいかないので、そらちゃんのスカートを眺める。あの向こうにはきっと小振りで未熟な桃が実っているのだろうなぁ。私が刈り取りたいなぁ。
「『本届きました』の一文はちょっと味気ないかなー。『一緒にお茶でもどうですか?』とかさー、入れるとさー、良い感じになると思う訳よ」
「喉乾いてるんですか?」
「いや、そーじゃなくて…」
そらちゃんが振り返る。眼鏡の向こうには大人の汚さを知らない純粋な眼があった。私も持ってたのにな、どこかの溝に落としちゃった。
「お茶用意します?」
「…お気になさらず」
そらちゃんは真面目で良い娘だけど、冗談が通じないのがちょっと玉に瑕かな。そんな私の思いなど露知らず、そらちゃんは私の名前の書かれた紙袋を見つけ、カウンターへと戻ってくる。紙袋の中をチェックするとバットマンの漫画が二冊入っていた。日本では海外の漫画の入手ルートは限られているが、どこかに伝がある〈結月堂〉は大抵取り寄せてくれるのだ。
「いつも悪いね」
私がお代を払うとそらちゃんは「お仕事ですから」とにっこり返事してくれた。
「そういえば葵さん、今日はどこで遊んでたんですか?」
「遊んでないよ。仕事だったの仕事。人探し」
「探偵みたいですね!」
「はっはっは」
これを冗談で言ってないのがそらちゃんなのだ。
「で、捜査はどんな感じでした?」
「一応実家の住所は調べ上げたから、明日乗り込むの」
そこでふと思い立った私は、本日既に業務終了した【探偵ごっこ】を少し再開する事にした。コートからタカハシ君の顔写真を取り出す。私から見て逆さの状態で、レジカウンターの上に写真を置き、そらちゃんの前に軽くスライド移動させる。
「この男の子なんだけど、知らない?」
「あ、この人なら見ましたよ。二日前」
「そうか……えっ!?」
その言葉を聞き、脳内の『本日業務終了』の暖簾が爆風と共に吹き飛ぶ。『いつまで寝ているバカ共起きろ!全員集合!!』脳内葵ちゃん会議に緊急招集がかかった。アウトローも震えだす琴葉葵ちゃんA~Z軍団が思い思いに愚痴りながら円卓を囲む。探偵タイム再開だ。さとうささら氏が言っていた【音信不通】は四日前。ここに来たのは二日前。思わぬ所に足取りを掴むヒントが転がっていた。棚から牡丹餅とはこの事か!
「どこでみた!?」
「そうですね、お昼ご飯食べた後なので、12時過ぎでしょうか。買い物に来られたんですよ。『吸血鬼関連の本を全て買いたい』って。結局吸血鬼モチーフの漫画までも全部購入して、紙袋二つに詰め込んで帰ったんです」
「吸血鬼…?」
なんでそんなものを大量に買い込む必要があったのだろうか?大学の授業で使う資料?いや、犯罪心理学のどこに吸血鬼が結びつくのか、正直さっぱり見当もつかない。ならば趣味の類だろうか?長期の潜伏を見据えての兵糧確保。籠城戦の基本だ。この町には他にも本屋はある。大手の本屋ではなく、この〈結月堂〉をチョイスしたのは人目を警戒してか、それとも単純に品揃えの問題からか。とにかく、【一日の来訪客の少なさ】に関しては〈ARIA〉とタイマンを張れるこの〈結月堂〉だ。加えてそらちゃんが物覚えのいい若者で本当に良かった。私なら五分前に来た客の顔すら覚えていられる自信がない。来る客全員の顔を札束に見立てて過ごしていたバイト時代が脳裏に浮かぶ。
「で、彼はどっちに向かって帰ったの?」
「店の前でタクシーを呼んで、北の方角へ……。南に会社がある〈ミライノタクシー〉だと思います。事務員が友達なので聞いてみましょうか?」
「〈ミライノタクシー〉ね。今から私が向かうから、その連絡だけしておいてくれ!」
「はい!」
「ありがとう、今度お茶しようね!」
そう言って私は〈結月堂〉を後にした。フィアット500ちゃんのダッシュボードを改造したバットマン専用本棚に紙袋を突っ込み、一路南へ。国道を更に下って300メートルほど移動した所に〈ミライノタクシー〉はあった。50台は停まるであろう広い駐車場にはタクシーが一台も停まっていなかった。既に日が沈み始めており、夜は彼らの稼ぎ時なので何の違和感も問題もない。私はタクシー用の駐車場にフィアット500ちゃんを雑に停め、事務所らしきプレハブ小屋へと走った。事件解決に躍起になっているのではない。私にはスーパーの特売セールで買った品々を家の冷蔵庫にぶち込むという重大な使命があるのだ。これを急がずして何とするものぞ。「話は通してある」というそらちゃんの言葉を信じ、私はノックもせずにドアを開けた。
