「失礼します!」
翌日、普段より早く登校した穂乃果達は、再び生徒会室を訪れていた。
かなりの勢いでドアを開け放ったためか、中で作業をしていた絵里と希は驚いた表情で彼女等を見ていた。
「……貴女達だったのね」
そして、乗り込んできたのが昨日の3人だと分かると、絵里はあからさまに深い溜め息をついた。
「朝から何の用?スクールアイドル部の設立は認めないって、昨日言ったばかりだと思うんだけど」
懲りずにスクールアイドル部設立の申請をしに来たと思っているのか、机に頬杖をついて面倒臭そうに言う絵里。
「いえ、今日は講堂の使用許可を貰いに来たんです。部活動に関係無く、生徒は自由に講堂を使用出来ると生徒手帳に書いてあったので」
そう言って、申請書を差し出す海未。
「えっと、この日時は………新入生歓迎会の日の放課後やね」
申請書に書かれている講堂の使用日時を見た希が、手帳に記した予定と照らし合わせてそう言った。
「一応聞くけど、何をするつもり?」
「それは……」
答えようとした海未だが、そこで言葉を詰まらせた。
生徒会室に入る前の打ち合わせでは、ライブをする事は伏せ、一先ず場所だけでも確保しておこうと決めていたのだが、昨日スクールアイドル部設立の申請に来て断られたばかりという事もあり、かなり怪しまれている。
そのため、どう答えれば良いのか分からなかったのだ。
「ライブをします!私達3人でスクールアイドルを結成したので、その初ライブをやる事にしたんです!」
そんな彼女に痺れを切らしたのか、穂乃果が声高に宣言した。
「ほ、穂乃果!それは秘密にするってさっき言ったばかりでしょう!?」
「そ、そうだよ!未だ出来るかどうかも分からないんだし!」
「え~、やるよ!」
そう詰め寄る海未とことりだが、穂乃果は絶対にやると言って譲らない。
「そもそも、ステージに立つとも言ってないんですよ!?」
「立つよ!だってそのために申請しに来たんだもん!」
絵里と希そっちのけで言い合う穂乃果と海未に、ことりは戸惑っていた。
「………そんな状態で、本当にライブなんて出来るの?新入生歓迎会は、遊びじゃないのよ?」
そんなやり取りを見ていた絵里が、不安そうに訊ねる。
「だ、大丈夫です!」
穂乃果はそう言うが、絵里は相変わらず疑っている。
「もしかして貴女達、何の計画も立ててないのにやろうとしているんじゃないわよね……?」
「「「ッ!」」」
そう言われ、体を強張らせる3人。どうやら図星のようだ。
「はぁ……そんな事だろうと思ったわ」
溜め息混じりにそう言った絵里が更に追い討ちを掛けようとするが、そこで思わぬ人物が助け船を出してきた。
「まあまあ、えりち。もうその辺にしとき?」
助け船を出したのは、先程まで何も言わずに成り行きを見守っていた、希だった。
「希……?」
「この娘達は、ただ講堂の使用許可を取りに来ただけなんやろ?部活でもないのに、ウチ等生徒会があれやこれやと首を突っ込む権利は無い筈やで?」
「そ、それは……そうだけど………」
まさか希が3人の肩を持つとは思わなかったのか、絵里が歯切れ悪く言う。
「今ウチ等がやるべきなのは、講堂で何をするかを聞くんじゃなくて、講堂を使えるか否かという質問に答える事………違う?」
「……………」
正論を突きつけられて何も言い返せなくなった絵里は、渋々といった様子で彼女等の行動の使用を認めるのだった。
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「やったぁ!これでライブが出来るね!」
希からの助け船によって講堂の使用許可を勝ち取った穂乃果達は、生徒会室を出て教室へと向かっていた。
「全く、一時はどうなる事かと………と言うか穂乃果、何故あんな事を言ったのですか!さっきも言いましたが、ライブをやる事は秘密にすると打ち合わせをした時に決めた筈です!」
講堂の使用許可を獲得した事にはしゃぐ穂乃果だが、海未に約束を破った事を指摘されてその勢いが一気に消し飛ぶ。
「ま、まあまあ海未ちゃん。せっかく許可貰えたんだから………」
「ことりは穂乃果を甘やかしすぎです。こういう時は、ガツンと言わなければなりません!」
やんわり宥めようとすることりを一蹴し、説教を始める海未。こうなってしまえば、彼女の気が済むまで説教は終わらない。
