琴葉葵はバーにいる~吸血鬼殺人事件~   作:一条和馬

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12月7日〈夜〉

 

 この世で焼肉ほど素晴らしいものはないと思う。至高と言っても過言ではない。脂のたっぷり乗った肉を鉄板の上で焼けば、肉はまるで狂ったように踊り出す。有史以来【火】を克服できたのは唯一人間のみとされる。が、別に【火】に対して無敵になった訳じゃない。ただ、【火】を理解し、それを味方につける術を得たからこそ人間は霊長類の頂点に君臨される事を許され、こうして生では食べられぬ他の動物を食し、己の血肉とする事を可能としたのだ。いわば【火】はこの地球、いや、この宇宙において【頂点に君臨する者がもつべき王者の証】なのだ。デカい火の玉が爆発して宇宙が誕生したのだ。その観点からも【火を統べる=世界を統べる】の理論に間違いはないはずだ。そして今私の前にいる牛さんや豚さんだったものは【火】を怯える事しかできない、ある意味で【火】から生まれた者の当然の反応なのだが、その魂を天に返した後の亡骸の一片になっても創造者の眷属たる【火】を恐れ、それから逃げんと体を震わせているのだ。と、そんな下らない事を考えながら私は〈東風〉の一角で自分が投げ入れた肉に良い感じに火が通るのを待っていたのだ。

 

〈東風〉は駅向かいに並んだ居酒屋の内の一軒で、鉄板の埋め込まれたテーブル席が六つあるだけの小さな店だった。しかしこじんまりしている割には食材の種類は豊富だし、何より狭いのでビールサーバーがすぐ近くにあるのが最高だ!

 

 それはさておき【頂点に君臨する者がもつべき王者の証】?バカじゃないのか。もしそうなら今頃人類は宇宙に賃貸マンション浮かべてないとおかしいし、もっと身近に言うと日照権を巡って民事裁判を起こしたりしないのだ。

 

「お、良い感じに焼けてきたぞぉー。にっく、にくにくおにきゅーっ」

 

 辺り一面を覆うような煙をまき散らす鉄板の上のお肉たちを、お酒が入って若干陽気になったギャラ子が裏返す。肉がまた踊り出した。

「すいませーん!ホルモンとカルビ追加下さいーい!」

 空になった皿を持ちながら弦巻姉さんが店員を呼び止めると、白ハチマキに黒シャツの店員が駆け寄り、数分待たずに追加の肉が来た。無理やり参加する形になった私が焼肉奉行してやろうと思ったが「先輩を立てなって」といって向かい席の弦巻姉さんは頑なにトングを放そうとしてくれない。

 

 弦巻姉さんは私の実家の隣に住む、正に『近所のおねーさん』的立ち位置に居る人だ。最も、小学校の後半から中学卒業間際までは親の都合で引っ越していたので、彼女の事をちゃんと知るようになったのは高校入学後、一緒に登校を始めてからだ。それまでは【背が高い・金色の髪が綺麗・おっぱいが大きい・しっかり者】という漠然とした事しか知らなかったが、実はかなりアニメや声優に詳しく、そしていつの間にか仲良くなっていた〈結月堂〉現店長の結月ゆかりさんとは相当深い関係にあるらしい。つまり私のレズ道の元凶で心の師匠なのだ。そんな彼女は私と違う大学に通い、そのまま大学院生として民俗学をのんびり勉強しながら今日に至る。実情は「世界の原点はエロにある!」と息巻いて世界各地の爛れた性事情を片っ端から調べて回っているだけで20代の半分以上を消化した残念な人だ。

 

 一方のギャラ子は弦巻姉さんの友人で、認めたくないが、私と一番仲がいい奴だ。まだ真面目だった頃の私が真面目に医大の入試を受けて合格し、発表会場に一緒に来てくれた弦巻姉さんが私達二人を同時に祝福してくれた事から直接的な友好関係が始まった。彼女のイメージは一貫して【身長高い・顔怖い・声低い・口悪い・声量デカい・喧嘩強い】とギャラクシーエンジェルのフォルテ・シュトーレンみたいなヤツだが、大学で法医学を収めた彼女は現在町で一番デカい病院に法医学者として勤めている。が、何かと暇らしく病院内とフラフラしながら患者とコミュニケーションをとっていると、あれよこれよと入院患者達の間で人気者になった。実に『見た目は不良中身は清楚』の典型だった。因みに両刀である。