「お邪魔します!探偵の琴葉です!」
自分で『探偵』とか名乗りたくはないのだが、話がスムーズにすむならそれに越したことはない。モヤモヤする心中を無視して事務所に入る。中はがらんどうとしているが、なんてこない普通の事務所だった。誰もいないのかと思ったが、ポットの置かれた机の向こうに黒髪の頭が揺れるのが見えた。
「ああ、ごめんなさい。お茶の葉を探してまして…」
黒髪から美しい女性の声がした。声の主が立ち上がる。社内の事務員用と思われる緑色のスーツに身を包んだ少女がそこにいた。いや、『少女』だと例えたのは単純に背が低かったからだ。身長150センチの大家さんとさして大差無いと思われるが、貴重なロリ巨乳枠である大家さんにもひけをとらぬご立派な胸をお持ちだった。肩で切り揃えられた美しい黒髪は清潔さを表現しながら、事務仕事で部屋を出ることの少ないだろうその身体は服の上からわかる程むっちりとした肉付きをしている。
「白湯くらいしか出せるものが……あの、どうかなされましたか?」
「……」
心臓を射抜かれた。一目惚れである。あかん心が勃起してもうた。超ムラムラすんねんけど。全てを投げ捨てて押し倒してその絶妙に隠された魅力的なボディーを隅から隅まで堪能したい。タカハシ君とかどうでも良くなってきた。いかん。冷静になれ私。そうだ、彼女のためだけに事務所を開設して事務員として雇おう。そしてドアを締め切って夜通し肌を重ね合わせるのだ。場所はどうしよう。〈きづな〉の部屋をもう一つ借りるか?いやダメだ大家さんには悪いが風情がない。〈ARIA〉の二階は貸してくれるだろうか?その場合予算をどれ程捻出出来るだろう?算盤を弾く。クソッ、どうしてもダブルベッドの予算が合わない!最悪シングル…いや、ソファーでというのも中々…。そうじゃない、ちがう、ダメだ。落ち着け!『彼女は大変な物を盗んでいきました…私の【心】です』神妙な顔つきの琴葉葵Zが呟いた。『せっくす!せっくす!せっくす!』全身包帯まみれの琴葉葵Cが血眼になって叫ぶ。『……』沈黙する一同。やめて反論して。そんな中一人の琴葉葵が立ち上がった『いんやぁ、ちょっと待ってくださぁい』『その独特な喋り方は!?』琴葉葵Cが驚く。そして続けた『琴葉葵H!?』なんと!一番先に飛び付きそうな名前してるお前が止めてるれるのか!?上下黒で統一した琴葉葵Hがスポットライトを独占する。『理性を失い本能のまま獣の様に襲う、これはいけません。なぜならばそらちゃんが彼女に【腕利きの頼りになる探偵】と教えている可能性があるからです。ならばその期待を裏切るのはひっじょーに不味いと思いませんか。ここは、【腕利きの頼りになる探偵】でアピールしようじゃありませんか』『なるほど!』『名案だ!』『流石私!』拍手喝采が起きる。琴葉葵H。彼女の【H】はヘンタイの【H】ではない。古畑任三郎の【H】なのだ!
パーパパパパパーパーパーパパパー…チャッチャラ!チャラ!チャラララ!
この間わずか二秒。
「こんにちは。腕利きで頼りになる超絶美女探偵、琴葉葵です」
「はぁ?」
「〈ミライノタクシー〉事務の京町セイカです。よろしくお願いします」
来客用のソファーに座らされた私は、テーブルの向こうに座ったキョウマチセイカちゃんが渡してきた名刺に目を向けた。【京町セイカ】と書かれた名前の横に書かれた連絡先は会社のものだろう。とても残念だった。しかし名刺を頂いてしまった手前、立派な大人である私は社会的信用の為にも自分の名刺を出さないといけない。しかし私には自分の名刺がない。どうしたものかと思いながら名刺ケースを出すと、輪ゴムで雑にまとめられた〈ARIA〉の名刺が大量に出てきた。そう言えば何年か前に「作り過ぎたのであげます。是非布教してください」とONEさんに押し付けられたのを今の今まですっかり忘れていた。ここで閃いた私は束から〈ARIA〉の名刺を一枚引き抜き、セイカちゃんに渡した。
「夜は大体このバーにいる。何かあったらここに連絡してくれ」
「はぁ…」
印象はマチマチ。しかしマイナスではなさそうだ。それを確認出来たので今度は実務的な話にシフトする事にした。私は仕事出来るいい女!私は仕事出来るいい女!