段々涙目になっていく幼馴染みに苦笑を浮かべることり。
ふと窓の向こうへ目を向けると、校門から入ってきた1台のスポーツカーが、此方に向かってくるのが見えた。
紅夜のR34である。
「あっ、長門君だ。結構早くから来てるんだなぁ……」
今の時刻は7時40分。未だ生徒は殆んど登校しておらず、居るとすれば、自分達のように何か用事があったり、部活の朝練習に参加する生徒くらいだ。
だが紅夜の場合、彼が早くから登校する理由が想像出来ない。
何かの委員に所属している訳ではないし、部活の朝練習に至っては論外だ。
それに、昨日も大した宿題は出されていないため、のんびり登校しても良いのではないかと、ことりは思っていた。
「ことり、どうしました?」
「えっ?」
不意に海未から声を掛けられ、我に返ることり。
どうやら紅夜のRを見ている内に足を止めていたらしく、2人は数メートル程先へ進んでいた。
「ずっと窓の外を見ていましたが、何かありましたか?」
「う、ううん!何でもないよ?」
首を傾げて訊ねてくる海未にそう答え、ことりは2人に合流し、教室へと向かうのだった。
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その頃、生徒会室には絵里と希が居た。
作業に一段落つけて体を伸ばす絵里を微笑ましそうに見ながら、希は窓を開けて部屋の空気を入れ換える。
「……どうして、あの3人の肩を持ったの?スクールアイドルなんてやったところで無意味なのは、貴女も分かるでしょう?」
そんな彼女に、絵里は訊ねた。
今、スクールアイドルが日本全国で流行っているというのは彼女も知っている。何せテレビや新聞で度々報道されているのだから、嫌でも覚える。
だが、そんなものを始めたところで生徒を集める事など、出来る訳が無い。
だから彼女は、そんなお遊びに頼らず、自分達生徒会だけで音ノ木坂学院が抱える、生徒の減少という問題を解決しようとしていた。
にもかかわらず、この副会長は彼女等の考えを否定せず、あろうことか肩を持つような発言までしたのだ。
無意味だと分かっている筈なのに、何故彼女等を止めようとしないのか、絵里には理解出来なかった。
「………何度やっても、カードがそうしろって言うんや」
そう言われ、ふと机の端に置かれてあるカードの束に目を向ける絵里。
その次の瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかのように強烈な風が部屋の中へと吹き込み、重ねておいた書類共々、カードが部屋中を飛び交う。
「カードがウチに、そう告げるんや!」
目をカッと見開き、声を張り上げる希。
書類やカードがあちこちに散らばる中、1枚のカードが壁に張り付く。
それには、正位置の太陽が描かれていたのだった。
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「ふぅ……昨日より早く出たとは言え、やっぱ下道使ったら遅くなっちまったな」
駐車場に愛車を止めて校舎に入った紅夜は、階段を上りながらメモを見ていた。
それには昨日と同じように、家を出た時刻と学校に着いた時刻が書かれているのだが、昨日と比べればやはり時間が掛かっている上に、到着時刻も遅い。
と言っても、昨日より早く家を出たのもあって到着時刻の差は15分程度なのだが、紅夜はこの結果に納得していなかった。
実は、今日は運悪く何度も信号に引っ掛かっていたため、思いの外時間をロスしてしまったのだ。
「まあ、未だ生徒は殆んど来てないから良しとするが………せめて30分までには着いておきたいな。今度はもう少し早く出てみるか」
そう呟きながら歩いている内に、紅夜は教室に到着する。
ドアを開けて中に入ると、彼にとっては意外な人物に出迎えられた。
「あ、長門君だ!おはよう!」
朝っぱらからテンションの高い声が、紅夜の耳に飛び込んでくる。
サイドテールの茶髪に青い瞳を持つ女子生徒、高坂穂乃果だった。
後ろには、彼女の幼馴染みである園田海未と南ことりも居る。
「おはようございます、長門さん」
「おはよう!」
穂乃果に続き、海未とことりも挨拶する。
「あ、ああ。おはよう………今日は随分早いんだな」