 

「ホルモンは美容に良いっつーけどよー。人体の構造的にホルモン摂取してもそのほとんどは吸収されない訳」

「えっ、そうなの!?」

 

 山盛りのホルモンと格闘していた弦巻姉さんが驚愕する。そうだよな、やっぱイイ女がイイ女たるには日頃の食生活も大事だ。

「パクチーだってガンガン盛るけど、アレ本来は香り付け程度の物らしいしな。ま、噂でガンガン信じる傾向のある日本人なら当然の結果だと思うぜ」

「……葵ちゃん、焼けたホルモンあるよ。いっぱいあるから食べて」

「はぁ」

 虚無の目した弦巻姉さんが私の取り皿に次々とホルモンを積み上げてくる。私まで虚無りそうだ。

 

「そういや葵、今日はどこでフラフラしてたんだ?」

「薄井楼二年のアサミちゃんとキャンパス内で愛を育んでた」

「ちょっと私の大学で何してんの!?」

「依頼があったんだ。人探しのね」

 私は今日のあらましを一通り説明した。

 さとうささら氏からタカハシ君の捜索依頼を受けた事。

 大学で進展がなかった事。

 学生寮で手に入れた電話番号から実家に電話し『何か知ってる』らしき事を掴んだ事。

 そして〈結月堂〉での【吸血鬼本買い占め】だった。

 

「はぁー……吸血鬼の本ねぇ」

 ギャラ子が食い付き、弦巻姉さんも唸り始める。

「やっぱりそこ気になるか。じゃあ犯罪心理学専攻の学生と吸血鬼の因果関係について各界の未来のエリート二人はどう推理する?」

「きっと大好きなんだろうなぁ」「趣味だよね」

 二人がほぼ同時に答える。

 

「でも変な話だよな。行方眩ましてる最中に同じジャンルの本買い占めるか普通?」

「多感な十代男子が現実逃避するのも、推しジャンルの本買い占めるのも普通だけど、それが重なるとどうもねぇ…」

「私もそう思う。〈ミライノタクシー〉のセイカちゃんははっきり『趣味じゃないか?』って言い切ったけど、これが突拍子過ぎて何か気になるんだよ」

「あれ、葵ちゃんセイカさんと面識あったっけ?」

「姉さんもしかしてセイカちゃん知ってるの!?」

 自分が思ってるより食いついた事に弦巻姉さんだけでなく、内心自分でも驚いてしまった。仕方ないじゃん。恋は人を盲目にするのだ。ギャラ子だけ「誰それ?」という顔をしているが、それは無視する。

 

「ちゃん付けしてるけどさ葵ちゃん、セイカさん私と同い年だよ?」

 なんと!私の中に再び衝撃が走った。あの魅惑のロリ巨乳ボディーを持ちながら、私より年上!どれだけ私を虜にすれば気がすむのだろうか…!

 タカハシ君とかどうでもよくなってきた。

 

「もしかして友達!?」

「えっ、うん。よく互いの家に泊まりっこしたものだよ」

「「えーっ!」」

 私の驚きが予想より響く。と思ったらギャラ子とハモっていた。

「おいおいマキー。オレとはそういう事なかったじゃんよーなんでじゃんよー!」「次の!次の会合には是非私も参加させて頂きたく!」

「待って待って順番ね順番。泊まりっこっていっても何年も前の話だし、ギャラ子ちゃんその時勉強で必死だったから…」

「チクショー!オレのバカァーッ!」

 ギャラ子が嘆きながらビールを煽る様に飲みはじめた。私も同じ気持ちだったが、一つ気になることが。

 

「昔は…ってことはかなり付き合い長い?」

「うん。もう七年くらいになるかなぁ」

「頼むよ弦巻姉さん合コンセットして」

「それはやめといた方がいいよ。あの子お酒アルティメット強いから」

「アルティメット強いのか」

「……もしかして、狙ってた?」

「うん、一目惚れ」

「じゃあ今の内に悲しんじゃおう。あの子そらちゃんと付き合ってるよ」

「えーーーーーーーーーーーーーっ!?」

 

 

 

 私はこの一瞬で、二回同時に失恋した。

 

 

 