「それで、二日前に〈結月堂〉からタクシーに乗って北に向かった、10代後半の男性がどこで降りたのか、それを知りたいんだ」
「二日前ですか。他にお客様の特徴はわかりますか?」
「特徴?そうだなぁ…あ、そう言えば大きい紙袋。〈結月堂〉のロゴが入ったヤツね。それを二つ持っていたと」
「男の人、北、大きい紙袋、〈結月堂〉……っと」
私の真剣さに触発されたのか、セイカちゃんはメモ帳に可愛らしい丸文字で必死にメモを取っていた。私も彼女の肢体を眺めるのに必死だった。
「今は運転手の皆さんが出っ張らっているので、詳細が分かるのには一日二日かかると思うのですが……」
「うん、それは構わないよ。他にも伝手はあるから、あんまり気負わないでね」
いやー、すっげ。やっぱり大きいとブラで固定しても揺れるんだなぁ。大家さんはいつも大きめのゆったりした服しか着てくれないからなぁ。
「他に何か調べておく事はありますか?」
「他……」
なんとか彼女のプライベートをさり気なく聞き出す会話はないものかと模索する。しかし私は仕事人なので、どうも一度スイッチが入ると仕事関係の話題しか頭に浮かばなかった。
「犯罪心理学を専攻する大学生が吸血鬼の本を買い漁る因果関係について、セイカちゃん何か意見ない?」
「犯罪心理学に、吸血鬼……?個人的に好きなんじゃないですか?」
「……だよなぁ」
このままセイカちゃんを視界に捉えたまま思案するのも一興とは思ったが、ここで変に好感度を下げる様な事をするのはお仕事的にもプライベート的にもメリットはない。軽い礼を述べた私は名残惜しむ心を全力で封印して〈ミライノタクシー〉を後にした。
「ただいまー!帰ったよ姉さーん!」
結局〈きづな〉の305号室に戻ったのは20時を過ぎた頃だった。
「おかえりー」
微かに姉の声が聞こえる。リビングの方からはテレビの明かりと、そこから笑い声が聞こえた。姉はきっとバラエティー番組でも見ているのだろう。とりあえず放置。
12月の寒気のお陰でダメージを最小限に抑えられた冷凍食品を冷凍庫に押し込み、パンは食器棚の上に置いたバケットの中へ。卵と野菜たちは本日の晩御飯へとメイクアップするので、そのまま台所で生まれ変わりを待ってもらう。
「ごめん今からご飯作るー!」
「はーい」
半分意識をテレビに持っていかれているであろう姉の適当な返事を引きつつ、私は棚から包丁、まな板、そしてフライパンを取り出した。炊飯器を開けると、ふっくらと炊き上がってくれたご飯がほかほかと湯気を上げた。流石お米大好き大家さんが選んでくれた炊飯器だ。スマートに仕事をこなす君みたいな子、私は好きだよ。一度炊飯器を閉めて今度は冷蔵庫へ。食材は買ってきたので調味料のみ。残り半分になったバターと残り10分の1程まで嵩が減ったケチャップを取り出す。しまった買い足せば良かった。最悪大家さんに借りればいいかと思いつつ、バターナイフで適当に切ったバターの塊をフライパンにぶち込み、コンロに火をつけた。青い火を見ながらいつも思うのは「IHってほんとに温まるの?」だ。それはさておき次の行程。まな板の上にピーマンを置いて、半分に切る。中の種をくり抜いて流しに投げ込み、更にみじん切り。フライパンの上のバターが良い感じに溶けてきた。スケート選手が氷の上を縦横無尽に滑るが如くバターを移動させる。ピーマン投下。次はネギだ。これも適当に切る。私は計量とかその類が苦手なのだ。フライパンに投下。しっかりと火を通す。少し火を弱め、中にチーズが入ったお子様向けウインナーの袋を取り出し、半分に切る。思い付きだ。フライパンに投げ込むと、切り口からとろっとチーズが溶け出し、なんか良い感じになった。怪我の功名だ。と、ここでトラブル。しゃもじとボウルの用意を忘れてた。慌てて用意。ボウルに一人分のご飯をよそってフライパンに投下。