そう言いながら紅夜は自分の席にやって来る。
「うん。ちょっと生徒会室に用があって」
「生徒会室に?」
紅夜は首を傾げた。
昨日より到着が遅くなったとは言え、未だ殆んど生徒が居ないこの時間に、何の用があって生徒会室に行ったのか理解出来なかったからだ。
「実は、講堂の使用許可を貰いに行っていたんです」
「そうそう。私達、歓迎会の日の放課後にそこでライブをやるんだ!」
海未に続き、高らかに宣言する穂乃果。
「ライブか……」
そう言うと、紅夜は昨日配られた1学期の予定表を取り出した。
「(えっと、今日から歓迎会までは………大体1ヶ月ってところか)」
紅夜は予定表に書かれた歓迎会の日付を確認すると、さっさとしまった。
「(てか、間に合うのか?未だ何も決めてねぇだろ、コイツ等)」
穂乃果がスクールアイドルをやろうと言い出したのは、つい昨日の事だ。当然ダンス振り付けはおろか、そもそも曲すら決まっていないだろう。
つまり彼女等は、この1ヶ月の間に歌う曲やダンスの振り付けを考え、練習して人前で踊れるように仕上げなければならないのだ。
既存の曲や振り付けを使い、尚且つ衣装も制服や私服を使うなら未だ簡単だったかもしれないが、それだと面白味に欠けてしまう。だが、だからと言って全て1から作るとなれば、到底1ヶ月では間に合わないだろう。
「(……まあ、俺には関係無い事だな。俺はただの試験生で、来年の4月にはこの学校ともおさらばする訳だし)」
「………あの、長門さん。お聞きしたい事があるのですが」
他人事のように内心呟いていると、海未がおずおず声を掛けた。
「何だ?」
「昨日、穂乃果に聞いたのですが………貴方のお友達から、ダンスの動画が送られてきたとか」
「……ああ、それがどうした?」
勝手にアレクサンドラ達のダンス動画の事を喋られた紅夜だが、ここで穂乃果にどうこう言っても仕方無いため、一先ず話の続きを促した。
「その時は私もことりも居ませんでしたが、穂乃果が、その3人はプロみたいに上手かったと言っていまして」
「いや、プロは大袈裟だと思うが………でもまあ、そうだな。少なくとも下手とは思っていない」
控えめに言う紅夜だが、実際、アレクサンドラ達のダンスの技術は非常に高く、それは振り付けを担当している彼自身は勿論、MAD RUNのもう1人の男性メンバーである零も例外ではない。つまり、MAD RUNのメンバー全員が高い実力を持っているのだ。
何せ、今やバンド演奏やダンス動画の投稿で多くの高評価を得ている瑠璃達BLITZ BULLETのメンバーも、紅夜達の影響を受けてそれらを始めたのだから。
流石に、プロのアイドルやダンスの大会へ進むようなチームと比べれば見劣りするだろうが、少なくとも遊びでやっている連中の中では、自分達が一番上手いという自負があった。
「(それにしても『プロみたいに上手かった』とは、中々嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか。レナ達が聞いたら、きっと喜ぶだろうな)」
内心そう呟いた紅夜は、後でアレクサンドラ達にこの事を教えてやろうと決める。
彼女等からすれば穂乃果は赤の他人だが、少なくとも自分達のパフォーマンスを褒められて嫌な気分にはならないだろう。
そして紅夜も、自分が踊った訳ではないとは言え、自分が考えた振り付けで彼女等のパフォーマンスが褒められた事が嬉しかったのか、微笑を浮かべた。
「それで、もし良ければ………私達にも、その動画を見せていただけませんか?」
「ああ、別に良いぞ」
そう言ってスマホを取り出した紅夜は、動画のファイルを開いて再生し、彼女等へ見せた。
動画は3分弱と短いが、その間3人は、食い入るように画面に集中していた。
「(コレは……)」
「(うわぁ、凄いな~……)」
海未とことりも、穂乃果がこの動画を絶賛する理由が分かったような気がしていた。
躍りはアイドルがやるようなものとは違い、体を激しく、そしてアクロバティックに動かしており、どちらかと言えばブレイクダンスに近い。
だが、それでもクオリティは非常に高く、踊っている3人の女性は終始笑顔で、自分達のパフォーマンスを楽しんでいる。
誰も居ない所で撮影したのか客の気配は感じられないが、もしその場に客が居れば、盛り上がっていたのは間違いないだろう。