 ビールジョッキに手を出す、空だ。継ぎ足さねば。ビールサーバーに向かう。ビールを入れる。席に着く。ビールジョッキを傾ける。空だ。継ぎ足さねば。ビールサーバーに向かう。ビールを入れる。席に着く。ビールジョッキを傾ける。空だ。継ぎ足さねば。ビールサーバーに向かう。ビールを入れる。席に着く。ビールジョッキを傾ける。空だ。継ぎ足さねば。ビールサーバーに向かう。ビールを入れる。席に着く。ビールジョッキを傾ける。空だ。継ぎ足さねば。ビールサーバーに向かう。ビールを入れる。席に着く。ビールジョッキを…

「落ち着け葵!」

「ごごごごめんそんなに落ち込むと思わなかったごめんって!!」

「何を言ってるんだ二人ともハハハ変なんだよ何回継ぎ足しても何回継ぎ足してもビールが飲めないんだハハハ底に穴でも空いてるのかなぁ?」

「景気のいい話しよう!な!な!?聞けよ葵実は今日パチンコで大勝ちしたんだよ、10万!」

「はぁ!?」

 

 視界がクリアになるのが分かった。おかねの ちからって すげー! しかしここ数分の記憶がない。

「ギャラ子お前そんなに勝ってチマチマ肉焼いてたのかよ!?」

「会計の時驚かしてやろうと思ったけどやめた!こういう時はパーッとしないとなパーッと!!店長!全部の席に一番高い肉とビールだ!オイ聞け〈東風〉の兄弟達よ!!本日失恋してしまった我が友琴葉葵の為に一杯付き合ってくれ!オレからの奢りだぁ!!」

「「「おぉーっ!!」」」

 

 全ての(と言っても六席しかないが)テーブル席に座っていた客たちが盛り上がる。中には顔見知りもいるが、ほとんどが知らないサラリーマンのおじさんたちだった。全ての席に分厚い肉の山と、ビールジョッキが人数分配られる。こういう時の嗜みとして、店長含めた店員たちも自分の前にジョッキを用意した。

「景気の悪い事は飲んで食って忘れるぞぉーっ!そーーれっカンパァーーイ!!」

「「「カンパァーーーーーイ!!」」」

 

 

 

 

〈東風〉のあの場の乾杯に初めて参加したヤツの中には、ギャラ子の唐突な行動に驚いた者もいるだろう。しかしこれが〈東風〉の良い所だった。

 

 私達三人の集まりは【同じ高校に通う友人】である事は先ほど語った通りだが、実は私とギャラ子には二年という【年の差】がある。彼女は弦巻姉さんと同い年なのだ。無論高校時代は私が一年の頃には彼女たちは三年だった。しかし私が高校に三年通い無事卒業を果たした頃、ギャラ子は既に私の志望校である医大の入学試験に二度も挑んだことのある古参兵だったのだ。その年、私と共に三度目の受験に望んだギャラ子は無事試験を突破。晴れて【同級生】となったのだ。しかし私は色々あって結局半年足らずで辞めることに。

 

 医大に一発合格するもドロップアウトした私と、二浪の果てに合格、立派な法医学者デビューを果たしたギャラ子と、そもそも別の大学でのんびり勉強し、現在も大学院で絶賛学生中の弦巻姉さんの三人は、高校卒業からの激動の時代を〈東風〉と共に過ごしたのだ。嫌なことがあったときは泣き喚き、良いことがあれば騒ぎ祝う、謂わばこの〈東風〉に集う者は皆血筋ではなく魂で繋がる家族なのだ。

 

 

 

 

「やっぱビールじゃ酔えないよな」

 素晴らしき夕食の後、私達は〈東風〉を出た。火照った体に12月の冷たい風が当たる。風呂上がりの扇風機を更に贅沢にした感じはいつ体験しても堪らないものだ。

「うん、〈ARIA〉行こうぜ葵。マキはどうする?」

「いやぁ、私は良いかなぁ……明日、仕事だしぃ……」

 

 昔よりは大分マシになったものの、やはり超が付くほどお酒が弱い弦巻姉さんはここでリタイアする事に。フラフラした足取りで“結月家”へ帰っていく弦巻姉さんの後姿を見送った私達は、陽気に肩を組みながら〈ARIA〉へと向かった。時刻は23時を過ぎた頃だったが、相変わらず〈ARIA〉には客がいない。