その上からこれでもかとケチャップを掛ける。中火に戻し、焦げ付かない様に混ぜる。それから数分としない内に葵ちゃん特製『超雑ケチャップライス』が姿を現した。平皿に盛って今度は卵を二つ用意。『卵同士をぶつけると片方しか割れない』という小ネタを思い出した。実践。すげぇ本当に片方しか割れない!ボウルに入れる。片割れはボウルの端にぶつけた。殻がちょっと中に入る。クソッたれ!なんとか掬い出して流しに投げ込んだ。二つの卵を菜箸でかき混ぜる。スピードが命だ。フライパンに少しバターを追加して卵を投入。しかし私には『オムレツ』なんて上品な料理は作れやしない。悔しい事に料理の腕は姉の方が上なのだ。またお姉ちゃんのオムレツ食べたいなとか脳みその端っこで考えながら、記憶にある【琴葉家のオムレツ】とは似ても似つかないスクランブルエッグ寄りのオムレツをケチャップライスの上に乗せた。トドメとばかりにケチャップを掛ける。ケチャップが無くなってしまった。私の分は?ううむ、〈東風〉に行けば誰か一人くらいはいるだろう、そこに乗り込むとしよう。お盆にオムライスを乗せた皿とスプーンを置いて台所を脱出。テレビがCMに入って暇そうにしている姉と目が合った。
「晩御飯できたよー」
「おー」
姉の前にオムライスを置いた。ベッド脇に置いていたコップが空になっていたので、冷蔵庫から作り置きのお茶の入ったペットボトルを持ってくる。姉が食べ始めていた。元気な頃なら『いただきまーす!ガツガツガツ!うまー!!あおいー!おかわりー!あおいー!!』だったのに、今ではすっかり落ち着いてよく噛むことを学んでくれた。
「食べられる?」
「うん、おいしいよ」
姉が口の端を上げてはにかんだ。歯を見せない上品な笑顔だ。それに笑顔で返した私はスマートフォンを取り出し、LINEを開いた。タイムラインでギャラ子が『とんぷーでのんでるぷー!』とかいうセンスのないコメントと共に焼肉の写真をアップロードしていた。写真の端には笑顔でピースしている弦巻姉さんの姿もある。
『まぜろ』【いつもの】と書かれたグループラインにメッセージを送る。アイコンは〈ARIA〉のカウンターに置かれたグラスの画像だ。他に良いものが無かった。
『早くしろ全部食べるぞ』クマのぬいぐるみのアイコンから驚異的な速さのレスが飛んできた。ギャラ子だった。
『十分かかる』私が返信すると、またクマが出てきた。
『そんだけあったらマキも食えるぜ』
『やめろバカ』
赤いアコースティックギターが即答した。これは弦巻姉さんだ。私はスマートフォンをポケットにねじ込み、脱衣所に向かった。洗濯機の中身をほじくり出し、洗濯カゴに入っていた下着や白シャツを入れる。洗剤と漂白剤を入れてスイッチを押した。物が乱雑に置かれた部屋を音を立てずに移動。日頃からの癖になっている。私が寝室に使っている部屋に掛けられたつっかえ棒にハンガーを引っかけ、服を干していく。どうせ外は夜だし、一応下着ドロボーにも警戒しないといけない。私のはともかく、姉さんの下着を盗む様な不届き者がいれば地の果てまで追いかけて生きている事を後悔させる所存だが、そんな事になったら何より面倒くさい。物が乱雑に置かれた部屋を音を立てずに移動。「葵はご飯どうすんの?」姉が声をかけてきた。
「ごめんよ姉さん、今は姉さんのご飯作りに戻ってきただけなんだ。また仕事さ」
嘘をついた。ごめんね。
「そっかぁ…」
残念そうな顔を見せる姉。しかしご飯は食べてくれる。
「ちゃんと全部食べて、薬も飲むんだよ?」
「うん…」
「また日付変わる頃には戻るよ。今日も面白い話仕入れたから楽しみに待っててね」
「うん!」
姉に再び笑顔が戻った。私は心の中でもう一度謝りながら、305号室を出た。一応304号室にノックをするが、返事はなし。車を出すとお酒が飲めないので、私は速足で北にある駅の方へと向かった。