現に彼女等も、この3人と一緒になって盛り上がりそうになっており、動画が終わっても、言葉では表現出来ないような昂りは収まっていなかった。
「ホラ、言った通りでしょう?プロみたいに上手だって!」
海未達より一足早くこの動画を見ていた穂乃果が、えっへんと胸を張る。
「確かにそうですね。僅か3分足らずとは言え、ずっと踊りっぱなしなのに笑顔を保っているのは凄い事です」
「それに、この人達の動きもキチンと揃ってたよね~」
そう言うと、ことりは紅夜の方を向いた。
「ねぇ、もしかして長門君も踊れたりするの?」
その言葉に、穂乃果と海未も彼に目を向けた。
「ああ。アメリカに居た時は、仲間とよくダンスやバンド演奏をやってたからな。今でもそれなりに踊れる方だと思ってる」
そう答える紅夜だが、この2つはどちらかと言えばついでであり、メインは勿論ストリートレースだ。
だが、流石にそれを知られる訳にはいかないため、一先ず音楽関連が趣味だという事を伝えた。
「じゃあさ、やっぱりこのダンス動画の振り付けを考えたのって………」
「俺だが?」
穂乃果からの質問にあっさり答えた紅夜に、海未とことりは目を大きく見開いた。
「(まさかとは思っていましたが、本当だったとは……)」
内心そう呟き、再びスマホの画面へと視線を落とす海未。
動画は既に終わっているため、今は待機画面になっているのだが、軽くその画面を見ただけで、もう1度見たいという気分に駆られる。
それは、ことりも同じだった。
海未と同じようにスマホの待機画面を見ていることりの脳裏に、先程の映像が蘇ると同時に、もし踊っているのが紅夜だったら……と想像する。
普段の物静かな態度からは考えられないが、仲間とのバンド演奏やダンスが趣味だと言っていたのだから、その時は普段見せない笑顔を浮かべて、自分のパフォーマンスを披露するだろう。
そう思うと、ことりの心に、紅夜を誘ってみようという気持ちが芽生える。
海未も同じ事を考えていたのか、ことりとアイコンタクトを交わして頷き合い、穂乃果へと視線を向けた。
「………ッ!」
それを見た穂乃果も頷き、スマホをしまって授業の準備を始めている紅夜に向き直った。
「ねぇ、長門君!」
「……?何だよ、未だ何か………え?」
ゆっくり顔を向ける紅夜の手を取り、穂乃果は自分の願いを口にした。
「私達の、マネージャーになってほしいの!」
「……………」
その瞬間、紅夜の表情が固まった。
「俺が……お前等のマネージャーに?」
「うん!だって長門君、あんな凄い振り付け考えられるんでしょ?それに長門君自身も踊れて、しかもバンドやってたなら演奏も歌も得意って事になるから、もう無敵じゃん!」
興奮した様子で言う穂乃果。
確かに彼女の言う通り、紅夜はMAD RUNのメンバーとバンド演奏やダンスをしていたため、振り付けのみならず、彼自身も踊れる上に演奏や歌も得意だ。それに加え、日本に帰った際には幼馴染み達とやる事もあった。
だが、それらはあくまでも、自分と親しく、尚且つ信頼している人間とやる事が前提だ。
穂乃果達を嫌っている訳ではないが、だからと言って彼女等と組もうという気にはならなかったのだ。
「……悪いな」
「えっ?」
小さく謝罪の言葉を口にする紅夜に、穂乃果が聞き返す。
「俺、そういうのを一緒にやる相手は決めているんだよ」
そう言うと、彼は席を立つ。
「お前等もスクールアイドルをやるなら、俺みたいなのじゃなくて、もっと仲が良くて信頼出来る奴を誘った方が良いぞ」
そんな台詞を残して、紅夜は教室から出ていった。
「あっ、待って……!」
穂乃果が引き留めようと手を伸ばすものの、足早に去っていったためにそれは叶わなかった。
「……何だったのでしょう?」
「さあ……?」
その背中を呆然と見送っていた海未とことりは、そんな彼の様子に疑問を隠せずにいた。
確かに信頼関係は大切だが、何故そんな事を態々口にするのかが分からなかった。
「……………」
だが穂乃果は、去り際に紅夜が苦しそうな表情を浮かべているのに気づいていた。
「(何か、あったのかな……?)」
心の内で、そんな疑問を呟く穂乃果。
結局紅夜は、最初の予鈴が鳴る8時25分まで教室に帰ってくる事は無かった。