 

 

「いらっしゃいませ……おや〈東風〉帰りですか?」

「なぜわかった」

 

 私が問うた。ギャラ子も横でビックリしている。ONEさんは人を小ばかにするような笑顔を見せる。そして大袈裟にわざわざ鼻をつまむジェスチャーを見せた。

「臭いますよ。大方『ビールじゃ酔えない』とか言いながらこっちに来たんじゃないですか?」

 

 図星だった。しかし認めるのはなんか癪だったので黙って席に着くことに。感情の振れ幅が曖昧なのは多分酔ってるからだと思ったが、ビールを数杯飲んだ程度で潰れる弱い女と思うのは酒飲みとしては許容できない。

 席に着いた私はスーパーニッカのストレートを注文し、隣に座ったギャラ子はバーボンのソーダ割りを注文した。このカウンター席に座ると、自然と落ち着き考え事が捗りやすくなる。学生時代、一番落書きが進んだのが授業中だったように【集中出来る環境】がここには揃っているのかもしれない。

 

「人探し、どうでした?」

 グラスを差し出しながらONEさんが興味津々に聞いてくる。私は本日何回目かわからない説明をした。

「なるほど」

 何が「なるほど」なのかはさておき、ONEさんは大きく頷いた。IAさんとONEさんには共通して世捨て人の雰囲気を纏っている節があるので、あまり深い意味はないのかもしれないけど。

 

「そうだONEさん、貰った〈ARIA〉の名刺だけどさ」

「ああ、三年前にあげたヤツですね。もしかして全部配ったんですか?」

「いや、聞き込み中に名刺交換する時があって、私持ってないからここの名刺渡しちゃった。悪いけど〈ミライノタクシー〉から連絡があったら私に取り継いでくれない?」

「それは困りますねぇ」

「なんで?」

「実は私、高所恐怖症なんですよ」

「あン?電話と高所恐怖症がどう繋がるんだ…?」

 

 横で黙ってお酒を飲んでいたギャラ子が会話に突っ込んできた。ONEさんが人を小ばかにするような顔を見せながら「だって」と口にして、一拍。

「犯人は崖に追い込むのでしょう?」

 沈黙が〈ARIA〉を支配し、三人は笑った。カウンター奥で寝息を立てるIAさんも心なしか笑顔になった気がする。どうもこのバーテンさんは、自分が探偵の助手を請け負う気マンマンだったらしい。酔うためにお酒を飲んでいる筈なのに、更に思考がクリアになってしまった。

 

「じゃあ明日は休業ですね。私は電話の前から動けませんし」

「ここならドア開けっぱなしでも大丈夫でしょ。あ、そうだギャラ子」

「何?」

 

 黙々と飲んでいるからか、ギャラ子は不機嫌そうな顔をした。バーではしみじみ飲みたいタイプなのだ。それに関しては私も全面的に同意するが、どうしても今日中に聞いておかないといけない事があったのだ。

「お前、明日暇か?」

「内容による」

「デートしようよ」

「デートか、悪いな。オレは明日プリキュアショーを見に行くという重大な仕事が……デートォ!?」

 

 ギャラ子は露骨に動揺しながら席から立ち上がった。飲んでた時より顔を真っ赤にしている。

「い、いいいいいいや嬉しいなぁ!お前から誘ってくれるなんてよぉ…良いよ、いこういこう!!」

「決まりだな。集合は明日の10時、〈ARIA〉でいいか?」

「朝の10時だな!?じゃあもう寝た方が良いな!明日は早いしな!!」

「あぁ。ドライブの後に青空の下で健全な汗をかくぞ。しっかり寝とけよ」

「外かヘヘヘ……じゃあオレ帰るわ!また明日な葵!あ、マスターごちそっさん!」

「私も愛してるよギャラ子」

「お休みなさい」

 

「イヤッホォォォォォォウ!」と叫びながら店を出て行くギャラ子。嵐が過ぎ去った事により一層〈ARIA〉の中が静まり返った。

 

 ONEさんの人を小ばかにするような笑顔を無視しつつ、私はもう一杯スーパーニッカを注文し、タバコに火をつけた。

 

 

 帰ったら姉さんにどうやって今日の話をしようかな。

 

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